三雲岳人作品でエロパロat EROPARO
三雲岳人作品でエロパロ - 暇つぶし2ch200:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのきゅう
08/01/03 01:24:58 OmS8HBau

「ともはちゃん?」
 そちらを見ると、みごとに青ざめて立ち尽くすともはちゃんがいた。なに、何なの?
「知ってる人……なんですか?」
 ともはちゃんは硬直したまま、答えてくれない。操緒さんに目を向けても、なんだかため息をついて首を振ってるばかり。どうしたんだろ。
 もう一度、入ってきたカップルに視線を戻した私は、男の人の方に見覚えがあることに気付いた。確か、あの人って、私たちと同じ洛高の二年生で、第一生徒会会長の、佐伯くん、じゃなかったっけ。いつもの制服じゃないから、分からなかった。
 その佐伯くんが、隣の女の子に話しかけるのが聞こえてくる。
「玲子、こんな店でいいのか」
「はい、お兄様。でも、付き合っていただかなくっても、よかったのに」
 あ、兄妹なんだ。道理で、どちらも美形揃いだと思った。
「ふむ。たまには、こういう庶民的な店を見てみるのも悪くない……が、もしやここで私へのプレゼントを探そうとしているわけではあるまいね」
「まさか。お兄様には、ちゃんと相応しいものを整えるよう命じてあります。……ただ、えっと、その……学校の、お友だちには、こういったところの品物の方がいいかな、って……」
「ふむ」
 なんだか知らないけどはにかんでいる妹さんと、それを見つめるお兄さん。微笑ましい光景だった。周囲のごつい黒服のおじさんたちは別にして、だけど。
「せ……先輩」
 一方こちらでは、ともはちゃんがようやっと復活して、私の肩に手をかけてきた。ともはちゃん、何だか手が震えてるよ?
「い……行きましょう。出ましょう。この店」
「え……」
 でも、まだほとんど何も見てないし、それに入り口のところはあの人たちがふさいでしまってるし、今のところは、ここにいた方がいいんじゃないかな。それより、あの二人の会話がちょっと気になって、つい耳を傾けてしまう。
「そうか。クラスメイトにか。まあ、確かに、手頃かもしれないな。しかし、男物ということは……」
「べべべ別に、深い意味はありませんっ。たまたま、たまたまですっ」
 女の子が赤くなって叫んだので、ぴんと来た。そっか、あの子も好きな相手へのプレゼントを選びに来てるんだ。私と同じだ。思わず親近感を覚える。
「そうか。そうだな。まあ、彼にはいろいろと世話にもなっているからな。感謝の気持ちを示しておくには、いい機会かもしれないな」
 含み笑いをしながらそう言う佐伯くんは、明らかに妹さんをからかっていて、
「かかか彼って、私、べべべ別にそんな……もうっ、お兄様ったらっ」
 妹さんは耳まで真っ赤になって、そっぽを向いた。その拍子に、視線がこちらに向く。
 そして、その目がまん丸に見開かれた。

201:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅう
08/01/03 01:26:10 OmS8HBau

『あちゃー……』
 嘆息したのは、操緒さんだ。私はといえば、訳も分からず、妹さんと見つめ合うばかりだった。
 いや、違った。妹さんが見つめていたのは私じゃなくて……ともはちゃん?
「どうしたんだ、玲子」
 佐伯くんが、妹さんの様子がおかしいのに気付いたのか、声をかける。そして妹さんの視線を追って、こちらに目を向けようとした、矢先。
 妹さんが、両手で、近くの商品棚を思いっきりなぎ倒した。と思うと、自分自身もその上に倒れ込む。派手な轟音とともに、セーターだのシャツだのが周囲に舞い飛んだ。え……ええっ、いったい、なんなの?
「玲子っ。大丈夫かっ」
 当然、佐伯くんが大慌てで妹さんを助け起こす。
「どうしたんだっ。怪我はないのかっ」
「ご……ごめんなさい。大丈夫です。ちょっとよろけてしまって」
 ええっ? 何それ? あれはどう見ても、わざとやったとしか見えなかったよ? どういうことなの?
「そ、そうか」
 あの、佐伯くんも、それで納得しちゃうの? 私、もう何がなんだかわけ分かんないよう。佐伯くんは妹さんの肩を抱き、駆け寄ってきたお店の人たちに向かって、
「ああ、妹が迷惑をかけて申し訳ない。散らかした品物は全てこちらで買い上げるので、許してくれたまえ。おい、お前たち」
 呆然とする店員さんたちの前で、黒服のおじさんたちがわらわらと立ち働いて、商品棚を元に戻し、床に落ちた衣類を荷物にまとめてしまった。リーダーらしい人が、クレジットカードか何かを出して支払いの話もしてるみたい。
「はー……」
 こっちは、ため息しか出ない。どういう人たちなんだろ、佐伯くん家って。首を傾げていると、いきなり横に引っ張られて、危うくこけそうになった。ともはちゃんが、生死の境をぎりぎりでくぐり抜けた人みたいな顔で、私の腕をつかんでる。
「と、ともはちゃん?」
「しいっ」
 鋭い声で黙らされる。あのっ、あっちもこっちも、何がなんなのー!

202:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅういち
08/01/03 01:27:19 OmS8HBau

「行きますよ。この隙に」
 この隙って、どういうこと? もしかして、佐伯くんたちと何か関係があるの?
 訊きたいことはいくつもあったけど、ともはちゃんが有無を言わせず私をひきずっていくので、どうしようもない。
 姿勢を低くして、あの兄妹から遠ざかるように人垣の後ろを回り込もうとしているところを見ると、佐伯さんたちを避けてることは間違いなさそうだけど、でも、どうして?
 混乱しきった私を連れて、ともはちゃんは何とかお店を脱出すると、足早に歩き始めた。
「……あの。ともはちゃん」
 おそるおそる声をかけてみたけど、ともはちゃんは振り向きもしない。私の腕をつかむ力の強さが、ともはちゃんの焦燥を語っているようだった。私は、思い切って足を踏ん張った。
「痛いです。ともはちゃんっ」
「……あ」
 そこでようやく、ともはちゃんが足を止め、こちらに顔を向ける。私の顔を見て、済まなさそうな表情になった。
「あ……あの。すみません。乱暴に引っ張り回しちゃって」
「いえ……いいんですけど。あの、これはいったいどういうことなんですか」
「え、えーと……」
 ともはちゃんの目が泳ぐ。言っとくけど、ちゃんと説明してくれるまで、動かないからねっ。
『ともはちゃん、まずったねえ……』
 いつの間にか、操緒さんも側に来ていて、そんなことを言う。操緒さんには、事情が飲み込めているらしい。私だけ、のけ者ってこと? ますます、気にくわない。
「ともはちゃん?」
 年上としての威厳をこめて、ともはちゃんを睨みつけた時だった。背後から、
「な……つめえええぇっ」
 地獄の底から響いてくるような声がすると、ともはちゃんは観念したように目を閉じ、ううううっ……、と、か細い呻き声を漏らした。

203:名無しさん@ピンキー
08/01/03 01:28:09 OmS8HBau
今回はここまで。ようやくこのへんから話が動くとは。orz
次回は今週末にでも。

204:名無しさん@ピンキー
08/01/03 21:55:42 kOAdWTho
新年早々佐伯妹にバレるとはw

205:名無しさん@ピンキー
08/01/06 04:06:30 /tJlALQV
立て続けですまないが、ひかり先輩×ともはさんの第5回。

206:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうに
08/01/06 04:07:44 /tJlALQV

 異様な状況だった。
 女の子が四人、女子トイレの個室の中にひしめきあって、誰も、何もしゃべらない。
 ともはちゃんは俯いた姿勢で便座の上に小さくかしこまって、私はその横にぴったりと寄り添って、操緒さんはあさっての方向を見ながら空中に漂っていて、その全てを、佐伯くんの妹さんが腕組みをしながら見下ろしている。
 しかし妹さん、美人だけど、怖い。美人だから、怒るといっそう怖いのかな。
 それにしても、さっきの呼びかけからすると、ともはちゃんの正体を知ってるってことだよね。ともはちゃんのことを知ってるのって、黒崎さんと操緒さんと私くらいだって思ってたのにな。なんだかちょっとショック。
 それに、ともはちゃんのことをそんなに怒っている理由もよく分からない。そろそろ、私から訊いてみようかな。……と思ったところで、ともはちゃんが深いため息をついた。
「佐伯……えと……」
「このド変態」
「……はい」
 妹さんの一声で、何か言おうとしたともはちゃんは縮こまってしまう。
「あんた。私の前にまたその恰好で現れるなんて、いい度胸ね? こないだので、元々ゆるい頭のネジが、とうとうどっかへ飛んじゃったのかしら? 今度は、もう物理的社会的に抹殺しちゃっても構わないわよね? 覚悟はできてるってことね?」
「……いや……覚悟って……だいたい、こっちだって好きでやってるわけじゃ……」
「へえ。好きでもないことを、こんな人目のあるところで、大手を振ってするわけ。あんたは」
「いやだから……これには」
「深い事情があるなんて言ったら、殺すわよ。どんな事情があろうと関係ないっ」
「あ、あの!」
 私が叫んだのは、見るに見かねてのことだった。
「その、ともはちゃん……」
 妹さんが、ぎろりとこちらを睨み付けたので、言い直す。
「……いえ、夏目くんには、私がお願いしたんです」
「あなた。誰」
「えっ……私……沙原ひかり、です。洛高二年の、第二生徒会の」
「第二生徒会?」
 妹さんが目を眇める。
「もしかして……またなんか、悪巧みに夏目を巻き込んでるんじゃないでしょうね?」
「いえっ……とんでもない……あの、今日は、お買い物に付き合ってもらってるだけで……」
「買い物? それでなんでこの恰好になるの?」
「え、えっと……」
 妹さんの視線が恐ろしすぎて、つい、ともはちゃんの肩口にすがりつく。それを見た妹さんは、いっそう柳眉を逆立たせ、歯を剥いた。
「あんた……その恰好のときまで、女の子とベタベタベタベタベタベタと……」
 はい? 妹さん、それって?
「だいたい、私が訊いたときには、週末は用事があるとか言っといて、こんなことって……」
 ……ということは、妹さんも夏目くんを誘ったってこと?
 それで、いきなり分かった。なんだ、そういうことか。

207:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうさん
08/01/06 04:08:38 /tJlALQV

 ……それはまあ、妹さんが怒るのも、何となく分かる。好きな相手が自分の誘いを断って、女装して、他の女の子と出歩いてたら、面白くないよね。特に妹さん、潔癖な子みたいだから、尚更こういうのが許せないんだろうな。
 それにしても、さっき、夏目くんと出歩いてるのを他の女の子に見られたくなかったからだなんて、ほんとの理由を口走らなくて良かった。危ない危ない。
 そっと横目で、ともはちゃんを見る。うんざりしたような、諦めたような、鈍い表情。たぶん、この子の気持ちなんて、まるきり気付いてないんだろうな。
 そう思うと、なんだか妹さんに対して、とっても親近感が湧いてきた。そうだよね、お互い苦労するよね。
 共感したしるしに、がんばって頬笑んでみせたら、すごい目つきで睨み返された。ううう、やっぱり怖いよう。
「……佐伯」
 ともはちゃんが再び口を開く。
「黙れ変態」
「さっきは、ありがとな。助かった」
 そう言われて、妹さんは言葉に詰まったみたい。しばらく口をもにょもにょさせてから、
「べ別に夏目のためじゃなくて、お兄様のためよ。その恰好のあんたを、お兄様に会わせるわけにはいかないもの」
「そうだよな……こっちだって会いたくないよ」
「何ですって?」
 妹さんが再び激昂する。ともはちゃん、佐伯くんとも何かあったの?
「あんた……だれのせいで私がこんな苦労をしてると思ってるのっ。お兄様が、と、ともはさんのことを話題にする度に、私がどんな気持ちで相手してるか分かるっ?」
「ああ……そうだよな。ほんとのことを言うわけにもいかないしな」
「だ、だから、あんたが、その恰好を二度としなければいいのよっ。そうすれば、お兄様もそのうちに自然にお忘れになるわっ。そそそれをっ」
「ああ、佐伯の言うとおりだよ。佐伯にはほんとに、済まないと思ってる。ごめん」
 ともはちゃんが真摯な表情で頭を下げたので、妹さんの罵声はとりあえず鳴りやんだ。
「わ、分かればいいのよ……」
 少し戸惑ったようすで、かすかに頬が赤くなってる。綺麗な子だから、そんな表情をすると反則的に可愛い。それにしても、ともはちゃんの周りって、なんでこんな美人ばっかりなんだろ。
「うん。二度としないよ。今回は……まあ、人助けみたいなもんで。いろいろあって、断れなかったんだ」
「あの……私が無理にお願いしたんです。きっと、楽しいって思って。ごめんなさい……」
 私も神妙に助け舟を出した。事情はよく分からないけど、ともはちゃんと佐伯くんの間に、きっと何かまずいことがあったんだ。ともはちゃんも、そういうことは前もって言ってくれればいいのに……って、私のせいだね。ごめんなさい。

208:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうよんん
08/01/06 04:09:54 /tJlALQV

「そ、そう……まあ、仕方ないわね。今回だけは見逃したげる」
 妹さんは伏し目がちに呟いた。こっちがきちんと謝ったら、いつまでも怒っていられないなんて、いい子だなあ。こんないい子をやきもきさせるなんて、ともはちゃんも罰当たりだね。
「そ、それにしても……水無月さんも水無月さんよ。なんで止めないの」
 照れ隠しなのか、操緒さんに矛先が向く。操緒さんは、えーだって、と手を振った。
『面白そうだったしー。ここで協力したら、好きなときに智春の体を操ってもいいって約束してもらったし』
 えっ……その……ともはちゃん、そんな約束まで。えっと……ごめんなさい……。
『それにさ』
 操緒さんがにやっと笑う。
『綺麗で可愛いともはちゃんを、もいっぺん見たくってさ。佐伯ちゃんも、実はそう思ってるでしょ?』
「わわ私? 私はそんな……」
 妹さんはまた真っ赤になった。
「おおおお姉さまがほしいだなんて、そんなこと思ってないからっ!」
 あちゃー。自爆型かあ。うーん、ますます可愛く見えて来ちゃった。さっきまでの怖さが嘘みたい。
 何ともいいがたい顔をしているともはちゃんの横で、操緒さんがくっくっと笑って、
『どーでもいいけど、そろそろ出てかないと、お兄さん、不思議に思わないかなあ?』
「そ……それもそうね」
 妹さんはちょっと唇を噛んで、
「……いいわ。でも夏目」
「分かってる。二度としないよ。約束する」
「どうだか……」
 妹さんはしばらく、どうも信用なさそうな感じで、ともはちゃんのことを半目で見ていたけど、ともはちゃんが視線をそらさずに正面から見返し続けていたおかげか、そのうちに、大きく息を吐いて肩を落とした。
「今日は、お兄様とすぐに引き上げるから。あんたたちも、とっとと帰ってよね」
「分かった」
「じゃ、じゃあ……」
 ……えーと妹さん。その、どことなく名残惜しげな視線は、どういうことでしょう? なんか、あやしいなあ。というか、何となく分かるけど。
 妹さんが立ち去ってからたっぷり二、三分も経ってからだろうか。私たち三人は、示し合わせたように、そろって長い長いため息をついた。

