14/01/24 18:19:21.83 K5ZQA4zl
>>540法珠氏
横やりです。
昔、統一教会の幹部で、幹部になってからマイコンの解けた人物が
宗教板でスレッドを立ち上げたことがあるんですよ。
この人の書き込みは壮絶でしたね。
性的な部分も赤裸々に書き込みしてましたから、私は読んでるだけで気分が悪くなりました。
(朝鮮人だから、やることがエゲツナイ)
勿論、私とも絡んで色々情報を得ましたけど。
私は最初、この人物がネタで書き込みしてるんじゃないかと思いまして、
ある程度探りを入れましたけど、ネタじゃないですね。
20歳前後で統一に入信した食口(シックと言うらしい)は殆ど中年以前で脱退しているそうです。
結局、マイコンは年齢と共に解けてくるものと思われます。
しかし、この解けた時点で相当後悔するらしいですよ。
勿論、中年になってもマイコンが解けない人もいます。
545:神も仏も名無しさん
14/01/24 18:25:58.43 WLGew+cN
目の見えない生物は自分が目が見えないとは思わず、キチガイは自分をキチガイと思わず、
酔っ払いは俺は酔っていないと言うw これら全部同じで宝珠もここの人。
546:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/24 18:53:53.81 HmszLX6C
>>437
原典重視は分かりますけれど、
現代語訳書ならば読めても、普通一般の人々にパーリやサンスクリット語を直に読むよう勧めるのは
(辞書を開きながらであっても)、到底、無理があるでしょう。
個人において、それができる人だけが自らそうするのでしょう。
また、法要や御法楽や勤行においては、伝統的な響きに慣れ親しみがあることもあってか、
読誦は漢訳経典そのままの方が味があってイイと思う。
>>445
それは、
「四悉檀」と史実のゴータマ・ブッダとの直接的な関係性がまだ私にはよく分からないから。
確かに対機説法に繋がっていく説明にはなるかもしれませんが・・・。
私は、説法の相手によって説き方を自在に変えてきたとする
在家さんの解説にはキラリと光るものがあると思う。
今はただ議論の成り行きを見守っています。
547:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/24 18:54:50.23 HmszLX6C
>>447
>密教も呪術の一種だとしか思ってない
私は大乗そのものを仏教とは見ていないので
(後世の弟子によって創められたものには違いないけれど)、
密教修法は呪法呪術だということになる。
歴史的には呪殺を執り行う密教僧侶すらもいるというのが事実であって、
密教の修法だから、それは“仏様の教えで尊い”ものに間違いないのではなく、
それは単に目的と行者の使い方次第に過ぎない。
ナイフはその使い方次第で殺人の道具にもなるし、また素晴らしい料理の道具にもなる。
そもそも密教だからといって、そのすべてを“(ホトケ様からの有難い)感得”である、
などという見解をこの私は持たないから。
もちろん、密教の教義も修法の内容も、
その本来の発生においては邪な意図で構築されたわけではないことは理解しています。
548:○○○
14/01/24 21:41:20.67 D2KwX0Ph
>>452
>八万六千の法門と中論とのネットワークを開く鍵が「大智度論」だと、私には観じられます。
昔々、2500年ほど前にインドに一人の名医がおりました。
心の病(悩み、苦しみ、不平不満、怒り)をかかえる人達の症状を見ながら処方箋を出しました。
Aさんには処方箋Aを、Bさんには処方箋Bを出しました。
さて2500年経た21世紀に「如是A聞経」と「如是B聞経」とがあり、それぞれaさんとbさんが護持しており、
お互いに「私のこそ第一義だ」、「いやうちのが仏説だ」と言争っております。アホな話です。
1800年ほど前にも名医がいて病院の門に注意書きを貼っておいたのですが、誰も読まずに今日に至りましたとさ。
更に三法印の「一切行苦」と「諸行無常」ですら、第一義ではなく対処治療(処方箋)だという解説もございます。
多分、対告衆が中観の方々であれば名医は「一切行苦」と「諸行無常」の処方箋は出されなかったのではと考えます。
尚、異教の私が対告衆であれば、「十難無記+四聖諦」の処方箋が出されたことでしょう。ここで頷く人も多いかと存じます。
