三雲岳人作品でエロパロat EROPARO
三雲岳人作品でエロパロ - 暇つぶし2ch83:名無しさん@ピンキー
07/02/28 22:48:31 vLqxjpkP
ここって現状、何人居るの?おれは>>63の操緒が読みたいんだけどな。てか絵師さんは?

>>81
おれロリは趣味じゃないんだ。ってなわけでひかり先輩。

>>82
杏ねえ……。んじゃ考えるのが楽だからこっちからはじめるか。


しかし明日も仕事あるから今日はさっさと寝る。二十四時間ほど待て。

84:名無しさん@ピンキー
07/02/28 23:48:00 /LAaqH0y
絵師はいないんじゃないだろうか…

85:名無しさん@ピンキー
07/03/01 00:16:24 Fp8mDMZr
>>83
ガンガレ。俺は応援してる。
どうでもいいけどこのスレって朱浬の名前あんまし出てないな・・・。

86:63
07/03/01 01:54:51 wWO3jBsv
>>83
>>59で述べたようにニアだったりする。
書き途中で自分のvocabularyのなさに絶望

ひかり先輩期待

87:名無しさん@ピンキー
07/03/03 09:12:55 no8iNw4D
どうもウチの射影体にノイズがちらつくなと思って病院に行ったら
インフルエンザと診断された。すまんが杏、及びひかり先輩の話は暫らく待ってくれ。
構想は両者ともに八割方終わってる。すまん。

88:名無しさん@ピンキー
07/03/03 17:08:24 Jnlr2dBM
射影体ウラヤマシス(´・ω・`)
いつでも待ってるから早く体治すんだ。お大事に。

89:名無しさん@ピンキー
07/03/07 22:40:04 fi8bmYsz
待たせてすまなかった。今回は控え目に仕上げたつもりだ。






 僕は紆余曲折の末に、杏と結婚して、同時に実家である大原酒店を継ぐことになった。周りからは羨ましがられたり文句を言われたりしたが関係無い。今回のことは僕が自分で選んだ事だ。
「杏。愛してるよ」
 呟いた僕の瞳は杏を見ていた。
「あたしもだよ。トモ」
 呟いた杏の瞳は僕を見ていた。
「手を離さないでね」
 杏がそう言って繋いだ手を強く握ると、僕は黙って握り返した。暗闇の中、月明かりだけが二人の体を明るく照らす。お互いに微笑を交わす。
 僕は杏の首筋にキスを落とす。
「ちょっと……そんなとこに痕つけないで……見えちゃう」
「新婚だから、当然当然」
 鎖骨にもキスマークをつける。
「ん、もう! くすぐったい」
 キスマークをつけることに夢中になってる僕の頭を杏は叩いた。
「なんだよ」
「なんでそんなに痕ばっかつけるのよ!」
 その問いに僕はにやりと笑って、
「杏は僕のって証拠だよ」
 そう答える。それを聞いて、杏も僕の首筋にキスをする。
「そんな証拠なくたって、あたしはトモのなんだけどなぁ」
「そう言いながら杏だって僕に痕つけたじゃん」
 僕の首筋には杏の首筋と同く赤く鬱血した部分ができた。
「おかえし」
「この、やったな~!」
 僕は杏に抱きつき、パジャマのボタンに手をかけた。
「きゃぁ、こら、んもう、トモ!」
 怒っているが杏は楽しそうに笑っている。僕はこの笑顔を護りたかったのだ。それが今傍に居る。それだけで僕は嬉しくて。
「ここにもつけとこっかな。」
 そう言って胸元にもキスマークをつけた。
「やん、もう~トモばっかりずるい! あたしも」
 杏も僕のパジャマを脱がし、同じく胸元にキスマークをつけた。
 僕は昔は小さかったが今では立派に成熟した杏の豊かな乳房を掴み、そっと揉んだ。
「ん……」
 杏の切ない吐息が聞こえる。
「杏、可愛いよ」
 そう言って乳首を吸い始めた。
「んんん!」
 じれったそうに身悶えする杏。
「ここもキスマークって残るかな?」
 そう言った僕の頭に杏の拳が降ってきた。
「馬鹿なこと言わないでよ!」
「僕、けっこう本気だけど?」
 本当に真面目な顔で言われて、杏はハーっと溜息をついてしまった。
「そうだ、下のほうにもキスマークを……」
「え? ちょっと、トモ?」

90:名無しさん@ピンキー
07/03/07 22:41:00 fi8bmYsz
 杏が慌てている間に僕は彼女のパジャマのズボンを脱がせて、太ももにもキスマークをつけた。
「もう、そんな所まで……」
「杏のパンツ、もうグショグショ。脱がせていい?」
 答えが返る前に僕はスルリとパンツを脱がせた。
「あ……だめ!」
 杏の口から制止の言葉が出る。たぶん反射的に出た言葉だろう。
「本当にダメ?」
 杏の太ももの間から顔を出し、僕は聞く。彼女の顔は見る見るうちに赤くなり、僕を睨んだ。
「意地悪」
 そんな杏を見て、僕は優しく微笑み、頭を撫でた。
「そんな目で見るなよ。ごめん」
 恨みがましそうな顔で杏は僕を見つめる。
「本当に悪いと思うならキスして」
 握り合った手をギュッともっと強く握って、僕は杏の唇を奪った。
「なぁ、もうそろそろ……我慢できない」
 僕は握っていない方の手で杏の手を握り、自分の憤りに触れさせた。
「うん、いいよ。あたしも我慢できないから」


91:名無しさん@ピンキー
07/03/07 22:42:00 fi8bmYsz
 すでにかなり濡れていた杏の内部に僕が進入することは容易かった。
「あっあぁぁあ! トモがぁ……」
 ビクンと体を震わせ、杏は僕にすがりつく。
「杏の中……気持ちいいよ」
 大きく腰を振り、杏も僕の動きに合わせた。
「あっああぁぁん! いいよぉ、トモぉ!」
「杏、いつもよりもなんか……あ…感じてる?」
 杏は唇を引き結び、潤んだ瞳でコクコクと頷いた。
「なんか…僕も……今日はすっごく……」
 僕も呼吸を荒くし、快楽を追いかけて激しく動いた。
「あっ! あたしも・・・いやぁ! イッちゃうぅん!」
「ぼ……僕も……杏……好きだ」
「あたしもぉ……」
 僕達は一気に頂点を登りつめた。
 荒い呼吸を整えながら、僕達はしばらく止まっていた。
「トモぉ・・・。」
 杏が切なそうな声で僕を呼ぶ。僕は強く杏を抱きしめた。
「好きだ」
 僕の言葉に杏も頷く。
「トモ……、もっかいしよ?」





『トモ、そろそろ起きなよ』
 頭上から聞き馴染んだ声が降ってくる。操緒の声だ。
 ――夢か。でも、ああいうのも悪くないか。夢を見て、それを叶えたいと思うのは自然な事だし。
 意識を切り替えてベッドを出る。期末試験の初日だ。頑張ろう。




92:名無しさん@ピンキー
07/03/07 22:48:40 fi8bmYsz
以上。ひかり先輩はもう暫らく待って欲しい。以外と難産だ。

>>86
知恵と勇気だ。世の中それでどうにかなる。おれの経験上だがな。

>>85に言われて気付く。最初のやつ操緒じゃなくて朱浬さんでやればよかった。うん、ミスだな。需要が出て来れば書くけど。多分。


93:名無しさん@ピンキー
07/03/08 00:58:49 hmuJBq/g
職人さんの体に支障が無い程度に朱浬姉さん期待。

94:名無しさん@ピンキー
07/03/08 17:27:42 frV6glpj
ランブルの、沙樹が溺れたまりあをラブホで休ませるシーンで、エロ書いてくれる人いないかな

95:名無しさん@ピンキー
07/03/09 20:11:27 Bhc6Gdl3
ラブホのベッドで抱き合ってた時のやつか
アレ読んだときは驚いたな
サキの野郎、まりあとまでフラグ立てかYO!って

96:名無しさん@ピンキー
07/03/12 17:04:23 m6lPi0d3
  _  ∩
( ゚∀゚)彡 朱浬!朱浬!
 ⊂彡

97:名無しさん@ピンキー
07/03/12 19:12:47 qhhhZ+yA
まりあとネルでレズ…

いや、すまん

98:名無しさん@ピンキー
07/03/14 00:05:17 3Q+Seiqc
しかも以外にまりあがタチ!

99:名無しさん@ピンキー
07/03/14 16:58:11 uNNvJ0AC
なつみさんを襲おうぜ

100:名無しさん@ピンキー
07/03/17 19:23:55 OlImkdmd
100なら朱浬姉ゲトー

101:名無しさん@ピンキー
07/03/23 16:18:06 +Rn7/9lH
保守

102:名無しさん@ピンキー
07/03/25 23:50:35 mkQUP+vH
過疎

103:名無しさん@ピンキー
07/03/28 23:32:57 lfHUGFDM
保守

104:名無しさん@ピンキー
07/04/01 23:53:56 rbgOEBOp
無駄と分かりつつも波乃ちゃん期待して保守

105:名無しさん@ピンキー
07/04/02 11:52:44 55ryAiyI
俺はむしろ香澄を期待している。

106:名無しさん@ピンキー
07/04/04 01:08:09 mrgYP7Kb
スラクラの新刊情報を見て、>>33の続編?とか思った俺―――。
ひかり先輩まだ?

107:名無しさん@ピンキー
07/04/04 22:26:16 co7ZzbV8
朱浬姉マダー

108:名無しさん@ピンキー
07/04/07 20:42:24 IlE5o8Hh
保守

109:名無しさん@ピンキー
07/04/19 22:24:23 JzHNpUqP
朱浬さん期待で保守

110:名無しさん@ピンキー
07/04/21 20:28:41 qo6rrLoI
syuriage

111:名無しさん@ピンキー
07/04/27 22:57:30 ueJgc3KL
朱浬朱浬言ってた奴もとうとう来なくなったな。

112:名無しさん@ピンキー
07/05/09 17:43:45 Tv4phoAV
新刊ネタ期待保守

113:名無しさん@ピンキー
07/05/10 21:28:06 N0NmWGNp
新刊発売記念あげ

114:名無しさん@ピンキー
07/05/12 00:47:36 98BFvk4R
>>112
新刊ネタというと、消えかけた操緒と魔力切れで弱った奏の両方を救う為、とうとう契約に踏み切る智春とかですか。


115:名無しさん@ピンキー
07/05/12 00:58:48 WezGZjnb
>114
そうそうソレソレ
職人さん降臨待ちしかできない我が身がウラメシイ

116:名無しさん@ピンキー
07/05/12 01:59:51 dyMur+vB
あのさ、哀音消滅のくだりで泣いてしまった俺ってアウトか?

117:名無しさん@ピンキー
07/05/12 17:05:32 8aSJ37Fr
>>116
泣いたっていうか目が潤んだ程度ならここに。

118:名無しさん@ピンキー
07/05/17 23:48:34 v6/vdVig
プラグインが実は悪魔と契約しなくともドーターを作り出せる便利な道具だったとかはないだろうか。
もちろん使用法はエロスな方向で。

119:名無しさん@ピンキー
07/05/30 07:06:15 IGd2PQWF
hosyu

120:名無しさん@ピンキー
07/06/03 13:39:06 mrX1Imvv
>>118
なるほど、だからあんな形だったわけだ。

121:名無しさん@ピンキー
07/06/09 20:51:04 9S9tBDjE
いまさらにもほどがあるけど、スレタイ岳人じゃなくて岳斗だよな
今気づいたわ

122:名無しさん@ピンキー
07/06/10 20:19:03 +PqUy1eb
だな。しっかしSSこないな

123:名無しさん@ピンキー
07/06/17 22:41:37 BXRSLRDb
保守

124:名無しさん@ピンキー
07/06/29 21:09:25 v1QBJnhN
hosu

125:名無しさん@ピンキー
07/07/04 22:34:09 EbkmZq6X
HOS

126:名無しさん@ピンキー
07/07/13 07:12:10 jfnH5+vG
hosu

127:名無しさん@ピンキー
07/07/19 23:08:00 IPzjGy19
人が居ないな・・・・・・

128:名無しさん@ピンキー
07/07/22 14:34:04 ZNbM0+Gq
ワイヤレスハートチャイルドのなつみさんでエロは書けんものか…
流石にそういう機能はないか?

129:名無しさん@ピンキー
07/07/28 19:51:12 PvCOxGSw
保守

130:名無しさん@ピンキー
07/08/06 21:22:42 NieZmQYa
hosyu

131:名無しさん@ピンキー
07/08/12 18:13:33 YLLEeDwj
新刊出たのに、新刊についての話題も出ないな…


132:名無しさん@ピンキー
07/08/12 21:53:55 VhXdm/nq
7巻のときもそうだったしな。もう終わりか?

133:名無しさん@ピンキー
07/08/24 10:19:46 YVcP4JEA
氷羽子×トモハルが好きなのは俺だけ?

134:名無しさん@ピンキー
07/09/08 23:24:11 F2wwbIbj
保守

135:名無しさん@ピンキー
07/09/09 07:21:41 z34U9ICQ
このスレ、まだあったのか……

136:名無しさん@ピンキー
07/09/15 23:57:19 fAZvMF0N
保守

137:名無しさん@ピンキー
07/09/23 04:54:48 YoHf0TT8
まだ残ってたか。
存外しぶとい。

138:名無しさん@ピンキー
07/10/05 01:08:23 6e1I5Cyo
mudatosiritutumoHOS

139:名無しさん@ピンキー
07/10/13 21:58:32 y4AcNADm
佐伯妹が好きなやつは最後の電撃HP買っとけ。


脱 い で る ぞ

140:名無しさん@ピンキー
07/11/05 01:31:58 a7JHxUbe
ネタはあるんだが使い魔の詳しい設定がイマイチわからないから書けない
ぶっちゃけ使い魔はヤったら即生まれる?それとも人間と一緒で十月十日?生まれてくるときは玉子?

