モララーのビデオ棚in801板56at 801
モララーのビデオ棚in801板56 - 暇つぶし2ch450:ピンポン はじまりのかたち 3/6
10/03/24 21:51:47 UC9etkqa0
ハンドルを握ると、孔が顔をのぞき込んで、不思議そうな表情をした。
「なんだ?」
「さっきから、気になてた。風間、なにか、かお、ちがう?」
「顔? …ああ、これか、眉か?」
「ああ! そか。まゆげかぁ」
いかにも得心がいったという様子の孔に、つられて笑みが浮かぶ。
海王学園を卒業後、風間は大学へ進学した。
卒業と同時に寮を出、一人暮らしを始めたのだが、それをきっかけに眉を剃ることだけはやめた。
自分の中で、海王からの卒業が一区切りであったことは間違いない。
「風間、まゆげあるの、いい」
「そうか」
「かみのけは?」
「髪は、まだなんとなくな。伸ばせないままだ」
「まゆある、顔、ぜんぜんちがう」
「そうだな。時々うっかり剃ってしまいそうになる」
「あたま剃るとき?」
「そうだ」
孔が声をたてて笑った。
「かみのけ、のばすといい。見てみたい」
ギアをローに入れ、ゆっくりと発進する。
「途中でどこか寄りたいところはあるか?」
「ない。あ、でも、おなかすいたな」
「それでは適当なところで食事を取ろう。道中は長いぞ」
窓の外では、まるで突然地上から生えたかのように飛行機が上昇してゆく。
風間はしばらく無言で車を走らせた。
孔は助手席で窓の外を眺めていた。
「…おもしろい、ね。なにもないところに、おおきいたてもの、ある」
「そうだな」
「おなじ空港、でも、上海とずいぶん、ちがう」
「思い出すか?」
「んー」
孔は少し考えるそぶりを見せ、「なつかしい、ね」と言った。

451:ピンポン はじまりのかたち 4/6
10/03/24 21:54:05 UC9etkqa0
車が首都高に入ると、孔はくねる道に沿って迫ってくる壁に、「哦!」と声をあげた。
首都高は、ビルの合間を縫って作られているので、高速道路にあるまじきカーブをそこら中に配置している。
スピードを故意に落とせば、後続車を巻き込んだ事故になりかねない。
運転に緊張を強いられるところであり、それを偏愛しているドライバーがいるのも確かだ。
それでも風間の走る湾岸線は、都内を走るよりも細かいカーブがないだけ楽だ。
「風間、かべ、ぶつかるっ」楽しそうな声が風間に向けられた。
「ぶつからん」
「ゴーカート、みたい」
「遊園地ではないぞ」
自然と風間の声にも笑いが混じる。
食事は成田から東京へ向う高速道路途中のサービスエリアで、軽くすませていた。
成田を出る頃は青かった空が、既に夕暮れに染まっていた。
薄い膜のような雲が、流れるように空を覆っていた。
孔の座る助手席側の窓には、星が光りはじめている。夜と夕方が混在している。美しい光景だ。
風間は黙り込んでしまった孔に視線を投げた。
孔は惚けるように空を見ていた。細い鼻梁と、頬がオレンジ色に染まっている。きれいな顔をしているな、と思う。
夕暮れの中のドライブは、まるでデートをしているようだ。
「くも、すごいね」
「美しいな」
「うん」
「…ートのようだな」
「え、なに?」
「いや、なんでもない」
無表情を装って、風間は運転に専念した。孔はそれ以上聞いてこなかった。

452:ピンポン はじまりのかたち 5/6
10/03/24 21:55:16 UC9etkqa0
高速を降りて一般道に入ると、時刻は既に宵を回っていた。
赤信号で車を停め、無口になった孔をそっと目の端で見る。眠っているのだろうか。
孔が身じろぎして、顔をこちらに向けた。
「寝ていなかったのか」
「…おもいだしてた。いろいろ。ひこうき見て」
「ほう」
信号が青になる。
「私の国の、おとうさん、おかあさん…コーチ…それから、風間」
「私をか?」
「風間に、私、まけた」
前の車のストップランプが消えた。風間もギアをローに入れ、クラッチをゆっくり戻す。車が動き出す。
「あのとき、卓球、やめよう、おもた。ユースやめるときより、ショック、ショック、だたよ。コーチ、いったね。『文革、きみのじんせい、はじまたばかり』 …わからなかたよ。わたしのじんせい、もうおわた、おもたよ」
孔の言葉は独り言のように、ぽつりぽつりと続く。
「しばらく、かんがえた。わからない。わからない。でも、辻堂、残る、きめた。わたし、かえらない」
正面を向いてハンドルを握りながら、風間の耳と心は孔を向いていた。
「つぎのとし、わたし、星野にまけた。あなたと試合、できなかたね。でも、あなた、星野と、いい試合、した」
「ああ」
「私も、あなたと、いい試合、したい、おもたよ。だから」
信号が赤になった。車はゆっくりと停車する。
風間は助手席の孔を見た。
孔の目が、車の中に差し込む白い街灯の光で鈍く光っている。風間の目をひたと見つめてくる。
「わたし、やめなくてよかた、おもた。…それを、おもいだしてた」
「いつか、また手合わせ願おう」
「…うん」
孔が微笑んだ。
「うん」

453:ピンポン はじまりのかたち 6/6
10/03/24 21:56:37 UC9etkqa0
その時風間の中に生まれたものに、風間はまだ気がつかない。
それは時を経て、風間の中で少しずつ育ってゆく。風間がその存在に気がつくまで、心の奥に封印されて、眠る。

車が孔のアパートの前に着いた。
「ありがと、遠かたね。つかれたね? あがて、おちゃ、のむ」
「いや、遠慮しておこう。路上駐車が出来る道ではなさそうだ」
「そう…またね。ありがとう」
「ああ、また」
孔がドアを閉め、身をかがめて窓をのぞき込み、手を振った。
風間は名残惜しい気持ちを抱えながら、アクセルを踏んだ。
「また」
孔がフロントミラーの中で小さくなってゆく。風間は言葉に出来ない思いを少しばかり持て余して、アクセルを踏んだ。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

454:風と木の名無しさん
10/03/24 22:16:25 1QosxOxq0
>>448
わあっ!もう次が読めるなんて……。
ありがとう。
自分>>436です。
あれから早速原作読んで燃えたし萌えた!
でも映画はまだ見てないorz
明日借りてくるよ。
>心の奥に封印されて、眠る。
ここでゾクッとした。

>>437
良い旅になったよw

455:風と木の名無しさん
10/03/25 01:24:16 nJeug9QR0
>>448
GJ
前回も何かレスしたかったんだがどう讃えていいやら言葉が出なかったので
万感の思いを込めてGJとだけ言わせてもらう
GJ……!!

456:ピンポン 幕間/儀式 1/2
10/03/25 10:08:40 BRatYyEJ0
ピンポン ドラチャイ 風間単品 連投申し訳ない
GJレス下さった方ありがとう 映画版も燃えて萌えるのでぜひ。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

寮の窓に掛かっているカーテンを開けると、薄暗い明け方の空が見えた。

道具を持って洗面所に入る。

まだ誰も起きてくる気配がない。週番が起きてくるのさえ、もう少し後だ。

毎朝の儀式。無人の洗面所で身支度をする。

鏡を見る。

夜を経て、朧げに存在を主張する眉と頭髪。

見慣れた、見慣れぬ貌。

石鹸を泡立て、顔と頭に塗る。

髭を剃る。

頭髪を剃る。

眉を剃るのは一番最後だ。

剃刀の刃を換えて、眉を剃る。

熱い湯で搾ったタオルで顔と頭部を拭く。

再び、見慣れた見慣れぬ貌が顕れる。

457:ピンポン 幕間/儀式 2/2
10/03/25 10:10:29 BRatYyEJ0
眉を剃るのは、鎧を纏うのと同じだ。

海王の卓球部員の中で、眉を剃るのは唯一彼だけである。

相貌の中の、有るべきパーツを削ぎ落とすことで、彼は異形のものへと変貌を遂げる。

竜という異形。

この世のものではない、架空の生き物。

戦うということ、勝利を掴むということ、それは総て等しく孤独との闘いだ。

その孤独と闘うために、彼は眉を剃る。

儀式を終え、部屋へと戻る。


風間竜一の一日が、また、始まる。


□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

458:無題 1/4
10/03/25 10:44:31 9I9JBUN+0
オリジナル、某スレのお題からいただいた妄想

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

高層ビルと高層マンションの間に、その家はあった。瀟洒な洋館のはずが、近隣での通称はお化け屋敷である。
かつては綺麗に手入れされていた庭も、持ち主が変わった後は一切構われなくなり、壁には蔦が這っている。
「……いつ見てもすごいな」
今の持ち主はほとんど屋敷の外に出ない。持ち主以外にも何人か住んでいるらしいが、彼は見た事がなかったから、半信半疑である。
「……さて、行くか」
そう呟いて彼は荒れ放題の庭に足を踏み入れた。落ち葉が降り積もった庭は、歩くだけで乾いた音がする。
「ちょっとは手入れしろよな」
彼は一人呟いてから、思い直す。
「ま、これくらいの方があいつらしいか」