549:神も仏も名無しさん
14/01/24 22:22:54.02 kQNa2K3k
>>547>>548(オカルト宝珠、アホ在家)
>三法印の「一切行苦」と「諸行無常」ですら、第一義ではなく対処治療(処方箋)だという解説
還滅現実の様相(生已盡滅:第一義空経)として当然。
お前たちのご都合主義盲目根性が、お前たち自身を迷妄の彷徨わせているに過ぎない。
>>547
>私は大乗そのものを仏教とは見ていないので
邪見オカルトがどー見ようと、どーでもいい。
勝手に迷妄に沈んでいるがいい。放っておくだけだ。
しょせん、外道オカルトは一切外迷妄で迷うのみだ。
>「如是A聞経」と「如是B聞経」
いずれも伝聞証拠であって、証拠能力がないのだから、
反対尋問の代わりに、一切現生法基準(相応部35-23・70)によって、
菩提心凡夫の如理作意による経験主義的検証をやれ!というだけ。
おまえたちオカルトは全部アウトだから、立ち去れ!
550:神も仏も名無しさん
14/01/24 23:18:53.20 EYOu/A5s
仏心
仏心は法界に充満し、普ねく一切群生の前に現ず、縁に隋い感に赴いて周ねからずということなし
、しかもこの菩提座に処したまう、仏の功徳界は賛揚し尽くし難し。これは仏開眼式の回向です
。仏=心、心も見えず仏も見えないんです。物扱いしたり思想のよしあしではないです。
摂心に大学院生の女の子が来た、ヘルスだとかセラピイだとかいって精神医療に仏教を使うと効果があるという。
坐るにはみみずののたくったような、寒いといって山のように被る、すぐにノートを取ってパソコンを抱えて論文を書く、
大姉寮の顰蹙を買った、作務には外れてたいていなんにもしない、云うことだけはしゃしゃり出る。
我侭というより自閉症ですか、仏教というもとそんなものないんです。
ないものを使うことはできない、人を救うにはおのれ仏になる他はなく、
まずもって自分を救うとは、自分という自我のまったく失せる時を待つ、
自分失せればあまねく一切群生です、
たとい何をしたってしなくったって、為人の所、縁にしたがい感に赴いて周ねからずということなし、触れるものみな救うんです。
それをヤフー掲示板みたいに、仏教云々おれは悟ったんだからという、
たといあばずれ女も引き裂いて理非を糾すという、こりゃただのがりがり亡者です、
仏を云いながら仏に遠くて遠いです、恥じ入る心をもって仏入門です、
いったい何を重い何をなすったって、ただの心理学の対象じゃみっともないですよ。
551:神も仏も名無しさん
14/01/24 23:33:42.25 REqUT+Xx
>>550
まず作文の練習からしような・・。
552:神も仏も名無しさん
14/01/25 06:51:14.41 uNzB1gX+
>>550
>それをヤフー掲示板みたいに、仏教云々おれは悟ったんだからという
俺様は悟ったと言いながら他者をバカにするような傲慢で自己愛に満ちた人間が
悟ってるわけないんだけどね(笑)
誰とは言わんが。
553:神も仏も名無しさん
14/01/25 06:58:22.43 qRYedivP
>>552
そうですね、あなたはやってませんか、それ
554:神も仏も名無しさん
14/01/25 07:05:00.95 uNzB1gX+
>>553
自分自身、まだまだ悟りからは程遠い人間と思っておりますので。
555:神も仏も名無しさん
14/01/25 07:07:55.59 qRYedivP
では小さな一歩からどうぞ
556:神も仏も名無しさん
14/01/25 07:20:58.89 04MvxWSl
>>550
> 仏心
説法というよりは愚痴に近いなw
本人に言えよ。
言えなくて姉ちゃんには甘い対応したから指導に愚痴おりまぜてうっぷん晴らさねばならなくなる。
自分のげすな根性滅しきれないから対応誤るんだよ。
557:神も仏も名無しさん
14/01/25 07:26:36.48 qRYedivP
全ての禅寺ではったり、空威張り、人格矯正の訓練をやっているわけではないので
558:○○○
14/01/25 07:31:36.76 dptrzdJI
>>557
>全ての禅寺ではったり、空威張り、人格矯正の訓練をやっているわけではないので
一部の禅師という意味でしょうか。。なるほど。
559:神も仏も名無しさん
14/01/25 07:31:46.83 04MvxWSl
>>557
