07/07/01 08:03:07 bsV6qjS6
一
――悲劇は、少女が人ならざるモノであったこと。
そして人でないにも関わらず――否、人でないが故に――余りに美し過ぎたこと。
――悲劇は、惨劇を生んだ―――
「おい、起きろ!」
乱雑に頬を打たれ、加奈江は意識を取り戻した。
同時に、躰の感覚も少しずつ取り戻してゆく。
だがそれは加奈江にとって、不快な、怖ろしいものでしかなかった。
即ち――雨水と泥にまみれた躰。
その、重く疲弊した躰が転がされている、冷たく硬いコンクリートの床。
荒縄で、後ろ手に縛り上げられた手首の痛み。己を取り囲む、敵意に満ちた複数のまなざし。
そして何より――天井から煌々と照りつけている、まばゆい蛍光灯の灯り。
「うぅっ……」
加奈江は躰を横に向け、光を避けようとする――
が、その動作は、腕を縛める荒縄によって封じられた。
「動くんじゃねえ!」
手首から伸びる縄を引いたのは、雨合羽に身を包んだ男だった。
彼だけではない。
その場にいる男達は皆、暗い色の合羽を着込み、フードを目深に被って顔を隠していた。
顔の無い人の群れ―――
それは、彼らの心の奥底にある罪悪感から来る物なのかも知れない。
このか弱げな少女を襲い、拉致する行為に対する後ろめたさ。
正義のため、島の平和を守るため――
そんな名分を掲げた処で拭い去る事の出来ない、陰湿な暴力を執行せねばならぬ事への恐れ―――
小さな島のこと。
幾ら顔を隠した処で、その背格好や声などで誰が誰であるのか、お互いに判りきっている。
それでも、判らないことにする。
そうでもしなければ、これから始まる残虐な宴の加害者となる自分に、彼らは耐えられない―――
「あなた達……脩は? 脩は何処に居るんですか?!」
出刃や木刀を携えた男達を仰ぎ、加奈江は震える声で問う。
三上脩。いにしえの闇の使いとして現し世に現れた加奈江を、最初に見つけた人間の男の子。
まだ四歳の幼い脩は、加奈江にとって実の弟――否、或いはそれ以上の、
かけがえのない存在であった。
こんな怖ろしい状況にあっても、加奈江の気がかりは脩の安否、ただそれだけだ。
「脩? ……ああ、お前が刺し殺した学者の、一人息子のことか……」
加奈江を縛り上げている荒縄を持った男が答えた。
「ふん! 岩場に打ち揚げられていたお前を、拾って養っていたあの男を殺した恩知らずが……
今度はその子供も手に掛けようってぇのかい?!」
「違います! あの子を……脩を返して下さい!」
加奈江の剣幕に、男は一瞬、鼻白んだ様子を見せる。
だが次の瞬間、男の掌は加奈江の頬を打っていた。