11/01/03 06:32:24 3pXzfG+s
待て待て待て待てー!!
文章を書くことが良いとされるのに、環境等で短くするというのは本末転倒でおかしい。
そもそも、どうしてここでは無理なんだ?
701:名無しさん@ピンキー
11/01/03 08:14:01 EMz/95cr
そっちに載せてもいいけど、ここにも分割して書き込んでくれよ。
俺はそうしてる
702:名無しさん@ピンキー
11/01/04 00:13:38 ifgkoPmD
遅れたけどあけおめ。今年もよろしゅう
>>696
おつですおつです。エロはなかったが舞琴スキーの俺的には歓喜w
やはりバラエティ番組に強制出演プレイさせてニヨニヨするのがらぶドル的には定番だな。
>>697
大晦日の話が元日でも全然構わないかと。
俺なんかまだ頭の中クリスマスですよ。
>>698-699
うぃうぃ。よほど長文だったのかな? もしも気が向いたら短縮なり分割なりで。
703:名無しさん@ピンキー
11/01/05 20:45:39 vufOEeXX
もしかして、規制解除になったみたいだテスト兼ねて保守
704:名無しさん@ピンキー
11/01/08 02:21:43 bYUvpk+c
瑞樹大好きっ、保守
705:名無しさん@ピンキー
11/01/08 17:59:42 jnkHEAVW
このスレ何人いるんだ?
・私
・合同誌の相手
・瑞樹陵辱作者
・琴葉スキー
・瑞樹スキー
の五人?
706:名無しさん@ピンキー
11/01/09 00:49:37 M5eCDb4B
自分みたいな読み専ならある程度居ると思うよ
実は一応書くつもりはあるんだけど中々ね
707:名無しさん@ピンキー
11/01/11 22:35:46 jM4mmAR+
99%読み専だが、呼称表を供させていただいた小生も加えてくだされ
708:名無しさん@ピンキー
11/01/12 17:18:03 kt3vTAlI
5日に規制解除に気がついて、らぶドル新年会ネタ考えたが、
風邪ひいてダウンしていて正月終わっちまった(まだ風邪ひいている)。
恒例のバレンタインネタも今年はネタがない。
・私
・合同誌の相手
・瑞樹陵辱作者
・資料作成者
・琴葉スキー
・瑞樹スキー
・ROMその1
呼称などの一連のリストは超役に立っています。
今でも執筆するときには、必ずあれを見ながら行っています。
あのリストの価値は大きく、プライスレス。
709:名無しさん@ピンキー
11/01/14 22:35:58 MkLhQN5G
DVDの2巻のパッケージの瑞樹が可愛すぎて注文しちゃったじゃないか!
798円で。
710:名無しさん@ピンキー
11/01/14 22:54:55 vdyVEAe+
DVDのジャケはみんな可愛いと思う。
エロ話を描くのが申し訳ないほどに(でも書くw)
711:名無しさん@ピンキー
11/01/15 01:53:23 jXovcru3
なんかある18禁小説サイトで瑞樹みたいなヒロインがやられまくるのがあったんだけどまさか>>698か?
712:名無しさん@ピンキー
11/01/15 07:03:04 SXbmf7yO
それはどこぞ?
713:名無しさん@ピンキー
11/01/15 16:08:32 jXovcru3
違ったら悪いヒントだけ
18禁小説サイトを検索してそこのサイトの検索機能で瑞樹に当てはまるような単語いれてみて
714:名無しさん@ピンキー
11/01/16 19:05:16 Q7bQqeAD
わからん……。
715:名無しさん@ピンキー
11/01/16 21:02:17 FBqZ18Ch
もしかしてノクターンノベルズってサイトかな?それらしいのあった!
716:名無しさん@ピンキー
11/01/16 21:20:45 Q7bQqeAD
あれ? そこいって検索かけたけど、何もヒットしなかったんだよな。
検索の仕方が悪いということなのか。
717:名無しさん@ピンキー
11/01/16 22:51:30 FBqZ18Ch
あくまでも「っぽい」だから「らぶドル」とか「瑞樹」とか入れても出ない。結局は新着順にあらすじ見ていって見つけた。あらすじ見れば瑞樹っぽいし容姿の説明も瑞樹を思わせる
718:名無しさん@ピンキー
11/01/16 23:56:21 Q7bQqeAD
あんたすげぇよ。よく探し出したなぁ。ちっとも判らん。
まだ体調崩しているから探すだけでもきついわw
719:名無しさん@ピンキー
11/01/17 00:29:32 eCj4Tbrr
ストリートライブとかいきなりあったから
720:名無しさん@ピンキー
11/01/17 18:53:23 VeIpRoXP
あった。
多分、そうだと思う。
ここに書き込んだ日付といい、投稿した日付といい、全て合致する。
721:名無しさん@ピンキー
11/01/18 15:29:33 uS3/tBWO
舞の声、ヴィータとか言われた、違う!
722:名無しさん@ピンキー
11/01/18 18:24:04 x1clOdVA
誰だ!そんな寝言ほざいたやつは!
723: ◆yj5iT3hh0I
11/01/18 23:49:16 x1clOdVA
その日、野々宮舞はむっとしていた。
「おはようございます、舞さん」
事務所に顔を出した桐生琴葉は、舞に挨拶をした。
「ああ、おはよう」
舞は、ぶっきらぼうに返した。
「? どうかしたんですか、舞さん」
「聞いてくれよ。私の声が『びーた』とかいうのに似ているって言われたんだ」
「びーた……ですか?」
琴葉は、舞の言う『びーた』が何なのか判らなかった。
「これなんだよ」
舞は、目の前のモニターに映っている事務所のHPに寄せられた意見コーナーをクリックした。
そこには、次のような一文が寄せられていた。
【この間、テレビからヴィータの声がする、と思ったららぶドルの舞ちゃんでした(笑)】
「ヴィータ……なんでしょうか?」
琴葉の疑問に答えるように、舞は検索サイトでその名を入力した。
「なんか、アニメキャラらしいんだ」
そこには、人気アニメのキャラクターが表示されていた。
「そうなんですか」
「なんか、ここで見られるみたいなんだ」
舞は、さらに動画投稿サイトでアニメを再生させた。
「んー、似ているといえば似ているかも知れませんけど……」
「全然似てなーい!」
「そうですよね。これを舞さんの声というには、ちょっと無理があるように思います」
話がまとまり掛けたときだった。
「何してるの?」
そこへ、出社してきた藤沢瑠璃が、二人に声を掛けてきた。
「ん、ああ、ちょっとな」
瑠璃は、モニターに視線を向けた。
「あれ? このアニメに興味あるの?」
瑠璃は、モニターに映っているキャラを見て目を輝かせた。
「このキャラの声と、舞さんの声が似ているという書き込みがあったんですよ」
琴葉が、瑠璃にいきさつを説明した。
「んー、ねえ、舞ちゃん。ちょっと言ってもらえるかな」
「なんだ?」
「んとねー」
瑠璃は、舞に軽く指示を出した。
724: ◆yj5iT3hh0I
11/01/18 23:52:21 x1clOdVA
「タカマチなんとかー!! ……なんだこれ?」
舞は、言わされたものの、まったく意味が理解出来なかった。
「んー、ちょっと似ているかもしれない」
「似てなーい!!」
「そんなことないと思うよ」
「似てない! 似てない! 似てなーい! 私の声は、こんなに低くない!!」
「でも、舞ちゃんが声優をやるとしたら、こういうキャラに向いていると思うよ」
声優として活躍している瑠璃が言うのだから、あながち悪くはないのだろう。
「あ、あの、私ならどういうキャラがいいと思いますか?」
もし、自分が声優をやれるとしたら、仕事の幅が広がるかも知れない。