> 全ての禅寺ではったり、空威張り、人格矯正の訓練をやっているわけではないので
愚痴が説法に入り交じり見事に解消される。
直接、厳しく対応できないエロ根性も見性で消えないのなw
それとも見性したが残したのかな。
560:神も仏も名無しさん
14/01/25 07:34:29.12 qRYedivP
>>559
曹洞宗の在家指導の方針です。
弟子には厳しいでしょうがね
561:○○○
14/01/25 07:41:19.75 dptrzdJI
>>550
>人を救うにはおのれ仏になる他はなく、
>まずもって自分を救うとは、自分という自我のまったく失せる時を待つ、
>自分失せればあまねく一切群生です、
人を救おうと無我夢中に親切を尽くしているボランティアが無為にして自ら救われているというルートを見受けられます。
お年寄りに親切に接している看護師さん達も、悩める人に親身になっているカウンセラーもまた応身の菩薩に近いかも。。
毎日有難うの気持ちで接客している店員さんも。。。
自己愛では救われず、利他愛で救われる、仏教以外でもよく説かれている法かと存じます。
562:○○○
14/01/25 07:45:16.94 dptrzdJI
うつ病の青年がボランティアしてたら、自分を見れる鏡が心にできて回復したという事例はないですか?>セラピスト氏
563:神も仏も名無しさん
14/01/25 07:55:59.60 qRYedivP
自分がない、自分を見ないから遍く自分なんです、禅ではそういうことになってます
564:セラピスト
14/01/25 08:09:46.76 lV3vsmPE
>>562
おお!!よくぞ申された。
このような事例は枚挙にいとまはありません。
実は私が掲示板に書き込みしている理由というのは、自分を学ぶ為です。
掲示板を鏡として、今まで多くを学びそうろう。
多くの諸住人は、私においては師でもあるのです。
私が上座の人間などと・・・はらはら笑わせることであります。
人間皆平等。上も下もないのです。
掲示板で自我を保とうとすると、それは結局は自我の肥満に繋がります。
これでは仏教本義の真逆なのであります。
かえって精神疾患を悪化させるだけです。
皆様も心の持ち方ひとつです。
掲示板をどう使うか?使い方においては雲泥の差があります。
そのことを気づくのが・・・仏教であります。
565:セラピスト
14/01/25 08:15:28.67 lV3vsmPE
>>563
おお!!よくぞ申された。その通りであります。
自分がない。→これ即ち色即是空であります。
しかしこれでは世間では生きていけません。
ですから私は、空即是色で世間で生きていく事を書いております。
般若ですね(^^)/
566:神も仏も名無しさん
14/01/25 08:15:52.91 qRYedivP
ネットというのは無法地帯です、いわゆる何を発言してもよい、
だからこそ自分の深層心理の部分が出る、妙な瞑想よりも自分を知るのに丁度良いです
何も罰せられなければ何をしても良い、そういったところには仏道は育たないと思います。
ストレス発散する人もいますが、画面の向こうには生きた生身の痛みを知る人がいることをお忘れなく
ヴァーチャルなゲーム、芝居などにすることはないですね
567:セラピスト
14/01/25 08:30:38.46 lV3vsmPE
>>566
>だからこそ自分の深層心理の部分が出る、
そうですね。
書いた人間の背面が赤裸々に出ますね。
つうか、私も見られている訳ですが・・・・(笑
568:神も仏も名無しさん
14/01/25 08:34:24.27 qRYedivP
>>567
いえいえ、結構なことです、自分を正確に知る、大変貴重なことですね
裏を見せ 表を見せて 散る紅葉
569:神も仏も名無しさん
14/01/25 08:56:42.70 NnnZK5Z8
566いいこというね。
556 :神も仏も名無しさん:2014/01/25(土) 07:20:58.89 ID:04MvxWSl
の意見丸出しの現象リアル体験中だなwワイw
552 :神も仏も名無しさん:2014/01/25(土) 06:51:14.41 ID:uNzB1gX+
ま、このスレにはよく現れる、ぼったん、机など・・・あと・・・
570:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:00:24.66 mVfqrrQn
.
