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京都大学医化学教室創立100周年記念式典-1999年9月の記事
医学生時代の医化学教室
笹井芳樹
私は医学生時代に4年間(1982~86)医化学第一講座の研究室で研究・実験のまさに「いろは」からいただきました。
その間直接ご指導いただいた当時の高井助教授や早石先生をはじめとする医化学第一講座の
諸先生方,諸先輩方には,本当にお世話になり感謝の念を言い尽くせぬものがあります。
あのころの思い出は今もこころに驚くほど鮮明に残っております。
私たちの学年は早石先生のご定年前最後のご講義をいただいたクラスでもあり,
最終講義では在校生を代表してお礼を申し上げたのがつい昨日のように思い出されます。
(自分が講義をするようになって如何に早石先生や沼先生のご講義が素晴らしかったかを
いやと言うほど感じております。ビデオで撮ってあったら勉強させていただきたいぐらいです。)
当時の医化学教室では第一講座,第二講座間の交流が密であり,
生化学から分子生物学まで第一線の「本物」を肌で触れることができました。
学生の私にとってその空気の中で学ばせていただいたことが何よりの財産となり,
その後の研究者としての進路決定やテーマの選択を含めて多くの影響を受けました。
また個性豊かな先生方に囲まれ,「基礎医学の研究は自分の個性をそれぞれ生かして
やってゆくことができるんだ」という安心感と刺激を受けたようにも思います。
当時生化学も分子生物学もすでに「方法論」となっており,早石先生も沼先生もやり方は違っても
お二人とも生物現象の根本的理解をめざして研究を進めておられ,新しい時代の息吹を感じました。
そのことは早石先生の御後任で赴任された本庶先生のご研究からも強く思わされ,
そのこともあり「一度医療を通して人間・生命の本質を感じる中で研究を選びたい」と思うようになりました。
そして2年間第一線の救急病院(神戸中央市民病院)で内科研修を受けました。
その間に神経研究の必要性と興味を覚え,大学院は迷わず中西重忠先生の門を叩きました。
その後 UCLA 留学から中西研助教授時代に初期発生の研究を進め
現在は発生を通しての神経系の多様性の問題に取り組んでおります。
将来的には動物行動が遺伝子どのように刻まれるかを知りたいと思っております。(続)