そんな思いから、自分の声質に合うキャラを尋ねた。
「んー、琴葉ちゃんなら……」
瑠璃は、そういってある作品を検索して呼び出した。
「これかな」
瑠璃がクリックをして動画を再生をさせると、まるで巨大ドリルをふたつ頭に装着したかのような
金髪巨乳キャラがしゃべりだした。
しかも、年齢制限があるのではとおぼしきエッチなアニメだ。
「こ、こ、これ、なんですか!?」
琴葉は、赤面しながらもそのアニメを観た。
「琴葉ならいいんじゃないのか。琴葉の声って意外とエッチだしな」
「な、なんですか、それ!? わ、私の声、エッチなんかじゃないです!」
「でも、琴葉は耳年増じゃん」
「それとこれとは関係ないですよ~」
「いや、きっと根がエッチだから、声もエッチなんだろ」
「そんな~」
「それに―」
舞は、両手を伸ばすと、琴葉の胸を掴んだ。
「きゃあっ!?」
「琴葉は、おっぱいも大きいからな」
服の上からもはっきりと判るバスト84センチを誇る乳房を、いやらしい手つきで揉む。
「いやぁん」
琴葉は、慌てて両腕で胸をブロックした。
「ほらほら、その声。とってもエッチだぞ」
「そ、それは、舞さんが変なことをしたからです」
琴葉は、エッチな声と言われて恥ずかしかった。
「でも、今は結構こういう萌えアニメが多いから、琴葉ちゃんのようなタイプの声は需要もあるし、
人気の出る声だと思うよ」
「本当ですか?」
「うん」
琴葉は、瑠璃の『人気の出る声』というフォローに安堵した。
725: ◆yj5iT3hh0I
11/01/18 23:53:48 x1clOdVA
「お、早いな」
「あ、お兄ちゃん」
「智弘」
「智弘くん」
出社してきた智弘に、三人の視線が集中した。
「ん? 三人集まって何しているんだ?」
琴葉は、慌ててマウスを操作してブラウザを閉じた。
「い、いえ、ちょっと雑談を」
琴葉は、智弘にエッチなアニメを観ていたと思われたくなかった。
「なあ、智弘。琴葉の声ってどう思う?」
「どうって?」
「欲情する声とか」
「な、なんてこと言うんですか、舞さん!」
琴葉は、顔を真っ赤にして抗議した。
「一体、何の話だ?」
「なんでもありません! 智弘くん、気にしないで下さい! そ、それより、今日の予定はお台場でいいんですよね?」
琴葉は、スケジュールを訊くことで話の流れを逸らした。
「ああ。舞と一緒に9時には局入りだ」
「なんか、このところ琴葉と一緒の仕事ばっかだな」
「バラエティが多いからな」
「私達は、らぶドルであってバラドルじゃないんだがな」
舞は、少し頬を膨らませた。
「そういうなって。ゴールデンのバラエティは全国ネットされることが多い。
全国に顔を売るのは、活動の幅を広げることでも必要なことだ」
「別に仕事が不満ってわけじゃないさ」
「お仕事が貰えるのは、タレントにとって大切なことです。たとえ、それがバラエティであってもです」
仕事の絶対軸を持っていない琴葉にとっては、どんな仕事もいとわない。
歌にせよ、演技にせよ、モデルにせよ、声優にせよ、他のらぶドル達の方が抜きんでている。
何でもこなしてしまう器用貧乏的なところが、琴葉の没個性に繋がっているが、
舞と絡むと不思議といい意味での化学反応を引き起こしていた。
智弘もそれが判っているからこそ、この二人で組む仕事の意味を理解していた。
726: ◆yj5iT3hh0I
11/01/18 23:55:08 x1clOdVA
「なーんか、らぶドルのお笑い担当って感じなんだよな」
舞がぽつりとごちた。
「それもタレントとしての幅だよ。それでみんなが楽しくなってくれるなら、それはいいことだろ」
「そうだな」
舞は、ふっ、と笑んだ。
「でも、たまにはかわいい仕事もとってきてくれよな」
舞は、軽く智弘の腹に拳を当てた。
「判った。ほら、移動はタクシーなんだろ。これから道が混むから、そろそろ出る準備をしておけ」
「私はもう済んでいる」
「私もです」
舞も琴葉も、すでに準備万端だ。
「それじゃ、行っておいで」
「おう!」
「はい!」
二人は、手荷物を持つと目配せをした。
「それじゃ、智弘、瑠璃、また後でな」
「いってきます」
二人は、事務所を後にした。
「瑠璃はまだいいのか」
「今日はインタビューと撮影だからまだだよ」
「そうか」
「だから―」
瑠璃は、智弘の腕にしがみついてきた。
「しばらくはお兄ちゃんと一緒にいられるよ」
智弘は、ふーっ、と溜息をついた。
「だから、そういうことはするなと―」
「むーっ! 妹だからいいでしょ!」
「そういう問題じゃないだろ」
「いいでしょ。たまには」
そういって、瑠璃は離れようとしない。
「おはようござい―な、何をしているんですか!?」
そこへ、日渡あやがやってきた。
「ま、また、瑠璃ちゃんはそういうことを―」
「いいんだもーん。瑠璃は妹だもん」
「い、妹だからって、そういうことをしたらダメです!」
「そんなこといって、本当はあやちゃんもしたいんじゃないの?」
「そ、そんなこと、ち、違います! 智弘さん、違いますからね! わ、私は、ただ、その―」
「おっはよーっ! って、みんな揃って何を―あっ! 瑠璃ちゃんが智弘くんにしがみついてる!」
そこへ、今度は有栖川唯がやってきた。
727: ◆yj5iT3hh0I
11/01/18 23:56:17 x1clOdVA
「あ、唯ちゃん! 唯ちゃんからも言って下さい! そんなことしたらダメって」
「んー、どちらかというと、ボクもしがみつきたいかな」
「な、何を言って―」
あやが言い終わる前に、唯はあやの横を通り過ぎて智弘の腕にしがみついた。
「猫も寄り添うほど今日も寒いからね」
唯は、よく判らない理由を口にする。
「むーっ! 唯ちゃん、ダメだよ。お兄ちゃんにしがみついていいのは、実の妹である瑠璃の特権なんだから!」
「ここは事務所だから、今は『ボクのマネージャー』でもあるんだよ」
瑠璃と唯は、腕にしがみついたまま、お互いに権利を主張する。
『いいなぁ、二人とも……』
そんなに二人を、あやは羨望のまなざしで見つめていた。
「朝から勘弁してくれ……」
まだ仕事が始まってもいないのに、すでに疲労している智弘だった。
-了-
728: ◆yj5iT3hh0I
11/01/18 23:57:45 x1clOdVA
アハハハハ。
風邪で今月末のオンリーの原稿も出来てなくて、
こんなの書いている場合じゃないのに。
ぶらっと書いてみた。後悔はしていない。校正もしていない(マテ)
729:名無しさん@ピンキー
11/01/19 09:16:04 8ULrIVHN
やるなあ。見事なものだった。
730:名無しさん@ピンキー
11/01/20 02:09:44 yGY52KMJ
>>720
見てきた多分あってるよなエロ気合い入れ過ぎ
らぶドルか?といえばらぶドル。舞みたいなのもいたし。
731:名無しさん@ピンキー
11/01/20 23:36:46 w6lGTCku
いいと思うよ。
「書きたいから書く」というのが一番いい動機なんだからる
二次は不可とされたようだから、いじってきたのでしょう。
732:名無しさん@ピンキー
11/01/21 01:44:24 nqvm4j5Y
>>723-727
もつですもつです。
瑠璃のフォローが微妙にフォローになってない件w
後半、朝から唯と瑠璃が二人がかりで性欲処理に励んでくれている風に
読めてしまった。←多分かなり疲れてる
>巨大ドリルをふたつ頭に装着したかのような金髪巨乳キャラ
セルニア・伊織・フレイムハートですねわかります。
733: ◆yj5iT3hh0I
11/01/21 20:28:41 wb6PsBTb
すげぇ!!
あの呼称リスト、呼称以外にもランキングデータとかついていたのか!!
今日、気がついたよ。
めちゃくちゃすげぇよ!!