裏もなし 表もなしに 散る紅葉
571:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:03:31.89 mVfqrrQn
仏道を キレイごとと祀る 未達漢
572:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:17:11.27 mVfqrrQn
>>563
>自分がない、自分を見ないから遍く自分なんです、禅ではそういうことになってます
自分がない、自分を見ないから遍く自分ではないんです、禅ではそういうことになってます
573:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:22:15.24 NnnZK5Z8
572なんちゅうややこしい世界への・・・・
俺、どうでもいいw
574:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:22:18.64 qRYedivP
>>572
重箱の隅をつつきますね、
自分である、自分でないなど顧みないんです
ただ「これ」
575:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:23:04.90 qRYedivP
杜撰の臭皮袋いはく、祖師の言句なおこころにおくべからず。
いわんや経教はながくみるべからず、もちゐるべからず。
ただ身心をして枯木死灰のごとくなるべし、破木杓脱底桶のごとくなるべし。
かくのごとくのともがら、いたずらに外道天魔の流類となれり。
これによりて仏祖の法むなしく狂顛の法となれり。
576:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:28:27.00 NnnZK5Z8
でもまあ、572も、タダの穴倉ガキの危険性ありかもなw
577:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:31:28.08 mVfqrrQn
>>574
>重箱の隅をつつきますね、
不二一元と不一不二が重箱の隅とは・・・
578:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:48:01.48 mVfqrrQn
これでは、シャンカラが泣き、龍樹も泣く。
579:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:49:38.25 NnnZK5Z8
577で、完璧アウト!!!
ヒンズークンかw昨日のw
580:神も仏も名無しさん
14/01/25 09:59:37.92 mVfqrrQn
>>579
いくら匿名とはいえ、恥さらしは世俗の毒でっせ
581:神も仏も名無しさん
14/01/25 10:02:36.66 NnnZK5Z8
ヒンズー系の哀れさは、自己が聖者、他者を俗物と分ける、じつに哀れでございます。
582:神も仏も名無しさん
14/01/25 10:06:52.21 mVfqrrQn
>>581
いくら匿名とはいえ、毎度毎度の恥さらしは世俗の毒でっせ
厳寒の折、脳溢血に注意されて、御自愛くださりませ
583:神も仏も名無しさん
14/01/25 10:15:24.14 78plSd2c
>>579
即心即仏非心非仏、いずれに過ありや。
重箱の隅かと思えば須弥の頂
584:神も仏も名無しさん
14/01/25 10:18:49.47 NnnZK5Z8
仏教スレでヒンズー主張、頓珍漢に何を伝えたいのやら?
ヒンズーの世俗の毒など、クソ食らえw
585:神も仏も名無しさん
14/01/25 10:24:38.54 qRYedivP
>>585
話堕
586:神も仏も名無しさん
14/01/25 10:25:55.04 qRYedivP
>>583
話堕
587:神も仏も名無しさん
14/01/25 10:49:56.78 mVfqrrQn
>>583
>即心即仏非心非仏、いずれに過ありや
裏もなし 表もなしに 散る紅葉
588:神も仏も名無しさん
14/01/25 10:55:22.61 NnnZK5Z8
587外道、外道の穴倉へ帰れw
589:神も仏も名無しさん
14/01/25 11:02:46.75 mVfqrrQn
>>588
あんた、まったくわかってないアホなんだから、すっこんどき。
590:神も仏も名無しさん
14/01/25 11:04:19.19 NnnZK5Z8
589外道教義の気持ちはわからんなあw
外道クン、すれ違いよw教祖様の人格障害だから堂々と書き込めるのねw
591:神も仏も名無しさん
14/01/25 11:05:20.81 mVfqrrQn
以降、無視
592:神も仏も名無しさん
14/01/25 11:09:50.28 NnnZK5Z8
皆様、非仏教系人格障害教祖様には餌やりは避けましょう
593:神智学はインチキだった
14/01/25 13:46:51.50 uKDinYLw
>>540 マハトマの手紙
1880~1884年の間、モリヤ大師とクート・ミーフによって書かれた
という手紙が、本部神殿の戸棚に散発的に、合計120通出現した。
しかし、これはブラバッキーのインチキだったことが、
本部職員のエマ・クローンによって暴露された。
これが大騒ぎになり、ブラバッキーはインドからロンドンに逃げ出した。
この騒ぎに興味を持ったロンドンの心霊研究協会が調査したところ、
マハトマの手紙として知られるこの手紙は、ブラバッキーが書き、
神殿背後の、彼女の寝室の穴から差し入れたものであることが判明した。
神智学は最初の最初からインチキだったのですね (^^)
594:神も仏も名無しさん
14/01/25 13:47:51.39 NnnZK5Z8
えんま、餌やりかいw
全く、荒らしじゃんw
595:神も仏も名無しさん
14/01/25 13:49:14.00 78plSd2c
その594でも1レス無駄になってますよ?
596:神も仏も名無しさん
14/01/25 13:54:17.08 NnnZK5Z8
けw
教祖様祭り、ありがたや派か、君はw
597:神も仏も名無しさん
14/01/25 14:12:12.91 78plSd2c
参道に並んだ屋台の列を歩きながら、
綿菓子なんか売ってんじゃねーよ
と文句をつけるくらい野暮な行為ということです。
598:神も仏も名無しさん
14/01/25 14:16:58.03 NnnZK5Z8
何寝言いってんだw
議論スレで文句つけるなか?w
あほか?
599:神も仏も名無しさん
14/01/25 14:20:23.71 78plSd2c
別に荒らしでも何でもないでしょ?ということです。
寧ろ、お互い様でしょ?ということです。
貴方に、お互い様という自覚がなかったようなので一言申し添えたまで。
600:神も仏も名無しさん
14/01/25 14:22:40.49 NnnZK5Z8
けw
チンけな御意見番ゴッコかwお前も無駄な内だw
ま、所詮、教祖様祭りマンせーかw
601:神も仏も名無しさん
14/01/25 15:12:36.11 87v65SYG
因果骨の調子はどうですか?
602:神も仏も名無しさん
14/01/25 15:20:32.65 7azYpz3x
日蓮は一念三千を自分の心の持ちようで世界が変わるという意味にとっているんだろう?
これは、一切皆苦とか四苦八苦とはまるっきり反対だよね。この意味は思うようにならないという意味だから。
日蓮の一念三千は、思うようになるというのだから。
これでは仏教は全く正反対なものになってしまっている。
で、今の創価は、そういう信者集団なのだが、その一念という心は
どういう心か?というと、様々なんだな。
あるものは情欲を一念し、あるものはお金持ちを一念するという按配だ。
603:神も仏も名無しさん
14/01/25 15:23:29.88 7azYpz3x
>>602続き
で、あるものが成仏を一念するのだろうか?その成仏ってどんなン?