459:無題 2/4
10/03/25 10:46:16 L8rso3MdQ
カサカサと草を踏み分ける音で、彼が来たことが解った。使用人達に下がるように伝え、彼を迎える準備をする。
……と言っても、座布団一枚出すことくらいしかしないが。
「いるか?」
彼の声に振り返る。窓から室内を覗いている彼に、クスリと笑いかけ曖昧に頷く。
「早くこっちにおいでよ」
「おう、今行く」
窓から普通に侵入してくる彼を見て、私は呆れたように笑った。
「……んだよ」
「ん?……別に」
玄関遠いし……と言い訳する彼を横目に、私は出来た物を確認する。……これを彼に渡せば……。
「…………出来たんだな、ついに」
彼の優しい声に少しだけ泣きそうになる。
「……うん」
「そうか……」

460:無題 3/4
10/03/25 10:48:25 L8rso3MdQ
私から手渡されたものを彼は確認する。一応念を押した。
「これで……いいんだな?」
私はコクリと頷いて微笑んだ。
「うん……もう、大丈夫」
「解った」
彼は、私が恋した相手の姿で……私を抱きしめた。彼の口から小さな歌が聞こえる。それを耳にしながら、私はゆっくりと身体の芯から溶かされていく。
歌が途切れた。私の唇に彼の唇が重なる。そこからも、私が溶かされていく。
彼が背中を撫で、耳元で何かを囁いた。私は彼に返事をする。
「……私も……」
…………返事はそこで途切れた。

461:無題 4/4
10/03/25 10:51:24 L8rso3MdQ
後日、彼は目の前に広がる瓦礫の山を、ぼんやりと見上げる。
近隣では有名なお化け屋敷が崩れたのは、彼が私と名乗る地縛霊を成仏させた翌日の事だった。
「そんな力があるなら……俺を拒む事も出来たのにな」
私は彼に頼んだのだ。これを書き上げるまで待ってほしい、書き上がったら好きにして構わない、と。彼は待つことを選択した。
「ああ、そうだ」
彼はポケットから文庫を出して、瓦礫にもたれ掛かった。
「本になったぜ、アンタの原稿」
一人呟いて彼は笑う。浄霊したので、ここにはいないはずなのに、風に混じって「ありがとう」と聞こえた気がした。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
お題は「廃墟でものを書き続ける男(フェイク済み)」で最後はこんな終わり方を妄想。元スレで書くのは憚られたのでこちらで。

462:水影 1/10
10/03/25 21:32:37 eqndtsjY0
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
タイガードラマの武智→涼真。あいかわらず上司×武智も有り。しかも掛け値なく
ゴーカンなのでダメな人は避けてください。
本スレ姐さん達のネタをいっぱい拝借しながら少年~青年期を捏造。ネタ、アリガトウゴザイマス。
暗いです。本編に引きずられてひたすら暗いです!先に謝ります。
しかも思いの他長くなったので一度中断します。スイマセン…



それを見るようになったのはいつの頃からだったか。
夏の逢魔ヶ刻。
皆と遊ぶ通りの先に立っていたその子供は、逆光のせいか全身が黒く見えた。
黒い着物、黒い履物、そして光の無い黒い瞳。
見覚えがあるような無いような、不思議な感覚。
それでも、もし一緒に遊びたいのならと声を掛けようとした瞬間、
「武智さん!」
不意に腰元に抱きつかれ驚いて振り返れば、そこにいたのは半べそをかいた涼真だった。
「どういたがじゃ?」
「収次郎達が仲間はずれにしゆう。」
わいわいと騒ぐ集団から弾き出されてしまったらしい、この6つ年下の遠縁の幼馴染の幼さに
思わず笑みが誘われる。だから、
「しょうのない奴らじゃ。ほら、わしが一緒に行っちゃるきに。」
手を差し出し、小さなそれとしっかりと繋ぐ。
そしてその時、そう言えば彼もともう一度振り返った。しかしその先、
「……………」
「武智さん?」
朱い夕焼けが西の空へと追いやられ、薄闇が染み出すその境。
先程の黒い影は道の上、もうどこにも無かった。


463:水影 2/10
10/03/25 21:33:42 eqndtsjY0
障子の開けられた窓の外から、うるさいほどの蝉の声が聞こえていた。
差し込む陽光は色褪せた畳の上に朱く落ち、今が夕暮れ時だと言う事を知らせている。
しかしこの時間になっても風の入らぬ二階の小部屋は蒸し暑く、薄い布団に横になっているだけで
首筋にじっとりとした汗が滲む。
全身が気怠い。
それでも、耳に届く外の喧騒。
大通りから一本奥に入ったこの場所にまで届くそれらの声は、彼らの家路に着く気配を伝えてきて、
自分も戻らねばと気力を振り絞り、ゆっくりと上半身を起こす。
するとその背後でこの時、数度繰り返される咳があった。
思わずびくりと背筋を強張らせ、固まる。
そんな武智の掛けられた声。それは窓のある方角から聞こえてきた。
「目、覚めたか。」
嫌な笑みを含んだような響きだった。それにざわざわと肌を這い上がるような不快感を覚えたが、
武智は懸命に絶え、声を絞り出す。
「もう…戻りますきに。」
言いながら、着崩れ、肩から滑り落ちていた着物を元に戻そうとする。
しかしそんな自分の意向を、背後の男はまるで汲もうとはしなかった。
「まだええろう、時間ならもうちっくとある。」
「……帰してつかあさい。」
「そんなに帰りたいなら帰ればええが、今出るとおんしの方がまずいがやないか。」
「……?」
「大通りに今おる奴ら、よう見かけるおんしの仲間じゃろ。」
言われ、思わず反射的に振り返る。と、そこには窓の張り出しに行儀悪く腰を掛け、大通りの方角に
視線を落としている男の姿があった。
自分より一回りほど体つきの大きなその年上の男は、ようやくに向きを変えた自分の姿を認めると、
その口元に更なる笑みを浮かべた。
「平気やったら、今からここに呼び寄せちゅうか?ここからなら声も届くじゃろ。」
告げると同時に窓に巡らされた柵越しに身を乗り出し、口元に手を当てる素振りを見せられる。
それにはたまらず、悲鳴のような声が口をついた。
「やめてつかあさい!」


464:水影 3/10
10/03/25 21:34:47 eqndtsjY0
叫ぶと同時に、男を止める為に腕が伸びる。
体は重く、動きは鈍く、立ち上がりかけた足は萎え、それ故まるで前のめりにまろぶように
縋りついた男の足元、その着物をきつく握りしめる。
みっともない姿だと自覚する余裕も無かった。その上で、
「お願いですきにっ、やめてつかあさい!」
懸命に繰り返す。
するとそれに男は頭上、瞬間大きな笑い声を発してきた。そして、
「嘘じゃ。」
一言、短く言い切られた言葉。
それには意味を理解するより先に、体から力が抜けた。
思わずその場に崩れかける。それを男は見逃さなかった。
肩を掴まれ、そこに力を込め、突き飛ばす勢いで後ろに押されれば、支えの無い体は
いとも容易く畳の上に倒れ込んだ。
その上にのし掛かってくる影。
有無を言わさず手首を掴み、首筋に顔を寄せて、男が囁いてくる。
「おんしはまっこと弱味だらけじゃのう。」
追いつめた鼠を無邪気に甚振る猫のような、笑みを含んだ揶揄。
その残酷な響きには喉の奥、声が凍った。それでも、
「やめて…つかあさい…」
再び組み敷かれ、着物の襟を力任せに引き下ろされてゆきながらも、訴える事を止められない。
「もう…許いてつかあさい…っ…」
それは最後、ほとんど泣き声のような懇願になった。
けれど、そんな意地を張る矜持さえ失った自分に、この時与えられた男の声はどこまでも
無慈悲なものだった。
「さっさと終わらせて欲しかったら、大人しゅうちょけ。」
蝉の声が消えた。外の喧騒も。
うだるような暑さの籠もる狭い部屋の中、後に残るのは忙しない男の息と時折零される咳。
そして割られた足から滑り落ちる衣擦れの音だけだった。

465:水影 4/10
10/03/25 21:35:51 eqndtsjY0
辺りに薄闇の帳が降りる頃、微かに引きずるようにして歩く足が向かったのは、町外れの
川のほとりだった。
土手を降り、辿りついたそこは、大きな岩が周囲からの死角を作る自分の秘密の場所。
幼い頃から一人になりたい時にこっそりと訪れていた、その水際に武智はこの時うずくまるように
座り込んでいた。
気をつけてはみたものの、ここに来るまでの間、着物の合わせは崩れ、よれていた。
髪は乱れ、落ちるほつれが酷い。
汗ばんだ肌は気持ち悪く、せめて手拭いで拭いたいと、懐からそれを探り出し、目の前の
川の水につけようとする。
着物も着直そう。
髪も整えなければ。
でなければ家の者達がどうしたのかと心配する。
わかっている。わかっているのに……

