09/02/07 06:46:43 Lk32jcdj
九能先輩は金持ちだ。
今日着て来たような一張羅も和服。
呉服店に立ち寄ることなどないので詳しくはわからないが、その辺の背広なんかより余程高いのだろう。
普段余り縁の無いビル街の夕焼けを、大きなガラス越しに眺めながら、らんまはぼんやりとしていた。
砂浜で駆け回ったり格闘する事にではなく、九能が腰に帯びたものに、
如何に自分の願いを叶えさせるかという策に精神を疲れさせていた。
聖刀・満願丸。
アンビリーバブルにしてマンモスラッキーな事に、九能帯刀はその伝説の刀を引き抜いた。
満願丸は三つの願いを叶える刀。
声紋チェック機能付きで持ち主の声での願い事しか叶えない。
残りの願いは後一つ。
ことあるごとにその後一つの願いを下らないことに使おうとする九能にもまた、精神的に疲弊していた。
らんまは男に戻りたい。
変身体質などない、水をかぶっても男のままの、完全な男の体に。
だがその願いを如何にして九能に願わせるか。
「男に戻りたいの!」…だめだ。
「男になってみたい」…だめだ。
「あいわなびめーん」…英語の試験の、真っ赤な答案用紙が脳裏に蘇る。
どう考えあぐねても、九能に“おさげの女を完全な男の体にしてくれ”などと言わしめる策略が思い付かないのだ。
長い長ーい溜め息も漏れるというもの。
「おぉ、実に良く似合うぞ!」
九能の声だ。
らんまが振り返ると、彼は袴姿から黒のタキシード姿になっている。
正式にはタキシードじゃあないかも知れないが、白いカッターシャツに黒のジャケット、揃いのスラックス、
極めつけに蝶ネクタイとくればタキシードという固有名詞しか
彼女(便宜上彼女とする)には思い浮かばなかった。
「…そうですかぁ?」
当のらんまはいつものおさげ頭に、コサージュ付きのカチューシャ。
小花柄が夏というより春向けな、柔らかい色合いのワンピース。
露出はそんなに多くはないが可愛らしいデザインで、
さり気なく施されたレースが、すらりとした生足に実によく映えていた。
が、彼女にとっては下半身がすかすかだわ、脚に擦れると何だかむず痒いだわで落ち着かない、喜べない装いである。
「溌剌とした装いのお前も、品のある恰好もお前も素敵だ…そこで、回ってみてくれないか」
(はいはい、へいへい)
場を弁えあまり声は張り上げず、しかし情熱的に誉める九能に応え、くるりとその場で回ってみせる。
男に背中を向けているときだけうんざりした表情を浮かべて。
鏡が見えた。
あかねに借りようかと漁っていた服に似たようなのがあったが、着心地は違う気がする。
そのあかねはというと、監視をしていたはずが、デートスポット間の移動中にはぐれてしまっていた。
無論玄馬もそうで、今やらんまに味方はなし。
まあ、彼女はそういう状況を全然問題視していないのだが。