09/01/17 08:10:14 rezXv0uyP
子供の頃、彼が漁をする船に一緒に乗せてもらった。
彼の打った投網の広がる様に、一瞬で魅せられた。
絶妙の手さばき、大輪の花のように開く網。
以来しばしば船に乗せてもらっては、
彼が網を打つ姿を飽きもせずに眺めていた。
ある日、それまで何度ねだってもまだ駄目だと
言われ続けた網を、ついに貸してもらえた。
でも、へっぴり腰でようやっと打った俺の網は
広がるどころか、無様な姿で水に落ちただけだった。
落ち込む俺に、彼は「すぐ慣れる」と言って
日焼けした大きな手で俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。
彼が足を怪我して、漁師を辞めると決めた時。
俺が跡を継ぐと言ったら、心底喜んでくれた。
口下手な彼の、あの嬉しそうな顔が忘れられない。
あれから十年。
初めて船に乗せてもらった時の彼の年を越えたが、
いまだに彼を超えるどころか、追いついた気すらしない。
記憶の中にある大輪の花を夢見て、今日も網を打つ。
獲れた魚を選り分ける。あまり大漁ではないが、
店に出す分くらいはまかなえるだろう。
店とは、俺が居候している小料理屋。
新鮮な魚が食べられると地元民に人気の店で、
足の悪い元漁師の店主兼板前は、愛想はないが
魚をさばかせたら天下一品と評判だ。
というわけで投網は関係あるのです。
でも大根餅は関係ないでしょう。