10/02/14 15:58:21 FUMoaoUH
>>549
問題ない
wktkしながら待ってる
551:名無しさん@ピンキー
10/02/14 19:01:59 zNRytG77
もちろん続きまってるよ
552:名無しさん@ピンキー
10/02/14 20:10:54 zerZkFEW
SSが読めるとは思わなかった。嬉しい。
続き…書いていただけますね?お願いします。
553:名無しさん@ピンキー
10/02/15 01:22:40 BbpA3J4E
PM0:15
智弘は、玲を残して一人車を転がして寮へ戻ってきた。
寮の入口を開けると、どたどたと廊下を駆けてくる音がした。
「マネージャー!!」
智弘に呼び掛けながら駆けてきたのは大路しずく。
少し遅れて浅見ひびきも駆けてくる。
「はい、マネージャー。バレンタインデー」
しずくは、智弘の前に来ると、チェック柄の包装紙にくるまれた箱を差し出した。
「ありがとう」
智弘は、すっ、とそれを受け取った。
「あ……あのー……マネージャー……」
しずくの横に並び立ったひびきも、類似の箱を手にしている。
「あ、あ、あたしも、じゃなくって……わ、わ、わたしも……」
「ひびきもくれるのか?」
「は、はい!」
ひびきは、智弘と視線を合わせられず、下を向いたまま両手で差し出した。
「ひびき、何もチョコ渡すぐらいでそんなに照れることないでしょ」
アイドルとして、大勢の視線に晒される仕事をしているのだから、こんなにも恥ずかし
がることが不思議にさえ思えるが「恥ずかしい」と認識するものにはとことん弱い。
「バレンタインチョコ」という、女の子の一大イベント、それも肉親などではなく、想い
を抱いている人に渡すのだから、胸がドキドキしてひびきに強く意識させる。
趣味が恋愛系の少女漫画の収集だけあって、こういうシチュエーションには強い憧れを
抱いている。
しかし、実際に自分がその立場になってみると、これほど気恥ずかしく緊張するものも
ない。
「ありがとう」
智弘は、ひびきの手からそれを受け取った。
手から箱の重さがなくなることを感じたひびきは、それに釣られるようにして顔を上げた。
しずくは、頬を人差し指でぽりぽりと掻きながら口を開いた。
「実は、手作りしようとしたんだけど、時間なくなっちゃってぇ……」
どうにも、ばつが悪そうだ。
そこへひびきが続く。
「で、でも、二人で一生懸命、お店から選んで買ったから……」
ひびきは、両手で胸を押さえると、うつむき加減になり目をつぶってしまった。
年に一度の勝負の日。
本当なら、二人で手作りしたかった。
しかし、時間という壁がそれを許してくれない。
どこかに罪悪感めいたものや、劣等感じみたものを抱えているのは「手作りではない既
製品」をあげたことに由来していた。
他の娘たちを考えれば、充分手作りで作ってくることは想像に難くない。
特に、らぶドルにはお菓子作りに長けている北条美奈・知奈の双子がいる。
どうしたって、比べられてしまうのは目に見えている。
まして、相手とはらぶドル内では二組しかないユニット同士。
元より手作りで勝負しても敵うはずがないのは百も承知だが、だからこそせめて既製品
ではなく手作りをしたかった。
『やだ……泣きそう……』
渡すことの気恥ずかしさに、手作り出来なかった恥ずかしさで、ひびきは落涙しそうだった。
そのひびきの頭の上に、ぽん、と大きな手が乗った。
「ありがとうな、ひびき」
そういって、その手は軽く頭を数回撫でた。
「しずくもありがとうな」
智弘は、手にしている二箱に視線を移した。
「こういうのは気持ちがこもっていればいいんだから、手作りとかそうじゃないとか、そ
こを気にすることはないよ」
「ら、来年はこそは、手作りでちゃんと用意するから……」
そうしずくが言えば、
「が、が、が、頑張ります! 来年は、しずくと一緒に手作りします!」
唐突の予告に、智弘は少し面食らったが、
「楽しみにしているよ」
二人は、その言葉を受けて顔を見合わせ、ここで初めて安堵した。
554:名無しさん@ピンキー
10/02/15 01:23:37 BbpA3J4E
「あーっ!! 何やってんのー!?」
廊下の奥で元気な声を張り上げたのは、瑠璃だった。
「あーっ!! それ、バレンタインチョコでしょ!! 瑠璃、まだ渡してないのにー!!」
瑠璃は、近づきながら、少し頬を膨らませていた。
どうも、自分より先に渡されたことに、やきもちを妬いているようだ。
「別に順番はどうでもいいでしょ」
しずくの言葉に、ひびきも、うんうん、と頷いた。
「でもぉ……もし本命チョコだったら、瑠璃やだなぁ……」
瑠璃の科白に、二人は、ぎくっ、とした。
「な、何を言って……義理だよ、義理。なぁ、ひびき」
「う、うん、そう、義理、義理」
どこかぎこちない返事だ。
「ん~……」
瑠璃は、少し怪訝そうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
「そ、それより、瑠璃は渡さなくていいの?」
「あっ! そうだった! お兄ちゃん、すぐ持ってくるから待ってて!」
瑠璃は、急いで自室へと戻っていった。
「おーい、俺、すぐに出るんだからな」
そもそも、寮に寄ったのは玲にもらったチョコを置くと共に、なにかトラブルが起きて
いないかの確認のためだった。
次の現場へ行くためにも、すぐにここを発たなければならない。
「そ、それじゃ、マネージャ。あたしたちもこれから仕事があるから」
しずくが言えば
「マネージャーも頑張って下さい」
ひびきも言う。
「しっかりな」
二人は、はい、と仲良く返事をして、ばたばたと廊下を駆けていった。
智弘が部屋に入ると、超特急で瑠璃がやってきた。
「お兄ちゃーん」
タックルをかますかの如く、がばっ、と抱きついた。
「ほら、瑠璃、抱きつくなって」
「えー、いいじゃない。今は誰もいないんだからぁ~」
甘えん坊というか、ブラコンというか、瑠璃はすぐに智弘に抱きつく。
たまにならともかく、人目があっても抱きつくのだから、もはや癖の領域かもしれない。
「チョコを渡しにきたんじゃないのか」
「そうそう。これ」
瑠璃は、いささか雑なラッピングの箱を手渡した。
「瑠璃が作ったのか」
梱包具合を見れば、どうみてもショップのものには見えない。
「うん! 瑠璃、頑張ったんだよ。ねえ、食べて食べて」
瑠璃は、今ここで食すことを求めた。
「時間がないからあとでな」
「えー。ちょっとだけ。ね? 一口でいいから」
「しょうがないな」
智弘は、すぐに外せるラッピングを取ると、これまた少し歪んだ箱の蓋を開けた。
そこには、なんだかよく判らない形をしたチョコがが複数あった。
智弘は、そこからひとつをつまみ上げた。
555:名無しさん@ピンキー
10/02/15 01:24:05 BbpA3J4E
「なんだこれ?」
なんとも形容しがたい形をしている。
「それ、スペードだよ」
「スペード……」
「こっちはハート、こっちはクローバー、こっちはダイヤ」
瑠璃が次々と指を指していくが、いわれればそれとなーく見える程度の形だ。
「トランプなのか」
「最初はハートだけ作ったんだけど、なんか一種類だけだと物足りないかなーと思って」
その心意気や良しだが、せめて判る形にしてもらいたいものだ。
形は残念なことになっていたが、何といっても食べ物は味だ。
智弘は、手にしているチョコは口の中に放り込んだ。
「味はいいんじゃないの?」
「割チョコを溶かしただけだからね。でも、結構時間かかったんだよー」
「ありがとな」
智弘は、先程のひびき同様に瑠璃の頭を撫でた。
瑠璃は、えへへ、と笑った。
「おっと、俺、もう行くから。瑠璃はオフだっけか」
「そうだよ。でも、これから今日の放送のオンエアチェックするの」
「そうか」
「それじゃ、お兄ちゃんがお仕事頑張れるように、瑠璃の元気をあげるね」
瑠璃はそういって、ぎゅーっ、と彼にしがみついた。
「……おまえが元気になりたいだけじゃないのか?」
「えへへー」
「ほら、部屋に戻りな。もう出掛けるから」
智弘は、瑠璃の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「はーい」
抱きつくなということに対しては今ひとつ聞き分けがないような状態だが、それ以外に
関しては素直で聞き分けが良かった。
「それじゃお兄ちゃん、またねー」
瑠璃は、小刻みに手を振って兄と別れた。
「もう出ないと」
智弘は、もらったチョコをひとまとめにすると、すぐに部屋から出た。
だが、本日最大級のハプニングは、この直後に待っていることを誰も知らなかった
556:名無しさん@ピンキー
10/02/15 19:42:34 MBNEpnt9
おお、続きが来てるーっ!
しかもその先があるというのか?
お待ちしてます。
557:決戦は日曜日
10/02/15 23:30:03 BbpA3J4E
少し前のことだった。
結城瞳子は、シャワーを浴びていた。
瞳子は、これからテレビ局で歌番組の収録と、ファンの集いと、立て続けに仕事が入っ
ている。
午前中は、レッスン室で喉を温め、今は出掛けるための身支度をしていた。
「あーっ!! 何やってんのー!?」
シャワーを音をぬって、外から大きな声が瞳子の耳に届いた。
何事かとシャワーを止めて、バスルームの扉を開けてみる。
「あーっ!! それ、バレンタインチョコでしょ!! 瑠璃、まだ渡してないのにー!!」
それは、瑠璃の声だった。
それも、階下で発せられているようだ。
「もしかして、智弘さん帰ってきたの!?」
バレンタインチョコを渡す渡さないで揉めているということは、この寮で該当する人は
一人をおいて他にはない。
「急がないと!」
瞳子は、急いでバスタオルを手にすると体を拭き始めた。
朝、起きたときにはすでに智弘は不在でチョコを渡しそびれていた。
何とか夜に渡せればと思っていたところでの、予想外の智弘の帰宅。
不確実な夜より、確実な今を置いて渡すチャンスはない。
瞳子は、髪を満足にも乾かさずに服を着始めた。
「早くしないと、智弘さんまた出掛けちゃう」
マネージャーである以上、のんびりと休めるはずもない。
すぐに出て行くのは必然だ。
瞳子は、チョコを手にすると、慌てて部屋を飛び出した。
二階の廊下を駆け階段まで来ると、階下に智弘の姿が見えた。
「マ、マネージャー!」
瞳子は、智弘を呼び止めた。
「瞳子?」
智弘は、声がした階上を向くと、そこには瞳子が立っていた。
「何か用か?」
智弘が、階段側へと足を向けた。
「あ、あの、渡したいものが―」
そういって、階段を降りようと足を踏み出した。
が、慌ててストッキングを穿いたせいか、足裏の部分にたるみがあり、それが原因でつ
るっと足を滑らせた。
「あっ!!」
瞳子は、一瞬、声を挙げた。
手にしていた渡したいものは、瞳子の手を離れて宙を舞い、自身も宙に投げ出されて智
弘目掛けて落ちていった。
瞳子は、どん、という衝撃を受けた。
「いたたた……マ、マネージャー!?」
ほとんど、ダイビングする形で落ちてきた瞳子を、智弘が受け止めていた。
ただ、年頃の女の子が落下したため、智弘は支えきれずに後ろに倒れていた。
「だ……大丈夫か?」
「マネージャーのお陰で」
「よかった」
マネージャーたる者、タレントの身の安全を守るのは重要な仕事。
怪我をさせることなど、あってはならない。
「ところで、そこをどいてもらえるとありがたいんだけど」
智弘は、いまだ自分の腹の上にいる瞳子に語りかけた。
「あ、ごめんなさい」
瞳子は立ち上がるも、先程同様にストッキングに足をとられて尻餅をついて後ろに倒れた。
「おい、さっきから大丈夫か?」
智弘は立ち上がって手を差し伸べるたが、M字状に開いた脚を見て体を横に向けた。
上体を起こしていた瞳子は、慌てて脚を閉じて床にぺたんと座り、太股まで露わにして
いたスカートを膝まで戻した。
558:決戦は日曜日
10/02/15 23:30:41 BbpA3J4E
『下着……見られちゃった……』
スカート全開で脚を開いたのだから、完全にショーツが見られたのは間違いない。
そうでなければ、顔を背ける必要がない。
瞳子は、足裏のストッキングのたるみを正してからゆっくりと立ち上がり、スカートを直
した。
『…………え?』
スカートのウエストを正し、後ろがめくれていないか両手でならしたとき、普段とは違
う感じがした。
今度は手の平でスカート越しにお尻を撫でた。
『も、もしかして……』
瞳子のお尻は、スカートの生地の感触をダイレクトに感じた。
『こ、これって……まさか……』
慌てていたので気付かなかったが、今、股間がスースーしている……。
「……あ、あのさ、瞳子―」
「きゃああああああぁぁぁぁーーーっ!!」
瞳子の絶叫は、智弘の科白を遮断した。
しかも、歌唱に備えてすでに発声練習を済ませており、なおかつトップ歌手による絶叫
である。
その声は寮内はおろか、寮の外にまで響いた。
まさに、天をつんざく声だ。
瞳子は、叫びきると、両手で口許を押さえていた。
顔は真っ赤に染まり、爆発でもするのではと思えるほどだった。
『み、み、み、見られた!!』
よりによって、大切なところを、想いを寄せる人にみずから晒してしまった。
しかも、これが初めてではない。
前にも階段から落ちて、大切なところを同様に晒している。
「どうしたのー!?」
瞳子の叫び声を聞きつけて、しずくとひびきが駆けてきた。
「あやちゃん!? それにマネージャー!?」
しずくは二人を見るが、瞳子は顔を赤くして今にも泣きそうな瞳をしており、明らかに
様子がおかしい。
「ま、まさか、マネージャー、あやちゃんに何か変なことを……」
普通にしていれば、あれほどの声を出すなどありえない。
裏を返せば、おかしなことをしたとも言える。
しずくは、智弘に疑義のまなざしを向けた。
「変なことなんてしてないぞ」
智弘は、ひびきの言葉に慌てた。
「そ、そうです! 智弘さんは、変なことなんてしてないです! 私が階段から落ちたん
です」
誤解を解くべく、瞳子も主張した。
「そうだったんだ。あたしはてっきり―」
一体、しずくは、『てっきり何を』したと思ったのだろうか。
「瞳子ちゃん大丈夫? 怪我はない?」
ひびきは、瞳子の身を案じた。
「それは大丈夫。智弘さんが助けてくれたから」
大丈夫じゃなかったこともあるけれど。
「さっすがマネージャー!!」
しずくは、一転、尊敬のまなざしを向けた。
「ほら、何でもないだろ。それより、二人はこれから仕事じゃないのか」
「あ、そうだ! ひびき、早く支度しないと」
