07/03/08 23:41:00 uQssckqu
コーヒーの入った紙コップを両手に持ちながら、俺は深くため息をついた。
(やれやれ、また釣れてやがる・・・)
俺の視線の先、広場の噴水の縁に腰掛けているのは、大道芸用のちょっと色っぽい衣装の上にカーディガンを羽織った、俺の女房のエレオノール。
その横では若い2人の男がまとわり付いて、何やら熱心に話しかけている。
まったく、ちょっと目を離すとこれだ。
男達は俺の女房の困り切った様子にもお構い無しに、しつこく食い下がっている。
どうせ歯の浮くような、気障な台詞を並べてやがるんだろう。
ラテン男の手の早さときたら、まったくもって油断がならねえ。
俺の姿に気付いたエレオノールは、ほっとした表情で男達に言った。
「ああ、ほら、連れが戻って来ましたから・・・」
男達は挑戦的な目をこちらを向けたが、2メートル近い俺のガタイに顔を引きつらせた。
「俺の女に何か用か?」
「い、いや、あの・・・、セニョリータ、それじゃ俺達はこれで・・・」
すっかりびびった男達は、すごすごと退散して行った。
ふん、生憎だが、こいつはセニョーラ(既婚女性)なんだよ。
「もう、断わっても聞いてくれないんだもの。しつこくって困ったわ」
「ほら、コーヒー」「ありがとう、ナルミ」
俺の差し出した紙コップを、エレオノールはにっこり笑って受け取った。
4月の終わり頃、スペインはアンダルシア地方の都市、セビージャ。
俺、加藤鳴海とエレオノールが、この時期ここを訪れたのは、有名な春祭り(フェリア)が開催されるからだ。
国内はもとより、海外からも大勢の観光客が詰めかけ、町中に人が溢れかえっている。
芸人にとって、こうした祭りは稼ぎ時だ。
俺達は世界中の施設を回り、恵まれない子供達に芸を見せているが、それは基本的に無償のボランティアだった。
その為、旅の路銀は、一般人相手の大道芸で稼いでいる。
しろがねの活動資金用の口座は、そのままだから好きなように使えと、フウに言われている。
だが俺としては、出来るだけ借りは作りたくないし、自分達の食い扶持くらい、自分で稼ぐのが筋だと思っている。
それに2人分の生活費ぐらい、大道芸で十分賄うことが出来た。