らぶドルat EROPARO
らぶドル - 暇つぶし2ch755: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:48:24 NpAbD+dB
 2月9日。
 暦の上ではすでに春を迎えたが、東京では降雪が観測された。
 だが、雨雲の通過に従い、日差しと共に気温も上がり始め、うっすらと雪景色を施された街は、
急速にいつもの乾燥した世界へとその顔を変えていった。
「おはようございます」
 午前11時すぎに、成瀬雪見は事務所へやってきた。
 雪見は、上着を脱いで両腕で抱えると、そのまま一目散に担当マネージャー・藤沢智弘のデスクへと寄ってきた。
「藤沢さん、おはようございます」
「おはよう」
 智弘は、雪見を一目確認すると、机の上の書類立てに書類の束を戻した。
「今日はお願いします」
 雪見は、軽く頭を下げた。
「もうそんな時間か」
 智弘は、腕時計で時刻を確認した。
「まずはラジオか。そうだな。少し早いけど昼飯に行くか?」
「はい」
 智弘は上着を取ると、ホワイトボードに行き先を書き込んだ。
「いってきます」
 智弘が先に事務所を出る。
「いってきます」
 追って、雪見も事務所内へ一度会釈をしてから廊下へ出た。
 小走りで、少し先を歩く智弘の横に並ぶ。
「雪見につくのは久しぶりだな」
「はい」
 雪見は、軽く俯き加減で微笑んだ。
 今やらぶドルは18人と大所帯であり、智弘がマネージャーとして同伴することは少ない。
 毎日一人ずつ順番についたとしても、一ヶ月に二回つくことがない人が出ることになる。
 ただでさえ誰かにつくことが少なく、さらに二期生で経験もあり、
声優という職業柄もあって、雪見につくことはほとんどなかった。
 それだけに、今日、智弘が自分についてくれるのは嬉しかった。

756: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:49:11 NpAbD+dB
 社用車の後部座席に雪見を乗せると、智弘は車を走らせた。
『隣がよかったな……』
 折角、車で移動なのだから、束の間でいいから隣に座ってドライブ気分を味わいたい。
 しかし、智弘は後部座席のドアを開け、雪見もそのまま何も言わずに乗車した。
 もっと自己主張の強い娘なら助手席に乗るのかもしれないが、控え目な性格の雪見にとって、主張することは高いハードルだった。
「昼は何にする?」
「何にしましょうか?」
「あんまりがっちり食べると、しゃべりにくいんじゃないのか? 生放送だし」
「そうですね」
「それじゃ、ソバにでもするか。軽く腹に入れておく程度だし、もたれないだろ」
「それでいいです」
「近くに巧いソバ屋があるから、そこでいいな」
「はい」
 智弘は、最初の仕事場であるラジオ局の入っているビルへと向かった。
 局内の地下駐車場へ車を駐め、二人、外へと出て来る。
 裏通りの歩道は、まだ朝方の雪のせいでところどころ濡れていた。
「足下、濡れているから気をつけてな」
「はい」
 そう返事をした矢先、ずるっ、と足を取られた。
「きゃっ!?」
 思わず智弘の腕にしがみつき、智弘もバランスを崩したが、そこは成人男性。
 踏み留まってすぐに雪見の体を掴んだ。
「おい。いってる側から転ぶなよ」
「ご、ごめんなさい」
「雪で冷えているから路面が滑りやすいんだから」
「はい……」
 食後には放送ブースへ入るのに、服を汚してしまったら大事である。
「あ、あのー……」
「どうした?」
 雪見は、恥ずかしそうに俯いて、言葉を言い出せないでいる。
「どうかしたのか?」
「あのー……こ、転ぶといけないので……このまま腕を掴んでいていいですか?」
 雪見は、智弘と目を合わせることが出来ないまま、ぼそぼそとしゃべった。
「そうだな。転ぶとあれだし」
「は、はい……」
 雪見は、ぎゅっ、と智弘の腕にしがみついた。
『抱きつけちゃった……』
 雪見は、かつての智弘に抱きつく騒動で、抱きつくことが出来なかった。
 奇しくも、今、リベンジともいうべき状況で抱きついている。
 百メートル程度先にあるソバ屋への道のりは、雪見にとってはとても暖かいものだった。