もう、疲れた――

無意識に胸の内で呟いた言葉。
それに武智は暗い瞳を目の前の水面に落としていた。
通う道場の稽古後に自分を町の連込宿に引きずり込んだ男は、同じ道場の先輩格にあたる上司だった。
あんな事をこれまで何度繰り返されたかは、もう覚えていない。
それでもその初まりはさすがに忘れようがなかった。
土イ左の城下でも有名な剣術道場に自分が入門して、早半年ほどの月日が立つ。
そこへ通う者達の大半は上司の子弟ではあったけれど、それでも例外的に入門を許されれば
稽古の間は下司の自分でも対等に扱われ、そんな中で剣の腕を磨ける事はとてもありがたかった。
けれど、そう出来た事には事情があった。
それを自分に告げたのが、件の男だった。
『おんしの父親は先生に金を渡したがじゃ』
自主的に居残った稽古を終え、一人道場の後片付けをしていた自分の所に乗り込んできたその男は、
あの時そう言って父を罵った。
この国に下司として生まれ、幼いながらにも耐える事柄の多さは身を持って知っていたけれど、
それでも自分の事ならばいざ知らず、父を侮辱される事は耐え難かった。

466:水影 5/10
10/03/25 21:36:54 eqndtsjY0
だからあの時自分は初めて、相手に歯向かった。
『父上がそのような事をしゆうはずが無い!』
身分が下で、年も下な、そんな自分が口でとは言え逆らってくるとは思いもしなかったのだろう。
瞬間、男はさっとその顔色を変えた。
『生意気じゃ』と怒鳴られ、手を振り上げられた。
剣術においてならば、あの頃すでに腕は自分の方が上だった。
しかし体格に任せた力では到底かなうはずも無い。
頬を張られ、その勢いで道場の床板の上に倒れ込んだ。
その上に男は乗り上げてきた。
暴れる腕と言葉の応酬。
初めはただの喧嘩のはずだった。それがおかしな意味合いをもったきっかけは何だったのか。
手首を頭上で一纏めに取られ、押さえ込まれ、胴着や袴を乱される段になって気付いても
それはもう遅かった。
人気の無い道場で上げる悲鳴さえ塞がれて、自分はその男に力づくで犯された。
体と自尊心をぼろぼろにされるのにこれ以上の仕打ちはなかった。
そして現実はそんな自分に更なる追い打ちをかけた。
男の言った事は本当だった。
父は確かに道場主に付届けをしていた。
しかしそれを責める事は自分には出来なかった。
親とて必死だったのだろう。それは子を思うがゆえの過ちだったはずだった。
だから……自分はもう誰にも何も言えなくなった。
ただ一つ誤算があったとすれば、それは男の自分に対する執着だった。
一時の激情の流されただけかと思っていた行為を、男はその後も自分に執拗に迫ってきた。
それは道場の片隅や、そして人目を避けた場末の宿で。
今日とてつい先程まで繰り返された行為を不意に思い出し、武智は無意識に自分の体を
自分で抱き締める。
親の不正、汚された現実。それをもって男は自分を弱味だらけだと言った。
悔しいけれどそれは事実だった。
それらの事がある限り、自分はあの男に逆らう事が出来ない。
それは今までも、これからも……


467:水影 6/10
10/03/25 21:37:57 eqndtsjY0
辿りついた思考に、着物の裾を掴む指の力が強くなる。
冷たい程に醒めた結論がある一方、どうしても抑えが利かず、沸き上がってくる想いもある。
嫌だ…もう嫌だ……
どうしたらいいのだろう。どうしたら…こんな状況から抜け出せる?
いくら考えても答えは見つからず、誰かに頼る訳にもいかず、瞳に暗い翳だけが落ちる。
うつむき見る静かな川の流れ。
その日、頭上には白い月が昇っていた。
地上に落ちる清冽な光は、その分だけ色濃い影をその水面に映す。
見つめる、ゆらゆらと揺れる己の輪郭。
そんな武智の耳に、この時不意に聞こえた声があった。
それはどこからとも誰のものかも判然としない、低く囁くようなかそけきもの。
それを武智は茫洋と聞く。
――ノドヲツブシテシマエバイイ
それは稽古の間にも。立ち合いで、竹刀で、喉を目掛け…
しかしそれだけでは伝える手段は他にもある。
――ナラバ、メヲツブセバイイ
字も書けなくなれば事の経緯の説明などもうつけられまい。
しかし、しかし、しかし……
――デハ、イッソ、コロ……
刹那、振り上げた手が激しく水面の己を打っていた。
信じられないものを見るように目が大きく開き、唇が震える。
これは、今、自分は、何を――
慄く想いに、一刻も早く影から遠ざかろうと立ち上がりかける。
けれど萎えた足は自分の意思を裏切り、数歩川から背を向けた所で、武智は側らにある岩に
凭れかかるようにずるずるとその身を崩れ落ちさせていた。
背後が怖く、振り返る事が出来ない。
かと言って、ここ以外行ける場所も他には無い。
「……す…けて…くれ…」
どうしたらいいのかわからない。それで心は救いを求めるのに、誰の名を呼んでいいのか
今の武智にはわからなかった。

[][] PAUSE ピッ ◇⊂(・∀・;)チョット チュウダーン!

468:水影 7/10
10/03/25 22:09:39 eqndtsjY0
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
続けてみます。


それでも月日だけは無常に過ぎていく。
盛夏を越え、残暑を見送り、秋も深まり出したその頃、道場に一つの知らせが舞い込んだ。
門弟の一人が長引かせていた風邪をこじらせて死んだ。
まだ若いのに。可哀想に。口々に語る者達の中でその者の名を聞いた時、自分は手にしていた
竹刀を取り落としていた。
それをしばらく拾い上げる事が出来ぬほど動揺し、集まる人の輪から背を向ける。
そしてそのまま逃げるように道場を飛び出そうとすれば、その背に投げつけられる声が幾多もあった。
『なんじゃあ、あいつは。』
『仲間が死んだとゆうに薄情な奴め。』
『放っておけ、所詮は下司じゃ。人の情など解さんのじゃろう。』
口々に罵倒される。しかしそれらの半分も、武智の耳が捕らえる事は無かった。
ただ脳裏に繰り返されるのは、
死んだ…あの男が…死んだ……
飛び出した通り、日はまだ頭上に高かった。


それからどこを彷徨い、どうやって時間をやり過ごしたのか。
気付けば天は月にその主座を譲り、辺りには夜の闇が降りていた。
本来の帰宅の時間はとうに過ぎていた。
それでもこの日ばかりはどう取り繕うと家人に合わせる顔を作る事が出来ず、ふらふらと足が向いた先、
そこはやはりあの流れる川のほとりだった。
本当に、ここにしか居場所がない。
そんな自分が哀しくも、少しだけおかしくなる。
今はもう遠い昔にさえ思えるようなあの夏の日。
耳に届いた声に怯え後にしたこの場所に、自分はしばらくの間近づけなかった。
ただ単純に怖かった。
けれど今は、それを凌駕する恐れが自分の内にある。

469:水影 8/10
10/03/25 22:10:43 eqndtsjY0
死んだ。一人の男が。
なのに自分はその事に何の憐れみも感じない。
どころか……解放されたのか、と。
その上で今更に、死んだ男にこれまで蹂躙され続けた事が、前後の感覚を失くした心でひたすらに
おぞましいと。
触れてきた手や、注ぎ込まれた欲の記憶が頭の中で急激に熱を失い、それに犯されたこの身がひとえに
汚らわしいと。
思う心に、確かに人としての情は欠片も無かった。
自分はいったい、いつからこんなに醜くなったのだろう。
それとも元々の性根がこうだったのか。
だから……あんなものが見えるのか――
自嘲気味に上げる視線の先に、その影はあった。
静かに流れる川の上、ぼんやりと浮かぶそれは人の形をしていた。
自分と同じ姿をしていた。
黒い着物、黒い履物、光の無い黒い瞳。
その口角が引き上がり、静かに笑っているのがわかった。
自分も今、あんな表情をしているのだろうか。
ゆらりと影の手が、差し伸べられるのように持ち上がる。
自分の醜さも汚さも知っているあれのその手を取れば、自分は少しは楽になれるのだろうか。
思えば足がざっと引きずるように地面の上を滑っていた。
ゆっくりと踏み出す。
その歩みは河原の石を弾き、陸と川との境界を越え、袴の裾を濡らすようになっても止まる事は無かった。
川の中央に立つ影の元へ。
ゆけば、ゆければ自分は……
手が前方に伸びる。もう少しで届く。
しかしそう思った瞬間、
「……ち…さんっ!」
背後から強引に引き止められる衝撃があった。