209:名無しさん@ピンキー
08/01/06 04:11:30 /tJlALQV
ナンバリングに「ん」が一つ多い... orz
今回はここまで。年末年始の集中投下も一段落。今後はスレ保守ペースでぼちぼちと。

210:名無しさん@ピンキー
08/01/06 08:28:18 o+FMqUvZ
いいね、これはGJとか言いようが無い。

211:名無しさん@ピンキー
08/01/06 09:07:27 T2k0nOLW
イイヨイイヨー




………人増えないかな

212:名無しさん@ピンキー
08/01/07 13:41:38 mm1RrVhG
去年はこんなもんじゃなかった。俺としてはこれでも結構人居ると思う。
まあもっと人増えればうれしいけど・・・。

213:212
08/01/07 13:43:25 mm1RrVhG
ageちまった。スマン。

214:名無しさん@ピンキー
08/01/11 19:36:26 z6y9sCap
ううっ...操緒の姓は水無月じゃなくて水無神だった。orz
めげずに、ひかり先輩×ともはさんの第6回。

215:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうご
08/01/11 19:37:35 z6y9sCap
 
「ああ……さんざんだった」
 ぼやいたのは、テーブルの上につっぷしたともはちゃん。
 あの後、ともはちゃんはすぐにでも帰りたそうだったけど、せっかく作ってきたお弁当くらいは、ともはちゃんといっしょに食べたくて、さんざん拝み倒した結果、テーブルとイスのある吹き抜けのオープンスペースにやってきたのだった。
 いろいろあって、お昼には少し遅い時間になっちゃってたけど、テーブルは結構空いてたから、かえって良かったのかもしれない。それでも一応、人目につかなさそうな隅っこのテーブルに、私たちは腰を落ち着けていた。
「ご……ごめんなさい」
 私は、ともはちゃんの向かい側で肩をすぼめる。ちらりと目を上げると、ともはちゃんの横で操緒さんが、とっても面白そうに、にやにやしてた。
 ともはちゃんが、また大きくため息を吐いて、ゆっくりと起き直る。
「いや、先輩のせい……も、そりゃありますけど」
「はあ……」
 ともはちゃんの目が少し恨めしそう。私がいっそう身をすくめると、ともはちゃんはいったん目を閉じ、それからぎこちなく微笑ってくれた。
「いいんですよ。……なんか、自分の運の悪さからいって、こんなことになりそうな気はしてましたし」
「う……」
 そんな風に言われると、かえって胸が痛む。ほんと、悪いことしちゃったなあ……。
「でもいったい、佐伯くんや妹さんと何が……その……」
 ともはちゃんの表情がみるみる曇っていったので、ついついセリフが尻すぼみになった。
「それは訊かないでください」
「はい……」
 ともはちゃんらしからぬ、厳しい口調だったので、素直に引き下がる。努めてあかるく笑いながら、横に置いておいた荷物をテーブルの上に出してあげた。
「ともはちゃん。せっかくだから、お弁当しましょう」
「はあ……」
 む、気のないお返事だね。無理もないけど。
 構わず、包みを広げる。おかずが三箱に、おにぎりに、サンドイッチ。水筒には、甘さ控えめのダージリンティー。
「はあ……」
 それを見ていたともはちゃんが、今度は少し違った声を出した。よしっ。

216:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうろく
08/01/11 19:38:36 z6y9sCap
 
「ともはちゃん、何が好きか分からなかったから……いろいろ作ってきちゃいました」
「いや……すごいですね、先輩」
 いやそれほどでも。えへへへ。もっと誉めてくれてもいいんだよ、ともはちゃん。
「好きなの食べてくださいね。あの、量が多くなっちゃったから、無理して全部平らげようなんて、そんなこと気にしなくていいですからね。ほんとに」
 そうなの。一昨日くらいからいろいろ考えてたら、きりがなくなっちゃって。今朝もずいぶん早起きしたんだけど、時間的にはぎりぎりで、片づけもそこそこに飛び出してきたんだよね。残してきた台所の惨状と、お母さんの怒った顔は、今は想像しないことにする。
「そうですね……コルセットはめてるんで、たくさんは食べられませんけど……」
 うわあ。ともはちゃん、そんなリアルで私の夢を壊さないでっ。
「でもこれは、もったいないなあ……」
「ささ、どうぞどうぞ」
 お箸を渡してあげて、お茶もいれてあげる。
 ほんとは、おしゃれなレストランでランチっていうのも捨てがたかったんだけど、高校生のお財布事情ってものがあるし、お弁当でアピールっていうのもいいかな、って。うん、やっぱり正解だった。
「いただきます」
 私は、ともはちゃんのお箸の行方をじっと見守る。そうか、やっぱりお肉系が一番最初か。ふむふむ。
 ともはちゃんは最初の一口を飲み込んでから、にっこり笑った。
「おいしいですよ。先輩」
「そ、そう。良かったあ……」
 私ったら、いつの間にか息を止めてしまってたみたい。胸を押さえて、息を吐く。
「じゃ、じゃあ私も……」
 私もお箸を取って、ふと思い出して見上げると、操緒さんが一転してむくれた顔で私たちを眺めていた。
『いいよねー、ともはちゃん。女の子が作ってくれたおいしいお弁当食べられて。ふうん、これが甘酸っぱい青春てやつですかねえ。いいですなあ、いまどきの若い人は』
「いや、だって、お前食べられないだろ……」
 ともはちゃんが困った顔をする。私も何て言ったらいいか、分からない。確かに、操緒さんには、ちょっと酷なシーンだったかも。
 操緒さんはいつも明るくて、さばさばした感じだから、つい気を使うのを忘れちゃうんだけど。幼なじみの男の子が他の女の子のお手製のお弁当をぱくついるのに、その側で見守るしかないっていう状況は、そりゃ面白くないよね。
「それにお前、今まで人が食べてるの欲しがったことなんてないじゃないか」
 あれっ……ともはちゃん。もしかして、操緒さんが単においしいものを食べたいだけだなんて思ってるの? 分かってたけど、救いがたいまでに鈍いなあ……。
 ちょっと絶望的な気持ちで力無く笑う私の前で、対照的に唇をとがらして何やら考え込んでいた操緒さんは、けれど、いきなりぱっと笑った。
『いいこと思いついた。……とも、はちゃん。あたしに、舌だけ貸してくれない?』

217:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうなな
08/01/11 19:39:48 z6y9sCap
 
「え……ええっ」
 ともはちゃんは絶句してる。無意識のうちだと思うけど、いったん私と目を合わせ、操緒さんに視線を戻す。
「なんだよ、それ……」
『だって、いつでも好きなときに、あたしが体を操ってもいいって、約束したじゃん』
「いやそれはそうだけど……できるのかそれ」
『うーん』
 操緒さんはちょっと考えたけど、あっさりと、
『だいじょうぶだよ。何とかなるって。まず試してみるくらい、いいでしょ』
「いやしかし……」
 ともはちゃんは渋ってる。
「手足とかならまだしも……感覚を操られるってのは、どうも……」
 それはそうかも。それにしても操緒さんって、見たり聞いたりは自分でできるのに、その他の感覚はないんだね。ともはちゃんを操るときだって、痛みだけは感じないみたいで、そのへん、自分で自由に選べるのかな。考えてみると、便利にできてるかも。
 私がちょっと感心しながら見守ってたら、抵抗するともはちゃんを見て、操緒さんは華やかな笑顔を引っ込めると、その代わりに、背筋が寒くなるような別の笑みを浮かべた。
『ほほう……手足ならいい、と。だったらともはちゃん、ここであたしに両手をあずけてよ。約束でしょ。そしたら……ね』
「そ……そしたら?」
 ともはちゃんも、声が震えてる。操緒さんは悪魔みたいににったりと……いや、悪魔は私の方だから、ええと……人間って、怖いよう。
『そうねえ……いろいろできるわねえ。何なら、ここで全部服脱いじゃおうかなあ。こーんな綺麗な女の子が実はアレだったなんて、きっと面白いことになるわね。うくくっ』
「お前……」
 ともはちゃんは怯えと諦めが半々な感じで、
「朱浬さんに似てきたんじゃないか」
『え。ええー』
 操緒さんが、心底イヤそうな表情になった。朱浬さんて、黒崎さんのことだよね?
『アレと同じアレと……』
 なんだかすごーく落ち込んでたみたいだけど、すぐに立ち直って、ともはちゃんにずずいと詰め寄る。
『ま、それはおいといて、後でゆっくり話しましょ。それで、どうするの?』

218:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうはち
08/01/11 19:40:50 z6y9sCap
 
 ともはちゃんは、肩をすくめた。
「……分かったよ。仕方ない。……でも、できなくっても、今はそれで終わりだからな。代わりに他のところを操らせろってのは、なしな」
『うん。分かった。じゃ』
 操緒さんは精神集中のためか、目を閉じる。ともはちゃんは何だかとっても微妙な表情になって、そのまま一、二分がすぎた。操緒さんが目を開ける。
『できた、んじゃないかな。ともはちゃん、何か食べてみてよ』
 ともはちゃんが卵焼きを口に運ぶ。二人して揃って口をもぐもぐさせる様子を、ちょっと可愛いかもなんて、ほけっと眺めていたら、操緒さんが嬉しそうに笑った。
『うん、おいしい! わ、ほんとにできたね』
「全然味がしない……」
 ともはちゃんの方は、顔をしかめてる。どんな感じか、ちょっと興味があったので、おそるおそる訊いてみた。
「あのう……どんな風ですか?」
「ぼろぼろの粘土を噛んでるみたいというか、何というか……」
「えー……」
 それは……作った側としても、何というか、やだなあ。あの卵焼き、けっこう自信作なのにな。
 けれど操緒さんは、そんなともはちゃんに構わずに、
『ともはちゃん、次はその唐揚げいこっ。あでも、そっちのコロッケもいいかも』
「操緒。あのな……いいけど、交代だからな」
『えー何でよ』
「こっちだって味わいたいんだよ。だいいち、食べてても味が分からないなんて、作ってくれたひかり先輩に悪いじゃないか」
『ふーん』
 操緒さんが、じっとこちらを見つめる。それから、ちょっと肩をすくめて、
『ま、いいわ。交代ね。てことは、ともはちゃんが二人分食べるってことで。量も多いから、ちょうどいいんじゃないの?』
「えー……そんなに食えないって……せっかく旨いのに……」
 呻くともはちゃんの横で、操緒さんはこちらに意味ありげな微笑を見せた。
 ああ、そうなんだ。やっぱり、そういうことだね。操緒さんも、やるじゃない。
 私も負けないように精一杯の笑顔を返すと、操緒さんの笑みが、もっと大きくなった。
 ちょっと悔しい。けど、なんだか、嬉しい。どうしてかな。

219:名無しさん@ピンキー
08/01/11 19:44:16 z6y9sCap
今回はここまで。こんなにゆるゆるとぬるくてええんかいな。真の職人さん登場はまだか...。
あと6回の投下でおしまいの予定なんで、それまでに次のネタを考えつくことを祈りつつ。


220:名無しさん@ピンキー
08/01/12 00:50:04 hMadSkzk
いつも乙です

221:名無しさん@ピンキー
08/01/12 14:10:59 9AUGU1Dl



ネタもやる気もあるが携帯だと辛いお…

222:名無しさん@ピンキー
08/01/12 18:15:50 9DogAV0K
>>221
がんばってください。

223:名無しさん@ピンキー
08/01/16 21:32:27 SFZ2Rx8D
保守

224:名無しさん@ピンキー
08/01/18 22:15:13 hfbVYg5o
引き続きゆるゆるっと、ひかり先輩×ともはさんの第7回。
次のが目鼻がついてきたので、こっちの投下ペースをUP。

225:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのじゅうきゅう
08/01/18 22:16:23 hfbVYg5o
 
 食べ物も少しお腹に入って、さっきのトラブルから多少は落ち着いたところで、気になっていたことを、そろそろ訊いてみる。
「ともはちゃん、あの……さっきの女の子、どういうお知り合いなんですか?」
「え……ああ」
 ともはちゃんの口振りは重たかったけど、
「佐伯……玲子っていって、中学の頃からの同級生です。今も同じクラスで」
「そう……なんですか」
 じゃあ、私なんかよりずっと付き合いが長い。道理で、あんなに遠慮なく叱ったり罵ったり、親しそうにできるわけだ。
「綺麗な子、でしたよね。ちょっと怖かったですけど」
 ちょうど、操緒さんに味覚をあずける番だったともはちゃんは、春巻を飲み下しながらも、会話に付き合ってくれる。
「そうなんですよね。根が真面目ってのもあるんですけど、とにかく怖いヤツで。美人だから黙ってればモテるのに、もったいないなって思うこともありますけど」
 むう。美人だってとこは、すらっと肯定ですか。
「ぼ……私なんか、いつも怒られてばかりですよ。ぼっとしてるとか頼りないとか。まあ、佐伯はしっかり者ですから、気持ちは分からないでもないですけどね」
 ともはちゃん。それ、ともはちゃんはきっと、あの子の気持ちなんて何も分かってないと思う。私から教えてなんてあげないけど。複雑な気持ちで紅茶をすすっていたら、
「まあ……それでも、いいヤツですよ。嫌いじゃないですね。本人には、畏れ多くて言えませんけど」
 ともはちゃんは、ふふっと笑って、そんなことを言った。ええと……佐伯さんの前で、そんな笑顔でそんな殺し文句を言うのは、当分禁止です。油断ならないなあ。
『ともはちゃん。タッチ』
 そこへ、操緒さんが割り込んでくる。操緒さんもちょっと半眼ぎみなのは、私と似たようなこと思ってるんじゃないかな。
「あ。ああ」
 ともはちゃんは、おにぎりに手を伸ばした。うん、そのマヨ鮭のは、お勧めだよ。
 私の目は、何となく、おにぎりをつまんだともはちゃんの手に惹き付けられる。
 そう。この手だった。

226:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅう
08/01/18 22:17:30 hfbVYg5o
 