757: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:49:53 NpAbD+dB
 午後1時。
 ラジオの生放送が始まった。
「本日のゲストは、らぶドル二期生で声優として活躍されている成瀬雪見さんです」
「こんにちはー。成瀬雪見です」
 司会者のトークに合わせて、雪見も無難にこなしていく。
 番組中に行われるスイーツのラジオショッピングも上々にこなしていった。
「さて、そろそろ番組も終わりに近づいてきましたが、雪見ちゃんから告知があるんですよね」
「はい。今日の4時から、秋葉原の―」
 雪見は、本日発売のCDのサイン会の告知を行った。
 無事、生放送が終了した。
「お疲れ様でした」
 雪見は、共演者やスタッフに声を掛けては頭を下げていく。
「これ、スタッフみんなから。誕生日プレゼント」
 そういって、先程ショッピングコーナーで実食をしたスイーツと花束を受け取った。
「ありがとうございます」
 雪見は、柔らかな笑みを見せた。
「どうもすみません」
 智弘は、スタッフ達に軽く頭を下げた。
 二人は、地下駐車場へ戻ってくると車に乗り込み、次の仕事場へと向かった。
「最初の仕事でこんなに祝ってもらったんじゃ、帰るときには車の中はプレゼントで一杯だな」
 智弘は、なかば茶化すように話す。
「そんなことないですよ」
 雪見は、花束とスイーツの入った箱を見た。
『私が一番欲しいのは―』
 雪見は、その言葉を胸の内にとどめた。

758: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:50:45 NpAbD+dB
 次の仕事場は、秋葉原にあるCDやDVDといったソフトを売るビルだった。
 楽屋で打ち合わせをして、時間に備える。
 人前に出る、ましてサイン会というダイレクトにファンと触れ合う仕事は、
人見知りが激しい雪見にとっては結構大変なものだった。
「あのー、藤沢さん」
「ん?」
「私のサイン、おかしくないですか?」
 雪見は、今、書いたサインを智弘に見せた。
「大丈夫だよ」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「んー……」
 雪見は、まじまじと自分のサインを見つめている。
「雪見は神経質なんだよ」
「だって、変なサインだと思われたらイヤじゃないですか」
「変だなんて思う人なんかいないって。雪見のサインは、雪見だけのものなんだから」
 雪見は、智弘に諭されてとりあえず納得した。
「すみませーん。そろそろお願いします」
 係の者が、雪見を呼びに来た。
「それじゃいっておいで」
「はい。あのー、見てて下さいね」
「判ってるよ」
 雪見は、智弘の言葉に安堵し、会場へと向かった。
 4時から入場が開始され、30分後からイベントが始まった。
 司会者の紹介を受けて、雪見が舞台へと上がると、座っている観客の後方で、
関係者達と共に立っている智弘の姿を見つけた。
『藤沢さん、ちゃんといる』
 周囲は見知らぬ人ばかり。
 その中に、安心出来る人の姿を見つけ、心を落ち着かせた。
 今日のイベントは、この1月から放映が始まったアニメの主題歌のCD発売のサイン会だ。
 これが企画されたのは、主題歌のみならず、主役を雪見が演じていること、さらに今日が雪見の誕生日だからだ。
 これほどの条件が揃うことは珍しく、早々に決定した。
 ひとしきりアニメや楽曲に関してのトークが終わると、今回のCDに収録されている楽曲を歌った。
「それでは、これからサイン会に移りますので、皆さん、係員の指示に従って移動をお願いします」
 座っていた観客は立ち上がると、一斉に拍手を始めた。
「ハッピバースディ・トゥ・ユー。ハッピー―」
 それは、観客たちによる、雪見の誕生日を祝う歌だった。
 最初は面食らった雪見だったが、歌が終わり、拍手の雨を受けたときには、涙ぐんで深々と頭を下げていた。