734: ◆yj5iT3hh0I
11/01/21 20:31:25 wb6PsBTb
午前6時。
この時期は、まだ日の出前ということもあり外は暗い。
「うー、寒い寒い」
暗闇の中、SFPの事務所へ藤沢智弘がやってきた。
事務所の鍵を開け、照明と共に暖房のスイッチを入れる。
「今年は寒いから早出はきつい」
暖房で室内が暖まるまで時間がかかる。
給湯室へ行き、オフィス用コーヒーサービスマシーンにコーヒーをセットして、紙コップに抽出させる。
セットする手間はあるが、それさえしてしまえばほんの数秒で熱々のコーヒーが飲めるのはありがたい。
しかも、自動販売機と違って費用は会社持ちなので無料だ。
智弘は、一口すすると、それを持って事務所内へと戻っていった。
「さてと、今日の予定は―」
自分のスケジュールは元より、らぶドル達のスケジュールやどこで就寝したのか、ということも確認しておかないといけない。
これは、地方から地方に移動することもあり、事務所として常にタレントの現在地点を確認しておく必要がある。
交通機関のトラブルなどに咄嗟に対応するためにも重要なことだ。
「とっもひっろくーん」
智弘が入口を見ると、有栖川唯が、ひょい、と顔を出して事務所を覗いている。
「どうした。随分早いじゃないか」
「うん。智弘くん、今日は早出って聞いたから、もういるかなと思って」
唯は、智弘の隣の机の椅子に腰を下ろした。
「今日はアフレコだろ。出社するにしても早すぎるだろ」
アニメのアフレコは、都内のスタジオで行うため、こんなに早く出て来る必要は全くない。
「昨日も一昨日も、直行直帰だったからね。智弘くんの顔が見たいなーと思って」
「火曜日に会っているじゃないか」
「三日も前だよ」
三日前、二人はここで会っている。
しかも、智弘の腕にしがみつくというおまけ付きで。
「今日なんて冷え込んで寒いんだから、ゆっくり出て来ればいいのに。今日も直接目黒入りの予定だろ」
智弘に言われて、唯は少し頬を膨らませた。
「智弘くんは冷たいなー」
「何がだ」
「折角、会いにきたんだよ。早出は寒いし一人はつまらないかなーと思って」
「そりゃどうも」
智弘は、生返事をしながら書類をめくっている。
『むっ!』
智弘が、紙コップへと手を伸ばしたが、紙コップを掴み損ねた。
手の先を確認すると、そこにあるはずの紙コップはなかった。
紙コップは、唯が両手で掴んでいた。
「唯、それ、俺の」
唯は、くるりと椅子を180度回転させて、智弘に背を向けた。
735: ◆yj5iT3hh0I
11/01/21 20:32:42 wb6PsBTb
「あー、寒い」
そういって、こくこくとコーヒーを飲み始めた。
「ふぅ」
まだ暖かいコーヒーに、一息ついた息も熱を帯びている。
「コーヒーが飲みたいのなら、自分で作ってくればいいだろ」
「だって、作ったばかりじゃ熱いんだもん。ボク、猫舌だから。ねー」
そう言って、唯はいつも連れて歩いている猫のぬいぐるみのミルクとプリンに話しかけた。
「やれやれ」
智弘は、立ち上がると再び給湯室へと向かった。
事務所に一人残された唯は、コーヒーに口をつけた。
「にがっ。なんでブラックなの? ミルクと砂糖を多めにして欲しいなぁ」
他人のものを奪っておいて、これである。
『……でも……間接キスだからいいか……』
唯の頬が紅くなっているのは、寒さやコーヒーのせいではなかった。
ほどなくして、智弘が新しい紙コップを手にして戻ってきた。
「今度は飲むなよ」
智弘は、念を押してから紙コップを置いた。
「飲まないよ」
唯は、軽く笑いながら答えた。
少しずつ空が明るくなるにつれ、表を走る車の量が増えると共に、街は喧噪の世界へと移りゆく。
室内には、そのざわめきが入り込んできているぐらいで、智弘は帰社後に届いていたFAXの処理に没頭し、
唯は何をいうでもなくそれを眺めていた。
『こういうのもいいかも』
自分達の見えないところで、一所懸命支えてくれる。
それは智弘に限ったことではなく、自分の仕事に関わる人たち全てに言えることだが、
スイートフィッシュスクールのときからずっとそばで見てくれている彼は、唯にとって特別な人だった。
無論、それは他のらぶドルにとっても同じだった。
「おはようございます」
少し控え目に発せられながらも、凛とした声が事務所内に響く。
「おはようございますぅ~」
追って、対照的におっとり口調の挨拶が続いた。
二人揃ってやってきたのは、双子ユニット『ショコラ』の北条知奈と北条美奈だ。
「おはよー」
「おはよう」
唯は、智弘越しに二人を確認してから声を掛け、智弘は挨拶をしてから二人を一度見た。
「二人ともぉ、早いですねぇ」
「美奈ちゃんと知奈ちゃんも充分早いよ」
「でもぉ、すでに唯ちゃんがいますよぉ」
美奈は、ちらりと知奈に視線を向けた。
知奈は、美奈から合図を受けるも『無理』という目をする。
736: ◆yj5iT3hh0I
11/01/21 20:34:00 wb6PsBTb
「それにしても、今朝も寒いですねぇ」
美奈は、いかにも寒いという仕草をしながら、智弘達のそばへ来た。
「何か持ってくるといいよ」
唯は、紙コップを持ち上げて二人に見せた。
「でもぉ、こういう日はぁ、あることをしていいという噂を聞いていますぅ」
美奈は、もう一度知奈に視線を向けたが、やはり知奈は『出来ない』という目をした。
「なんだ、その噂ってのは」
智弘は、丁度一段落して背もたれに体を預けた。
美奈は、唯とは反対側の机の椅子に座った。
「失礼しますぅ」
美奈は、すっ、と智弘の脇に腕を回すと、両腕で彼の腕を抱えるようにして抱きついた。
「おいおい!?」
焦る智弘。
驚いて硬直している唯と知奈に構わず、美奈はそれを続ける。
「寒い日はぁ、智弘さんの腕で暖まっていいそうなんですよぉ」
「なんだよ、その都市伝説は」
「都市伝説なんですかぁ?」
「そりゃそうだろ。そんな事実はないんだから」
「ボクは美奈ちゃんの話は事実だと思う」
唯は、そういってもう一方の腕にしがみついた。
「唯まで何言ってるんだ」
「だって、こうしていると本当にあったかいんだもん」
唯も、ぎゅっ、と抱き締める。
「寒い日は猫も寄り添うんだから、こうしているのは正しいんだよ」
「正しいとかそういう問題じゃないだろ。仕事が出来ない」
「一段落ついたんだから、少しぐらい貸してよ」
「俺の腕は、カイロじゃないんだがな」
そういっても、邪険に扱わないのが、智弘のいいところ。
「ほらぁ、知奈ちゃんもこっちに来てぇ。暖かいですよぉ」
「ね、姉さん。と、と、……マネージャーが困っています!」
「ん~、でもぉ、唯ちゃんもしていますからぁ、していいんだと思いますよぉ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
天然系の美奈に対し、理性派の知奈という構造が垣間見える。
「折角の機会ですからぁ、知奈ちゃんもしてみるといいですよぉ。替わりますよぉ」
「そんなことしません」
頑なな知奈の態度に、美奈は不思議な顔をする。
737: ◆yj5iT3hh0I
11/01/21 20:35:40 wb6PsBTb
「知奈ちゃんはぁ、智弘さんのことが嫌いなんですかぁ?」
「な、何を言い出すの、姉さん! そんな、嫌いとかそういう話じゃ……」
「私はぁ、好きですよぉ。智弘さんのことぉ」
こういう科白をいつでもどこでも平然と言ってのけるのは、美奈の凄いところだろう。
「ボクもマネージャーのこと好きだよ」
唯もしれっと追随したが、この流れなら好きの意味が『恋愛』ではなく
『好き・嫌い』という二元論による『好意』と捉えてもらえるからだ。
「わ、私だって」
「『私だってぇ』なんですかぁ?」
「だ、だから、同じってことよ」
「同じってぇ?」
「と、と、と……マネージャーのこと嫌いじゃないってこと」
知奈は、顔を紅くしながら言い切った。
「あー、マネージャーとして所属タレントに好いて貰えるのは嬉しいが、
そろそろ仕事に戻りたいんで腕を放してくれるとありがたいんだが」
「あと5分」
唯は、寝起きに粘る子どものような主張を行った。
「おはようござ―えっ!?」
そこへ、日渡あやが出社してきた。
「み、皆さん、何をして……」
何といっても、見れば判る通りだった。
「マネージャーで暖まっているんだよ」
唯は、当然の行為の如く答える。
「ま、また、唯ちゃんはそうやって智弘さんにくっついて」
「寒いからね。ほら、ボク、猫だから寒がりなんだよ」
「唯ちゃんは猫好きであって、猫じゃありません! それに、美奈さんまで!」
「だってぇ、寒い日にはぁ、抱きついていいっていう噂がぁ」
「そ、そんな噂、ありま―」
あやは、それ以上、言うのをやめた。
「と、とにかく、もう人が来ますから。ほら、知奈さんも言って下さい」
「そ、そうね」
そのとき、FAXの電話が鳴り、どこからか送られてきているデータの受信を始めた。
「ほら、FAXが来たから」
それをもって、美奈と唯は智弘から離れた。