141:名無しさん@ピンキー
07/11/05 07:54:52 VR4RrRc7
>>140
逆に考えるんだ。
「公式設定がわからないなら自分の好きなように書ける」と考えるんだ。

142:名無しさん@ピンキー
07/11/08 23:15:06 YSGLUKzz
でもそれで違った設定が後から来ると非常に萎える

143:名無しさん@ピンキー
07/11/13 00:57:44 uyA15VHC
もしくは開き直ってそのまま続投。

144:名無しさん@ピンキー
07/11/27 23:46:46 fT6jlI3r
保守

145:名無しさん@ピンキー
07/12/12 00:04:50 y7V8ac0a
新刊出ているのになんという…

146:名無しさん@ピンキー
07/12/12 22:00:00 exvBTpMG
書きたいし、智春×嵩月でだいたいのイメージもできてるんだけど
いかんせん初のエロパロで・・・難しい・・・・・・
実際に書いてる人すごいと思うわ

明日新刊買うつもりだから、それ読んでチャージしてみる

147:名無しさん@ピンキー
07/12/13 02:27:49 OEdacNeD
あらためて一通り読み返していたら、このところの朱浬さんの
戦線離脱っぷりに泣けてきたので、勝手に補完。
…デモ済マナイえろハ書ケナインダ… orz

148:化学準備室にて 1/2
07/12/13 02:28:20 OEdacNeD

 ふと時計に目をやると、いつの間にか三十分も経っていたので、黒崎朱浬は少しびっくりして目を瞬かせた。ほんの数分間だと思っていたのに、半分以上機械の体が客観時間と主観時間のずれを経験するなど、ひどく珍しい。
 もっとも、今の朱浬にとっては全く気にならなかったが。
(まあ、たまには。ね)
 視線を元に戻す。その先には、机の上につっぷして穏やかな寝息をたてている少年が一人。小春日和の午後の化学準備室における閑かなひとこまだった。
 それもめったにないことに、朱浬と少年の二人きりなのである。いつもなら少年の周囲には他に何人も(主として女の子たちが)いて賑やか極まりないのだが、どういうわけだか今日は、化学準備室を訪れた朱浬の目の前で、少年はたった一人で眠りこけていた。
 常に少年の傍らに寄り添っている射影体の少女の姿さえ、今は見えない。まあ、副葬処女は演操者の脳機能に依存した存在だから、演操者が眠っている間は現れないとしても不思議はないのだが。
 そんなわけで、朱浬は少年の向かい側に腰を下ろし、この得難い機会を存分に愉しむことにしたのだった。
(しっかし、よく寝るわねえ)
 それも、他人にまじまじと寝顔を見られながら。自分なら絶対に目を覚ましてしまうだろう、と思う。こんなに暢気で無防備な寝姿など他人の前にさらしていたら、命がいくつあっても足りないからだ。それにひきかえ、
(さすがトモハルね)
 朱浬は頬杖を突いたまま、妙に納得した。この安気さこそが、夏目智春だと思う。
 高校生男子にしてはやや幼さの残る、やさしげな面立ち。つい指をからめてみたくなる、柔らかそうな髪。少しだけ口を開けて眠っている今は、尚更あどけなさが目立つ。
 まあ、起きていたって別段、きりりと様変わりするわけでもない。ぱっと見は昼行灯そのもの、大体において影が薄くヘタレで気弱で頼りなく、煮え切らない態度と薄らぼんやりした笑顔と役にも立たない愚痴っぽさが身上の男の子なのだ。
 そして黒崎朱浬は、そんな夏目智春抜きの世界など、今や想像もできないのだった。

「トモハル。知ってる?」
 いつも一杯一杯だったのよ、と後半部分は口の中で囁きながら、朱浬は目を細める。
 あの事故の後、半身不随の状態で意識を取り戻したときから。夏目直貴の手によって、半ば機巧魔神と化した体になったときから。事故で行方不明になったはずの、双子の姉妹の運命を知ったときから。失ったものを取り戻すため、王立科学狂会に身を投じたときから。
 黒崎朱浬は、かけらほどの余裕もなく生き急いできたのだった。焦燥も不安も恐怖も怒りも、全てをおっとりした笑みと漆黒のコートの裏にくるみ込んで。
(まあ、今だって同じなんだけどね)
 朱浬は苦笑した。望んだものを何一つまだ手にしていない以上、何も変わりはしない。変わるはずもない。そのはずなのに。
(不思議ね)
 智春と出会ってから、全てが変わってしまったように思えるのだ。
 ふと気付くと、智春をからかいながら屈託なく笑っている自分がいた。ごく自然に智春と触れ合って安らいでいる自分がいた。夏目ともはという少女にお化粧をしてあげるのに純粋に熱中している自分がいた。
 そして、夏目智春が傷付くとき、鋭い痛みを覚える自分がいた。
 他人のことなど、どうでもいいはずだったのに。自分の願いをかなえるためなら、何者を犠牲にしても顧みないはずだったのに。
「ひどい女だよねー」
 他人事のように、呟いてみる。
(じっさい、ひどい先輩だって思ってるわよね、トモハルも)
 それはそうだろう。とんでもない厄介ごとに巻き込み、いやというほど危険な目に遭わせ、きわめて重要な真実を隠して教えなかった。その結果、智春が傷付くであろうことは十二分に予想した上でのことだったし、実際にそのとおりになった。
 数多くの必然といくつかの偶然が重なった挙げ句のこととはいえ、そもそも最初に智春の手を引いたのが自分であることを忘れてはいない。忘れることなどできない。
 だが、後悔はしないと決めた。これからも、必要なら躊躇いはすまいと思い切った。たとえ智春がどれほど傷付き苦しもうとも、ここで逃げ出せばもっと過酷な運命が待っているだけなのだから。
 そして、暗い顔をしていても何の役にも立たないから、せめてあっけらかんと笑っていようとも決心した。うまくやりおおせている自信など、いささかもないが。
 非道い話だ。実に非道い。
「ねえ。恨んでる?」
 同じように机の上につっぷし、上目づかいに少年の寝顔を眺めつつ、訊いてみる。答えは、容易に想像できた。そりゃ恨んでますよ、と智春は言うだろう。仕方なさそうに笑いながら。


149:化学準備室にて 2/2+1
07/12/13 02:54:37 OEdacNeD

 夏目智春は、全てのものをあるがままに受け入れて、ごく当たり前に揺るがない。次々に襲い来る非日常に振り回されっぱなしのようでいて、その視線は、真に大切なものを決して見失わない。
 だから、その周囲ではあらゆるものが当然のようにところを得て存在する。機巧魔神も射影体も、家族もクラスメイトも、悪魔も使い魔も、生徒会も部活動も、総てが同心円の中に丸く収まってしまう。鬼っ子の黒崎朱浬でさえ、いたずら好きの我が儘な先輩でいられる。
(しっかし)
 智春を取り巻く人々を思い浮かべて、朱浬の表情が微妙にひきつった。
(妙に女の子が多いわよね。それも綺麗どころばっか)
 幼馴染みの美少女幽霊。極上和風美人の同級生悪魔。異国の幼い天才魔女。ウサギみたいに可愛い上級生悪魔。他にも確か、第一生徒会会長の美形の妹だの、元気のいい魅力的なクラスメイトだの。ひけを取るつもりはさらさらないが、気にならないと言ったら嘘になる。
「そこんとこ、どうなのよ」
 手を伸ばし、智春の目を覚まさせないよう細心の注意を払いながら、その頬を指先で軽く突っついてみる。その存外に柔らかい感触を楽しみながら、朱浬はそっとため息をついた。
 分かっている。彼女たちも、自分と同じなのだ。惚れたはれたとかいう以前の、切実な想い。いわば、智春こそが、自分たちを世界につなぎ止めてくれるよすがであるかのような。智春の傍らこそが、求めてやまない安住の地であるかのような。
 自分自身、この気違いじみた二巡目の世界で正気を失わずにいられるのは、智春がいてくれるからだろう、と朱浬は思う。智春と一緒ならば、いつか目的を果たすまで、しっかり自分の足で立っていられそうに思えるのだ。
 そう。自分たちはそれでいい。
 だが。夏目智春にとっては、どうなのだろう。
(トモハルは…どこまで耐えられるのかしら)
 智春は決して、操緒を見捨てたりしない。奏の手を離したりしない。近しい者の誰をも諦めたりしない。
 その代わりに、自らの心と体を削るだろう。周囲の誰も癒すことのできない深い傷を、その精神と肉体に負うだろう。
 そんな智春を支え切る自信など、朱浬にはなかった。苦悶する智春を直視することすら、心弱い自分には能わないのではないか。己の望みすら叶えられない非力な自分に、何ができるというのだろう。
 その時は、最も近くで直接手を差し伸べられる操緒や奏でさえ、結局は力及ばないのかもしれないのだ。いやそれどころか、彼女たち自身が今や、智春を切り刻む刃の一部でもあった。その救いの無さに、朱浬の心は凍り付く。


150:化学準備室にて 3/2+1
07/12/13 02:55:50 OEdacNeD

「ダメな先輩かもね。あたし」
 免罪符になどならないことは承知の上で、自虐的に呟いてみる。不意に襲ってきた身震いは、罪悪感や絶望のせいなどではなく、寒さの故だと思いこむことにした。上体を起こし、両腕で自らを抱きしめる。しかしそれにしても、
(本当に冷えてきたわね)
 実際、いつの間にやら、窓の影が部屋の中に長く伸びていた。今更のように、手足の先が冷え込んでいることに気付く。朱浬は立ち上がり、少し考えてから、徐に智春に歩み寄った。自分のコートを脱ぐと、智春の上にそっと掛ける。
「ゴメンねトモハル。こんなもんで許してよ。今のところはさ」
 目を伏せ気味に、智春の平和な寝顔をじっと見つめるうちに、だが黒崎朱浬は唇を噛んだ。
(そうね。何もできないなんて、今決めることじゃないわね)
 そう簡単に諦めては、女が廃る。借りを作りっぱなしというのも、寝覚めが悪い。
 この頼りない少年が全てを引き受けて怯まないというのなら、自分もその側で、何かの役に立ちたい。黒崎朱浬という存在を、少年の中に僅かでも留めておきたい。こんな自分にだって、大事なものを守る力が少しくらいはあると、信じたい。
 大切なものを大切だとおおっぴらに認めることもできないなんて、悔しいではないか。黒崎朱浬は、そんな奥ゆかしくもしおらしい女ではないはずなのだから。
 だからとりあえず、朱浬は身をかがめ、智春の頬に唇を寄せた。
「あー……」
 唐突に背後から声がした。だが、朱浬はそのままの姿勢でしばらく動かず、それからゆっくりと背を伸ばして振り向く。朱浬をしても引け目を感じさせるほどにとんでもない美少女の後輩が、戸口のところでまん丸に目を見開いて立ち尽くしていた。
「あら、奏っちゃん。どしたの?」
「あの……日直のお仕事が長引いて……夏目くんとここで待ち合わせ……です」
「トモハルなら、ここで間抜けに寝こけてるわよ。たたき起こす?」
「えー……」
 奏の視線は戸惑いと疑念に満ちていて、朱浬には多少こそばゆい。
「んじゃ、後は任せるわね。そうそう、いいチャンスだから、トモハルに何しても構わないわよ。あたしが許可するわ」
「あー……その……はい……」
 困惑している割には穏やかならぬ返事をしてのけた奏を残して、朱浬は部屋の敷居を跨いだ。くすくす笑いながら、独りごちる。

 奏っちゃん。何してたんですかって、訊いてもいいのよ。そしたら、傍迷惑な先輩が、いたいけな後輩をからかってただけだって、言ってあげる。当分、そういうことにしといてあげる。
 だって、あなたもあたしも、トモハルだって、まだその先には進めないんだから。今はまだ。そうでしょ?

 そういえばコート、と朱浬は最後に思い出す。そして、悪戯っぽく笑った。あのままトモハルが着ていって、そのまま洗わずに返してくれないかしらね、と。それを身につけたら、いつもよりほんの少しだけ勇気が湧いてくるような気がするのにな、と。


151:名無しさん@ピンキー
07/12/13 02:57:18 OEdacNeD
投下終了。2分割だと何故だかエラーではじかれたので、
急遽3分割にした。スレがとっちらかってしまって申し訳ない。

152:名無しさん@ピンキー
07/12/13 07:06:08 otejkegu
まだ投下してくれる人がいるとは。コレを機にもっと活気付け。
GJ!

153:名無しさん@ピンキー
07/12/13 15:37:05 ax1x/vTr
>>151
乙です。非エロでも十分なんでまた頼んます。
つーか雑談でもしようぜ。シチュ妄想とかぶちまけていけばいいじゃない。

154:名無しさん@ピンキー
07/12/13 18:03:20 EamsxxMG
朱浬さんに萌えたGJ!
このあと奏がどうでたかとトモの反応が気になるww

155:名無しさん@ピンキー
07/12/18 03:00:33 /31BsT02
ひかり先輩×ともはさん、という微妙なカップリングをば投下。
申し訳ないが、やはりエロなし。
原作のひかり先輩はかなーりエロ要員だと思うのだが... orz
無駄に長いので、保守がわりにぽつぽつ投下予定。たぶん10回くらい。


156:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く ◆tsGpSwX8mo
07/12/18 03:01:03 /31BsT02

「夏目ともはちゃん、いらっしゃいますか?」

 そう言ってからすぐに、ついさっきの決意も忘れて、後悔した。電話口から流れ出てきたのが、それはそれは重たい沈黙だったから。思わず受話器にしがみついて、情けない声を出してしまう。
「……あの。あのっ。夏目くんっ? 聞いてますかっ?」
 息を詰めて待つことしばし、いかにもしぶしぶといった感じの声が返ってきた。
「……聞いてますよ」
「良かったあ……」
 どっと体から力が抜ける。ほんと、切られなくてよかった。ちょっと反省。
「……何の用ですか、ひかり先輩?」
 ふたたび聞こえた夏目くんの声からは、少し険しさが減っていた、ような気がした。私の必死さに免じてくれたのかもしれない。やっぱり夏目くんは、優しい。
「あ、あのね」
 もういっぺん勇気を出して用件に移ろうとしたときに、ふと大事なことに気が付いた。夏目くん、もしかして。
「……どうしたんですか」
 今度は、ちょっといぶかしげな声。私が感動のあまり、何も言葉を続けなかったからだ。慌てて、
「う、うん。ごめんなさい。でも夏目くん、声だけで私だって、分かるんですね」
「え……そりゃあ……」
 夏目くんは口ごもったけど、私は単純に嬉しかった。それって、夏目くんにとって私がまるきり赤の他人というわけじゃない、ってことだから。
「まあ……ひかり先輩と電話で話すのは初めてじゃないですし……」
 夏目くんはぶつぶつ言うけど、でもそんなの、何ヶ月も前だよ。声を憶えててくれたなんて、やっぱり嬉しい。
「え……と、そんなことより」
 あ、ごまかしたね夏目くん。
「何の用ですか?」
 一転して硬い声。警戒してるなあ。無理もないけど。私もぜんぶ知ってるわけじゃないけど、夏目くんはいろいろな人にいろいろと大変な目に合わされてるので、どんな時でもまず身構えるのがクセになっちゃってるみたい。
 私のせい……も、少しあるかなあ。でもあれは、悪いのは六夏ちゃんだったんだし、あのおかげで夏目くんと友だちになれたんだし、私としてはすごくいい思い出なんだけどな。夏目くんも水に流してくれたと思ってるんだけど。
 確かに、夏目くんにはよからぬ目的で近づいてくる人も多そうだから、気を付けた方がいいけど、私は大丈夫だよ。だって私のは、下心じゃなくって、乙女心っていうんだもん。
「え、ええと。あのですね」
 がんばれ私。
「お、お願いが、あるんです」
「お願い?」
 うわあ夏目くん、今あからさまに引いたね? 大丈夫だよう、そんな無理なお願いじゃないから。
「んと、その、あのですね、この週末、お買い物に行きたいな…なんて」
「はあ」
 少し拍子抜けした反応。よし。GO。
「ともはちゃんと、いっしょに」

157:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く ◆Mjk4PcAe16
07/12/18 03:02:18 /31BsT02

 夏目くん。そこで黙りこくったら、白状したも同然だよ。「ともはって、誰ですか?」くらいに返さなきゃ。まあ、私が知ってるってことを夏目くんは知ってるし、私が知ってるってことを夏目くんが知ってるってことも私は知ってるから、いまさらだけど。
 夏目くんが立ち直る隙を与えないように、私はまくし立てる。
「あの、私、クリスマスプレゼントを買いに行きたいんです……ある男の子に、なんですけど」
「……」
「でも、男の子の好みってよく分からなくって、ちょっとアドバイスがほしいかなー、なんて」
「……」
「こういうこと頼める人、他にいないんです。だめ……ですか?」
「……それって、僕……でも、いいんですよね」
 うん。ほんとは、それが一番なんだけど。
「えっと……その、夏目くんといっしょにお買い物だと、周囲に誤解を招くというか……」
「……」
 夏目くんと私の関係は、微妙だ。学校の美化委員だとか、ファミレスのバイト仲間だとか、…その、演操者と悪魔だとか、そういったシチュエーションなら、お互いのポジションがはっきりしているから、割と自然に話したりできる。
 でも、全くのプライベートで週末にお出かけするのが当たり前、という間柄ではない。今のところは。残念だけど。
 もちろん、近いうちにそうなったらいいなあ、とは思う。けど今のところは、二人で歩いてるのを他の人たちに見られると、いろいろ支障がありそうな感じがする。
 夏目くんの周りにいる女の子たちの目もちょっと怖いし、だいいち六夏ちゃんなんか、また夏目くんと私を無理にくっつけようと暴走しかねない。悪気はない…はず、じゃないかしら、たぶん、と思うんだけど、それはできれば避けたい。
 というわけで思いついた名案が、ともはちゃんとのお出かけ、なのだった。これなら、ともはちゃんの正体を知る黒崎さんにさえ出くわさなければ、夏目くんといっしょにいても問題ないはず。操緒さんもいっしょなのがちょっとあれだけど、それはまあ仕方ないし。
 そうすれば、夏目くんと一杯おしゃべりしたりご飯を食べたりプレゼントを選んだり、それはもういろいろとできちゃうわけで。…えーと、こほん。で、もちろん、選んだプレゼントは後日しかるべき人に渡す、と。
 うん。我ながら、完璧な伏線と回収のストーリーだね。この流れなら、いくら鈍ちんの夏目くんでも、私の気持ちを分かってくれるはず。
「……はあ。そりゃ、その男の子に見られたくないのは、分かりますけど」
 え。ええっ? 今、なんて?
「でも、だからって……その、僕といっしょなのをその人に見られて、もし誤解が生じるなら、僕からきちんと説明してもいいわけで……」

158:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのさん
07/12/18 03:03:38 /31BsT02

 夏目くん。なんで、なんでそうなるのー!
 男の子って、夏目くんのことなんだってばっ。それが……いや、それを察してくれる夏目くんなら、そもそもこんな苦労はしないんだっけ……。
 それでも、まずい。私が他の男の子を好きだなんて誤解されたら、ただでさえ鈍い夏目くんにとって、私なんか完全に対象外になっちゃう。もしかして私、思いっきり墓穴を掘ったりしちゃった?
 完璧に脱力して気が遠くなりそうな私の耳に、夏目くんの言葉が続けて流れ込んでくる。
「だいたい、気になる男子がいるなら、直接その人に声をかければいいんですよ。ひかり先輩なら、大丈夫ですって」
 いやだから、今まさにそうしてるんだってば!
 なんか、だんだん腹が立ってきた。もう頭も混乱しきってしまって、どうしたらこの会話の流れを修正できるのかも分からない。
 ……こうなったら、奥の手を使うしかない。夏目くんが、悪いんだからね。
「……そうですか。ともはちゃん、だめですか……」
「あ、いや、それは……」
「また会いたかったんですよねー。残念です。六夏ちゃんとも、ときどき話すんですよ。ともはちゃん、どうしてるかなー、って」
「え」
「六夏ちゃん、ともはちゃんのこと結構気にしてるんですよね。また会ったら今度こそ決着付けてやる、とか言って。洛高の生徒らしいって聞いて、探したんですけど見つからなくって。私も、あんた何か知ってるでしょって、問いつめられたりしたんですけど」
「あのう先輩、もしかしてそれで何か……」
 夏目くんがおずおずと訊いてくるけど、構わずに続ける。
「六夏ちゃん、ともはちゃんには絶対何か裏がある、とかって。それを掴んだら、きっと何かお金儲けのタネになるに違いないって言い張るんです。全く、しょうがないですよねー」
「……」
「私も、ともはちゃんのこと、実はよく知らなくって。でも、六夏ちゃんも大事なお友だちだし。二人には、もっと仲良くなってもらいたいな、なんて思うんです。だから今度、ともはちゃんのこと、六夏ちゃんにちゃんと話して……」
「……いつ。どこ。ですか」
 あら夏目くん。そんな嗄れ声、初めて聞いたけど、大丈夫?
「え。何ですか」
「いつ、どこで、待ち合わせ、です、か」
「あの。ともはちゃん、お出かけ大丈夫なんですか?」
「ですから。いつ。どこで」
 さすがにそろそろ夏目くんの声が怖くなってきたので、待ち合わせの時間と場所を決めて、電話を切った。なんだか、ちょっとひっかかる成り行きになっちゃったけど、最低限の目的は達したから、とりあえずはよしとしよう。
 夏目くん、ちょっぴり強引なお誘いでごめんね。でも、きっと楽しいよ。うん。

159:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのさん
07/12/18 03:05:40 /31BsT02
今回はここまで。
最初の2つに変なトリップがついてるのは、ナンバリングを#1とか#2とか
したらこうなってしまっただけなので、気にしないでもらえると有り難い。

160:名無しさん@ピンキー
07/12/18 22:12:26 Bw2ffNkQ
ブラボー……おお、ブラボー!
次回が待ち遠しい

161:名無しさん@ピンキー
07/12/19 00:02:54 u7xHjU4K
空気読んでエロは自粛しようか。

162:名無しさん@ピンキー
07/12/19 01:19:48 SUb6+dRN
>>161
エロが書けない>>155当人としては、こんなのでお茶を濁している間に
エロが書ける真の職人さんの光臨を期待するものだったり。
非エロの流れを作りたいわけではない、ということで、よろしく。

163:名無しさん@ピンキー
07/12/20 20:52:55 v9D0mjuu
店頭で予約組…お前たちがNo1だ…

164:名無しさん@ピンキー
07/12/20 20:53:16 v9D0mjuu
すいません、誤爆しました

165:名無しさん@ピンキー
07/12/23 17:55:08 NxXdtuIY
>>154GJ!
続きが楽しみでありますが。

大丈夫、微妙じゃない。自分も智春×ひかり先輩のCPは好きだぜ。


166:165
07/12/23 18:52:46 TlFtP5yp

やはり自分も書いてしまいました。智春×ひかり先輩で。
エロ無しですが投下してみたいと思います。

167:幽霊憑キノ嘆キ
07/12/23 18:54:21 TlFtP5yp

 煙草を1本吸う毎に寿命が100日縮まる、という話を聞いた事がある。
 まぁ、煙草が人間に発ガン率を最低でも2倍以上にしているのは科学的に証明されているし、
 何よりも未成年の喫煙は成長に悪影響を及ぼし、発ガン率が更に高まる事まで解ってる。

 科学的には此処まで解っているので、頭の中でもそれを覚えている筈なのに。

 どうしても癖になって止められない僕がいる。

【幽霊憑キノ嘆キ-寿命が100日減る話-】


 アニアや樋口、嵩月がいないのはまだ解る。
 だが、朱浬さんまでいないのは珍しい事だった。
「何だ、誰もいないんだ」
 誰もいない化学準備室。
 換気扇を回し、椅子を近くまで引き寄せる。
 机に伏して眠ってしまうのもいいだろうが、腕が痺れる事が目に見えている。
 だとすると、誰もいない今のうちにしか出来ない事でもやるか。

 胸ポケットを探る。
『智春ッ』
 操緒が不機嫌そうな声をあげるが、それは無視。いつもの事だ。
 胸ポケットから出て来た煙草を1本、口に銜えて次はライターを探す。
 あった。ライターで火を点けようとして、手が―――止まる。
「……操緒、手を離してくれよ」
 スタビライザを手に入れて以来、操緒は時々僕の行動に干渉してくる。
 大抵は悪戯だったりするのだが、こういう時は困る。
『本当、智春って1人になったらすぐ煙草だよね。本当に美味しいの?』
「別に」
 そう答えて、操緒にあっち行けと手で払う。
 ようやく離してくれたので煙草に火を点け、少し吸い込む。
 毎日吸っている訳ではない。だが、最近明らかに煙草の量が増えた。

 その原因は無数に心当たりがあるのでいちいち数えていたらキリがないので数えない。
「……ふぅ……」
 少しだけ、落ち着く。一服するとはよく言ったものだ。
 本当は脳内の酸素が減るから落ち着いた気持ちになる、というのを中学の理科の教師が言っていた気がするけれど。
 それでも、これは気持ちの問題じゃないか、と思う時がある。

 この時に、化学準備室に近づいてきた足音に気付くまでは。



168:幽霊憑キノ嘆キ
07/12/23 18:55:26 TlFtP5yp

「失礼します……あの?」
 ノック無しで、いきなり扉が開く。顔を出したのは、ひかり先輩だった。
「あれ、ひかり先輩? 何か、用ですか?」
「え、ええ……夏目くんにって、夏目くん何やってるんですかっ!!!!?」
「……叫ばないで下さいよ、それに見れば解るじゃないですか」
「見れば解るって………」
 ひかり先輩は何故かわなわなと肩を揺らしながら僕の元へ近寄ると、僕の銜えていた煙草を口から引き抜いた。
「あの、まだ火をつけたばっかりなんですけど」
「そうじゃなくて! 何で、煙草なんて良くないものを吸ってるんですか!?」
 いちいち叫ばなくてもいいと思いますけど。
 僕が操緒を見上げた時、操緒は口だけで『ツケが回ったね』と言っていた。
 そう言えば、僕に喫煙癖があると知ってるのは樋口と操緒だけだったと思い出した。そうか、だから怒ってるのか。
 僕が勝手に納得している間にもひかり先輩はまだ怒っており、「ちょっと夏目くん聞いてるんですか!」と言ってきた。
「はい、聞いてます」
「確かに洛高は留年が多くて時に20歳越えてる生徒も稀にいますから喫煙するなって生徒手帳には書いてないですけど……だからと言って
 夏目くん、堂々と喫煙しちゃダメです! 未成年なんですよ!」
「いや、僕は入る前から吸ってましたけど」
 正確には中学2年の半ばだったか、そうだ、露崎が亡くなった辺りだっただろうか。
 自分の記憶なのに結構曖昧だ……大丈夫なのか、僕は?
「もっとよくありません! 何で操緒さんも注意しないの!」
『智春はね、注意しても聞かないの、これだけは』
 操緒、そんな事をベラベラ喋るんじゃないの。主に僕が苦労するんだぞ。
 僕はため息をつくと、2本目の煙草に火をつけた。
「ああ、もう! だから何でまた吸ってるんですか夏目くんは!」
 ひかり先輩は2本目の煙草も引っこ抜き、市原の机にあった灰皿で火を消した。
 消した所で、市原と僕は吸っている煙草の銘柄が違うので煙草を吸っていたとバレてしまうのだけれど。
「……………」
 一応、最近あまりお金がないのでこれ以上煙草を取られるのは危険だと判断し、僕は少しだけひかり先輩をジト眼で見てみる。
「あ、あの……夏目くん?」
 僕のジト眼に気付いたのか、ひかり先輩が少しだけ驚いた顔を見せた。
 面白いのでもうちょっと見ていよう。あ、眼に涙が浮かんできた。流石にそろそろ止めるか。
「いえ、別に」
 そう言って視線を明後日の方向に向けると、ひかり先輩は「そうですか」と答えてまた僕を見上げた。
「いいですか、夏目くん。すこに座って下さい」
「……は、はぁ」
 ひかり先輩は僕の前に座ると、「いいですか、夏目くん。そもそも未成年の喫煙が与える影響というのは……」と、まぁどっかの生徒
 指導の教師みたいな事を言い始めたのだがする事が無いので大人しく適当に聞き流す事にした。
 ちなみに操緒は『ちゃんと聞かないとね』と僕をじっと睨んでいた。視線が痛い。



169:幽霊憑キノ嘆キ
07/12/23 18:56:40 TlFtP5yp

「………そもそも、何で煙草なんて良くないものを始めたんですか?」
「……何時からだったかな……あんま覚えてないんですけど」
 僕がそう答えると、ひかり先輩は「私は真面目に聞いてるんですよ!」と言い放った。
 普段怒っている時のひかり先輩と大して変わらないので怖いとは思わなかったが、六夏先輩に伝わったらエラい事になりそうなので
 真面目に答えるしかないだろう。
「……何でだろう……始めた頃も色々あったけど、今でも色々あるし……」
 無意識に手がポケットに伸びていたので慌てて止める。1日3本は流石にヤバい。1月2箱までと決めているんだし。

「…………何となく、吸ってみたくて吸ってみたら抜け出せなくなったっていうか……そんな感じだと思いますけど」

 僕の発言に、ひかり先輩どころか操緒まで固まっていた。あれ、僕は地雷でも踏んだか?
「吸ってると気も落ち着くし……少なくとも、気付けぐらいにはなってるかなと」
「普通、そんな事は考えませんよ」
 ひかり先輩は呆れたようにため息をついた。
「………ところで、ひかり先輩は何の用で来たんですか?」
「あの……夏目くん……日曜日、空いてますか?」
 ひかり先輩が口を開く。
 幸いにしてその日はバイトも何も無い。
「ええ、空いてますけど」
「じゃあ決まりです。薬局に禁煙グッズを買いに行きませんか?」
 僕に禁煙しろというのですか。
 樋口が一時期同じような事をしていた気がしますが。
「その時に止めなかったんですか?」
「そりゃ、もう習慣でしたから」
 僕がそう答えると、ひかり先輩は急に身を乗りだした。
 僕の目と鼻の先。息が届く位の距離。

「……だったら、尚更です。夏目くんが煙草をやめれるように、頑張りましょう。ね?」

 しばらく、無言だった。
「…………どうして、そこまで?」
 僕がようやく口を開いた時、ひかり先輩は僕の鼻先を少しだけ撫でた。

「それだけ、夏目くんが心配だからですよ」

 そう言って、僕の頬に。少しだけ、唇が触れた。

 放課後の、僕達以外誰もいない化学準備室での話。



170:幽霊憑キノ嘆キ
07/12/23 18:57:43 TlFtP5yp

 4時限目の終了と共に、智春は凄い勢いで教室を飛びだしていく。
 それから遅れる事数秒、その人は顔を出した。
「樋口くん、夏目くんは何処に?」
「智春なら、3秒位前に外に行きましたよ。えーと、沙原先輩でしたっけ? いったい、何で昼休みや放課後の度に追いかけっこしてるん
 ですか、智春なんかと」
 俺がそう尋ねると、2年の沙原先輩は少しだけ微笑んで口を開いた。
「智春くんの健康の為です」
 その言葉に、嵩月と何故か佐伯が反応したがそれは無視。
「……健康って……ん?」
 俺には思い当たる節がある。まさか、沙原先輩。

「あいつを禁煙させるには相当な努力が必要ですよ……大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、夏目くんなら出来ます」
 沙原先輩は笑顔で頷くと、智春が逃げていった方向へと走り去っていった。
 やれやれ、ご苦労な事だ。
 俺がクラスメイトを振り返った時、そこには3人の鬼が立っていた。
「……樋口くん?」「ねぇ、樋口」「樋口、アンタちょっとこっち」
 嵩月、何か周りに炎が立ってないか?
 杏、お前が手にしているのは何だ? ハンマー投げ用のハンマーか?
 そして佐伯。お前……その6連装ガトリングガンは何処の備品だ? 生徒会か?
「「「ちょっと話を聞かせて」」」
 智春、お前……帰ってきたらマジで怨むぞ。



171:165
07/12/23 18:58:51 TlFtP5yp
投下完了。

智春がちょいとまともな思考をしてないってのは許してくれ。

172:名無しさん@ピンキー
07/12/23 22:25:45 4oLR3fLn
乙。てか某サイトの人だったりする?