「それじゃ、またね」
二人は、来たときと同様に、ばたばたと部屋へ戻っていった。
「騒がしいな。ピッコロは」
らぶドルの中では歳も低くまだまだお子様。
むしろ、騒騒しいのは元気な証といえよう。
だが、それでも瑠璃が来なかった分マシだった。
瑠璃は、自室でヘッドフォンをしてテレビを観ていたため、今回の喧噪に気付くことは
なかった。
559:決戦は日曜日
10/02/15 23:33:30 BbpA3J4E
「あ、あのー、智弘さん……」
「ああ、そうだ。何か用があるんじゃないのか?」
瞳子は、ここで自分の手に何も握られていないことに気がついた。
「ええ、それなんですけど―」
周りを見渡すと、階段のところにそれは落ちていた。
拾いあげて軽くはたくと、智弘に差し出した。
「あの、これ、バレンタインのチョコです」
「お、ありがとう」
智弘が受け取ったものは、少し高級感のある包装紙でラッピングされていた。
「あ、あのー……」
瞳子は、なにか言いたげだった。
「なに?」
瞳子は、手をもてあまし、指を組ませたりして所在なさげに動かしながら、上目遣いで
智弘を見た。
「……さっきのですけど…………見ちゃいました?」
さっきの体勢からいえば、もし、見えたのなら真下から見上げるような状態だろう。
『ちらりと見えた』のではなく『完全にモロ見え』な分、どうしても気になってしまった。
「えー、あー……」
智弘は、言葉に詰まると、両手を合掌させると頭を下げた。
「ごめん!」
決定的だった。
これ以上の言葉は不要だった。
『やっぱり見られちゃった……』
落ち着いてきていた瞳子の顔の色が、かあっ、と再び赤くなる。
『また……見られちゃった……』
瞳子が、智弘に見られたのは初めてではない。
以前も急いでいて階段から転落をして見られている。
しかも、今回同様にショーツを穿き忘れるという大失態をおかしたせいで。
「だ、大丈夫ですから……」
「ホントごめん!」
「そんなに気にしなくてもいいですから。私が悪いんですから」
確かに、瞳子が穿き忘れなければ、階段から落ちなければ、こういう事態にはなってい
ない。
「いや、もう二度目だし」
『やっぱり、智弘さん前のときのこと覚えている!』
火に油。
瞳子の顔は、燃え上がるように赤々とし、ペンキでも塗ったのかといいたくなるほどだった。
「……もうお嫁にいけないかも……」
瞳子が、ぽつり、と漏らした。
嫁入り前の女の子の大切なところを、こともあろうに二度も殿方に至近距離で見られた。
「そんなことないって」
それを耳にした智弘は、瞳子の言葉を打ち消す。
「瞳子なら大丈夫だって」
瞳子が結婚したいといえば、手を挙げる人は全国にごまんといるだろう。
だが、智弘がそれを口にするのは残酷だし、少し無責任にもとれる。
「それじゃ―」
瞳子は、智弘を見つめる。
「―もしものときは、マネージャーが責任とってくれますか?」
「え?」
瞳子は、ふと、我に返って口許を押さえた。
「ご、ごめんなさい! えっと、マネージャー、これからお仕事にですよね。私もこれか
ら局入りなので。気をつけていってらっしゃい」
瞳子は、踵を返して階段を駆け上がっていった。
「な、なんだぁ?」
よく判らないまま、智弘はぽつんと取り残された。
560:決戦は日曜日
10/02/15 23:33:58 BbpA3J4E
瞳子は、部屋に駆け込むと、そのままベッドにダイビングした。
ぼふっ、とベッドが音を立てる。
瞳子は、うつぶせになって枕に顔をうずめた。
「あー、どうしてあんなこといっちゃったんだろう」
本当は『いつもお仕事御苦労様です』『このチョコ、美味しいんですよ』など、色々言
おうと思っていた。
しかし、ハプニングで全て吹き飛んだ。
のぼせていて、足下が地についていない感じではあった。
夢心地というのか、どこか現実感がないような感覚だった。
だから、ふと口をついて出てしまったのか。
しかも、その言葉は、取りようによっては逆告白にもとれる。
「でも―」
瞳子は、あることを思い出す。
「―アイドルとマネージャーは一緒になってもいいんだよね」
業界内ではタブーとされる、タレントとマネージャーの恋愛。
それは、タレントという商品に、事務所の人間が手を出したという見られ方をするためだ。
特に、女性アイドルともなれば、著しいファン離れを引き起こすことにもなるため『あっ
てはならない』ことだ。
だが、瞳子の母親はアイドル全盛期のときに、当時のマネージャーと結婚をして芸能界
を退いている。
だからか、瞳子自身、マネージャーとの恋愛はタブーという意識を持ち合わせていない。
瞳子にしてみたら、頼れる人であり想いを寄せている人が、たまたまマネージャーであっ
たに過ぎなかった。
「それもこれも―」
しかし、そこは瞳子のアイドルとしての矜恃が騒ぐ。
「―全てはトップアイドルになってから―」
母・結城はるかのように、頂点に立つアイドルになる。
誰かも認められる最高のアイドルに。
そうすれば、自然と心の君ともいい関係になれる―はず。
まずは、トップアイドルになる。
それが第一義。
「よし!」
瞳子は、ベッドから起き上がった。
「頑張ってお仕事をして、もっともっといいアイドルになって、そして―」
瞳子は、少し未来のことを頭に描いたが、すぐに現実に戻った。
「まずは穿かないと」
瞳子は、純白のシルクのショーツを手にすると、間違いが起きないようにしっかりと穿
いた。
561:名無しさん@ピンキー
10/02/15 23:35:48 BbpA3J4E
ノーチェックで通しているから間違いがありますね。
「そ、それより、瑠璃は渡さなくていいの?」
『瑠璃ちゃん』でなかったり、助詞がおかしかったり。
まあ、「書きっぱなし♪ あげっぱなし♪ ぱなしはありって話です」ということで、
適当に補完してください。
一日の半分が経過したにも関わらず、登場らぶドルは6人しかいない。あと12人いるよ……orz。
24時間家にいるわけではないんで、もう少し日数かかりそうです。
プロットは上がっています。
562:名無しさん@ピンキー
10/02/16 13:42:54 zEVcMKAo
一回の投下で五年は待てるから問題無い
563:名無しさん@ピンキー
10/02/19 07:54:50 ttn0GIf3
藤田真琴死去
564:名無しさん@ピンキー
10/02/19 09:46:32 MA53lSul
まぎらわしいわ
565:名無しさん@ピンキー
10/02/24 04:51:57 D3ycy1xR
>>562
だな
566:名無しさん@ピンキー
10/02/27 03:11:36 eSAWu+9P
どういう状況だとパンティをはき忘れるんだろうなしかし
567:名無しさん@ピンキー
10/03/08 07:16:12 HW/sA882
PM1:17
智弘は、自身が勤務しているスイートフィッシュプロダクション(FSP)のビルへとやってきた。
業界大手だけあり、人の出入りも激しく慌ただしい。
智弘は、すれ違う外部の人に会釈をしつつ、事務所のドアのノブに手を掛けた。
「おーい、智弘ー!」
智弘は、廊下の先から自分の名を呼び捨てにする聞き慣れた声に振り向いた。
視線の先には、手を上に掲げながら廊下を歩いてくる野々宮舞の姿があり、そのすぐ後
ろには同伴する桐生琴葉の姿もあった。
「舞と琴葉か」
智弘は、事務所に入らずに二人が来るのを待った。
「丁度よかった。智弘、いいものをやるぞ」
舞は、手提げポーチを漁った。
「ほら、バレンタインのチョコだ」
舞は、ぶっきらぼうに智弘に差し出した。
「ありがとう」
「私からも―」
琴葉も、バッグからラッピングされた箱を取り出した。
「はい、智弘くん」
舞に続き、琴葉も智弘に手渡した。
「琴葉もありがとう」
「智弘、お前は幸せ者だぞ。この私からチョコがもらえるんだからな」
舞は、えっへん、と腰に手を当てて誇ってみせた。
「ありがたく食べさせてもらうよ」
智弘は、そういって軽く笑む。
「二人はこれから局でバラエティの収録だっけか」
智弘の言葉に、二人は見合うと不安そうな顔をした。
「なあ、智弘。ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」
舞は、真顔で智弘を見上げている。
「何かあったのか?」
智弘も、それに応えるように真摯に対応する。
「私と琴葉って、二人で仕事に行くことが多いよな。特に今日の仕事のようなバラエティとか」
「そうだな」
「“らぶドル”としての仕事なら他のみんなと一緒だけど、基本はピンで活動のはずだ」
本来ならソロというべきところを、ピンといってしまうのは、らぶドルのお笑い担当と
言われ、バラエティ出演が多いせいか。
「でも、私は琴葉と一緒に仕事をすることが多い。それも、バラエティ番組での仕事が」
智弘は、じっと舞の話を聞いている。
「もしかして……」
舞は、少し言いよどむ。
568:名無しさん@ピンキー
10/03/08 07:16:45 HW/sA882
「私と琴葉、どっちかバーターなのか!?」
「そ、そうなんですか!? 智弘くん!?」
舞の『バーター』という言葉に、琴葉も反応した。
バーターとは、芸能界では「抱き合わせ出演」を指す。
舞は、どちから一人に出演依頼が来ているところに、事務所が頼んでもう一人出演させ
ているのでは、と考えている。
バーターは、依頼する側は依頼者を使える上にバーター出演者を安く使えるというメリッ
トがあり、事務所は人気の薄い者を出演させることで世間の認知度を上げさせられるとい
うメリットがある。
もし、舞のいう通りバーターがあるのなら、どちらかは「おまけ」ということになる。
「そんなことか」
「そんなことって!」
「とっても大切なことですよ!」
智弘と違い、舞と琴葉はバーターであることを重く捉えている。
他のらぶドルは、みんなソロで仕事をとっている。
バーターになっているということは、他のらぶドルと比して一歩も二歩も劣ることを意
味している。
「安心しろ。舞も琴葉も、ちゃんとむこうから指定されている。バーターなんてことはな
いよ」
「本当か!?」
「嘘をついてどうするんだよ。君たちはマネージャーのいうことが信じられないのかい?」
「そうじゃないけど……」
それでも舞は、どこかに引っかかりがあるようだ。
「君たちはらぶドルなんだ。らぶドルとしてデビュー出来たということは、一人一人が
ちゃんとした力を持っているということだ。それは、俺が保証するよ」
“らぶドル”というブランドは、決して軽いものではない。
看板を穢さないためにも、実力がない者をらぶドルにするようなことはしない。
「そうか……。いつも琴葉と一緒だから、私はてっきり琴葉のバーターなんじゃないかって……」
「何いってるんですか。私の方こそ、舞さんのバーターじゃないかと思って……」
「琴葉がバーターなんて、どこからそんな発想が出て来るんだ? 何でもこなせる琴葉と
私じゃ、どう考えたって私の方がバーターだろ」
「舞さんこそ、いつも巧く番組を盛り上げているじゃないですが。バーターだとしたら私
の方がバーターですよ」
キャリアとアクティブさを有している舞と、何でも平均以上にこなしてしまう琴葉。
二人は、SFPに移籍してくる前からの知り合いであり仲が良いだけに、自分にないも
のを持っている相手が羨ましく思えるときがある。
そんな想いが口を突いて出た。
「どっちもバーターじゃないんだから、それでいいだろ」
終わらなくなりそうな二人を見て、智弘が割って入った。
「それじゃ智弘。バーターじゃないなら、どうしていつも琴葉と一緒なんだ?」
バーターではないにしても、ソロではないという疑問が残る。
「二人で絡むことで、二人分以上のインパクトがあるからだと思う。一人呼んで一人分、
二人呼んで二人分は普通だし、それなら何も舞と琴葉という組み合わせに限る必要はない。
二人に出演依頼が来るということは、二人一緒の方が魅力的だということだ」
「んー、そうなら嬉しいけど……」
「なんだ、舞は不満なのか?」
「そういうんじゃないと思います」
琴葉が、口を差し挟んだ。
569:名無しさん@ピンキー
10/03/08 07:17:09 HW/sA882
「他の人たちは決まった人と一緒という組み合わせはほとんどありませんが、私と舞さん
だけがこのような形でよいのかという疑問というか不安というか……」
他のらぶドルは独り立ちをしているが、本来ソロである二人が一緒であることを頻繁に
求められることに、ソロでは力不足なのではという不安が残る。
「そんなに気にしなくていいよ。一期生には『ショコラ』、二期生には『ピッコロ』がい
る。三期生にユニットはいないけれど、舞と琴葉がその立ち位置を兼任しているという考
えも出来るんじゃないのか」
「ユニットですか?」
「正確にはユニットではないし、基本的にソロ活動だが、ユニットのようにも動ける。
『ショコラ』『ピッコロ』は、ユニットがコンセプトとしてあるから、似たようなイメージの
二人を組ませている」
「『ショコラ』の美奈さん、知奈さんは双子ですしね」
「逆をいえば、これは武器でもある。他のらぶドルやユニットと違い、二人には組み合わ
せの妙がある。実際、普段の仕事はソロで別々だけど、バラエティ番組などではよく二人
一緒に出演の話が来ているだろ」
「そういえば、舞さんと一緒にお仕事をするのは、テレビのバラエティですよね」
「だから、難しく考えなくていい。付き合いの長い二人なんだから、お互いの“呼吸”も
判っているんだろうし。そういう自然体の部分が、受けているし求められているんだよ」
実際、二人の会話には、掛け合い漫才をしているかのような小気味良さがある。
「その言葉、信じていいんだな」
舞は、真剣な眼差しで智弘を見上げた。
「もちろん」
「そうか」
そう呟いた舞の表情からは、険の影が消えていた。
「納得したかい」
「はい」
琴葉も、すっきりした表情で返事をした。
「これから収録なんだろ。頑張っておいで」
「任せとけ。それじゃ、張り切って仕事してくるからな!」
舞は、すっかり自信に満ちた笑顔を智弘に見せた。
「ほら、琴葉、行くぞ!」
舞は、琴葉の手を引いて廊下を駆け出した。
「あ、舞さん! それじゃ、いってきます」
琴葉は、舞に引かれながら、振り返って智弘に軽く頭を下げた。
「琴葉、早く!」
「舞さん、そんなに引っ張らないで!」
二人は、騒騒しく去っていった。
570:名無しさん@ピンキー
10/03/09 04:06:42 81gSLyv8
おお!
