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今日は、前回の「集合知」に関する理論の続き(後半)になるよ。
「市民層について 理論」 第三回
「集合知」(後編)
人間が問題を解決する思考様式として、「演繹的思考様式」とでも呼ぶべきものがある。
これは、問題の解答を一義的な一個の解答にできるような問題だけを扱おうとする思考態度、もしくはどんな問題でも恣意的にそのように扱おうとする思考態度のことだ。
例えばここに1個10円の飴玉があり、売り手の利益が3円だとする。商売を続けるためには毎日15円の利益が必要だとする。そうすると売り手はこの飴玉を毎日5個以上売ればよいという答えがでる。
この「毎日5個以上」という答えの正しさは数学的に疑問の余地がなく確実に正しい自明な真理であり、一義的一個の解答になる。
また教科書・論理書・手引書・権威付けされた論文等に記載された方法をそのまま採用して解答を出す事も、一般人集団の中では「自明真理」として見なされるので、一義的一個の解答になる。
また「今の流行がイタリアであり、イタリア的なものが成功しているからイタリアンレストランを開業する」とか、「皆がやるから自分もやる」「皆が気にしていないのは、気にする価値がない証拠」
「この方法は以前に一度、失敗したから見込みがない」というように何らかの既成事実・経験だけを根拠として反射的に結論付けるのも一義的一個の解答になる。
このような思考様式をオレは「演繹的思考様式」と呼ぶのである。演繹的思考様式とは既成事実・経験や自明真理(カント哲学で言う「アプリオリ」)だけを拠り所とした、
「思考」というよりは既に思考者の頭の中で公式化されたテンプレートによる「定型的処理」であり、たとえその処理過程がどんなに複雑であっても、
考えぬき、悩みぬき、知恵をふりしぼるといった深みがない極めて事務的な思考様式である。
例えばアナリストなどと呼ばれる人々は高度な数学を駆使して、数値で表せる変動要因を調査し尽くす。そしてこれをもってして検討すべき事は全て検討し尽くしたとする。
すなわち、「自明真理化された方法論」だけに関心が限定される。
つづく