モララーのビデオ棚in801板56at 801
モララーのビデオ棚in801板56 - 暇つぶし2ch16:風と木の名無しさん
10/02/11 17:34:04 15ehzLg80
>>15
!!!
ごめん、ほんまごめん…!
投稿するのに必死やった…orz

17:風と木の名無しさん
10/02/11 18:39:03 4KMCb4s80
やった

18:風と木の名無しさん
10/02/11 22:33:00 RMIQsYvr0
>>16
ドンマイ&GJ、楽しかった
この二人もずいぶん大河ロマンだよなあ

19:止まり木(1/6)
10/02/12 04:39:25 3z+in1or0
>>1乙です。


生 昇天と合点 昇天紫緑+合点×昇天・灰先代司会者絡みのネタにつき注意

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

楽屋の中にそれぞれのテリトリーとも呼べる居場所があるのは、長年此処に通っているのだから
当たり前かも知れない。
定位置に座った樂太郎は頭の中だけで自分の周囲を着物と同じ紫色に塗ってみる。好樂はピンク、
小優座は水色。菊王は外へ出かけて行ったから、今は透明。鯛平は前の仕事が長引いているらしく、
到着にもう少し時間が掛かるとの事で、こちらも透明。
問題は、唄丸の深緑の端っこに滲んでいる灰色。否、樂太郎とて無闇に突っかかろうとは思わない。
そこまで大人気がない訳ではないので。大体翔太に妬いても仕方が無い。ゆっくりとしたペースで
話している二人の姿は、老人と孫の様なのだから。
翔太を孫呼ばわりしたら、きっと唄丸に睨まれるだろう。二人の年の差は親子程度のもの。
翔太の落ち着きのなさと童顔が悪いと、樂太郎は心の中で悪態をついた。
この二人が仲が良いのは仕方が無い。仕方がないという言い方が正しいかは分からないけれど、
唄丸は前座の頃から翔太を見ているのだから、そりゃ情も湧くだろうと樂太郎は思う。
唄丸のお茶を淹れながら――寄席の楽屋で散々淹れて来たからか、翔太はいとも簡単に
唄丸の好みのお茶を淹れて差し出す。ありがとうと礼を述べて唄丸が湯飲みを口に運ぶのを
ちらりと横目で見ながら、俺だって淹れられるぞっと言いたくなったけれど、やっぱり
心の中だけに留めた。
自分の分のお茶を淹れながら、ふと翔太が尋ねた。
「唄丸師匠は、どうして噺家になろうと思ったんですか?」
「んー、そうだねぇ。昔ね、まだあたしが子供って位の頃に、家に流翔師匠が来たんだよ」
その話は知らないと聞き耳を立てていた樂太郎は、出てきた名前に驚いた。今は亡き流翔は翔太の
師匠だ。
翔太も流翔からこの話は聞いていなかったのだろう。目を丸くしながら食いついている。
「えっ、唄丸師匠のご両親と、うちの師匠って知り合いだったんですか?」

20:止まり木(2/6)
10/02/12 04:41:53 3z+in1or0
「違うよ。話はちゃんとお聞きなさいって。あたしの家は置屋だっただろ。年に何回か、
お店の人達の娯楽で人を呼ぶ習慣があったんだよ。それで、うちのお女郎さん達の前で流翔師匠に
落語をやってもらったんだ。あんたの師匠、まだ二ツ目だったかねぇ。それを見て、あたしも
落語家になろうって決めたんだよ」
「そうだったんですか」
へぇーっと素直に感心した翔太は、不意に悪戯っぽく眼鏡の向こうの目を細める。
唄丸がその表情を問い質す前に柔らかそうな唇が言葉を紡いだ。
「ねぇ、師匠。うちの師匠の落語聴いて、これならあたしも出来るって思ったんでしょ?」
「……あたしがこの話をしたら、あなたの師匠も同じ事を言いましたよ」
嫌そうな言葉とは真逆に、柔らかく目を細めて唄丸が笑んだ。
その笑顔を向けられた翔太に対して、樂太郎が抱いた気持ちは悋気ではなかった。
ひどくささやかに、翔太が微笑んだので。
少し伏せられた視線の先にいるのが誰なのか、樂太郎には分かった。
今はもう会えない、翔太の大好きな師匠が、流翔が、きっと其処に居る。
仲の良い師弟だった。決してべたべたしたものではなく、甘やかしもせず、流翔は翔太を慈しんで
育てた。また翔太もその愛情に応えて、しっかりと生命力逞しい噺家に育った。
きっと翔太は何時かの師匠と今の自分が同じ感想を抱いた事を喜んでいる。
切なさに似た感情が胸の中を満たす。郷愁は薄い青色から始まるグラデーションを描いて、
最後にはくすんだ紺色になった。そう、まるで園樂の着物の様な―
吐き出された息に滲んだのは、きっとその色だ。師匠の不在に、樂太郎はまだ慣れてはいない。
何時か慣れる日が来るのかも分からない。乗り越えた翔太は立派だと思う。
視線を感じて顔を上げると、唄丸が樂太郎を見ていた。きっと思考が顔に出ていたのだろう。
樂太郎は知らず眉間に刻んでいた皺を解いて、ただ困った様な笑顔を浮かべて見返した。


21:止まり木(3/6)
10/02/12 04:42:30 3z+in1or0
唄丸は心の内を覗き見しておきながら、それを隠す事もなくただ静かに視線を注いでくる。
慰められるよりも、それは堪えた。
悲しみの深さを知ってくれている人がいると思うと、寄りかかりたくなってしまう。ましてや唄丸は
長らく樂太郎にとって大切な人であり、師匠とはまた違った尊敬する相手でもあったのだから。
心の内で己に喝を入れ、傾ぎそうになる気持ちをしゃんと立て直す。
大丈夫と視線で頷いて見せて、樂太郎はついっと立ち上がった。余り長くは表情を
保っていられなさそうだ。
さも用事がある風を装って携帯を片手に廊下へと出た。携帯を耳に当てて歩くと、邪魔をしては
いけないと話しかけてくるスタッフもいない。
人気のなさそうな非常階段の辺りに辿り着くと、細く細く息を吐く。壁に寄りかかって苦笑いが
浮かぶままに小さく笑った。
「……駄目だなぁ」
日が経つにつれ、悲しみは遠ざかるどころか樂太郎の中に深く根を下ろした。きっと消える日は
こなくて、少しずつ当たり前のものとして馴染んでくれるのを待つしかない。
きゅっと瞼を閉じて界を遮断する。そっと近付いてくる足音を耳が拾った。
―優しいんだから、もう。
樂太郎の強がりは点で通じなかったという事だ。土台唄丸を誤魔化せるだなんて、樂太郎自身も
思っていなかったけれど。
せめて情けない姿は見せるまいと背を張って樂太郎は振り返ったけれど、ただ穏やかな表情で
立っている唄丸を見て負けたと心の中で呟いた。
叱るでも諭すでもなく、唄丸が名前を呼んだ。
「ねぇ、樂さん」
「はい」
「一門を背負って立つ大名跡を継ぐからって、感情に蓋をする事はないんじゃないのかって、
あたしは思うんですよ」
「でも、弱いのは嫌です」
「感情を殺すのが強い訳じゃないでしょ。誰彼構わず見せろって言ってるんじゃない。あんたには
見せても構わない人間がいるでしょ。好樂さんにしろ、他の兄さんにしろ」
「そうですね……唄丸師匠もですか?」
「はい?」
「師匠も、ですか」

22:止まり木(4/6)
10/02/12 04:43:13 3z+in1or0

子供じみた口ぶりに自分でも笑うしかない。こんな甘えを見せて尚、まだ言葉を欲しがる
己の弱さはただただ苦い。
唄丸は一度あからさまな嘆息を静かな床の上に落とした。叱られるだろうかと身構えた樂太郎の
強張りを、いかにも唄丸らしい言い草の優しい声が解す。
「違うと思ってるのかい?」
「……思ってません」
「ならそれでいいじゃないか。あんたが今悲しいのは、それだけ園樂さんを慕っていたからで、
園樂さんがあんたに向けた愛情をちゃんと受け取っていた証拠だろ?」
愛情という単語に胸が詰まる。
尊敬している、なんて言葉だけでは言い表せない。父親の様に思っていたあの大きな背中と
豪快な笑い声が耳に返って、樂太郎は俯きながら咽喉から掠れた声を絞り出す。
「だったら、少し甘えさせて下さい」
「好きにおしよ」
背を丸めて、唄丸の細い肩に額を預けて、樂太郎はぎゅっと目を閉じた。
頬を濡らすものはない。涙は師匠の棺の中に入れてきた。
頭の片隅を、先刻の翔太が過ぎった。翔太は泣いただろうか。それとも泣けなかっただろうか。
あの伏せた睫毛が濡れたのを、誰かが見ていただろうか。
誰しもが通る道といえばその通りで、師匠を直に送れなかった弟子もいる。先代の子さんの葬儀の時、壇

氏は家に足を向けなかったと聞いている。師匠を安置した家の横に建てられた剣道場で、
一晩壇氏を待っていたのは弟弟子の壱羽。ついぞ来なかった兄弟子に、彼はどんな気持ちを
抱いただろうか。憤ったのか、あの人らいしと笑ったのか。破門されているからと、それを押してまで
駆けつけなかった壇氏を薄情とは思わない。壇氏が子さんを惜しまなかった筈がない。
決して背を抱いたりしない唄丸に妙な安堵をしながら、樂太郎は心の中だけで泣いた。


着信を告げた携帯を三コール目に取ると、電話の主はいきなりこう聞いた。今日、どっか寄る? と。
名乗らなくても少し高いその声で分かる相手に、性急にそんな質問をされた経験はついぞなく、
士の輔はかなり泡を食った。特に予定はなかったけれど、寄るよと返してお互いに行き着けにしている
バーの名前を告げた。

23:止まり木(5/6)
10/02/12 04:44:24 3z+in1or0
待ち合わせを決めた訳ではないが、落ち合う様にして顔を合わせたバーのカウンターに隣同士で
腰をかけたものの、翔太はあんな電話を寄越したとも思えない呑気さでウォッカベースのカクテルに
口を付けている。
何か良くない事でも起こったかと、会うまで揉んでいた気を返して欲しくなりつつも、言わないのは
それなりに理由があるからだとも思い直す。翔太が理不尽な真似をしない事を、士の輔はこれまでの
長くて深い付き合いでよく知っている。
焦れる気持ちを抑えつつも何度か横顔を伺っていると、ついに視線がぶつかって、士の輔は思わず
ぱっと逸らしてしまう。これじゃぁ盗み見していたのがバレバレだと、うかつに顕著な反応をした
自分を責めかけたけれど、それも翔太の忍び笑いで気勢を削がれてしまった。
「翔ちゃん」
「ごめん、ごめん。そっか、そうだよね。あんたの事だし、あんな電話貰ったら気にして
考えてくれちゃうよね」
物事を考え込まずにはいられない士の輔の性質を簡単な言葉で表して、翔太はもう一度ごめんねと
口にした。謝られてしまえば強くも出られず、別にいいけどと同じウォッカベースのカクテルを煽る。
「嫌な事があったんじゃないんだよ。……唄丸師匠にね、どうして噺家になったんですかって
聞いたんだよ」
「うん」
「そしたらさぁ、子供の頃にうちの師匠を見たから、だって師匠が言うのね。それで
『これならあたしも出来るって思ったんでしょ?』って言ったら、『あなたの師匠も同じ事を
言いましたよ』って」
小さな声で、まるで宝物の在り処を告白する様な口調で、翔太は言った。
嬉しさと切なさの混じった表情に士の輔は翔太を抱き締めてやりたい衝動に駆られたけれど、
勿論この場でそんな暴挙に及ぶ事も出来ずに、持ちうる限りの優しさを総動員した声で返す。
「そっか」
「うん。そんだけなんだけどね。……帰り道に思い出してたら、何か士のさんに
会いたくなっちゃって。悪いね、忙しいのに」
珍しいまでの直球な素直さを晒した翔太に、その心の中で流翔の存在がどれだけ大きいのかを、
また再確認する。
敵わないと思う気持ちに悔しさは滲まない。そんな不遜さは持ち合わせていなかった。

24:止まり木(6/6)
10/02/12 04:47:50 it3ON6Qs0
士の輔にとって稀有だと思う翔太の感性を、寄席や伝統といった縛りですり減らさせる事なく、
また囲い込んでしまう事もなく深い愛情の元の放任で育て上げた流翔に、尊敬の念を抱くだけだ。
明るく軽いキャラクターだけでなく、計算高くてしたたかで、落語に対して何処までも貪欲に
挑んでいく、そんな翔太だからこそ惚れ込んだのだから。
カウンターの上に放り出していた煙草の赤い箱を取ると、中から一本抜き出して火を点ける。
一口吸ってから、何も気付いていない風に明るい口調で言った。
「指名してくれて、俺は嬉しいけどな」
「あんた指名すると、後々高くつきそうで嫌なんだよなぁ」
わざと顔を顰めた翔太に、そんな事ないだろと言い返す。
どれだけ忙しくても、翔太に求められればこうして来てしまうのだから。
分かっている筈の横顔が小憎らしくて、少しいじめてみようかと揶揄ってみる。
「翔ちゃん、他にいないもんな」
「何が?」
「こんな風に甘えられる相手。……って、俺の自惚れ?」
「勝手に自惚れとけばいいじゃん」
先刻の素直さを何処に仕舞いこんだのか、つっけんどんに言い放たれる。否定をしなかったのが
本心だというのは、もう分かっているから気分を害する事もない。
ちらりとこちらを伺った翔太の瞳に、気持ちを探ろうとする気配を感じて、士の輔は笑った。
妙な所で弱気になる翔太が可愛い。
「じゃぁ、勝手にそう思い込んどくわ」
「……うん」
カウンターの下で互いの手の甲が触れる。それ以上は触れないけれど、離れない。じんわりと伝わる
温もりが言葉にされない翔太の答えだ。
だから士の輔は自惚れていられる。お互いが唯一の相手だと。
遅くなれば明日に響くと分かっていながら、士の輔は三杯目のカクテルを注文した。
タイミグを合わせて飲み干したグラスを掲げて、翔太も同じものを頼む。
翔ちゃんも分かってるとは思うけど、と前置きを口にしようとして、動きかけた舌を止める。
恥かしいのでもなく、言いづらいのでもなく、必要がないと思ったからだ。

25:止まり木(7/6)
10/02/12 04:48:30 it3ON6Qs0
ふと交差した視線が呼んだのはささやかな笑み。わざわざ声にしなくても気持ちは添っている。
今士の輔が翔太の隣にいるのが、その証拠だ。
―俺にとっても、他にいないよ。
飲み込んだ言葉の代わりに、空になったグラスの中で氷がカランと音を立てた。




□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
途中ageてしまった件と、ナンバリングミス、すみませんでした。

26:風と木の名無しさん
10/02/12 11:08:33 j7iPGRBi0
>>19
GJ!
めっちゃツボでした…
朝から萌えをありがとうございます!!