470:水影 9/10
10/03/25 22:12:20 eqndtsjY0
えっと思う間もなく2本の腕が前に回り、後ろに強く引かれ抱き締められる。
「…………ッ」
それはとっさに温かいと、人の体温を感じられる腕だった。
だから、半ば呆然と後ろを仰ぎ見、そして、
「……涼真…」
唇から意識無く零れ落ちた名前。
それは自分の、年下の幼馴染のものだった。
それきり声が出なくなる。そんな武智に、涼真はこの時縋りつくように抱き留めた腕の、その力を
更に強くしてきた。
「…武智さん…っ…」
もう一度大きく名を呼び、肩越しに額を強く押し当て、そして彼は次の瞬間その腕を離すと
武智の体を自分の方へと回し、もう一度……今度は正面から強く抱き締めてきた。
「何しちゅうがですか!こんな…こんな…っ…」
想いが逸るのか、上手く先の言葉を紡げないでいる。
そんな涼真にようやく武智の唇から呟きが洩れた。
「……どういて…」
こんな所に。いや、どうしてここを……
掠れる小さな問い掛けに、涼真はこの時腕の力を緩めぬまま答えを返してくる。
「武智さんの家の人がうちにも来やったがです。武智さんがこんな時間になっても帰ってこんと。
だから皆総出で探して。で、わしは、」
「…………」
「昔から武智さんは、一人になりたい時ここに来ちょったなと。」
おってくれてまっこと良かったと、この時涼真はようやく安堵の息をついたようだった。
しかしそんな涼真に、武智はこの時腕の中で微かに驚く。
昔から。一人に。彼はここを知っていたのかと。
思う感情は瞳に現れ、わずかに抱き締めを解くよう武智が体を起こせば、それに涼真は瞬間
照れくさそうな顔を見せた。
「昔のわしは泣き虫で、武智さんの後ばかり付いて歩いちょりましたから。せやきに、ここも偶然
知ったがやけど、でも声は掛けられんかった。」
「…………」
「背中を見ちょる事しか出来んかった。でも今日やっと、声掛けれたぜよ。」


471:水影 10/10
10/03/25 22:14:00 eqndtsjY0
夜の川へ入る、そんな自分の異常な行為にはこの時まるで触れず、涼真はそう言うと明るく笑ってみせた。
それは人への思いやりに溢れた笑顔だった。
昔は本当に泣いてばかりだったのに。何かあればすぐに自分の腰に纏わりついてくるような
そんな小さな子供だったのに。
今の彼は、背も、肩幅も気付けば自分よりも大きくなっていた。
だから、屈託なく、力強い、そんな笑顔に引き寄せられるように、この時武智の手が無意識に伸ばされる。
先程影に触れようとしていた手が光を求める。そして、
「…涼真…」
二つの腕を彼の首の後ろに回しながら、武智はこの時目の前の体を己へと引き寄せていた。
「涼真…涼…真……りょう…っ…」
自分でも訳がわからないほど名を呼び、年下の彼に意地も自尊心もかなぐり捨てて縋りつく。
助けて欲しかった。
気付けばすぐにも闇にのみ込まれてしまいそうになる脆弱な自分を。
記憶を辿る。
彼といれば、あの影は自分の前から姿を消した。
それはきっと今も……
恐ろしさに振り返る事も出来ない背後に、この時涼真の少し驚いたような、しかしそれでもどこまでも
まっすぐな腕が回されたのを感じる。
「…武智さん?…大丈夫なが?武智さん。」
頭上から降り注いでくる声と共に、心配げに抱き返される。
その優しさを武智はこの瞬間、飢えるように求めた。
川の中、2人濡れる事も構わず。
それでも……
懸命に縋りつきどれだけきつく目を閉じても、自分は知っている気がした。
天には月。降り注ぐのは光。
それが作り出す影は形を変え、今も自分の足元、ゆらゆらと消えて無くなる事はなかった。


□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
黒タケチがファンタジーと言うよりホラーになった。
場所借り、ありがとうございました。


472:風と木の名無しさん
10/03/25 22:40:35 xMxpjJ0T0
>>462
大作読ませて頂きました!ありがとうございました
タチケさん切なすぎて(T_T)言葉が出てこない・・・

473:君達と僕1/3
10/03/25 23:09:37 uM0BU7HG0
昨年度結成二十周年を迎えた大所帯須加グループの皆様
Dr×Tr風味。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

春の訪れに少しぼんやりしてしまうのは、飛び交う花粉の所為ばかりではなかった。
ライブのリハーサルを行なっているのスタジオの中は、当日までまだ日にちがある所為もあり
穏やかだ。
今日は音合わせよりも取材の方がメインだったから、手の空いているメンバーはそれぞれ
勝手な行動を行なっている。楽器を弾いている者もいれば、雑談に興じている者、トランプで
闘っている者、それぞれだ。九人もメンバーがいれば統率など取れるものではないし、いざ
音楽を前にすると自然と一丸となれるから必要もない。
その中に、喧騒を物ともせずにソファーに沈んでいる人間が一人。
普段はかけている黒縁の眼鏡もそのままな状態で、持木は静かに寝息をたてていた。
春になるとぼんやりする。昨夜は上手く眠れなかった。
桜の蕾が綻び出すと、思い出すのはもう遠い春。この世で一番大切な宝物だと思っていた
大切な人と永遠に別れた春。美しい歌声は空気に溶けたきり、もう二度と響かないという事を
理解も出来ずに、ただぼんやりとしていたあの春。
だから持木は春になると、少しだけぼんやりしてしまう。
目覚めると同時に忘れてしまう淡い夢の中をたゆたっていた意識が不意に浮かび上がったのは
優しい気配が触れた気がしたからだ。
「あれれ、琴ちゃん寝ちゃってるの?」
ギターを爪弾いていた筈の加糖の声が聞こえたけれど、持木は瞼を持ち上げられない。
眠くて、眠くて、どうしようもない。一応起きてるよ、加糖君。声にならずに心の中だけで返事をした。
「寝ちゃってるねぇ。風邪ひかないかな」

474:君達と僕2/4
10/03/25 23:10:39 uM0BU7HG0
少し押さえた様に聞こえる名ー古の声はすぐ傍にあった。続いて身体の上に何かが掛けられる。
少し硬い生地は、多分名ー古のPコートだ。大丈夫だよ、名ー古さん。すぐ起きるから。
「このうるさい状況でよく眠れるよな」
「琴ちゃんだから」
感心し切っている我耗に、理由らしい理由ではないのに妙な説得力を持って短く言い切った隠岐。
近付く足音はきっと二人のもので、丁寧にまた身体の上にコートらしきものが掛けられる。
「毛布でもあればいいんだけど」
「あ、じゃぁ俺も革ジャン掛けるわ!」
「加糖の革ジャン、防寒性あるのかよ」
「失礼な。ちゃんとあるよー」
「へぇー、そりゃ喜多ちゃん存じ上げませんでしたわっ」
「喜多ちゃんはうるせぇよ。そんな大声出したら琴ちゃん起きちゃうだろ」
「だったらついでのアタシのも掛けといて」
「あいよ」
ぱさ、ぱさっとさらに二着分のコートが掛けられる。一応肩から太腿の辺りまでを網羅してくれて
いるらしく、一箇所に集中しないから重くはない。微かに香る煙草の匂い。大所帯は禁煙チームと
喫煙チームに分かれているけれど、服についた匂いまでは取りきれない。けれど持木には不快では
なかった。それどころか妙に落ち着く。掛けてもらっているコートは暖かくて僅かに不安定だった
心に安堵をもたらした。
「眼鏡、歪まないのかな」
「寝返りうったらやばいかも」
「名ー古、とったげたら? ついでに俺のも掛けあげてくれていいよ」
「大守さんは面白がってるだけでしょ」
「面白がってるけど、風邪引かせたくないのも本当だよ?」