智弘は、FAXを取りに向かった。
智弘が机に戻るまでに、他の社員の出社もあり、それ以上のことは何もなかった。
美奈と知奈は給湯室へ、唯とあやは室内に区切られている来客用の小部屋へと移動した。
738: ◆yj5iT3hh0I
11/01/21 20:37:06 wb6PsBTb
給湯室では、紅茶が入った紙コップを手にした美奈と知奈が雑談をしていた。
「どうしてぇ、知奈ちゃんはぁ、智弘さんに抱きつかなかったんですかぁ。折角のチャンスでしたのにぃ」
「そ、そんなこと、出来るわけないでしょ」
「そのために早出してきたんですよぉ? それなのにぃ……」
美奈の予定では、智弘の腕にそれぞれ抱きつく、というものだった。
誤算だったのは、すでに唯がいたこと。
ならばと、知奈にするようにアイコンタクトを送ったが、彼女は拒否した。
知奈が動かないなら、自分が動くことで、知奈にも抱きつかせてあげようとしたが、それでも彼女は拒否してしまった。
「知奈ちゃんはぁ、本当に智弘さんのことが好きなんですかぁ?」
「何よ、急に……」
「だってぇ、好きなら抱きつくはずですよぉ?」
「そんなの、普通じゃありません」
「唯ちゃんだってぇ、智弘くんに抱きついてましたよぉ」
「それは、彼女だからでしょ」
「ん~、知奈ちゃん。『智弘さんが好き』と言ってみて下さい」
「な、な、何でそんなことを……」
知奈は、顔を紅くする。
「知奈ちゃん、さっきから智弘さんのこと『好き』とは言わないじゃないですかぁ」
「嫌いとも言ってないんだからいいでしょ」
「知奈ちゃんはぁ、恥ずかしがり屋さんですからぁ」
「恥ずかしがらない姉さんの方がおかしいのよ」
「えぇ~? だってぇ、好きな人に好きっていうのはぁ、自然なことですよぉ」
「妹の私からみても、姉さんのそういうところは凄いと思いますよ」
素直な気持ちを口に出来る姉が羨ましいと思うことがある。
それが、自分に足りないところであるのも判っているが、それでも自分には出来ない。
双子ではあるが、姉は北条美奈であり、自分は北条知奈なのだ。
「それでも、姉さんの場合、少々度が過ぎるきらいがあると思いますけど」
「そんなぁ~」
「でも、それは姉さんらしいですけれど」
知奈は、紅茶をすすった。
「それではぁ、知奈ちゃんはもう少し素直になれるようにしましょう~。智弘さんに『好き』といえるぐらいにはぁ」
知奈は、姉の発言に紅茶を気道に入れてしまい、ゲホゲホとむせた。
「ね、姉さん!」
「腕に抱きつくのはぁ、それからですねぇ」
そういって、美奈は、紙コップを置くと、知奈の空いている側の腕に抱きついた。
「それまではぁ、私がぁ、こうして知奈ちゃんを暖めてあげますぅ」
知奈は、くすっ、と笑った。
「ありがとう、姉さん」
「どういたしましてぇ」
二人は、そのまま給湯室を後にした。
739: ◆yj5iT3hh0I
11/01/21 20:38:50 wb6PsBTb
一方、来客室へと異動した唯とあやは、向かい合うようにソファに腰を下ろした。
「唯ちゃんはずるいです!」
「なにが?」
「この間に続いて、今日も智弘さんに抱きついて……」
「だって、寒かったんだもん」
「寒いからといって、抱きつくなんて……」
「あやちゃんはしたくないの? 智弘くんてね、意外とあったかいんだよ」
普通の出来事のように話す唯に、むしろあやの方が恥ずかしくなる。
「で、で、でも……」
「ねえ、どうしてあやちゃんは早出なの?」
「え?」
「さっき、スケジュール表を見たけれど、今日は汐留に10時入りだよね。随分早いよ」
「えっと、それは……そ、そう、練習。少し、発声をしていこうかなと……」
急な話の切り替えに、あやは戸惑った。
「……ふーん……」
「な、なんですか!?」
唯は、あからさまに怪しいという視線を向ける。
「……やっぱりあやちゃんは要注意かな……」
唯は、前掲姿勢で立ち上がりながら、口許を見せないようにして小さく呟いた。
「え? 何?」
「ううん、何でもない」
唯は、空になった紙コップを手にして、ドアノブに手を掛けた。
「ボク、負けないからね」
「? はい」
あやは、唯が何に対して負けないといったのか理解出来ていなかった。
「それじゃ、レッスン頑張ってね」
唯は、来客室にあやを残して出て行った。
『あやちゃんはボクから見てもかわいいし、歌も巧いし、人気も実績もある……。
でも、智弘くんに関しては負けない。あやちゃんにはもちろん、誰にも』
唯は、紙コップを見て、軽く笑んだ。
すでに外は陽の光が差し、本格的に街が動き始めた。
そして、事務所も人が集まり、電話の音で喧噪が増していた。
「さて、今日も一日、頑張ろう!」
唯は、大きく伸びをして気合いを入れた。
すでに、抱きつきと智弘のコーヒーで、エネルギー充填120%なのだから。
740: ◆yj5iT3hh0I
11/01/21 20:40:24 wb6PsBTb
『あーあ、またダメだった……』
あやは、火曜日に目撃した瑠璃と唯の行為が忘れられなかった。
あの方法なら、自然に智弘に抱きつくことが出来る。
水曜、木曜は事務所に来ることがなかったが、今日は都内にいて時間もある。
ならばと寒い中やってきたが、まさか唯は元よりショコラの二人までも来ていたのは誤算だった。
流れ上、つい行為をたしなめるような発言をしたが、うっかり自分の可能性まで潰すところだった。
もし、先程、噂を否定する発言をしたならば、それは自分が同様の行為を正当化する理由を、みずから失うことになる。
「次こそ、次こそ、頑張ります!」
あやは、がばっと立ち上がって両拳を作り、次回のチャンスへ向けて気合いを入れた。
もっとも、あやの性格からして、本当に抱きつけるかどうかは甚だ疑問であり、
それを本人が思い知るのはまだ先のことであった。
-了-
741: ◆yj5iT3hh0I
11/01/21 20:42:12 wb6PsBTb
だから書いている場合じゃないってのに。
でも後悔はしていない。やっぱりまた校正もしていない(ヲイ)
742:名無しさん@ピンキー
11/01/23 13:48:03 CMSWhbBg
あんたの漢気に惚れた。次も期待している。
743: ◆yj5iT3hh0I
11/01/24 01:55:46 q8WmEIB8
この日の朝、小会議室では、藤沢智弘と日渡あやが打ち合わせをしていた。
「―だな。それで―」
智弘が、来月前半の確定事項を伝えていく。
『隣に座れば良かったかなぁ……』
今、あやと智弘は、向かい合ってソファに座っている。
これだと、かねてより試みようとしていることが行えない。
最近、らぶドルの間で流行っている『寒さにかこつけて、智弘の腕に抱きつく』というものである。
「―。―や。あや」
「? はい?」
「話、聞いてる?」
「あ、ごめんなさい」
「打ち合わせ中なんだから、ちゃんと聞いてくれよ」
「はい……」
あやは、申し訳なさそうに応えた。
「11日の祝日からは―」
智弘が説明を続けると、あやは手元の予定表に視線を落とした。
『どうしてみんなは出来るんだろう……』
智弘の腕に抱きつく。
藤沢瑠璃は、実妹だから気兼ねしない。
有栖川唯は、スクール時代に積雪の中、落とし穴に落ちて智弘と共に体を寄せ合って暖を取ったという経験がある。
北条美奈は、自分の気持ちを率直に口にする天真爛漫(天然?)さがある。
自分が目撃した三人は、行動に移すことに物怖じしない人たちだ。
また、彼女たち以外にも、今日までに何人かが彼の腕に抱きついたという話を耳にしている。
『恥ずかしくないのかな……』
先程、この会議室に来るときに二人並んで歩いてきたが、いざやろうとすると恥ずかしくてとても出来なかった。
ほんのちょっと、腕を組むだけである。
それでも、自分にとってはかなりハードルが高いものであることを認識した。
「あや!」
「え?」
あやは、何度目かの呼び掛けで気がついた。
「『え?』じゃないよ。さっきから話を聞いてないだろ」
「ご、ごめんなさい……」
あやは、予定表を両手で持つと、目から下を隠し、上目遣いで申し訳なさそうに智弘を見た。
智弘は、ふーっ、と息を吐いた。
「さっきから上の空じゃないか。何か悩みごとでもあるのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「風邪とかひいてないだろうな」
「それは大丈夫です。本当にごめんなさい」
あやは、頭を下げた。
744: ◆yj5iT3hh0I
11/01/24 01:56:58 q8WmEIB8
「この週は、あやが一番ハードになるから、体調管理には気をつけてくれ」
「はい」
「10日の朝にもう一度確認をするから、書類には目を通しておいてくれ」
「はい」
「それじゃ、以上」
智弘は、書類をまとめると立ち上がった。
それに合わせるようにして、あやも立ち上がる。
二人、廊下へ出ると、冷えた空気が淀んでいた。
あやは、智弘の横について歩いていく。
『寒いから……いいよね?』
一緒に並んで歩けるのは、小会議室から事務所へ移動するまでの短い間だけ。