27:風と木の名無しさん
10/02/12 13:29:41 5/+WcmG0O
まとめ読んだんですが、てるたいシリーズの続きが超きになる…
どなたかこの作者さんが作ったというサイト、ご存知ないですか?
ヒントだけでも是非!宜しくお願いいたします

28:風と木の名無しさん
10/02/12 21:40:06 b170dQV90
>>19
GJ!!
ここが電車の中じゃなかったら泣く

29:R.u.i.n.a 廃.都.の.物.語 メ.ロ.ダ.ー.ク×エ.メ.ク(0/3)
10/02/14 15:21:39 crh7N8V10
一応以前投下したものの続きです。
バレンタイン小品

 ____________
 | __________  |
 | |                | |
 | | > PLAY.       | |
 | |                | |           ∧_∧ ヒトリデコソーリミルヨ
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

30:R.u.i.n.a 廃.都.の.物.語 メ.ロ.ダ.ー.ク×エ.メ.ク(1/3)
10/02/14 15:22:02 crh7N8V10
その日、神殿の厨房は朝から甘い匂いに包まれていた。
その匂いに起こされるようにして寝床から離れたエメクは、
生来の低血圧によりあまり働かない頭のまま
顔を洗い、身支度を整えた。
そして最後に胸もとの紐を結んでいる最中……
彼は恐ろしい可能性に気がついたのだった。

「…………!!!」

ただでさえ白い顔が一気に蒼白になる。
彼は慌てて、普段は厳重にしまってある神器をひっつかむと
厨房に向かって飛び出していった。

「メロダーク!!」
「ああ、おはよう、エメク」

悪夢は現実のものとなった。
厨房に立っていたのはエプロンを着けた彼の信者であり、
その手には甘い匂いを放つ鍋が握られていた。
以前は表情に乏しかった男は、今は穏やかに笑って朝の挨拶をしてくれる。
元の造作がいいのだから、その様子を見ると世の女性は羨ましがるのかもしれない。
確かに顔も性格も悪いところなどひとつもない。
ちょっと融通は利かないし、ちょっと脱ぎ癖もあるけれども。
しかしそんな彼にも致命的な欠点があることを
エメクや彼の仲間たちは身を以って知っている。

「う、うん、おはよう。いい匂いだね?」

半笑いで、オールを手に持ったままエメクは言った。
言いながら、視線は素早く厨房の中をチェックしている。
どうやらまだ不定形生物の類は発生していないということが確認できて、
エメクは心中で胸をなでおろした。

31:R.u.i.n.a 廃.都.の.物.語 メ.ロ.ダ.ー.ク×エ.メ.ク(2/3)
10/02/14 15:22:33 crh7N8V10
鍋から漂ってくるのもごく普通のチョコレートの匂いだ。
どうやらまだ湯煎にかけただけのところだったらしい。

「買出しで港に行ったら、たまたま入荷されてたんだ。
 お前もエンダも好きだったからと思って」

……それに今日はバレンタインだからな、と少しはにかんで付け加える姿は
本当に悔しいくらいの男前だ。
エメクの好きなものを買ってきてこうして振舞おうとしてくれる心遣いもありがたい。
しかし、そのチョコレートは頼むからそのまま食べさせてくれと願うエメクの心は
多分一生届くことはないのだろう。

「ええと、じゃあさ、僕にも手伝わせてよ!二人でやった方がはかどるし」
「……気持ちはありがたいが、今日はこういう日だからな。
 私が作ったものをエメクに贈りたいと思う」

エメクの決死の提案はにべもなく却下された。
しかしそこで諦める彼ではない。何しろここで引き下がってしまったら、
携えてきた神器が本当に必要になってしまう事態になるのが目に見えている。
あの皇帝をも倒した彼らに、本当なら怖いものなどあるはずはないのだが
皿からニョキニョキと立ち上がってくるブラックプリンや、
鍋からにょろにょろと触手を伸ばしてくるイドや、その他なんだか良く分からないものたちは
ビジュアル的になかなか厳しいものがある。
神殿なのに魔物が沸くことがあるなんて、噂になったら困るし。

「それならさ、僕だってメロダークにチョコレート食べてもらいたいよ。
 ね、二人で作って、あとで交換しよう?」
「…………」

頭ひとつ分低い自らの神からそんな風に言われて、否定するすべをメロダークは持たなかった。
少し照れた様子でこっくりと頷く彼に、エメクは安堵したが
今しがた言った事は単にメロダークを説得するための方便でもなく、9割がたは本心なのだった。

32:R.u.i.n.a 廃.都.の.物.語 メ.ロ.ダ.ー.ク×エ.メ.ク(3/3)
10/02/14 15:23:16 crh7N8V10
それをこんな風にいいわけのように使ってしまったことに、彼は少し良心の呵責を感じた。

「ケーキにしようと思っていたんだが。レシピはひばり亭から借りてきた」
「うん、難しそうだけど、この通りにやれば大丈夫だよね。……多分」
「そうだな」

―そして、いくつかの困難はあったもののケーキは概ね問題なく完成した。
この「概ね問題なく」という様子が示すエメクの苦難と奇跡は余人の知るところではない。
途中で様子を見に来たアダは、仲睦まじく厨房に並んでいる若夫婦を見て目を細めた
(彼女はそこの所をあまり気にしていないらしい)。
デコレーションは、甘い匂いを嗅ぎつけてきたエンダとエメクが協力して
二人で大きなハートマークを描き、
結局交換などするまでもなく4人で仲良くお茶の時間に食べることが出来たのだった。
相当大きなホールケーキだったのだが、2分の1はエンダの口の中におさまっていた。

メロダークは、普段はなぜか敬遠されてしまう己の料理が
エメクの協力の下と言えど、他人に喜んで食べてもらえたということに深い感動を覚えたらしく
「小料理屋を開く」という夢をより強固なものにしたようだった。
そしてやはりいつかのような、雨に濡れた野良犬の瞳をして言う。

「私が店を開くことになったら、ここは出て行かなければならないのだろうな」

確かに店を建ててしまえば、「身を置く所がない」という
ふれこみだった彼のいる理由はなくなってしまう。

「……僕は、メロダークがずっといてくれたら嬉しいけど」

この言葉が彼に対する十分な抑止力であることを知って、エメクは答えた。
だからなんで、本当に思っていることなのに、こんなあざとい形でしか伝えられないんだろう。
エメクは本当にそれを歯がゆく思いながらも
とりあえずは自らの安全のために、そしてホルムの人々の安全のために、
彼の夢を阻止し続けることを固く誓ったのだった。

33:R.u.i.n.a 廃.都.の.物.語 メ.ロ.ダ.ー.ク×エ.メ.ク おわり
10/02/14 15:24:25 crh7N8V10
 ____________
 | __________  |
 | |                | |
 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ この男は放し飼いにすると危険なので、
 | |                | |     ピッ   (・∀・ ) エメクがきちんと手綱を引いとくべき。
 | |                | |       ◇⊂    ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


34:バレンタインデイ・パニック 前編 0/4
10/02/14 16:04:27 aqT2co860
              ,-、
                 //||
            //  .||               ∧∧
.          // 生 ||             ∧(゚Д゚,,) < 半ナマ・ドラマ半町から邑鮫さんと桜衣くん中心でバレンタインの話
        //_.再   ||__           (´∀`⊂|  < 桜衣が邑鮫さんにドキドキするけどほぼオールキャラでカプ色は薄め
        i | |/      ||/ |           (⊃ ⊂ |ノ~
         | |      /  , |           (・∀・; )、< 若干他カプ・女性陣等の絡みもあるので苦手な方はご注意
       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!
      //:| |  /彳/   ,!           (  (  _ノ..|
.    / /_,,| |,/]:./   /            し'´し'-'´
  /    ゙  /  /   /                    ||
 | ̄ ̄ ̄ ̄ |,,./   /                 /,!\
 |         |   /                   `ー-‐'´
 |         | ./
 |_____レ"

35:バレンタインデイ・パニック 前編 1/4
10/02/14 16:05:15 aqT2co860
冬もそろそろ終わりに近づき暖かな日差しが窓から差し込む、今日は2月の14日。
突如として陣楠署刑事課強行犯係を襲った前代未聞の事件はまさにその日の朝、始まりを告げた。
「…おはよう」
「あ、邑鮫さん!おはようございます」
背後から掛けられた聞き慣れた声に桜衣太市朗は振り返り、笑顔でいつも通りの挨拶をした。
…いつも通りの、はずだった。
直後、桜衣の顔がぎょっとした表情のまま固まったのに隣の席の瑞野がいち早く気づく。
「…どしたの?桜衣くん」
そう言いながら振り返った瑞野がこれまた彼女には珍しく明らかに一瞬怯んだ顔をした。
ようやく異様な雰囲気に気づいた残りのメンバーもいっせいに桜衣のデスク周辺へと視線を集める。
そこには。
「む…邑鮫、さん…?」
何とも形容しがたいどんよりとした雰囲気を纏った邑鮫が無言ですうっとつっ立っていた。
心なしか、邑鮫の周囲だけ空気の温度が数度は低いような気さえする。
普段ならその男ぶりをいっそう上げている180cm超の長身と端正な顔が今はやたらと不気味に思えるほどだ。
そもそも邑鮫のデスクには行こうと思えば何も自分の後ろを通らずとも行けるはずなのだが、
何故今自分の背後に立っているのだろうかと僅かに疑問を感じながらも桜衣は邑鮫に問おうとした。
「ど…、どうしたんで」
「桜衣」
「はいっ!」
直属の上司に低く名前を呼ばれ、条件反射的に背筋がぴんと伸びる。
これはひょっとしなくても原因は自分にあるのだろうか。自分は何かそんなにいけないことでもしたのだろうか。
今のところ思い当たらない。思い当たらないこと自体咎められることなのかもしれない。
とにかく厳しく指導されることはあってもここまで負の感情を露にしている邑鮫などついぞ見た覚えがなかった。
まずは原因を聞いて、反省して、改められるようなら改めて、ああその前に素直に謝って、それから、それから。
頭の中が軽いパニックに陥り、仕舞いにはどうしていいものやらだんだんわからなくなってくる。
「…これ」
「すっ…すみませんでした!」

36:バレンタインデイ・パニック 前編 2/4
10/02/14 16:05:59 aqT2co860
「……………」
「…あっ」
頭上から降り注ぐ無言の圧力に、しまったいきなり大声で謝るのはやはり逆効果だったか早まったと
即座に我に返り視線を上げて、桜衣は邑鮫の表情を窺おうとした。
――が、その瞬間。
邑鮫の顔が視界に入る前に、ガサッという音がして目の前に紙袋が突き出された。
どぎつくもなく淡すぎることもない可愛らしいピンク色を基調に、全面ハートを散りばめたファンシーなそれは
どう見ても邑鮫が持つには少々、いや大いに違和感のある代物だった。
「………へ?」
思わず間抜けな声が出た。
固まったままの桜衣に構わず、邑鮫はその袋を手の動きと視線だけで押し付けるようにもう一度突き出す。
「…えっと…」
これは果たしてすんなり受け取るべきだろうか、否か。冷や汗が一筋、つうっと首筋を伝って落ちた。
助けを求めるように、室内を見回す。固唾を飲んで見守っていたらしい班員たちが視界に入った。
尤も隣の瑞野は先程の邑鮫を間近で見た衝撃から完全には抜け切れていないようだったし、
背後の素田と黒樹を見れば、これまた揃って二人でぽかんと口を開け、邑鮫の方ばかりを物珍しげに見やっている。
最後の頼みの綱とばかりに奥に座る安曇へ目をやった。
安曇も目を丸くしてはいたものの、桜衣の視線と言わんとしているところには流石に気づいてくれたようだった。
「あー…まあその。とりあえず一旦座ったらどうだ、邑鮫」
そう安曇が呼びかけると邑鮫が初めて桜衣から視線を外してそちらを見やる。
「何があったか知らんが落ち着け、な」
「…はい。ですが」
言いよどむ邑鮫に安曇が首をかしげた。
「それを桜衣に渡したいのか?」
「……………――はい」
えらく長い間があったのがどうにも気になるところだが。
とりあえずは安曇が空気を変えてくれたことに安堵して桜衣は再度邑鮫に話しかけようと試みる。
「あの、すみません邑鮫さん…それ…何ですか?」
邑鮫が桜衣に視線を戻して無言で数秒見つめた。その迫力に竦みそうになりながらも今度はしっかりと見つめ返す。
すると邑鮫は目を閉じて大きく息を吸い込み溜息混じりに吐き出して、簡潔に一言だけを口にした。
「クッキーだ」