らぶドルの二次創作はまだ衰えないよな。
571:名無しさん@ピンキー
10/03/09 10:07:17 UpEwKviR
続き待ってたぜ
ところで琴葉はどうしてこんなに可愛いんだろう…
572:名無しさん@ピンキー
10/03/09 20:27:24 Gy35T4Lw
智弘は、事務所に入ると真っ直ぐ自分の机に向かった。
机の上には、複数の宅配物が置かれていた。
「なになに」
智弘は、椅子に腰を下ろすと、配達物を一つずつ手にした。
「これは、あゆみからか。こっちは真琴で、これは海羽か」
宅配物の差出人は、進藤あゆみ、藤田真琴、猫谷海羽だった。
「しかし、中身は全部チョコか」
智弘は、全ての配達物の品名欄にチョコの文字があるのを見て苦笑した。
今日、あゆみは北海道で新曲キャンペーン、真琴は京都太秦で時代劇の撮影、海羽はミュー
ジカルの福岡公演だった。
あゆみは金曜に現地入りし、真琴は土曜朝の入り、海羽は先週から福岡入りしていた。
当日に渡せないのなら現地へ発つ前に渡せばいいものだが、やはりそこは女の子。
「2月14日」という日に渡すことに意味がある。
あゆみ、真琴は発つ前に配達日指定で、海羽は福岡からやはり配達日指定で発送をかけ
ていた。
智弘は、荷を開けると、中身を適当な紙袋に移してまとめた。
三人に御礼のメールを送ると、チョコを食べることもなく、外部との連絡や確認事項の
業務に追われた。
午後2時近くになると、智弘はホワイトボートに行き先を記して事務所を出た。
PM02:34
午後2時半を回ると、ひょっこりと有栖川唯が事務所に顔を出した。
唯は、真っ直ぐ智弘の机に向かった。
「あれー、マネージャーいないのか。ん?」
唯は、机のそばに置かれた紙袋が気になった。
上からちらりと覗くと、綺麗な包みの箱がいくつも見えた。
『バレンタインチョコか』
それが何かをすぐに把握出来たのは、今、自分の手にも智弘宛のチョコがあるからだ。
『ライバル多し。やっぱり、直接渡さないと』
このまま机に置いていっても渡すことは出来るが、直接渡した方がインパクトは強い。
唯は、ホワイトボードで出先を確認すると、第三会議室と書かれていた。
事務所も大きくなると、それに応じて会議室や打ち合わせ所なども多くもつ。
第三会議室は、十数名程度で打ち合わせを行うのに適している部屋だった。
とりあえずと第三会議室前へくると、照明が消えていた。
「あれ? いないのかな?」
しかし、ドアのそばに取り付けられている使用状況を示すパネルは、『使用中』となっ
ている。
唯は、そっと開けて中を覗き見た。
パーティーションで仕切られた室内に窓はなく薄暗い。
573:名無しさん@ピンキー
10/03/09 20:27:45 Gy35T4Lw
「ん?」
暗い室内の中、目を凝らしてみると、椅子にもたれかかり、頬杖をついている智弘がいた。
「マネージャー」
唯の呼び掛けに、智弘は反応しなかった。
『寝ているのかな?』
「智弘……くん」
唯は、先程より小さな声で智弘を呼んだ。
『寝ているっぽい……』
唯は、中に入りそっとドアを閉めると、そろりそろりと足音を立てずに智弘に近づいた。
智弘は、頬杖をついたまま寝ていた。
「智弘ー」
唯は、囁くように名前を呼んだ。
もはや、本気で起こすつもりなどないのは明白だ。
『「智弘」だって』
寝ているとはいえ、本人を前にして名前を呼び捨てに出来るのは、特別な関係のようで
ドキドキする。
もっとも、らぶドルの中には呼び捨てにしている者もいるのだから、本人にとっては呼
び捨てにされたところで何の衝動もないのだろうが。
『うーん、まさか寝ているとは……。起こすわけにもいかないしなぁ』
照明を消していることからも、ここへは仮眠をとりにきたのだろう。
流石に、人の出入りがある事務所で眠るわけにもいかない。
智弘も、大勢のタレントをみているから疲れも蓄積しているのだろう。
『しょうがない。事務所に置いてこよう』
チョコを渡すためだけに起こすのは酷なので、智弘の机の上に置いておくことにした。
唯は、部屋を出ようと取っ手に手をかけたが、ふとその手を離して振り返った。
『………………』
唯は、ポケットに手を入れると、大切にしているお守りを握った。
口を、きゅっ、と閉じ、緊張から生唾を飲み込んだ。
他には誰もいないのに、きょろきょろと周囲を警戒してから智弘に近づいた。
『いつもボクたちのために、マネージャー業務ご苦労様。これは、元気が出るおまじない……』
唯は、目を瞑ると、頬を朱に染めながら、智弘の頬に唇を近づけた。
プルルルルル!!
智弘の携帯が着信音を立てた。
智弘は、眠りから引き戻され、寝ぼけながらも背広の内ポケットを探った。
「あ、はい、藤沢です。あ、真琴? ああ。受け取ったよ。ありがとう。ああ。そうか。
この時期、太秦は寒いだろ」
574:名無しさん@ピンキー
10/03/09 20:28:51 Gy35T4Lw
電話を掛けてきたのは、藤田真琴だった。
先程のメールを受けて、空き時間が出来たため電話をしてきていた。
真琴からの電話は、2分もしないで切れた。
「あーあ」
智弘は、大きく伸びをした。
「あれ? 唯。いたのか」
智弘は、入口のところに突っ立っている唯を見つけた。
「あ、う、うん」
唯は、電話がなった瞬間、口から心臓が飛び出すほど驚き、猛ダッシュで後ずさりをして
智弘から離れていた。
「どうした?」
「あ、あの、そ、そう、これ、ボクからのバレンタイン」
唯は、そそくさと近づくと、さっとチョコを差し出した。
「おお、ありがとう」
「智弘くん、疲れている?」
「大丈夫だよ。少し眠かっただけだから」
「こんなところで寝ていて、風邪なんかひかないでよね」
「ああ。もう起きるところだったし」
その言葉に合わせるかのように、目覚まし用に設定した携帯のアラームが鳴った。
智弘がアラームを止めると、続けざまに着信音が鳴った。
「はい、藤沢です。あゆみか。うん。いや、大丈夫」
「それじゃ、ボク、行くね」
唯は、智弘に手の平を軽く向けると、智弘も通話をしながら同様に手を掲げた。
唯は、あゆみと話している智弘の声を聞きながら部屋を後にした。
「ふーっ」
唯は、廊下に出ると深く息をついた。
「まだドキドキしているよ……」
胸に当てた手には、心臓の速い鼓動が伝わってくる。
「きっと、顔も真っ赤だっんだろうなぁ……」
顔は火照りを残しており、自分でも紅潮していたことが判る。
「惜しかったなぁ」
こんな千載一遇のチャンス、そうそうあることじゃない。
「……でも、これで良かったのかな。やっぱり、不意打ちは良くないよ、うん」
唯は、未遂で済んだことに納得した。
「何はともあれ、渡せて良かった良かった」
最後はドタバタしてしまったが、当初の目的は果たせたので今回はこれでよしとした。
「さてと、ホワイトデーが楽しみだな」
唯は、一ヶ月後に想いを馳せながら軽やかな足取りで去っていった。
追うようにして、あゆみとの電話が済んだ智弘も会議室から出てくると、一度事務所に
戻ってから仕事の打ち合わせへと向かった。
575:名無しさん@ピンキー
10/03/09 21:07:50 Gy35T4Lw
過去形ばっかでテンポ悪いなぁ(´Д`)
576:名無しさん@ピンキー
10/03/09 22:27:54 UpEwKviR
乙乙
そんなことないとおも
577:名無しさん@ピンキー
10/03/13 12:29:47 NwDMknaD
PM17:12
智弘は、打ち合わせを終えて事務SFPのビルへと戻ってきた。
出入口へ向かう智弘に対し、ビルから出て来る女性と目が合った。
「マネージャー」
「沙有紀」
女性の掛け声に、智弘は彼女の名で応答した。
「丁度よかった」
片桐沙有紀は、立ち止まるとショルダーバッグからハートをあしらった包装紙に包まれ
た直方体を取り出すと、スマートに差し出した。
「はい」
「ありがとう」
智弘も心得たもので、もはや中身を訊くまでもなくバレンタインチョコだと察していた。
「マネージャーはまだ仕事?」
「ああ。今夜はちょっと遅くなりそうかな」
「それは残念」
「何かあったのか?」
「あたしは今日はあがりだから、一緒に食事でもと思って」
「それは悪かったな」
申し訳なさそうに頭を掻く智弘に、沙有紀は軽く左右に首を振った。
「いいんですよ。マネージャー業は大変ですから」
らぶドルたちもすっかり仕事に慣れ、つきっきりということもないため手が掛からなく
なったが、それでも二十名近くのスケジュールを管理したりと、普通のマネージャーの何倍も
大変なのは間違いない。
「沙有紀は、今日は打ち合わせだったか」
「ええ。来月の東京ガールズファッション(TGF)の衣装合わせ」
国内でもトップクラスのモデルや、旬な人物が出演することで有名なファッションショーで、
舞台上の服をすぐに携帯で買えることでも知られている。
「今年は、うちからは沙有紀だけだな。要請通り二人送り出せない分、しっかり頑張って
きてくれ」
出演することがステータスとなっている同イベントだけに、業界内の競争率も高い。
その一方、SFPのようにスケジュールの関係で主催者の希望通り出せない事務所もある。
沙有紀は早々に出演依頼が来ていて確定していたが、もう一枠は今年になってからのた
め調節がつかなかった。
モデル専門事務所でもないのに、複数枠での依頼が来ること自体稀であり、結果として
らぶドルのレベルの高さを示している。
そして、それを断ってしまう事務所もまた、業界では信じられないほどのことだった。
「そう言われると、責任重大」
若い女性に多大な支持を得ているコレクションなだけにヘマは出来ない。
「沙有紀なら大丈夫だって。本職のモデルなんだし、今年の出演者の中では『クィーン』の
下馬評も高いし」
578:名無しさん@ピンキー
10/03/13 12:30:14 NwDMknaD
TGF出演者の中から、観客の投票により『ミスTGF』が三人選出される。
その中でも、一番支持を得た人は『クィーン』の称号を得る。
今回、沙有紀はクィーンの最有力候補として女性誌で名前が挙がっていた。
「マネージャー。もしかして、プレッシャーかけてます?」
「かけてるかも」
「ひっどーい!」
沙有紀は、少し怒ってみせた。
「小さいときからモデルとして場数を踏んできたんだ。積み重ねてきた仕事は自信になって
いるだろ。それに、クィーンに選ばれたら、モデルとしての評価もさらに高くなる。ここは
頑張りどころだろ」
「確かにそうですよね」
少なくとも、TGFでクィーンに選ばれれば、トップモデルといえる。
「大丈夫だよ。沙有紀ならなれるさ」
「本当ですか?」
「ああ。マネージャーの俺が言うんだから間違いない」
それは、欲目というやつのような気がしないでもない。
「それじゃ、マネージャー。ひとつ、お願いいいですか?」
「なんだ?」
「TGF、頑張りますから、もし、クィーンになったら一緒にお祝いしてもらえますか?
今日、食事出来なかった代わりに」
「いいよ。お祝いしてあげる」
「本当ですね!?」
「ああ、約束だ。当日は俺もマネージャーとして行くから、クィーンになるところを見さ
せてくれよな」
約束を交わすと、智弘はビルへと入っていった。
沙有紀は、嬉びの余り叫びそうになった口許を手で押さえた。
『これって、明確なデートの約束よね』
智弘にとってはただの食事という意識しかないが、こと沙有紀にとっては意味合いが違う。
『頑張らなくっちゃ!』
沙有紀は、顔を赤くしたまま足早にSFPを後にした。
自分の部屋で思いっきり喜びを爆発させるために。
579:名無しさん@ピンキー
10/03/13 12:30:46 NwDMknaD
智弘が事務所内の自分の机で仕事を始めると、そこへ北条比奈がやってきた。
「あの……お兄様……」
比奈は、申し訳なさそうに声を掛けた。
「比奈か」
智弘は、仕事の手を止めた。
「少しよろしいでしょうか?」
「どうかしたか?」
体を起こし、椅子ごと比奈へと体を向けた。
「これ……お兄様のために作ったのですが……」
比奈は、両手で持っている白い大きめの箱に視線を落とした。
「もらっていいのか?」
「はい……」
智弘は、箱を受け取ると、机の上に置いて開けた。
中には、クッキーが入っていた。
「クッキーか」
「はい……本日はバレンタインですので……チョコクッキーを作っていました……」
「比奈は、今日はオフだったな」
「はい……」
「これ、食べていいのか?」
智弘の言葉に、比奈は少し言葉に詰まった。
「……あの……うまく出来なくて……」
智弘は、試しにひとつ掴むと口に運んだ。
カリッ、という感触と共に、口の中でバリバリと砕けていく。
「予定より固くなってしまいました……」
確かに、クッキーというより、ビスケットといった方がいいかもしれない。
「これ、ビターチョコ?」
「いえ……それは……コゲです……」
苦い味は、焦げたせいのようだ。
「……ごめんなさい……どうしてもうまく焼けなくて……」
普段から大人しいだけに、落ち込まれると、今にも泣き出しそうな気がしてならない。
「お姉様たちの力をお借りできれば良かったのですが……」
「そうか。ショコラは神戸だっけ」
比奈の双子の姉であるユニット『ショコラ』は、神戸にいた。
「はい……」
大手コンビニが、今年のバレンタイン企画として神戸にある有名スイーツショップと
ショコラによるコラボスイーツを提案してきた。
今、コンビニにはショコラプロデュースのバレンタイン限定スイーツが並んでおり、当の
ショコラは神戸でイベントをやっていた。
580:名無しさん@ピンキー
10/03/13 12:32:22 NwDMknaD
「下手なパティシエよりよっぽど旨い菓子を作るからな」
「……もっとおいしいものをお兄様にお渡ししたかったのですが……私一人ではこれが限界です……」
同じ血を分けた姉妹であるにも関わらず、どうしてもお菓子作りは姉のように巧く出来ない。
大好きな人に失敗作を食べさせざるをえない無念さは、比奈の顔を曇らせた。
そんな比奈の心情を察してか、智弘は比奈の頭に、ぽん、と手を乗せた。
「……お兄様?」
「そんなに気にすることないよ。ショコラの二人の腕前は別格だよ。それに、こういうのは
気持ちが一番大切なものだろ。俺は、比奈が一人で一所懸命作ってくれたことが嬉しいよ。
だからそんな顔するなって」
智弘は、なだめるように比奈の頭を撫でた。
「……お兄様……」
智弘は、もう片方の手で、クッキーを手にすると口へ運んだ。
「うん。旨いよ。炊き込みご飯にだって焦げはあるだろ。このクッキーの焦げも、ビター
風味になってむしろいい感じだよ」
智弘は、バリバリとクッキーを食べてしまった。
「一人で作るのは大変だっただろ。ありがとうな」
智弘の謝礼に、比奈の陰鬱としていた心に光が差した。
「お兄様に、感謝を」
比奈は、無意識のうちに両手を組んでいた。
「それでは、私は片付けがありますので……」
「そうか。気をつけてな」
比奈は、智弘の言葉に一礼すると事務所を出て行った。
智弘は、クッキーを摘みながら、書類仕事を行った。
書類整理が終わったときには、とうにクッキーも底をついていた。
時刻は、いつの間にか午後7時になろうとしていた。
「んー、少し早いが飯にするか」
智弘は、事務所を出ると外へ向かった。
「あ、あのー……」
智弘は、一人、てくてくと廊下を歩いていく。
「あのー……」
「何にするかな。ハンバーガーはあれだし」
「あのー……」
「ラーメンにでもするかなぁ」
「あーのーっ!」
智弘は、背後で叫ぶ声に振り返った。
「……雪見か」
廊下でほどよく反響した声は、耳の中で残響している。
「さ、さっきから呼んでます……」
「そ、そうか。それは悪かった。今日は新番発表会とアフレコか」
581:名無しさん@ピンキー
10/03/13 12:32:45 NwDMknaD
「も、もう終わりました。今、アバコからの戻りです」
雪見は、小さめの手提げの紙袋を智弘に差し出した。
「あ、あの……これ……」
智弘は、袋を受け取ると、中にうさぎの包装紙の箱を確認した。
「バレンタインか?」
「は、はい……」
雪見は、顔を真っ赤にしてうつむいた。
普段から気弱なのに、バレンタインとあっては、さらに恥ずかしさが増す。
まして、このチョコには少なからず智弘に対して特別な想いが含まれている。
「あの……用事はこれだけなので……」
「ありがとう。あとでもらうよ」
「は、はい……。それでは、お先に失礼します」
雪見は、智弘とまともに目を合わせられないまま、軽く頭を下げて智弘の脇を通りすぎ
ていった。
「あ、仕事終わったのなら、飯に誘えば良かったかな。とりあえず、これを置いてくるか」
智弘は、事務所へと戻った。
一方の雪見は、女子トイレへと駆け込んでいた。
「はーっ……」
大きく息を吐き、両手を頬に当てた。
「大丈夫……だったよね……」
手の平が熱い。
間違いなく、顔は赤くなっている。
「マネージャー……変に思ってないよね……」
『いつも仕事でお世話になっている人にチョコを渡した』。
傍目にはそういう構図であり、そこに不自然さはない。
「義理……とは少し違うんだけど……」
かといって、本命ですといって渡す勇気もない。
雪見は、目をつむってゆっくりと息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。
少し気持ちを落ち着かせると、一言、呟いてみた。
「……藤沢さん」
マネージャーと呼ぶ以外は、いつも名字で呼ぶ。
問題ない。
今度は、別の言葉を呟いてみた。
「…………と、と、と、と…………智…………弘……さん…………」
呟いてみたものの、まともに言えない。
しかも、心臓は一気に脈を速く打ち、顔もチョコを手渡したときより赤く、耳の尖端ま
で朱に染まっている。
「せ、せめて本チョコは……みんなみたいに名前で呼べるようになってからにしよう……うん……」
らぶドルの中で唯一、智弘を名字で呼ぶ少女は、新たな目標を胸に抱いた。
582:名無しさん@ピンキー
10/03/14 23:22:27 Fhd0sVOw
おお、ガッツリ3/14合わせではないか
しかし智弘は抱えてるタレント多いな
583:名無しさん@ピンキー
10/03/15 08:55:27 pEtG2iZs
きっとプロデューサーに出世したんだろう。
おや誰か来たようだ
584:名無しさん@ピンキー
10/03/16 20:11:43 bfBQGUXb
PM21:48
智弘は、夕食を済ませ、一度外回りを終わらせた後、事務所で会議用の書類を作成していた。
この時間になると、ほとんどの者は帰宅ないし仕事先から直帰になるため、事務所には
智弘一人だけになっていた。
「来月の海羽は、ミュージカルで17日から大阪入り……っと。しかし、このミュージカル、人気高いな。
『ヤンデレ少女の憂鬱』だっけか。最近はこういうのが流行るのか」
ミュージカルにするには難ありと思われる題材にも関わらず、地方での追加公演が入っているのだから、
世の中何がうけるか判らない。
らぶドルたちのスケジュール表の作成をしていると、誰かがやってきた。
「お疲れ様です~」
「お疲れ様です」
そういって事務所に入ってきたのは、北条美奈、知奈姉妹だった。
「美奈と知奈か。お疲れ。神戸は遠かっただろ」
「はい。でもぉ、楽しかったですよぉ」
美奈は、おっとりとした口調で答えた。
「向こうで終わったのが6時すぎだろ。今日は直帰でいいんだぞ」
「『今日』は、そういうわけにはいきませんわ」
知奈は、手にしていた紙袋を美奈に渡し、さらに美奈から智弘へとリレーされた。
「今日はぁ、バレンタインですからぁ」
「なんか、結構重いぞ」
袋の中を覗くと、ギンガムチェックの包装紙にピンクのリボンがかけられている箱がひとつあった。
大きさからして、8号(直径24cm)のケーキが入るサイズだ。
重さも、今までもらったバレンタイン物の中でも群を抜いて重い。
「私と知奈ちゃんの二人分ですからぁ」
のんびりと美奈が説明する。
「もしかして、今回発売した例のやつか?」
「いつもお世話になっている、と、と……マネージャーに市販品で済ますようなことはしませんわ。
これでも『ショコラ』なんですから」
そういって、知奈は少し照れをみせた。
「ごめん。でも、それじゃ、どうやってこれを作ったんだ?」
箱の中身が何であるにせよ、重いのだからそれなりの物が入っているのだろう。
「お店の機材を少しお借りしたんですのぉ。材料は自分たちで持ち込みましたからぁ、
お昼の休憩時間を利用してぇ、作業したんですのぉ」
「それは大変だっただろ。開けてみていいか?」
「いいですよぉ」
智弘は、箱を机の上に置くと、綺麗に包装紙をほどいた。
「おおー!」
箱の中には、二本のチョコレートコーティングされたロールケーキがあった。
片方は、普通のチョコレートでコーティングされ『M』の文字が、もう一方はホワイトチョコで
コーティングされ『C』の文字が書かれていた。
585:名無しさん@ピンキー
10/03/16 20:16:35 bfBQGUXb
「こっちが美奈で、こっちが知奈か」
「正解ですぅ」
「しかし、これ凝っているなぁ。ビュッシュ・ド・ノエルだっけか?」
薪を模した、クリスマスの定番でもあるケーキだ。
「そういうわけではないのですが……」
「最近、ロールケーキが流行っているのでぇ、それをベースにしてチョコレートでコーティングを
してみましたぁ」
「それに、上の細工も細かいな」
コーティングの上には、絞りを使って綺麗な文様が幾重にもつけられている。
「知奈ちゃん、智弘さんに贈るからってぇ、もの凄く真剣に描いたんですよぉ」
美奈は、ちらりと知奈をみやった。
「と、と、智……マネージャーに渡すからって、手抜きは出来ませんからね」
「『智弘さんに渡すからこそ手抜きをしない』の間違いではぁ?」
「姉さん!」
まるで、智弘が特別であるかのような美奈のツッコミに、知奈は顔を赤くした。
「フフフッ」
不意に智弘が笑った。
「智弘さん、どうかしたんですかぁ?」
突然の笑みに不思議がる美奈に対し、知奈は今のやりとりで笑ったと想い、ますます顔を赤くした。
「いやさ、比奈とは姉妹なんだなと思ってさ」
智弘の言葉に、二人は顔を見合わせた。
「比奈がさ、夕方、チョコ入りのクッキーを作ってきたんだ。菓子作りが苦手だから
少し焦げたりしていたんだが。普通、バレンタインなんだからチョコを持ってくるだろうに、
比奈はクッキーを作ってきた。そして、二人もチョコを使用しているが、母体はロールケーキだろ。
三人とも、普通にチョコを持ってこないで、一捻りしてしかも手作りだ。
比奈は、二人の背中を追いかけているんだなと思ってさ」
「比奈ちゃんは、私たちの大切な妹ですから」
「いっそ、姉貴と瑠璃に、三人の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ。
そうすれば、少しは姉貴と瑠璃の仲もよくなるかもな」
「まぁ、そんなこといっちゃダメですよぉ」
美奈は、くすっ、と笑った。
「煎じる話が出たところで、お茶を淹れるよ。折角開けたんだし一緒に食べよう」
智弘からの誘いの言葉なのに、二人は表情を曇らせた。
「いえ、今日は帰りますぅ」
席を立とうとした智弘を、美奈は制した。
「お誘いは嬉しいのですがぁ、比奈ちゃんが待っていますからぁ」
「今週末は仕事で離れていましたから、きっと寂しがっていますわ」
妹想いの二人らしい返答だった。
586:名無しさん@ピンキー
10/03/16 20:19:04 bfBQGUXb
「そうか。それじゃ、気をつけてな」
「はい」
「と、と、と、智……マネージャーももう遅いですから無理なさらないで下さい」
「ああ。俺もあと少しで帰るから」
「それではお先に失礼しますぅ」
「失礼します」
二人は、智弘に軽く頭を下げると事務所を出た。
廊下を並んで歩く二人。
美奈は、知奈の顔を覗き見るようにしながらにやにやしている。
「な、なによ、姉さん」
「んー、どうして知奈ちゃんは『智弘さん』って言えないのかなと思ってぇ」
「し、しょうがないでしょ」
「今のは、名前で呼ぶチャンスでしたよぉ。私たちしかいなかったんですからぁ。
そうだ、今、練習してみますぅ?」
知奈は、彼の名を口にすることを想像し、収まりかけた顔の火照りが再発した。
「ほ、ほら。早くしないと、比奈ちゃん、寂しがってますわよ」
知奈は、かつかつと歩みを速くしてその場から逃げ去るように歩を進めた。
「あぁん。知奈ちゃん」
逃げるような知奈を、美奈は追いかけていった。
二人が過ぎ去り静寂が戻った廊下を、智弘が歩いたのはしばらく後のことだった。
智弘が寮へ戻ってきたときには、すでに寮内は静まりかえっていた。
玄関で靴を脱いでいると、一人、背後から静かに近づいてきた。
「おかえり」
聞き慣れた声がした。
「瑞樹か」
智弘は、視認することなく靴を片付けている。
「なんか、随分とお土産があるみたいだけど」
榊瑞樹は、紙袋を上から覗き見た。
「バレンタインだってさ」
智弘にしてみれば、毎年決まったときに行われる年中行事みたいなもので、さして気にしていない。
「ふーん」
瑞樹は、興味なさそうな反応をした。
587:名無しさん@ピンキー
10/03/16 20:20:31 bfBQGUXb
「瑞樹も誰かにあげたりしたのか?」
「えっ?」
不意に話題を振られて思わず戸惑う。
「あ、あたしは―」
「もしかして、俺にくれるのか?」
「バッ! バッカじゃないの! どうしてあたしがあげなくちゃいけないのよ!」
瑞樹は、強い口調で否定した。
「冗談だって。そんなにむきになるなよ」
智弘は、紙袋を手にして瑞樹の横を通り過ぎる。
「もう遅いから早く寝ろよ」
瑞樹は、廊下を去りゆく智弘の背中を黙って見送った。
「…………バカ」
そう呟いた瑞樹のスカートのポケットの中には、智弘に渡しそびれた贈り物が入っていた。
「ふーっ」
智弘は、熱いシャワーを浴び終え、頭をバスタオルで拭いていた。
「智弘、いる?」
軽くノックをした後、瑞樹がドア越しに声を掛けてきた。
「どうした?」
「ちょっと、用があるんだけど」
「少し後でいいか?」
「かなり急ぎなんだけど……すぐ終わるから」
どうも、緊急性があるようだ。
「わかった」
智弘は、ドアを開けた。
「ともひ―」
智弘の姿を見た瑞樹の顔が、一瞬で険しくなった。
「な、なんて格好してるのよ!」
智弘は、下はトランクスのみで、上半身は裸で首にバスタオルを掛けていた。
「急ぎですぐ終わるっていったからだよ」
「だ、だからって、もう少し女の子に対する格好とかあるでしょ!」
「用件はなんだ? 急ぎじゃないのか?」
智弘も、すぐに終わるからこの格好で対応したわけで、さっさと済ませて服を着たい。
「これ」
瑞樹は、手にしていたカップとソーサーをぶっきらぼうに智弘に差し出した。
カップからは、湯気が立ち上っている。
「外は寒かっただろうから、淹れてきてあげたのよ」
「お、サンキュー」
「用はそれだけだから。早く服着なさいよ」
瑞樹は、智弘から視線を反らしたまま部屋へと戻っていった。
588:名無しさん@ピンキー
10/03/16 20:24:05 bfBQGUXb
智弘は、身なりを整えると、本日貰ったチョコをテーブルの上に並べた。
「結構あるな。まあ毎日少しずつ食べるか」
誰か他人に譲ってもいいが、それを知った娘が傷つくかもしれない。
貰った以上、食べるのも仕事の一環だ。
智弘は、瑞樹から受け取ったカップを口に運び、一口すすった。
「ココアか?」
もう一口、すすってみた。
「いや、これ、ホット・チョコレートか」
ホット・チョコレートは、チョコレートを熱湯で溶かして作るため、ココア・バターが
含まれているので、ココア・パウダーで作ったものより濃厚になる。
「もしかして、俺の言葉を気にして作ってくれたのかな。瑞樹なりのバレンタインってところか」
立ち上る湯気に含まれるチョコの香りが、ゆったりと室内に広がっていった。
瑞樹は、部屋に戻ってくると、ゴミ箱に包装紙と空になったチョコレートの箱を捨てた。
本来なら、そのまま綺麗にラッピングされた状態で渡されるはずだったが、
中身はホット・チョコレートにしてしまった。
「人の気も知らないで」
一言、ねぎらいの声でも掛けて手渡すはずだった贈り物は、ねぎらいの言葉も、
バレンタインの贈り物であることも告げられることなく、飲み物へと姿を変えて、ただの差し入れと化してしまった。
そして、瑞樹の最大の気持ちは、彼女の手の中にあった。
瑞樹は、少しふて腐れながら、手の中に収まっているカードを見た。
カードには、自筆で智弘に宛てたメッセージが書かれている。
チョコと一緒に、渡されるはずだったメッセージカード。
直接声にして伝えるには恥ずかしく、素直に言うことが出来ない、
そんな自分の気持ちをしたためたカード。
瑞樹は、少しだけ苦笑すると、カードを引き出しの奥へとしまった。
日付が変わる頃には、瑞樹も智弘も蒲団に包まれ、寮には静寂が訪れた。
騒がしかった特別な一日は終わり、また明日からは普通の日常に戻る。
彼女たちは、来年こそは自分が彼にとって特別な人であることを願いつつ、今しばらくは夢の中でその想いに耽る。
18人の中から、誰が彼の心を射止めるのか。
その答えが出るのは、まだまだ先のことだった。
-了-
589: ◆yj5iT3hh0I
10/03/16 20:51:03 bfBQGUXb
終わった。
すでに花粉症の薬を飲んでいるから眠いわ頭が回らないわきつい。
60KB。普通にイベントで売る分量だよ(´Д`)。
元々書く気はなかったけど、>>538見て、たまたま14日だったから突発で書き始めた。
そもそも、このスレ、08年6月の作者以降、ずっと私しかSS書いてない……。
590:名無しさん@ピンキー
10/03/17 00:29:37 CPbztcPr
乙乙
おもしろかったぜ
書き手の少なさは…うん、まぁ…ね
591:名無しさん@ピンキー
10/03/20 07:00:59 hhzxixzI
いいもん読ませてもらった。乙。良かった。
俺が最後に投下したのは、07年の12月だった……今度なんか書いてみるよ。
592:名無しさん@ピンキー
10/03/27 00:18:08 cRQfcTVg
桐生琴葉はエロい
中原麻衣の声はエロい
しゃべっている桐生琴葉はとってもエロい
593:名無しさん@ピンキー
10/03/28 03:48:23 jAGGitBt
はげしく同意!
594: ◆yj5iT3hh0I
10/03/30 13:58:11 I32ywCwD
同意が頂けたので(笑)、琴葉物ですw。
相変わらずの分割投下です。とりあえず前振り部分。
595:かわいいあの娘は耳年増
10/03/30 14:01:11 I32ywCwD
「お疲れ様でしたー」
テレビ番組の収録を終えた桐生琴葉は、スタッフに挨拶をしながらスタジオを後にする。
「琴葉ちゃん」
「はい?」
自分を呼ぶ声に、琴葉は足を止めた。
呼んだのは番組のプロデューサーだった。
「良かったよ。やっぱり、舞ちゃんとの掛け合いはサイコーだよ」
「ありがとうございます」
琴葉は、一緒に出演していた野々宮舞共々褒められたことは素直に嬉しかった。
「舞ちゃんは?」
「舞さんは、楽屋へ戻りました」
「そうか」
プロデューサーは、懐に手を入れると、一通の封筒を取り出した。
「これ、うちの局が関わったやつなんだけどさ―」
琴葉は、封筒を受け取ると、中を改めた。
「良かったら、舞ちゃんと見てきてよ」
中には、映画のチケットが二枚入っていた。
「いいんですか?」
「社で貰ったんだけどね。そういう映画は中々観に行かないし、来週には上映が終わってしまうから。
収録を頑張った二人にプレゼントだ」
「ありがとうございます」
琴葉は、ぺこりと頭を下げた。
「それじゃ、お疲れー」
「お疲れ様でしたー」
プロデューサーは、撤収作業をしているスタッフの方へと行ってしまった。
琴葉は、楽屋へと戻っていった。
「舞さん」
楽屋に入ると、舞はすでに帰り支度をしていた。
「どうした、琴葉。遅かったじゃないか」
「プロデューサーさんに呼ばれていたので」
「何かあったのか?」
「いえ、そういうのではなくて―」
琴葉は、ことのいきさつを説明した。
「そうか」
「それで、舞さん、一緒に行きませんか?」
舞は、軽く腕組みをした。
「来週には、終わるんだよな?」
「はい。そういってました」
「それじゃ無理だ」
「どうしてですか?」
「私は仕事だ。休みがない」
「あ……」
琴葉は、明日がオフのため気にしていなかったが、スケジュールは一人一人違う。
一緒に仕事をすることが多いが、基本的に二人はユニットではないのでスケジュールが違う。
「私はいいから誰か他に誘ってくれ」
「そうですか……」
「ほら、早く支度して帰るぞ」
舞は、残念がっている琴葉を急かした。
596:かわいいあの娘は耳年増
10/03/30 14:06:32 I32ywCwD
「るりは行けないや。ごめんねー」
「あたしは稽古があるから無理にゃー!」
「折角の琴葉様のお誘いですが、お休みが合わないので……」
「あたしは地方だから無理。誰か他の娘誘って」
琴葉は、事務所に戻ると仲間に電話をしてみたものの、いい返事はなかった。
「やっぱり、急にお休みはとれないわよね……」
らぶドル同期生に声を掛けてみたものの、都合良く休みなわけもない。
「一人で行こうかな……」
いくららぶドルとはいえ、先輩の一期生、二期生を誘うのは恐れ多い。
「どうした、琴葉」
沈んだ顔をしていると、彼女らの面倒を見ているマネージャーの藤沢智弘が声を掛けてきた。
「あ、いえ、ちょっと……」
プライベートのことを話してもどうにもならないし、たかだか映画の相手がつかまらないだけの話だ。
『そうだ!』
ふと、ある提案が琴葉の脳裏に浮かんだ。
「あ、あの、智弘くん」
「どうした?」
「あ、明日なんですけど、お休みだったりしますか?」
「明日は休みだけど」
「あの、それでしたら、明日、一緒に映画にでも行きませんか?」
琴葉は、映画のチケットを差し出した。
「今日の収録で貰ったんですけど、舞さんや他の人たちはスケジュールの関係で一緒に行けなくて……」
琴葉は、同伴者がいないことを強調した。
「みんなスケジュールが詰まっているからな。いいよ」
「本当ですか!?」
「ああ。この映画の監督、今、若手で注目されているから、一度チェックしておこうかと思っていたから」
らぶドルの中には、演技に力を入れている者もいる。
今後、仕事の話が来るかもしれないため、業界内のトレンドはチェックしておくに限る。
「そ、それじゃ、明日ということで」
「ああ。時間は?」
「上映時間を調べて、私から電話をします」
「それじゃよろしく」
智弘は、そのまま業務へ戻っていった。
『やったー!!』
琴葉は、去りゆく智弘の背中を見送りながら、心の中で叫んだ。
夜。
「はい。はい。それじゃ、明日は10時に映画館の前で」
琴葉は、携帯を切った。
「明日、智弘くんとデートするんだ……」
そう思うと、恥ずかしさと嬉しさで顔は紅潮し、頬が緩む。
「さあ、明日のために、今夜は早く寝ましょう」
琴葉は、早めの就寝を心がけ、早々に蒲団に潜った。
597:名無しさん@ピンキー
10/03/30 20:57:25 uofAgRhp
琴葉かうぃいよ琴葉
598:名無しさん@ピンキー
10/04/15 20:43:41 j5022rCR
既に半月か…
599:かわいいあの娘は耳年増
10/04/17 00:07:03 1fz1htEd
年度替わりでかなり忙しい。
だが、そんなこと書かれたら書かないわけにはいかないじゃないか!ヽ(`Д´)ノ
なので、書きますた(`・ω・´)b
600:かわいいあの娘は耳年増
10/04/17 00:08:05 1fz1htEd
琴葉が蒲団に入ってから、時計は10分、20分と時を刻むが、いまだ琴葉に睡魔が訪れない。
むしろ、暗闇に目が慣れてしまっているほど、しっかりと瞳を開いている。
「……眠れない……」
すでに時刻は10時をすぎており、特別に早いというわけではない。
「早く寝ないと……」
明日は映画館。
睡眠不足にでもなれば、暗くて暖かいだけに居眠りをしてしまうかもしれない。
まして、明日は早起きをしないといけない。
逆算すると、ここで寝ておかないと睡眠時間がどんどん削られてしまう。
しかし、早く寝ようと意識するほど、目が冴えて眠気が訪れる気配がない。
「あーん、こんなんじゃ、智弘くんにいい顔を見せられない」
睡眠不足は、化粧のノリも悪くなる。
折角のデートなのだから、少しでも綺麗な自分を見せたい。
「いっそ、早く朝になればいいのに」
眠れないのなら、この瞬間にでも朝になってもらいたい。
そうすれば、眠れずにやきもきすることもない。
「智弘くんとのデートって、どんな感じかなぁ」
期待と不安で想像が脳裏に浮かぶ。
「映画を観たら、丁度お昼でしょ。お昼はすぐそばのショッピングモールの中かな。
そのまま午後は一緒にショッピングで。智弘くんには何がいいかな。ネクタイなら使って
いるのが判るし、普段でも使えるわよね」
一緒にネクタイを選び、試しにと自分が智弘にネクタイを締めてあげるシーンが浮かぶ。
「なんか、奥さんみたい」
自分でいって、顔を赤くする。
「智弘くん、いつもスーツだから、結婚したら毎日してあげるんだよね」
芸能マネージャーという仕事柄、スーツ、ネクタイの着用は必須。
夫のネクタイを締めてあげるたびに、彼の妻であることを実感する。
ネクタイを締めることで自然と近づく二人の顔。
彼は、ネクタイを締めた御礼にと、彼女に軽くキスをする。
「智弘くんと毎日キスしちゃうんだ……」
琴葉の妄想は止まらない。
「ネクタイを買って、他のお店も見て回ったら、沈む夕陽を観ながらホテルのレストランで
早めのディナー。ディナーが終わったら……」
琴葉は、右手をパジャマのズボンの中へと潜り込ませた。
指先で、ショーツのクロッチ部分に触れた。
「やだ……」
琴葉は、指先にほんのりと湿り気を感じた。
ディナーの後、まだ帰りたくないと智弘にねだり、彼はホテルの一室を取り、二人で部屋へと消えていく。
その中で行われるは、男と女の関係。
601:かわいいあの娘は耳年増
10/04/17 00:08:32 1fz1htEd
「だめ……だめ……」
琴葉は、指先でクロッチの上からスリットを撫でる。
彼と結ばれることに想いを馳せ、止まらぬ妄想は琴葉に自らを慰めさせる。
「ん……ん……あ……」
指が動くにつれ、クロッチの湿り気が増す。
体全体が熱を持ち始め、琴葉は左手を上着の中へと潜り込ませると、ブラの上から乳房を軽く揉んだ。
「あっ……あん……智弘くん……」
大好きな彼に、ベッドの上で愛撫される。
彼を受け入れるための準備を、優しく丁寧に愛をもって彼にされる。
琴葉の体は、それに応えようと体を火照らせ、乳首を隆起させ、秘裂の奥にある秘口からは蜜を滴らす。
「あ……智弘くん……そこ、ダメ……恥ずかしい……」
彼に愛撫されたいと願うも、彼に見られることに羞恥する。
たとえ、脳内の出来事にしても、想像でさえ気恥ずかしくなる。
「はぁ……はぁ……んんっ……そんなトコ……なめちゃダメ……」
クロッチ越しにスリットを擦る琴葉の指は、今、彼女の中では智弘の舌と化している。
その指も、次第に速度を上げていく。
「智弘くん……ダメ……ダメ…ダメェ…あっ…あああぁぁーーっ!」
琴葉は、指をスリットに強く押しつけると両足を伸ばしてシーツを突っ張った。
「んっ! んっ! んんっ!」
奥歯を噛み締めて唇を閉じるも、喉奥から声が漏れる。
ビクビクと体を震わせ、閉じられた瞼からはうっすらと涙が滲み出た。
次第に震えも収まると、全身から力が抜けて肉体の緊張が解けた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
琴葉の体に、長距離を走っていながら最後は短距離を猛ダッシュさせられたかのような
疲労感が襲った。
琴葉は、気怠くなった体を起こして膝建ちになると、ズボンを膝まで下ろした。
クロッチに触れると、かなり濡れている。
ショーツを下ろすと、クロッチ部分と秘口の間で粘質の体液が糸を引いた。
「やだ……こんなに濡れて……」
ティッシュを数枚とると、自分の秘裂を拭い、次にショーツを拭いた。
「デートの前の日なのに……ひとりエッチだなんて……」
琴葉は、軽い自己嫌悪に見舞われた。
このまま寝るわけにもいかず、もう一度シャワーを浴び、下着も全部新品のものに取り替え、
再びベッドの中に入ったときにはすでに日付が変わっていた。
602:かわいいあの娘は耳年増
10/04/17 00:09:21 1fz1htEd
続きは二週間後(マテ)
603:名無しさん@ピンキー
10/04/17 00:30:24 AGwqWTUc
全裸待機で待ってる
604:名無しさん@ピンキー
10/04/17 13:09:05 jo0m+T6X
おっ、なんかキタコレ! (;´Д`)ハァハァ/lァ/lァ
琴葉さん濡れまくりですな
605:名無しさん@ピンキー
10/05/14 15:41:50 TmHt4zkx
一月たちそう…
606:名無しさん@ピンキー
10/05/17 01:07:58 26rX39Ji
忙しいか、最近よくある規制の巻き添えかの
いずれかではないかと
そういうウチも2ch本体には全然書き込めない
瑞樹の誕生日もお祝いカキコできなさそうだし
キャラスレは今にも落ちそうだ
607:名無しさん@ピンキー
10/05/24 21:31:33 RAVFFCly
一月立ったな
608:名無しさん@ピンキー
10/05/24 21:39:12 xz6gyoaQ
すんません。
GW前から別のことで時間を割かれて、
GWすぎまでPCの作業はすべてそれに費やすことになり、
完全にスケジュールが狂ってしまいました。
書き始めたのが今日からで、
今度は最後まで書いてアップするので今週末ぐらいになるかもしれません。
609:名無しさん@ピンキー
10/05/25 00:34:43 IY+YhD2J
気長に待ってますから急がなくてもいいですよ
610:名無しさん@ピンキー
10/05/25 11:57:55 8ph+aq2y
ですね
楽しんでやってナンボだし、無理せずに(´ー`) >>608
611:名無しさん@ピンキー
10/05/29 01:48:11 pPuLfaKo
中古屋にゲームが売ってたから買ってみた
結構面白いな
612:名無しさん@ピンキー
10/05/30 00:55:54 m18DxQCU
おお、アレか
俺も前、ネット上で攻略みながら進めたよ
613:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 22:54:50 KXcjGftz
琴葉の部屋へカーテン越しに外の光が差し込み、朝を迎えたことを告げる。
外の明るさに急かされるように、琴葉はうっすらと目を開けた。
「……ん……」
寝ぼけまなこのまま、枕元にある目覚まし時計を手にした。
「……9時……」
今日はオフ。
就寝時刻が遅かったためいまだ眠気があり、もう一寝入りと行きたい。
琴葉は、目覚ましを手にしたまま、枕に顔を埋めて二度寝に入った……はずだった。
いきなり上体を起こすと、目覚ましを目の前に持ってきて時刻を再度確認した。
「9時!?」
琴葉は、現時刻を認識すると慌ててベッドから抜け出た。
「何で9時なのよー!?」
愚痴をこぼしながら、急いでバスルームへと駆け込んでいく。
「ちゃんと目覚まし掛けたのにー!」
確かに7時にアラームが鳴るようにセットをした。
本人は気付いていないが、ちゃんとアラームが鳴った。
ただ、残念なことに、琴葉自身、無意識のうちに止めてしまった。
とかく女の子の支度には時間がかかる。
琴葉は、その髪のボリュームから、かなりの時間を要する。
まして、今日は恋の勝負の日。
いつもより念入りに支度をしなければならないのに、あろうことか10時待ち合わせで9
時起床では、遅刻か支度時間短縮かの選択になる。
当然、遅刻は御法度なので支度時間を詰めなければならない。
気合いを入れてセットするどころか、最低限の身支度でも間に合うかどうか。
「もーう! なんだって今日に限って寝坊なのよー!」
琴葉は、半べそをかきながら支度をして出掛けていった。
大通りまで走りタクシーをつかまえると、映画館へと急いだ。
タクシーの中では、軽く掻いた汗をハンカチで抑えながら、化粧崩れをチェックする。
少し荒い塗りになっている化粧を直し終えると、車内からは映画館が見えた。
「お釣りはいりません!」
釣りをもらう時間も省き、待ち合わせ場所へと小走りで駆けた。
周りを見渡すと、混んでいるというほどではないが、それなりに人が集まっている。
『智弘さんは―』
琴葉は、目を走らせて待ち人を探すも、視界に捉えることは出来なかった。
時刻は10時。
もう来ていてもいいはず。
携帯に着信がないか、ポーチから取り出すと着信音が鳴った。
発信者は智弘だった。
614:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 22:55:46 KXcjGftz
「もしもし、琴葉です!」
嬉しさを抑えきれず声がうわずる。
「はい。はい。えっ? …………はい…………はい……そうですか…………はい……それじゃ、
仕方ありませんね………いえ…………はい…………お仕事頑張って下さい…………」
通話を終えた琴葉の顔は、通話を始めたときと一転して曇っていた。
通話の内容は、今朝、他社との打ち合わせに行くことになっていたマネージャーが急病
になり、智弘の姉であるチーフマネージャーの美樹から、代わりに打ち合わせに行くよう
に指示を受けたとのことだった。
今日はオフで約束があることを告げたが、チーフマネージャーに逆らえるはずもなく、
強制的に休日返上となってしまったという。
「どうしようかなぁ……」
そもそも、一人で観る予定はなかったので、このまま入場するのも気が乗らない。
窓口を見ると、カップルが腕を組みながら楽しそうに入場していく。
芸能人という立場上、公衆の中で腕を組むことは出来ないが、それでも好きな人と一緒に
並んで映画を、というシチュエーションは憧れる。
自分たちがもらってしまったチケット。
もし、あのとき断っていれば、他の人の手に渡って誰かが映画を見られたかもしれない。
そう考えると、このまま無駄にしてしまうことがためらわれた。
琴葉は、軽く溜息をつくと入場口へと足を運んだ。
シアター内は、カップルの姿が目に付く。
作品の内容がカップル向きなのだから当然だ。
少し前の座席に着座しているカップルに目が止まると、女性が心持ち男性に寄り添うようにしている。
本当なら、自分もあのカップルのように、智弘に寄り添ったり、手を触れ合ったりしていたはず。
琴葉は、上映中、そんなことばかり考えていて、ほとんど映画を観ていなかった。
上映後、屋外で今度の予定を考えていると、カップルが目の前をよぎっていった。
先程、劇場内で目に付いたあのカップルだ。
『いいなぁ……』
琴葉は、仲良く会話をしながら歩道を歩いて行く二人を、羨望の眼差しで見た。
そして、二人に引き寄せられるようにしてその後を歩き出した。
二人に特別な興味があったわけでもなく、本当に自然にであった。
カップルは、後ろから見ていても、幸せオーラが全開なのが良く判る。
隣の彼を見上げて話す彼女の横顔は、とても輝いている。
彼女は、彼に何を楽しそうに話しているのだろうか。
今観た映画のことだろうか。
これからとるであろう昼食の話だろうか。
それともたわいのない雑談だろうか。
話の内容は判らないが、彼女はくすっと笑みを見せる。
615:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 22:56:34 KXcjGftz
『智弘くん……』
思わず、自分が智弘に向かって話しかけている姿を重ねた。
一緒に映画を観ていたなら、今、あのカップルのように、ここで同じようにしていたかもしれない。
同じ映画を観ていたカップルの姿を目の当たりにしていると、自分たちも同じようにして
いたであろうという想いが頭に浮かぶのは仕方のないことだ。
カップルが、途中の角を曲がり通りから外れると、琴葉も、無意識のうちにカップルと同じ角を曲がった。
一本向こう側の道への抜け道なのか、裏通りでまばらながらも人の往来がある。
道は一本道だったが、何度か曲がるようになっていてその先は見えなかった。
カップルが道なりに左折し、続いて右折をすると、その後を歩いている琴葉も同様に曲がる。
琴葉が右折をしたとき、先を歩いていたカップルは道に隣接しているアーチ状の門をくぐっていった。
琴葉は、そのまま歩いて門の前までくると、止まることなくその場所が何なのかを確認した。
『えっ!? ここって……』
門の横には『Fashion Hotel The Emperor』という名前が記された看板があり、
そこには時間や宿泊の料金が書かれていた。
『ラブホテル!?』
琴葉が羨望の視線を向けて自分の姿を重ねていたカップルは、ラブホテルに入ったのだ。
琴葉は、かあぁっ、と顔を赤くすると、足早に裏道を駆け抜けて、表通りの人混みの中へと戻っていった。
『びっくりした…………昼間からラブホテルに入るなんて…………』
経験のない琴葉は知らないが、ラブホテルに入るのに時刻は関係ない。
ホテルに入ってしまえば昼か夜かの区別はつかないし、お互いに気持ちが昂ぶったときが
するときなのだから、そこには昼だの夜だのといった時間概念が差し挟む余地はない。
『もしかしたら私たちも……あのカップルのように……』
そう思うと、体の奥が熱くなる。
気持ちを落ち着けるためにも、人混みの中でウィンドウショッピングをすることにした。
琴葉は、興奮を収めるために雑踏と喧噪の中に身を置き、ウィンドウショッピングなどで気を晴らした。
夕暮れ間近になると、琴葉はSFPの入っているビルへ自然と足が向いていた。
『智弘くん、まだお仕事だよね……』
映画がダメだったのなら、せめて夕食でもと思ったが、朝に電話が一回あったきりだ。
今も仕事中だと考えるのが正しい。
なにせ、SFPはタレントが多く、それも軒並み売れっ子ときている。
それだけに、マネージャーの仕事がなくなることはなく、SFPが誇るらぶドルの
トップクラスの売れっ子たちにさえ専属マネージャーがついていない。
マネージャーは、猫の手も借りたいほど忙しいのが実情だ。
琴葉は、ビルの中へと入っていった。
616:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 22:57:44 KXcjGftz
事務室へと続く廊下を進むと、丁度智弘が事務室から出てきた。
脇に書類を抱えているので、まだ仕事中であることが見て取れた。
「琴葉」
先に声を掛けたのは智弘だった。
「お仕事、お疲れ様です」
琴葉は、軽く会釈をした。
「今日は悪かったな」
「仕方がないです。お仕事の方が大切ですから」
琴葉は、努めて明るく応えた。
仕事の特質上、こういうことになるのはやむを得ない。
それでも、急病になった人に少なからず不満な気持ちがないといえば嘘にはなるのだが。
「あの、今夜、お時間取れますか? もし、よかったら一緒にお食事でもと思って」
琴葉は、心臓をどきどきさせながら智弘の返事を待つ。
「うーん、ちょっと時間が読めないからなぁ」
「そうですか……」
流石に、琴葉の表情も曇る。
「それでは、また機会があったらお願いしますね。あ、お仕事の途中でしたね。それじゃ、
今日は帰りますのでお仕事頑張って下さい」
「ちょっと待って」
踵を返して立ち去ろうとした琴葉の手を智弘が掴んだ。
「ちょっとここで待ってて。すぐ戻るから」
智弘は、事務室へ戻ると、本当にすぐに戻ってきた。
「これ」
智弘は、片手ほどの大きさの老舗デパートの紙袋を差し出した。
「え?」
琴葉は、とまどいながらもそれを受け取る。
「あの時間、もう映画館にいたんだろ。待たせた上にキャンセルしたからお詫びだ」
「そんな! 悪いですよ! そこまで気を遣ってもらうのは!」
そもそも、誘ったのも急ならば、チケットだってもらい物。
智弘がキャンセルした理由も仕事なのだから彼に非はない。
「折角の休みなんだから、もっと早く連絡出来たら予定を変えることも出来ただろうし。
それに、琴葉に買ったものだから俺じゃ使えない」
『私のために……』
それは、昼休みの時間を利用して琴葉のために購入したものだった。
「あのー、開けてみていいですか?」
「ああ」
琴葉は、丁寧に紙袋を開けていく。
「そういうのならいくつあっても困らないだろうから」
智弘の話を聞きながら袋から取り出したものは、三枚のハンカチだった。
それぞれ、蝶、花、リボン、をモチーフにした小さな柄があしらわれていた。
617:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 22:58:50 KXcjGftz
「これ、本当にもらっていいんですか?」
「もちろん」
琴葉は、ぎゅっ、とハンカチを握りしめた。
「ありがとうございます」
琴葉は、深々と頭を下げた。
「いや、そんなに感謝されることじゃ」
お詫びの品なので、感謝されるとかえって困ってしまう。
「お兄ちゃーん!」
かわいい声が、廊下の端から聞こえると、どどど、と廊下を駆ける足音が近づく。
そして―。
どごっ!