抱きつくなら今しかない。
あやは、高鳴る鼓動を感じていた。
「ろ、廊下は寒いですね」
「そうだな」
今の会話により、二人の間に『今は寒い』という共通認識が出来た。
『寒いっていってくれたんだから、あとは……』
『寒いと抱きついていい』という理論を実践するためには、前提条件として寒くなければならない。
抱きつくことを正当化するためには『寒い』という事実認識が免罪符になる。
智弘も寒いと認めたのだから、あとは抱きつくだけ。
抱きついていることを問われたら、噂話と共に『寒いから』と主張するだけでいい。
『は、早くしないと……』
廊下の丁字路が目の前にきている。
そこを曲がってしまえば、それほど距離がない。
気分が昂揚して体が火照りだし、寒いどころか暑くなってきたあやだが、意を決した。
一度立ち止まって深呼吸をして、先に角を曲がっていく智弘を追いかけようとしたときだった。
745: ◆yj5iT3hh0I
11/01/24 01:58:37 q8WmEIB8
「お兄ちゃーん!」
右側へ曲がる智弘に対し、左側へ伸びている道から声がした。
その声に、あやの足が止まる。
次の瞬間。
「ぐはっ!」
智弘の腰部に、激しい衝撃が加わった。
「お兄ちゃん、おはよー!」
勢いよく智弘に抱きついてきたのは、妹の藤沢瑠璃だった。
「おまえなぁ、いきなり抱きついてきたら危ないだろ」
「ちゃんと『お兄ちゃん』って声掛けたよ」
「声かければいいってもんじゃ―ぐはっ!」
智弘の腰に、再び同様の衝撃が走った。
「智弘ー! おはよう!」
左腰側に抱きついた瑠璃に対抗するように、野々宮舞が右腰側に抱きついてきた。
「舞もかよ」
「いつも瑠璃ばっかりずるいだろ」
「別に抱きつくことを許しているわけじゃないんだが」
「それより聞いてくれよ。この間収録したバラエティなんだが―」
「にゃー!!」
舞が主張を始めたとき、さらなる声が聞こえた。
まるで猫のような鳴き声と共に、ミュージカルで鍛えた躍動的な跳躍で、
智弘の左側へストンと降り立ったのは、猫谷海羽。
海羽は、そのまま智弘の左腕に抱きついた。
「おはようにゃー!」
「な、なんだよ、海羽まで」
「今日は寒いから抱きついてもいい日なんだにゃー」
「またそれかよ」
智弘も、いささかうんざりしてきている。
「でも、本当に今日も寒いですよね、智弘くん」
そういって、今度は右側から桐生琴葉が腕を組んできた。
「琴葉」
「左側に海羽さんがいるから、こちらも誰かいないとバランスが悪いと思いまして」
もっともらしい理由ではあるが、それを抱きつく理由として採用するにはいささか無理がある。
「もう、みんなお兄ちゃんにくっつきすぎ! くっついていいのは、実の妹のるりだけなんだよ!」
瑠璃は、毎度おなじみの持論を展開する。
「瑠璃はいつもひっついているだろ。マネージャーなんだから、たまには少しぐらいいいだろ」
「同じらぶドル三期生だにゃー!」
「と、いうことだそうですよ。智弘くん」
「それでもダメ!」
瑠璃は、頑なに特権を主張した。
746: ◆yj5iT3hh0I
11/01/24 01:59:55 q8WmEIB8
「これじゃ、動けないんだが」
智弘の背広が、くいくい、と後ろから引っ張られた。
上体を捻って後ろを見ると、頬を朱に染めて申し訳なさそうに北条比奈が背広の裾を掴んでいた。
「おはようございます、お兄様」
「比奈もか」
「お兄様に逢えたことに、感謝を」
そもそも、これから打ち合わせの予定なのだから、逢えて当然である。
智弘は、そんな比奈の後ろ数メートルから歩いてくる榊瑞樹に気がついた。
「まさか瑞樹もなんかやる気じゃないだろうな」
それまで淡々と歩いていた瑞樹の顔が一気に紅くなる。
「な……何、馬鹿なこといってるのよ!」
よもや自分までやるのではという智弘の言動は、瑞樹を慌てさせた。
「ほら、みんないい加減にして。マネージャーが困っているでしょ!」
瑞樹の一声で、みんなぱらぱらと智弘から離れたが、瑠璃は最後まで渋っていた。
「あやさん、おはようございます」
瑞樹は、あやに挨拶をした。
今まで智弘しか眼中になかった連中も、次々とあやに挨拶をした。
あやも、それに呼応して挨拶を返した。
「みんな、小会議室へ行って。あとから俺もいく」
智弘の指示に、三期生は返事をして、雑談をしながらぞろぞろと向かった。
その後、智弘とあやは、なにをするでもなく事務所へと戻ってきた。
智弘は、別の書類を手にすると、再び小会議室へと出て行ってしまった。
747: ◆yj5iT3hh0I
11/01/24 02:01:41 q8WmEIB8
『あーあ……また……』
あやは、がっくりと頭を垂れた。
あやは、自分の度胸のなさに軽い自己嫌悪に陥っていた。
「あや先輩、おはようございます」
あやは、その声に顔を上げた。
声を掛けたのは、結城瞳子だった。
「どうかしたんですか?」
「う、ううん。何でもないの」
「そうですか」
『もし、瞳子ちゃんに知られたら、きっと大変……』
あやは、スクール入学時のことを思い出していた。
瞳子が、自分に対して智弘のことで宣戦布告にも似た啖呵を切った、あの顔。
瞳子は、二期生で後輩に当たるが、血筋に本人の努力もあってまさにしのぎを削るライバル。
特に、智弘に関しては強いライバル心燃やしているようにみえる。
「そういえば、あや先輩は知っていますか?」
「何を?」
「寒い日に智弘さんの腕に抱きついていいという噂です」
あやは、ぎくっ、とした。
「き、聞いたことはあるけど……」
「まさかと思いますが、あや先輩はそんなことしていませんよね?」
あやを見つめる瞳子の瞳が、嘘を許さないと訴えている。
「う、うん。まだしていな―」
あやは、言って、すぐに口許を手で抑えた。
瞳子に気圧され、うっかり口を滑らせてしまった。
「まだ?」
瞳子は、あやの失言を聞き逃してはくれなかった。
「『まだ』って、どういうことですか?」
「あ、あの『まだ』っていうのは、その……」
いい繕うにも、言葉が出てこない。
「まさか、あや先輩がそういうことを考えていたというのは驚きでした」
瞳子は、壁に掛けられている時計を一瞥した。
「あや先輩がそういうつもりでしたら―。私、三十分後に智弘さんと打ち合わせですから」
それは、まるで、あやより先に智弘に抱きついてみせるといっているように聞こえた。
「瞳子ちゃん、こわひ……」
瞳子の圧力に引いてしまうあやだった。
748: ◆yj5iT3hh0I
11/01/24 02:02:49 q8WmEIB8
智弘は、一度、給湯室へと寄ると、入れ替わるようにして琴葉が出てきた。
琴葉は、お盆の上に6個の紙コップを乗せていた。
「智弘くんも、何か飲むんですか?」
「コーヒーをな」
「一緒に運びますよ」
「いや、いいよ。先に持っていってやってくれ」
智弘は、琴葉が運ぶ重量が増えてしまうことを懸念して申し出を断った。
「はい。それではお先に」
琴葉は、慣れた手つきで運んでいった。
智弘が給湯室から出てくると、今度は瑞樹が通りかかった。
「まだ会議室へ行ってなかったのか」
「ちょっとね」
瑞樹は、お手洗いからの戻りだった。
「さっきのは何?」
「何が?」
「瑠璃たちに抱きつかれて、鼻の下を伸ばしてデレデレしちゃって」
「デレデレなんかしてないぞ」
「そもそも、智弘がしっかりしないから抱きつかれるのよ」
瑞樹の口調は、どこかとげとげしい。
「怒っているのか?」
「怒ってなんかないわよ!」
どうみても怒っているようにしか聞こえない。
「俺だって、困ってるんだから。いくら事務所のビルだからって、外から来る人もいる。
そういう人に見られたら良くないだろ。まあ、やめるようにいうさ」
瑞樹が歩みの速度を落としたことに気付かず、智弘は一人、小会議室の扉を開けた。
「……バカ」
瑞樹は、その背中に向かって小さく呟いた。
この日、智弘の姉であるチーフマネージャー・藤沢美樹より『智弘抱きつき禁止令』が、らぶドルたちに発令された。
これをもって、抱きつき行為は終焉を迎えることとなった。
抱きつけた者、抱きつけなかった者、抱きつく機会すらなかった者、悲喜こもごもの結果を残した一週間だった。
そして、彼女も『悲』に分類された一人だった。
『やっぱり、あのときしていれば……』
禁止令を伝え聞き、脱力してがっくりとうなだれたあやだった。
-了-
749: ◆yj5iT3hh0I
11/01/24 02:03:54 q8WmEIB8
ハッハー。
二作目を書いているときに三部構成を思いついたから書いてしまった。
終わってみたら、あやの話でしたね(笑)。
当然、まだ月末の原稿に着手していない。
文章量も多く記述形式も今までにない形だというのに。
後悔しないようにしたい。校正は(ry)
750:名無しさん@ピンキー
11/01/24 17:13:29 DBhTGUTQ
素晴らしい…
実に素晴らしい
751:名無しさん@ピンキー
11/01/24 17:58:55 CnCcq2m7
どうした!?