475:君達と僕3/4
10/03/25 23:11:20 uM0BU7HG0
「はいはい、カワイ子ぶった言い方しないの。名ー古さん、コート投げるよ」
「いいよ」
ばさりと音がして加糖がコートを投げたのが分かった。ふわりと重さが増えて、ありがとうと
言いたかったけれど、やっぱり口は動かない。
暖かい指先が頬に触れる。眼鏡を外されるのは、聞こえている会話から分かっていたので
持木は驚かなかった。眼鏡を引き抜く名ー古の手はひどく慎重で優しい。起こさない様に、
という気遣いが伝わってくる。この指があんなに器用にトランペットを操るんだなぁと
持木はなんだか妙な感慨を抱く。
「ついでにさぁ、八中さんと河神さんのも掛けとけば?」
「あー、それいいかも」
「完璧な風邪対策だな」
「……本当にそう思ってんっすか」
「暖かそうではあるよね」
「重そうだろ」
交わされる会話は完全な悪ノリだったけれど、そこにはちゃんと持木への愛情もある。
琴ちゃんが風邪をひたら大変だという共通の空気。寝ているのが持木じゃなくてもメンバーは
同じ事をしただろうし、その時は持木も同じ行動を取っただろう。
「これさぁ、琴ちゃんには大きなお世話じゃないの?」
「こんなにコート掛けるなら、毛布の一枚でも捜してくる方が親切だよな」
そんな事を言いながらも、身体の上の重みがまた増える。煙草の匂いがまだ香ったから、これは
八中と河神のものだろう。多分河神のものであるコートのフードについているファーが、持木の
顎を擽った。二人は取材を受けていて、別室からまだ帰って来ていない。
結局残りメンバー全員分のコートが茂木の上にある事になる。それは多少重かったけれど、
嬉しかった。
あの春を乗り越えられたのは、この人達がいたからだ。似たタイミングで要だったドラムを
失った須加派等と、二人残ったバンドのボーカルを亡くした持木。ネガティブの気持ちで
引き合ったと思われたくなくてサポートメンバーとして参加していた持木を、メンバー全員が
代わる代わる「正式メンバーになりなよ」と誘ってくれた。

476:君達と僕4/4
10/03/25 23:12:04 uM0BU7HG0
ひたすらにポジティブで、パワフルで、前に進む事に恐れも衒いもないこの人達と過ごす中で、
サポートという立場ではなく共に進みたいと思った。須加派等の皆を大好きになった。
だから「メンバーにして下さい」と素直に言えた。あの時貰った拍手の暖かさや、
あの時に感じた感謝の気持ちは今でもちゃんと心の中にある。
須加派等の中に居場所を見つけられた事が、どれだけ持木を救っただろう。
辿り着いたのがこの場所で、本当に良かった。
確かに八枚分のコートは重かったけれど持木は幸せだった。
「取材終わったら、リハやってる風景撮るって言ってたっけ?」
「だったら起こした方がいいのかな」
「んー、もうちょっと寝かせてあげてもいいんじゃない?」
「そうだね、よく寝てるし」
優しいトーンの声と共にくしゃっと髪が撫ぜられる。名ー古さんだな、と持木は少し微笑んだ。
スタジオの外は多分春の風が吹いていて、持木の中の少し寂しい気持ちはきっと一生潰えない。
けれどそれでいいのだと思う。誰の胸にも、そんな感情はあるのだから。
ちゃんと目が覚めたら、まずコートのお礼を言おう。起きるまで傍にいてくれそうな名ー古さんに
眼鏡を取ってくれてありがとう、というのも忘れずに。そうしたらきっと皆笑って「良く寝てたな」
とか「起きないかと思った」とか色々口々に言ってくれる筈だ。
結局取材を終えた八中達に起こされるまで、八人分のコートに守れた持木はとろとろとまどろんでいた。


□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

初っ端に分数間違えて申し訳ありませんでした。

色々あった20年でしたが、この先の20年間もどうか彼らの旅路に
いい風が吹きますように。

477:風と木の名無しさん
10/03/25 23:31:19 4Rd+/eg/0
まとめサイトって初めて行ったんだけどものっそい充実してて凄いw
そして収録の早さに驚き。
一人の姐さんがやっていてくれるのかな、ありがとうございます。

478:風と木の名無しさん
10/03/25 23:38:34 XpCtLBYR0
>>473
あーなんか泣きそう
ありがとう

479:風と木の名無しさん
10/03/25 23:39:26 4Rd+/eg/0
ああごめんなさい、まとめサイトに関することはスレ違いですね。
以後気をつけます。

>>462
いつもありがとうございます。姐さんの文章雰囲気あって好きです。


480:風と木の名無しさん
10/03/25 23:39:31 lMhKpruW0
>>458
うわああいい!
萌えたよ、乙!

481:殿様と作業員
10/03/26 00:10:03 lBzWu2Ul0
某 to京gasCM 甲冑姿の殿×黒ぶち眼鏡作業員

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

お久しぶりー。うん、そうそう、ついこの間戻って来たところ。
2年くらい前は、クローゼットに繋がったタイムマシンで、少年のような男のところに遊びにきてたけど、今はちょっと口の悪い、白髪の着物のご夫人の家にいんの。
今日、老婦人の家に、何かの点検作業員が来てた。
薄いグレーのつなぎの作業着に、太い黒ぶちの眼鏡。
ちょっと気弱そうな、一生懸命な作業員。
「アタシ、あの人嫌いでねえ」
と言うご夫人の声が聞こえた。
「そう言えば、最近信長見ないですね」
話題を探すみたいに黒ぶち眼鏡が言うと、
「ウチにいるからね」
と、そっけないご夫人。
あーあ、ご夫人ったら、気に入った人にはほんとに冷たい。
愛情の裏返し、って言うの?
つい、「あれ? お客さん?」って出て行ったら、
自分の顔を見て、黒ぶち眼鏡がぽかんとした顔をした。
どっかで会ったような顔だなーって思ったから、
「どっかで会った?」
って聞いたら、
傷ついたみたいにかぶりを振って、一瞬、ぎゅって膝に置いていた手を握りしめてた。
それを見たら、もう、ぞくぞくぞくーって、背中に電流が流れたね。
いやー、ご夫人じゃないけど、あんな顔見ちゃったら、泣かせたくなっちゃう。
久しぶりに、嗜虐心って言うのかね、火がついちゃった。
彼、また来るかなあ。
今度会ったら、どうしてやろうかなあ。楽しみだなあ。
あー、未来に戻ってきてよかった!

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
ぎゅって握りしめる手に萌えるんだよ!

482:風と木の名無しさん
10/03/26 00:59:55 /DULzBfR0
現在473kb
もう少ししたら次スレかしら?

483:風と木の名無しさん
10/03/26 01:09:16 oFZX88cU0
>>462
あうあう萌えた
テンテーとリョマの組み合わせが好きなので嬉しい限りです

484:春ぞめぐりて 0/8
10/03/26 02:32:22 YYhZPAG30
              ,-、
                 //||
            //  .||               ∧∧
.          // 生 ||             ∧(゚Д゚,,) < 半ナマ・ドラマ半町から邑鮫さんと桜衣くん中心で
        //_.再   ||__           (´∀`⊂|  < 邑視点シリアスめ・カプ色は薄いけどほとんど邑桜の2人だけだよ
        i | |/      ||/ |           (⊃ ⊂ |ノ~
         | |      /  , |           (・∀・; )、< ドラマ設定ベースにちょっとばかし早い安曇班+αの花見話
       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!
      //:| |  /彳/   ,!           (  (  _ノ..|
.    / /_,,| |,/]:./   /            し'´し'-'´
  /    ゙  /  /   /                    ||
 | ̄ ̄ ̄ ̄ |,,./   /                 /,!\
 |         |   /                   `ー-‐'´
 |         | ./
 |_____レ"



485:春ぞめぐりて 1/8
10/03/26 02:39:19 YYhZPAG30
沈みゆく陽の光と控え目な外灯にライトアップされた薄紅色。
暦の上ではもう春とはいえ、日の落ちる時分はまだほんの少し肌寒い。
頭上に季節を感じながらもそちらを見るのはまだ早いとばかりに、邑鮫明彦は人を探して視線を僅かに下へ落としながら歩いていた。
美しい景色を肴に早々と宴に興じようとする人々でごった返す中、探していたその姿が視界に入るより先に。
明るい声が、聞こえた。
「あ、邑鮫さん!こっちです!」
見ると一本の桜の木の下で直属の部下が立ってこちらに手を振っていた。
少し離れ、反対側に視線を彷徨わせていた上司に声をかける。
「半町、いました」
「お、そっちか!」
大袈裟に声を上げて安曇が身体ごと自分の方を向いた。
この、今の上司の安曇剛士という男は刑事としても人間としても非常に優れた人物だ。
少なくとも自分はそう信じているし下の者たちにも遍く慕われていて、
口には出すことは少ないが邑鮫自身、心から安曇を尊敬している。
先刻まで署で傷害事件の容疑者を取り調べていた彼は今の温和な笑顔からは想像もつかないほど厳しい顔をしていた。
職場からこの場所へと直行してきたその姿も、未だに堅苦しい背広を着込んだままだ。
けれども今、この場でこうしていると傍目にはおそらく普通の会社員とそこまで変わりはないのではないか。
安曇に「はい」と返事を返しながら邑鮫は漠然とそんなことを考える。
かく言う自分も安曇と同じような服装をしている。大して珍しくもない手頃なスーツだ。大方、どんな職業の誰もが着ているような。
そう、手帳のひとつも出さない限り自分たちの仕事はきっとわからないはずだ。中身がどれだけ根っからの刑事だったとしても。
…それとも身に染み付いた特有の空気というのは例えば私的な服を着ていたところで否応なく滲み出てしまうものなのだろうか。
フィクションの世界では時折目にする表現だが、
実際のところ赤の他人の職業を雰囲気のみで察することなど限りなく不可能に違いない。
もちろん実にわかりやすい制服などを着ている場合はまた別だろうと思う。
例えば、用もないのによく強行犯係に顔を出す交通課のあの男のように。

