07/08/10 20:46:10 f5kfvCng
世の闇に愛された少女…その独特な響きは、レンの心に深く響き渡った。
「レン、君は強い。そして君は世の闇に愛された少女…」
「…………」
(世の闇に愛された少女……クスクス、悪くないわ…)
レンはそんな事を思い、冷たいヨシュアの声をそっと受け入れていた。 冷たい声……けれどもその手は温かい。
(ヨシュアって、冷たいようだけど実はあったかい……まるで、パパとママみたい……)
もう、遠い昔の事のように思える。まだなにも知らない、真っ白で綺麗だった頃の話。
「……レン?」
眠ってしまったのか……ヨシュアは視線の先に目を閉じて穏やかな寝息を立てている姫を見ながら思った。
ヨシュアがレンの事を一番強いと感じたのは、彼女が生きた瞬間を見た時である。
打ち捨てられていた人形は、実は生きていて……結社と言う心臓を与えたら、その身体には熱き血が流れ出した。
それは、有り体に言ってしまえば『生命の神秘』だろうか。一見、生きていなかったように見えたものが生きた。
そのレンを、羨ましく思った事もある。
世の中に裏切られたのは同じなのに、何故彼女だけ「レン」として生きれたのか。何故自分は「ハーメルのヨシュア」として生きれなかったのか。
その答えに行き着くのが、生に対する強欲な執着。彼女が持つ「強さ」。
レンは強い。レンは強い、レンは強いレンは強いレンは強いレンはレンはレンは……
自分は?
「……別に僕は、生きていないからな」
生も死も関係無いのは、実はヨシュアの方だった。
あの時、とうに代償を支払ってしまったようだから。その代償の意味を、彼はまだ知らなかったけれども。
「ヨシュア……レンは寝てしまったのか」
「……ああ」
後ろから聞き慣れた声を聞き、それが敵ではないと前以て理解していたヨシュアは、振り返らずに答えた。
レーヴェは寝ているレンを起こさないようにそっと近寄り、ヨシュアの傍に立った。
「随分レンに執着しているようだね、レーヴェ」
「……」
ヨシュアの言葉に答えず、レーヴェはただレンの事を見詰めていた。
「……レーヴェも分かっているはずだ、レンはこの先優秀な執行者になる」
「そうか……」
レーヴェは目を閉じ、レンがここに来てからの軌跡を思い出していた。
生き続けた彼女が、再び生き返り、レーヴェ達に色々な情報を教わり続けた。
情報を読み取り、自分の物にする能力……それは修羅と化す事で、決して人が得る事の無い絶対的な力を得たレーヴェにすら、目を見張るものがあった。
「レンが、執行者になる……まあ、ありえるだろうな。才能さえあれば執行者に年齢は関係無い」
分かっている。心の闇さえあれば、老若男女関わり無く受け入れられる領域…それが結社だ。
現に、目の前の壊れた少年が受け入れられている。
だが、才能さえあれば、執行者になる中に、レンを含む事が出来ずにいた。
「僕らの目線に、レンが立つ。もしかしてレーヴェはそれを恐れているのか?」
不意に、ヨシュアがレーヴェに尋ねた。その言葉に驚き、目を見開くレーヴェ。何故かレーヴェは動揺を隠せなかった。
「俺が……恐れている?」
「気付いていないようだね」
呆れている様子は無いが、それでも意外そうな声色でヨシュアが言った。
「レンが何かを知るたびに、君は目を反らす。レンが僕らに近付くたびに、君は目を閉じる」
本当に気付かなかったのか? と、ヨシュアが尋ねてくる。
「……」
「何を感じ、恐れている? 《剣帝》と謳われる修羅の君が、そこまで」
虚ろな琥珀の瞳が、レーヴェの無意識を苛む。無意識に包まれた、レーヴェの柔らかな心はその問いを避ける事が出来ない。
(恐れている……か。それが恐らくは一番当て嵌まっているのだろうな)
それをまさかヨシュアに指摘されるとは思っていなかったが。
(そうだ、俺は恐れている……)