759: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:51:36 NpAbD+dB
 観客たちは、誘導されて一度会場外へと出されると、中では机が準備され、列の導線が作られた。
 準備が終わるとすぐに会場内へ通され、雪見はブックレットの表にサインをして、握手をしていく。
 次から次へと人が流れ、雪見はサインと握手を繰り返していく。
 その中で、誕生日ということもあり、ファンから花束や差し入れなど、様々なプレゼントが渡された。
 平日の夕方であったにも関わらず、今日は時期的に他のアニメの主題歌もリリースされたこともあり、
店舗へ来てからサイン会を知った人たちも加わり、予定を大幅に延長してサイン会は二時間にも及んだ。
 最後の一人へサインが終わったときには、疲れが見られた雪見の背後には、多くのプレゼントが置かれていた。
 会場が後片付けに入る中、雪見は楽屋で休憩を取り、智弘は他のスタッフと共にプレゼントを車へと運んでいた。
 全てが終わって楽屋を出るときに、雪見はこの店から頼まれていたサイン色紙を手渡し、
店からは誕生日プレゼントとしてブーケタイプの花束とスイーツが贈られた。
「今日はお世話になりました」
 雪見は、スタッフに頭を下げると、スタッフから拍手が起こった。
 二人は、店を後にして、車へと戻ってきた。
「すごい……こんなに!?」
 雪見は、車内を見て驚いた。
 後部座席は、プレゼントがぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「トランクもいっぱいだよ」
 智弘は、助手席のドアを開けた。
 雪見は、先程頂いたプレゼントと智弘に預けると、車に乗り込んだ。
 智弘は、後部座席にプレゼントを押し込むと、車を走らせた。
『藤沢さんの隣に座って、後ろにはたくさんのプレゼント。結婚したら、こんな感じなのかな』
 雪見は、結婚式を挙げた後に、二人で車で走る光景を重ねていた。
 思わず頬が紅くなり、恥ずかしさにうつむいた。
「どうした? 流石に疲れたか」
 それを、智弘は疲労と勘違いした。
「い、いいえ。大丈夫です」
 雪見は、慌てて否定した。
「まああれだけやれば疲れるよ。今日はもうこれで上がりだから直接送るから」
「はい」
 智弘は、車を雪見の家へと走らせた。
 すれ違う対向車線を走る車のヘッドライトや、街中のネオンが、どことなく子守歌のように心を落ち着かせる。
 いつしか、雪見はそのまま眠ってしまった。

760: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:52:31 NpAbD+dB
「おい、雪見」
 雪見は、声を掛けられながら体が揺すられる感覚を覚えた。
「着いたぞ。起きろ」
「ん…………ん……え…………あっ」
 雪見は、自分が車中で寝てしまったことに気がついた。
「ご、ごめんなさい。私、寝てしまって……」
「いや、別に寝るのはいいから。それより、着いたから。荷物降ろすぞ」
 智弘は、車の中からプレゼントを取り出すと、玄関の中へと運ぶ。
 玄関から奥へは、雪見が運んだ。
「これが最後だ」
 智弘は、最後のプレゼントを受け渡した。
「今日はお疲れ様でした」
 雪見は、そのまま頭を下げた。
「雪見こそお疲れ」
 智弘が帰ろうとしたときだった。
「そうだ、もうひとつあった」
 智弘は、急いで車へと戻ると、ひとつの袋を持ってきた。
「これこれ。あやうく忘れるところだった」
 そこは、どこぞかのデパートの手提げつきの紙袋だった。
「これは、俺からだ」
「え?」
「誕生日おめでとう」
「あ……」
 想定外のことに、思わず声が詰まる。
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃ、今日は早く休むように。この週末は大変だから」
「はい!」
「それじゃ、お疲れ」
「お疲れ様でした」
 智弘が玄関を閉めると、排気音が遠ざかっていった。
 雪見は、急いで部屋へ行くと、智弘のプレゼントを前に座った。
「藤沢さんからのプレゼント……なんだろう」
 胸のどきどきがとまらない。
 焦る気持ちを抑えつつ、雪見は紙袋の中を見た。