486:春ぞめぐりて 2/8
10/03/26 02:40:19 YYhZPAG30
我ながら面白みのない考え方だな、と邑鮫は思った。少なからず自分が現実主義者の類だという自覚はある。
そこまで考えて、肝心の現実に意識を戻したリアリストは再び若い部下の方を見やった。
青年はこちらが気づいたことに気づいてもまだ大きく手を振っていた。その姿を見て、何故だか小さな違和感を感じた。
「桜衣」
安曇と二人でそちらへ歩きながら声をかけると、
部下――桜衣太市朗はまるでよく訓練された警察犬が尻尾を振るようにまっすぐ駆け寄ってきた。
「お待ちしてました」
そう言って桜衣は軽く頭を下げた。安曇が労いの言葉をかける。
「桜衣、非番なのに悪かったな。場所取ってもらって」
「いえっ、半町こそお仕事お疲れ様でした!邑鮫さんも…今日は早く上がれたんですね」
「ああ、何とかな。お前の頑張りが無駄にならなくてよかったよ」
安曇がそう言って笑うと桜衣も思わずつられたのか、照れたように小さく笑った。
――ああ、そうか。
邑鮫の脳がやっと違和感の正体を理解する。
先ほど安曇が口にしたように自分の部下は今日は非番のはずで、なのに目の前の彼は自分たちと同じ背広姿で。
普段見慣れている姿と言ってしまえばその通りだから別段不思議に思うことではないのかもしれないが、妙にその一点が気にかかった。
「あっ、いたいた!」
邑鮫の思考を遮るように背後から耳慣れた声がした。
振り返ると、瑞野麻穂、素田三朗、黒樹一也の三人がそれぞれ白い大きなビニール袋を両手に提げて立っていた。
「いやあ、半町と邑鮫さん並んでると人混みでもわかりやすいっすねー」
大股で近寄ってきた黒樹が笑いながら冗談めかしてそう言った。
確かにチームの中でも一、二を争う長身の自分たちが並んで立てば嫌でもそうなるだろう、と邑鮫は思った。
尤も、当の黒樹もあまり他人のことは言えない背格好をしているわけだが。
そんなことを考えるうちに意識は逸れ、部下の装いへの僅かな疑問は既に頭から消えていた。
「あ、皆さんお疲れ様です」
正面の桜衣がいち早く反応を返し、会釈した。先ほど自分と安曇にもそうしたように。
「うん、桜衣こそ場所取りお疲れさん」
素田がのんびりと緩慢な動きで手を挙げ、桜衣の挨拶に応えた。

487:春ぞめぐりて 3/8
10/03/26 02:44:26 YYhZPAG30
「半町、本当に適当に買い込んできちゃいましたけどこんなものでいいですか?」
瑞野が両手のビニール袋を挙げて安積に示す。
彼女が手にした袋の中には大量のつまみの類やら何やらが容量のほぼ限界まで詰め込まれていた。
同じく素田の袋の中には食料、黒樹の袋の中にはビールを始めとしたアルコール飲料の缶が山のように、といった具合である。
「ん、それでいい、いい。ありがとう」
安曇が頷き、勢揃いした班員たちをぐるりと見回して告げた。
「よし、じゃあ始めるか!」



事の発端は数日前。東京近郊にぽつぽつと桜が咲き始めた頃、誰かが花見をしたいと言い出した。
あれは一体誰だっただろうか、少なくとも自分ではなかったと邑鮫は手の中に収まった盃を傾けながら思い返す。
宴に興じていたところで呼び出しがあれば即座に出動しなければならないのが常の職場ではあるが、
その合間にも班員全員で飲みに行くというのは折に触れてあることだし、端から到底無理だとは誰も口にしなかった。
ただ、問題は場所の確保だった。仕事終わりに飲み屋で軽く一杯、というのとはわけが違う。
揃って身体の空く定休日があるわけでもなく、必然的に昼間の花見ではなく夜桜見物ということになる。
しかし全員がぎりぎりまで署に詰めていたのではこのシーズン、当然その見物スペースを確保することなどは不可能だ。
かといって良い場所の取れる時間帯にそんなのんきなことへ人員を割いていられるほど、
陣楠署刑事課の強行犯係に余裕がないというのもまた事実だった。
結局、天気の予報や諸々の事情を考慮に入れて選ばれた今日という候補日にたまたま非番だった最年少の桜衣が、
あらかじめ場所を取って皆を待つことになったのである。
もちろん花見が無事開催されるという保証や確証はどこにもなかった。
この仕事に定時というものはあってないようなものだからだ。
安曇が危惧していたように、桜衣が場所をきちんと押さえられたところで全てが無駄になる可能性も高かった。
それでも全員がこの場に顔を揃えられたというのは皆の普段の行いの賜物だろうかと、らしくない考えを巡らせる。
上を見上げると大きな桜の木が目に入った。まだ満開には早く、八分咲きといったところだ。
それでも眺めは見事で、周りのものと比べてもこちらの方が一際素晴らしい。

488:春ぞめぐりて 4/8
10/03/26 02:47:23 YYhZPAG30
きっと桜衣が朝から張り切って最高の場所取りに励んだのだろうと邑鮫は思った。
おそらく、せっかくの休日をほぼ丸一日費やしても無駄になるかもしれないなどとはこれっぽっちも思わずに。
その様子が目に浮かぶようだと、思った。
「邑鮫さん、何笑ってるんですか?」
「……――」
横を見ると日本酒の瓶を両腕で抱えた桜衣がいた。その口を軽く持ち上げる仕草に、条件反射で持っていた猪口を差し出す。
桜衣の身体が僅かに傾いで、なみなみと上等な酒が注がれた。
この酒は素田たちの買い出しとは別に安曇が持参したものだ。
曰く、とっておきの上物だそうで、口にしてみれば成る程その文句に違わぬ美味い酒だった。
一番若輩の桜衣は先ほどからそこらを忙しなく移動していた。どうやらたった今も、安曇に酌をしてきたところのようだ。
無言で盃に口をつけようとしたその手を邑鮫は止めた。
「…笑ってたか?」
「え?」
「さっき」
「え、ああ…はい。何だか、妙に嬉しそうっていうか、そんな感じで…何かいいことでもあったのかなって。思ったんです」
唐突な質問に先ほどの状況を思い出そうとしてか、少しばかり上方に視線を彷徨わせながら桜衣はそう答えた。
「…そうか」
短く答えて今度こそ、盃の中身を飲み干した。
再び酌をしようとする部下を小さく制して、その目の前にすいと猪口を突き出す。
「お前も飲むか?」
桜衣が驚いた顔をした。
彼がどちらかといえばビールの類を好んで飲むことは知っていたし、せっかくの無礼講なのだから好きなものを飲めばいいとは思ったが、
それでも今はこの酒を勧めたいと強く感じた。
少し間を置いて桜衣は「いただきます」と微笑んだ。
盃を拝して上司の注ぐ酒を受けようという表情は普段よりも更に数段、ひょっとしたらそれ以上に神妙な面持ちで。
そんな風に見えるのは、仄かに美しく光る夜桜が生み出すこの不思議な空気のせいなのかもしれない。
彼が注がれた酒を一気に呷った。唇を猪口から離してほうっと息をつく。その両の頬と目元には既に薄く、酔いの兆候が見え始めていた。
ふと、すっかり忘れていた疑問が邑鮫の胸に思い出された。

489:春ぞめぐりて 5/8
10/03/26 02:49:49 YYhZPAG30
深く考えることではないのかもしれない。
真面目な彼にしてみれば、単に仕事の一環と捉えているからそうなっただけなのかもしれない。
それでも再び浮かんだ問いはどうにもこうにも消しがたかった。この際だからとそれをそのままストレートに口に出してみる。
「そういえば桜衣。どうしてスーツなんだ?」
「え?」
桜衣が目を瞬かせて不思議そうな声を上げる。まさかそんなことを訊かれるとは思いもしなかった。そんな顔だった。
口にしてから、我ながら何を気にしているのだろうかと邑鮫は思った。
同じ状況だったなら自分もそうしていた可能性はむしろ高いだろうとも思った。
けれど一旦口をついて出た問いは元には戻せなかった。今夜はもう酔い始めているのだろうと、言い訳のように心の中で呟いた。
「いや…非番だったんだろう、今日は」
「……」
ようやく意を解したらしい桜衣が「ああ」と小さく頷いた。彼は少々考え込む素振りを見せ、口を開いた。
「えっと、なんて言うんですか、こういうの…そうですね。制服、みたいな感じなんですよね」
「制服?」
予想外の回答に少し驚く。
「ええ、安曇班の制服です」
今度はそう言い切って桜衣が笑った。
咄嗟に意味が理解出来なかった。邑鮫自身はこの装いに特別な意味を見出したことなどなかったからだ。
こんなスーツの類など世の中に嫌ほど溢れているのに。
そう、例えば。傍目に見て刑事と一般のサラリーマンとの区別があまりつかない程度には。
余程怪訝そうな顔をしていたのだろう、こちらをちらりと見やった部下は「気分的なものですから」と苦笑した。
彼はその視線をすっと下に落とした。何か言いたいのを迷っているように見えた。
「邑鮫さん、俺」
そのままぽつりぽつりと桜衣は呟き始めた。
「今、すごく毎日が楽しいんです」
「……」
話がどう繋がっているのかわからなかった。ただ、その独白を黙って聞くことにした。
「皆と一緒にいられて」
そりゃもちろん仕事なんですけどと付け足して桜衣は目を細める。