 地下の暗闇の中で、私を安心させてくれた手。私をおぶってくれた手。私といっしょに時空を飛び越えた手。忘れるわけない。グランクリユで、ともはちゃんの正体に気付いたのも、その手を見たときだった。ともはちゃんがどんな恰好をしてても、いっぺんで分かった。
 それは、女の子の手って言ってもぜんぜん違和感がないくらいの、きれいな手だけど、よくよく見ると、骨組みとかが細いながらもしっかりしてて、やっぱり男の子の手なんだな、って思う。
 今日はその手にさんざん触ったり握ったりしたことを思い出して、今更のように頬が熱くなってきた。その最中は、女の子同士みたいな感じで自然に振る舞えてたけど、いっぺん意識しちゃうと、やっぱり恥ずかしい。
 でも……この手を持つ人と、契約したら……どうなるんだろう。
 そのことを考えるのは、今が初めてじゃない。出会ったときから何回も、ずっとずっと考えてきて、でもまだ、何も分からないし何も決められずにいる。
 それは……契約というからには、あの、その、あんなこととかこんなこととかをするんだろうなとか、痛いのは怖いから優しくしてねとか、どんな使い魔が生まれてくるのかしらとか、そういう不安はある。
 でもそれ以上に……私と契約すれば、夏目くんは、魔神相克者ということになる。無限の魔力を操る、無敵の存在。それも、私といっしょに。私も心のどっかでは、そうなったらいいなって、とっても憧れる。憧れる、けど。
 夏目くんは、それを望まない……気が、する。第一、そんな気があればとっくに嵩月さんと契約してると思う。あんな美貌とスタイル(というか、あのバストは極悪非道だよ)の持ち主が側にいて、それもいつでも据え膳て感じで、でも、夏目くんはそうしない。
 夏目くんが嵩月さんを嫌ってるとかいうわけじゃない。それどころか、とっても大切に思ってるのは、あまり接点のない私でも分かる。それは、羨ましくてうらやましくて、胸が焼けてくるくらいに。
 たぶん、契約って、私が考えるよりも、もっと重たいものなんだ。そんな夏目くんと嵩月さんですら、簡単には踏み出せないくらいに。
 真日和くんも、契約なんていいことばっかりじゃないって、ときどき言う。あの真日和くんが、そう言う時だけはすごく真剣な……というより、深刻な顔になるから、それは本当なんだと思う。
 だから、怖い。怖い、けど。でも。
 でも、あの暗闇の中でつないだ手なら。あの、暖かい手なら。もしかしたら。

227:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅういち
08/01/18 22:18:37 hfbVYg5o
 
 悪魔といっても、うちは華鳥風月みたいな名家じゃない。力も、ちょっと特殊だけど、そんなに強大なものではない。それでも、悪魔の力ほしさに近寄ってくる人はたくさんいる。お父さんやお母さんは私をきちんと守ってくれるけど、それでも嫌な目に合うことも多い。
 洛高を選んだのも、そこなら割と普通に学生生活を送れる、と聞いたからだ。確かに、最初はちょっとトラブルがあって、六夏ちゃんや真日和くんに助けてもらったりしたけれど、その後はおおむね平穏無事な日々を送っている、と思う。
 ……まあ、ともはちゃんには別の意見があるかもしれないけど。おおむね、ね。
 洛高では、演操者とか射影体とか機巧魔神とか悪魔とかがごろごろしてて、周りも、多少の特別扱いはするけど、まあまあ普通に受け入れてくれてる。それまで、縮こまるようにして生きてきた私から見れば、天国みたいなものだった。
 そして、そこで出会ったのは、私が悪魔だって知る前も分かった後も変わらずに、沙原ひかりという一人の女の子として、私に接してくれる男の子。
 そんな人がいるわけない、って、思ってた。でも、もしそんな人がいたら、って、思ってた。
 そして、見つけた。見つけてしまった。
 神様って、ほんとにいるのかもしれない、って、思った。まあ、神様ときたらほんとに意地悪で、その男の子の周りには、すでにわんさかと、私と似たような境遇の女の子たちが集ってたけど。私なんか敵いっこないような、綺麗ですごい人たちばっかりだけど。
 でも、一緒にいたい。これからもずっと。素直にそう思う。
 契約なんかしなくっても、いいのかもしれない。契約するしないなんて、ほんとはどうでもいいことなのかもしれない。契約できなかった悪魔の末路はひどいものだって聞くけど、夏目くんと一緒に選んだ道なら、何があっても進んでいけるんじゃないか、って思う。
 もちろん、今の私には想像もつかないような、苦しいことや悲しいことがうんとあるのかもしれない。夏目くんと嵩月さんは、もうそれを知っているのかもしれない。弱い私なんか、もしかすると耐えきれずに逃げ出してしまうほどのことなのかもしれない。
 でも。でもね。何もせずに諦めちゃうのは、イヤだ。夏目くんの手を、私の方から放してしまうなんて、イヤだ。いつかは離れてしまうのかもしれないけど、それまでは、精一杯やってみたい。
 どうしたらいいかなんて、今の私には、まだ分からない。でも、この気持ちがある限り、必ず何とかなる。夏目くんと一緒だもの。絶対、何とかなるに決まってる。
「ひかり先輩?……どうかしました?」
 ふと気付くと、夏目……ともはちゃんと操緒さんが不思議そうに、こちらを見ていた

228:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうに
08/01/18 22:19:43 hfbVYg5o
 
「え……あ、いえそのっ」
 ええっ……私、何してたの? 耳がかっと熱くなる。もしかして、ずっと、ぼけっとしてた? そんな顔、ともはちゃんに見られちゃったの?
「わ私……あのう……」
「いえ、なんだかずっと黙りこくってたから……気分でも?」
「だ、だいじょうぶ。だいじょうぶですっ。何でもないですっ」
「そう……ですか?」
 ともはちゃんはちょっと心配顔。よかった、笑われなくて。それに、何となくだけど、ともはちゃんの表情が、すごく優しく見える。
『ともはちゃーん』
 そんなともはちゃんの肩に、操緒さんが上からしなだれかかった。
『ともはちゃんこそ、なーんかじろじろひかり先輩見ちゃって、あやしーい』
「え……そんな、じろじろなんて見てないだろ」
『そーかなー? なんか、見とれてたようにしか見えなかったですけどっ』
「見とれてたって……いやそりゃ、少し綺麗だなとは思ったけどさ」
 え。あのう、ともはちゃん、今のとこ、もいっぺん、いいでしょうか?
「いや何ていうか……ひかり先輩が、急に大人びて見えて……いつものひかり先輩らしくないっていうか。それで、ちょっと気になって」
 あのう……その言い方にはちょっとひっかかるものが。
「それって……いつもの私は子どもっぽい、ってことですか?」
「え……まさか……あはは」
 ともはちゃんは、目をそらして冷や汗を一粒垂らしてる。むう。その件については、またの機会に、じっくり伺いましょう。それにしても、私、どんな顔してたんだろう。
 あたふたする私に冷たい視線を注いでいた操緒さんが、するりとともはちゃんから離れて、
『あたし、もうお弁当、いい。ともはちゃんも、十分食べたんじゃない?』
「え……まあ、そうかも……」
 見ると、お弁当は三分の一くらいが残った状態だった。嬉しいな。思ったより食べてくれたんだ。
「ごちそうさまでした」
 ともはちゃんが手を合わせる。私はぺこりと頭を下げて、
「いいえ。お粗末様でした」
 それから、ふと思いつく。
「あの……ともはちゃんって、一人暮らしなんですよね」

229:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうさん
08/01/18 22:20:58 hfbVYg5o
 
「まあ……一人暮らしといえばそのような、そうでないような」
 ともはちゃんは微妙な表情で、横の操緒さんを見る。そっか、そうだよね。
『なによー。あたしがついてるから、何とかなってんでしょ』
 操緒さんが不満そうに言うのに、ともはちゃんがやり返す。
「お前が生活上役に立ったことなんて、ないだろ」
『そりゃ、幽霊だもん。あたしは、精神的サポート専門だから』
「なんだよそれ……」
 あのうお二人さん、夫婦漫才はそれくらいにしてですね。私の言いたかったことはそうではなくて。
「もしよかったら……残ったの、持って帰りませんか? お夜食にでも……お弁当箱は、後で学校で返してもらえればいいですから」
「え」
 ともはちゃんは、机の上のお弁当箱、そして私、の順に視線を移して、
「……いいんですか?」
「もちろんです。あの、こんなのでよければ」
「いえ……すごく助かります」
 ともはちゃんの顔を注意深く観察してみたけど、お世辞じゃなく、本気で言ってくれてるみたい。よかった。残ったお弁当を一つの箱に詰め直して、ともはちゃんの前に置いてあげる。
「ありがとうございます。それにしても、ひかり先輩、料理上手ですね」
「え……ええっ」
 不意に褒められたから、どう答えていいか分からない。
「そ……そうですか?」
「はい」
 ともはちゃんは満面の笑み。それを見てるうちに、なんだか頭がくらくらしてきた。ともはちゃん、その笑顔は反則だよう。
「家庭的なのって、憧れるんですよね。そういうの、あまり周りになかったので」
 ああ……そうなのか。さっき、ちょっとだけ話してくれた昔話が、よみがえる。
 そっか。これは、いいこと聞いちゃったな。うん。
「そうですか。……私なんかでよかったら、またいくらでもお弁当作りますよ?」
「え……」
 ともはちゃんは満更でもなさそうだったけど、操緒さんの目が笑ってない笑顔が目に入ったからか、
「いや、そこまでは……悪いですから」
「……そうですか」
 ここでもう一押し、と思わないでもなかったけど、ここは一旦退くことにする。ともはちゃんは力無く笑って、それからふと、視線をさまよわせた。ん? 何かしら?
『ともはちゃん。あっち』
 操緒さんが白けた表情で、ある方向を指さす。そっちは……ああ、なるほど。
「え、ええと……」
『行ってきなよ。あれくらいの遠さなら、あたしはここにいられるから』
 ともはちゃんは恥ずかしそうな苦笑い。
「じゃ、じゃあ……」
『ごゆっくり』
 手をひらひらと振る操緒さんに見送られて、ともはちゃんが小走りにお手洗いに消えたあと、操緒さんと私の間には、ちょっと気詰まりな感じの沈黙が残った。
 ……ええと。おずおずと、切り出してみる。
「操緒さん……それで……お話って……?」

230:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうよん
08/01/18 22:22:00 hfbVYg5o
 
 操緒さんは、びっくりしたりしなかった。ただ、静かに微笑んだだけ。
『ひかり先輩って……意外と、侮れないですよね』
 意外と、って……まあ、そうかもしれないけど……。だって今ここで、ともはちゃんに付いていかずにここに残るのって、私に話があるとしか思えないよ。
「それで……そのう……何でしょう……?」
『ええと、ですね』
 操緒さんに珍しく、少しためらいがあった。
『智春なんかの……どこがいいんです?』
 そういえば、あの地下迷路でも同じこと訊かれたなあ。答えは同じだけど、さすがにこんな冷静な状況であらためて口にするのは、ちょっと恥ずかしい。
「……その……優しくって、頼りになるとこ……です……けど」
『えー』
 なんだかまずいものでも食べたかのような声。でも操緒さん。今度は、あの時みたいに大げさに驚いたりしないんだね。操緒さんもちゃんと分かってる、って取ってもいいのかな。
『優しいっていうより、何も考えてなくてお人好しなだけかもしれませんよ? あたしがついてないと、いまいち何もできないし』
「操緒さんは……夏目くんのこと、そんな風に思ってるんですか?」
『まあ、付き合い長いですから……それもこの何年かは四六時中ずっといっしょですし。悪いとことか足りないとこも、いろいろ見えてきますよね。否応なく』
「でも……操緒さんも、夏目くんのこと……嫌いだとは思えないんですけど」
 私の追求にも、操緒さんは口ごもったりしない。不自然なくらいに流暢に答える。
『だってほらあたし、選択の余地ないですから。智春から離れられないんだし。どうせなら、険悪になるよりは、ほどほどに仲良くしてる方がいいじゃないですか。適当に目つむるとこはつむって。深く考えても仕方ないし』
「……それで……自分と同じように……私にも予防線を張るんですか?」
『っ……』
 操緒さんは口を閉じて、私を睨んだ。初めて見せてくれた表情だった。
『……あたしは別に……先輩が智春と付き合うことになったって……構わないって、思ってますよ。ただ、なんで智春なのか不思議なだけで』
「自分にはそんな資格はないから、仕方ない……ですか?」
『……』
 操緒さんの頬が強張る。ちょっと開いた唇の間から、食いしばった白い歯が見えた。

231:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうご
08/01/18 22:23:00 hfbVYg5o
 
『先輩に……そんなことを言われる筋合いはない、って思いますけど』
「……そうかもしれませんね」
 私はにっこり笑って、自分の声が震えないように祈る。
「しょせん、ただの知り合いの上級生ですよね。……操緒さんみたいに、いつもいっしょにいて、《黑鐵》を呼び出せて、夏目くんを守ったりなんか、できませんし。操緒さんは特別で、どんな子だってかなわない」
『……』
「でも私なら……操緒さん以外の女の子なら……夏目くんと触れ合える。夏目くんの恋人になれる。夏目くんに抱きしめてもらえる」
 私が言葉を重ねるたびに何かをこらえるような操緒さんの表情を見て、私はいったん言葉を切った。次の言葉は、口にするのにちょっと勇気がいったから。でも、思い切って言ってみた。
「……夏目くんが、佐伯くんみたいに元演操者になっても、いっしょにいられる」
『先輩、あたしはっ……』
 操緒さんの顔は、怒ってて、泣いてて、笑ってた。構わずに、続ける。
「夏目くんのことが、そんなに大事ですか? 夏目くんに彼女ができても、笑ってがまんできちゃうくらい? 自分だけの場所はあるから、って? 自分はいつ消えてしまうかも分からないから、って? ……そんなのを、私にも見ないふりしろって、言うんですか?」
『……』
「私はイヤです……そんなの。操緒さんがごまかしたままだったら、誰も前に進めないじゃないですか。夏目くんも、操緒さんも、私も。……たぶん、嵩月さんだって」
『……あたしは……』
「私、悪魔ですから」
 精一杯、人の悪そうな笑顔を作ってみる。
「夏目くんと、契約しちゃうかもしれませんよ? そしたら……このままなら、操緒さんのこと、二号さん扱いしちゃいますよ? なにせ……ええとその、あ、愛の結晶なんか、できちゃうんですから。それでも構いませんか? 本当に?」
『……』
「操緒さん。自分が夏目くんの恋人になれっこないなんて……ならなくてもいいなんて……本当に、本気で思ってるんですか?」
 操緒さんは、じっと私を見てた。その薄い色の瞳に、吸い込まれてしまいそうな気がするくらいに。

232:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうろく
08/01/18 22:24:05 hfbVYg5o
 