761: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:53:11 NpAbD+dB
 袋の中には、普通の紙袋がひとつ入っており、それをつかみあげた。
「…………薬局?」
 それは、薬局の紙袋だった。
 それも、そんなに大きくない。
 雪見は、その紙袋の中をテーブルの上に広げた。
「…………………………」
 雪見は、それを見て言葉が出なかった。
 ・女性用立体マスク
 ・水溶性アズレン配合のど用スプレー
 ・のど飴三種類
「これって…………」
 雪見は、ふと思い出した。
 それは、ラジオ局へ向かっている車内での会話だった。

「このところ、ずっと空気が乾燥しているが、喉は大丈夫か」
「はい」
「インフルエンザも流行しているし、今週はまた雪が降る予報だから、風邪には気をつけないとな」
「はい」

「そういう……こと?」
 このセットが、雪見のことを心配してのものだということはよく判った。
「でも……折角なんだから、もっとかわいいのが良かったかな……」
 自分を気遣ってくれてのことは嬉しいが、これなら何も誕生日プレゼントでなくてもいいだろう。
「マネージャーだから仕方ないのだろうけど、もう少し一人の女の子として見てもらいたいな……」
 残念に思いながら、口の中に放り込んだのど飴は、ほんのりと金柑の香りがした。

     -了-

762: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:55:15 NpAbD+dB
今回は、投下時間の通り、ギリギリで書き上げている。
よって、完成後に校正どころか全く目を通さないで投下している。
おかしかったところがあったら各自補正で。

763:名無しさん@ピンキー
11/02/10 22:54:09 +ffYh1vb
良作キテタ━━(゚∀゚)━━!!

764:名無しさん@ピンキー
11/02/11 07:34:56 4VaJ1K6Y
>>755
ゆきみんかわいいよゆきみん
リアルで雪が降ってるから彼女の登場というわけですな。

765: ◆yj5iT3hh0I
11/02/11 07:53:52 iuGv3bt5
普通に2月9日が雪見の誕生日なだけです(・ω・)
リアルとの整合性のために天気を合わせただけで、
雪が降ったのはたまたまですw

766:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:38:20 5WRke37D
 2月11日は、らぶドル18人、全員が集合するという貴重な日だった。
 昼間は、特設ステージによる記者会見、そして、今夜は生放送の歌番組に出演していた。
 これは、全国展開を行っているコンビニグループとのバレンタインコラボ商品
「LOVABLE Lovedol」(ラバブル・らぶドル[愛らしいらぶドルの意])のキャンペーン展開の一環だった。
 昨年、ショコラプロデュースのバレンタイン限定スイーツを発売したコンビニが、今年もと企画を持ち込んできた。
 今年はショコラだけではなく、らぶドル18人それぞれが考案したチョコレートの詰め合わせという豪華な代物だ。
 一口サイズの大きさでありながら、アーモンドを入れたもの、エアインにしているもの、クランチにしているもの、
トリュフのもの、ホワイトチョコのもの、などなど、18人の個性豊かなアイデアが、箱の中に整然と並んでいた。
 しかも、バレンタイン前日の13日には、らぶドル18人全員が、全国47都道府県へ散らばって、同商品キャンペーンイベントを行う。
 そのためのらぶドル全員で歌うイメージソングの歌唱と、キャンペーンの告知が目的だった。
 歌唱前に、薄手のサングラスを掛けた男性司会者から話が振られる。
 それに合わせ、スタッフがボードを運んできて、誰がどこの都道府県に行くかが示される。
 詳しくは、スイートフィッシュプロダクション(SFP)もしくはコンビニ会社のHPを参照とのことだった。
 大まかな後、歌を歌った後は、つつがなく番組も進行して無事に出演が終わった。
 らぶドル達は、一度、SFPの事務所へと戻り、最後の打ち合わせに入った。
 大会議室では、らぶドルの他、SFPからは社長の真理子、チーフマネージャーの藤沢美樹、担当マネージャーの藤沢智弘、
コンビニからは企画本部長、当日らぶドル達につく担当者18人が出席していた。
 このことからも、今回のプロジェクトがいかに大がかりなものか判る。
 基本的なことは、すでに事前に打ち合わせ済みであり、今日は最後の確認だった。
 簡単な質疑を交えた後、各らぶドルと当日の担当者の顔合わせも済ませ、無事に打ち合わせは終了した。
 らぶドル達は、やれ誰はどこへ行けていいだの、どこそこでは何がおいしいだの、他愛のない雑談に興じた。
 SFPの者達は、コンビニの方々を外まで見送った。
 会議室へ戻ってきたとき、らぶドル達はまだ雑談をしていた。
「ほら。打ち合わせは終わったんだから、今日はもう帰りなさい」
 社長の凛とした声が響く。
「そうよ。天候不順で移動でさえどうなるかなからないんだから。13日はみんなハードなんだから、早く帰って休みなさい」
 らぶドル達からは、はーい、という声が挙がり、帰り支度を始めた。
 準備の出来た者から、挨拶をして退室していった。
 廊下ですれ違った智弘に、らぶドル達は次々と声を掛けていった。

767:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:38:57 5WRke37D
「それでは智弘さん、お先に失礼しますぅ」
「お先に失礼します」
 美奈と知奈は、会釈をしながら智弘とすれ違った。
「あ、美奈。ちょっといいか」
「なんでしょうかぁ?」
「ちょっと」
 智弘は、軽く手で招くようにして別室へと入り、美奈も続いた。
「なんでしょうかぁ」
「いや、13日のことなんだが、丁度、美奈が担当するところは大変だろ」
 美奈の担当地区は、鹿児島、熊本、宮崎だった。
「あそこは今、火山噴火があるから、状況次第ではかなりバタバタすることになると思う。大変だと思うが、頑張ってくれ」
「大丈夫ですぅ。任せてください~」
 美奈は、なんともおっとりとした口調で応えた。
「頼んだぞ」
「はい~」
 美奈は、にこっと微笑んだ。

「知奈ちゃん、お待たせしましたぁ」
 美奈は、廊下で待っていた知奈の元へ戻ってきた。
「どうしたの?」
 知奈は、美奈に呼び出された理由を求めた。
「南九州は大変だから頑張ってだそうですぅ」
「毎日のように火山が噴火しているわね」
 知奈も、姉の担当地区なだけに気になっていた。
「でもぉ、皆さんがフォローしてくれますからぁ、大丈夫ですよぉ。火山に登るわけではありませんからぁ」
「まあ、そうだけどね」
「智弘さんも、知奈ちゃんも、心配性ですぅ」
「姉さんがお気楽すぎなのよ」
「ん~、そうですかぁ?」
「そうよ」
 そこへ、比奈がやってきた。
「美奈お姉様、知奈お姉様、まだ帰らないのですか?」
 美奈は、比奈に抱きついた。
「ごめんねぇ、比奈ちゃん。今、帰りますからぁ」
「帰りましょう」
 美奈と知奈は、それぞれ比奈の手をひいて、三人並んで帰っていった。

768:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:40:47 5WRke37D
 智弘は、給湯室でコーヒーを飲んでいた。
「どう? 首尾は」
 姉の美樹が顔を出した。
「何ともいえないな」
「随分と頼りない返事ね」
「週末は天気が荒れる予報だし、美奈の南九州じゃ火山も噴火している。
そもそも、今年は日本海側は記録的な大雪で、交通事情が全く読めない。
いくら向こうがサポートしてくれているからといって、自然相手でどこまで出来るか」
「でも、それをするのがあなたの仕事でしょ」
「そもそも47都道府県を18人で回るというのがシビアなんだよ」
 智弘は、率直な感想を述べた。
「それでもやるしかないのよ。SFP始まって以来の全国同日イベントなんだから」
「判ってるよ」
 智弘は、紙コップをゴミ箱へ捨てた。
「帰るか」
 二人は、給湯室を後にした。
 しばらくして、SFPのビルの照明が落とされた。
 本番の13日まで実質1日。
 このときは、大変な事態になるなど、誰も予想などしていなかった。

769:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:43:09 5WRke37D
 時計の針が午前零時を回った。
 2月13日。
 今日は、らぶドル達にとっての全国47都道府県をまたに掛けたキャラバンの日だ。
 会場で購入した人は、直筆サイン入りの担当らぶドルのカードを、らぶドル自身から手渡しの上、握手をしてもらえる。
 どこで購入しても、全員集合のグリーティングカードがもれなくついてくるが、
らぶドル一人で映っているものは、このキャラバンでしかもらえない。
 しかも、枚数限定の上、そこにいるらぶドルのカードのため、全員揃えるのはほとんど不可能に近い。
 それだけに、レア中のレアなものになるのは間違いない代物だ。
 地方でイベントを行う者は、すでに前日入りをして備えている。
 なにせ、多ければ一人三カ所の都道府県を回らないといけないのだ。
 タイトなスケジュールの中、確実に自分の担当箇所をこなす必要があり、全国制覇をしないといけない。
 自分の失敗は自分だけではなく、同じらぶドル達、SFPスタッフ、コラボをしているコンビニ会社、
なによりイベントへ足を運んで下さるファンの人たちにも迷惑がかかる。
 大勢の人たちのためにも、確実に成功させなければならなかった。

AM6:12
 SFPの事務所には、夜中に出勤してきた藤沢智弘がいた。
 不測の事態に備え、早々に事務所にて待機している。
「おはようございます」
 そこへ、結城瞳子が尋ねてきた。
「瞳子。ここへ来ている場合じゃないだろ」
「もしかして……怒っていますか?」
 智弘は、来る予定になっていなかった瞳子の出社に、驚きと共に少なからず不満を抱いていた。
「今日は本当に大変な日なんだから。瞳子は一番近場だけど、それだって千葉、東京、山梨へと移動しなくちゃいけない」
「まだ集合までには時間がありますから」
「それなら、なおさら少しでも体を休めるときには休んでおかないと駄目だろ」
 ここへ来るためには、その分、余計に早く起きなければならないし、
移動が近いとはいってもやはり少なからず疲れの原因になる。
 今日のようなタイトな予定ならなおのこと、後々になって堪えてくる。
「何もそんな言い方しなくても……。智弘さんが私の体を気遣ってくれているのは嬉しいけれど、
同じように私も智弘さんの体が心配なんです」
「俺はここで待機しているだけだから。らぶドルのみんなの方こそ大変だよ」
 ひとところにいるのと、長距離移動を含んでの仕事ではかなり疲労度が違う。
「そうですか。それで、これを……」
 瞳子は、小さな紙製の手提げ袋を差し出した。
「疲れたときにでもどうぞ。差し入れです」
「すまんな」
 智弘の謝辞に、瞳子は首を左右に振った。
「今回のプロジェクトで、智弘さんはずっと働きずくめでしたから。あと一日。今日一日、頑張って乗り切ってください」
 瞳子は、柔らかな笑みでエールを送る。

770:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:43:49 5WRke37D
「それで、これが終わったら、お休みを頂けるんですよね?」
「ああ。それがどうした?」
「いえ、あの……できればそのお休みの日に…………うちに―」
 瞳子の説明を遮るように、事務所の電話が鳴った。
 智弘がすかさず電話に出る。
 どうやら、現地の天候状況を知らせる電話だった。
 今回は、大雪のせいで日本海側の移動が難儀になる。
 そのため、迅速な状況把握がより必要とされている。
「あら、瞳子。早いわね」
 そこへ、藤沢美樹がやってきた。
「ここでのんびりしている時間はないわよ」
 実際にはまだ時間はあるが、早めに移動出来るならそれに越したことはない。
「はい。今いきます」
 瞳子は、美樹に応えると、智弘へ顔を向けた。
「私、行きますね」
 瞳子は、邪魔をしないように小さく話しかけると、智弘は電話をしたまま軽くうなずいた。
 廊下へと出てきた瞳子は、少し沈んだ表情をみせた。
「誘いそこねちゃった……。久しぶりにうちへ呼んで一緒に過ごしたかったのに……」
 智弘と二人っきりなら、勧誘の言葉を掛けられるが、美樹が来てしまったのではそうもいかない。
 チーフマネージャーという立場から、横槍が入れてくるかもしれない。
「早くちゃんと紹介したいのに……」
 親に紹介といっても、マネージャーとしてであるのは間違いないが、それぞれ察してくれるはずである。
 なにせ、両親は、アイドルとマネージャーという関係でありながら、結婚したのだから。
『でも、この差し入れで今回はポイントプラスでOKかな』
 瞳子は、みずからに合格点を与え、思わず口許を緩ませながら集合場所へと向かった。

771:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:45:15 5WRke37D
 各の地では日の出を迎えると共に次第に起床し始め、皆、自分の支度を調えていく。
 今日は、同伴するらぶドルはおらず、一人でいくつもの会場へ行かないといけない。
 自分がこけてしまうと、全国制覇失敗という、他のメンバーに迷惑が掛かってしまう。 
らぶドル達は、朝食後、最初に回る場所へと移動し、現場での打ち合わせに挑んだ。
 開始時刻の10時が迫るにつれ、緊張感が高まる。
 すでに、イベント会場には、大勢の人たちが詰めかけている。
 暖かい中を、寒い中を、風の中を、雨の中を、雪の中を、灰の中を、全国各地で、らぶドル達に会いに来ている。

 ―1分前―
 瞳子は、落ち着き払っていた。
 あゆみは、自分が出て行く扉を見つめていた。
 玲は、ツインテールに指を触れていた。
 琴葉は、舞がいるときの心強さを改めて実感していた。
 瑠璃は、すぐにでも舞台へ飛び出したくてわくわくしていた。
 ―45秒前―
 あやは、しっかりとマイクを握り締めていた。
 真琴は、普段着慣れない衣装に視線を落とした。
 しずくは、隣にひびきがいない不安を感じていた。
 ひびきは、隣にしずくがいない違和感に落ち着かなかった。
 ―30秒前―
 美奈は、知奈と比奈の応援をしていた。
 知奈は、美奈と比奈の心配をしていた。
 比奈は、美奈と比奈の無事を祈っていた。
 ―10秒前―
 沙有紀は、首元の髪を後ろへと払った。
 海羽は、「そろそろだにゃー」と時計を見た。
 ―5秒前―
 唯は、「いくよ」と小さく呟いた。
 ―4秒前―
 舞は、ぐっ、と握り拳をつくった。
 ―3秒前―
 雪見は、ぎゅっ、と王子を抱き締めた。
 ―2秒前―
 瑞樹は、しばし前から閉じていた瞼を開き、真っ直ぐ前を見据えた。
 ―1秒前―
 誰もが息を呑んだ。

 そして、時報が、10時を告げた。
 かくして、厳寒の日本列島を熱くする、らぶドル達の長い一日が幕を開けた。

772:名無しさん@ピンキー
11/02/14 22:08:34 TtKqVxQL
おお、この季節、実際にありそうなイベントだな

全国制覇したくても決して二股はかけられないというあたり、
ファンの身の振り方が試されそうだw

773: ◆yj5iT3hh0I
11/02/14 22:18:06 FV26tKh1
すんません。
少なからず、47都道府県での話があるんです。
そういう意味では、本当の意味でまだ本編ははじまってもいないんです。
ひとつひとつは少なくても、トータルで文章量が多くて。
13日に全てアップするつもりでしたが、当日の天気や交通も含めるため無理でした。
まだ10時スタートの18カ所でさえ書き揃っていません……。
らぶドル達が巡る場所の当日の気象データは全て揃えはしたのですが。
20日にイベントもあり、なんとか今月中には終わらせたいのですが。

774: ◆yj5iT3hh0I
11/02/14 23:05:00 FV26tKh1
それと、先月の三部作で、みんな智弘と打ち合わせをしていますよね。
それ、このバレンタインイベントをメインとした打ち合わせなんですよ。

775:名無しさん@ピンキー
11/02/22 20:18:55.15 N2TPmbX+
アンタすげえよ……


最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch