10/03/24 21:51:47 UC9etkqa0
ハンドルを握ると、孔が顔をのぞき込んで、不思議そうな表情をした。
「なんだ?」
「さっきから、気になてた。風間、なにか、かお、ちがう?」
「顔? …ああ、これか、眉か?」
「ああ! そか。まゆげかぁ」
いかにも得心がいったという様子の孔に、つられて笑みが浮かぶ。
海王学園を卒業後、風間は大学へ進学した。
卒業と同時に寮を出、一人暮らしを始めたのだが、それをきっかけに眉を剃ることだけはやめた。
自分の中で、海王からの卒業が一区切りであったことは間違いない。
「風間、まゆげあるの、いい」
「そうか」
「かみのけは?」
「髪は、まだなんとなくな。伸ばせないままだ」
「まゆある、顔、ぜんぜんちがう」
「そうだな。時々うっかり剃ってしまいそうになる」
「あたま剃るとき?」
「そうだ」
孔が声をたてて笑った。
「かみのけ、のばすといい。見てみたい」
ギアをローに入れ、ゆっくりと発進する。
「途中でどこか寄りたいところはあるか?」
「ない。あ、でも、おなかすいたな」
「それでは適当なところで食事を取ろう。道中は長いぞ」
窓の外では、まるで突然地上から生えたかのように飛行機が上昇してゆく。
風間はしばらく無言で車を走らせた。
孔は助手席で窓の外を眺めていた。
「…おもしろい、ね。なにもないところに、おおきいたてもの、ある」
「そうだな」
「おなじ空港、でも、上海とずいぶん、ちがう」
「思い出すか?」
「んー」
孔は少し考えるそぶりを見せ、「なつかしい、ね」と言った。