173:名無しさん@ピンキー
07/12/24 18:52:49 zmmTfZ2U
>>165 やさぐれ智春もなかなかイイ雰囲気っす。
確かに、これくらいのガス抜きはしててもおかしくないね。

ひかり先輩×ともはさんの第2回を投下。
展開が遅い。二次創作なのに。一応、クリスマスシーズンの話なのに。 orz
この辺はゆるゆるっとお付き合いいただければ重畳。

174:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのよん
07/12/24 18:54:25 zmmTfZ2U

 土曜日のお昼前。待ち合わせ場所に着くと、ともはちゃんがもう来ているのが見えた。やっぱり、ちゃんと約束を守ってくれたんだ。最後の最後でやっぱり嫌だって言われるんじゃないかって心配だったから、とっても嬉しい。
 私が近づいていくと、その行く手を遮るように、知らない男の人がともはちゃんに近づいて話しかけた。あれ、もしかしてあれって、ナンパっていうの? ともはちゃんは迷惑そうに断ってるみたいだけど、男の人もしつこそう。
 えっとえっと、どうしよう? 私、ナンパなんてされたことないから、どうしたらいいか全然分かんない。六夏ちゃんがいてくれたら、あっという間に撃退してくれるんだけど。
 ついつい歩みがゆっくりになった私を、でも、ともはちゃんが見つけてくれた。男の人を無視して、手を振ってくる。それに勇気づけられて、ともはちゃんに走り寄ると、ぴたりと側に寄り添った。
「ともはちゃん。遅くなってごめんなさい」
「どういたしまして。あの、そういうわけで、連れが来たので、もう行きます。すみません」
 ともはちゃんのセリフの後半は、男の人に向けたもの。でも、男の人は私たち二人をじろじろ見ながら「あ、連れもいるの。オレぜーんぜん気にしないよ。かわいーじゃん。てか、3P? マジやべちょーラッキー」とか言って、引き下がろうとしない。
 嫌な感じ。あの、ところでともはちゃん。3Pって、何ですか?
「いや、それはどうでもいいですから先輩」
 ともはちゃんの頬がかすかにひきつってる。なんか、悪いこと訊いちゃったのかな。ともはちゃんは男の人に向き直ると、不機嫌きわまりないドスの利いた声で、
「いい加減にしてもらえませんか。しつこいと、大声出しますよ」
 ともはちゃん、かっこいい。男の人もちょっとひるんだみたいだけど、「いや、オレ、気の強い女だーい好き」とか、いやあな薄笑いを浮かべて、ともはちゃんの手を取ろうとした。
 そんなことさせない。と、思ったときにはもう、私はともはちゃんの腕にしがみついて、男の人からガードしてた。男の人をにらみつけて、叫ぶ。
「あの! 私たち、これからデートなんです! だからじゃましないで下さい! 行こ、ともはちゃん!」
 そうして、ともはちゃんの腕を引っ張るようにして歩き出した。それでも男の人が追っかけてくるんじゃないかって気が気じゃなかったけど、どうやら幸い、諦めてくれたみたい。角を曲がったところで、やっと歩調をゆるめた。

175:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのご
07/12/24 18:55:38 zmmTfZ2U

「ひかり先輩……」
 呻き声に視線を上げると、ともはちゃんの困惑しきった顔があった。私もいまごろになって震えがきて、ともはちゃんの腕にすがる。
「どど、どうしようかって、思いました……。ともはちゃん、大丈夫でしたか?」
「いやぼ……私はいいんですけど、先輩こそ」
 私はふるふると首を振る。
「うん。私も大丈夫。ともはちゃんといっしょだから、もう平気です」
「そ……うですか。いやしかし先輩……デートって……?」
「そう言うのが一番いいと思ったんですけど……迷惑でしたか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「よかったあ」
 私は全然問題ないと思うんだけど、ともはちゃんはまだ何か口の中でごにょごにょ言ってる。
「ひかり先輩、ちょっと性格変わってませんか……? それに、女同士でデートって……間違ってないか……? いやええと、この場合は正しいのか……? いやしかし」とか何とか聞こえたような気もするけど、気にしない気にしない。
 私は、ともはちゃんの手を引っ張りながら、くるりと身をひるがえして、ともはちゃんと正面から向き合った。
「ともはちゃん。ありがとうございます、来てくれて。嬉しいです」
 私がにっこり笑ってみせると、
「えっ……いやーその……」
 ともはちゃんは照れくさそうに、ちょっと目を伏せる。
 うーん。やっぱりともはちゃん、美人だなあ。男の人が寄ってきちゃうのも、分かるよ。綺麗な顔立ちに神秘的な表情が映えて、背が高くってスタイルが良くって、お化粧もファッションもばっちり決まってる。
 ……でも、その上にその胸は、さすがに反則じゃないかなあ。
「な……なにか……?」
 気付くと、ともはちゃんが、腕で胸をかばうようにして、身をよじってた。いけないいけない。羨ましくって、ついじろじろ見ちゃった。けど、その恥ずかしがる仕草の可愛さときたら、ちょっと犯罪的かも。できれば他の人には見せたくないなんて、思ってしまう。

176:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのろく
07/12/24 18:56:40 zmmTfZ2U

「さっ、行きましょうか」
 くいくい、と、ともはちゃんの手を軽くひっぱると、ともはちゃんは少しだけ首を傾けて、
「それで……このあとは、どんな予定で……」
「あ……そうですね」
 思わぬハプニングで、すっかり最初の段取りが狂っちゃったから、ちゃんと仕切り直さなきゃ。
「まずは、お願いしてたクリスマスプレゼントのお買い物をして……あの、お昼はお弁当を持ってきましたから、どこかでいっしょに食べましょうね。それでもし時間が余ったら、いろいろお店をのぞいたり、お茶とか……お礼に、おごりますから」
 できれば映画を観たり食事したり、もっとデートっぽいこともしてみたいんだけど、慌てない慌てない。今日のところは、あまり欲張らずに自然な流れでいくつもり。
「はあ」
 ともはちゃんはというと、いたって気のない返事だった。ちょっとめげたけど、気を取り直して、ともはちゃんを促していっしょに歩き始める。
 目的地は、専門店がたくさん入ってるショッピングビル。いろんなお店があって楽しめるし、屋外に出なくてすむから寒くない。午後いっぱいくらいは、十分に遊べるはず。
 そこで、ふと気になっていたことを思い出した。
「そういえば……操緒さんは?」
 夏目くんの幼なじみの、射影体の女の子。夏目くんからあまり離れられないはずなのに、さっきから姿が見えない。
「いますよ。その辺に。ぎりぎり遠くに行っててくれるよう、頼みました。操緒がぴったり側にいたら、分かりやす過ぎますから」
 そうなんだ。気を使わせちゃったかなあ。周りを見渡したけど、ちょっと見当たらない。そんな私を見たともはちゃんが、
「あそこですよ」
 指さした先に、確かに操緒さんがいた。メガネをかけて、髪型もちょっと大人っぽく結い上げてるから、ぱっと見で分からなかったのね。私の視線に気付いて、笑顔で軽く手を振ってくれる。良かった、怒ってないみたい。
 でもやっぱり、操緒さんが見てるんだ。分かってたけど、ちょっぴり残念。けど、まあ仕方のないことだし、操緒さんともちゃんと仲良くなりたいから、あとで人目の少ないところがあったら、操緒さんにも側に来てもらおうかな。
「あの……操緒さん、何か言ってましたか? 私とお出かけすること」
 私がたずねると、ともはちゃんはううっ……と押し黙り、しばらくしてから、長いため息をついた。
「いいんです。先輩が気にすることはありませんから」
 なーんか、そう言われるとすごく気になる。でも、ともはちゃんはそれ以上その話題に触れたくないみたいだったから、突っ込んで訊くのはやめておいた。
 操緒さんのお許しをもらうのに、そんなに苦労したのかな。操緒さんのご機嫌は悪くなさそうなんだけど。ともはちゃんも、大変だね。

177:名無しさん@ピンキー
07/12/24 18:57:28 zmmTfZ2U
今回はここまで。

178:名無しさん@ピンキー
07/12/24 22:02:23 2zHtPAqB
GJ!

179:名無しさん@ピンキー
07/12/24 22:30:40 IsUmop4s
なんというクリスマスプレゼント
GJ!

180:165
07/12/25 18:19:48 Hbn/qfBI
>>173氏GJ!
聖夜に素晴らしい作品ですね!
それと、レス、サンクスです!ちょっとやさぐれてる感じの智春もいいかなと。

>>172
某サイトの人って?
いや、すまん。単に気になっただけさ。



181:名無しさん@ピンキー
07/12/26 13:06:03 JZfXxHgt
>>180
や、アスラクラインのSS書いてるサイトがあるんだけど
そこの管理人かなーとか思っただけなんで気にせんでくれ

182:名無しさん@ピンキー
07/12/26 18:46:32 EgEtqTz6
なんか荒らしが沸いてるので保守age

183:名無しさん@ピンキー
07/12/26 20:09:29 JZfXxHgt
いちおう保守……と

184:165
07/12/27 22:31:54 9lpcM8PE
幽霊憑キノ嘆キの続きが出来たのだが。

すまん……このネタでどんどん妄想が膨らんでいくのだよ。
この続き、正直どんどん原作を逸脱していくのを許してくれ。

185:幽霊憑キノ嘆キ
07/12/27 22:32:52 9lpcM8PE

 昔思っていた事がある。
 僕がどうして生まれてきたのだろうと。
 優秀過ぎる兄も、のんびりすぎた母親も、顔も覚えていない父親も。
 僕の事をどう思っていたのか、知らないままだから。

【幽霊憑キノ嘆キ-世界で1番嫌いな人の話-】


「部長、火を持ってないですか?」
 化学準備室に入った僕が煙草をポケットから出しつつ、化学準備室で補習中の部長に声をかけた時、別の隅からため息が聞こえた。
「貴方、喫煙癖があるって本当だったの……?」
 振り向くと、橘高第3生徒会長がパイプ椅子に座ってため息をついていた。
 勿論、会長の視線の先には必死にプリントに取り組む部長の姿があった。
 その時になって部長はようやく僕の存在に気付いたのか、顔を上げてきた。
「おや、きみは何時来たんだ?」
「今です。そうだ、部長。火、持ってないですか? ひかり先輩にライターを取り上げられちゃって」
『後で100円ライターでも買いに行けばいいのに』
 上で操緒が無責任な事を言ってるがそれは無視。僕は今すぐ煙草を吸いたいのだし。
「……禁煙するとか考えないの?」
 数秒の沈黙の後、冬琉会長がため息をつきながら口を開いた。
「僕から煙草を取ったら操緒しか残りません」
「それは自慢するべき事じゃないでしょ」
 まぁ、確かにそうではあるが。
「生憎と僕はライターは持ってないな。嵩月に頼んだらどうだい?」
「ダメでしたよ。だって、煙草を出した瞬間に箱ごと灰にされましたから。お陰で1箱空けてないのに無くなりました」
「それはそれでキツいな」
「だから塔貴也も何で注意しないの!」
 どうやら冬琉会長の怒りが爆発したらしい。僕と部長は冬琉会長の機嫌が治るまでみっちりお説教を喰らう羽目になった。
 適当に聞き流したけど。

「近くの店で100円ライター売ってないのかい?」
 冬琉会長は業務があると言って生徒会室に帰った後、案の定プリントを投げ出した部長が再び口を開いた。
「いえ、売ってはいるんですけど取り上げられたジッポが使いやすいし」
『あれ、結構長く使ってたもんね』
 僕の頭上で操緒が呟く。
 そう言えばあのジッポは土琵湖や洛高地下遺跡で水没しても無事だった。エラいぞ、僕のジッポ。
 僕と部長がそんな事を話していると、ふと部長が口を開いた。
「……そう言えば、市原の机の中にライターあった気がするな……」
 このお陰でようやく僕は銜えたままの煙草に火をつける事が出来た。うん、これで良し。



186:幽霊憑キノ嘆キ
07/12/27 22:34:02 9lpcM8PE

 僕が2本目の煙草に火をつけた時、再び扉が開いて2人の人影が顔を出した。
「あ、夏目くん! ダメって言ったじゃないですか!」
「夏目くん、喫煙は良くないっスよ……」
 顔を出したひかり先輩は僕の煙草を口から引っこ抜き、真日和はその後を呆れ顔で歩いてきた。
 折角を火をつけたばかりなのに。まぁ、1本吸ったから良いけど。
「大体、ライター取り上げたのにどうして火をつけたんですか!」
「市原がヘビースモーカーだからです」
 僕の答えにひかり先輩はまたしても怒りに震え始めたが、僕は見ないようにして真日和を振り向いた。
「で、どうして2人が?」
「え? まぁ、別に大した用じゃないッス。なんか、夏目くん宛てに手紙がこの学校に来たんスよ」
「へ? 僕宛? 何で学校に?」
「さぁ? 家から転送されて来たみたいっスよ、ほら」
 真日和が指さす手紙の宛先は確かに実家で、実家から学校の化學部宛てになっていた。
 そう言えば、義父の方は僕の下宿先を知らなかった筈だ。ちょっと反省。
「誰からだろう」
 僕相手に手紙を送ってくる奴なんてそうそういないけど、そう思った時。

 僕は、差出人を見てギョッとした。
 差出人の名前は………。

『夏目ともは』

「……え? ともは、さん?」
 手元を覗き込んだひかり先輩が驚いた声をあげる。真日和はついていけてないらしく、首を傾げていたが。
 参った。これは、マズい。
「………何で……本物の夏目ともはから来るんだ……?」
 僕が思わず呟くと、頭上で操緒が変な声をあげた。
『へ? ともはって……』
「ああ、操緒は知らないんだっけ………あの頃はまだ生きてたからね、操緒は」
「あの、夏目ともは、さんって、実際、いるんですか?」
 ひかり先輩が首を傾げつつ聞いてくる。まぁ、確かにひかり先輩は僕の女装である夏目ともはを見破ったけど。
「いますよ。北海道に住んでる、従妹なんですけど」
 もっとも、夏目ともは本人は僕としては嫌いな人間ランキングのベスト10に入ってるのだが。
「……珍しいですね、夏目くんが人の事を嫌いって言うの」
 ひかり先輩が驚いたような目つきで僕を見て、真日和も「そうっスね」と頷く。
 まぁ、そりゃそうだろう。もっとも、僕の嫌いな人間ランキングの大半は夏目と名がつくのだが。
 それはどうでもいい事だけれど。
「いったい何の用なんだ……?」
 封を空け、手紙の中身を確認。
 その内容を読んで、僕は本当に頭を抱えたくなった。



187:幽霊憑キノ嘆キ
07/12/27 22:34:50 9lpcM8PE

 今日のバイトは確か、ともはさんと一緒。つまり、夏目くんが来るという事。
 最近の夏目くんは何か元気が無いし、煙草を止める気配も一向に無い。
 今日、一緒になったらまた煙草をやめるように伝えておいて下さいね、とでも言っておこうか。
 そう思った時だった。
「あれ、ひかり先輩?」
 背後から夏目くんの声が聞こえ、同時に私の脇に自転車が止まる。

 サドルに跨がって運転してるのは夏目くん。荷台に乗ってる……ともはさん。あれ?

「ほら、この人がひかり先輩」
 夏目くんが後ろに座るともはさんにそう促すと、ともはさんは「初めまして」と頷いた。
 それにしても、本当によく似ている。夏目くんがともはさんに女装しているのとそっくりで、ちょっと悔しいけど美人だ。
「この前、夏目くん、ともはさんは北海道に住んでるって……」
 私が気になっていた事を聞くと、夏目くんは困ったように口を開いた。
「都会に憧れてたから僕の所に住む事になったんですよ……ったく……」
 夏目くんがこんな風に嫌な顔をするのも珍しいが、ともはさんはあまり気にした様子じゃなかった。
「それじゃ、僕はバイトに行くから。後で迎えに来る」
「あ、うん……気を付けてね、智春くん」
「言われなくても。じゃ、ひかり先輩。また今度!」
 私とともはさんと凄い温度差だ。夏目くん、ともはさんの事をどうしてそんなに嫌っているのだろう。
 だけど、ともはさんに聞くのも悪い気がして、私はバイトの内容をともはさんに説明するだけに留まった。

 だけど、それでも気になってしまう。
 この前、夏目くんが言っていた言葉の1つ。嫌いな人ランキングの大半に、夏目という名が付くという事が。

『……智春』
「なんだよ、操緒?」
 僕が自転車を走らせていると、前かごに座る操緒が口を開いた。
『あのさ、何でともはさんの事、あんなに邪険に扱うの?』
「別に邪険じゃない」
 僕がそう答えると、操緒は『邪険じゃん』と言ってきた。
 まぁ、確かにそうかも知れない。だけどな……。
「操緒。僕と操緒が知りあったのは何時だっけ?」
『え? かなり昔。幼稚園の頃辺りかな? 操緒はそれ位からしか覚えてないんだけど』
「そうか………」
『智春?』
「いや、何でもないんだ」
 僕はそう答えると、少しだけ自転車の速度を上げる。
 操緒とは長い付き合いになる。そうか、そんな昔からいたのか。
「ありがとね、これからもだけど」
 僕はそう呟くと、片手で煙草を取りだし、火を点けた。
 いつもの、夕方での、出来事だった。



188:165
07/12/27 22:36:09 9lpcM8PE
投下完了。

すまん、これから先、前にも書いたが本当に本編からズレてくと思う……。
続きは新年明けか年越し直前になるかも。

189:名無しさん@ピンキー
07/12/27 23:01:37 N1AmdU/g
GJ
いいんじゃないかな。続き、待ってるよ。

190:名無しさん@ピンキー
07/12/29 23:29:57 4jlMJLBQ
age

191:名無しさん@ピンキー
07/12/30 03:53:22 wEb7ZGWt
嵩月のアナル物って既出かな?無かったら挑戦……いやなんでもない

192:名無しさん@ピンキー
07/12/30 04:43:52 6LRBIba8
     *      *
  *     +  大歓迎です
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *

193:名無しさん@ピンキー
07/12/30 23:20:20 pvi76xr4
おお、なんか人が増えてきた。自分は書けないけど(書けないから)エロい人プリーズ。
ともあれ、ひかり先輩×ともはさんの第3回。

194:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのなな
07/12/30 23:21:41 pvi76xr4

「プレゼントって、どんなのを考えてるんですか」
 ともはちゃんが訊いてきたのは、ショッピングビルの案内板の前。二人してどんなお店があるのかチェックしてたところだった。
「うーん……定番だと、マフラーとか手袋とかかなって考えてるんですけど……でなければ何か置物とか……ともはちゃんだったら、何がいいと思いますか?」
 さりげなく質問したけど、ここが今日の本題。どきどきしながら返事を待つ。
 ともはちゃんは、指先をおとがいに当てて、考え込んだ。どうでもいいけど、そのふるまいって、どこから見ても女の子以上に女の子らしいね。人って、意外な才能を持ってるものなんだなあ。グランクリユでもいい加減凄かったけど、いっそう磨きがかかってる感じ。
「ぼ……私だったら、もらえる物なら何でも嬉しいですけど」
 でも、返事はちょっと期待はずれ。ともはちゃん、それではちっとも参考になりません。少し攻め口を変えてみよう。
「ともはちゃんが、今までもらった中で一番嬉しかったものって、なんですか?」
「一番嬉しかったもの、ですか。うーん……」
 ともはちゃんが、目を閉じる。少し唐突な質問なのに、そんなに一生懸命考えてくれるなんて、やっぱり優しいね。などと思って見ていたら、どんどんと、ともはちゃんの表情が暗くなって、顔もうつむき加減になってきちゃった。
「ど……どうしました?」
 さすがに気になって訊いてみると、
「いや……その……これまでもらった物って全っ然ロクなものがなくて……プレゼントもらって幸せだった思い出がほとんどない自分ってどうなんだろう、ってちょっと哲学的な疑問が……」
「ええっ……でも、家族とか……操緒さんとか……」
「母親はそういうのあまり気にしない人で……兄はたまに何かくれたかと思うと、使い道がまるで分からなかったり、身に危険が及ぶようなものばっかりでしたし……操緒は、まあ……ちっちゃい頃に毛虫をくれたことがあったきりですかね……」
 話しながらも、どんどん声が小さく、くぐもっていってしまう。これは悪いことを訊いちゃったみたい。
「あ、あの……ご、ごめんなさい。変なこと訊いちゃって」
 ともはちゃんの腕に私の腕を絡めてあげる。それが少しは慰めになったのか、ともはちゃんは、なんとか弱々しい笑顔を見せてくれた。
「いえ、いいんです。こっちこそ、すみません。参考にならなくて」
「ううん。とっても、参考になりました」
「は?」
「私、がんばりますね」
「あ……そうですね。ひかり先輩からのプレゼントなら、きっと喜んでもらえますよ。その人が、ちょっと羨ましいかな」
 ともはちゃん、どうしてそこで人ががっくりするようなことを言うのかなあ。やっぱり、気付いてないんだね。
 でも、決めた。絶対ぜったい、ともはちゃんが喜んでくれる贈り物をあげよう。それを見て、ともはちゃんが嬉しそうに笑ってくれたら、私もきっと凄く幸せな気持ちになれるはず。
 私は、ともはちゃんの腕を胸にぎゅっと抱き寄せた。ともはちゃん、私がいるからね。
「えー……あのう先輩、あまりくっつかれると……」
 それなのに、ともはちゃんは何故だか体を引いて私から離れてしまう。残念。ともはちゃんにくっついてると、とっても安心できるのにな。あの地下迷路のときみたいに。

195:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのはち
07/12/30 23:22:52 pvi76xr4

 とりあえず、ともはちゃんへの聞き取り調査はうまくいかなかったので、紳士物のフロアを一巡することにした。ともはちゃんの目が留まったものを見逃さないよう、気合いを入れる。
 なのに、誤算が一つ。
「……しっかし、すごい人出ですねえ……」
 確かに、クリスマス前の週末だから、買い物のお客さんがすごく多い。その人たちのおかげで、ともはちゃんの視線の行く先を追いかけようとしても、背の低い私の視野がさえぎられてしまうのだ。
 それどころか、油断すると人混みの中でともはちゃんとはぐれてしまいかねない。ともはちゃんの手をしっかり握りしめて、離れないようにするのが精一杯。
 ともはちゃんも気を使ってくれて、人とぶつかりそうになる度に手を引いてくれたり、自分の体を入れて庇ってくれたり。やっぱり優しいなあ。
「あ……どこか、お店に入りましょうか。ちょっとは空いてるかもしれませんし」
「そ、そうですね」
 ともはちゃんが私を連れて入ったのは、メンズカジュアルのお店だった。そこにも沢山お客さんはいたけど、通路ほどではなくて、ようやく一息つく。少し余裕ができて周りを見回すと、なかなか趣味のよさそうなお店だった。さすが、ともはちゃん。
「ともはちゃん、こういうのが好みなんですか?」
「え……いや、たまたまで……」
 とか言いながら、ともはちゃんも結構興味がありそう。そのまま二人で手をつなぎながら、ぶらぶらと見て回る。でもね、ともはちゃん、その革ジャンはちょっと……きっと、着てくれたらカッコいいに違いないけど、私のお財布にはとっても優しくないかも……。
 ともはちゃんを、それとなくお手頃な小物のコーナーに誘導しようとした時、お店の入り口がざわついているのに気付いた。そちらを見ると、場違いな黒服の大柄な男の人たちが何人も強引に入ってきて、誰かを通そうとしてるみたいにスペースを確保しようとしていた。
「はた迷惑だなあ……」
 ともはちゃんが呟く。私もうなずこうとした時、背後からせっぱ詰まった声がした。
『トモっ……はちゃんっ』
 びっくりして振り向くと、操緒さんだった。えっ……離れてくれてるはずじゃなかったの? ともはちゃんもびっくりした顔で、
「操緒? なんだよ、離れてろって……」
『それどころじゃないよっ。あれ、あれっ』
 操緒さんが指さしたのは、黒服の男の人たちの方。あの人たちが何なんだろう、と思って見るうちに、男の人たちが確保した隙間を通って、カップルが現れた。遠目からでも分かるくらい、とっても美男美女の組み合わせだった。
 すごいなあ。世の中、ああいう人たちもいるんだ。などと感心して見ていると、
「げ……」
 横合いから、年頃の女の子らしからぬ呻き声がした。

196:名無しさん@ピンキー
07/12/30 23:23:23 pvi76xr4
今回はここまで。次回は年明け早々にでも。

197:名無しさん@ピンキー
07/12/31 21:13:11 FFiOWAlg
了解した。
今回もなかなかに面白い。おれも見習わないと。

198:名無しさん@ピンキー
08/01/02 00:30:07 Nj+5QbyD
新年あけましておめでとう。
このスレも人が増えてきたみたいでとてもうれしい。

199:名無しさん@ピンキー
08/01/03 01:23:50 OmS8HBau
あけましておめでとう。今年も色んなssや職人さんとの出会いがありますように。
とりあえず淡々とひかり先輩×ともはさんの第4回。

200:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのきゅう
08/01/03 01:24:58 OmS8HBau

「ともはちゃん?」
 そちらを見ると、みごとに青ざめて立ち尽くすともはちゃんがいた。なに、何なの?
「知ってる人……なんですか?」
 ともはちゃんは硬直したまま、答えてくれない。操緒さんに目を向けても、なんだかため息をついて首を振ってるばかり。どうしたんだろ。
 もう一度、入ってきたカップルに視線を戻した私は、男の人の方に見覚えがあることに気付いた。確か、あの人って、私たちと同じ洛高の二年生で、第一生徒会会長の、佐伯くん、じゃなかったっけ。いつもの制服じゃないから、分からなかった。
 その佐伯くんが、隣の女の子に話しかけるのが聞こえてくる。
「玲子、こんな店でいいのか」
「はい、お兄様。でも、付き合っていただかなくっても、よかったのに」
 あ、兄妹なんだ。道理で、どちらも美形揃いだと思った。
「ふむ。たまには、こういう庶民的な店を見てみるのも悪くない……が、もしやここで私へのプレゼントを探そうとしているわけではあるまいね」
「まさか。お兄様には、ちゃんと相応しいものを整えるよう命じてあります。……ただ、えっと、その……学校の、お友だちには、こういったところの品物の方がいいかな、って……」
「ふむ」
 なんだか知らないけどはにかんでいる妹さんと、それを見つめるお兄さん。微笑ましい光景だった。周囲のごつい黒服のおじさんたちは別にして、だけど。
「せ……先輩」
 一方こちらでは、ともはちゃんがようやっと復活して、私の肩に手をかけてきた。ともはちゃん、何だか手が震えてるよ?
「い……行きましょう。出ましょう。この店」
「え……」
 でも、まだほとんど何も見てないし、それに入り口のところはあの人たちがふさいでしまってるし、今のところは、ここにいた方がいいんじゃないかな。それより、あの二人の会話がちょっと気になって、つい耳を傾けてしまう。
「そうか。クラスメイトにか。まあ、確かに、手頃かもしれないな。しかし、男物ということは……」
「べべべ別に、深い意味はありませんっ。たまたま、たまたまですっ」
 女の子が赤くなって叫んだので、ぴんと来た。そっか、あの子も好きな相手へのプレゼントを選びに来てるんだ。私と同じだ。思わず親近感を覚える。
「そうか。そうだな。まあ、彼にはいろいろと世話にもなっているからな。感謝の気持ちを示しておくには、いい機会かもしれないな」
 含み笑いをしながらそう言う佐伯くんは、明らかに妹さんをからかっていて、
「かかか彼って、私、べべべ別にそんな……もうっ、お兄様ったらっ」
 妹さんは耳まで真っ赤になって、そっぽを向いた。その拍子に、視線がこちらに向く。
 そして、その目がまん丸に見開かれた。

201:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅう
08/01/03 01:26:10 OmS8HBau

『あちゃー……』
 嘆息したのは、操緒さんだ。私はといえば、訳も分からず、妹さんと見つめ合うばかりだった。
 いや、違った。妹さんが見つめていたのは私じゃなくて……ともはちゃん?
「どうしたんだ、玲子」
 佐伯くんが、妹さんの様子がおかしいのに気付いたのか、声をかける。そして妹さんの視線を追って、こちらに目を向けようとした、矢先。
 妹さんが、両手で、近くの商品棚を思いっきりなぎ倒した。と思うと、自分自身もその上に倒れ込む。派手な轟音とともに、セーターだのシャツだのが周囲に舞い飛んだ。え……ええっ、いったい、なんなの?
「玲子っ。大丈夫かっ」
 当然、佐伯くんが大慌てで妹さんを助け起こす。
「どうしたんだっ。怪我はないのかっ」
「ご……ごめんなさい。大丈夫です。ちょっとよろけてしまって」
 ええっ? 何それ? あれはどう見ても、わざとやったとしか見えなかったよ? どういうことなの?
「そ、そうか」
 あの、佐伯くんも、それで納得しちゃうの? 私、もう何がなんだかわけ分かんないよう。佐伯くんは妹さんの肩を抱き、駆け寄ってきたお店の人たちに向かって、
「ああ、妹が迷惑をかけて申し訳ない。散らかした品物は全てこちらで買い上げるので、許してくれたまえ。おい、お前たち」
 呆然とする店員さんたちの前で、黒服のおじさんたちがわらわらと立ち働いて、商品棚を元に戻し、床に落ちた衣類を荷物にまとめてしまった。リーダーらしい人が、クレジットカードか何かを出して支払いの話もしてるみたい。
「はー……」
 こっちは、ため息しか出ない。どういう人たちなんだろ、佐伯くん家って。首を傾げていると、いきなり横に引っ張られて、危うくこけそうになった。ともはちゃんが、生死の境をぎりぎりでくぐり抜けた人みたいな顔で、私の腕をつかんでる。
「と、ともはちゃん?」
「しいっ」
 鋭い声で黙らされる。あのっ、あっちもこっちも、何がなんなのー!

202:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅういち
08/01/03 01:27:19 OmS8HBau

「行きますよ。この隙に」
 この隙って、どういうこと? もしかして、佐伯くんたちと何か関係があるの?
 訊きたいことはいくつもあったけど、ともはちゃんが有無を言わせず私をひきずっていくので、どうしようもない。
 姿勢を低くして、あの兄妹から遠ざかるように人垣の後ろを回り込もうとしているところを見ると、佐伯さんたちを避けてることは間違いなさそうだけど、でも、どうして?
 混乱しきった私を連れて、ともはちゃんは何とかお店を脱出すると、足早に歩き始めた。
「……あの。ともはちゃん」
 おそるおそる声をかけてみたけど、ともはちゃんは振り向きもしない。私の腕をつかむ力の強さが、ともはちゃんの焦燥を語っているようだった。私は、思い切って足を踏ん張った。
「痛いです。ともはちゃんっ」
「……あ」
 そこでようやく、ともはちゃんが足を止め、こちらに顔を向ける。私の顔を見て、済まなさそうな表情になった。
「あ……あの。すみません。乱暴に引っ張り回しちゃって」
「いえ……いいんですけど。あの、これはいったいどういうことなんですか」
「え、えーと……」
 ともはちゃんの目が泳ぐ。言っとくけど、ちゃんと説明してくれるまで、動かないからねっ。
『ともはちゃん、まずったねえ……』
 いつの間にか、操緒さんも側に来ていて、そんなことを言う。操緒さんには、事情が飲み込めているらしい。私だけ、のけ者ってこと? ますます、気にくわない。
「ともはちゃん?」
 年上としての威厳をこめて、ともはちゃんを睨みつけた時だった。背後から、
「な……つめえええぇっ」
 地獄の底から響いてくるような声がすると、ともはちゃんは観念したように目を閉じ、ううううっ……、と、か細い呻き声を漏らした。

203:名無しさん@ピンキー
08/01/03 01:28:09 OmS8HBau
今回はここまで。ようやくこのへんから話が動くとは。orz
次回は今週末にでも。

204:名無しさん@ピンキー
08/01/03 21:55:42 kOAdWTho
新年早々佐伯妹にバレるとはw

205:名無しさん@ピンキー
08/01/06 04:06:30 /tJlALQV
立て続けですまないが、ひかり先輩×ともはさんの第5回。

206:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうに
08/01/06 04:07:44 /tJlALQV

 異様な状況だった。
 女の子が四人、女子トイレの個室の中にひしめきあって、誰も、何もしゃべらない。
 ともはちゃんは俯いた姿勢で便座の上に小さくかしこまって、私はその横にぴったりと寄り添って、操緒さんはあさっての方向を見ながら空中に漂っていて、その全てを、佐伯くんの妹さんが腕組みをしながら見下ろしている。
 しかし妹さん、美人だけど、怖い。美人だから、怒るといっそう怖いのかな。
 それにしても、さっきの呼びかけからすると、ともはちゃんの正体を知ってるってことだよね。ともはちゃんのことを知ってるのって、黒崎さんと操緒さんと私くらいだって思ってたのにな。なんだかちょっとショック。
 それに、ともはちゃんのことをそんなに怒っている理由もよく分からない。そろそろ、私から訊いてみようかな。……と思ったところで、ともはちゃんが深いため息をついた。
「佐伯……えと……」
「このド変態」
「……はい」
 妹さんの一声で、何か言おうとしたともはちゃんは縮こまってしまう。
「あんた。私の前にまたその恰好で現れるなんて、いい度胸ね? こないだので、元々ゆるい頭のネジが、とうとうどっかへ飛んじゃったのかしら? 今度は、もう物理的社会的に抹殺しちゃっても構わないわよね? 覚悟はできてるってことね?」
「……いや……覚悟って……だいたい、こっちだって好きでやってるわけじゃ……」
「へえ。好きでもないことを、こんな人目のあるところで、大手を振ってするわけ。あんたは」
「いやだから……これには」
「深い事情があるなんて言ったら、殺すわよ。どんな事情があろうと関係ないっ」
「あ、あの!」
 私が叫んだのは、見るに見かねてのことだった。
「その、ともはちゃん……」
 妹さんが、ぎろりとこちらを睨み付けたので、言い直す。
「……いえ、夏目くんには、私がお願いしたんです」
「あなた。誰」
「えっ……私……沙原ひかり、です。洛高二年の、第二生徒会の」
「第二生徒会?」
 妹さんが目を眇める。
「もしかして……またなんか、悪巧みに夏目を巻き込んでるんじゃないでしょうね?」
「いえっ……とんでもない……あの、今日は、お買い物に付き合ってもらってるだけで……」
「買い物? それでなんでこの恰好になるの?」
「え、えっと……」
 妹さんの視線が恐ろしすぎて、つい、ともはちゃんの肩口にすがりつく。それを見た妹さんは、いっそう柳眉を逆立たせ、歯を剥いた。
「あんた……その恰好のときまで、女の子とベタベタベタベタベタベタと……」
 はい? 妹さん、それって?
「だいたい、私が訊いたときには、週末は用事があるとか言っといて、こんなことって……」
 ……ということは、妹さんも夏目くんを誘ったってこと?
 それで、いきなり分かった。なんだ、そういうことか。

207:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうさん
08/01/06 04:08:38 /tJlALQV

 ……それはまあ、妹さんが怒るのも、何となく分かる。好きな相手が自分の誘いを断って、女装して、他の女の子と出歩いてたら、面白くないよね。特に妹さん、潔癖な子みたいだから、尚更こういうのが許せないんだろうな。
 それにしても、さっき、夏目くんと出歩いてるのを他の女の子に見られたくなかったからだなんて、ほんとの理由を口走らなくて良かった。危ない危ない。
 そっと横目で、ともはちゃんを見る。うんざりしたような、諦めたような、鈍い表情。たぶん、この子の気持ちなんて、まるきり気付いてないんだろうな。
 そう思うと、なんだか妹さんに対して、とっても親近感が湧いてきた。そうだよね、お互い苦労するよね。
 共感したしるしに、がんばって頬笑んでみせたら、すごい目つきで睨み返された。ううう、やっぱり怖いよう。
「……佐伯」
 ともはちゃんが再び口を開く。
「黙れ変態」
「さっきは、ありがとな。助かった」
 そう言われて、妹さんは言葉に詰まったみたい。しばらく口をもにょもにょさせてから、
「べ別に夏目のためじゃなくて、お兄様のためよ。その恰好のあんたを、お兄様に会わせるわけにはいかないもの」
「そうだよな……こっちだって会いたくないよ」
「何ですって?」
 妹さんが再び激昂する。ともはちゃん、佐伯くんとも何かあったの?
「あんた……だれのせいで私がこんな苦労をしてると思ってるのっ。お兄様が、と、ともはさんのことを話題にする度に、私がどんな気持ちで相手してるか分かるっ?」
「ああ……そうだよな。ほんとのことを言うわけにもいかないしな」
「だ、だから、あんたが、その恰好を二度としなければいいのよっ。そうすれば、お兄様もそのうちに自然にお忘れになるわっ。そそそれをっ」
「ああ、佐伯の言うとおりだよ。佐伯にはほんとに、済まないと思ってる。ごめん」
 ともはちゃんが真摯な表情で頭を下げたので、妹さんの罵声はとりあえず鳴りやんだ。
「わ、分かればいいのよ……」
 少し戸惑ったようすで、かすかに頬が赤くなってる。綺麗な子だから、そんな表情をすると反則的に可愛い。それにしても、ともはちゃんの周りって、なんでこんな美人ばっかりなんだろ。
「うん。二度としないよ。今回は……まあ、人助けみたいなもんで。いろいろあって、断れなかったんだ」
「あの……私が無理にお願いしたんです。きっと、楽しいって思って。ごめんなさい……」
 私も神妙に助け舟を出した。事情はよく分からないけど、ともはちゃんと佐伯くんの間に、きっと何かまずいことがあったんだ。ともはちゃんも、そういうことは前もって言ってくれればいいのに……って、私のせいだね。ごめんなさい。

208:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうよんん
08/01/06 04:09:54 /tJlALQV

「そ、そう……まあ、仕方ないわね。今回だけは見逃したげる」
 妹さんは伏し目がちに呟いた。こっちがきちんと謝ったら、いつまでも怒っていられないなんて、いい子だなあ。こんないい子をやきもきさせるなんて、ともはちゃんも罰当たりだね。
「そ、それにしても……水無月さんも水無月さんよ。なんで止めないの」
 照れ隠しなのか、操緒さんに矛先が向く。操緒さんは、えーだって、と手を振った。
『面白そうだったしー。ここで協力したら、好きなときに智春の体を操ってもいいって約束してもらったし』
 えっ……その……ともはちゃん、そんな約束まで。えっと……ごめんなさい……。
『それにさ』
 操緒さんがにやっと笑う。
『綺麗で可愛いともはちゃんを、もいっぺん見たくってさ。佐伯ちゃんも、実はそう思ってるでしょ?』
「わわ私? 私はそんな……」
 妹さんはまた真っ赤になった。
「おおおお姉さまがほしいだなんて、そんなこと思ってないからっ!」
 あちゃー。自爆型かあ。うーん、ますます可愛く見えて来ちゃった。さっきまでの怖さが嘘みたい。
 何ともいいがたい顔をしているともはちゃんの横で、操緒さんがくっくっと笑って、
『どーでもいいけど、そろそろ出てかないと、お兄さん、不思議に思わないかなあ?』
「そ……それもそうね」
 妹さんはちょっと唇を噛んで、
「……いいわ。でも夏目」
「分かってる。二度としないよ。約束する」
「どうだか……」
 妹さんはしばらく、どうも信用なさそうな感じで、ともはちゃんのことを半目で見ていたけど、ともはちゃんが視線をそらさずに正面から見返し続けていたおかげか、そのうちに、大きく息を吐いて肩を落とした。
「今日は、お兄様とすぐに引き上げるから。あんたたちも、とっとと帰ってよね」
「分かった」
「じゃ、じゃあ……」
 ……えーと妹さん。その、どことなく名残惜しげな視線は、どういうことでしょう? なんか、あやしいなあ。というか、何となく分かるけど。
 妹さんが立ち去ってからたっぷり二、三分も経ってからだろうか。私たち三人は、示し合わせたように、そろって長い長いため息をついた。

209:名無しさん@ピンキー
08/01/06 04:11:30 /tJlALQV
ナンバリングに「ん」が一つ多い... orz
今回はここまで。年末年始の集中投下も一段落。今後はスレ保守ペースでぼちぼちと。

210:名無しさん@ピンキー
08/01/06 08:28:18 o+FMqUvZ
いいね、これはGJとか言いようが無い。

211:名無しさん@ピンキー
08/01/06 09:07:27 T2k0nOLW
イイヨイイヨー




………人増えないかな

212:名無しさん@ピンキー
08/01/07 13:41:38 mm1RrVhG
去年はこんなもんじゃなかった。俺としてはこれでも結構人居ると思う。
まあもっと人増えればうれしいけど・・・。

213:212
08/01/07 13:43:25 mm1RrVhG
ageちまった。スマン。

214:名無しさん@ピンキー
08/01/11 19:36:26 z6y9sCap
ううっ...操緒の姓は水無月じゃなくて水無神だった。orz
めげずに、ひかり先輩×ともはさんの第6回。

215:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうご
08/01/11 19:37:35 z6y9sCap
 