37:バレンタインデイ・パニック 前編 3/4
10/02/14 16:07:14 aqT2co860
「クッキー!?」
意外というか何というか。予想外の答えにどっと全身の力が抜けた。
クッキーひとつで、あんな、取調室でも滅多にないようなプレッシャーをかけられていたのだろうか。
そもそも何故邑鮫が自分にクッキーを渡そうとするような状況に陥ったのだろうか。
安心すると同時に新たな疑問が一気にあふれ出す。
「…とにかく受け取ってくれ」
「あ…はいっ」
桜衣が慌てて手を出し紙袋を受け取ると、邑鮫は自分の席へ戻っていった。
邑鮫が席につくのを確認して袋の口に貼ってあるシール―これまた可愛らしく赤いハート形のものだが―を
なるべく破らないように、そろそろと開封する。中からふわりといい匂いがした。
袋の中を覗き込んだ。そこには大きさも形もとりどりの、茶色い焼き菓子が所狭しと詰め込まれていた。
「これ、チョコレートクッキーですか?」
そう桜衣が訊くとひとつ置いた隣の席からワンテンポ遅れて「…ああ」と返事が返ってくる。
ひょいと後ろから誰かが手元を覗き込む気配がした。
「っていうかこれ、ひょっとして手作りじゃない?」
「素田さん!」
流石というか何というか、こういうことに関して素田の嗅覚は警察犬にも引けを取らない。
「え、素田さんそれマジっすか?」
向かいの席から、素田の相方の黒樹が驚いた顔をして尋ねた。
「ですよね?邑鮫さん」
素田の確認の問いに、邑鮫はあまり嬉しくなさそうな顔をしてもうひとつ「ああ」と呟いた。
クッキー。手作り。チョコレート味。ハートの袋とシール付き。
しかも邑鮫からの手渡しとなればさっぱり意味するところがわからない。一体全体何の謎かけだというのだろう。
本人に直接訊ける雰囲気でも到底なく、すわ事件は迷宮入りかと思えたその時。
「…あれ?」
焼き菓子の山の中に小さなカードが埋もれているのを見つけた。
指を伸ばしてその端を摘み、焼き菓子たちの圧迫から救出する。可愛らしくも上品な厚紙のカードだった。
表にはどうやら色鉛筆で書かれたと思しき「さくらいさんへ」の文字。
(…俺?)
茶色の粉を軽くはらってくるりと紙を裏返した。
そこには同じ色と筆跡でこう書かれていた。―――「はなより」と。

38:バレンタインデイ・パニック 前編 4/4
10/02/14 16:09:13 aqT2co860
「………あ…っ!」
予想もしなかった名前に桜衣が思わず言葉を失ったその瞬間「おはようございます」と甘い声が室内に響いた。
振り返ると、新聞記者の耶麻口由希子が強行犯係の入り口に立っていた。
「半町、皆さん、おはようございます。今お時間ありますか?」
にこやかに彼女は続けた。今よりもっと新米だった頃、この友好的な笑顔に騙されかけたことも少なくない。
「お時間って…朝から何の用?」
瑞野が苛立ちを隠さない声で応対する。
正反対のタイプな瑞野と由希子は普段から衝突が多いが傍から見ればそれでうまく回っているような気もする。
なんだかんだで相性はいいのだろうと思う。
「何って…いいもの持ってきたんですけど、どうかなって」
「いいもの?」
「これですよ。ほら、チョコレート」
「チョコレートぉ?」
安曇が怪訝そうに「何でまた」と続けた。由希子は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻って言った。
「やだなあ半町、今日はバレンタインじゃないですか」
「あ」
「あっ」
素田と黒樹が同時に反応を返した。瞬間、桜衣の脳内で全ての糸が繋がった。
「ああ――!」








[][] PAUSE ピッ ◇⊂(・∀・;)チョット チュウダーン!

思った以上に長くなって10レス超過しそうだったので残りはまた後で。

39:風と木の名無しさん
10/02/14 19:23:16 YbAQdJJm0
V.Dネタ美味しいです
ありがとう>>29姐さん
>>34姐さん続きwktkして待ってます!


40:風と木の名無しさん
10/02/14 22:27:47 Z5RWk7fb0
>>34
村と桜ネタ美味しいですありがとう続き待ってる!

41:バレンタインデイ・パニック 後編 1/6
10/02/14 22:34:58 aqT2co860
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ サイカイシマース!

「つまりこういうことですか」
素田がわかりやすくしかつめらしい表情を作って言った。
「邑鮫さんの娘さんが、桜衣にチョコレートを作ってあげたいって言ったのが全ての始まりだと」
邑鮫が彼に似つかわしくない仏頂面で小さく頷く。
男前が台無しだ、と桜衣は心の隅で思ったがこれ以上彼の機嫌を損ねたくないので黙っていることにした。
確かに先日邑鮫の自宅に招いてもらって美味しい夕食をご馳走になった覚えはある。
そこで邑鮫の娘、葉奈と仲良くなったことも実に記憶に新しい。しかしそれらが全て事実だとしても。
それが不機嫌の原因だとはまさか夢にも思わなかった。そんな素振り、あの時は少しも見せなかったのに。
「…初めてなんだ」
深い溜息を吐いて邑鮫が重い口を開いた。
「誰かにチョコレートをあげたいなんて言ったのは」
「そう…でしょうね」
むしろ早熟なくらいだと思う。最近の幼稚園児はこっちが思う以上にませているのかもしれない。
とにもかくにも、火傷の危険もあるチョコレートの自主製作はまだ少し早いというか危ないということで、
妥協案としてクッキーが提案されたという経緯らしい。もちろん母親の監修付きだ。
しかし仕事の忙しさゆえに近頃バレンタインデーなどというものにはとんと縁がないのに加えて
そんな変化球でこられては咄嗟に気づくはずもないわけで。おまけに配達係は当の邑鮫ときている。
「まあその初めての相手が桜衣じゃ不安にもなりますよね、パパとしては」
「ちょっ…どういう意味ですか!」
ははは、と他人事の顔をして笑う素田と黒樹を尻目に安曇がうんうんと頷いている。
きっと娘を持つ父親として同じような経験をしたことがあるに違いない。
「だってさあ、未来の息子になるかもしれないわけでしょ?」
「息子…」
邑鮫の周りの温度がまたもやがくんと下がった気がして、桜衣は慌てて否定にかかった。
「そっ、そんなわけないでしょ素田さん!」
「そんなわけないってどうして言えるんだ桜衣」
「う…」
まさかの邑鮫からの横槍に怯む。まるで「うちの娘じゃ不満か」とでも言われているようで。
(どうしろって言うんですかー!)

42:バレンタインデイ・パニック 後編 2/6
10/02/14 22:37:05 aqT2co860
そう思ったがこれも口には出さないでおく。正直、こんなに面倒な邑鮫にはお目にかかったことがない。
触らぬ神に祟りなしだ。代わりに軽く「すみません」と頭を下げた。
「まあまあ皆さん、これでも食べて落ち着いて下さい」
助け舟…のつもりは本人にはあまり無いだろうが、横から由希子がチョコレートの詰まった箱を指で示す。
「貴女まだいたの?」
すかさず瑞野が眉を吊り上げた。
「心配しなくても、女性だからって麻穂さんだけ仲間はずれにしたりしませんよ?はい」
にっこりと笑って由希子が上物のチョコレートをひとつ摘み、瑞野に差し出した。
「いっ…要らないわよ!何で貴女からチョコ貰わなきゃいけないの、バレンタインってそういう日じゃないでしょうが」
「あれ?案外麻穂さんてそういうこと気にするんですね。好きな男と一対一なんて、いまどきそんなの時代遅れですよ」
「…っ、はいはい貰うわよ!貰えばいいんでしょ!」
瑞野がチョコレートを受け取って豪快に口に放り込んだ。今日は由希子が一枚上手の日のようだ。
「皆さんもどうぞ」
「あ、いただきます」
「ありがとう」
安曇が礼を述べて手を伸ばそうとすると由希子がそれを制止した。
「あ、ダメです。半町はこっち」
そう言いながら洒落た包装紙にくるまれた別の小さな包みを差し出す。素田がそれを見て不満げな声を上げた。
「え、半町だけ特別?」
「ふふっ」
微笑んで小さくウィンクをする由希子と若干押され気味な安曇。結局いつものパターンなわけだ。
入り口の方からまた陽気な声がした。
「おー、何だか賑やかだねえ」
その声を聞いて安曇が「またか」といった顔をした。苦笑いのような、待ち望んでいたかのようなそんな微妙な表情だ。
安曇班の面々も、最早その声を聞き慣れすぎていて見なくとも誰が来たかはっきりわかる。
案の定、交通課の早見がそこに立っていた。
「お、安曇くんイイもの持ってるじゃないの。一口ちょうだい」
「あ、早見さんはこっちをどうぞ」
さり気なく全員用の方を勧める由希子の笑顔をものともせず、早見は電光石火の速さで安曇の手から包みを奪い取った。
「こら、早見」
口ではそう言うものの、本気で咎める気のない声だ。また早見の好きにさせる気だろうと桜衣は思った。

43:バレンタインデイ・パニック 後編 3/6
10/02/14 22:39:34 aqT2co860
「安曇くんの本命チョコもーらい」
「もう、早見さんてば!」
目の前でどたばたが繰り広げられる中、由希子に貰ったチョコレートが舌の上で溶けるのを感じながら、
桜衣はふと気になって邑鮫のデスクに目をやった。
どんよりとした雰囲気は既に消え、その代わりに少しばかり寂しそうにしている上司の横顔が目に映った。
「…邑鮫さ」
何を言えばいいのかわからなかったが、とにかく何か声をかけようとしたその時。
「こらお前ら、うるさいぞ!静かにしろ!」
こちらは不本意ながら聞き慣れてしまった怒声が響く。先程の早見の台詞ではないが今日はやたらと賑やかだ。
千客万来とはこのことかもしれない。尤も自分の所属する刑事課の課長を客と呼ぶならば、だが。
「あ、課長もおひとついかがですか?」
早見を追いかけることに疲れたのか、由希子が兼子課長にもチョコレートを勧めようとした瞬間。
『陣楠署管内で障害事件発生。被疑者は○○地区を逃走中。該当署員は直ちに現場へ急行せよ。繰り返す―』
放送が入り、全員の動きがぴたりと止まった。
「よし、みんな行くぞ」
一拍置いて安曇が号令をかける。
急いで自分のコートを掴み部屋を飛び出ようとしたその時、目に入った邑鮫の顔はもう刑事の顔になっていた。



件の事件は何とか当日中に解決を見、定時を少々オーバーしたものの今日は早めに帰れることと相成った。
今夜の当直は素田と黒樹だ。関係のない桜衣は待機寮への帰り支度を始める。
「桜衣、一緒に出るか?」
背後からそんな声がかけられた。見ると邑鮫が入り口の近くに立ってこちらを見ていた。
「あ、はいっ」
慌てて支度を済ませ、駆け出そうとしてデスクの上に鎮座しているイレギュラーの存在を思い出す。
(あぶないあぶない)
その可愛らしい贈り物を手に、桜衣は入り口へと足を向けた。

44:バレンタインデイ・パニック 後編 4/6
10/02/14 22:42:14 aqT2co860
少々歩きはするものの、寮は基本的に署から近いところにある。
それでも多少は邑鮫と話す時間が持てたことで心底ほっとしている自分がいることに桜衣は気づいていた。
道すがら、今日の事件の話を始めとして他にも他愛のない話が続いている。
(…よかった、すっかりいつもの邑鮫さんだ)
思い返してもつくづく今朝の邑鮫は強烈としか言いようがなかった。
葉奈の淡い好意は素直に嬉しいが、出来ればこの先ああいうことはないように願いたいものだ。
(葉奈ちゃんの彼氏や結婚相手は大変だよな…)
多分自分には直接関係のない話だろうけれどと会話の合間合間にちらりとそんなことを考える。
(でも、女の子は父親に似るっていうからきっとすごい美人に育つんだろうな)
ついでにそんなことも考えて、想像しながら一人でこっそり笑ってしまった。
そういえば葉奈から貰ったクッキーは結局一口も口に出来ていない。自室に戻ったらありがたくいただこう。
そろそろ寮への分かれ道だ。邑鮫に別れを告げようと隣を見た。
「…あれ?」
先程まで喋っていたはずの相手がそこにいない。振り返ると、邑鮫は数歩後ろでふいと足を止めていた。
「邑鮫さん、どうかしました?」
「…桜衣」
「はい」
「食べたか?」
「はい?」
邑鮫はうつむき加減で言いにくそうな表情を浮かべ、小さく「クッキー」と呟いた。
「あ、ああ…すみません、結局色々あって、まだ。でも必ずいただきますから」
「そう、か」
「じゃあ邑鮫さん、俺この辺で…葉奈ちゃんにありがとうございますって伝えておいて下さい」
「あ」
その一声にまだ何か言いたそうな響きがあった。気になって歩き出そうとしていた靴をまたその場にとどめた。
「…邑鮫さん…?」
「桜衣、悪いんだが」
「え?」
まさか今更娘の作ったものを返してくれとは言わないだろうが、今朝の今では何だろうと一瞬身構えてしまう。
そんな桜衣の耳に届いてきたのは意外な言葉だった。