 どれくらい、そのままでいたんだろう。そんなに長い間じゃなかったはずだけど、私には何時間にも思えた静寂のあとに、操緒さんはおもむろに目を伏せて、呟いた。
『それで……あたしに何言えって……言うんですか……』
「……なんにも。言わなくていいです。……私が言いたいこと言ってただけですから」
『そんなのって……ずるいじゃないですか』
「そうですよ? ……おあいこです」
 操緒さんは顔を上げた。私が澄ました顔で見返すと、操緒さんは段々と目を眇めるなり、いきなり、にやりと笑った。
『先輩って、やっぱ意外と……』
 まだ言いますか。
「あの……ですから、意外と、は余計です……私、一応ほら、年上で……」
 操緒さんは吹き出した。ええと……その……もう、何がそんなにおかしいのー!
『先輩……せんぱい』
 操緒さんは笑い声の下から、切れ切れに言う。
『先輩、可愛いっ。可愛過ぎっ』
「え。ええっ……」
 あのう……操緒さん。たった今私が言ったこと、聞いてました?
『そんなに可愛いの、反則ですよー……まいったなあ。あたし、百合じゃないはずだったのにい』
「……まいるの、こっちですよう……それに百合って、なんなんですかあ……」
 くすくす笑い続ける操緒さんと、しょげる私。そこに、ともはちゃんが戻ってきた。
「……何やってんですか。二人して」
『んー』
 操緒さんがいたずらっぽく目を輝かせて、
『女の子のヒ・ミ・ツ。ともはちゃんには、まだ早いかなー。もっと大人になったら、教えてあげるね』
「何だよ、それ……」
 ともはちゃんが物問いたげに私を見るけど、私も乾いた笑顔を向けるのがやっとだった。とてもじゃないけど、年下の女の子に可愛いって言われたなんて、口にできない。
 ともはちゃんは要領を得ない顔つきのまま、肩をすくめた。
「あー……。お待たせしました。行きましょうか」
「はい」
 私もお弁当箱を持って、立ち上がる。残り物を詰め直した方をともはちゃんに渡してあげると、ともはちゃんがふと思い出したように、
「そういえば……プレゼント、結局決まらないままですね。すみません」
 ああ、そうだった。うん、それはね。
「いいえ、大丈夫ですよ。もう、決まりましたから」
「え?」
 ともはちゃんは何のことだか分かってない顔だったけど、私は何も言わずに、ふふ、とだけ笑った。操緒さんが笑うのを止めてジト目で睨んでくるけど、気にしない。
 まあ、いろいろあったけど、結果オーライ。けっこう収穫があったなあ、と体の向きを変えた私の目に、あるものが飛び込んできた。
 壁の広告。レディース冬物バーゲン。8割から9割引き。

233:名無しさん@ピンキー
08/01/18 22:25:05 hfbVYg5o
今回はここまで。あと2回の投下でおしまい。

234:名無しさん@ピンキー
08/01/19 01:21:06 fniA4VvX
楽しみにしてるぜ

235:名無しさん@ピンキー
08/01/19 23:28:21 1xXYyb1M
続き楽しみにしてます。
てか最近また人減った気がするんだが・・・いる奴ちょっと返事してー。

236:名無しさん@ピンキー
08/01/20 01:20:04 vO9fA8ds
>>235
あいよ~。書きたいけどうまくいってないから見てるだけ。

237:名無しさん@ピンキー
08/01/20 01:44:18 NZf4TfHX
俺、書いてる途中だけど時間がなくて中々進まん

238:名無しさん@ピンキー
08/01/20 06:22:49 UKCysXEt
人が居ないのは受験シーズンだからさ…俺以外にも受験生がいるはずだ




浪人生なのにorz

239:235
08/01/20 10:09:57 bz3uwMe1
俺ふくめて4人か・・もっと隠れてそうだけど、
とりあえず書き手さん残ってるみたいで良かった。

>>238
受験かぁ、体に気をつけてがんばってください。

240:233
08/01/20 12:48:48 i04zFUko
皆さんお忙しいとは思いますが、どうぞよろしゅう... <(_ _)>
いくら保守代わりとはいえ、こんな温い話でスレを埋めるのが正直
段々心苦しくなってきたところなんだ。

しかし、この次用に智春&操緒×紫浬&朱浬のエロも一応書き上げて
みたが、えらく苦労した。
操緒の射影体とか嵩月の興奮発火体質とか朱浬さんの改造肉体とか
エロ抑止ギミックがこれでもかと盛り込まれていて、これは三雲め
絶対わざとだろ、とか思ったり。

機巧魔神にせよ悪魔にせよ、鬱要素テンコ盛りの設定だし。どういう
カップリングでもその延長線上にハッピーエンドを想定しにくいったら。
それを思うと、2巻183pの佐伯妹のセリフがやはりFAかもしれんのう...。

愚痴レスですまん。ではまた来週末にでも。

241:236
08/01/20 16:07:20 vO9fA8ds
>>238
武運を祈ってるよ。

>>240
いや。気に病む必要もないでしょ。
俺もどうにかしないとねえ。だけどいかんせんこういうのは不得手でねえ。
何はともあれ、続きを期待。

242:名無しさん@ピンキー
08/01/21 11:59:34 NjetFBy7
そうだよな、都合の悪い部分はスルーするかオリジナル設定作らなきゃエロにもっていくのが難しいよな
何か対策しとかないと嵩月の処女喪失と同時に智春が部分的に再起不能な大火傷しそうだし

朱浬さんが智春とセクロスしたら、やっぱり機巧魔神の力を使えなくなるのかな?

243:名無しさん@ピンキー
08/01/23 02:46:58 FcsT0XYH
>>242
一部でもアレだけど、最悪塵と化しそうで…

244:名無しさん@ピンキー
08/01/24 02:02:32 mEL/AIuv
氷羽子も入れた3Pなら炎と氷で打ち消し合うかも、という妄想が
ふと浮かんだが、成り行き次第ではもっと悲惨なことになりそうだ。w
氷羽子については情報不足で、己にゃまだss化は無理だしナー...。
あとは、律都さんになんかあやしげな薬を処方してもらうとか?

朱浬さんについては、演操者(朱浬さんの場合は兼副葬処女?)同士で
ヤるとどうなるか、という設定は今のところ出てないはず。
「顔と胴体は自前」らしいので、マグロでいてくれればセクロスするに
支障はないはずだが、いかんせん怪力設定がなあ...。
我を忘れられると、智春のいろんなとこが2巻p72の木刀のような目に
合いそうだ。ナムナム (-人-)

245:名無しさん@ピンキー
08/01/24 02:06:10 mEL/AIuv
あ、2巻p72じゃなくて3巻p72だた。

246:名無しさん@ピンキー
08/01/24 20:57:50 zp0WY4x5
能力の制御法でもあるんじゃないか?
2巻で嵩月が自分から契約を誘うようなこと言ってるし、対策はあるんじゃないかと

由璃子さんと谷やんはどうだったんだろうね

247:名無しさん@ピンキー
08/01/26 01:41:16 WJli6vR9
ひかり先輩×ともはさんの第8回。
このお話の唯一のエロ回... いや嘘ですゴメンなさい。

248:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうなな
08/01/26 01:42:30 WJli6vR9
 
 これは見過ごせない。女として。いや人として。見過ごすことは許されない。
「……あの、なにか?」
 いきなり私にがっしりと袖口をつかまれたともはちゃんが、けげんな顔で尋ねる。
 ともはちゃん。バーゲン。
「はあ」
 ともはちゃん。バーゲンはね、女の戦場なんだよ。
「は?」
 そこでは、逃亡も撤退も敗北も許されないんだよ。
「ええと、先輩?」
 贅沢は敵だけど、足らぬ足らぬは工面が足らぬ、なんだよ。欲しがりましょう買うまでは、なんだよ。あらまた一着、もう一着、なんだよ。
「いや、もうすでに意味が分かりません」
 だからね。黙って来なさい。分かった?
「……はい」
 素直でよろしい。ところで、ともはちゃん。
「はい、なんでしょう」
 私、さっきから何も口に出してしゃべってないのに、なんで会話が成立してるのかな。
「いや正直、何も分かんないんですけど。答えだけがなぜかひらめくんですよ……」
 なんかすごい。でも今は、それどころじゃない。ともはちゃんの手を引いて、いちもくさんに、バーゲンのフロアへ向かう。かなり出遅れちゃったから、めぼしいものは残ってないかもしれないけど、とにかく行ってみなきゃ。
 エスカレータを降りると、探すまでもなく、黒山の人だかりで、目当ての場所は分かった。
「……あの、ひかり先輩? もしかしてあの中に突っ込んでいこう、とか……?」
 不安げに尋ねてくるともはちゃんに、にっこりと笑いかける。ともはちゃん、そんなに顔を引きつらせて後ずさるようなことは、なにもないんだよ?
「言ったでしょ? 戦場だって。突撃あるのみですから」
「ええっ……ぼ……私は別に……そういうの興味なくて……」
「撃ちてし止まむ、ですから。では、そういうことで。いざ」
「いえだからそういうことってどういうことですかっ」
『ともはちゃん』
 いつの間にか、操緒さんがともはちゃんの背後にぴったりとくっついていた。私と、全てを分かち合った戦友同士の熱い視線をかわす。
『これはねえ、女の子が必ず通らないといけない道なんだよ。そうやって、大人への階段を上るんだよ。花は手折られてこそ花なんだよ』
「いやお前の言ってることも意味不明だしっ」
 ええいもう、往生際が悪いなあ。
「操緒さん」
『らじゃー』
 言わず語らず、以心伝心で響き合うなんて。ああなんて美しい女の友情なのかしら。
「お……おい、ちょっと……? あ、脚がっ……操緒っ、まさかっ」
 ともはちゃん、大丈夫だよ。ちょっと今は、初めてで勇気が足りないだけだから。私と操緒さんが手伝ってあげるから。何も心配ないよ。
「ちょっと待てえええええっ」
 上半身だけでむだな抵抗を示しながら、下半身を操緒さんに操られたともはちゃんは、私といっしょに人混みの中へ駆け入っていった。

249:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうはち
08/01/26 01:43:29 WJli6vR9
 
「うううっ……汚されちゃった。汚されちゃったよう……」
 試着室へ向かう列の中、持てるだけの品物を抱えながら、ともはちゃんはさめざめと泣いていた。おおげさだなあ。それに、OLさんからそのカットソーをもぎとった時のともはちゃん、かっこよかったよ。
「いや、ですから……あんな浅ましいマネは、ほんとのぼ……私じゃ……」
 だから、戦場だって言ったじゃない。ひるんだ方の負けなんだから。いいのいいの。操緒さんだって、うなずいてるよ?
「いいんですか……それで……?」
 なんだか、連続殺人犯でも見るような目つきで私を見るのは、やめてほしいなあ。「理性とか礼節とか、人としてはもっと大事なことが……?」とかぶつぶつ言うのも、どうかと思う。ともはちゃんだって、あっという間に目の色変わってたくせに。
「変わってませんよっ。人を同類扱いしないでくださいっ」
 なら、そこに抱えた品物は何? ともはちゃんが何もしないのに、品物がひとりでに飛び込んできたとでもいうのかしら?
「ううっ……。もう、いいです……」
「あの、お客様」
 近くの商品棚に向かってのの字を書き始めたともはちゃんにびくつきながら、店員さんが声をかけてきた。
「大変申し訳ありませんが、ただ今非常に混み合っておりますので、試着室はお連れ様とごいっしょということで、お願いできますか?」
「あ、はい」
 前の人たちもそうしていたから、当然のことだと思って、うなずく。ところが、
「え……ええええっ」
 背後で、ともはちゃんが悲鳴を上げていた。何なの、うるさいよともはちゃん。
「い一緒って、ぼ……私と、先輩が……?」
「はい。なにか?」
 店員さんは首をかしげるばかり。そうだよね。女の子が連れだって試着室に入っても、何も問題ないはずだもの。女の子同士だもん。
「そ、それはさすがにまずいんじゃ……」
 そうね、三人だとちょっと狭いかも。でも、操緒さんは宙に浮けるわけだし。
「いや、そうじゃなくて……」
 しつこく言い募るともはちゃんを、私は制した。
「ともはちゃん、わがまま言っちゃだめでしょう? ええ、はい、大丈夫です。すみません、連れが聞き分けなくって」
「はあ」
 店員さんは今ひとつすっきりしない顔だったけど、列の後ろの方へ同じことを告げに去っていった。
「せ先輩」
 ともはちゃんが、私の耳のすぐ側で囁いてくる。ううん、くすぐったいっ。
「いやなにをうっとりと悶えとるんですかあんたは。じゃなくて、一緒に試着室って、それは……」
「ともはちゃん。私の着替えなんか、グランクリユで何度も見たじゃないですか。いまさら、何言ってるんです」
「うううっ……それはっ……」
「ね?」
 ほら、何も問題ないじゃない。だからともはちゃん、いい加減泣くのを止めなさい。

250:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのにじゅうきゅう
08/01/26 01:44:32 WJli6vR9
 
「ああっ……先輩……そんなにしたら……締まる……」
「ともはちゃん……まだよ……まだだめ……」
「だって、先輩……私……も、もう、動けない……動いたら……」
「こう? これはどう? いえ、こうかしら?」
「ああっそんなっ……だめっ……許してっ……そんなにしたらっ……出ちゃうっ……」
「我慢するのよ……もう少しで、私も。私もっ」
「あっ……だめ、もう我慢できない……先輩、私、もう、こんなの……やだ……先にいっちゃったら……やっぱりダメ?……もう私……」
「だめだよ……私を置いて先にいっちゃうなんて、許さないから……ほら、もっと締めたげる。ほら、ほらっ」
「ああっ……も、もう、ほんとに、だめえええっ……!」
 ともはちゃんがのけぞるようにして背筋を伸ばす。その瞬間、私も何とか目指すものに到達することができて、喜びの声を上げた。長いようで短い濃密な時間のあと、目的を果たした二人は、ぐったりとなって寄り添ったまま、荒い息がおさまるのを待つ。
「せ、先輩……」
 ともはちゃんが、涙目になって振り向いた。
「こ、これ……やっぱり、息できませんよう」
「うーん……やっぱり、ちょっとウエストがきつかったですか? コルセットはあんなに締めたんですけど……」
「ちょっとどころじゃ、ないです……うえ、さっき食べたのが、出てきそう……。だから、さっきので終わりにしようって、言ったじゃないですか……」
「だめですよ。試着室に持ち込んだものは、ぜんぶ試さなきゃ。私もまだ何着か残ってるんですから。一人だけ先に出て行こうだなんて、許しません」
「ふええ……」
 うーん。タイトなドレススーツに何とかかんとかともはちゃんを押し込んでみたんだけど、ちょっと無理があったか。でも、こういう大人っぽい恰好、すごく似合うんだけどな。少し直してもらったら、これだって大丈夫じゃないかって思うんだけど。
「せ、先輩……もう限界……早く脱がせて……」
『ともはちゃーん』
 少し上空から、さっきからの顛末を何故かジト目で見守っていた操緒さんが、
『その言い方、かなーり、やらしい』
「な……何がだよ……」
 ともはちゃんが息も絶え絶えの状態で抗議する。なんで、やらしいのかな。きょとんと操緒さんを見上げた私を見て、操緒さんは呆れ果てたように首を振った。
「は、早く……」
 そうするうちにも、心なしか、ともはちゃんの顔色が土気色になってきたような。
「う、うん。ちょと待って」
 あわてて、さっきはめたばかりのボタンを外そうとしたけど、これがなかなか難物だった。そうだよねえ、もう食い込んじゃってるもんねえ。
「あの……先輩……? それはもう、だめということで……?」
 ともはちゃんが情けない声を上げた時だった。試着室のカーテンがさっと開かれて、誰かが中に顔を突っ込んできた。
「あのねっ、まだ次がつかえてんのよ。いつまで無駄な努力してんのっ。みんな待ってんだから、入らないもんは入らないってさっさと諦めなさい、って……え? ともはちゃん?」
 はい?

251:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのさんじゅう
08/01/26 01:45:42 WJli6vR9
 
 振り向くと、そこには、モデルばりのでたらめな美人さんがいた。この人、知ってる。確か、ともはちゃんといっしょに科學部にいる、
『朱浬さん……』
 私より先に、操緒さんが、その名前を呼んだ。黒崎朱浬さんは、まだ驚きを隠せない様子で、
「操緒ちゃんも……それにあなた、沙原ちゃん?」
「あ、はい……」
 黒崎さんの視線が、試着室の中をぐるりと一巡する。なんだか、強烈なサーチライトに照らされてるみたいで、私はびくりと身をすくませた。
「ふーん」
 黒崎さんは、にっこりと笑った。とっても綺麗ですてきな笑顔だった。なのに、なんでこんなに怖いのー!
「おもしろそうなこと、やってるじゃない」
「あ、あのう……これは、そのう……」
 何か説明しなくっちゃ、と気ばかりは焦るんだけど、おろおろするだけで、言葉なんか出てこない。黒崎さんは構わず、いったん試着室から顔をひっこめた。
「奏っちゃん! こっち来ない? すごいもの見ちゃった」
 え。え。奏っちゃんって、嵩月さんもいるの? そ、それって、まずいよう……。
 凍り付く私が何もできずにいる間に、カーテンの隙間から、これまたとんでもない美少女さんが、試着室の中を覗き込んだ。嵩月奏さん。ともはちゃんのクラスメイト。悪魔四名家の一、炎を操る嵩月家の跡取り娘さん。それが、なななんでここに……?
「あー……」
 黒崎さんに強引に押し込まれたらしい嵩月さんは、きょとんとした表情で、ゆったりと中を見回す。その視線が、ともはちゃんに止まった。
「……夏目くん?」
 は? 嵩月さん、今なんと?
 なんで、ともはちゃんのこと、知ってるの?
 ええっと、それって……。ということは……。
 全然考えなんかまとまらないでいると、嵩月さんの目が、ゆっくりと、私に向いた。
「ひゃっ……」
 思わず、小さく悲鳴を上げてしまった。さっきの穏やかな眼差しから一転して、まるで終生の仇敵を見るかのような、冷たく真剣な目つき。あ……あのあの、どうして私がそんな目で見られなきゃいけないんでしょう……?
「あなた……たしか……沙原先輩……」
「ははははい!」
「何をしてるんですか……こんなところで……そんな恰好で……」
「え」
 自分の体を見下ろして、ようやく、シュミーズ一枚の恰好だったことを思い出した。……え、ええと、これはですね、私が試着服を脱いだところで、ともはちゃんが困っているのを助けることになったからでして、決してその、ご想像のようなことは……。
 私がもじもじしているのをどう受け取ったのか、嵩月さんの表情がどんどん硬くなってく。
「夏目くんに……何、してるんですか」
「ああああのその、これは……一緒に……お買い物を……ってだけでして……」
『あのさ。どうでもいいんだけど』
 私の窮地を救ってくれたのは、操緒さんだった。
『ともはちゃん、そろそろ窒息しそうだよ?』

252:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのさんじゅういち
08/01/26 01:47:00 WJli6vR9
 
 それからは、ちょっとしたてんやわんやだった。ともはちゃんを何とかドレススーツから解放し、ぐったりしたともはちゃんを介抱し、二人とも慌てて元の衣装を身につけ、店員さんとか他のお客さんに謝り倒し、結局何も買わずに逃げるように、フロアを立ち去った。
 そして今、私たちは喫茶店にいる。ともはちゃんと、その左側に私、右側に操緒さん。向かい側には、黒崎さんと嵩月さん。
 黒崎さんが「ちょっとお話しましょ?」と誘ってくれて、ほんとは遠慮したかったんだけど。黒崎さんと嵩月さんの目の色が、私たちには断る権利なんてない、って明らかに言ってたので、ともはちゃんと操緒さんと私は大人しくついて来たのだった。
「いやー、奇遇ってあるものねえ」
 黒崎さんがしみじみと言う。ともはちゃんと私は、かしこまって座っているばかり。一応目の前には、注文したコーヒーなんか出てきてるけど、味なんて分かるわけない。
「まさか、バーゲン会場で、ともはちゃんに会うなんて……ねえ? 奏っちゃん」
 会話を振られた嵩月さんは、相づちも返事もしなかった。ただ、ともはちゃんと私にじっと目を据えている。あのう、そんなに睨まないで……いえその、すみません……いいんです……。
 そんな嵩月さんを見て、黒崎さんが苦笑した。あらためて私たちに向き直り、
「で? なんだって、こんなおもしろいことになったの」
 やっぱり、ここは私が説明しなきゃだめなんだろうな。念のため、ともはちゃんをちらりと横目で見てみたけど、もう全てを諦めた世捨て人みたいな顔をしてたし。
「あ、あの……私が、誘ったんです……その……ともはちゃんとは、グランクリユで……いっしょにお仕事するうちに、何となくともはちゃんのこと、分かっちゃって……」
 それを聞いて、黒崎さんが、あああれ、という風にうなずく。ともはちゃんがあそこで働くことになったのは黒崎さんの紹介だったから、細かいところまで話さなくてもいいのは助かる。
「でも、ともはちゃん、綺麗で、うらやましくて、いつか、いっしょに遊べたら、楽しいだろうな、って……そう思ってて……それで、ちょっとお願いしたいこともあったから……」
 というか、こういう事態になることを避けるために、夏目くんじゃなくてともはちゃんといっしょにお出かけしたのに、どうしてこうなるんだろう……。ともはちゃんのことが、こんなに色んな人に知られてるなんて、考えてもみなかったなあ……。
 考えるうちにたまらなく情けなくなって、涙が出てきた。この人たちの前で泣きたくなんてなかったから、一生懸命こらえようとしたのに、結局、二、三粒がぽろぽろと頬の上を転がり落ちていってしまう。
「あー……」
 それを見たのか、黒崎さんが少し気まずそうな声になる。いやだ。同情なんか、されたくない。私は急いでティッシュを取り出して目のあたりを拭うと、黒崎さんや嵩月さんと正面から顔を合わせた。

253:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのさんじゅうに
08/01/26 01:48:04 WJli6vR9
 
「……ふふん?」
 私と目を合わせた黒崎さんは、ちょっと意外そうに目を見開き、やがて面白そうな光を目に宿らせた。
「沙原ちゃんって……なかなか」
 ともはちゃんには、今回いろいろ迷惑かけちゃって申し訳ないって思うんだけど、黒崎さんや嵩月さんには関係ない。この人たちの前で、うなだれてなきゃならない理由なんて、何もない。だから、私は顔を上げて前を見ていればいいんだ。そのはずだ。
 私とにらみ合うようなかっこうになっていた黒崎さんは、しばらくして、ふ、と息を吐いた。
「まあ、確かに……いかに大切な科學部員とはいえ、トモハルが休日に誰と出歩こうが、あたしたちがとやかく言うことじゃないかもしれないわね。トモハルの自由なんだし」
 それを聞いて嵩月さんが、戸惑ったように黒崎さんを見る。良かった。分かってもらえたんだ。思わず安堵のため息をついたんだけど、
「……でもね。ともはちゃんについては話が別なの」
 は?
「今回の件であたしが気に食わないのはね。あたしのあずかり知らぬところで勝手に、ともはちゃんが出歩いてる、ってことなのよ」
 な……何なんですか……そのワガママめいっぱいな言いがかりは……。
 あまりのことに呆然としている私たちの目の前で、黒崎さんは堂々と続ける。
「大体ね、ともはちゃんの生みの親はあたしなのよ。それに一言の相談もなく、人目にその姿をさらしてまわるなんて、ありえないわ。そんなの、親を呼ばずに結婚披露宴やっちゃいました、みたいなもんなのよ。人倫に反するわ。そう思わない?」
 いや……あまり思いません。というか、全然思いません。ともはちゃんも、「そんな理屈ってあるのか……?」とかって、頭を抱えてるじゃないですか。嵩月さんも、結婚披露宴とかいう単語に反応して唇の端をひくつかせるのは、お願いだからやめてください……。
 なんか、六夏ちゃんがこの人を嫌いな理由が、良く分かった。お互い、ゴーイングマイウェイなところがそっくりだから、同類嫌悪なんだ。きっと。
「というわけでね。沙原ちゃん」
 え。ええと、私ですか?
「あなた。ともはちゃんのマネジメントを仕切ってるあたしの縄張りを荒らしておいて、どう落とし前をつけてくれるのかしら?」
「あ……あの、何がどうなって、そういう話に……」
「どうなの?」
 黒崎さんの目がすっと細くなる。
 別に、恐ろしい顔をしてるわけじゃないの。見た目は、とってもにこやかで優しい笑顔……なのに、どうして今日が私の命日かもって感じがひしひしとするのかな。背中に嫌な汗が流れるのかな。横を見ると、ともはちゃんも、この世の終わりみたいな顔をしてた。
 この世のものとは思えない理不尽な状況の中、思わず、両手をともはちゃんの腕にからめ、手と手を握り合わせる。ええと……その、深い意味はなくて、ちょっと助けてほしいというか、お互い支え合おうねというか、それだけなんだ、けれ、ども。
 それを見た瞬間、黒崎さんと嵩月さんの顔から、表情がぜんぶ消えた。
 ……お父さんお母さん。すみません。不憫な娘が先立つ不孝をお許し下さい……。

254:名無しさん@ピンキー
08/01/26 01:49:07 WJli6vR9
今回はここまで。次回でおしまい。

255:名無しさん@ピンキー
08/01/26 10:41:15 EzTOG5YB
ナイスエロ!

256:名無しさん@ピンキー
08/01/26 13:48:44 t/iENf7V
これは、いい修羅場www

257:名無しさん@ピンキー
08/01/30 12:49:46 Wzoqz9Pj
GJ!!

>>250
ベタだね~www
だがそれが( ´∀`)bイイッ

>>254次回で終わり!?
頑張って書き上げてください!
全裸&正座で待機します!

258:名無しさん@ピンキー
08/02/01 17:15:39 VNDI81rM
ひかり先輩×ともはさんの最終回。

259:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのさんじゅうさん
08/02/01 17:17:00 VNDI81rM
 
 ……ああ。生きてるって、やっぱり、いいなあ……。
 私は、一人きりで公園のベンチの上にへたり込みながら、ぼんやりと、抜けるような青空を見上げていた。風は少し冷たいけど、午後の日差しはそれなりに暖かくて、気持ちいい。
 いやほんとに、喫茶店でのあの瞬間は、「ふぁすたー・ざん・……」とか思わず口走りそうになっちゃったくらい、身の危険を感じた。無事に生きて出てこられたのが、奇跡みたい。
 もちろん、何の犠牲もなし、というわけにはいかなくて、ともはちゃんは黒崎さんに拉致されていっちゃった。「というわけで、ともはちゃんはあたしが預かるわ。文句ないわね?」とにっこり言われたら、首を縦に振る以外のことなんてできなかった。
 ともはちゃんが黒崎さんに引きずられていきながら、こっちによこしたすがるような目には気付かない振りをして、心の中で手を合わせるのが精一杯。ごめんね、ともはちゃん。私、か弱い普通の女の子だから。全身これ武器の改造人間の相手は、ちょっと荷が重いの。
 それにしても黒崎さんて、ともはちゃん……夏目くんのこと、どう思ってるのかな。単にからかいがいのある後輩っていうだけじゃなくって、何ていうか、言動の端々に、夏目くんは自分のものって思ってるのが透けて見えて。本人は意識してないのかもしれないけど。
 夏目くんの方も、年上は嫌いじゃないって言ってたし、あれだけ大人っぽくて美人でスタイルがいい人が身近にいたら、中身はどうあれ、くらっと来ちゃうことも、男の子だから、あってもおかしくない。
 私も同じ年上なのになあ。子どもっぽくて、頼りなくて、美人でもなくて、出るとこも控えめで。なんだって、こんなに差があるんだろう。
 ……なんて考えてると落ち込む一方だったので、背筋を伸ばして、両手で頬を軽くはたく。とにかく、夏目くんには来週にでもきちんと謝るとして、今日のお出かけの目的は果たしたんだから。うん、予想以上の収穫だった。
 膝の上のお弁当箱を見ながら、あらためて拳を握る。残念ながら、夏目くんに持って帰ってもらうはずだったこれは、あのどさくさの中で私の手元に残っちゃったけど、夏目くんに何を贈ってあげたらいいかという答えは、そこにあった。
 そう。何か、手作りのもの。お弁当でもいいけど、クッキーとかケーキとか、お菓子の方が日持ちがしていいかな。手編みは、今年はもう時間がないから来年の宿題ということにしよう。
 それに、そのうちに、夏目くんの家にご飯を作りに行ってあげようかな。それとも、うちに来てもらってもいいかも。別に、彼氏だとか彼女だとかいうんでなくても、友だちとしてでもいいから、夏目くんに何か、家庭のあったかさを感じさせてあげたい。そう、思った。
 その時に、夏目くんがどんな風に笑ってくれるかを想像したくて、目を閉じる。
 そのおかげだったかもしれない。足音もしなかったし、声をかけられたわけでもなかったけど、その人がすぐ側に来たことがはっきりと感じられて、私は微笑んだ。
「待ってたよ。嵩月さん」

260:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのさんじゅうよん
08/02/01 17:18:03 VNDI81rM
 