490:春ぞめぐりて 6/8
10/03/26 02:53:30 YYhZPAG30
「朝、待ってる時間が楽しいんです」
朝は誰よりも早く、が彼の信条だということは班の皆が承知している。
新人だからという以上のものが確かにそこにあることも。
「素田さん、黒樹さん、瑞野さんに半町に…邑鮫さんが来るのを、待ってる時間が」
「桜衣」
その声が微かに震えているような気がして声をかけた。
桜衣が顔を上げる。酔いの見える目元の朱が、先ほどよりも色濃く感じられた。
「…大丈夫か」
短い問いに桜衣は「大丈夫です」と短く答えた。
「……」
「……」
暫しの沈黙が流れた。先に口を開いたのは桜衣の方だった。
「本当は今でもちょっと怖いですけど」
「……」
「皆が帰って来なかったらどうしようって」
「……――」
言ってすぐ、桜衣はしまったという顔をして「すみませんこんな話」と続けた。
続きは言われずとも察しがついた。
その持ち前の明るさにともすれば忘れそうになる、というか普段はあまり意識したこともないが、
彼が子供の頃に両親を亡くしたという話を以前に聞いたことがある。
彼の父親と母親はある日彼と彼の祖母とを置いて出かけ、そのまま帰って来なかったのだと。
その祖母さえ彼が大学に上がった頃に亡くなってしまったのだという話も。
辛くないわけがないとあらためて思った。
黙り込んだ自分を見て桜衣が焦ったような顔を浮かべた。
「あっ、えっと、あの、でも」
顔の前で手を振りながら次の台詞を探しているようだった。そうしているうちに言葉を見つけたのか、ふとその手が下がった。
「…それよりもやっぱり待つ時間が楽しいんです。嬉しいんです」
そう言って桜衣はもう一度微笑む。
「寮に帰ったら帰ったでそこにも素田さんと黒樹さんがいて、ああ一人じゃないんだって思えたりして」
「……」
「俺、刑事になって最初に配属されたのが安曇班で本当に良かったって思うんです、だから」

491:春ぞめぐりて 7/8
10/03/26 02:56:20 YYhZPAG30
ああ、と邑鮫はやっと気づく。
社会人になってほんの数年の彼にとっては、その装いでいることが即ち安曇班の一員であることの確たる証明なのかもしれないと。
それは傍から見たところで何の変哲もないのだけれど、それでも。
彼にとっては特別なことに違いない。この顔ぶれで今ここにいられることと同じように。
自然に身体が動いた。くしゃり、と大きな手が黒く柔らかい髪を撫でた。
我ながら珍しいことだと。触れてから思った。
「…邑鮫さん」
夜桜の幻想的な光に照らされて、桜衣が今にも泣き出しそうな顔で笑った。
強い笑顔だと、思った。


出会ったばかりの頃はまだまだ頼りない幼さを残していた。
これから開くかどうかもわからない小さなつぼみのように。
失敗しながらも経験を積んでいくことで、そこに淡い色がつき始めていくのが手に取るようにわかった。
肌寒さを残しながらも穏やかでふわりと暖かい、そんな陽気にいざなわれ開き始めた花びらのように。
彼がその名に戴く花のように。
まだ八分咲きにも満たないけれど、これからいくつもの春を重ねて、少しずつ、少しずつ咲いていくのだろうと邑鮫は思った。

いつか満開の時を迎えるその日まで。
叶うことなら、もう暫く。
彼の傍でそれを見ていたいと思った。






492:春ぞめぐりて 8/8
10/03/26 02:57:40 YYhZPAG30
「おっ、やってるねえ」
突然耳に飛び込んできた陽気な声に桜衣と二人、安曇たちが座っている方を見やった。
いつもの制服を脱いだ男がにかにかと笑いながらそこに立っていた。
「早見お前、何でここにいるんだ」
安曇が目を丸くして問うと早見直毅はちっちっちっ、と唇で音を立て、ついでに指も立てながら答えた。
「何って安曇くん、ここにいてやることはひとつでしょ。交通課も揃って今夜が花見の宴なんだよ」
大袈裟に身振り手振りを交えて説明する早見に安曇が顔をしかめる。
「まさかそのまま運転して帰るつもりじゃないだろうな」
「冗談きついぜ、今日は徒歩に決まってるだろうが。何だ、久しぶりに一緒に帰るか?」
「それこそ冗談きついな。とりあえずまず大人しく自分の縄張りに帰ってくれ」
安曇がにやにやと笑いながら早見の来ただろう方向を顎で指し示すと、早見は盛大に肩を竦めた。
「相変わらずつれないねえ、お前は」
無論、そう言いながら特に気にした様子もない。刑事部屋から場所を移しただけであとは普段のやり取りと変わらないからだ。
上を向いた早見はそのまま頭上の桜花を仰いだ。
「しかしあれだな、こっちの方が断然いい眺めじゃないか。羨ましいったらないね」
それを聞いて、思わず桜衣と顔を見合わせる。
「ほら素田さん、眺めいいんですって!食ってばっかいないで桜見ましょうよ桜!」
「見てるよ!お前こそ飲みすぎじゃないの?」
右手にビールの缶を持ち長い左腕を素田の肩に回して絡む黒樹と、
両手に食べ物を持ったまま絡まれる素田を横目で見ながら瑞野がばさりと切り捨てる。
「素田くんが花より団子なのは事実でしょ」
「あっ、ひどいな瑞野」
「そうそう、麻穂さんそうなんですよ!大体素田さんはほんとにね、いっつもいっつもねえ」
「いつも何だよ、黒樹、こら」
その賑やかで取り留めのない掛け合いを眺め、横に座る桜衣が声を立てて笑った。
視線をやらずともその表情が目に見えるかのようだった。

咲き誇る桜の木々の下。
この面々でこうしていられることへの万感を込め口の端を少し持ち上げて、邑鮫はまた一口、盃の中の美酒を飲み干した。


493:風と木の名無しさん
10/03/26 02:59:42 YYhZPAG30


             ,-、
                 //||
            //  .||               ∧∧
.          // 止 ||             ∧(゚Д゚,,) < シーズン3放送ケテーイおめでとうおめでとう!再会の日が楽しみすぎる
        //, 停   ||__           (´∀`⊂|  < 因みに半町が持って来た酒は例の酒造のものですw
        i | |,!     ||/ |           (⊃ ⊂ |ノ~
         | |      /  , |           (・∀・; )、< 前回コメ下さった方と今回お読み下さった方ありがとうございました!
       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!
      //:| |  /彳/   ,!           (  (  _ノ..|
.    / /_,,| |,/]:./   /            し'´し'-'´
  /    ゙  /  /   /                    ||
 | ̄ ̄ ̄ ̄ |,,./   /                 /,!\
 |         |   /                   `ー-‐'´
 |         | ./
 |_____レ



そして480KB超えたのでスレ立て挑戦してきます。


494:風と木の名無しさん
10/03/26 03:11:06 YYhZPAG30
だめでした…
スレタイと1のテンプレ置いていきますのでどなたかお願い致します


モララーのビデオ棚in801板57


495:風と木の名無しさん
10/03/26 03:11:46 YYhZPAG30
   ___ ___  ___
  (_  _)(___)(___)      / ̄ ̄ヽ
  (_  _)(__  l (__  | ( ̄ ̄ ̄) | lフ ハ  }
     |__)    ノ_,ノ__ ノ_,ノ  ̄ ̄ ̄ ヽ_ノ,⊥∠、_
         l⌒LOO (  ★★) _l⌒L ┌'^┐l ロ | ロ |
   ∧_∧| __)( ̄ ̄ ̄ )(_,   _)フ 「 | ロ | ロ |
  ( ・∀・)、__)  ̄フ 厂  (_,ィ |  </LトJ_几l_几! in 801板
                  ̄       ̄
        ◎ Morara's Movie Shelf. ◎