45:バレンタインデイ・パニック 後編 5/6
10/02/14 22:44:36 aqT2co860
「そのクッキー、今ここで食べてくれ」
「え…」
咄嗟に邑鮫の意図が掴めず困惑する。だけれど、その次の台詞にようやく全てが腑に落ちた。
「食べて、その…感想を言ってやってくれないか」
そうしたらきっととても喜ぶから、と。
「………」
口元に手をやってぼそぼそと遠慮がちにそう言う上司の姿はひどく新鮮で、それから何故だか妙に可愛らしくて。
ああ今日はいい日だ、と桜衣はぼんやり思った。
普段滅多に拝むことの出来ない邑鮫の知られざる表情を二つも見ることが出来たのだから。
自分よりもずっと大人で冷静で、いつだって一番敬愛してやまない素晴らしい上司の意外すぎる一面。
口元に自然と笑みが零れた。まっすぐ顔を上げて邑鮫を見つめた。
きっと自分しか知らないだろう邑鮫の今の表情をしっかり目に焼き付けておこう。…そう思った。
「わかりました、いただきます」
そう告げて手に持ったままだった紙袋の封を開ける。
時間が経っても食欲をそそる焼き菓子特有の甘い匂いがその口からふわりと優しくあふれた。
大きすぎもせず小さすぎもしない、その中の一枚を選んで手に取り口元へ運ぶ。
自分の手元、口元を黙ってじっと見つめている邑鮫に思わずくすりと笑ってしまいそうなのをぐっと堪えながら。
ゆっくりと噛み砕くと、あの甘い匂いが口の中いっぱいにそのままの味で広がった。
「……美味しいです」
嘘偽りのない言葉だった。
「本当か?」
邑鮫がこちらを見つめて真剣な眼差しで問うてくる。
「はい」
「本当に美味しいんだな?」
「ほんとです。こんなことで嘘言いませんよ、俺」
「…ああ」
それでもまだ不安げにしている邑鮫の顔を上目で見上げて桜衣はにこりと微笑んだ。
「嘘だと思うなら邑鮫さんも食べてあげて下さい、ほら」

46:バレンタインデイ・パニック 後編 6/6
10/02/14 22:47:51 aqT2co860
可愛らしい袋からもう一枚手頃なサイズを取り出して邑鮫にすいと差し出す。
「…いやしかしだな、それはお前が貰ったものなわけで」
「葉奈ちゃんも大好きなパパなら文句なんか言わないですよ。それに貰った俺がいいって言ってるんですから」
躊躇いがちにぶつぶつと呟くその口元へ甘いクッキーをより近づけながら、そう告げた。
ふと、それまで色んなところを頼りなげに泳いでいた邑鮫の視線が急にこちらを向いた。
「…っ」
あまりの近さに一瞬息を飲む。同時にぐい、と。寄せた手首を掴まれ、引かれた。
「むっ、邑鮫さん!?」
予想だにしない行動に思わず驚いた心臓が大きく跳ねた。
―気づけば、先程まで自分の手の中にあった菓子は既に邑鮫の口元へ移動していた。
カリッ、と音を立てて邑鮫の歯がそれを食む。
「美味しい」
そんな言葉が小さく聞こえた。
「そ…」
そうでしょう、と言いたかったが残念ながら未だ激しい動悸は治まらないまま。
どくん、どくんと桜衣の心臓が大きく音を立てて脈打つ。
(…やっぱり今日の邑鮫さん、ちょっとおかしいわ)
言葉を返す代わりに心の中で、そう呟いた。
そしておそらくは、自分自身も。気づかないうちに少しばかり感化されていたのかもしれない。
掴まれた手首はまだ少し、熱を持ったまま痺れていた。
(でも)
こんなのも、たまには悪くない。そう思った。
「桜衣」
静かに名前を呼ばれた。桜衣が顔を上げると、そこにはいつも通りの冷静な顔があった。
ただその目はいつもよりも少々多めに細められ。
「…ありがとう」
その柔らかい声が嬉しくて。
つられてもう一度、いつもより少し多めに。ふわりと甘く、チョコレート味の焼き菓子のように。
心の底から、笑ってみせた。

47:風と木の名無しさん
10/02/14 22:49:19 aqT2co860
             ,-、
                 //||
            //  .||               ∧∧
.          // 止 ||             ∧(゚Д゚,,) < 邑桜萌えが止まらずアウトプットしてみたけどカプぽくなくてすいません
        //, 停   ||__           (´∀`⊂|  < でも親バカな邑鮫さんは萌え、そんな邑鮫さん大好きな桜衣にも萌え
        i | |,!     ||/ |           (⊃ ⊂ |ノ~
         | |      /  , |           (・∀・; )、< お読み下さった方がいらしたら心からありがとうございました
       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!
      //:| |  /彳/   ,!           (  (  _ノ..|
.    / /_,,| |,/]:./   /            し'´し'-'´
  /    ゙  /  /   /                    ||
 | ̄ ̄ ̄ ̄ |,,./   /                 /,!\
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 |         | ./
 |_____レ

48:風と木の名無しさん
10/02/14 22:55:29 Z5RWk7fb0
>>47
かわいい話をありがとう姐さん。ハートがホットチョコでポカポカした感じ。
本編ででてきても違和感ないw村と桜かわゆすぎる。
まったく正反対な人たちの話もよかったら投下してくださいw

49:バレンタインナイト・パニック 0/6
10/02/14 23:53:52 aqT2co860
              ,-、
                 //||
            //  .||               ∧∧
.          // 生 ||             ∧(゚Д゚,,) < 半ナマ・ドラマ半町より>>バレンタインデイ・パニックの続き的なもの
        //_.再   ||__           (´∀`⊂|  < 中身自体は黒樹くんと素田さんの独立したお話です
        i | |/      ||/ |           (⊃ ⊂ |ノ~
         | |      /  , |           (・∀・; )、< 黒視点片想い?な感じでここにはこの二人しか出てこないよ
       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!
      //:| |  /彳/   ,!           (  (  _ノ..|
.    / /_,,| |,/]:./   /            し'´し'-'´  引き続きもう数レスお借りします。
  /    ゙  /  /   /                    ||
 | ̄ ̄ ̄ ̄ |,,./   /                 /,!\
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 |         | ./
 |_____レ"

50:バレンタインナイト・パニック 1/6
10/02/14 23:54:57 aqT2co860
「…よし、あと10枚!」
「まだ10枚もあるんすか!?」
午前に起きた事件は何とか無事に解決を見、他の班員たちが帰宅した後の刑事部屋で素田と黒樹は報告書を書いていた。
デスクワークも刑事の大事な仕事だ。大事ではあるが、如何せん事件の際には後回しにされることが多いのも事実だ。
今日のものはこれまたひとまず置いておき、まずはこれまでに溜めていた書類からかからなくてはいけない。
幸か不幸か今夜は素田と二人で当直にあたっている。
もののついでと言っては何だが、出来れば今夜中に在庫を全て片付けてしまおうというのが黒樹のひそかな目標だった。
「別にいいだろー、今晩中には終わるよ多分」
「夜中に何にもなけりゃ、の話ですけどね」
「ま、ね」
その返事に小さく肩をすくめ、黒樹はまたデスクに向き直ろうとする素田に話しかけた。
「もう昨日のことみたいですよね」
「ん?」
「バレンタイン…事件」
場所柄、“事件”を軽く強調してみせる。
「ああ」
素田が思い出したように小さく笑った。
「桜衣も災難だったよなあ」
「邑鮫さんのあの顔!俺、うわー自分じゃなくてよかったーってちょっと思っちゃいましたよ」
「うーん、…うん、実は俺も。そう思った」
「………」
「………」
何故か不思議な間が空いて、自然と顔を見合わせて、その間が妙におかしくて、二人ほぼ同時に吹き出した。
「っははは、ははっ」
「ふふ、ふっ」
まるで小さなこどもが拗ねるかのような、不機嫌を隠さないあの表情。
普段はすこぶる冷静な先輩刑事のあんな顔など滅多に見られない上に、そのご機嫌斜めの原因と
そんな直属の上司にひたすらびくびくしていた後輩刑事の顔がまた同時に思い出され、
申し訳ないと思いつつも思い出しただけでまだ笑いが込み上げてくる。

51:バレンタインナイト・パニック 2/6
10/02/14 23:56:31 aqT2co860
お互いひとしきり笑った後。
よっぽど笑いのツボを刺激されたのか素田が目尻を指でごしごしと拭って、懐かしそうに呟いた。
「そういえば俺たちの頃ってどんなだったかなあ、バレンタイン」
由希子は、今の時代チョコレートは特定の一人の相手に渡すものでもないという前提で喋っていたようだった。
尤も去年は覚えがないので、今年はたまたま今日この部屋にいたためご相伴にあずかれたといった感じだろう。
それほどに忙しない今の職業に就いてから、各シーズンイベントの盛り上がりは正直なところよくわからない。
せいぜい、この時期が近づくと街全体が目に痛いくらいの赤色やピンク色へ一気に染まる印象があるぐらいだ。
バレンタインデーに関するイメージなど今やその程度のもので、本番は気づけば過ぎていることの方が多い。
しかし自分の学生時代は「女子が好きな男子にチョコを渡し告白する日」としてそこそこ定着していた気がする。
少なくともそこら全体にチョコレートをばら撒くような日ではなかった、と黒樹はしみじみ思い返した。
告白する側の女子だけでなく、今日という日が近づくと貰うあてのない男子連中も妙にそわそわしていたものだ。
時間としてはそんなに経過していない心地がするのに、この日の持つ意味は随分と変わってしまったのだろうか。
素田の頃は果たしてどうだったのだろう。ぼんやりとした疑問が浮かぶ。
「素田さんチョコレートとか貰ってましたか?」
素田はその問いに、言葉よりもまず顔の前の手をひらひらと横に振ることで答えた。
「俺はほんとそういうのさっぱりだったってば。お前は?モテたろ」
「…そうでもないっすよ」
「嘘つけえ」
「いやいやほんとですって!ていうかほら、手止まってますよっ」
疑いの眼差しを向けてくる素田を苦笑いでごまかしながらやり過ごし、自身もデスクに向き直る。
何故だろう。
甘い菓子と一緒に甘い言葉を貰った体験が過去にないわけではない。
むしろ一般的に見ると少しばかり経験が多い方かもしれない。
だけれど、何故だか。
それを素田にはあまり知られたくないと思った。

52:バレンタインナイト・パニック 3/6
10/02/14 23:57:48 aqT2co860
「…よし、あと1枚!」
「えっ、黒樹速くない!?」
「俺は素田さんと違って走るのも報告書書くのも速いですから」
にやにやしながらそう言ってやると。
「何だよそれー」
はははっと素田が笑う。悪意の全くない軽口と承知してくれているからこそこちらも遠慮なく言えるし、笑える。
仮にも警察という厳格な組織の上司と部下で有り得ない、と感じる人間もいるかもしれない。
それでも素田と自分にとってはこれが自然な日常なのだ。まるで呼吸をするのと同じくらい。
この関係と距離感が、心底たまらなく心地いい。
安曇班自体がそういう人々の集まりであることは間違いないが素田と二人の時間はまた特別だと黒樹は思う。
この人に出会えてよかった、と思う。
左の手首にちらと視線をやって腕時計を確認する。
あっという間に数時間が経過し、あと少しで今日という日が終わろうとしていた。
この報告書を書き終わったら少し仮眠を取ろうか。そう思った。
「あー、でも」
書類から目を離したついでに両腕を揃えて指を組み頭上に伸ばし、全身で大きく伸びをする。
「やっぱ疲れますね、書類書きは」
「だな」
「外で犯人追いかけて走ってる方がある意味楽っす」
「そうかあ?」
「そうですよ」
「ま、脳みそ使うと糖分消費するからな。腹減るよな」
そのいかにも素田らしい物言いに思わずくすりと笑ってしまう。
「そうそう、そうですよ。今なんかまさにその状態で」
「あ、じゃあさあ黒樹」
「はい?」
素田が緩慢な動きでごそごそと机の引き出しを探った。
「あったあった」
出てきたのは、よくコンビニで見かけるような一袋百円均一で売られている安物のチョコレートだった。

53:バレンタインナイト・パニック 4/6
10/02/14 23:59:20 aqT2co860
素田は既に開封済みのその袋の中から二、三粒を無造作に取り出して黒樹に手渡す。
「はい、糖分補給」
「あ、ありがとうございます」
「それ食べてラストスパートがんばれよ」
そう言って素田は引き出しを閉め、自分の目の前に先程の菓子を袋ごとガサッと置いた。
「あっ、素田さんも食べるんですか!?」
「え、食べちゃダメなの!?」
「こんな時間に食べたらまた太りますよー?」
「いいじゃん、お前も食べるんだから!それとも要らない?要らないの!?」
「いや貰いますけど!せめて袋はやめといて下さいってば」
言いながら素田のデスクに置かれた袋を取り上げ、中から数粒を取り出して袋のあった位置に転がした。
「あ」
「これは今夜一晩預かっときますからね」
「えー…」
未練がましく手元の袋を見やる素田に「ダメです」ともう一度通告してそれを自分の引き出しに仕舞う。
「はいはい、わかったよ」
潔く諦めたらしい素田が机上の報告書に向き直る。その手がごく自然に個包装の包みへと伸びた。
「………」
やれやれと黒樹はこっそり苦笑する。だけれどそんなところも嫌いじゃない。
むしろ微笑ましく、好ましくあるとさえ思った。
「…いただきまっす」
「うん、どうぞ」
両端で軽くねじられた簡素な包装を両手でつまんで引っ張り、くるりとねじり返して包みを開ける。
役目を終えかけた薄いプラスチック製のそれが微かな音を立ててその存在を主張した。
ふわりと鼻腔をくすぐる甘い匂いと同時に生身の姿を現した茶色の菓子を、口の中に放り込む。
見た目の色濃さと口の中に広がる甘ったるい味からしてどうやらミルク入りのようだった。
「…あ、美味し」
あまりにも素直な感想がその唇から零れ落ちた。

54:バレンタインナイト・パニック 5/6
10/02/15 00:00:27 aqT2co860
「美味しいだろ?やっぱこういう時には糖分が一番だよなあ」
にこにこと満足げに微笑んだ素田が早々と二粒目に手を伸ばす。
「……はい」
正直、少し驚いた。
昼間に由希子から差し入れられたブランド物のチョコレートとは美しい包装も高級感も比べ物にならないのに。
今口にした安物の一粒の方がずっとずっと甘くて、ずっとずっと美味しかった。
(…ん?)
そもそも何故チョコレートなんて物を差し入れられたのだったか。
再びペンを右手に持ちつつ、左の指で頭を掻き掻きたっぷり数秒間、考える。
「――――あ。」
カチッ。
妙に大きな音を立てて、耳元で長針が動いた。
慌てて見ると時計の文字盤に表示された日付はつい今しがた、2月の15日になったところで。
この数年間、意識もしなかった昨日という日が終わりを告げたところだった。
(これって)
空になった包み紙を見やる。薄く透明なそれの内側には僅かに残った茶色の欠片がこびりついていた。
「どした?」
怪訝そうな声が隣から聞こえた。その声にふっと我に返る。
「え…や、何でもありません」
「ほら、手ぇ止まってるぞー」
先刻自分が言われた台詞をこちらへ投げ返して素田がにやにやと笑う。
何故かその顔を直視するに忍びなくて、無言で最後の報告書にすっと視線を落とした。