 こっちから声をかけたのは、先制したつもりだった。
 でも目を開けると、私から二、三メートルくらいのところに立っている嵩月さんの表情には、驚きも当惑もなくって、ただ、じっと私を見てた。弱い風につややかな長い黒髪をなぶらせたその姿は、恐いくらいに綺麗で、危ういくらいに張りつめてた。
 私も、ベンチから立ち上がる。座ったままでは失礼に思えたし、なにより、足を踏ん張ってないと気圧されてしまいそうだったから。
「来てくれて、ありがとう。私も、嵩月さんとは、少し話したかったんだ」
「……あまり、夏目くんに近づかないで」
 いきなり、そう来たかあ。どうでもいいけど、タメ口で話してるね、私たち。今は対等、ってことかな。悪魔の家柄とか先輩後輩とか関係なくって、ある男の子を大事に想ってる女の子同士、ってだけなんだ。それはそれで、なんとなく嬉しい。
「……どうして?」
「それは……夏目くんが……苦しむことになるから」
「そうなんだ」
 思わず苦笑する。それは片手落ちだよ、嵩月さん。
「だったら、嵩月さんが夏目くんと親しいのは、どうなの?」
「私は……」
 嵩月さんは、少し口ごもってから、
「私は、何があっても、夏目くんを守る、から」
 きっぱりと言ってのけた。
 こういうところは敵わないなあ……と、思う。たぶん嵩月さんは、夏目くんの彼女になるとかならないとか、夏目くんと契約するとかしないとかに関係なく、夏目くんを守るって決めてるんだ。下心もとい乙女心ありありの私は、まだそこまでは割り切れてない。
 でもね、嵩月さん。
「でも、嵩月さんが側にいて……嵩月さんに何かあれば、やっぱり夏目くん、きっと悲しむよ。苦しむよ。それは、同じじゃないかな」
「それは……」
 嵩月さんの顔が、ちょっとだけ歪む。痛いところだよね。私も同じだから、よく分かる。でも、遠慮なんかしない。たぶん、この機会を逃したら、嵩月さんとは二度とこんな話はできない気がする。
「嵩月さんは、夏目くんと契約しないの?」
 口にしてしまってから、でもやっぱり、ちょっと後悔した。嵩月さんが一瞬泣きそうな顔になったから。
「……夏目くんが、望まないから」
「夏目くんが望んだら?」
「……」
 その沈黙は、嵩月さん自身が迷ってる、ってことだね。嵩月さんのことだから、自分のことよりもまず、契約したときに夏目くんにかかる責任や負担のことを心配してるんだろう。けど。
「嵩月さんの方は、そうしたいんだって思ってたけど」
「……あなたには……分からない」
 やっぱり、私なんかには言えない? だったら、こっちも言いたいことを言うだけ。
「うん。分かんないよ。そんなの」

261:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのさんじゅうご
08/02/01 17:19:08 VNDI81rM
 
 嵩月さんがきっ、と私を睨み付けたのは、私が笑いながら軽い調子でそう言い放ったからだ。でも、私は動じない。
「嵩月さんが、一人で悩んで、一人で決めて、一人で迷って、でもそんなの、私は分からない。分かってあげない」
「……」
「夏目くんだって、いろいろ考えてるよ。嵩月さんが夏目くんを守るなら、夏目くんも嵩月さんを守りたいって思ってる。嵩月さんが、夏目くんのことを第一に考えて、自分のことなんかどうでもいいって思ってるなら、それは、夏目くんをバカにしてる」
「……私、はっ……バカになんかっ……」
「だめだよ。嵩月さん」
 嵩月さんの血を吐くようなうめきにも、気付かないふり。
「私、嵩月さんのことがうらやましい。夏目くん、私なんかよりずっとずっと、嵩月さんのことを大事に思ってるよ。その気持ちは、ちゃんと受け止めてあげてほしいんだ」
「……」
「……まあ、というのも、私のわがままなんだけど。私ね。夏目くんといっしょにいたい。これからもずっと。でもね、嵩月さんだけが勝手にいなくなっちゃったら、夏目くん、もうぜったい私のことなんか見てくれなくなると思うんだ。だから」
 一歩、二歩、三歩。嵩月さんに近づく。嵩月さんが後じさるかな、と不安だったけど、嵩月さんは彫像みたいに動かなかった。
「嵩月さんも、ずっといっしょにいて……私と夏目くんを取り合って……私にやっかまれててほしいんだ」
 嵩月さんの手を取って、握りしめてあげた、とたん、嵩月さんの美貌がくしゃくしゃっとなって、その大きな瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちてきた。
「わ……私……私、だってっ……いっしょに、いたいっ……夏目くんと……ずっと……」
「うん。うん」
 ほんとは抱きしめてあげたいところだったけど、嵩月さんの方が私よりずっと背が高いから、ちょっと無理。代わりに、嵩月さんの腕を私の背に回し、ぴったりと寄り添ってあげる。うーんそれにしても、私の頭を柔らかく受け止めてくれた胸は、やっぱありえないよ。
「だったら。だったらさ。いっしょに、いようよ。夏目くんだって、絶対諦めたりしないよ。夏目くんなら、絶対何とかしてくれる。私たちも、夏目くんといっしょに、頑張ろうよ」
 嵩月さんは何も答えずに、ただしゃくり上げるだけだったけど、私はそれを、うなずいているんだと勝手に解釈することにした。
「だから、勝手に諦めないで。契約したければ、しようよ。いっしょにいたければ、いようよ。夏目くんとなら、何だってできる。私、信じてる。嵩月さんは、信じないの?」
 嵩月さんの顔を見上げる。こんなにボロ泣きしてても美人に見えるなんて、いいなあ。
「……わ……」
「うん?」
「……私、も……信じ……てる」
「うん」

262:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのさんじゅうろく
08/02/01 17:20:23 VNDI81rM
 
 嵩月さんが泣きやむまでには、ちょっと時間がかかった。それまでの間、私たちはずっと抱き合ったままだった。ええとその……そろそろ日も傾いて寒くなってきてたし、嵩月さんはあったかくて柔らかくて、触れ合ってると、とっても気持ちよくて安心できたから。
 ようやく鼻をすすり上げる音がやんだところで、私はそっと嵩月さんから体を離す。嵩月さんときたら、目は真っ赤だし、顔は鼻水やら涙やらの跡だらけだし、髪は風にあおられてぐしゃぐしゃだし、もろもろひっくるめて、とっても綺麗だった。
「……私、そろそろ、行きますね」
 私は呟くように言う。いまさらなんだけど、猛烈に恥ずかしくなってきた。私、いったい偉そうに何を言ったんだろう。嵩月さんのことを良く知りもしないのに。
 嵩月さんは、答えない。目も伏せて、何を考えているのか、私には分からない。怒ってる……かなあ、やっぱり。
 私は、ベンチへ戻ってお弁当箱を抱え上げ、足早に立ち去ろうとして、そこで、一つだけ嵩月さんに訊いておきたかったことを思い出して、振り返った。
「……嵩月さん」
 嵩月さんは、うつむいたままだった。構わずに、
「私たち……友だちに、なれます、よね……?」
 嵩月さんが瞳をゆっくりとこちらに向ける。まだ涙が残っているのか、夕陽を浴びて輝く黒い瞳。
「……あー……私……」
 嵩月さんはとつとつと、けど迷いのない口調で、
「……やっぱり……沙原先輩のことは、嫌いです……」
 がっかりはしなかった。何となく予想はついてた答えだったから。それでも、理由くらいは教えてほしいな。
「……どうしてですか?」
「……夏目くんが……沙原先輩には、優しいから……です」
 うーん。それは、あんまり嬉しくない指摘だなあ。なぜって、
「あのう……それってたぶん、私が頼りないだけ、じゃないでしょうか……」
 そんなことを言われても自惚れたりできないくらい、自分が大した人間じゃないってことは良く分かってるし、何よりも、夏目くんの優しさを誤解なんかしたくない。力無く笑う私を見て、嵩月さんはさらに続けた。
「……それと……私が……沙原先輩のこと嫌いなのに」
 二度も言わないでほしいなあ。さすがにちょっとへこんだ私が視線を泳がせた隙に、
「沙原先輩が……私なんかに……優しいから」
 言うなり、嵩月さんはぱっと振り向いて、走り去って行ってしまった。あっという間に遠くなる嵩月さんの後ろ姿を見送りながら、こっちは呆然とするしかない。
「……やられた……」
 さすがに、これは予想できなかったよ。嵩月さん。一本取られました。ええと……どうしても、にやにやせずにはいられそうにないから、家に帰るまで不審者扱いされないといいけどなあ。

263:ひかり先輩、ともはさんと買い物に行く そのおしまい
08/02/01 17:21:38 VNDI81rM
 
 ふう。

 なんだか、思ってもみないくらいに大変な一日だった。つくづく、ともはちゃんには、悪いことしちゃったな。けど、いろんな人と会えて、それはそれで良かったんだと思う。

 佐伯くんの妹さん。ほんと、お互い苦労するよね。でも、夏目くんはちゃんと妹さんを見てくれてるよ。妹さんも、分かってるはずだよね。だから、もうちょっとだけ、素直になってみてもいいんじゃないかな。私の経験から言うと、それでも結構むずかしいんだけど。

 操緒さん。操緒さんは私のこと可愛いとか言うけど、操緒さんだって、とっても可愛いよ。夏目くんにはちょっともったいない気もするくらい。だからいつかきっと、夏目くんに、自分がどんなに果報者かってこと、ちゃんとはっきり、思い知らせてあげようね。

 黒崎さん。夏目くんのこと、ほんとはどう思ってるのか、そのうちゆっくり聞いてみたいな。きっと本音なんか言ってくれないだろうけど、でも、だったら私も遠慮なんかしない。どんなに美人で親しくても、ただの部活の先輩だっていうんならね。それでもいい?

 嵩月さん。今日のことは、夏目くんには当分ないしょだね。だって、最後に見せてくれた真っ赤にむくれた顔は、とんでもなく殺人的に可愛くて、あんなのを見せられたら、さすがの夏目くんもいちころだと思うから。二度も嫌いって言ってくれた、お返しだよ。

 はあ。

 困ったね。ほんとに、素敵な子ばっかり。分かってたけど。覚悟の上だけど。

 でもね。だから。

 夏目くん。そろそろ、覚悟を決めてね。私たちは、夏目くんから離れたりしないよ。夏目くんが一人で全部抱え込もうとしたって、そんなの、許してなんかあげない。だから、夏目くんが選んだ道を、いっしょに行こう。私たちは、もうとっくに選んだんだから。

 だいじょうぶだよ。こんなに可愛くてけなげな女の子たちがいっしょなんだもん。ぜったい、何があっても、だいじょうぶ。

264:名無しさん@ピンキー
08/02/01 17:23:18 VNDI81rM
これにておしまい。最後までゆるゆると温いお話ですまんかった。
なんか書き進むほどに、ひかり先輩がすっかり別人に。orz
まあ結局何が言いたかったかというと、
・女の子たちがみんなハッピーエンドを迎えますようにナムナム
・いやその前に原作がきちんと完結しますようにナムナム
・玲子かわいいよ玲子
・朱浬さあーん! 好きだあーっ!
・杏…ッ! 不憫な子…ッ!

265:名無しさん@ピンキー
08/02/01 21:09:20 pYckFBVo
ハーレムルートktkr、ってアニアが・・・
なにはともあれGJでございました

266:名無しさん@ピンキー
08/02/02 13:54:37 wf4TR7bM
乙でした
次回作も楽しみにしてます

267:名無しさん@ピンキー
08/02/02 23:04:57 IqMyKU2a
俺も楽しみにしてるよ!
まさかここまでの神作品が投下されるとはな…
普通に原作の外伝レベルじゃないか

268:名無しさん@ピンキー
08/02/03 23:57:38 pvc2RT1y
俺さ、受験に成功したらSSを……いや、成功したら何も言わずにこの言葉の続きをするべきだよな




成功したらな………

269:名無しさん@ピンキー
08/02/04 07:25:45 TGvwv41v
>>268 ガンガレ。合格と投下を、心から祈ってる。

270:名無しさん@ピンキー
08/02/05 18:07:07 MCYxTwoL
ワイヤレスハートチャイルド、和緒の彼氏も大概お年頃なんだよな。
和緒相手のエロ妄想がだだ漏れですっかり耳年増になって、ちょっと試してみたくなる和緒とかどうか。
内緒でなつみさんに相談してみたりとか。
……ワイヤレスは知名度低いか?

271:名無しさん@ピンキー
08/02/05 19:36:11 GIEy330X
デュエル文庫の作品なんてバリバリに知名度は低いだろうが
わざわざ三雲岳人のエロパロ読みたくてこのスレ覗くような濃いここの住人なら知ってて当然レベルかな

密かに絵師とか二次元ドリームノベルで挿し絵したとか追いかけたし

272:名無しさん@ピンキー
08/02/08 22:20:10 An6tiquO
智春&操緒×紫浬&朱浬。エロ。鬼畜要素はない…と思う。
3回に分けて投下。まずはお膳立て篇。
前置きなげーよという人や、寸止めイクナイという人は、このあたりはスルーヨロ。

273:絶対封印プラグイン 第1回-A
08/02/08 22:21:19 An6tiquO
 
 それは、レゾネータ、というらしかった。
「……新しいプラグイン?」
「そ」
 化学準備室で朱浬さんが取り出したケースを前にして、のっけから腰が引けた声を出した僕に、朱浬さんは例のごとくおっとりした微笑で応えた。
 この人の場合、こういう虫も殺さない顔をしているときが一番恐ろしい。また何か、ろくでもないことを企んでいるんじゃないだろうな。この人の、当人曰く罪のない思いつきのせいで、こちらに被害が及ばなかった例がないときては、警戒せざるを得ない。
「トモハルも、興味あるでしょ?」
「いや……ないです」
 正直にいえば、ないことはなかった。機巧魔神にかかわる総てのことに興味を持たざるをえない立場に、僕はいる。どんなことであれ、操緒を《黑鐵》から解放できるカギになりえるのだから。
 だが一方では、プラグインというものにはとにかくろくな記憶がなくて、状況も分からないまま無闇に関わりたくもない。微妙なところだった。
「ふーん?」
 その瞳に面白そうな光をきらめかせる朱浬さんも、こちらの内心の矛盾を分かっているのだろう。僕の答えになど取り合わず、無造作に、机の上に置いたケースを僕の方へ押しやった。僕だけでなく、その場にいた操緒や嵩月、アニアの視線も否応なくその上に集まる。
「まあ、見てみなさいよ」
 僕は、おそるおそるケースを覗き込んだ。ケースの中はほとんどが詰め物で、真ん中が、ちょうどそのプラグインがすっぽり収まる形にくぼんでいる。レゾネータは、そこで冷たい銀色の光を放っていた。
 形は、例のイグナイターなどという卑猥な代物に比べれば、いたって普通だ。いわゆる音叉というやつで、ただ、全面に細かい紋様が彫られていることだけが特徴といえた。
『これって、なんなんです?』
 慎重に黙っている僕に代わって、操緒が尋ねる。
「んふふー。さあて、なんでしょーね」
「私も、初めて見るな」
 アニアがプラグインをまじまじと見つめながら呟く。機巧魔神に関する研究では世界でも屈指のこの天才少女でも、これが何なのか知らないのか。
「なんだこれは?」
 自分の知識を超えるというのがややプライドに障ったのか、詰問に近い口調で質すアニアに、朱浬さんは頬に人差し指を当ててみせた。
「うーん。実はあたしもよく知らないのよ」
 さっきはあれだけ勿体ぶって思わせぶりなことを言っていたくせに。思わずそこにいた一同が白い眼を向けるのに、朱浬さんは動じるそぶりも見せない。
「こないだ、王立科学狂会がどこぞで掘り出したらしいんだけど、良く分かんないからって、こっちに回してきたのよ。トモハルにも見せといてくれ、ってさ」
「え……僕に?」

