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日本人をやめる方法 杉本良夫
著者は、『「日本人をやめる」とは、日本国籍を放棄するということを直接意味しているのではない。
むしろ、日本社会を息苦しくさせている構造、日本文化のなかで自由や自発性を奪いがちな仕組み、
日本人の習慣のなかの望ましくない要素などをゴメンだとする行為全般を指している。』と言う。
そして、その行為の方法として、『闘争』と『逃走』のふたつがあると言う。
著者は、『日本国内に住んで、日常生活のレベルで抵抗するという「闘争」の道が、本筋である。』としながらも、
『私は日本から「逃走」するという亜流の道の方を選』び、この本も、『亜流の「逃走」型の方に焦点をすえて書いてみた』と言う。
著者が『逃走』したのは、36年も前の話だ。当時から、『闘争』の道を選んだ人も、少なからずいたはずだ。
しかしながら、著者が書く、『日本社会の嫌な面』は、全くと言っていいほど、改善されていない。
それは何故か。私が思うには、『日本社会の嫌な面』と言っても、『嫌だ』と感じているのはごく少数であり、
大多数の『日本人』は、それを『心地よく』感じ、むしろ『良い面』と感じているからだ。
少数派が、『やめよう』と言って『闘争』しても、多数派に、勝てる筈がない。多数派にとって、
やめる理由などどこにもないし、それが『日本の文化』であり、むしろ、続けていくべきものなのだから。
もし、『日本社会の嫌な面』がなくなってしまったら、もはやこの国、この社会は、『日本』とは呼べないのかも知れない。
『闘争』は無駄であり、『逃走』するしかない。私はそう考える。
私は、日本は、少しずつ、非常に緩やかに、沈没しつつある船だ、と思う。助かるには、穴を修理し、舵を取り直す、
『闘争』の道を選ぶか、見切りをつけて、『逃走』の道を選ぶか、そのどちらかだ。
穴に気付き、救命ボートを確保できた人は、どんどん逃げ出している。私も早く、その1人になりたい。