06/11/24 00:52:09 HTbiXoeb
「お邪魔しまーす」
秋穂は、途中の自販機で買ってあげた缶のカフェオレを、両手でぽんぽんと
弄びながら、玄関のドアをくぐった。
「ちょっとこれ持って~」
まだ開けていないその缶を手渡される。
買ったばかりの缶コーヒーは、素手で持つには熱すぎる。もう少しぬるめに
保温してくれた方が、猫舌でもある俺は嬉しい。
ブーツを脱いだ秋穂に続いて、両手が塞がったままの俺は、手を使わずに靴を
脱いで廊下に上がった。
「もう、みっともないなぁ」
ちょこんとしゃがんだ秋穂が、脱ぎっ放しの俺の靴をそろえてくれる。
「悪い悪い」
「ったくぅ、ホントいいかげんなんだから……」
ぷうっと頬を膨らませて睨んでくる。
お姉さん風を吹かせているのに、そんな仕草は子供っぽくて、あの頃から全然
変わっていない。
「ケイちゃんって、そういうとこ全然変わってないよねぇ」
思わず、吹き出してしまった。
「む、なにがおかしいのー?」
口を尖らせた秋穂は、本当に─
「お前のそういうとこも、全然変わってないなぁって思っただけ」
「むぅ……真似するなっ」
そういう反応がガキ臭いわけだが、言わないでおく。
「久しぶりだね、ケイちゃんち来るのも」
きょろきょろと辺りを見回した秋穂は、と現に話題を変えた。
「もう二ヶ月ぐらい来てなかったかなぁ」
言われてみればそうだったかもしれない。外で立ち話をする事は何度かあった
から意識しなかったが、ここしばらくは秋穂を招いた記憶が無い。
勝手知ったる、とばかりに廊下をすたすたと進む彼女は、階段の手前で立ち
止まった。そこには、箒やモップなどが壁のフックに吊るされている。
「すごい事になってそうだなぁ。覚悟しなくちゃ」
「そこまで酷くねぇよ」
「これ持ってかないとね」
俺の異議はスルーして、彼女自身の背丈ほどもある、長い箒を手に取る。
「うりゃっ」
妙な掛け声とともに、箒をくるんと回す。
「うっふふ~ん」
なんだか楽しそうだ。箒をくるくると器用に操り、
「ケイちゃん、覚悟っ!」
「なっ─」
秋穂が気合いとともに箒を振りかぶり、頭上に掲げた。
コートの裾が翻り、黒い風が巻く。
箒の先が、ギラリと鈍い光を反射したような気がして─
あの、カードの図柄。
背筋が凍りつくようで─
「うわぁっ!」
思わず声を上げてしまった。
十三番、死神─
あの時、表にされたカードの絵が、フラッシュバックした。
「わっ、ごめん、当たった?」
箒が壁に当たって響いた、こつんという気の抜けた音で、俺は我に返った。
俺の前には、秋穂が口元に手を当てて立っている。
「どうしたの……?」
箒を下ろし、心配そうに上目遣いに見上げてくる。
「あ、いや……ふ、振り回すなって、狭いんだから」
「うん、ごめーん」
お前が死神に見えた、なんて言えない。
やはり、俺は呪にかかっているのだろうか。
死神なんているはずがないのに。
いたとしても、秋穂が死神のわけがない─