モララーの秘蔵している映像を鑑賞する場です。
なにしろモララーのコレクションなので何でもありに決まっています。

   | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ||  |[]_||  |      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ||  | ]_||
   |__[][][][]/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   | ̄ ̄ ̄|   すごいのが入ったんだけど‥‥みる?
   |[][][]._\______   ____________
   | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ||  |[]_|| / |/    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄.||  |[]_||
    |[][][][][][][]//||  | ̄∧_∧     |[][][][][][][][].||  |  ̄
   | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ||  | ( ・∀・ ) _ | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄.||  |
   |[][][][][][][][]_|| / (    つ|8l|.|[][][][]_[][][]_.|| /
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄    | | |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                    (__)_)
前スレ
モララーのビデオ棚in801板56
スレリンク(801板)

ローカルルールの説明、およびテンプレは>>2-9のあたり

保管サイト(携帯可/お絵描き掲示板・うpろだ有)
URLリンク(morara.kazeki.net)

496:風と木の名無しさん
10/03/26 03:15:54 A993PilQ0
チャレンジしてきます

497:風と木の名無しさん
10/03/26 03:17:08 A993PilQ0
すみません。駄目でした。

498:風と木の名無しさん
10/03/26 05:05:04 8zgrrQqe0
スレ立て行ってくるー

499:風と木の名無しさん
10/03/26 05:10:22 8zgrrQqe0
規制されてたorz
次スレ立てて下さる姐さんへ
>>2>>3が入れ替わっているので修正お願いします

500:風と木の名無しさん
10/03/26 06:08:21 uW729sCA0
行ってみるー。

501:風と木の名無しさん
10/03/26 06:29:44 uW729sCA0
立てられました。
スレリンク(801板)
見事に規制に引っ掛かってモタモタして申し訳ない。

502:風と木の名無しさん
10/03/26 08:37:44 yXFU3Y2s0
>>501
乙でした~

503:風と木の名無しさん
10/03/26 08:46:17 na7TyftS0
>>493
GJ!!素敵な光景でした

>>501
スレ立て乙です

504:1/3 ※ナマモノ銀盤
10/03/26 13:00:55 muONQrzLO
スレ立て乙です。
携帯からすみませんが、本スレの書き物置場が機能していないので、場所をお借りします。
生モノ、銀盤某選手2人の2009年、とあるエピを大幅捏造。
名前は完全に伏せました。
細かい部分は銀行からのニワカなのでご容赦を…。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「ねぇ、ちょっと遊ぼうか?」
『きっかけ』は、悪戯っぽい笑顔の添えられたそんな一言。
いい加減飽き飽きしていた『待ち時間』を潰すにはちょうどよかったし、何より氷の上で冷えそうになる体を暖めたかった。
「いいよ、でも遊ぶって何をして?」
彼の母国語と仏語、両方で二回ほど尋ねた僕をサラリと無視した彼は、踊るようにリンクを横切り、先刻までの場所の反対側の人がいないところで、滑らかに僕へと振り向いた。
「君はペアの経験は?」
傍らに並んだ僕に掛けられたのは流暢な仏語。
「遊びとショーで少しだけ」
そして返す僕は英語。
そのまま交わされる簡単な会話は、端で聞いていたら奇妙だったに違いない。

505:2/3
10/03/26 13:02:26 muONQrzLO
なんだかちぐはぐな感じが可笑しくて、気にする様子もない彼も相俟って思わず僕は吹き出した。
「……そんな笑うような話はしてないだろ」
明らかにムッとして、ルージュでも引いてるような赤い唇を尖らす彼。
同性だとわかっているのにも関わらず、時折ドキッとさせられる事が多々ある。
こうして並び立てば、体格も身長も僕とはそう変わらないし、耳に響く柔らかなイントネーションの声だって男のそれなのに。
「そうじゃなくて、僕達の言葉がちぐはぐだなって思っただけ、ごめん」
慌てて言い訳した後の『ごめん』の部分だけは、彼に合わせて仏語に変えた僕に、彼はその瞳を大きく一度見開いて、拗ねて尖らせた唇に美しい笑みを浮かべた。
そして、それはすぐに彼の得意な皮肉を交えた笑みに変わった。

506:3/3
10/03/26 13:04:56 muONQrzLO
「通じてるなら、どっちだっていいじゃないか。何なら露語にする?」
「いえ、それはご勘弁を、ディーバ」
芝居がかって器用にも英語のイントネーションに露語を混ぜた彼に、僕も同様に芝居がかった台詞に膝まで折って答えると、ようやく彼のご機嫌は直ったようだった。
スッ、とバレエダンサーのように差し出される彼の右手を恭しく取り上げると、彼の笑みが深くなった。
「それじゃあ始めよう、名付けて…そうだな、ゼブラとディーバのペア」
「ちょっ!……OK、仰せのままに」
彼らしい軽口へのツッコミは、僕は彼の腰へと手を添えて引き寄せる事で押し止めた。
彼の腰に置いた手に伝わる暖かさに、じわり、と、奇妙な安堵を覚えながら、僕達は真っ白な氷へと踊り出た。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
801でも何でもないですが、2人の画像や動画を漁ってて萌えたぎってやりました。
後悔はしてないが、反省はしてます。

507:風と木の名無しさん
10/03/26 13:23:00 auCQlRk/0
>>504
GJ!お相手は例の赤猫だよね?
2人の世界ってかんじでいいなー

508:風と木の名無しさん
10/03/26 18:09:22 KXjEC6i50
>>484
乙!
情景が目に浮かんできたw
頭撫でてもらってる桜が可愛すぎる

509:風と木の名無しさん
10/03/26 21:46:31 7LqgtYen0
>>484
GJGJ!
桜が頭なでられて桜の木の下でほほを桜色に染める様がありありうかんできたw
可愛い話をありがとう!

510:風と木の名無しさん
10/03/26 22:42:42 A0VwX1st0
>>484
邑鮫さんの人柄が伝わってくるような、丁寧でキレイな文面に萌えました。
姐さんの半町話大好きです!ありがとうございます。
それにしても、花見の席で呑む例の酒は旨そうだw

511:風と木の名無しさん
10/03/27 09:09:23 cD0hrqnk0
>>481
GJ!
自分、前シリーズラストのプリクラ「やるよ」で泣きそうになったから
すげー嬉しい

殿も作業員 もかわいいw

512:風と木の名無しさん
10/03/27 09:11:14 +nx7CWjG0
>481
GJ!
鬼畜な殿を待ってますw

513:風と木の名無しさん
10/03/27 11:29:23 ++Aky15N0
    /\___/\
   /''''''     ''''''::\
   |(●),    、(●)、.|  >>1さん
   |   ,,ノ(、_, )ヽ、,, .:|
   |   `-=ニ=- '  .:::::|
   \  `ニニ´  ._/
   (`ー‐--‐‐―/  ).|´
    |       |  ヽ|
    ゝ ノ     ヽ  ノ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

    /\___/\
   /''''''     ''''''::\
   |(へ),    、(へ)、.|  ふふ、呼んでみただけ埋め♪
   |   ,,ノ(、_, )ヽ、,, .:|
   |   `-=ニ=- '  .:::::|
   \  `ニニ´  ._/
   (`ー‐--‐‐―/  ).|´
    |       |  ヽ|
    ゝ ノ     ヽ  ノ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

514:風と木の名無しさん
10/03/27 17:56:28 0nIyhEwx0
  ,......,___
  {  r-}"'';                     (,- ,_'',;
__ノYv"-ァ'=;}                   ,_、 Y' リ''ー
  ヽー-ハ '、                 / キ}、 {"ー {⌒
  ト ハ  }      ,. -ー─-、__/_,.へノ`{  {    こ、これは>>1乙じゃなくて
 ! ! !__! ,-、_    ,,( ,          ̄    .ヽ'ー;ー'"   四つん這いなんだからね!
 |___|! !ー-ニー、;、;'""ノ';{  i__   _   /ニ=),..- '"  変な勘違いしないでよね!梅
 K \ヽ !`ーニ'-、{  (e 人  |    ̄ ̄/ /  /   /⌒
  \ヽ !、ヽ, "")ー-'"| !  |     /  /    .{,、  /  /   
    \"'ヽ'ー-"  _! ||  }   /  /      |\  /
ニ=ー- `!!!'     ''''ー'"{  |   |  {         j  ヽ /    
ーーーー'        _ | ./    ',  `ー―‐"  ノ !
             三`'/.      ` ----------‐´'""

515:風と木の名無しさん
10/03/27 19:00:48 YqXsYws60
大阪府大「受験祈願には、梅が枝餅@大宰府」
京大「梅が枝餅、ボクは賛成!」※寒い標準語で
大阪府大(やばい、えぷろんが、えぷろんが・・・・。キッチンに立っとる所を後ろから犯したいわ)

立命「あーあ、またこんなとこで地域限定のネタを」
東大「しかも、微妙に時季外してますしね」


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