55:バレンタインナイト・パニック 6/6
10/02/15 00:02:46 aqT2co860
殺人犯を前にしたところで最早滅多に動揺することもなくなった黒樹の強い心臓が途端に早鐘を打ち始める。
(…俺、今、何考えた)
「黒樹?」
打って変わって少しばかり心配そうな声がした。
「何か顔赤いけど大丈夫か?暖房効きすぎ?」
「だっ、大丈夫、です!」
「…おっ、あ、ああ、そう……?」
「あっ」
思ったよりも大きな声が出てしまったようで、隣へ目をやると小さな目を真ん丸に開いた素田の顔があった。
驚かせるつもりじゃなかったのに、と内心で軽く舌打ちをする。
「…すいません、素田さん」
「ん?んん、ああ大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしたけど」
ぱっと穏やかな笑みを浮かべ直して素田はぽんぽんと黒樹の背を叩いた。
すぐ傍で優しい声がする。
「まあ疲れてるだろうけどもうちょっとがんばろう。な、黒樹」
「…はいっ、がんばりましょう」
自分に言い聞かせるように返事をして頬を両手ではたく。
言われた通り、その頬は微かに熱かった。
叩かれた背も、熱かった。
やはり暖房が効きすぎているのだろう。経費削減のためにはもう少し寒々しいくらいがいいのかもしれない。
(考えすぎ、だよな)
疲れているからうっかり変なことを考えてしまうのだ。それだけだ。
心の中でそうも言い聞かせるようにして黒樹はペンを握った。
真横ではまたぞろ包みを開く微かな音とともに緩慢に身じろぐ柔らかな気配がした。
仕事で疲労の溜まった脳を、労わるように、もうひとつ。
…甘いチョコレートを、手に取った。





56:風と木の名無しさん
10/02/15 00:04:11 aqT2co860
             ,-、
                 //||
            //  .||               ∧∧
.          // 止 ||             ∧(゚Д゚,,) < 両片想いノマ問わず基本が二人の世界な黒素萌え!
        //, 停   ||__           (´∀`⊂|  < あまりバレンタインぽくもない話でしたが
        i | |,!     ||/ |           (⊃ ⊂ |ノ~
         | |      /  , |           (・∀・; )、< お読み下さった方ありがとうございましたー
       .ィ| |    ./]. / |         ◇と   ∪ )!
      //:| |  /彳/   ,!           (  (  _ノ..|
.    / /_,,| |,/]:./   /            し'´し'-'´
  /    ゙  /  /   /                    ||
 | ̄ ̄ ̄ ̄ |,,./   /                 /,!\
 |         |   /                   `ー-‐'´
 |         | ./
 |_____レ

57:風と木の名無しさん
10/02/15 00:24:02 BHC1BCCVO
>>33-56
村桜と黒州まさかの二本立て嬉しい!!ありがとう最高のバレンタインになったよ!!

58:風と木の名無しさん
10/02/15 00:49:04 DalxxrSp0
>>29
エメクさんの受難っぷりは相変わらずですが平和なオチでひと安心しました…。
メロさんもエンダもばあちゃんもみんな可愛いなあ。
神殿組大好きだ。GJでした!

59:風と木の名無しさん
10/02/15 01:20:25 kAHIO3aw0
>>34
>>49
まさかの邑桜と黒巣に萌えましたありがとうございました!
脳内再生余裕でしたw

60:風と木の名無しさん
10/02/15 04:33:02 28Qng0ZOO
>>33>>49
大好きでよだれものでした!ありがとう!
桜も可愛いけど村も可愛いなあ!
チッスするのかとドキドキした
黒酢は確かに誰にも止める事の出来ない
二人の世界が…!
また投下待っております!

61:エ.ー.ジ.ェ.ン.ト.夜を往く 1
10/02/16 00:21:53 Qfeo8iBEO
イ壬天堂の応援団シリーズ海外版より司令×チーフもしくはチーフ×司令です。
どっちがどっちかは読む人にお任せします。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

ギシっと音を響かせて椅子に腰掛ける。
目の前にいる彼の頭を抑え付け、いつもさせているように私自身をくわえさせた。
彼が夢中になってしゃぶっている様子に満足感を得る。
ああ、チーム設立当時からの友人に何をさせているのだろうか。
しかしその気持ちとは裏腹に、彼に愛撫された私のペニスは昂っていく。
粘着質な水音が深夜の部屋に響く。
部屋には電気スタンドの明かりだけが灯っている。
その仄かな明かりに照らされた彼と私の影が床に伸びていた。
気持ちいいか?と訊かれたが、私は無言で頷くだけであった。


62:エ.ー.ジ.ェ.ン.ト.夜を往く 2
10/02/16 00:22:49 Qfeo8iBEO
…射精感が強く押し寄せてきた。
彼の髪を掴み、もっと深くくわえさせ、押し込む。
もごもごと言葉にならない声を上げる彼を無視する。
そしてそのまま、彼の口腔へ自身の精を流し込んだ。
目の前の彼は不味そうな顔をしながら出されたものを飲み干す。
力なく萎えた私自身の雁首の残滓を、若干ざらざらとした舌の刺激と共に嘗め取る。
その動作はまるで娼婦かと思わせるようなものだった。
が、目の前の友の体格は明らかに娼婦のそれよりも大きくて、我ながら馬鹿らしいなと思う。


63:エ.ー.ジ.ェ.ン.ト.夜を往く 3
10/02/16 00:25:35 Qfeo8iBEO
どれくらい経ったか。
射精後の気だるさは過ぎ去り、乱れた服を手早く整える。
今日は私だけが楽しんだ。彼には悪かったか。
そんな事を思いつつ時計を見ると、行為を始めた時から大分時間が経っていたのに気付いた。
そろそろ戻ろう、と彼が上着を着ながら立ち上がる。
いつまでも任せている訳にはいかないと言いながら、私達は部屋を出た。
夜明けまではまだ時間がある。
淀んだような空気の廊下は非常灯の明かりだけで、暗く重い雰囲気に覆われている。
私達は背徳感を想いながらオフィスへ戻って行く。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

オッスオッスして下さった応援団スレの皆さんにこの場をお借りしてお礼申し上げます。
ありがとうございました。オッスオッス

64:新顔カンサシ新顔1/4
10/02/16 00:54:49 nTnm+1op0
                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                     |  某ドラマの新顔さんとカンサシさんネタだよ。
 ____________  \            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  文章っぽいもの書くのが3年ぶりでお目汚しだよ。
 | |                | |             \
 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ドキドキ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)(_(__).      ||  |

65:新顔カンサシ新顔2/4
10/02/16 00:55:19 nTnm+1op0
 行為の後の浅い眠りからふと目を覚ます。
 ホテルの効きすぎた空調のせいか、喉が張り付くように乾いていることに気付き、大小内はサイドテー
ブルで汗を掻いたように濡れているグラスに俯せたまま手を伸ばした。
 氷はほとんど溶けかかり、薄くなってしまったウィスキーを口に含んで顔をしかめつつ、先ほどまで隣
に居たはずの男の姿がないことに気付いて視線を巡らせる。
 ふとタバコの匂いが鼻について重い身体を起こす。ベッドの下に投げ捨てたバスローブを拾って羽織り
ながら窓際に向かうと、探していた男がゆるく煙を上げるタバコを片手に、じっと窓の外に視線を向けて
いた。
「タバコ、吸うのか?」
「え?……ああ、起こしちゃいました?すみません」
「いや、熟睡していたわけではないから」
 言いながら大小内は缶辺の手からタバコを奪い、深く吸い込んで紫煙を吐き出す。驚いたように缶辺が
その指先を見つめた。
「大小内さんてタバコ吸うんですか?」
「そっちはどうなんだ?」
「昔は。大学卒業と同時に卒業しましたけど」
「私も似たようなものだ。入庁した時に出世したければ禁煙しろと上司に言われてそれきりやめた」
「ああ、必ず言われますよね。ちなみにこのタバコは一家の板見刑事をちょっとからかったら怒って投げ
られたのを拾った物で、俺の物じゃありませんから一応」
「拾った物を勝手に?」
「しけたタバコ返しても仕方ないでしょ?後でちゃんと1カートン熨斗つけてプレゼントしますから」

66:新顔カンサシ新顔3/4
10/02/16 00:55:51 nTnm+1op0
 悪気もない様子でにっこり微笑む缶辺に思わず大小内も口元を緩ませ、ソファーに腰を下ろした。大小
内にタバコを取られた缶辺は新しいタバコに火をつけている。
「……なんでですかね、持ってると思ったら急に吸いたくなって」
「苛つくことでもあったのか?」
「そういうんじゃないんですけど。どっちかっていうと淋しくなったというかなんというか」
「淋しい?」
 つい数十分前まで身体を合わせていた相手にそう言われると何となく釈然としない。そんな微妙な感情
に気付いたのか、缶辺が慌てて釈明する。
「別に大小内さんがどうこうとかそういうんじゃないですよ?ただ、何となく……」
「何となく、か」
 指先で遊ばせていたタバコに再び口をつけた。ほろ苦い煙が口に広がると、その苦さが不思議と胸の隙
間を埋めてくれるような気がする。大きな荷物を背負い続けるのが辛くなった時に、その痛みにも似た苦
さを無意識に求めてしまうのかもしれない。だとすれば。
「……缶辺」
「はい?」
「おまえ、腹に何を抱えている?」
「どういう意味ですか?」
 さっぱりわからないといった風を装って首をかしげる缶辺の手からタバコを奪い、灰皿に押し付ける。
「簡単に人に言えるようなことなら悩みはしない、か」
「そう思うって事は、あなたも何かを抱えてるってことですね?」

67:新顔カンサシ新顔4/4
10/02/16 00:56:21 nTnm+1op0
 笑顔の形を作った口元と、笑顔のかけらもない目線。その二つを同時に向けながら、缶辺も大小内の手
からタバコを取り上げた。そのままゆっくりと顔を近づけ、軽く唇を合わせる。
「……タバコよりこっちのがいいですね、やっぱり。苦くないし、気持ちいい」
「かん……」
「黙って」
 後ろ手にタバコを揉み消すと、缶辺は大小内の頭を抱き寄せるようにして頬を擦り寄せ、そして口付け
た。
 ゆっくりと、深く。
「缶辺」
「なんでしょう?」
「抱え切れなくなる前に誰かと分け合うという選択肢があることを、おまえは忘れるな」
「大小内さん…」
「頼むから」
 囁くように呟いて、大小内は立ったままの缶辺の腰を引き寄せる。触れた胸から伝わる鼓動を感じ、大小
内は静かに目を閉じた。
 抱えた荷物の重さも知らせないままに、全て一人で持って行ってしまった男の顔を思い浮かべながら。

68:新顔カンサシ新顔 終
10/02/16 00:57:28 nTnm+1op0
 ____________
 | __________  |
 | |                | |
 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ お付き合いありがとうございました。
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   |


69:風と木の名無しさん
10/02/16 05:19:28 jOBjp1dw0
>>64
最後のあたりでうっかり泣いた…
素敵な萌えをありがとう姐さん!

70:板と缶4
10/02/17 00:12:29 sVcjO3jD0
                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                     |  ilの板と缶その4モナ‥‥。
 ____________  \            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  つきあってさえいないし、喋りだけモナ。
 | |                | |             \
 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ドキドキ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)(_(__).      ||  |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

71:板缶4 1/7
10/02/17 00:14:14 sVcjO3jD0
今日、神部が登庁していたとは、伊民は知らなかった。

基本的に特/命係というのは、土日が休みだと思っていた。
あの部屋が空っぽな日があろうが誰も気にしないし、係長である杉/下警部は、年間休日さえ合っていればいつ休みを入れたって別にいいと思ってる、・・・と、以前彼の部下だった男が言っていたからだ。
だが今日という日曜日、特別大きな事件も起きず、早く上がれそうだなと思い始めた午後4時半、伊民の携帯にメールが届いた。
その特/命係の神部警部補からだった。
『今日は何か予定ありますか? もしお時間あったら、ちょっと飲みに行きませんか?』
こんなことは初めてだった。先日一緒に事件を捜査するはめになった機会に、また今度ゆっくり話をしよう、というようなことを言って別れたことがあったので、そのせいかも知れなかった。
さてどう返事をしたものかと、伊民は2分ほど迷い、眉間に深く皺を寄せた。

さすがの伊民も知っている。今日は天下のバレンタインデーだ。
製菓会社が騒ぎ立てるのがいけないのか、イベント好きな女心が罪深いのか。何しろ2月の14日といえばなぜこの日が国民の祝日にならないのか不思議なくらいに日本中に浸透している、愛の祭りの日だ。
捜/査一課の若い連中たちは心なしか朝から明るい顔をして携帯のメールをチェックしているし、伊民や三浦のデスクにですら、女子職員からの義理チョコが配られてきた。
後輩の芹澤にいたっては、数ヶ月前からの激戦を勝ち抜いて、まんまと今日の非番をもぎ取ることに成功していた。今ごろ、彼女と楽しくデートでもしていることだろう。
今日という日はそういう日だ。
そこここでチョコレートとメッセージカードが飛び交い、恋人たちの間ではそれに負けないくらいに甘くてきれいな言葉が交わされる。
そういう日なのだと、いくら伊民だって知っていた。