274:絶対封印プラグイン 第1回-B
08/02/08 22:22:18 An6tiquO
 
 それはまた、うさんくさい話だ。
「兄貴ならともかく。僕なんかが見たって、分かるはずないでしょう」
「あたしもそう思うんだけど」
 しれっという黒服の上級生に軽く殺意を抱く僕の横で、アニアがあっさりとプラグインを手にとった。いろいろとひねくり回しながら、
「ふむ、特に目立ったインターフェースや機構部分は見当たらぬな……? レゾネータというからには、機巧魔神を何かと共鳴させるのだろうが、一体何とどうなるというのだ。表面の紋様も、特段何か意味がありそうには見えぬが」
「うーん。ニアちゃんでも分かんないか。実はちょっと期待してたんだけど。こうなったら、部長にでも訊くかなー」
「む」
 アニアはむっとした様子で、
「何も、今すぐ思い当たるふしがないからといって、私に解らぬはずがない。少し時間をかせ。必ず調べだしてやる」
「そう? んふふ。期待してるわよん」
 にっこりと笑う朱浬さんは、今の会話でまんまとアニアを乗せたに違いない。まったく、この人は悪人だ。倉澤六夏のように分かりやすい悪人面でない分、いっそうタチが悪い。思わずそんな感慨にふけっていると、
「ほれ」
 横合いからプラグインが僕の目の前に差し出された。
「アニア? えーと、それはちょっと」
「愚か者。いきなり《黑鐵》に組み込んでみろなどと乱暴なことは言わん。一応、手にとってみるがよい。演操者には何か反応しないともかぎらんからな」
「う……」
 反応してもらっちゃ困るのだが、ここで断るというのも大人げないだろう。何も起こらないことを祈りつつ、アニアからそれを受け取った。
 ほっとしたことに、何も起こらない。
「ふむ。なるほど」
 アニアがうなずく。僕は手にしたプラグインが意外に軽いのに驚きながら、
「これって……音叉っていうんだろ」
 軽く、指をその上に滑らせてみた。その瞬間、涼しげな鈴のような音が、僕の聴覚を打つ。それと同時に、
『「んっ」』
 ため息のような声が重なって聞こえた。
 顔を上げると、朱浬さんが神妙な表情で胸に手を当てていた。ちょっと上を振り仰ぐと、操緒も同様の姿勢で、ほう、と小さく息を吐くのが聞こえる。
「朱浬さん……? 操緒……?」

275:絶対封印プラグイン 第2回-A
08/02/08 22:23:24 An6tiquO
 
「ん、あ」
 朱浬さんが、つと我に返って、
「あ、何でもない。……何でもないわ」
「いや、でも……? 操緒も」
『え? あたし……ええと、あは、何でもないってば』
 とても二人ともそんなふうには見えなかったので、さらに問い重ねようとしたとき、
「智春っ。プラグインっ」
 アニアの鋭い声がして、僕は自分の手の中のそれに視線を戻した。
「う……わっ」
 驚いた。レゾネータは、淡いオレンジ色の光を放ちながら、その先端から粒子状になってさらさらと崩れつつあった。あまりのことに、思わずそれを取り落とす。
「な……何だ……」
「智春っ。何をしているっ」
 アニアが、大急ぎで床の上にかがみこみ、目を凝らして観察を始めた。しかしその甲斐もなく、床の上に軽い音を立てて落ちたそのプラグインは、止まることなく空中に溶け続け、やがて全てが消え失せた。
 僕たちは呆然として、何もなくなった床の上を見つめる。
「何だ、今の……?」
「プラグインが、分解した……?」
 僕の問いのような呟きに、アニアが独り言のように答える。確かに、そんな風に見えた。アニアは鋭い視線を僕たちに投げかけ、
「智春。操緒も。何か、変わったことはないか?」
「い、いや……」
 僕自身には、取り立てて目立った変化はない。ちょっと、どきどきしているだけだ。
『あたしも、何ともないよ?』
 操緒も、きょとんとした顔で応じる。何なんだ、一体。
「……うむ……」
 アニアは、難しい顔をして考え込む。
「こんなプラグインは、見たことも聞いたことも……是非とも、調べなくては」
 ぐい、と僕を引き寄せたその双眸には、研究者魂があかあかと燃えていた。
「智春。今宵さっそく始めるぞ。図書館で一晩つき合え。奏もだ」
「え……ええっ」
 僕がのけぞったのは、嵩月やアニアを相手に一晩過ごすというので、けしからぬ想像を逞しくしたからでは、もちろんない。徹夜で、題名を読めもしない本を探したり、お茶やお菓子の給仕をしたり、アニアに無能だのトロいだのと罵られるのが容易に想像できたからだ。
 何とか、断るための口実を探す。ええい。この際、方便も許されるだろ。
「えっと……今晩は、テスト勉強が……」
「む? 奏、本当か?」

276:絶対封印プラグイン 第2回-B
08/02/08 22:24:25 An6tiquO
 
 わ。そこで裏を取るなんて、どこでそんな知恵を付けたんだ。真面目な嵩月が、咄嗟に口裏を合わせてくれたりするわけがないじゃないか。案の定、嵩月が罪のない口振りで、
「あー……テストは、たしか来週末……」
 暴露してくれてから、ちょっと慌てて口を押さえる。嵩月、遅いよ……。
「決まりだな」
 アニアが邪悪とも言えそうな笑みを浮かべ、僕はうううっ……、と呻いた。何てことだ。しかも、張本人の朱浬さんときたら、
「トモハルと操緒ちゃんが付き合うなら、あたしはいいわよねー。先に帰るわ」
 しれっと、まるで他人事のように言ってくれる。
「う、うむ」
 アニアにしてみれば、朱浬さんも観察対象にしたかったはずだが、さすがに朱浬さんの笑顔を前にしてごねる度胸はないらしい。そのかわり、二人分たっぷりつき合えとでも言うように、僕を睨み付ける。あー、はいはい。どうせ僕はそういう役回りだよ。
 そんな風に少しいじける僕を後目に、
「じゃねー」
 朱浬さんは軽く言って立ち上がり、それから、滅多にないことに、よろけた。すぐ近くにいた僕は、慌てて立ち上がり、朱浬さんの二の腕をつかんで支える。
「……大丈夫」
 ですか、と言いかけて、朱浬さんと目が合った瞬間、僕は息を呑んだ。
 いや、確かに朱浬さんは美人だ。それも、でたらめなくらいに。中身がアレなことは重々分かってはいても、いざその美貌をこんなに間近で見れば、健康な青少年男子としては、やはりいくらかは緊張する。
 だが……その香りは、こんなに芳しかったろうか。肌は、こんなに吸い付くように滑らかだったろうか。瞳は、こんなに潤んだ光を宿していたろうか。唇は、こんなに艶めいていたろうか。吐息は、こんなに甘かったろうか。腕は、こんなに華奢で柔らかかったろうか。
「あ」
 一瞬のことだったと思う。朱浬さんは目を丸くして僕から飛びすさり、
「ごめーん。ありがとね、トモハル」
 もう、いつもどおりの朱浬さんにしか見えなかった。目をこすりたい思いで見つめる僕に向かって、
「ふふーん? どったの? いまさらながら、あたしの魅力にまいったとか?」
 おっとりと、だが悪戯っぽい目つきと笑みで訊ねてくる。
「あ、いや……」
 首を振るのが精一杯の僕の背中に、
『智春おー?』
 いやに優しげな操緒の声と、やけに冷たい嵩月の視線が突き刺さった。いや、なんでもないんだ。君たち。話し合おう。別に、ちょっとした人助けをしただけじゃないか。
 おおわらわでそっちへの対応に追われる僕が背中を向けた隙をぬうようにして、朱浬さんはさっさと化学準備室を出ていってしまった。やれやれ。相変わらず、周囲を引っかき回すのだけは上手い人だ。
 それにしても……いったい、何だったんだ。今の。

277:絶対封印プラグイン 第3回-A
08/02/08 22:25:27 An6tiquO
 
『智春。やっぱ、風邪?』
 満月にもうあと二、三日という感じの月明かりに照らされた夜道で、僕と並んで鳴桜邸への帰路をたどりながら、操緒が訊いてきた。
「んー……どうかな」
 僕の答えは、頼りない。本当に、よく分からないのだ。頭がぼうっとして、体がふわふわした感じはあるが、頭痛も喉の痛みもないし、洟も咳も出ない。それに、いつぞやの風邪のときと違って、操緒も普通に出てるし。
『ふーん。ま、でも、良かったじゃん。ニアちゃんに勘弁してもらえたんだし』
「そうだな」
 僕は苦笑する。有り体に言えば、アニアには叩き出されたも同然なのだった。本を探しにいけば書棚の間でぼうっと突っ立っているし、お茶を出せばアニアが読んでる本の上にぶちまけるし、話しかけられても全て生返事とくれば、まあ致し方ないだろう。
 その挙げ句に、あやうく、激怒したアニアに運気のことごとくを吸い取られようとした時に、嵩月が「あー……夏目くん、風邪かも……」と取りなしてくれたのだった。
 アニアもこれには拍子抜けしたらしく、「病気か。だったら、早く言え。病人に徹夜させるほど、私も人でなしではない。さっさと帰るがよい」と、あっさり放免してくれた。
 本来ならアニアも一緒に鳴桜邸に戻るべきだったろうが、本人がすっかりやる気なので、図書館に残してきた。アニアがあの図書館で夜なべ仕事をするのは、これが初めてというわけでもないし。
 そのために今や、ベッドをはじめとした色々な家財道具が運び込まれていて、一晩や二晩過ごすのには何の不便もない。まあ、お風呂だけはさすがに付いていないが、それは、最初にみんなで夕食を取りに出たときに、さっさと銭湯で済ませてきたし。
 それに、生徒会関係者をはじめ演操者がごろごろいる洛高に、たとえ夜中だろうと忍び込んで悪さをしようなんて輩はまずいないから、むしろ、鳴桜邸にいるよりも安全で快適かもしれない。まあ、せめて短時間でも、暖かくして睡眠を取ってくれるように祈るばかりだ。
 嵩月は、僕と一緒に引き上げた。僕を鳴桜邸まで送ると言ってくれたが、こっちもそこまで体調が悪いわけじゃないので、せっかくだけどお断りした。いくら強力な悪魔だといっても、こんな夜遅くに鳴桜邸から自宅まで女の子を一人で歩かせたくない。
 嵩月はそれでも少し渋ったのだが、操緒が「だいじょうぶだって。あたしもいるし」と受け合ったので、諦めてくれた。なんか、僕より操緒のセリフで納得してくれるというのが、微妙な感じではあったが。
 嵩月の自宅の門前で別れ際に、「……夏目くん。お大事に」と真剣な面持ちで言ってくれたのは、本当に有り難かった。とにかく、僕の周りときたら最近、人の迷惑も考えないような人間ばかりだから、こういう素直な善意はとても心にしみる。
 ほのぼのと嵩月の控えめな笑顔を思い出していたら、肩の上から冷たい声がした。
『智春。鼻の下伸びてる』
「んなこと、ないだろ」
 思わず鼻の下をこすりたくなるのを懸命にこらえて、操緒を見上げる。
『ふーん? どーせ、嵩月さんのことでも思い出してたんでしょ』
「う……」

278:絶対封印プラグイン 第3回-B
08/02/08 22:26:30 An6tiquO
 
 こいつは、ほんとに時々、こっちの心が読めるんじゃないかと思う。言葉に詰まった僕を見て、操緒は半眼になり、
『スケベ』
「別にそんなんじゃ……」
『さっきのコンビニでも、やらしい雑誌見てたし』
「いや、あれは……」
 しかし、それは事実なのだった。自分でも、どうかしてたと思う。ちょっと買い物に立ち寄ったコンビニで、ふと気付いたら、十八歳未満お断りのスペースで大人の雑誌に手を伸ばしていた。操緒の鋭い制止の声がなかったら、そのまま手にとっていたに違いない。
 普段なら、それはもちろん興味がないと言えば嘘になるが、操緒もいることだし、そんなことはしない。だが、その雑誌の表紙の上で、ストレートセミロングで長身の美女が黒い下着姿で微笑んでいるのを見たとき、僕はふらふらと惹き付けられてしまったのだった。
 何がなんだったのか、自分でもよく分からない。
『やっぱ、ヘンだよ。今日の智春』
 僕の首に操緒の腕が回されて、思わず身を固くした。実際に締め上げられたりするおそれはないとはいえ、気持ちのいいものではない。と思ったら、僕の頬に自分のそれをすり寄せるようにして、操緒が背後から顔を寄せてきた。
『こーんなに可愛い女の子がすぐ側にいるのに。それじゃ不満?』
「操緒……」
 どうしたんだ、こいつ。いつもなら、険悪な罵声が飛んでくるところなのに、僕の耳のそばで聞こえたのは、やけにしっとりした囁きだった。新手の嫌がらせかと警戒しながら横目で見やると、何というか……妙に、頬が上気していて、表情が柔らかい。
「ヘンなのは、そっちだろ」
『え』
 僕に言われて、びっくりしたような顔になる。自分じゃ、気付いていなかったのか。慌てて僕から離れて、
『あ……あれ……? え、と……あたし?』
 何度か瞬きし、首をかしげた。僕はため息をついて、
「なんか、二人ともおかしいな。今日は」
『うん……そうかも』
 図書館でぼんやりしていたのは、僕だけではなかった。操緒までもが、気付くとあらぬ方を見ていたり、何度も呼びかけても答えなかったりしていたのだった。アニアが早々に諦めてくれた理由には、そのことも含まれていたかもしれない。
「……今日は、さっさと寝た方がいいかもな」
『そだね』
 といっても、もう十分に遅いのだが。とりあえず鳴桜邸の門構えが見えてきたところで呟いた僕に向かって、操緒も頷いた。それから、
『ん?』
 不意に空中に浮かび上がり、手びさしをしながら鳴桜邸の方角を見る。
「どうした?」
 訊いた僕に、操緒は戸惑った顔で声を潜めて、教えてくれた。
『灯りがついてる』