さっぱり創価は説明できない。これじゃ、仏教どころか、当時のインドの外道ですら
、外道だ、というだろう。
日蓮創価は、だから、単に人を、題目を印として、または合言葉として、
集めることができただけなのだ。餌は望みがかなうということだ。
だから、若い人が多く参加した。彼らは幸せな結婚願望があったからね。
ところがそれが満たされないで老いてきてるものが多い。
604:神も仏も名無しさん
14/01/25 15:29:24.35 7azYpz3x
>>602続き
ところが創価は、仏法は道理だとか、信心だとか、仏教用語を濫用し自他をごまかしているのだ。
仏教の基本知識はずっぽりと抜け落ちている。いや、それを小乗だと言って誹謗することが
広宣流布と言っているのだ。
どう思うよ?こんな集団が日本を席巻しているのだ。哀れだと言わなければならないが、
それが多人数であることを考えると、口を閉じることになるな。
605:神も仏も名無しさん
14/01/25 15:32:37.45 NnnZK5Z8
>その一念という心は どういう心か?
題目の気合いエネルギーと御利益でしょう。
>ところが創価は、仏法は道理だとか、信心だとか、仏教用語を濫用し自他をごまかしているのだ。
池田の哲学用語を混ぜての講義でしょう。
愚かな凡夫で良い、題目の気合いで解決と言う処。
606:神も仏も名無しさん
14/01/25 15:39:22.92 NnnZK5Z8
>どう思うよ?こんな集団が日本を席巻しているのだ
今や宗教団体の体をなしていない、席捲も終わりでしょう。
自民と連立後はゼネコン利権奉仕の下位政治団体みたいなもんです。
貧乏人学会員がゼネコン等の既得権益で国家財政赤字で増税食らい、離れていく末路でしょう。
607:セラピスト
14/01/25 16:14:25.39 lV3vsmPE
>>603
>だから、若い人が多く参加した。彼らは幸せな結婚願望があったからね。
>ところがそれが満たされないで老いてきてるものが多い。
そうですか。これも広義においてはカルトの犠牲です。
無駄な時間を過ごした。と後々後悔する。
結論から言うと、自分が一番悪い。あまりにも人生を甘く見過ぎている。
女なら受け身だから、まあ良いとしても、男ならリアルで他人様以上に努力しないと願望は満たされない。
男ならモテる様に努力せねば、努力するのは恥でもなんでもない。
かくいう私は、女の口説きを何度も失敗をし、それでもめげずに努力しました。
女から幾多の恥をかかされ、それでもけしてひるまず、ようやく恥かくことも慣れてきたところで
天使は舞い落ちるのです。
「神仏を敬い、神仏に頼らず」。by宮本武蔵
608:神も仏も名無しさん
14/01/25 16:51:23.85 0INHTzWo
>>607
禅僧が寒いときに仏像を焼いて暖をとったとか、臨済が少林寺を尋ねた時、始祖も仏も拝まず
袖を振り払って帰ったとか、形式排除が見て取れる。
形式重視でアレコレやらなければ敬った事にならない~なんてのは斬って捨てる。
心の底で敬っていれば十分と言う事でしょう。
609:神も仏も名無しさん
14/01/25 17:15:01.00 NnnZK5Z8
にゃはwそんなの大好きだけど、抑え気味だなあw
バービーのワイへの妄想ネタだなあ、この世界はw
610:セラピスト
14/01/25 17:23:32.81 lV3vsmPE
>>608
私が若い頃に、映画「宮本武蔵」で、沢庵が武蔵に向かって「勇気とは怖さを知ることだ」。
という台詞があって、このことを切っ掛けに人生を学習することを知る。
当時の事ですから、情報はテレビ・映画とか著書の影響が多い。
実は、私は女が怖いのです(笑
ですから女に声掛かけすることすらできない。
対人恐怖症まではいかないですけど、それに近かったですから。
ただ赤面はなかったですから、それだけでも私は良かったのです。
勇気を絞って、私は女に声掛けたのです、いや~~怖かったですね(苦笑
勿論、オドオドした態度ですから一発で振られます。
しかし私は何度も何度もそれをやったのです。
この経験が、私の人格形成になっていったのです。
私は、皆様より・・・・実は怖がりなんですw
611:神智学はインチキだった
14/01/25 17:32:34.26 uKDinYLw
>>539
>思考がオカルト妄想だらけだから・・・
そうじゃない。働いていたら疲れ切って、読書などほとんどできない。
聖書を全巻読むのも苦痛、そのうえ仏教書などとんでもない。
宝珠君はさらに神智学やチャクラなどを研究している。
働いていたらそんなヒマは絶対にないはずw
キミは宗教研究で給料をもらっている人じゃないよね。
もしかして、そうなろうとしている人?