声の主は止まることなく、智弘の腰にタックルを見舞った。
「ぐはっ!」
智弘が呻く。
「おまえなー! いつも抱きつくなって言ってるだろ!」
「ぶーっ! るりは妹なんだから、抱きついていいんだよっ! お兄ちゃんに抱きつけるのは、妹の特権なんだよ!」
瑠璃は、実妹であることで自身の行為を正当化しようとしている。
「今、姉貴がいるから説教してもらうか」
その脅しに、瑠璃はぱっと離れた。
「むーっ! それ、反則!」
犬猿の仲である実姉を持ち出され、瑠璃は不承不承引き下がった。
「あ、琴葉ちゃん」
瑠璃は、そばにいた琴葉の存在に今気がついた。
「今日はどうしたの? 今日、オフだよね?」
「え、ええ。ちょっと近くまで来たから……」
「ふぅーん。ねえ、何持ってるの?」
瑠璃は、琴葉が手にしている紙袋と握られている何かが気になった。
「あ、あの、これは……」
「ハンカチだよ」
琴葉が口ごもっていると、智弘が横から差し挟んだ。
「ハンカチ? 何でお兄ちゃんが知ってるの?」
「俺があげたから」
「ええーっ!? なんでーっ!? 琴葉ちゃん、誕生日じゃないでしょ!?」
瑠璃の中では、クリスマスなど特定の日でない限り、プレゼントをもらうのは誕生日という思考のようだ。
「まあ、ちょっとな」
「うー、琴葉ちゃんずるーい!!」
「ええーっ!?」
琴葉は、瑠璃から『ずるい』という責め句を受けるとは思いも寄らなかった。
618:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 22:59:58 KXcjGftz
「お兄ちゃん、るりにも何か買ってー!!」
だが、瑠璃の思考はすでに兄に向けられていた。
「却下だ」
「えーっ!? 今度始まる新作の魔女っ子アニメの杖でいいからー」
「いくらするんだよ」
「デラックス版で12800円!」
「自分で買え」
「ええーっ!!」
藤沢兄妹の掛け合い漫才が繰り広げられる中、
「あの、私、これで失礼します」
琴葉は、改めて軽く会釈をして別れの挨拶を告げた。
「ああ。気をつけてな」
「琴葉ちゃん、またねー」
琴葉は、二人からお返しの言葉を受けると、彼らに背を向けて廊下を歩き出した。
背後からは、引き続き藤沢兄妹の掛け合い漫才が聞こえていた。
事務所を後にしてからは、手近なところで一人夕食を済ませ、早々に帰宅して浴槽に浸かっていた。
「今日はちょっと残念……」
本来なら最高の一日になっていたはずで、今頃はホテルの一室で二人っきりの甘い世界になっていただろう。
もっとも、そんな簡単に巧くいくはずもないのだが、自分も年頃だしそういうことを期待するのは自然なことだ。
同学年にあたる高校三年生の女子の50%近くが性交経験者というアンケートが雑誌に出ていると、
自分もという気持ちが少なからず沸き上がる。
なにせ、慕っている人はある意味禁断の相手であるマネージャーで、彼を狙っているライバルも多い。
真面目で恋愛ごとにはいささか鈍いところがある彼をゲットするには、積極的に動かないと何にも進展しない。
「でも……」
お詫びとはいえ、ささやかながらプレゼントをもらえたのは嬉しい誤算だった。
「また、機会があるよね」
琴葉は、次回に期待して風呂から出た。
いつものように身支度を済ませて、少し早めながらベッドに潜り込む。
枕の横には、智弘からもらったハンカチのひとつを置いて、彼に想いを馳せる。
いい夢が見られるようにとのおまじないのつもりだが、プレゼントをもらった嬉しさが
蘇ってきて興奮してかえって眠れない。
そもそも、今夜は彼の腕の中にいたかもしれず、それを期待していた心と体の行き場がないまま、
大人しく眠れるはずもない。
619:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:01:14 KXcjGftz
琴葉は、埋み火のようの体の奥にある火照りに動かされ、そっとパジャマの上から股間に手を滑らせた。
30秒ほど股間をこすっていると、パジャマのズボンを膝までずらし、ショーツのクロッチ部の
上から秘所に沿ってさする。
「ん……ん……智弘くん……」
琴葉の予定通りなら、今夜、ここをさすっているのは琴葉の指ではなく彼の指だった。
彼のことを想い、彼にさすられていることを想像してさらになぞる。
次第にクロッチは、じんわりと湿り気を帯び、秘所の形が浮き出てくる。
今度は、パジャマの上着のボタンを外してブラを露出させると、左手をブラの下に潜り
込ませて乳房を揉み始め、右手はショーツの中に入れて直接秘所をなぞりだした。
「あっ……んっ……んんっ……」
彼に抱かれることを望んでいた体はすぐに熱くなり、乳房は張り、乳輪を隆起させ、乳首を勃たせた。
「そこ……なめちゃ……ダメ……」
右手を智弘の舌に見立て、さながら彼に嘗められていると夢想する。
自慰ではなく愛撫されていると考えると、胎内の温度は上がり、とろっとした蜜が流れでてくる。
「んー……んー……んふー」
次第に呼気が大きくなり、鼻息も荒い。
秘所と指が奏でるぬちゅぬちゅという淫猥な音が琴葉の耳に届くと、左手を乳房から
股間へと移動させ、恥丘のすぐ下部にある、ぷっくりと充血しながらも包皮に半分その姿を
隠している花心に触れた。
「んんっ!」
琴葉の体がビクンと跳ねた。
ここには何度も触れていて刺激が来ると判っている。
それでも、体内を貫いて脳天に響く刺激には耐えられないほど甘美だ。
優しく包皮を向いて花心を露出させると、親指と中指で軽く摘んだ。
「んぐっ!!」
またも体が、ビクン、と跳ねる。
充血して過敏になった花心は、包皮がないと刺激は何倍にも強くなる。
少し痛いという感覚はあるが、気持ちよいという刺激が圧倒的に支配する。
右手は、秘所の筋をこする速度を次第に上げ、にちゃにちゃと粘質っぽい音を立て、
膣内から溢れ出た蜜を飛沫として四散させる。
「んんっ! んあっ! 智弘くん!」
右の指を小刻みにこすり動かし、左の指は、ぐっ、と花心を摘んだ。
「くううっっ!!」
琴葉は、大きく呻くと足を開き気味に伸ばしてシーツで踏ん張ると、全身に、ぐっ、
と力を入れて体を硬直させた。
びくっ、びくっ、と体が打ち震える。
体内を走る刺激は、体を痺れさせ行動不能にさせる。
金縛りのようにしばらく硬直していた体は、深く息を吐くと一気に脱力した。
620:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:02:32 KXcjGftz
「はぁっ、はぁっ、はぁ……」
口を半開きにして、ただただ呼気を整えていく。
だらりと体の横に投げ出されている腕。
その右の指先は蜜に濡れ、蛍光灯の光を集めてきらりとしていた。
左右に開いた太股の間からは、とろりとした蜜がシーツに染みを作っていた。
いつもならこれで終わりだが、今夜の琴葉は違った。
気怠さの残る中、右手を股間へと這わせると、中指と薬指で筋を撫でた。
「んっ……」
蜜で濡れる筋を撫でるが、琴葉の脳内では違った。
『琴葉、いいよね』
智弘が、琴葉の股の間の体を入れ、彼女に覆い被さるような体勢で囁いている。
彼の股間に生えている雄の象徴たるペニスは、今、琴葉の股間の筋に沿って這わせている。
「うん……来て……」
琴葉の返事を受け、智弘の腰が動く。
ぐっ、と胎内への入口たる膣口にペニスの尖端が押し当てられると、それに伴って琴葉の
中指も押し当てられた。
そして、智弘のペニスが膣内に押し入れられたとき、実際に中指が膣内に挿入された。
挿入といっても、僅かに数センチ、第一関節しか入れていない。
それ以上入れてしまうのは痛いし、恐い。
何より、愛する人に捧げるべき処女をみずから喪失させてしまいかねない。
たかが第一関節だが、琴葉にとってはそれでも充分だった。
琴葉は、中指の腹で膣口周辺内部の襞を撫でる。
「んんっ! んあっ! 智弘くん!」
あたかも、彼のペニスによって刺激されているかのような錯覚に陥る。
『大丈夫かい?』
自分の体を気遣う智弘に、
「大丈夫です……んんっ……」
心配させまいと答える。
妄想の中で智弘が腰を動かし始めると、自分も中指を動かして、さも智弘を受け入れて
いるかのような気にさせる。
智弘の顔が近づき、唇を重ね合わせてくれば、左指を唇に触れさせ、舌を絡めれてくれば、指を舌に絡める。
智弘は、キスの次は乳房に口を付けてくる。
それに合わせ、琴葉はブラを鎖骨へとずらし上げると、智弘の唇で甘噛みされる乳輪を撫で、
乳首に歯を合わせられれば乳首を、きゅっ、と摘む。
「くぅっ!」
自分の指なのに、まるで他人にされている感じがする。
それだけ、琴葉の妄想は強い。
今夜は、すでに一度イッている。
二度目のアクメを迎えるのはそう遠くない。
621:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:03:08 KXcjGftz
「んっ……んあっ! ……智弘くん……」
肩で息を始め、吐く息は高い湿度と熱を含み、全身にじっとりとした汗を掻き始めた。
左手が乳房から股間へと移され、剥き出しで存在を主張している花心を中指で、ぐっ、と押した。
「ぅくっ!」
刺激に体をよじる。
体が熱い。
それも、体外ではなく胎内。
子宮が熱く呻いている。
その熱を発散させようと、膣襞を撫でる指は速くなり、花心を押す指にも力が籠もる。
「ともひろくぅん……ともひろくぅん……」
琴葉は、まるで不安な子犬が鳴いているかのような声で、夢想の中で自分を抱いている人の名を呼ぶ。
胎内の奥で、子宮が動く感覚がある。
そろそろ絶頂を迎えるというシグナルだ。
何年にも亘り、何度となくオナニーをしている琴葉であっても、いつもはクリトリス感でアクメに達している。
これは、手軽にイキ易く、天に昇るようなふわっとした感覚が気持ちいい。
一方、胎内の奥からアクメを迎えるヴァギナ感は、達するのも大変ならば、その後は動けなくなるし、
地の底へ堕ちていくような感覚は、まるで麻薬のような快楽の強さでおかしくなりそうになるが癖にもなる。
そんな、数えるほどしか経験していない快楽の渦へ、琴葉の体は飲み込まれようとしていた。
「ともひろくぅん! ともひろくぅん!」
琴葉の呼び掛けに、彼も達しようと腰の動きを早める。
それは、琴葉の指の動きへと反映される。
ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立て、もう琴葉が絶頂を迎えるまで猶予がない。
そのとき、琴葉の深層心理が求めていたのか、彼が不意に琴葉に告げた。
『膣内に出すよ』
これには、琴葉自身驚いた。
「ダ、ダメッ! 赤ちゃんデキちゃうっ!」
芸能人である以上、体調管理として自分の生理周期は完全に把握している。
まして、今日は『そういうこと』を想定していたため、今が危険日だということも判っている。
これが現実なら、彼に避妊具を使用してもらうが、妄想の中までそんなことはしない。
それゆえ、妄想でありながら意図していない彼の科白に本気で焦った。
だが、琴葉の体はフィニッシュに向けて動いており、指の動きが加速していく。
それにリンクしている妄想内の彼の動きも、膣内出ししようとしている。
「ダメェ! 膣内は! んんっ! 妊娠しちゃうっ!」
そもそも、危険日ということは、体そのものが男を受け入れようとしており、感じやすくなっている。
昨日からの自慰行為は、まさにその現れで、もはや琴葉自身にも止めることが出来ない。
琴葉の女としての器官もそのように反応していて、膣内に挿入している指を膣が締め付けながら
襞がまとわりつく。
それは、ペニスから精液を搾り出させようという準備運動。
琴葉の体は、完全に男の精を受け入れる用意が整った。
622:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:03:40 KXcjGftz
「あーっ! あーっ! あーっ!」
もう止められない。
あとは、果てることしか出来なかった。
「んくっ! イクッ! イクッ! イッちゃうっ!」
琴葉の右中指が膣襞を強くぐりっと擦り、左親指と中指は花心を潰してしまうのではと思うほどに、
ぎゅっ、と摘んだ。
「いやあああぁぁぁーーーっ!!」
もはや、自分の体でありながら完全にコントロール不能に陥り、叫び声にも似た嬌声を張り上げた。
足は先程のアクメ時同様にシーツを突っ張りながら伸ばされ、腰を浮き気味にすると、
琴葉にとって始めての体験が起こった。
プシャアァァーーッ!!
右手に吹きかけるように、秘所が体液を放出した。
いわゆる『潮を吹いた』のだ。
プシャッ! プシャッ! ピシャッ!
琴葉は、体を痙攣させながら何度か潮を吹いた。
歯はガチガチと震え、体が壊れるような感覚の中にいた。
妄想の中の智弘は、そのままの体勢を維持して、琴葉の膣内へ射精している。
琴葉は、自分の体に何が起こったのか理解することなく意識が薄れる中、智弘に向かって
微かな声で呟いた。
「……ちゃんと……責任とって……下さいね……」
623:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:04:13 KXcjGftz
どれくらい意識を失っていたのだろうか。
琴葉は、怠い体を無理矢理動かして上体を起こした。
「ふぅーっ」
自分の股間から先のシーツを見ると、びっしょりに濡れていた。
「やだ…………こんなに濡れちゃったなんて…………」
オナニーでシーツを濡らすことはあるが、まるで放尿したかのようにびしょ濡れという
経験はなく、少し自己嫌悪した。
琴葉は、先程、夢想の中で智弘を受け入れた入口を指で撫でた。
「智弘くんに出されちゃった……」
無論、それは妄想の中で現実ではない。
しかし、非現実と言って切って捨てるものでもない。
昨今、芸能界は出来ちゃった結婚ばやり。
スクープされて変な扱いを受けるぐらいなら、既成事実として出てしまった方がいい場合もある。
女性芸能人とマネージャーの場合、芸能人がある程度の年齢に達していたり、お笑い芸人ならば、
交際していても問題ないだろうが、なにぶん琴葉はアイドル。
下手に『自社のアイドルタレントにマネージャーが手を出した』という事実がゴシップ扱いに
なるのならば、交際発覚で変な目で見られるより、妊娠というおめでたい出来事を盾にして
雑音を封じた方がいい。
それに、琴葉は、親の同意が必要という前提ながらも結婚が出来る歳だ。
らぶドルにおいて、突出した才能がないことを気にしている琴葉にとって
『らぶドルのママドル第一号』という称号も悪くない。
そう思うと、むしろ今の妄想の出来事が現実であって欲しかったとさえ思った。
「智弘くんとの赤ちゃんて、どんな感じのなんだろう……」
彼に似て格好良くて優しい子だろうか。
自分に似て、少し落ち着いたおっとりした感じの子だろうか。
「くしゅっ!」
そんな想像をするのもいいが、今、琴葉は半裸状態だ。
体も汗を掻いたままで、火照りもなくなり体温が下がっている。
「いけない。風邪ひいちゃう」
琴葉は、身なりを整えようと、適当に近くの布を手にすると股間を拭いた。
「え? ああーっ!! これ、智弘くんにもらったハンカチー!!」
ぼけていたのか、枕の横にあったハンカチを気にもせずに秘所の蜜を拭うのに使ってしまった。
「やーん! もうー!」
ハンカチを洗うべく急いでベッドから降りたが、半脱ぎ状態だったズボンとショーツが膝元にあり、
足がもつれてそのまま床に転んだ。
「あいたたたたた」
それでも、何とか洗面所へ駆け込み、手洗いでハンカチを洗う。
その後、シーツを洗濯機に放り込んで軽くシャワーで体を洗い流した。
今夜も、眠りについたのは日付が変わってからだった。
624:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:04:44 KXcjGftz
「くしゅっ!」
琴葉は、SFPの事務室へと向かう廊下を歩いていた。
「風邪ひいちゃったかなぁ」
咳がでるわけではないが、ときどきくしゃみが出る。
昨夜、半裸状態でしばらく意識を失っていたのが良くなかったようだ。
「はぁ……」
しっかりと健康管理をしないといけないのに、そんな自分への嫌悪から溜息をつく。
『今日は舞さんとスタジオ収録だから、くしゃみが出ると困っちゃう……』
うつむきながらとぼとぼ歩いていると、廊下の角で、どん、と何かにぶつかった。
「あっ!?」
不意の衝突に体がぐらりと後ろへ倒れていく。