279:絶対封印プラグイン 第4回-A
08/02/08 22:27:35 An6tiquO
 
「ほんとだ……」
 鳴桜邸の門をくぐったところで、僕と操緒は足を止めて、誰もいないはずの建物の二階の窓から漏れる灯りを眺めた。それも、よりにもよって、
『あれって……智春の部屋じゃん』
「……だよな」
 間違いない。東南の角部屋だ。
「何だろうな」
 言いながらも、実はあまり狼狽えてはいなかった。慣れたくはないが、前例がないわけではない。嵩月に始まり、朱浬さんとか真日和とかこないだの友原さんとかいう家出少女とか、この屋敷には招かざる客が勝手に入り込んでいることが多いのだ。
『どーする?』
「そりゃ……確かめるしかないだろ。ここ以外に、帰るとこないんだし」
 願わくは、あまり物騒な輩ではありませんように。僕は物音をさせないように玄関に歩み寄り、鍵を開け、中に入った。ええと、玄関の鍵が閉まっていたということは、相手は窓とか地下とかから入り込んだということか。
 そのまま、忍び足で廊下をわたり、階段を昇る。古い家だから床がどうしても軋むので、ゆっくりとしか進めない。電灯を点けることもしなかったが、自分の部屋までなら慣れたものなので問題ない。
 ようやく自分の部屋の前にたどりつき、そこで一息つく。
『見てこよっか?』
 操緒が囁く。
『天井のとこからちょっと覗くくらいなら、向こうにも気付かれないかもよ?』
「いや……」
 僕はかぶりを振った。相手が分からない以上、ここは慎重に行こう。扉にそっと耳を寄せて、室内の様子を窺う。しばらくは、自分の鼓動の音の方が大きくて何も聞き取れなかったが、そのうちに段々と耳が澄んできた。
 かすかに、何かがこすれる音。衣擦れだろうか。続いて、
「……ふっ……」
 聞こえてきたのは、どう考えても、人間の吐息だった。僕と操緒は顔を見合わせる。再び扉に耳を付けると、今度はもっと鮮明に聞こえた。
「は……ふ……ふぅ……は、あ……あ、ん……は」
 声音からすると、どうやら女の人らしい。どことなく聞き覚えがあるような気がしたが、しかしこれは。
『何やってんだろ』
 呟いた操緒の声にも、ねっとりとしたものがまとわりついていた。確かにこれは……悩ましすぎる。一体、人の部屋で何をやってるんだ。まさか、どこぞのカップルでもしけこんでよろしくやってるんじゃあるまいな。
 それでも相手の様子から、どうやら室外へはあまり注意を払っていなさそうだと見当をつけた僕は、そうっと扉を開き、おそるおそる中を覗き込んだ。何も反応が返ってこないことを確かめると、室内へ体を滑り込ませ、まずベッドの上に目をやった。
 案の定、そこにいた。一人だけだ。やっぱり、女性だった。ベッドにうつぶせになり、今やはっきりと荒くなった息づかいとともに、体を小刻みに動かしている。これじゃ、まるで。

280:絶対封印プラグイン 第4回-B
08/02/08 22:28:40 An6tiquO
 
『な……なにしてんのよっ!』
 想定外の情景に言葉を失った僕の代わりに、操緒が大きく叫んだ。その声に、女性の動きが止まり、ややあってから、のろのろと顔を上げてこちらを見る。
 その顔には、見覚えがあった。だが、あまりの意外さに、僕は凍り付いた。
「……朱浬さん……?」
 いや、ある意味では、そこにいても不思議のない人ではあった。朱浬さんは、どうもこの家を自分のセカンドハウスとでも思っているふしがあって、よく勝手に入り込んでは、僕のワイシャツ一枚というきわどい恰好で、ぶらぶらしていたりするのだ。
 そう、まさに、今もそんな恰好だった。ベッドの上で肘をついて上体を起こした朱浬さんは、やはりワイシャツ一枚で、だがいつもと違って、そのボタンは半ば以上が外されて滑らかな胸の谷間を垣間見せていた。さすがにここまで無防備な姿は、見たことがない。
「え……」
 朱浬さんは当初、誰が入ってきたのか分からなかったらしい。徐々にその瞳が焦点を結び、僕と操緒の姿を認めたのか、やおらベッドの上で飛び上がった。ワイシャツの裾がめくれ上がり、すらりと伸びた素足の根元のショーツまで丸見えになる。
「ト……トモハルくん? な……なんでっ……」
 いや、自分の家に帰ってきただけなのに、なんだってそこまで意外そうな顔でそんなことを言われなければならないんですか。
「いや……なんで、って訊きたいのはこっちで……一体、何して……」
「だ……だって……どうして……トモハルくん、今日は帰ってこないって……」
「それは……いやその、人が留守にしてるからってですね」
 言いながら、いわく言い難い違和感と既視感を覚える。その正体を確かめたくて、朱浬さんの顔をまじまじと凝視した。どことなく、気弱っぽくて頼りなげで、優しくて柔らかい表情。これは……朱浬さんじゃない。まさか。しかし。まさか。
「紫浬、さん……?」
「あ……」
 一瞬、あっけに取られたように目を見開いたあと、黒崎紫浬さんは、心の底から嬉しそうな笑顔をひらめかせた。
「トモハル、くん」
 その弾んだ声を聞いたときだと思う。僕の中で、スイッチが入ったのは。今日の午後からずっと、もやもやと体内でわだかまっていたものが、はっきりと形を成したのは。
『ト……智春っ?』
 操緒の慌てた声がどこか遠くに聞こえた時には、僕はベッドのすぐ側まで近寄って、紫浬さんを見下ろしていた。僕は……何をしてるんだ。
「トモハルくん……」
 紫浬さんの声にも、いくらかの怯えが混じる。ベッドの上で後ずさりして壁に背をつけ、小さくいやいやをしてみせる。
「だめ……トモハルくん……だめ、です……」
 いや、紫浬さん。そんなに熱っぽく潤んだ眼差しを投げかけながら、そんなに期待で震える声で囁くなんて、こっちを誘ってるとしか受け取れません。貴女も、そのつもりなんでしょう? 僕と……同じなんでしょう?
 僕はベッドの上に膝をつき、紫浬さんを壁際に追いつめる。そのおとがいに指をかけると、紫浬さんの唇がわずかにおののき、軽く開かれるのが見えた。僕は……ああ、もう何もかもが、どうでもいい。目の前の相手とひとつになること以外に、何も考えられない。
『智春っ……何して』
 操緒の悲鳴のような叫びは、僕が紫浬さんに唇を重ねると同時に、断ち切られた。

281:絶対封印プラグイン 第5回-A
08/02/08 22:29:50 An6tiquO
 
 お世辞にも、上手いキスとは言えなかったと思う。そりゃ、こっちは(露崎だとか鳳島氷羽子との件は数えずに)初めてだし、紫浬さんにしたって、ぎこちないものだった。それでも、お互いを求める荒々しさだけを頼りに、僕たちは相手の唇をむさぼり合った。
「ふ……あ……」
 ちょっとだけ二人の唇が離れる都度、かすかに漏れる紫浬さんの甘い吐息が、お互いの動きをいっそう加熱させる。何度も何度も、一番ぴったりと隙間なく相手と触れ合える位置を求めて、僕たちは息継ぐ間もなくキスを続けた。
 さすがに息が切れるまで、どれくらい経っただろう。荒い呼吸を繰り返しながら、それでも至近距離で目線を合わせたままの僕たちに、横合いから、操緒が倒れ込むようにしなだれかかってきた。
『は……あ……なん、なのお、これえ……』
 そちらに目をやると、操緒も息を切らし、頬を紅潮させ、熱に浮かされたような瞳をしている。どういう仕組みなのか、服の胸元までが少しはだけていて、実に扇情的だった。
「操緒……」
 これは……おかしい。紫浬さん、いや朱浬さんも……操緒も……僕も……何を、してるんだ。こんな……こんなことは……あるはずがない。
 僕の脳裏に浮かんだ疑問は、しかし、
「……トモハルくん。よそ見は、ダメ」
 紫浬さんが僕の顔に両手をかけて自分に向き直させた途端に、どこかへ霧散してしまう。
「ね」
 たしなめるように小首を傾げるなり、今度は紫浬さんから挑んできた。
『はあっ……』
 操緒の喘ぎが聞こえたような気もしたが、構っていられない。紫浬さんの舌が、最初はおずおずと、でもすぐに大胆な動きで、僕の中に入ってくる。唇の裏や歯をなぞってくれる。背筋がぞくぞくするような快感を覚えながら、僕も舌を動かした。
「ふ、うっ……」
 互いの舌の先端が触れ合った瞬間、紫浬さんの体が大きく震え、その息が僕の口に吹き込まれた。さらに、闇雲に舌を絡め合ううちに、僕の舌が紫浬さんの舌の裏側をかすった時、紫浬さんの背筋が軽くのけ反る。
「は、あ」
 予想外の感覚に少し驚いたのか、やや身を引き気味にした紫浬さんを僕は逃さず、そのポイントを責め立て続けた。最初は受け身のまま体をくねらせていた紫浬さんも、やがて積極的に、同じようなやり方で反撃し始める。だめだ。気持ちよすぎる。
『あ、あんっ……だめ、そんなっ……』
 僕が快感に陶然となるのと同時に、操緒の感極まった声が聞こえた。もしかして、僕と感覚がシンクロしてるのか? 一体、どういうわけだ?
 だが、そんな思考も長くは続かない。僕と紫浬さんは、操緒の途切れ途切れの嬌声を背景に、酸欠気味でぼんやりとなりながらも、ひたすらにお互いの口腔と舌を犯し続けた。
 そのうちに、紫浬さんの動きがやや緩慢になり、耐えきれないような吐息が漏れ始める。そろそろ、僕も限界かもしれない。最後のあがきとばかり、紫浬さんの顔を思いっきり引き寄せると、舌全体で紫浬さんの舌を裏側から舐めあげ、吸い立てた。
「っ……!」
 紫浬さんの全身が、一瞬硬直するなり痙攣した。僕は、ぎりぎりまで紫浬さんの舌と反応を堪能してから、唇を離す。
「は……ああああっ」
 紫浬さんは深い深い吐息とともに、脱力した上半身を僕に預けた。
 しばらく、二人とも息を静めるのに精一杯で、何もできず何も喋れなかった。いつの間にか、上着をはだけさせられてシャツだけになった僕の胸の中で、紫浬さんの体がどこまでも熱く柔らかい。
『智春お……』
 操緒が、とろけそうな表情と声で、僕の眼前に現れた。

282:絶対封印プラグイン 第5回-B
08/02/08 22:30:58 An6tiquO
 
『あたし、ヘン……あたし……』
「ああ……でも、いい、だろ……?」
『うん……』
 理性のかけらもないやり取りだったが、操緒は頷いてくれた。そうか。なら、このまま。
「紫浬さん……」
 紫浬さんの耳にそっと囁くと、その肢体が軽くわなないた。僕の胸に手をついて少し体を離すと、耳まで真っ赤になった顔を見せてくれる。
「トモハルくん……もう、わたし」
 そこで、いきなり僕を仰向けに突き倒す。不意打ちに抵抗すらできずベッドに倒れ込んだ僕の上で、紫浬さんは馬乗りになった。僕の顔の両側に手をついて、おおいかぶさってくる。
「ゆ……」
 呼びかけようとした僕を、微笑みで黙らせると、完全に僕と抱き合うところまで体を重ねる。不思議と、ふだんなら感じるはずの怪力も体の重さも、苦にならない。なんだか、僕の体の中からそれを跳ね返すに足るだけのエネルギーが湧き上がってくるようだった。
 紫浬さんは、僕の上で深い深い吐息をついた。ノーブラの胸が僕の胸の上でつぶれてやわやわとうごめき、そのしなやかな手が僕の脇腹から背中を撫でる。それらの感触全てに、僕も頭がどうにかなりそうだった。僕の肩におとがいを乗せると、耳元で囁いてくる。
「もう、わたし……がまん、できません。だって、ぜんぶ、あれの……せいですから……仕方ない、ですよね? トモハルくんだって……」
「あれ、って……?」
 首筋に感じる紫浬さんの息づかいに我を失いそうになりながら、かろうじて訊ねる。紫浬さんは僕の耳から首に軽い口づけを繰り返しつつ、一言だけ呟いた。
「共鳴……器」
「あ……」
 あれか。レゾネータ。紫浬さんは、僕の顔に頬をこすりつけ、唇で僕の顎をなぞり、細い指先で僕のシャツのボタンを器用に探り当てて外しながら、続ける。その間も、僕の胸の上のふくらみと腹の上の柔らかい盛り上がりとが、微妙にうごめいて僕を刺激していた。
「トモハルくんも、もう分かるでしょ……あれは、機巧魔神同士を……その通じ合う部分を増幅して……魔力がぐるぐる回って強め合って……でも、こんな……こんなふうに響き合うなんて……ああ、でも」
 共鳴。機巧魔神同士の。そう言われてみれば、僕は演操者で、操緒は射影体で、紫浬さんの体には機巧魔神の技術が使われていて、しかしそれが、どうして……?
 いやだが、確かに、この体の底から揺るがされるような衝動は、《黑鐵》を呼び出すときのそれに通じている。紫浬さんと……共鳴し合う相手と、どこまでもひとつになって融け合ってしまいたいという、抗いがたい切望が、僕の裡で渦巻き、荒れ狂っている。
 ああ。僕も分かっていた、のかもしれない。あの午後の化学準備室で、朱浬さんと目を合わせたときから。僕と操緒と、朱浬……紫浬さんが、離れていられたりするはずがないってことを。コンビニで見かけた雑誌の表紙モデルも、思えば、朱浬さんに少し似ていた。
 呆然と横たわる僕は、ふいに胴体に冷たい空気を感じて、視線を下ろした。紫浬さんがいつの間にか、僕のシャツを左右にはだけさせ、Tシャツを胸のところまでまくりあげてしまっていた。悪戯っぽい、でもどことなく怨ずるような目つきで僕を眺めながら、
「ふふ……トモハルくんが……悪いんですよ? あんなの……起動しちゃって。トモハルくんのシャツとベッドで……それだけでがまんするつもりだったのに……いきなり帰ってきて……あんなふうに呼ぶから……あんなキスするから……だから、わたしだって」
 その声の甘やかすぎる響きにくらくらし始めた僕の胸から脇腹を、紫浬さんは、さも愛おしげに指でなぞった。
「う……」
『ひゃっ……』
 うめき声を上げたのは、僕だけではない。操緒もまた、僕と同じ快感を共有したらしかった。それを見て、紫浬さんが目を細める。
「ふふ……可愛い。トモハルくんも。操緒さんも」


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