14/07/31 16:36:13.99
少年の日の思い出 ヘルマン・ヘッセ
あのエーミールがクジャクヤママユをさなぎからかえしたといううわさが広まった。
名前を知っていながら自分の箱にまだない蝶の中で、クジャクヤママユほど
僕が熱烈に欲しがっていたものはなかった。
エーミールのうちにたどりついて、部屋の戸をノックしたが返事が無かった。
エーミールはいなかったのだ。ドアのハンドルを回してみると、入り口は
開いていることが分かった。
クジャクヤママユは展翅板に留められていた。僕はその上にかがんで、
毛の生えた赤茶色の触角や、優雅で果てしなく微妙な色をした羽のふちや
下羽の内側のふちにある細い羊毛のような毛などを、残らず間近から眺めた。
僕は有名な斑点を隠している紙切れを取り除けたいという誘惑に
負けて、留め針を抜いた。すると四つの大きな不思議な斑点が、
挿絵のよりはずっと美しく、ずっとすばらしく、僕を見つめた。
それを見ると、この宝を手に入れたいという、逆らいがたい欲望を感じて
僕は生まれて初めて盗みを犯した。