72:板缶4 2/7
10/02/17 00:15:45 sVcjO3jD0
しかし不幸なことに伊民には、そういう相手がいなかった。もうどのくらいいないのかと、思い出すことさえしたくなかった。
別に、チョコレートがほしいわけではない。菓子の類はあれば食べるし疲れているときには効くものだが、自分で買ってまでは食べない。
女子職員がくれた駄菓子っぽいチョコレートにしても、もらえばそれなりに嬉しいとは思うのだが、ホワイトデーにはなにかお返しをしなければならないと思うと手放しで喜ぶ気にもなれなかった。
もちろん、彼女たちは「お返しはいりませんよ」と言ってくれるのだが、もらいっぱなしというのも気が引ける。

そんなところへ届いたのが、神部からのメールだった。
神部のような男に限って、バレンタインの夜が暇だとは伊民にはとても思えなかった。
予定をドタキャンされたか、それともコワイ女に好かれて逃げ回ってでもいるのか。
伊民に予定がないことを見透かされたような気もする。それもなんだか決まりが悪い。

断ろうかどうしようかと、なんでも即決体質の伊民にしては迷った挙げ句、ついに返信した。
『警部補殿の奢りならご一緒しますよ』
すぐにOKの返事が来た。

***

6時過ぎにエントランスで待ち合わせ、一緒に歩いて有楽町まで行った。
「伊民さん、焼鳥なんて好きですか?」
と神部に持ちかけられ、前に一度行ったことのある焼鳥屋の話をしたら、ぜひそこへ行ってみたいと言われたからだ。
早足で歩けば、あまり遠くはない。
時には並んで、時には前後になって歩きながら、世間話をした。神部はコートのポケットに手を突っ込んだまま、ニコニコと伊民に話しかけた。
正直、この男と何を話せばいいのかと思っていた伊民は、その明るい調子にホッとした。

73:板缶4 3/7
10/02/17 00:18:39 sVcjO3jD0
「・・・俺、焼鳥屋ってあまり行ったことないんですよね。機会がなくてというか、焼鳥よりは焼き肉と思ってて」
「焼鳥屋には、きれいなおネエちゃんはいませんしね」
「え? なんですか、それ?」
「銀座のクラブのほうがお似合いなんじゃないですかね?」
「・・・ああ、この前の店ですか。あれはつきあいですよ。偉い人って、ああいう店が好きでしょ」
「さあ。俺たちにゃ雲の上のお話ですからねえ・・・」
「ははっ、もしかして羨ましいんですか、伊民さん?」
「いーえ、とんでもない。俺は焼鳥屋でけっこうですよ」
そんな調子の、軽いやりとり。伊民の棘のある言葉を、神部はさらりといなしてくれる。だから険悪にならない。

ほどほど混んだ焼鳥屋のカウンターに滑り込み、生中をふたつ頼むころには、伊民のガードもやや崩れはじめていた。
「警部補殿、何から行きますか?」
「こんなとこで、警部補殿はやめてくださいよ。あ、俺、ナンコツの唐揚げ好きです。でもまずは伊民さんのオススメを聞いてからですね」
革のコートを脱いで、神部は無造作に椅子の背に掛けた。注文を取りにきた女性店員がそれを見て、ハンガー片手に飛んできた。
すいません、と微笑む神部に、店員は明らかに普段の愛想以上の笑顔で答えていた。
すすけた焼鳥屋には似合わない男だなと、伊民はあらためて神部の横顔を見やった。
いかにもモテそうなこの男が、なぜ今日みたいな日に伊民なぞ誘って飲みに出るのだろう?

神部はしかし気にしたふうもなく、楽しそうにメニューを研究している。
「伊民さん、こういう店、詳しそうですよね」
「・・・普通ですよ」
「謙遜しないで、教えてくださいよー?」
屈託なく微笑みかけられると、悪い気はしなかった。


***


74:板缶4 4/7
10/02/17 00:20:30 sVcjO3jD0
「・・・だからですね、俺としちゃ気に食わないわけですよ。あの人は確かに天才かも知れませんよ、だからってルールを無視していいわけないでしょう」
「ええ、そうですよね。遵法精神は大事にしないと」
「なんかこう、涼しい顔してサラッとみんな持ってくでしょう。そりゃ偉いさんとのつながりがあるってのはわかりますよ、もともとエリートキャリア様ですから。
 しかしですね、あの人だったら何をしても官/房長が出てきて無罪放免って、そういうのはズルかないですか」
「そういうこと、あるんですか?」
「そりゃありましたよ。こっちが必死になってやってんのに、あの人はこう、サラッとね・・・」
いつの間にか伊民は、神部に向かって愚痴を並べてしまっていた。
半分ほど酔いの回った頭で、相手はその杉/下警部の部下なのに、と思いながら。

神部はうんうんと頷きながら聞いてくれた。あの特/命係に飛ばされて平然としているところを見ると彼も普通の神経はしていないのだろうと思うが、少なくとも杉/下警部よりは常識人らしく見える。

「・・・まあ、ほどほどに行きましょうよ。俺だってあの人に負けたくないと思うし、伊民さんの気持ち、なんだかわかりますよ」
「でしょう。警部補殿だって思うもん、俺たちが」
「ちょっとちょっと伊民さん。いい加減に警部補殿はやめてくださいって言ってるでしょ?」
「だいたい、特/命係にゃ捜査権はないんですよ・・・」
「わかってますよ。逮捕権もありませんよね」
「なのに、気がつきゃ現場をうろうろしてんですから」
「ねー。誰が悪いんでしょうねー」

クスクス笑いながら、神部がレシートを取り上げる。ふと時計に目をやると、思ったよりも時間が過ぎていた。
「はい、タイムリミットです。2時間ルールにしときましょう。明日もありますから」
「・・・ああ」
「お約束どおり、奢らせていただきます」
「いや、それは・・・割り勘にしましょう」
「いいですよ」
「いやいや、俺のほうがいろいろくっちゃべっちまって」
「じゃあ、この次の機会に奢ってください」

そう言うと神部はコートを手にさっさと立って、レジへ行ってしまった。まいどー、ありがとうございましたー、と店員の声がその背にかかる。
伊民もタバコとライターをポケットに放り込んで、その後を追った。

75:板缶4 5/7
10/02/17 00:21:23 sVcjO3jD0
店を出て、裏通りを歩いた。駅までの距離はあまりない。
つい愚痴を並べてしまったうえに飲み代まで持ってもらって、自分が言い出したくせにすっかり気の引けてしまった伊民は、なんとなくしょんぼりとした気分で神部の後をついて行った。

やがて曲がり角に来たとき、その神部が唐突に立ち止まった。
伊民が追いつくのを待って、のんびりとした口調で言った。
「今日、伊民さんと話せてよかったです」
「・・・そうですか」
「わざわざ出てきた甲斐がありました」
「は?」
「俺、今日は休みだったんです。ダメもとでメールしたら伊民さんがOKしてくれたんで、出てきちゃいました」
「はあ?」
「これ、どうぞ」

そう言って神部がポケットから取り出したのは、手のひらくらいの薄い箱だった。きれいな包装紙、きれいなリボンで飾られていた。
まるで絵に描いたような、・・・これはチョコレートの箱だろう、と伊民は考えるより前に思った。

「伊民さんにあげます」
「えっ、これはどういう」
「どうもこうもないでしょ」

きらきら輝くような小箱を伊民の胸元に押しつけておいて、神部はまたさっさと歩き出した。
伊民は彼の心情を謀りかねて、しばらくその場を動くことができなかった。

76:板缶4 6/7と思ったけど6だった
10/02/17 00:22:19 sVcjO3jD0
「け、警部補殿!」
やっと声をかけたときには、神部は何歩も先に行っていた。呼ばれたのを聞くと彼はいったん肩越しに視線を寄越し、伊民がまだ同じ場所に立ちすくんでいるのを認めて、ふっと小さくため息をついた。
「・・・あーあ。『警部補殿』は勘弁してくださいって、あんなに何度も言ったのに」
それから周囲をきょろきょろと見回して、声の聞こえる範囲に人がいないことを確かめてから身体ごと振り返り、神部はまっすぐに伊民を見つめた。
まるで日本画のモデルのように整った神部の顔だちを、繁華街の安っぽい電飾やネオンが美しく縁取っていた。

「あのねえ、伊民さん。知らなかったと思いますけど、俺、あなたのことが好きなんです」

今度こそ、伊民の頭の中は真っ白になった。あまりに驚きすぎて声も出ない、どころか、身体もまったく動かせない。軽い箱を持った両手を下げることもできず、ぽかんと開いた口もそのままだった。
神部はさすがに照れくさそうな微笑を浮かべ、
「じゃ、また。この次は奢ってくださいよ?」
と言い残して、足早に駅のほうへ歩き去った。

その姿が角を曲がって見えなくなってからやっと、伊民は胸の前に上げたままだった両手を下ろして、手の中のものをまじまじと見た。
麻痺した頭で、神部の言葉の意味を考えた。
よりによって今日という日に、きれいにラッピングされた箱と一緒に渡された言葉の意味を。


<おしまい>


77:風と木の名無しさん
10/02/17 00:23:06 sVcjO3jD0
 ____________
 | __________  |
 | |                | |
 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ 仕事バカ伊民
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
前回、ドンマイみたいに言ってくれた姐さんたち、本当にありがとう!
色々とご心配かけたうえ、こんな会話だけの話でさらにすみません・・・。
さらに7あると思ったのが6だったというバカなミスもすみません!

78:風と木の名無しさん
10/02/17 00:42:41 3Nwts3gt0
>>70
お帰りなさい、バレンタイン話見たかったので本当に嬉しいです!
ここから始まる二人のストーリー(*´Д`) 二人ともなんて可愛いんだ
姐さんの板と缶萌えるよ大好きだよ

79:風と木の名無しさん
10/02/17 00:58:40 x1qyH5qc0
>>70

もしやと思って覗いてみたら、板缶キテター!!!
姐さんの板缶で新たな萌えを開眼してしまい
もっと読みたかったので嬉しい~
今夜は眠れないな、萌えすぎて!!!

80:風と木の名無しさん
10/02/17 02:17:24 QYWqiUhjO
>>64
驚くほどナチュラルに脳内再生されましたw
二人からダダ漏れる色気がたまらない!
よろしければぜひまた読ませてください

>>70
なんてさわやかでカワイイんだ缶!
板がホワイトデーにどんなお返しをするのか、
気になって妄想が広がって眠れませんw

81:こ/こ/ろ K→私 1/8
10/02/17 07:41:46 TZAxTFj+0
過去ログに触発されて私も書いてしまった。
時間軸的には『覚悟なら無い事も無い』から『御嬢さんを下さい』の間辺り



|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!






「その夜、私はどうにもKの用いた『覚悟』という二文字が、何時までも胸に引掛かって仕方がありませんでした。
自分の醜い嫉妬の為に随分と穢いやり口でKの心に傷をつけた事を考えると
今すぐあの固く閉ざされた襖を開けてKの部屋へと乗り込み彼の前に平伏して
謝罪したいと云う気持ちと、あれで良かったのだという卑怯な心が交互に現れ
それを重ねては布団の中で打ち消すを繰り返して居ました。

私はKをやり込めたという気持ちで興奮しきっていた為、あの晩は比較的安静な夜を
迎える事が出来たのですが、それ以降は前述した様に好く眠れない日々が続きました。
(今思えば私が神経過敏になっていたのでしょうが)

あのKの『覚悟』という言葉が、背後から洋燈に照らされて大きな影になっていたKの姿が
そしてあの朝の、近頃は熟睡が出来るのかというKの問い掛けが。
それら全てが私に向って来る何か恐ろしい物の様な気がして仕方が無かったのです。





82:こ/こ/ろ K→私(先生) 2/8
10/02/17 07:44:40 TZAxTFj+0
確かにKの告白を聞いて以来、私はKに何度も襖越しに声を掛けていました。
それはKの動向が気になって仕方が無かった為です。
無意味な事であると判っては居ても頻繁に声を掛ける事で
私の与り知らない部分で着々と進んで居るかも知れない御嬢さんへの『覚悟』を
阻害してやろう、監視してやろうという気に成っていたのでしょう。

Kの言葉は何と言う事も無い、唯私の健康面を気遣って呉れる言葉だったのかも知れません。
真面目で意固地な処もあるとは言え元来は優しい男だと記憶して居るので、実際そうだったのでしょう。
しかし、心に疚しい部分を持つ私はそのKの問い掛けに過剰な反応を示し
こうして眠れないながら熟睡をしている振りをし、Kに一言声を掛けることすら出来ない侭
今日も悶々と空が白けるのを待って居たのでした。

床に着き、元々活動をしている様子を感じられる事の少ないKの部屋から
完全に気配が消えてどれ位経ったでしょうか、不意に私の足元の襖が二尺ほど開きました。

その時丁度私は現在の姿勢に疲れて来ていた為寝返りを打とうとしていた処でしたので
突然開かれた襖に驚き慌てて目を閉じる事に専念した結果
少しばかり不自然な体勢で寝返りを止めざるを得ませんでした。
どうせなら思い切って姿勢を変えてしまえば好かったのに

元々狸寝入りを簡単に遣ってのける程私は器用では無かったのです。

83:こ/こ/ろ K→私(先生) 3/8
10/02/17 07:46:30 TZAxTFj+0
便所に行った気配も無かった上、如何して今時分確実に眠っているであろう私の部屋を覗いたのか
ぐるぐると考えていると段々と恐ろしくなってきました。
目を瞑っている為にKの動向は良く掴めませんでしたが、僅かな布擦れの音と
先程より若干掛けられるおいという声で、Kが部屋に入って来たと云う事だけは判りました。

私は如何しても狸寝入りを解いてはいけない様な気がして頑なに目を開けようとはしませんでした。
するとKから再びおいと声を掛けられました。しかもまた先程よりも近い位置です。



いつの間にか私の目の前にKが移動していました。
実際、目を開いて居なかったので正確な位置は判らないのですが
まるで熱を出した子供を枕元で看病する母親のような
通常の我々の関係を考えればそれ位不自然な位置にKが居たのです。