「ああ……さんざんだった」
 ぼやいたのは、テーブルの上につっぷしたともはちゃん。
 あの後、ともはちゃんはすぐにでも帰りたそうだったけど、せっかく作ってきたお弁当くらいは、ともはちゃんといっしょに食べたくて、さんざん拝み倒した結果、テーブルとイスのある吹き抜けのオープンスペースにやってきたのだった。
 いろいろあって、お昼には少し遅い時間になっちゃってたけど、テーブルは結構空いてたから、かえって良かったのかもしれない。それでも一応、人目につかなさそうな隅っこのテーブルに、私たちは腰を落ち着けていた。
「ご……ごめんなさい」
 私は、ともはちゃんの向かい側で肩をすぼめる。ちらりと目を上げると、ともはちゃんの横で操緒さんが、とっても面白そうに、にやにやしてた。
 ともはちゃんが、また大きくため息を吐いて、ゆっくりと起き直る。
「いや、先輩のせい……も、そりゃありますけど」
「はあ……」
 ともはちゃんの目が少し恨めしそう。私がいっそう身をすくめると、ともはちゃんはいったん目を閉じ、それからぎこちなく微笑ってくれた。
「いいんですよ。……なんか、自分の運の悪さからいって、こんなことになりそうな気はしてましたし」
「う……」
 そんな風に言われると、かえって胸が痛む。ほんと、悪いことしちゃったなあ……。
「でもいったい、佐伯くんや妹さんと何が……その……」
 ともはちゃんの表情がみるみる曇っていったので、ついついセリフが尻すぼみになった。
「それは訊かないでください」
「はい……」
 ともはちゃんらしからぬ、厳しい口調だったので、素直に引き下がる。努めてあかるく笑いながら、横に置いておいた荷物をテーブルの上に出してあげた。
「ともはちゃん。せっかくだから、お弁当しましょう」
「はあ……」
 む、気のないお返事だね。無理もないけど。
 構わず、包みを広げる。おかずが三箱に、おにぎりに、サンドイッチ。水筒には、甘さ控えめのダージリンティー。
「はあ……」
 それを見ていたともはちゃんが、今度は少し違った声を出した。よしっ。

216:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうろく
08/01/11 19:38:36 z6y9sCap
 
「ともはちゃん、何が好きか分からなかったから……いろいろ作ってきちゃいました」
「いや……すごいですね、先輩」
 いやそれほどでも。えへへへ。もっと誉めてくれてもいいんだよ、ともはちゃん。
「好きなの食べてくださいね。あの、量が多くなっちゃったから、無理して全部平らげようなんて、そんなこと気にしなくていいですからね。ほんとに」
 そうなの。一昨日くらいからいろいろ考えてたら、きりがなくなっちゃって。今朝もずいぶん早起きしたんだけど、時間的にはぎりぎりで、片づけもそこそこに飛び出してきたんだよね。残してきた台所の惨状と、お母さんの怒った顔は、今は想像しないことにする。
「そうですね……コルセットはめてるんで、たくさんは食べられませんけど……」
 うわあ。ともはちゃん、そんなリアルで私の夢を壊さないでっ。
「でもこれは、もったいないなあ……」
「ささ、どうぞどうぞ」
 お箸を渡してあげて、お茶もいれてあげる。
 ほんとは、おしゃれなレストランでランチっていうのも捨てがたかったんだけど、高校生のお財布事情ってものがあるし、お弁当でアピールっていうのもいいかな、って。うん、やっぱり正解だった。
「いただきます」
 私は、ともはちゃんのお箸の行方をじっと見守る。そうか、やっぱりお肉系が一番最初か。ふむふむ。
 ともはちゃんは最初の一口を飲み込んでから、にっこり笑った。
「おいしいですよ。先輩」
「そ、そう。良かったあ……」
 私ったら、いつの間にか息を止めてしまってたみたい。胸を押さえて、息を吐く。
「じゃ、じゃあ私も……」
 私もお箸を取って、ふと思い出して見上げると、操緒さんが一転してむくれた顔で私たちを眺めていた。
『いいよねー、ともはちゃん。女の子が作ってくれたおいしいお弁当食べられて。ふうん、これが甘酸っぱい青春てやつですかねえ。いいですなあ、いまどきの若い人は』
「いや、だって、お前食べられないだろ……」
 ともはちゃんが困った顔をする。私も何て言ったらいいか、分からない。確かに、操緒さんには、ちょっと酷なシーンだったかも。
 操緒さんはいつも明るくて、さばさばした感じだから、つい気を使うのを忘れちゃうんだけど。幼なじみの男の子が他の女の子のお手製のお弁当をぱくついるのに、その側で見守るしかないっていう状況は、そりゃ面白くないよね。
「それにお前、今まで人が食べてるの欲しがったことなんてないじゃないか」
 あれっ……ともはちゃん。もしかして、操緒さんが単においしいものを食べたいだけだなんて思ってるの? 分かってたけど、救いがたいまでに鈍いなあ……。
 ちょっと絶望的な気持ちで力無く笑う私の前で、対照的に唇をとがらして何やら考え込んでいた操緒さんは、けれど、いきなりぱっと笑った。
『いいこと思いついた。……とも、はちゃん。あたしに、舌だけ貸してくれない?』

217:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうなな
08/01/11 19:39:48 z6y9sCap
 
「え……ええっ」
 ともはちゃんは絶句してる。無意識のうちだと思うけど、いったん私と目を合わせ、操緒さんに視線を戻す。
「なんだよ、それ……」
『だって、いつでも好きなときに、あたしが体を操ってもいいって、約束したじゃん』
「いやそれはそうだけど……できるのかそれ」
『うーん』
 操緒さんはちょっと考えたけど、あっさりと、
『だいじょうぶだよ。何とかなるって。まず試してみるくらい、いいでしょ』
「いやしかし……」
 ともはちゃんは渋ってる。
「手足とかならまだしも……感覚を操られるってのは、どうも……」
 それはそうかも。それにしても操緒さんって、見たり聞いたりは自分でできるのに、その他の感覚はないんだね。ともはちゃんを操るときだって、痛みだけは感じないみたいで、そのへん、自分で自由に選べるのかな。考えてみると、便利にできてるかも。
 私がちょっと感心しながら見守ってたら、抵抗するともはちゃんを見て、操緒さんは華やかな笑顔を引っ込めると、その代わりに、背筋が寒くなるような別の笑みを浮かべた。
『ほほう……手足ならいい、と。だったらともはちゃん、ここであたしに両手をあずけてよ。約束でしょ。そしたら……ね』
「そ……そしたら?」
 ともはちゃんも、声が震えてる。操緒さんは悪魔みたいににったりと……いや、悪魔は私の方だから、ええと……人間って、怖いよう。
『そうねえ……いろいろできるわねえ。何なら、ここで全部服脱いじゃおうかなあ。こーんな綺麗な女の子が実はアレだったなんて、きっと面白いことになるわね。うくくっ』
「お前……」
 ともはちゃんは怯えと諦めが半々な感じで、
「朱浬さんに似てきたんじゃないか」
『え。ええー』
 操緒さんが、心底イヤそうな表情になった。朱浬さんて、黒崎さんのことだよね?
『アレと同じアレと……』
 なんだかすごーく落ち込んでたみたいだけど、すぐに立ち直って、ともはちゃんにずずいと詰め寄る。
『ま、それはおいといて、後でゆっくり話しましょ。それで、どうするの?』

218:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうはち
08/01/11 19:40:50 z6y9sCap
 
 ともはちゃんは、肩をすくめた。
「……分かったよ。仕方ない。……でも、できなくっても、今はそれで終わりだからな。代わりに他のところを操らせろってのは、なしな」
『うん。分かった。じゃ』
 操緒さんは精神集中のためか、目を閉じる。ともはちゃんは何だかとっても微妙な表情になって、そのまま一、二分がすぎた。操緒さんが目を開ける。
『できた、んじゃないかな。ともはちゃん、何か食べてみてよ』
 ともはちゃんが卵焼きを口に運ぶ。二人して揃って口をもぐもぐさせる様子を、ちょっと可愛いかもなんて、ほけっと眺めていたら、操緒さんが嬉しそうに笑った。
『うん、おいしい! わ、ほんとにできたね』
「全然味がしない……」
 ともはちゃんの方は、顔をしかめてる。どんな感じか、ちょっと興味があったので、おそるおそる訊いてみた。
「あのう……どんな風ですか?」
「ぼろぼろの粘土を噛んでるみたいというか、何というか……」
「えー……」
 それは……作った側としても、何というか、やだなあ。あの卵焼き、けっこう自信作なのにな。
 けれど操緒さんは、そんなともはちゃんに構わずに、
『ともはちゃん、次はその唐揚げいこっ。あでも、そっちのコロッケもいいかも』
「操緒。あのな……いいけど、交代だからな」
『えー何でよ』
「こっちだって味わいたいんだよ。だいいち、食べてても味が分からないなんて、作ってくれたひかり先輩に悪いじゃないか」
『ふーん』
 操緒さんが、じっとこちらを見つめる。それから、ちょっと肩をすくめて、
『ま、いいわ。交代ね。てことは、ともはちゃんが二人分食べるってことで。量も多いから、ちょうどいいんじゃないの?』
「えー……そんなに食えないって……せっかく旨いのに……」
 呻くともはちゃんの横で、操緒さんはこちらに意味ありげな微笑を見せた。
 ああ、そうなんだ。やっぱり、そういうことだね。操緒さんも、やるじゃない。
 私も負けないように精一杯の笑顔を返すと、操緒さんの笑みが、もっと大きくなった。
 ちょっと悔しい。けど、なんだか、嬉しい。どうしてかな。

219:名無しさん@ピンキー
08/01/11 19:44:16 z6y9sCap
今回はここまで。こんなにゆるゆるとぬるくてええんかいな。真の職人さん登場はまだか...。
あと6回の投下でおしまいの予定なんで、それまでに次のネタを考えつくことを祈りつつ。


220:名無しさん@ピンキー
08/01/12 00:50:04 hMadSkzk
いつも乙です

221:名無しさん@ピンキー
08/01/12 14:10:59 9AUGU1Dl



ネタもやる気もあるが携帯だと辛いお…

222:名無しさん@ピンキー
08/01/12 18:15:50 9DogAV0K
>>221
がんばってください。

223:名無しさん@ピンキー
08/01/16 21:32:27 SFZ2Rx8D
保守

224:名無しさん@ピンキー
08/01/18 22:15:13 hfbVYg5o
引き続きゆるゆるっと、ひかり先輩×ともはさんの第7回。
次のが目鼻がついてきたので、こっちの投下ペースをUP。

225:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうきゅう
08/01/18 22:16:23 hfbVYg5o
 
 食べ物も少しお腹に入って、さっきのトラブルから多少は落ち着いたところで、気になっていたことを、そろそろ訊いてみる。
「ともはちゃん、あの……さっきの女の子、どういうお知り合いなんですか?」
「え……ああ」
 ともはちゃんの口振りは重たかったけど、
「佐伯……玲子っていって、中学の頃からの同級生です。今も同じクラスで」
「そう……なんですか」
 じゃあ、私なんかよりずっと付き合いが長い。道理で、あんなに遠慮なく叱ったり罵ったり、親しそうにできるわけだ。
「綺麗な子、でしたよね。ちょっと怖かったですけど」
 ちょうど、操緒さんに味覚をあずける番だったともはちゃんは、春巻を飲み下しながらも、会話に付き合ってくれる。
「そうなんですよね。根が真面目ってのもあるんですけど、とにかく怖いヤツで。美人だから黙ってればモテるのに、もったいないなって思うこともありますけど」
 むう。美人だってとこは、すらっと肯定ですか。
「ぼ……私なんか、いつも怒られてばかりですよ。ぼっとしてるとか頼りないとか。まあ、佐伯はしっかり者ですから、気持ちは分からないでもないですけどね」
 ともはちゃん。それ、ともはちゃんはきっと、あの子の気持ちなんて何も分かってないと思う。私から教えてなんてあげないけど。複雑な気持ちで紅茶をすすっていたら、
「まあ……それでも、いいヤツですよ。嫌いじゃないですね。本人には、畏れ多くて言えませんけど」
 ともはちゃんは、ふふっと笑って、そんなことを言った。ええと……佐伯さんの前で、そんな笑顔でそんな殺し文句を言うのは、当分禁止です。油断ならないなあ。
『ともはちゃん。タッチ』
 そこへ、操緒さんが割り込んでくる。操緒さんもちょっと半眼ぎみなのは、私と似たようなこと思ってるんじゃないかな。
「あ。ああ」
 ともはちゃんは、おにぎりに手を伸ばした。うん、そのマヨ鮭のは、お勧めだよ。
 私の目は、何となく、おにぎりをつまんだともはちゃんの手に惹き付けられる。
 そう。この手だった。

226:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅう
08/01/18 22:17:30 hfbVYg5o
 
 地下の暗闇の中で、私を安心させてくれた手。私をおぶってくれた手。私といっしょに時空を飛び越えた手。忘れるわけない。グランクリユで、ともはちゃんの正体に気付いたのも、その手を見たときだった。ともはちゃんがどんな恰好をしてても、いっぺんで分かった。
 それは、女の子の手って言ってもぜんぜん違和感がないくらいの、きれいな手だけど、よくよく見ると、骨組みとかが細いながらもしっかりしてて、やっぱり男の子の手なんだな、って思う。
 今日はその手にさんざん触ったり握ったりしたことを思い出して、今更のように頬が熱くなってきた。その最中は、女の子同士みたいな感じで自然に振る舞えてたけど、いっぺん意識しちゃうと、やっぱり恥ずかしい。
 でも……この手を持つ人と、契約したら……どうなるんだろう。
 そのことを考えるのは、今が初めてじゃない。出会ったときから何回も、ずっとずっと考えてきて、でもまだ、何も分からないし何も決められずにいる。
 それは……契約というからには、あの、その、あんなこととかこんなこととかをするんだろうなとか、痛いのは怖いから優しくしてねとか、どんな使い魔が生まれてくるのかしらとか、そういう不安はある。
 でもそれ以上に……私と契約すれば、夏目くんは、魔神相克者ということになる。無限の魔力を操る、無敵の存在。それも、私といっしょに。私も心のどっかでは、そうなったらいいなって、とっても憧れる。憧れる、けど。
 夏目くんは、それを望まない……気が、する。第一、そんな気があればとっくに嵩月さんと契約してると思う。あんな美貌とスタイル(というか、あのバストは極悪非道だよ)の持ち主が側にいて、それもいつでも据え膳て感じで、でも、夏目くんはそうしない。
 夏目くんが嵩月さんを嫌ってるとかいうわけじゃない。それどころか、とっても大切に思ってるのは、あまり接点のない私でも分かる。それは、羨ましくてうらやましくて、胸が焼けてくるくらいに。
 たぶん、契約って、私が考えるよりも、もっと重たいものなんだ。そんな夏目くんと嵩月さんですら、簡単には踏み出せないくらいに。
 真日和くんも、契約なんていいことばっかりじゃないって、ときどき言う。あの真日和くんが、そう言う時だけはすごく真剣な……というより、深刻な顔になるから、それは本当なんだと思う。
 だから、怖い。怖い、けど。でも。
 でも、あの暗闇の中でつないだ手なら。あの、暖かい手なら。もしかしたら。

227:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅういち
08/01/18 22:18:37 hfbVYg5o
 