素晴らしいは素晴らしいけど、こんなハイペースでレスが進むのは初めてじゃないか。
752: ◆yj5iT3hh0I
11/01/24 23:16:27 q8WmEIB8
あー、やっぱり時間をおいて読み直すと、手を入れた方がいい点が目に付くねぇ。
でも、校正をやりだすと時間(執筆したものを寝かす時間も必要)がかかるし、他へ手が回らなくなる。
>>721を読む
声優ネタでいこう
アニメ関係だから瑠璃を出そう
瑠璃なら抱きつきだろ
今年は寒いし智弘と暖を取った経験のある唯を出そう
瑠璃の抱きつきにつっこむは、あやだろ
抱きついた経験のある唯で口火
抱きつきが噂になっていて、掛け合いの出来るショコラ登場
前回、抱きつけなかったあや登場
あやで口火
抱きつこうとするも、三期生にもっていかれる
あやの智弘関係なら瞳子だろ
結局、未遂で終了
こんな流れのプロットが通ったし、来月下旬まではイベントで身動きが取れないから書くなら一気に書くしかない。
また、現実の時間軸にリンクさせているというのもある。
全て書き込んだ日の出来事として扱っている。ペースが早いのはそのため。
楽しんでいただけたのなら何より。ペースを落としていいようなので、落とすことにしますw。
753:名無しさん@ピンキー
11/01/30 00:38:46 otCijUkX
ああ、そういうことだったんですね>現実の時間軸にリンク
これだけ大挙して抱きつかれれば、この冬を乗り切れる。
754: ◆yj5iT3hh0I
11/02/01 00:24:07 zBr56jWb
ええ、そういうことなんですよ。
時間そのものではなく、日付に意味があり、「時間軸」なので一連の出来事はリンクしている。
たとえば金曜日の会話で
「火曜日に会っているじゃないか」
「三日も前だよ」
というのは、火曜日に投下した内容通り二人は会って、そのときのことを指しているんです。
ちょっと気になって調べたが、らぶドル18人、双子が一組いるので実質17日の誕生日が存在している。
それにも関わらず、1月と6月がいないんですよね。少し寄りすぎじゃないのか。
定石に縛られないといえばそうなんですが、やはりここは定石通り散らすものかと。
755: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:48:24 NpAbD+dB
2月9日。
暦の上ではすでに春を迎えたが、東京では降雪が観測された。
だが、雨雲の通過に従い、日差しと共に気温も上がり始め、うっすらと雪景色を施された街は、
急速にいつもの乾燥した世界へとその顔を変えていった。
「おはようございます」
午前11時すぎに、成瀬雪見は事務所へやってきた。
雪見は、上着を脱いで両腕で抱えると、そのまま一目散に担当マネージャー・藤沢智弘のデスクへと寄ってきた。
「藤沢さん、おはようございます」
「おはよう」
智弘は、雪見を一目確認すると、机の上の書類立てに書類の束を戻した。
「今日はお願いします」
雪見は、軽く頭を下げた。
「もうそんな時間か」
智弘は、腕時計で時刻を確認した。
「まずはラジオか。そうだな。少し早いけど昼飯に行くか?」
「はい」
智弘は上着を取ると、ホワイトボードに行き先を書き込んだ。
「いってきます」
智弘が先に事務所を出る。
「いってきます」
追って、雪見も事務所内へ一度会釈をしてから廊下へ出た。
小走りで、少し先を歩く智弘の横に並ぶ。
「雪見につくのは久しぶりだな」
「はい」
雪見は、軽く俯き加減で微笑んだ。
今やらぶドルは18人と大所帯であり、智弘がマネージャーとして同伴することは少ない。
毎日一人ずつ順番についたとしても、一ヶ月に二回つくことがない人が出ることになる。
ただでさえ誰かにつくことが少なく、さらに二期生で経験もあり、
声優という職業柄もあって、雪見につくことはほとんどなかった。
それだけに、今日、智弘が自分についてくれるのは嬉しかった。
756: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:49:11 NpAbD+dB
社用車の後部座席に雪見を乗せると、智弘は車を走らせた。
『隣がよかったな……』
折角、車で移動なのだから、束の間でいいから隣に座ってドライブ気分を味わいたい。
しかし、智弘は後部座席のドアを開け、雪見もそのまま何も言わずに乗車した。
もっと自己主張の強い娘なら助手席に乗るのかもしれないが、控え目な性格の雪見にとって、主張することは高いハードルだった。
「昼は何にする?」
「何にしましょうか?」
「あんまりがっちり食べると、しゃべりにくいんじゃないのか? 生放送だし」
「そうですね」
「それじゃ、ソバにでもするか。軽く腹に入れておく程度だし、もたれないだろ」
「それでいいです」
「近くに巧いソバ屋があるから、そこでいいな」
「はい」
智弘は、最初の仕事場であるラジオ局の入っているビルへと向かった。
局内の地下駐車場へ車を駐め、二人、外へと出て来る。
裏通りの歩道は、まだ朝方の雪のせいでところどころ濡れていた。
「足下、濡れているから気をつけてな」
「はい」
そう返事をした矢先、ずるっ、と足を取られた。
「きゃっ!?」
思わず智弘の腕にしがみつき、智弘もバランスを崩したが、そこは成人男性。
踏み留まってすぐに雪見の体を掴んだ。
「おい。いってる側から転ぶなよ」
「ご、ごめんなさい」
「雪で冷えているから路面が滑りやすいんだから」
「はい……」
食後には放送ブースへ入るのに、服を汚してしまったら大事である。
「あ、あのー……」
「どうした?」
雪見は、恥ずかしそうに俯いて、言葉を言い出せないでいる。
「どうかしたのか?」
「あのー……こ、転ぶといけないので……このまま腕を掴んでいていいですか?」
雪見は、智弘と目を合わせることが出来ないまま、ぼそぼそとしゃべった。
「そうだな。転ぶとあれだし」
「は、はい……」
雪見は、ぎゅっ、と智弘の腕にしがみついた。
『抱きつけちゃった……』
雪見は、かつての智弘に抱きつく騒動で、抱きつくことが出来なかった。
奇しくも、今、リベンジともいうべき状況で抱きついている。
百メートル程度先にあるソバ屋への道のりは、雪見にとってはとても暖かいものだった。
757: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:49:53 NpAbD+dB
午後1時。
ラジオの生放送が始まった。
「本日のゲストは、らぶドル二期生で声優として活躍されている成瀬雪見さんです」
「こんにちはー。成瀬雪見です」
司会者のトークに合わせて、雪見も無難にこなしていく。
番組中に行われるスイーツのラジオショッピングも上々にこなしていった。
「さて、そろそろ番組も終わりに近づいてきましたが、雪見ちゃんから告知があるんですよね」
「はい。今日の4時から、秋葉原の―」
雪見は、本日発売のCDのサイン会の告知を行った。
無事、生放送が終了した。
「お疲れ様でした」
雪見は、共演者やスタッフに声を掛けては頭を下げていく。
「これ、スタッフみんなから。誕生日プレゼント」
そういって、先程ショッピングコーナーで実食をしたスイーツと花束を受け取った。
「ありがとうございます」
雪見は、柔らかな笑みを見せた。
「どうもすみません」
智弘は、スタッフ達に軽く頭を下げた。
二人は、地下駐車場へ戻ってくると車に乗り込み、次の仕事場へと向かった。
「最初の仕事でこんなに祝ってもらったんじゃ、帰るときには車の中はプレゼントで一杯だな」
智弘は、なかば茶化すように話す。
「そんなことないですよ」
雪見は、花束とスイーツの入った箱を見た。
『私が一番欲しいのは―』
雪見は、その言葉を胸の内にとどめた。
758: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:50:45 NpAbD+dB
次の仕事場は、秋葉原にあるCDやDVDといったソフトを売るビルだった。
楽屋で打ち合わせをして、時間に備える。
人前に出る、ましてサイン会というダイレクトにファンと触れ合う仕事は、
人見知りが激しい雪見にとっては結構大変なものだった。
「あのー、藤沢さん」
「ん?」
「私のサイン、おかしくないですか?」
雪見は、今、書いたサインを智弘に見せた。
「大丈夫だよ」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「んー……」
雪見は、まじまじと自分のサインを見つめている。
「雪見は神経質なんだよ」
「だって、変なサインだと思われたらイヤじゃないですか」
「変だなんて思う人なんかいないって。雪見のサインは、雪見だけのものなんだから」
雪見は、智弘に諭されてとりあえず納得した。
「すみませーん。そろそろお願いします」
係の者が、雪見を呼びに来た。
「それじゃいっておいで」
「はい。あのー、見てて下さいね」
「判ってるよ」
雪見は、智弘の言葉に安堵し、会場へと向かった。
4時から入場が開始され、30分後からイベントが始まった。
司会者の紹介を受けて、雪見が舞台へと上がると、座っている観客の後方で、
関係者達と共に立っている智弘の姿を見つけた。
『藤沢さん、ちゃんといる』
周囲は見知らぬ人ばかり。
その中に、安心出来る人の姿を見つけ、心を落ち着かせた。
今日のイベントは、この1月から放映が始まったアニメの主題歌のCD発売のサイン会だ。
これが企画されたのは、主題歌のみならず、主役を雪見が演じていること、さらに今日が雪見の誕生日だからだ。
これほどの条件が揃うことは珍しく、早々に決定した。
ひとしきりアニメや楽曲に関してのトークが終わると、今回のCDに収録されている楽曲を歌った。
「それでは、これからサイン会に移りますので、皆さん、係員の指示に従って移動をお願いします」
座っていた観客は立ち上がると、一斉に拍手を始めた。
「ハッピバースディ・トゥ・ユー。ハッピー―」
それは、観客たちによる、雪見の誕生日を祝う歌だった。
最初は面食らった雪見だったが、歌が終わり、拍手の雨を受けたときには、涙ぐんで深々と頭を下げていた。