「おっと!」
倒れ行く琴葉の腕を、咄嗟に伸ばされた手が掴んだ。
「大丈夫か、琴葉」
「智弘くん!」
琴葉とぶつかったのは、別室へと移動しようとしていた智弘だった。
『膣内で出すよ』
彼の顔を見た途端、昨夜の妄想がフラッシュバックしてきて、一気に顔を赤くした。
「廊下は左側通行だぞ」
「あ、すみません」
琴葉は、頭を下げた。
ぼけていたのか、うっかり右側を歩いていたことで、左側通行をしていた智弘と出会い頭でぶつかっていた。
「くしゅっ!」
「どうした? 風邪か?」
「大丈夫です。ちょっとくしゃみが出るだけです」
慌てて否定した琴葉だが、智弘の表情は険しい。
「顔も赤いし、熱があるんじゃないのか? 今日はスタジオ収録なんだから、風邪だと
他の共演者にも迷惑がかかるぞ」
そういって、智弘は琴葉の前髪をよけておでこを露出させると、自分のおでこをくっつけた。
「あ、あ、あの……」
とまどう琴葉だが、智弘に至っては全く気にしていない。
姉妹がいる智弘にとって、即興で熱を測るときに女の子とおでこをくっつけることは
普通に経験してきていることで特別な感情はない。
だが、測られている琴葉は違う。
昨夜の妄想による恥ずかしさでのぼせているときに、さらにこんな接近をされれば、
ない熱も上がるというもの。
「んー、やっぱり少し熱があるな」
智弘は、おでこを離した。
625:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:06:05 KXcjGftz
「念のため医者に診てもらってから―」
「あーっ! 智弘と琴葉がキスしてるー!」
智弘の指示を遮るように、今のシーンの目撃者が声を挙げた。
琴葉は、背後からの声に振り返った。
そこには、舞がいた。
「こんなところでキスするなんて、一体どういうことなんだ!?」
心なしか、少しムッとしている。
「キスなんてしてないぞ」
「そうですよ。智弘くんとは別に―」
「そんなこといってごまかそうとしたって無駄だぞ。ちゃんと見たんだからな」
舞は、目撃者としての主張の正当性を譲らない。
「あれはだなー」
「お兄ちゃんと琴葉ちゃん、キスしてたのぉ!?」
舞の声に引き寄せられるように、さらにその背後から急ぎ足で瑠璃が駆けつけてきた。
「またややこしいのが……」
智弘は、思わず愚痴た。
「琴葉ちゃん、お兄ちゃんとキスするなんて、そんなのるりが許さないんだからねっ!」
「だから、私は智弘くんとキスは―」
「お兄ちゃんとキスしていいのは、実の妹のるりだけなんだからっ!」
「いや、普通、妹とはキスしないだろ」
瑠璃の主張に、舞が突っ込む。
「なになにー? キスがどうしたのー?」
騒ぎを聞きつけ、有栖川唯が寄ってきた。
「何でもないから」
智弘は、唯を寄せ付けまいとする。
これ以上騒ぎになると面倒だ。
「キスがぁ、どうかしたんですかぁ?」
脱力系な物言いで唯の後方より声を掛けてくるのは北条美奈。
「朝から廊下でキスの話?」
怪訝そうな声は、美奈の隣にいる妹の知奈のものだ。
「キスで何かあったの?」
唯は、琴葉たちのところまで来ると連中を見渡した。
626:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:07:03 KXcjGftz
「いえ、本当に何でもないですから」
火消しに走る琴葉。
「どう見ても、あれはキスしていただろ」
火を煽る舞。
「るり以外の子とキスして、怒っているんだからねっ!」
ぷくっと頬を膨らませて、火に油を注ぐ瑠璃。
「何!? 智弘―くん、キスしてたの!?」
唯がさらに薪をくべる。
「マネージャーってば、廊下でキスを!?」
智弘が否定する間もなく、やって来たばかりの知奈にキス話が飛び火した。
「ちがーうっ!」
女三人寄ればかしましいというが、トップアイドル連中だけあってアクティブさでいえば、
普通の女の子以上だろう。
ぽんぽん言葉が口をついて飛び出してくる。
「キスをするなとはいわないが、人目のある廊下でするのはどうかと思うぞ」
舞が、大人ぶって講釈を垂れる。
「どこでだってダメ!」
瑠璃は、キスそのものを否定する。
「いいじゃないですかぁ。私もぉ、智弘さんとキスしてみたいですよぉ」
美奈の大胆発言に、場の空気が固まった。
「ね、姉さん。そういうことは、あまり……」
口に出していうことではない。
まして、乙女の秘め事としての会話の中ならまだしも、本人を目の前にしていうなど、
美奈ぐらいなものではなかろうか。
「あらぁ? 知奈ちゃんはしたくないんですかぁ? 智弘さんとのキスぅ」
美奈に指摘され、知奈の顔が、かぁ、と赤くなる。
「な、な、何言ってるのよ! そ、そ、そういうことじゃないでしょ! い、今は、
マネージャーがキスをしたって話で……」
知奈は、慌てふためきながら話の話題を自分からそらす。
「そうそう! 智弘―くんのことだよね」
唯も、話を本筋に戻ることに荷担する。
627:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:07:47 KXcjGftz
「違うんです!!」
突如、琴葉が張り上げた声は、廊下の端まで響いた。
反響する声を残し、誰もが声を殺した。
「違うんです! 私がくしゃみをしていたから、智弘くんがおでこをくっつけて熱を測っただけなんです!」
琴葉を除いた者たちの視線が智弘に集中する。
「そうなのか?」
舞が智弘に尋ねた。
「ああ。くしゃみをしていたし、顔も赤かったからな。今日は舞と一緒にスタジオ収録だ。
もし、風邪なら他の共演者に迷惑が掛かる」
「なんだ。そうならそうと早くいえばいいのに」
「キスだって騒ぎ出したのは舞だろ」
「まあ許せ。私と智弘の仲じゃないか」
舞は腰に手を当てて何かを成し遂げたかのような満足顔をしている。
「るりは信じていたよ」
「そうだよね。智弘―くんが廊下でキスなんてしないよね」
「マネージャーは、そういうことをする人じゃないって、私は判っていたから」
「知奈ちゃ~ん」
美奈は、知奈の顔を覗き見る。
「な、なによ」
「少しはぁ、自分の気持ちにぃ、素直になった方がぁ、いいと思うんですけどぉ」
少し天の邪鬼な妹の気持ちは、何でもお見通しの姉だった。
「おまえら、これから仕事なんだろ。早く支度して行った行った」
智弘は、ぱんぱん、と手を叩いてみんなの尻を叩く。
「いっけない! 姉さん、急がないと」
「それじゃ、行きましょうかぁ」
「るりもアフレコに行かないと」
「ボクは少し発声をしていこうかな」
彼女たちはめいめいに呟くと、別れの挨拶を残して蜘蛛の子を散らしたように去っていった。
智弘、琴葉、舞の三人がその場に残された。
628:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:08:58 KXcjGftz
「とりあえず、舞は収録の支度をして。琴葉は病院に行かせるから、もしドクターストップがかかったら、
向こうのディレクターと話して、舞一人か、代打で誰かに出てもらうか決めるから」
「判った。琴葉、具合が悪かったら休めよ」
舞は、待機のため事務室へと行ってしまった。
「まずは病院だな。すぐにかかれるように俺から連絡を入れておくから」
「はい。ご迷惑をかけてすみません」
琴葉は、ぺこりと頭を下げた。
「君たちの面倒を見るのが俺の仕事だよ。ほら、舞が待っているから、早く先生に診てもらって来ないと」
智弘は、どこかすまなさそうにしている琴葉の頭に手を乗せると、ぽんぽん、と軽く頭を叩いた。
「はい」
琴葉は、柔らかな笑みを湛えて返事をした。
階段までくると、琴葉は病院へ向かうために階下へ、智弘は階上へと別れた。
『智弘くんは、やさしいよね……』
たとえ、それが『桐生琴葉個人』ではなく『らぶドルの桐生琴葉』に向けられたものだとしても。
おでこで熱を測ったり、頭を撫でて励ましたり、さりげない行為がときには罪でもあるが。
琴葉は、それらを想い出すだけで胸がときめき、体の奥が熱くなる。
『あっ……』
琴葉が、立ち止まる。
『やだ……また……』
子宮がきゅんと疼き、僅かながらに蜜が秘所へと滲み、ほんのりとクロッチを湿らせた。
『……私の体、智弘くんに責任取ってもらわないとダメかも……』
琴葉の熱く激しい夜は、当分続きそうだ。
-了-
629:かわいいあの娘は耳年増
10/06/04 23:10:39 KXcjGftz
他の娘たちも賑やかしで出てきてしまい、長くなってしまいました。
もう少し手を入れれば、イベントで頒布する状態になってしまう(苦笑)。
実際の本番がないのは、あくまでも耳年増だからであり、
本番をしてしまうと、智弘が選んだことになってしまうからです。
そもそも、琴葉のオナニーシーンが描きたくて始めました。
他にも、らぶドルの中でオナニーシーンを描くとしたら、
あの娘とかあの娘とかあの娘とかいるんですが、とりあえず存在がエロい琴葉さんということで。
P2が切れていて書き込み可能にするのに時間がかかってしまいました。
べ、別にセルニア=伊織=フレイムハートさんにハマったからとか、そういうのは関係ないんだからねっ!
なにはともあれ、これでおしまい。
630:名無しさん@ピンキー
10/06/05 04:51:41 oh0OYqK5
おおっ、なんか気合入ったのキタァ(゚∀゚)ァァァア(*´Д`)アァン!!
じっくり読ませてもらうとしますよ
631:名無しさん@ピンキー
10/06/05 07:33:34 1BNwh1Nc
琴葉好きの俺狂喜乱舞ーーーーーー
632:名無しさん@ピンキー
10/06/05 11:25:24 splgJqpE
うぎゃああああぁぁぁ。
プリントアウトして校正したのに、またミスがああぁぁぁぁ。
まあ、前回同様、適当に補正してくんなまし。
633:名無しさん@ピンキー
10/06/05 13:36:44 splgJqpE
「かわいいあの娘は耳年増」は、
>>595から始まっています。
634:名無しさん@ピンキー
10/06/06 02:07:40 5dy2RRC7
琴葉かわいいよ琴葉ぁぁぁぁぁん
635:名無しさん@ピンキー
10/06/07 20:47:38 aecvEImy
>>495の人は今年の夏コミ受かったのだろうか。
636:名無しさん@ピンキー
10/06/13 00:47:47 5x10rCMT
保守
637:名無しさん@ピンキー
10/06/14 10:49:52 TqPhD0zY
>>613
久々に来たらGJ!
>>635
落ちました、すいません……
638:名無しさん@ピンキー
10/06/15 03:32:02 pVNbB1Hr
そういや再来月はもう夏コミなんですねえ…
早いもんだ
639:名無しさん@ピンキー
10/06/16 01:27:04 FHHtWdYk
らぶドル本はでるのかな?
640:名無しさん@ピンキー
10/06/22 07:19:22 h9/PvEhR
ある朝智弘が目を覚ますと、すぐに異変に気付いた。
別に自分の寝相が特段いいとは思っていない。ベッドで眠っていれば、ある程度寝返りだって打つ。打たなきゃ、それはそれで怖い。
しかしいくらなんでもこの状況は―
「あ、やっと起きたんだね。おはよう、マネージャー」
唯がいた。
「……ああ、おはよう。なんでお前はここにいるんだ?」
「えーとね、無用心なのはあんまり感心しないなぁ」
ひょっとして昨夜、鍵を掛けるのを忘れていたのだろうか。
「お姉さんに頼めば、合い鍵ぐらい簡単に作れるんだからね。無用心なのはあんまり感心しないなぁ」
「それ犯罪だろ。返せって!」
しかし智弘は、身動きが取れない。
「ん~、そんなこと言っていいのかなぁ?」
それもそのはず、智弘は現在、四肢をベッドの端に括りつけられていた。
「すいません、ほどいてくれませんか?」
思わず丁寧口調になってしまう。
「え~、やだよ。楽しいことはこれからなんだよ?」
「何をする気だよ……」
「ん~、まずは家捜しかな?」
智弘をベッドの上に放置したまま、唯は部屋の中を闊歩する。
「別に面白いものなんか何もないぞ?」
「それはボクが判断することだよ」
そう言って唯は、本棚へと歩み寄った。
一冊を取り出し、智弘の顔面に近付ける。
「ね、これ見てもいい?」
そこには『○○小学校 卒業アルバム』と書かれていた。
「駄目。戻しなさい」
「うん、わかった」
言葉ではそう素直に答え、聞く気はさらさらないと言わんばかりに、ページを開いた。
「ばっ、やめろって!」
「別にいいでしょ。見られて困るものでもあるの?」
冷や汗を流しながら、智弘は苦しげに答える。
「だって……その、昔の写真を見られるのって、恥ずかしいだろ」
「えー。ボクは恥ずかしくないよ?」
「そりゃ唯は見る側だからな」
「そういうことじゃなくて。ボクたちらぶドルは、見られるのも仕事の一つでしょ。だから、平気」
「……唯が平気なのは分かったけど、俺は別に平気じゃないぞ」
「まぁまぁ、ボクたちの仕事を少しは理解すると思って」
そうたしなめ、アルバムの中の智弘を探す。
「この頃は、まだカッコイイっていうよりカワイイって感じだね。マネージャー、身長低かったんだ!」
「ほっとけ……」
ひとしきり騒いだ後、写真のページも終わりに差しかかり、ようやく一息つけると、智弘は一瞬安堵した。
「ほら、もうそろそろ写真は終わりだろ。元の位置に返してきなさい」
641:名無しさん@ピンキー
10/06/22 07:19:52 h9/PvEhR
「ほら、もうそろそろ写真は終わりだろ。元の位置に返してきなさい」
唯の目が、ギラッと妖しく輝いた。
「マネージャー、何言ってるのさ。ここからが本番じゃん」
もともと智弘が、卒業アルバムを見られるのを拒んだのは、何も写真を見られたくないからではない。それは表向きである。
本来はその後に控える、卒業文集だ。
「唯! いや、唯さま! それだけはどうかカンベンしてもらえないでしょうか!」
必死に抵抗する。
「うわ、必死だね……一体何書いたの?」
「それを言いたくないから必死なんです……」
「ま、読めばわかることか」
唯がゆっくりとページをめくる。
「まっ、待って! 言う、言うからっ!」
できれば読まれたくない。智弘は必死にごまかすことにする。
「読まれるのは嫌で、言う分にはいいの?」
「まだそっちの方が、精神的ダメージは少ない気がしてな」
唯はアルバムを閉じ、顎で促した。
「……小さい頃、俺はアイドルになりたかったんだ」
「へぇ、マネージャーも?」
「ああ。でもこんな見てくれだし、叶わなかったけどな。それでも芸能界への関心は強かったから、今こうしてお前たちのマネージャーをさせてもらってるんだ」
「ふーん、そうなんだ……」
無表情でうなずきながら、唯は再びアルバムを開いた。
「おい、話しただろ! なんで開くんだよっ!」
「ゴメンね、マネージャー。どうやってマネージャーがSFPに入ったか、美樹さんから全部聞いてるんだ」
嘘はバレていた。もう読まれる事態を避ける術はない。
「ふんふん、マネージャー、バスケやってたんだ。背低かったのにね」
「ああ……」
「NBA選手になりたかったんだ」
「ああ……」
智弘にとっては、情けなくて、あまり思い出したくないことである。
「中学校ではどうだったの?」
「……2週間で、バスケ部辞めちゃったよ」
「ふーん、どうして? 怪我でもしたの?」
「……………………練習が、キツくて」
「…………」
無言でアルバムを閉じた。
「……なんか、ゴメンね。聞かなきゃよかったよ」
「だから辞めろって言ったのに……」
唯はアルバムを本棚に戻した。
「疲れちゃったな。マネージャー、何か飲み物ない?」
「冷蔵庫にあるヤツでよければ適当にどうぞ……」
冷蔵庫に向かい、中を物色し始める。
「あ、このジュースもらうね」
そう言ってゴクゴクと口をつける。
「あー、おいしい。マネージャーも飲む?」
「この縛られた状態でどうやって?」
「こうやって」
缶の中身を口に含み、その顔を智弘のソレに近付けてくる。
そしてゆっくりと触れる、唇と唇。
「…………っ!」
口移しで液体を流し込み、最後には舌まで押し込まれた。
「えへへ……どう?」
妖艶に微笑む。
「お前、これ、酒じゃねーか!」
彼女がジュースと言ったものは、チューハイだったようだ。
「どう、マネージャー? おいしかった?」
「え、いや、あ、おま……え?」
「ボクは……おいしかったよ?」
その台詞に、二人揃って顔を赤くしてしまう。酒のせいだけではない。