 悪魔といっても、うちは華鳥風月みたいな名家じゃない。力も、ちょっと特殊だけど、そんなに強大なものではない。それでも、悪魔の力ほしさに近寄ってくる人はたくさんいる。お父さんやお母さんは私をきちんと守ってくれるけど、それでも嫌な目に合うことも多い。
 洛高を選んだのも、そこなら割と普通に学生生活を送れる、と聞いたからだ。確かに、最初はちょっとトラブルがあって、六夏ちゃんや真日和くんに助けてもらったりしたけれど、その後はおおむね平穏無事な日々を送っている、と思う。
 ……まあ、ともはちゃんには別の意見があるかもしれないけど。おおむね、ね。
 洛高では、演操者とか射影体とか機巧魔神とか悪魔とかがごろごろしてて、周りも、多少の特別扱いはするけど、まあまあ普通に受け入れてくれてる。それまで、縮こまるようにして生きてきた私から見れば、天国みたいなものだった。
 そして、そこで出会ったのは、私が悪魔だって知る前も分かった後も変わらずに、沙原ひかりという一人の女の子として、私に接してくれる男の子。
 そんな人がいるわけない、って、思ってた。でも、もしそんな人がいたら、って、思ってた。
 そして、見つけた。見つけてしまった。
 神様って、ほんとにいるのかもしれない、って、思った。まあ、神様ときたらほんとに意地悪で、その男の子の周りには、すでにわんさかと、私と似たような境遇の女の子たちが集ってたけど。私なんか敵いっこないような、綺麗ですごい人たちばっかりだけど。
 でも、一緒にいたい。これからもずっと。素直にそう思う。
 契約なんかしなくっても、いいのかもしれない。契約するしないなんて、ほんとはどうでもいいことなのかもしれない。契約できなかった悪魔の末路はひどいものだって聞くけど、夏目くんと一緒に選んだ道なら、何があっても進んでいけるんじゃないか、って思う。
 もちろん、今の私には想像もつかないような、苦しいことや悲しいことがうんとあるのかもしれない。夏目くんと嵩月さんは、もうそれを知っているのかもしれない。弱い私なんか、もしかすると耐えきれずに逃げ出してしまうほどのことなのかもしれない。
 でも。でもね。何もせずに諦めちゃうのは、イヤだ。夏目くんの手を、私の方から放してしまうなんて、イヤだ。いつかは離れてしまうのかもしれないけど、それまでは、精一杯やってみたい。
 どうしたらいいかなんて、今の私には、まだ分からない。でも、この気持ちがある限り、必ず何とかなる。夏目くんと一緒だもの。絶対、何とかなるに決まってる。
「ひかり先輩?……どうかしました?」
 ふと気付くと、夏目……ともはちゃんと操緒さんが不思議そうに、こちらを見ていた

228:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうに
08/01/18 22:19:43 hfbVYg5o
 
「え……あ、いえそのっ」
 ええっ……私、何してたの? 耳がかっと熱くなる。もしかして、ずっと、ぼけっとしてた? そんな顔、ともはちゃんに見られちゃったの?
「わ私……あのう……」
「いえ、なんだかずっと黙りこくってたから……気分でも?」
「だ、だいじょうぶ。だいじょうぶですっ。何でもないですっ」
「そう……ですか?」
 ともはちゃんはちょっと心配顔。よかった、笑われなくて。それに、何となくだけど、ともはちゃんの表情が、すごく優しく見える。
『ともはちゃーん』
 そんなともはちゃんの肩に、操緒さんが上からしなだれかかった。
『ともはちゃんこそ、なーんかじろじろひかり先輩見ちゃって、あやしーい』
「え……そんな、じろじろなんて見てないだろ」
『そーかなー? なんか、見とれてたようにしか見えなかったですけどっ』
「見とれてたって……いやそりゃ、少し綺麗だなとは思ったけどさ」
 え。あのう、ともはちゃん、今のとこ、もいっぺん、いいでしょうか?
「いや何ていうか……ひかり先輩が、急に大人びて見えて……いつものひかり先輩らしくないっていうか。それで、ちょっと気になって」
 あのう……その言い方にはちょっとひっかかるものが。
「それって……いつもの私は子どもっぽい、ってことですか?」
「え……まさか……あはは」
 ともはちゃんは、目をそらして冷や汗を一粒垂らしてる。むう。その件については、またの機会に、じっくり伺いましょう。それにしても、私、どんな顔してたんだろう。
 あたふたする私に冷たい視線を注いでいた操緒さんが、するりとともはちゃんから離れて、
『あたし、もうお弁当、いい。ともはちゃんも、十分食べたんじゃない?』
「え……まあ、そうかも……」
 見ると、お弁当は三分の一くらいが残った状態だった。嬉しいな。思ったより食べてくれたんだ。
「ごちそうさまでした」
 ともはちゃんが手を合わせる。私はぺこりと頭を下げて、
「いいえ。お粗末様でした」
 それから、ふと思いつく。
「あの……ともはちゃんって、一人暮らしなんですよね」

229:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうさん
08/01/18 22:20:58 hfbVYg5o
 
「まあ……一人暮らしといえばそのような、そうでないような」
 ともはちゃんは微妙な表情で、横の操緒さんを見る。そっか、そうだよね。
『なによー。あたしがついてるから、何とかなってんでしょ』
 操緒さんが不満そうに言うのに、ともはちゃんがやり返す。
「お前が生活上役に立ったことなんて、ないだろ」
『そりゃ、幽霊だもん。あたしは、精神的サポート専門だから』
「なんだよそれ……」
 あのうお二人さん、夫婦漫才はそれくらいにしてですね。私の言いたかったことはそうではなくて。
「もしよかったら……残ったの、持って帰りませんか? お夜食にでも……お弁当箱は、後で学校で返してもらえればいいですから」
「え」
 ともはちゃんは、机の上のお弁当箱、そして私、の順に視線を移して、
「……いいんですか?」
「もちろんです。あの、こんなのでよければ」
「いえ……すごく助かります」
 ともはちゃんの顔を注意深く観察してみたけど、お世辞じゃなく、本気で言ってくれてるみたい。よかった。残ったお弁当を一つの箱に詰め直して、ともはちゃんの前に置いてあげる。
「ありがとうございます。それにしても、ひかり先輩、料理上手ですね」
「え……ええっ」
 不意に褒められたから、どう答えていいか分からない。
「そ……そうですか?」
「はい」
 ともはちゃんは満面の笑み。それを見てるうちに、なんだか頭がくらくらしてきた。ともはちゃん、その笑顔は反則だよう。
「家庭的なのって、憧れるんですよね。そういうの、あまり周りになかったので」
 ああ……そうなのか。さっき、ちょっとだけ話してくれた昔話が、よみがえる。
 そっか。これは、いいこと聞いちゃったな。うん。
「そうですか。……私なんかでよかったら、またいくらでもお弁当作りますよ?」
「え……」
 ともはちゃんは満更でもなさそうだったけど、操緒さんの目が笑ってない笑顔が目に入ったからか、
「いや、そこまでは……悪いですから」
「……そうですか」
 ここでもう一押し、と思わないでもなかったけど、ここは一旦退くことにする。ともはちゃんは力無く笑って、それからふと、視線をさまよわせた。ん? 何かしら?
『ともはちゃん。あっち』
 操緒さんが白けた表情で、ある方向を指さす。そっちは……ああ、なるほど。
「え、ええと……」
『行ってきなよ。あれくらいの遠さなら、あたしはここにいられるから』
 ともはちゃんは恥ずかしそうな苦笑い。
「じゃ、じゃあ……」
『ごゆっくり』
 手をひらひらと振る操緒さんに見送られて、ともはちゃんが小走りにお手洗いに消えたあと、操緒さんと私の間には、ちょっと気詰まりな感じの沈黙が残った。
 ……ええと。おずおずと、切り出してみる。
「操緒さん……それで……お話って……?」

230:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうよん
08/01/18 22:22:00 hfbVYg5o
 
 操緒さんは、びっくりしたりしなかった。ただ、静かに微笑んだだけ。
『ひかり先輩って……意外と、侮れないですよね』
 意外と、って……まあ、そうかもしれないけど……。だって今ここで、ともはちゃんに付いていかずにここに残るのって、私に話があるとしか思えないよ。
「それで……そのう……何でしょう……?」
『ええと、ですね』
 操緒さんに珍しく、少しためらいがあった。
『智春なんかの……どこがいいんです?』
 そういえば、あの地下迷路でも同じこと訊かれたなあ。答えは同じだけど、さすがにこんな冷静な状況であらためて口にするのは、ちょっと恥ずかしい。
「……その……優しくって、頼りになるとこ……です……けど」
『えー』
 なんだかまずいものでも食べたかのような声。でも操緒さん。今度は、あの時みたいに大げさに驚いたりしないんだね。操緒さんもちゃんと分かってる、って取ってもいいのかな。
『優しいっていうより、何も考えてなくてお人好しなだけかもしれませんよ? あたしがついてないと、いまいち何もできないし』
「操緒さんは……夏目くんのこと、そんな風に思ってるんですか?」
『まあ、付き合い長いですから……それもこの何年かは四六時中ずっといっしょですし。悪いとことか足りないとこも、いろいろ見えてきますよね。否応なく』
「でも……操緒さんも、夏目くんのこと……嫌いだとは思えないんですけど」
 私の追求にも、操緒さんは口ごもったりしない。不自然なくらいに流暢に答える。
『だってほらあたし、選択の余地ないですから。智春から離れられないんだし。どうせなら、険悪になるよりは、ほどほどに仲良くしてる方がいいじゃないですか。適当に目つむるとこはつむって。深く考えても仕方ないし』
「……それで……自分と同じように……私にも予防線を張るんですか?」
『っ……』
 操緒さんは口を閉じて、私を睨んだ。初めて見せてくれた表情だった。
『……あたしは別に……先輩が智春と付き合うことになったって……構わないって、思ってますよ。ただ、なんで智春なのか不思議なだけで』
「自分にはそんな資格はないから、仕方ない……ですか?」
『……』
 操緒さんの頬が強張る。ちょっと開いた唇の間から、食いしばった白い歯が見えた。

231:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうご
08/01/18 22:23:00 hfbVYg5o
 
『先輩に……そんなことを言われる筋合いはない、って思いますけど』
「……そうかもしれませんね」
 私はにっこり笑って、自分の声が震えないように祈る。
「しょせん、ただの知り合いの上級生ですよね。……操緒さんみたいに、いつもいっしょにいて、《黑鐵》を呼び出せて、夏目くんを守ったりなんか、できませんし。操緒さんは特別で、どんな子だってかなわない」
『……』
「でも私なら……操緒さん以外の女の子なら……夏目くんと触れ合える。夏目くんの恋人になれる。夏目くんに抱きしめてもらえる」
 私が言葉を重ねるたびに何かをこらえるような操緒さんの表情を見て、私はいったん言葉を切った。次の言葉は、口にするのにちょっと勇気がいったから。でも、思い切って言ってみた。
「……夏目くんが、佐伯くんみたいに元演操者になっても、いっしょにいられる」
『先輩、あたしはっ……』
 操緒さんの顔は、怒ってて、泣いてて、笑ってた。構わずに、続ける。
「夏目くんのことが、そんなに大事ですか? 夏目くんに彼女ができても、笑ってがまんできちゃうくらい? 自分だけの場所はあるから、って? 自分はいつ消えてしまうかも分からないから、って? ……そんなのを、私にも見ないふりしろって、言うんですか?」
『……』
「私はイヤです……そんなの。操緒さんがごまかしたままだったら、誰も前に進めないじゃないですか。夏目くんも、操緒さんも、私も。……たぶん、嵩月さんだって」
『……あたしは……』
「私、悪魔ですから」
 精一杯、人の悪そうな笑顔を作ってみる。
「夏目くんと、契約しちゃうかもしれませんよ? そしたら……このままなら、操緒さんのこと、二号さん扱いしちゃいますよ? なにせ……ええとその、あ、愛の結晶なんか、できちゃうんですから。それでも構いませんか? 本当に?」
『……』
「操緒さん。自分が夏目くんの恋人になれっこないなんて……ならなくてもいいなんて……本当に、本気で思ってるんですか?」
 操緒さんは、じっと私を見てた。その薄い色の瞳に、吸い込まれてしまいそうな気がするくらいに。

232:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうろく
08/01/18 22:24:05 hfbVYg5o
 
 どれくらい、そのままでいたんだろう。そんなに長い間じゃなかったはずだけど、私には何時間にも思えた静寂のあとに、操緒さんはおもむろに目を伏せて、呟いた。
『それで……あたしに何言えって……言うんですか……』
「……なんにも。言わなくていいです。……私が言いたいこと言ってただけですから」
『そんなのって……ずるいじゃないですか』
「そうですよ? ……おあいこです」
 操緒さんは顔を上げた。私が澄ました顔で見返すと、操緒さんは段々と目を眇めるなり、いきなり、にやりと笑った。
『先輩って、やっぱ意外と……』
 まだ言いますか。
「あの……ですから、意外と、は余計です……私、一応ほら、年上で……」
 操緒さんは吹き出した。ええと……その……もう、何がそんなにおかしいのー!
『先輩……せんぱい』
 操緒さんは笑い声の下から、切れ切れに言う。
『先輩、可愛いっ。可愛過ぎっ』
「え。ええっ……」
 あのう……操緒さん。たった今私が言ったこと、聞いてました?
『そんなに可愛いの、反則ですよー……まいったなあ。あたし、百合じゃないはずだったのにい』
「……まいるの、こっちですよう……それに百合って、なんなんですかあ……」
 くすくす笑い続ける操緒さんと、しょげる私。そこに、ともはちゃんが戻ってきた。
「……何やってんですか。二人して」
『んー』
 操緒さんがいたずらっぽく目を輝かせて、
『女の子のヒ・ミ・ツ。ともはちゃんには、まだ早いかなー。もっと大人になったら、教えてあげるね』
「何だよ、それ……」
 ともはちゃんが物問いたげに私を見るけど、私も乾いた笑顔を向けるのがやっとだった。とてもじゃないけど、年下の女の子に可愛いって言われたなんて、口にできない。
 ともはちゃんは要領を得ない顔つきのまま、肩をすくめた。
「あー……。お待たせしました。行きましょうか」
「はい」
 私もお弁当箱を持って、立ち上がる。残り物を詰め直した方をともはちゃんに渡してあげると、ともはちゃんがふと思い出したように、
「そういえば……プレゼント、結局決まらないままですね。すみません」
 ああ、そうだった。うん、それはね。
「いいえ、大丈夫ですよ。もう、決まりましたから」
「え?」
 ともはちゃんは何のことだか分かってない顔だったけど、私は何も言わずに、ふふ、とだけ笑った。操緒さんが笑うのを止めてジト目で睨んでくるけど、気にしない。
 まあ、いろいろあったけど、結果オーライ。けっこう収穫があったなあ、と体の向きを変えた私の目に、あるものが飛び込んできた。
 壁の広告。レディース冬物バーゲン。8割から9割引き。


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