759: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:51:36 NpAbD+dB
観客たちは、誘導されて一度会場外へと出されると、中では机が準備され、列の導線が作られた。
準備が終わるとすぐに会場内へ通され、雪見はブックレットの表にサインをして、握手をしていく。
次から次へと人が流れ、雪見はサインと握手を繰り返していく。
その中で、誕生日ということもあり、ファンから花束や差し入れなど、様々なプレゼントが渡された。
平日の夕方であったにも関わらず、今日は時期的に他のアニメの主題歌もリリースされたこともあり、
店舗へ来てからサイン会を知った人たちも加わり、予定を大幅に延長してサイン会は二時間にも及んだ。
最後の一人へサインが終わったときには、疲れが見られた雪見の背後には、多くのプレゼントが置かれていた。
会場が後片付けに入る中、雪見は楽屋で休憩を取り、智弘は他のスタッフと共にプレゼントを車へと運んでいた。
全てが終わって楽屋を出るときに、雪見はこの店から頼まれていたサイン色紙を手渡し、
店からは誕生日プレゼントとしてブーケタイプの花束とスイーツが贈られた。
「今日はお世話になりました」
雪見は、スタッフに頭を下げると、スタッフから拍手が起こった。
二人は、店を後にして、車へと戻ってきた。
「すごい……こんなに!?」
雪見は、車内を見て驚いた。
後部座席は、プレゼントがぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「トランクもいっぱいだよ」
智弘は、助手席のドアを開けた。
雪見は、先程頂いたプレゼントと智弘に預けると、車に乗り込んだ。
智弘は、後部座席にプレゼントを押し込むと、車を走らせた。
『藤沢さんの隣に座って、後ろにはたくさんのプレゼント。結婚したら、こんな感じなのかな』
雪見は、結婚式を挙げた後に、二人で車で走る光景を重ねていた。
思わず頬が紅くなり、恥ずかしさにうつむいた。
「どうした? 流石に疲れたか」
それを、智弘は疲労と勘違いした。
「い、いいえ。大丈夫です」
雪見は、慌てて否定した。
「まああれだけやれば疲れるよ。今日はもうこれで上がりだから直接送るから」
「はい」
智弘は、車を雪見の家へと走らせた。
すれ違う対向車線を走る車のヘッドライトや、街中のネオンが、どことなく子守歌のように心を落ち着かせる。
いつしか、雪見はそのまま眠ってしまった。
760: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:52:31 NpAbD+dB
「おい、雪見」
雪見は、声を掛けられながら体が揺すられる感覚を覚えた。
「着いたぞ。起きろ」
「ん…………ん……え…………あっ」
雪見は、自分が車中で寝てしまったことに気がついた。
「ご、ごめんなさい。私、寝てしまって……」
「いや、別に寝るのはいいから。それより、着いたから。荷物降ろすぞ」
智弘は、車の中からプレゼントを取り出すと、玄関の中へと運ぶ。
玄関から奥へは、雪見が運んだ。
「これが最後だ」
智弘は、最後のプレゼントを受け渡した。
「今日はお疲れ様でした」
雪見は、そのまま頭を下げた。
「雪見こそお疲れ」
智弘が帰ろうとしたときだった。
「そうだ、もうひとつあった」
智弘は、急いで車へと戻ると、ひとつの袋を持ってきた。
「これこれ。あやうく忘れるところだった」
そこは、どこぞかのデパートの手提げつきの紙袋だった。
「これは、俺からだ」
「え?」
「誕生日おめでとう」
「あ……」
想定外のことに、思わず声が詰まる。
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃ、今日は早く休むように。この週末は大変だから」
「はい!」
「それじゃ、お疲れ」
「お疲れ様でした」
智弘が玄関を閉めると、排気音が遠ざかっていった。
雪見は、急いで部屋へ行くと、智弘のプレゼントを前に座った。
「藤沢さんからのプレゼント……なんだろう」
胸のどきどきがとまらない。
焦る気持ちを抑えつつ、雪見は紙袋の中を見た。
761: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:53:11 NpAbD+dB
袋の中には、普通の紙袋がひとつ入っており、それをつかみあげた。
「…………薬局?」
それは、薬局の紙袋だった。
それも、そんなに大きくない。
雪見は、その紙袋の中をテーブルの上に広げた。
「…………………………」
雪見は、それを見て言葉が出なかった。
・女性用立体マスク
・水溶性アズレン配合のど用スプレー
・のど飴三種類
「これって…………」
雪見は、ふと思い出した。
それは、ラジオ局へ向かっている車内での会話だった。
「このところ、ずっと空気が乾燥しているが、喉は大丈夫か」
「はい」
「インフルエンザも流行しているし、今週はまた雪が降る予報だから、風邪には気をつけないとな」
「はい」
「そういう……こと?」
このセットが、雪見のことを心配してのものだということはよく判った。
「でも……折角なんだから、もっとかわいいのが良かったかな……」
自分を気遣ってくれてのことは嬉しいが、これなら何も誕生日プレゼントでなくてもいいだろう。
「マネージャーだから仕方ないのだろうけど、もう少し一人の女の子として見てもらいたいな……」
残念に思いながら、口の中に放り込んだのど飴は、ほんのりと金柑の香りがした。
-了-
762: ◆yj5iT3hh0I
11/02/09 23:55:15 NpAbD+dB
今回は、投下時間の通り、ギリギリで書き上げている。
よって、完成後に校正どころか全く目を通さないで投下している。
おかしかったところがあったら各自補正で。
763:名無しさん@ピンキー
11/02/10 22:54:09 +ffYh1vb
良作キテタ━━(゚∀゚)━━!!
764:名無しさん@ピンキー
11/02/11 07:34:56 4VaJ1K6Y
>>755
ゆきみんかわいいよゆきみん
リアルで雪が降ってるから彼女の登場というわけですな。
765: ◆yj5iT3hh0I
11/02/11 07:53:52 iuGv3bt5
普通に2月9日が雪見の誕生日なだけです(・ω・)
リアルとの整合性のために天気を合わせただけで、
雪が降ったのはたまたまですw
766:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:38:20 5WRke37D
2月11日は、らぶドル18人、全員が集合するという貴重な日だった。
昼間は、特設ステージによる記者会見、そして、今夜は生放送の歌番組に出演していた。
これは、全国展開を行っているコンビニグループとのバレンタインコラボ商品
「LOVABLE Lovedol」(ラバブル・らぶドル[愛らしいらぶドルの意])のキャンペーン展開の一環だった。
昨年、ショコラプロデュースのバレンタイン限定スイーツを発売したコンビニが、今年もと企画を持ち込んできた。
今年はショコラだけではなく、らぶドル18人それぞれが考案したチョコレートの詰め合わせという豪華な代物だ。
一口サイズの大きさでありながら、アーモンドを入れたもの、エアインにしているもの、クランチにしているもの、
トリュフのもの、ホワイトチョコのもの、などなど、18人の個性豊かなアイデアが、箱の中に整然と並んでいた。
しかも、バレンタイン前日の13日には、らぶドル18人全員が、全国47都道府県へ散らばって、同商品キャンペーンイベントを行う。
そのためのらぶドル全員で歌うイメージソングの歌唱と、キャンペーンの告知が目的だった。
歌唱前に、薄手のサングラスを掛けた男性司会者から話が振られる。
それに合わせ、スタッフがボードを運んできて、誰がどこの都道府県に行くかが示される。
詳しくは、スイートフィッシュプロダクション(SFP)もしくはコンビニ会社のHPを参照とのことだった。
大まかな後、歌を歌った後は、つつがなく番組も進行して無事に出演が終わった。
らぶドル達は、一度、SFPの事務所へと戻り、最後の打ち合わせに入った。
大会議室では、らぶドルの他、SFPからは社長の真理子、チーフマネージャーの藤沢美樹、担当マネージャーの藤沢智弘、
コンビニからは企画本部長、当日らぶドル達につく担当者18人が出席していた。
このことからも、今回のプロジェクトがいかに大がかりなものか判る。
基本的なことは、すでに事前に打ち合わせ済みであり、今日は最後の確認だった。
簡単な質疑を交えた後、各らぶドルと当日の担当者の顔合わせも済ませ、無事に打ち合わせは終了した。
らぶドル達は、やれ誰はどこへ行けていいだの、どこそこでは何がおいしいだの、他愛のない雑談に興じた。
SFPの者達は、コンビニの方々を外まで見送った。
会議室へ戻ってきたとき、らぶドル達はまだ雑談をしていた。
「ほら。打ち合わせは終わったんだから、今日はもう帰りなさい」
社長の凛とした声が響く。
「そうよ。天候不順で移動でさえどうなるかなからないんだから。13日はみんなハードなんだから、早く帰って休みなさい」
らぶドル達からは、はーい、という声が挙がり、帰り支度を始めた。
準備の出来た者から、挨拶をして退室していった。
廊下ですれ違った智弘に、らぶドル達は次々と声を掛けていった。
767:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:38:57 5WRke37D
「それでは智弘さん、お先に失礼しますぅ」
「お先に失礼します」
美奈と知奈は、会釈をしながら智弘とすれ違った。
「あ、美奈。ちょっといいか」
「なんでしょうかぁ?」
「ちょっと」
智弘は、軽く手で招くようにして別室へと入り、美奈も続いた。
「なんでしょうかぁ」
「いや、13日のことなんだが、丁度、美奈が担当するところは大変だろ」
美奈の担当地区は、鹿児島、熊本、宮崎だった。
「あそこは今、火山噴火があるから、状況次第ではかなりバタバタすることになると思う。大変だと思うが、頑張ってくれ」