私の顔を見ながら『もう寝たのか』と声を掛けます。
此れは愈々おかしい。幾ら部屋の中が暗いと云えども
床に着いて随分経っている為暗闇に目が慣れて居る筈です。

大体明らかに眠っている私の顔がKからも見えている筈なのに
Kは妙に私に声を掛け、寝ているのかと念を押してくるのです。

84:こ/こ/ろ K→私(先生) 4/8
10/02/17 07:48:55 TZAxTFj+0
私は慄然としました。今からKは私に何をする心算なのだろう。
そもそも目を開いていない私には目の前に居るのが
果たしてKであるか判断が出来ませんでした。

若しかしたらKの声を持つ何か得体の知れない物なのでは無いか
はたまた私が作り出した悪夢と云う名の亡霊なのか。

『僕は苦しい』私の部屋を重苦しく包んだ沈黙を破ったのは、同じく重苦しい彼の呟きでした。
『人を好きになる事が…拒絶される事がこんなにも苦しいなんて思わなかった』
私は一瞬何を言っているのかが判りませんでした。
苦しいと繰り返すのに、私は益々亡霊では無いかと疑ってかかった位です。

それ程Kの言葉は突飛でした。呟くような彼の低い声はまだ続きます。
『その目には僕は邪魔者としてしか映っていないのか』
『如何すればいいのかわからない』

不図小さく名前を呼ばれ、背後の布団にみしりとした振動を感じたかと思うと
急に相手の気配が近づき、顔に僅かな風を感じました。


85:こ/こ/ろ K→私(先生) 5/8
10/02/17 07:50:38 TZAxTFj+0
私は余りの恐怖に情けなくも、小さくひっ、と声を上げてしまいました。
その瞬間気配が物凄い速さで遠ざかります。

狸寝入りも忘れた私は気がついたら飛び起きていました。
目の前には僅かに驚いたKの顔がありました。
Kは、『何だ起きて居たのか』と努めて平静を装って居ましたが彼の動揺は明らかでした。

私は混乱し、一体如何云う心算だと、真夜中にも関わらず語気を強めました。
今思えばあの時、よく御嬢さんや奥さんが起きて来なかったものだと思います。
第一彼の言葉の意味も判らなかったし、何をされそうに成ったのかも判りません。

唯私は、私の中に段々と押し入ってくる彼に恐怖して居たのです。
私は自分の疚しい心の為に、何か云いたそうに口をもぐもぐとさせていた彼の言葉を待つこと無く
すぐに出て行けと半ば怒鳴り散らす様に追い返してしまいました。

86:こ/こ/ろ K→私(先生) 6/8
10/02/17 07:54:53 TZAxTFj+0
しっかりと閉ざされ、今は水を打ったように静かになった襖の向こう側が気に成りましたが
私には再びKにおいと声を掛ける勇気は在りませんでした。
再びそこからKが顔を出したら、とてもじゃ在りませんが
私は話どころかまともにその顔すら見られなかったでしょう。

苦しい。彼は図書館での帰りにも苦しいと呟きました。
よくよく考えてみると、最初に御嬢さんへの切ない恋心を告白された時とは
何処と無く心持が違った様に感じられました。

人を好きになる事が、拒絶される事がこんなにも苦しいなんて思わなかった。
私は、Kの拒絶という言葉に引っ掛かりました。
私が記憶する中では御嬢さんがKを拒絶したという部分というものが見当たりません。


『馬鹿だ』Kの言葉が頭の中で響きます。『僕は馬鹿だ』

87:こ/こ/ろ K→私(先生)7/8
10/02/17 08:09:29 NFWcm2MNO
不意に私は激しい喉の渇きに襲われました。
唯の渇きではなく、まるで締め付けられる様な苦しさを伴う渇きでした。
しかし部屋に置いた水は切れており、水を汲みにKの部屋を通る気にもなれなかったので胸を押さえつつ
カラカラになった口から何とか搾り出した唾液を飲み込んで遣り過ごす他在りませんでした。


この頃には私は、Kは何とかして私の気持ちを捻じ伏せる機会を狙っているのではないかと疑い始めて居ました。
そもそもKが私の御嬢さんへの気持ちを知っていたのか定かでは在りませんでしたし
この期に及んでも心のどこかではKなら大丈夫だという気持ちも存在し、迷いも生じていました。

然し、私は自分の卑怯さを棚に上げ、此の儘ではいけない、Kはきっと段々と私の心を蝕んで行くのだ
そして其れは確実に私を脅かす、と首を振り、無理矢理にその迷いを打ち消してしまいました。
彼はもう私の知っているKではない。
何を考えているのか判らなくなってしまったKは、もうKではないと自分に言い聞かせていたのです。



不図、窓の方に視線を向けると、段々と空が白んで来ていました。
明るくなりつつある空を見ながら、今が真夜中では無かった事に何故か私は心から安堵したのでした。

88:こ/こ/ろ K→私(先生) 8/8
10/02/17 08:12:03 TZAxTFj+0
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

ごめん。番号読み間違えて最後があとがきだけになっちゃいました。
規制に引っ掛かったので途中携帯から投稿。

どう足掻いてもバッドエンド回避ならず。
以下個人的な見解なので流してくれると嬉しいw

…実は少しおかしくなっていたのはKじゃなくて
先生だったんじゃないかと睨んでいる。

ありがとうございました!

89:風と木の名無しさん
10/02/17 08:21:26 NFWcm2MNO
3に抜けがありました。若干近い距離で と脳内補完ヨロです。

90:風と木の名無しさん
10/02/17 20:44:03 qyajO0X3O
>>70
姐さん、有難う!
そうかあこんなふうに始まるのかあ。
缶の「ねー、誰が悪いんでしょうねー」ってリアルに聞こえてきそうで禿げますた。

91:風と木の名無しさん
10/02/19 03:06:28 drGiPSuQ0
生注意
高学歴ゲ仁ソ 魯山 大阪府大×京大

ひさびさにネタを仕入れたので投下します
六角形クイズ出演回の収録後妄想です

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

92:関西だからおバカとは言わないで 1/9
10/02/19 03:07:53 drGiPSuQ0

「何であそこで俺やねん!」

控室に戻ってきた『水も滴るイイ男』の第一声はこれであった。
びしょ濡れになった京大をそう評した木目方の大阪府大は、スタジオでこれでもかというぐらい笑い倒したはずだったが、扉を閉めコソビ2人きりになるや再び腹を抱え笑い出した。
「あーっはっはっはっ、ちょお、もお、うじはら、オマエ…っ、うははははは~~~っ」
「すがちゃん、笑いすぎや!」
番組で京大がおいしくイジラれるのが三度の飯より大好きな大阪府大のことである(もちろん時と場合によっては京大がイジラれることで心底不機嫌になる時もある)。
今日の罰ゲーム、『布河両が水をかぶるという前フリを事前にさんざん出されながら、裏をかかれ京大がかぶる羽目になってしまった』というオチは、彼にとっては最高においしい木目方のイジラれ方だったらしい。
「あーもう、勝手に一人で笑うとけ!」
「あはっ、ゴメンゴメン~。お詫びに髪は俺が拭いたる、な?ほら、服脱いでそこ座りや」
半分涙目ながらもようやく笑いを止めた大阪府大は、京大の手から半ば強引にタオルを奪い取る。
「別にええよ。俺の髪短いから、すぐ乾くし」
「ええからっ!俺が拭く言うとるやろー!」
「何でそこで逆ギレするっちゅーねん…」

93:関西だからおバカとは言わないで 2/9
10/02/19 03:08:43 drGiPSuQ0

「それにしてもこういう役、ひっさしぶりやなかったかあ?東京じゃオマエ、基本インテリ押しやもんなあ」
そんな感想付きで、大阪府大にわしゃわしゃと濡れた髪を拭かれている間、京大はずっと押し黙っていた。
「もしかして、俺が笑うたことまーだ怒っとるん?」
「別に」
口ではそう言いながらも、やはり京大は憮然としたまま。
こういうところは意地っ張りというか嘘が下手というか、実にわかりやすいと大阪府大はいつも思う。
「なーあ、機嫌直せやー?」
大阪府大はタオルを動かす手を止め、上半身裸にバスタオルを羽織った京大の背中に後ろからべったりと抱きついた。
長い付き合い、こういう時どうすれば一番効果的か、大阪府大は熟知している―そのはずだった。

「………うじはらー?」
いつもだったら『もぉ~、すがちゃんにはかなわんなあ』などと苦笑しながらあっさり落ちるはずの京大が、今日は胸に回した腕にすら触れてこようとはしない。
大阪府大がバスタオルがかかった京大の肩口に顎を乗せ、横から覗き込むように顔を寄せると、何故かふいっとそっぽを向かれてしまった。


94:関西だからおバカとは言わないで 3/9
10/02/19 03:09:41 drGiPSuQ0

「オマエ、やっぱ怒ってんねやろ?」
「だから怒ってへんて言うてるやん!……そんなんやない、そんなんちゃうねん」
「ああー、ほんならアレか、拗ねとるとか?」
そう指摘された途端にうっ、と返事につまる京大。
ああどこまでもわかりやすいやっちゃなあと、大阪府大は喉の奥でくくっと笑う。
「さーて、めちゃめちゃ頭のいいうじはらくんは、一体何に拗ねとるんかいなあー?」
「オマエ、どこまでも楽しそうやな…まあそんなんいつものことやけど」
「わかっとるなら、はいはいテンポよう、さっさと吐かんかーい。はよせんと…」
オマエ今自分がどんな恰好しとるかわかっとるやろ―そう耳元で囁かれ、京大はギョッとした。
何せこの木目方サマは、時も場所も選ばず空気も読まず平気でコトに至れるツワモノである。
鍵もかけていないテレビ局の控室でいつものように組み敷かれ、そこに誰か入ってきたりでもしたら…。
それを考えると、結局のところ京大には自分が折れる道しか残されていなかった。
「結局いつもと同じパターンやないかい…」
「えー、何?何か言いましたかあー?」
「いーえ、何でもアリマセンっ!」


95:関西だからおバカとは言わないで 4/9
10/02/19 03:10:50 drGiPSuQ0

「そのー、何ちゅーか、ちょっとした自己嫌悪?そんなんに陥っとるだけやねん」
「自己嫌悪?何の?オマエ今日も絶好調やったやん」
様々なクイズ番組を渡り歩いて、芸能界のクイズ王の呼び声も高い京大。
本日も大方の予想を裏切らず、正解に1位通過のオンパレード。
チームは最下位になったものの本人に特に目立った落ち度はなかった(最後の罰ゲームのオチを除いて)
最下位の原因の一端というならば、それはむしろ大阪府大の方が担っていた。
縄跳びを飛びながら答えるクイズで、豪快に間違えたあげくに縄にひっかかってアウト、などとやらかしてくれた彼は、間違いなく本日の戦犯のひとりと言えるであろう。
「今日の出来なら自己嫌悪に陥って然るんは俺の方やろ?何でオマエがそない卑屈になる必要があんねん」
いやいやそう言うてもオマエ全っ然気にせーへんやん!と京大はツッコミそうになったが、いまだ無防備な恰好を晒している内は黙っておくのが賢明であると、一度開きかけた口を再び噤む。
「ゲイニソとしての扱いで見たって、オマエは罰ゲームで、俺は縄跳びでそれぞれ1回はおいしかったんやから。それはそれでエエやろ」
「……それやねん」
「へ?どれ?」
「……が、その………したん」
「聞ーこーえーんー!はっきり喋れや!さもないとっ!」
「わー!縄跳びや、縄跳び!」
大阪府大が再び手をわきわきさせて迫ってきたので、京大は慌てて声のボリュームを上げる。
「なわとび?失敗したんは俺やで?」
「その失敗した時、俺すがちゃんとこに走って行ったやん」
「あーあー、そういやオマエ、真っ先に来てくれたなあ」
大阪府大は『あ~やってもうた~!』と天を仰いだ時視界に飛び込んできた、心配そうに眉根を寄せた京大の顔を思い出した。


96:関西だからおバカとは言わないで 5/9
10/02/19 03:11:55 drGiPSuQ0

「すがちゃんがこけたの見たら、うわっはよ起こしたらな、手ぇ貸したらなって思って、そしたら慌てて、っちゅーか、もう体が勝手に動いとった」
そう白状する京大の頬は、少しだけ赤くなっていた。
「ホンマに無意識やってん。ほんでオマエを助け起こそうとした時、周りが『すがちゃん何してんねん』みたいな空気になっとることに気づいて、何や急に恥ずかしくなってもうて」
それでとっさに手を引っ込め、周りに合わせて『サイアクやー』などとガヤを飛ばしたらしい。
「アレは完全に俺の落ち度やったしな。オマエがとっさにそう判断したんは間違ってなかったと思うで」
京大が自分を庇わず周囲に同調したこと自体、大阪府大は特に気にしてはいなかった。
むしろ大阪ローカル番組のノリで京大に必要以上に構われて、共演者全員にひかれるような事態にならなくてよかったとさえ思ったくらいである。
「だからそれでオマエが引け目感じることは…」
「いや、俺が言うとるんは別にそういうことやないねん」
「あ?」
京大は今度こそ言いにくいのか、あーだのうーだの呻きながらしばらく落ち着かなく視線を泳がせていたが、やがて俯き加減から上目遣いでちらちら大阪府大の様子を窺いつつ口を開いた。

「俺はあん時本気で心配して飛んで行ったのに、すがちゃんは俺が水かぶった時大爆笑で、収録終わってもずっと笑いっぱなで……何や俺一人が一方的にすがちゃんのこと好きみたいで、めちゃめちゃアホっぽいやんか」
「…………」
大阪府大はポカンと口を開けたまま、二の句がつげなかった。


97:関西だからおバカとは言わないで 6/9
10/02/19 03:14:45 drGiPSuQ0

拗ねる男の独白はさらに続く。
「そりゃゲイニソとしていかにオイシくいじってもらえるか、そういうのがめっちゃ大事やってのは重々わかってんで?けど、俺はゲイニソですがちゃんの木目方であると同時にすがちゃんの、その、コイビトやねんから。
コイビトがひどい目に合うたりしたら大丈夫かーって手を差し伸べたなるのは、自然の摂理っちゅーか当たり前のことやん?」
「…………」
「俺らは人に笑われてナンボの商売やから、誰に笑われてもそれはそれでよしっ!ってガッツポーズすべきなんやろうけどっ。けどなあ?俺かて頭から水かぶって結構寒い思いしてんねんで?
別に収録中とは言わん、せめて終わってから『大丈夫やったか?』の一言ぐらいあってもエエんちゃったんかなーとか、まあそんなこと思ったわけよ、うん」
「…………」
「あ、別にこれ全然義務とかやないし。強要してるんとちゃうで?まあ仮に強要したところで、すがの耳に念ぶ…あっ、いやっ、ちゃうねん!ちょっと語呂がよかっただけで、別に我ながら上手いこと言うたなーとか思ってるわけやな―」
「……プッ」

「はいい?」
思わず聞き返してみたものの、それは確かに笑いを兆す声だった。
その声の主は京大の目の前で、わかりやすく口元を押さえながら肩を震わせている。
「ぷっ、ぷぷぷ……っ、ぶは~っははは~~~~~っ!!」
しばらくすると堪え切れなくなったとみえた大阪府大の、本日何度目かもわからない爆笑が室内に響き渡った。



98:関西だからおバカとは言わないで 7/9
10/02/19 03:16:00 drGiPSuQ0

「なっ、何が可笑しいねん!」
「いや、もうどっからツッコんだらエエかもわからんくらい、オマエっ……くっ、あっははははははは~!」
「だから笑うなや!!」
抱腹絶倒の木目方に怒鳴る自分、という図式になんとなく既視感を感じつつ、京大は笑い止まらぬ大阪府大の肩をガッと掴む。
「あー、しんど~。うじはらオマエさ~、俺を笑い殺す気ぃやろ?」
「そんな気ぃあるかい!って、何でまたオマエにここまで笑われなアカンねん!?俺結構真面目に答えてんねんぞ!」
「だーからー、そうやって真面目に答えとるからオモロイねんって」
「はあ?」
大阪府大は京大の肩にかかっているタオルで涙目を拭うと、京大を見上げニッと笑った。
「とりあえず女々しいとか草食系丸出しとか、言い様はいろいろあるんやろうけど、まあ一番端的に言うたらこういうことや」
そう言って、グイッと京大の腕を引き寄せ顔を近づける。

「オマエ、めっちゃカワエエなあ」
そして間髪入れずに、京大の唇にチュッと軽い口づけを落とす大阪府大。


99:関西だからおバカとは言わないで 8/9
10/02/19 03:17:09 drGiPSuQ0

「っ…!」
余りにも唐突で、しかもものすごく久しぶりのライトなキスに、京大の心臓が何故かドクンと跳ね上がる。
「あ、顔赤うなった。やっだ~、うじはらクンって思ってたより純情~。普段はあんなことやこんなことイッパイしたりされたりで、めっちゃエロいのにっ☆」
「すがちゃんっ!!」
真っ赤になった京大が長い腕を伸ばし大阪府大を捕らえようとするが、標的は小柄な体でそれをひらりとかわした。
「オマエ中学生とちゃうねんから、それくらいでそんな顔すんなって。それともアレか、もしかしてあんなもんじゃ足りひんとか?」
「~~~~っ!」
大阪府大の言葉にピキッ、と音を立てて固まる京大。
「あはっ、図星?もー、しゃあないなあ」
大阪府大はやれやれ、といった表情で京大に近づく。
そしてカチカチになったままの京大の首に手を回し、今度は深く口づけた。

「ふ、あっ…」
石化の魔法が解けたかのように、京大の腕がピクリと動いて、そのままそっと大阪府大を抱きしめる。
「魯山でカワイイって、本来俺のためにある言葉やのに…反則やで、ホンマ」
「すがちゃ……んっ…」
ちゅ……くちゅ…
水音も艶かしく、ふたりはいつしか激しく舌と舌を絡め合っていた。

100:関西だからおバカとは言わないで 9/9
10/02/19 03:26:15 nXmEHznsO

「あんなあ」
長いキスの後、まだ半裸状態の京大の肌に舌を滑らそうとしたところを当の本人に押し留められ、大阪府大はややむくれ顔で口を開いた。
「縄跳びん時オマエが来てくれてホンマに嬉しかったし、罰ゲームん時は席離れとったから直で言えんかっただけでちゃんと大丈夫か?って心配したし―とか、オマエそんなんイチイチ言われんとわからんのん?」
「いや、だって…」
「オマエに爆笑するのかて、オマエが好きだからこそやろ。俺だけが許された、言わばオマエのコイビトの特権やで?それくらい察しろやー!」
「う……」
さっきまでの甘い雰囲気もどこへやら、大阪府大の京大に対する『これは果たして喜んでいいものか』的微妙な説教は延々と続くのであった。
「オマエIQは高いけど、そういうとこはホンマにアホやんなあ」
「結局どっちに転んでも、俺はアホ扱いかい!」


□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!



最後規制にひっかかってしまい申し訳ありませんでした。

この後大阪府大サマに「『すがの耳に念仏』って、母音が合うとるだけで全っ然おもんないから、今後二度口にすんなよ?」と念押しされ、神妙に頷く京大さんw


101:厄日(1/8)
10/02/19 03:49:20 t/xBTVRN0
エヌエチケーにて放送中の人形劇三十四より アヌス×谷やんです。
本スレの素晴らしい流れに感化されて書いてみました。


|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「これじゃあ、何をしに行ったんだか…」
今朝あった様々な出来事、そして頭を悩ませる枢機卿からの誘いについて考えるうちに、
いつのまにか下宿までついてしまった。気は乗らないが、今日は朝から行き先も伝えずに
出てきてしまったので、そろそろ戻らなければ不審に思われるに違いない。努めて平静を
装い下宿の扉を開くと、予想に反して室内は静まり返っていた。
2階の自分たちの部屋に上がっても静寂はそのままで、どうやらこの下宿の全員が全員今
は留守にしているらしい。正直ほっとした気持ちになって、自分のベッドに倒れこむと
深いため息が漏れた。無意識のうちに枕の下に隠している枢機卿からの贈り物に手が伸び、
その怪しい輝きに目を奪われてしまう。こんなものが欲しいわけではない、と常々思って
はいるのだが、そのまま傍に置いておけばただ危険なだけの宝石を手放すことができない
のはどうしてだろう。思わず「まいったなぁ」と独り言が漏れた。

102:厄日(2/8)
10/02/19 03:51:04 t/xBTVRN0
「確かにたいぶ参っているようだな。ダル」
あると思っていなかった返答に、ダルタニアンは慌てて起き上がる。声の主はゆっくりと
階段を上がってくるところで、とっさに毛布の下に宝石を隠した。
「アトスさん、おかえりなさい。 
 皆さん留守のようですけど、どこかにおでかけなんですか?」
「…まぁ、戦争も近いし色々ヤボ用があるんだろう。
 そんなことより、お前今日は朝からどこに行っていた?」
内心ぎくり、としたのを悟られないよう、できるだけ何でもない風を装って
「ジョギングと散歩に」と答えた。
「ふうん。
 …お前の散歩コースは、だいぶ遠いところまで延びているようだな」
そう言うが否や、何かを顔をめがけて投げつけられて一瞬視界が遮られる。あまりの唐突
さに抗議しようと思った声は、投げつけられたものが何かを確認してそのまま水蒸気の
ように消えてしまった。
“それ”は、昨日貰ったばかりの、見た目は多少粗末かもしれないが、想いのこもった
銃士隊の隊服、だった。そう、今朝枢機卿のところに置き忘れてきて、「後で届けさせる」
と約束してもらった隊服。
『何もアトスさんに持たせなくても…!』
さぁっと、血の気が引くのがわかり、思わず枢機卿を呪いたくなる。

103:厄日(3/8)
10/02/19 03:52:10 t/xBTVRN0
「ダルタニアン、枢機卿に何の用があった。 何を話したんだ」
「……言えません」
その回答でアトスが納得するわけがないことはわかっていても、それ以外に答えようがない。
「言えない、か。 おい、ダル。悪いことは言わん。
 …痛い思いをしないうちに、全て打ち明けたほうが身のためだぞ」
やんわりと、だが明確に脅迫をするアトスに、この脅され方をされたのは二回目だ、と
かすかな記憶が蘇る。あの時はトレヴィル隊長の助け舟が入ったが、今回は救いの手を
差し延べてくれそうな人間に心当たりがない。自力で窮状を脱する以外にないのだが、
唐突すぎる展開に頭のほうがついていかない。
「…言えないものは、言えません」
「やけに強情だな。なんでそこまで枢機卿に義理立てする必要があるんだ」
じりじりと間合いをつめられ、気がつけば後ろはベッドと壁、前はアトスに挟まれた格好
で、このままでは逃げるに逃げられなくなってしまう。確かこういう場合
『逃げ場は前にしかない!』
と教わった気がするのだが、前に立ちふさがるのがそれを教えた張本人なのだから、そう
簡単に見逃してくれるとは、やはり思えなかった。

104:厄日(4/8)
10/02/19 03:53:04 t/xBTVRN0
「それとも、とても口にできないような事でもしてきたか」
勘違いも大概にして欲しいところだが、「じゃあ、何をしていたのか」と切り返されたら
どう答えば良いか、上手い口上も思い浮かばなくて。その言い訳を考える間の沈黙が変
な方向に作用したらしい。

「お前が誰のものか わからせてやる!」
不意を突かれてベッドに押し倒され、強かに頭を打ちつけてしまった。マットが安物なの
で、さしてクッションの役割をしてくれるでもなく、後頭部からじわじわと鈍痛が波の
ように押し寄せる。思わず
「痛った! 何すんです」
か、そう叫びかけた抗議の声は、そのまま荒々しくされた口付けによってかき消されて
しまった。あごを掴まれ無理やり上向かされると、口の中を蹂躙するような乱暴なキス
に上手く呼吸もできなくて、息苦しさから逃げようと力一杯抵抗をしてみてもアトスは
びくともしない。酸欠の苦しさに涙がにじんだ。
ようやく唇が解けると急激に空気が肺に流れ込み、げほげほと情けなくも咳き込んでしまう。


105:厄日(5/8)
10/02/19 03:54:06 t/xBTVRN0
その苦しさに恨みがましくアトスを睨み付けるが、そのアトスの視線は何故かこちらには
向いていなくて。その視線の先を確認して、体中の血が凍りつくかと思った。
そこには、燦然と輝く“罪”の証があった。

「これは、どうしたんだ」
言えない。この状況で言えるわけがない。
「言い訳は必要ないぞ。俺は、これに見覚えがあるからな」
「あの、違うんです」
何が何と違うと言いたいのだろう。自分でも良くわからない。
「言い訳はいいって言っただろ!」
その激しい剣幕に圧倒されてしまい、覆いかぶさるように再びベッドに押し倒されて、
シャツを繋ぎ止める皮ひもを力任せに引き抜かれても、その下のベルトに手が掛けられても、
抵抗らしい抵抗もできなかった。アトスと体を重ねるのは、なにもこれが初めてではない。
それなのに、こんなにもアトスが怖いと思ったことはかつてなかった。
こんなやり方は『嫌だ』と大声で喚きたかったが、決定的な証拠を見咎められた後ろめた
さと、何か言えば、更なる怒りを買うだけなのではないかという恐怖が口をつぐませる。


106:厄日(6/8)
10/02/19 03:59:02 t/xBTVRN0
「お前が、こんな“やり手”だとは知らなかったよ」
こちらの意志などお構いなしに続けられる行為と、嘲るような口調になけなしの自尊心も
手ひどく傷つけられて、もう誤解だろうが何だろうが、なるようになればいいと思えてきた。
本来なら、誤解は解くように努めるべきだったし、枢機卿のところへ出向いた理由や転がり
出てきた宝石のことだって沈黙で返したりせずに、それなりに取り繕えば良かったのだろ
うが、『本当に知られたくないことは何なのか』すらもうわからなくて、何もかもが面倒だった。
その誠実でない態度が招いた“罰”は天罰覿面とばかりに自分に返ってきて。
…愛情の欠片もない行為が、こんなにも辛いとは知らなかった。

胸の突起を弄ぶ手つきも、わき腹や内股をなぞる愛撫も、全てが邪険にされている気がして、
いつもなら夢見心地で全身を蕩けさせてくれるそれが、今日はただ怖いとしか思えない。
それなのに身体だけは刺激に敏感で、意志に反して浅ましく快楽を貪り『もっとして欲しい』
と主張をする。
性急に攻められて吐き出した精を潤滑油代わりに、指で後ろを慣らすのもいつにはない
乱暴さで、気のせいではなくわざとそうされているのだとわかって、鼻の奥がつんと熱く
なった。こんなことで泣いたりなんかしたくないのに、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


107:厄日(7/8)
10/02/19 04:02:15 t/xBTVRN0
「泣くまで我慢する前に、正直に全部白状しちまえば良かったのに」
「だって…」
「洗いざらいしゃべる気になったか」
「…ごめんなさい。今は、まだ。 考えがまとまらなくて」
「ふん。 強情だな」
その言葉は少し呆れたような口調ではあったが、さっきまでの怒気はほとんど感じられ
なかった。
「まあいい。今は、ってことは“そのうち”話してくれるってことだろ」
そのうち、か。確かに遅かれ早かれいつかは結論を出さなくてはいけないのだ。そのとき
は、好む好まざると関係なく全てが白日の下に晒されることになる。
出した結論によっては、この関係もそれまでのままとはいかない。でも、その瞬間が訪れる
まではできるだけ甘い夢を見ていたいと思うのは、…きっとただの我侭なんだろう。
ぐるぐるとした思考を停止させたのは、両足をいきなり抱え上げられた事に対する驚きで、何事かと視線を向けるとアトスと目が合った。
「考え事は終わったか」
「…え?」



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