「大丈夫ですぅ。任せてください~」
美奈は、なんともおっとりとした口調で応えた。
「頼んだぞ」
「はい~」
美奈は、にこっと微笑んだ。
「知奈ちゃん、お待たせしましたぁ」
美奈は、廊下で待っていた知奈の元へ戻ってきた。
「どうしたの?」
知奈は、美奈に呼び出された理由を求めた。
「南九州は大変だから頑張ってだそうですぅ」
「毎日のように火山が噴火しているわね」
知奈も、姉の担当地区なだけに気になっていた。
「でもぉ、皆さんがフォローしてくれますからぁ、大丈夫ですよぉ。火山に登るわけではありませんからぁ」
「まあ、そうだけどね」
「智弘さんも、知奈ちゃんも、心配性ですぅ」
「姉さんがお気楽すぎなのよ」
「ん~、そうですかぁ?」
「そうよ」
そこへ、比奈がやってきた。
「美奈お姉様、知奈お姉様、まだ帰らないのですか?」
美奈は、比奈に抱きついた。
「ごめんねぇ、比奈ちゃん。今、帰りますからぁ」
「帰りましょう」
美奈と知奈は、それぞれ比奈の手をひいて、三人並んで帰っていった。
768:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:40:47 5WRke37D
智弘は、給湯室でコーヒーを飲んでいた。
「どう? 首尾は」
姉の美樹が顔を出した。
「何ともいえないな」
「随分と頼りない返事ね」
「週末は天気が荒れる予報だし、美奈の南九州じゃ火山も噴火している。
そもそも、今年は日本海側は記録的な大雪で、交通事情が全く読めない。
いくら向こうがサポートしてくれているからといって、自然相手でどこまで出来るか」
「でも、それをするのがあなたの仕事でしょ」
「そもそも47都道府県を18人で回るというのがシビアなんだよ」
智弘は、率直な感想を述べた。
「それでもやるしかないのよ。SFP始まって以来の全国同日イベントなんだから」
「判ってるよ」
智弘は、紙コップをゴミ箱へ捨てた。
「帰るか」
二人は、給湯室を後にした。
しばらくして、SFPのビルの照明が落とされた。
本番の13日まで実質1日。
このときは、大変な事態になるなど、誰も予想などしていなかった。
769:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:43:09 5WRke37D
時計の針が午前零時を回った。
2月13日。
今日は、らぶドル達にとっての全国47都道府県をまたに掛けたキャラバンの日だ。
会場で購入した人は、直筆サイン入りの担当らぶドルのカードを、らぶドル自身から手渡しの上、握手をしてもらえる。
どこで購入しても、全員集合のグリーティングカードがもれなくついてくるが、
らぶドル一人で映っているものは、このキャラバンでしかもらえない。
しかも、枚数限定の上、そこにいるらぶドルのカードのため、全員揃えるのはほとんど不可能に近い。
それだけに、レア中のレアなものになるのは間違いない代物だ。
地方でイベントを行う者は、すでに前日入りをして備えている。
なにせ、多ければ一人三カ所の都道府県を回らないといけないのだ。
タイトなスケジュールの中、確実に自分の担当箇所をこなす必要があり、全国制覇をしないといけない。
自分の失敗は自分だけではなく、同じらぶドル達、SFPスタッフ、コラボをしているコンビニ会社、
なによりイベントへ足を運んで下さるファンの人たちにも迷惑がかかる。
大勢の人たちのためにも、確実に成功させなければならなかった。
AM6:12
SFPの事務所には、夜中に出勤してきた藤沢智弘がいた。
不測の事態に備え、早々に事務所にて待機している。
「おはようございます」
そこへ、結城瞳子が尋ねてきた。
「瞳子。ここへ来ている場合じゃないだろ」
「もしかして……怒っていますか?」
智弘は、来る予定になっていなかった瞳子の出社に、驚きと共に少なからず不満を抱いていた。
「今日は本当に大変な日なんだから。瞳子は一番近場だけど、それだって千葉、東京、山梨へと移動しなくちゃいけない」
「まだ集合までには時間がありますから」
「それなら、なおさら少しでも体を休めるときには休んでおかないと駄目だろ」
ここへ来るためには、その分、余計に早く起きなければならないし、
移動が近いとはいってもやはり少なからず疲れの原因になる。
今日のようなタイトな予定ならなおのこと、後々になって堪えてくる。
「何もそんな言い方しなくても……。智弘さんが私の体を気遣ってくれているのは嬉しいけれど、
同じように私も智弘さんの体が心配なんです」
「俺はここで待機しているだけだから。らぶドルのみんなの方こそ大変だよ」
ひとところにいるのと、長距離移動を含んでの仕事ではかなり疲労度が違う。
「そうですか。それで、これを……」
瞳子は、小さな紙製の手提げ袋を差し出した。
「疲れたときにでもどうぞ。差し入れです」
「すまんな」
智弘の謝辞に、瞳子は首を左右に振った。
「今回のプロジェクトで、智弘さんはずっと働きずくめでしたから。あと一日。今日一日、頑張って乗り切ってください」
瞳子は、柔らかな笑みでエールを送る。
770:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:43:49 5WRke37D
「それで、これが終わったら、お休みを頂けるんですよね?」
「ああ。それがどうした?」
「いえ、あの……できればそのお休みの日に…………うちに―」
瞳子の説明を遮るように、事務所の電話が鳴った。
智弘がすかさず電話に出る。
どうやら、現地の天候状況を知らせる電話だった。
今回は、大雪のせいで日本海側の移動が難儀になる。
そのため、迅速な状況把握がより必要とされている。
「あら、瞳子。早いわね」
そこへ、藤沢美樹がやってきた。
「ここでのんびりしている時間はないわよ」
実際にはまだ時間はあるが、早めに移動出来るならそれに越したことはない。
「はい。今いきます」
瞳子は、美樹に応えると、智弘へ顔を向けた。
「私、行きますね」
瞳子は、邪魔をしないように小さく話しかけると、智弘は電話をしたまま軽くうなずいた。
廊下へと出てきた瞳子は、少し沈んだ表情をみせた。
「誘いそこねちゃった……。久しぶりにうちへ呼んで一緒に過ごしたかったのに……」
智弘と二人っきりなら、勧誘の言葉を掛けられるが、美樹が来てしまったのではそうもいかない。
チーフマネージャーという立場から、横槍が入れてくるかもしれない。
「早くちゃんと紹介したいのに……」
親に紹介といっても、マネージャーとしてであるのは間違いないが、それぞれ察してくれるはずである。
なにせ、両親は、アイドルとマネージャーという関係でありながら、結婚したのだから。
『でも、この差し入れで今回はポイントプラスでOKかな』
瞳子は、みずからに合格点を与え、思わず口許を緩ませながら集合場所へと向かった。
771:LOVABLE Lovedol -らぶドルバレンタイン2011-
11/02/13 15:45:15 5WRke37D
各の地では日の出を迎えると共に次第に起床し始め、皆、自分の支度を調えていく。
今日は、同伴するらぶドルはおらず、一人でいくつもの会場へ行かないといけない。
自分がこけてしまうと、全国制覇失敗という、他のメンバーに迷惑が掛かってしまう。
らぶドル達は、朝食後、最初に回る場所へと移動し、現場での打ち合わせに挑んだ。
開始時刻の10時が迫るにつれ、緊張感が高まる。
すでに、イベント会場には、大勢の人たちが詰めかけている。
暖かい中を、寒い中を、風の中を、雨の中を、雪の中を、灰の中を、全国各地で、らぶドル達に会いに来ている。
―1分前―
瞳子は、落ち着き払っていた。
あゆみは、自分が出て行く扉を見つめていた。
玲は、ツインテールに指を触れていた。
琴葉は、舞がいるときの心強さを改めて実感していた。
瑠璃は、すぐにでも舞台へ飛び出したくてわくわくしていた。
―45秒前―
あやは、しっかりとマイクを握り締めていた。
真琴は、普段着慣れない衣装に視線を落とした。
しずくは、隣にひびきがいない不安を感じていた。
ひびきは、隣にしずくがいない違和感に落ち着かなかった。
―30秒前―
美奈は、知奈と比奈の応援をしていた。
知奈は、美奈と比奈の心配をしていた。
比奈は、美奈と比奈の無事を祈っていた。
―10秒前―
沙有紀は、首元の髪を後ろへと払った。
海羽は、「そろそろだにゃー」と時計を見た。
―5秒前―
唯は、「いくよ」と小さく呟いた。
―4秒前―
舞は、ぐっ、と握り拳をつくった。
―3秒前―
雪見は、ぎゅっ、と王子を抱き締めた。
―2秒前―
瑞樹は、しばし前から閉じていた瞼を開き、真っ直ぐ前を見据えた。
―1秒前―
誰もが息を呑んだ。
そして、時報が、10時を告げた。
かくして、厳寒の日本列島を熱くする、らぶドル達の長い一日が幕を開けた。
772:名無しさん@ピンキー
11/02/14 22:08:34 TtKqVxQL
おお、この季節、実際にありそうなイベントだな
全国制覇したくても決して二股はかけられないというあたり、
ファンの身の振り方が試されそうだw
773: ◆yj5iT3hh0I
11/02/14 22:18:06 FV26tKh1
すんません。
少なからず、47都道府県での話があるんです。
そういう意味では、本当の意味でまだ本編ははじまってもいないんです。
ひとつひとつは少なくても、トータルで文章量が多くて。
13日に全てアップするつもりでしたが、当日の天気や交通も含めるため無理でした。
まだ10時スタートの18カ所でさえ書き揃っていません……。
らぶドル達が巡る場所の当日の気象データは全て揃えはしたのですが。
20日にイベントもあり、なんとか今月中には終わらせたいのですが。
774: ◆yj5iT3hh0I
11/02/14 23:05:00 FV26tKh1
それと、先月の三部作で、みんな智弘と打ち合わせをしていますよね。
それ、このバレンタインイベントをメインとした打ち合わせなんですよ。
775:名無しさん@ピンキー
11/02/22 20:18:55.15 N2TPmbX+
アンタすげえよ……