612:神も仏も名無しさん
14/01/25 17:38:26.49 NnnZK5Z8
また、閻魔、餌まきw
全く、ひでえ奴だ仏教議論よりも、教祖オナニー期待スレかw
613:神智学はインチキだった
14/01/25 17:42:29.17 uKDinYLw
>>キミはそういったことを何で知ったのか。本の知識にすぎないではないか。
>ん? それはお互い様なのでは?
エーテルとかアストラルとか・・・を語っているのは君だよw
わたしはそんなもの信じていないし、体験がなくて当たり前だろ。
何がお互い様だw
614:セラピスト
14/01/25 17:54:26.48 lV3vsmPE
>>610の続き
私は、女から振られるのですが、それは不思議な感覚に包まれるのであります。
それは達成感というか満足感のようなものです。
それで私は少しづつ気づいていくのであります。
それは沢庵和尚の台詞のことです。
やはりこういうことは、自分で経験して、そしてその本意を知るのです。
そして今まで自分にあった対人恐怖症の自覚が殆ど消失していました。
少年期の武蔵(たけぞう)は怖いもの知らずでしたが、
後に武蔵は、自分の殺気と死の恐怖を知ることになる。
615:神も仏も名無しさん
14/01/25 18:03:18.05 0INHTzWo
人間は若く健康で何不自由ない時は死について憂慮しない。
死について考えない。
身近な人間が深刻な病気になったり、死んだり、自らが深刻な病気になれば嫌でも
死について考えざるをえない。
仏陀のように若く健康で何不自由なく出家したのは、この老病死に惑う人間を見て
人の理想の生き方を求めてのものだと思いますが、このようなケースは稀でしょう。
616:神も仏も名無しさん
14/01/25 18:15:43.11 78plSd2c
>>609
今そこで、彼の名を出す意味は何でしょう?w
文脈も内容も単語も、まったく関係ない流れ・状況だと思われますが?
617:○
14/01/25 18:59:28.44 dptrzdJI
>>614
>私は、女から振られるのですが、それは不思議な感覚に包まれるのであります。
前世でよほどもてたのでしょう。
618:神も仏も名無しさん
14/01/25 19:45:50.12 0INHTzWo
前世などというものは分かりません。
不可知です。
分かった様に語る人間は全て偽者w
619:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/25 21:47:15.21 tysxdseZ
>>593
そう。一般的にはそういうことになっています(けれど正しくは、「~ということにされてしまった」もの)。それで今日では、
すっかり定説的にインチキ扱いとのレッテルが貼られてしまった。そして、あなたはその巷の噂を鵜呑みにしただけのこと。
しかし真実は、それらすべてがエマによるブラヴァツキーを陥れるための策略だったのであり、元々、ブラヴァツキーと神智
学協会を煙たがっていた英国心霊協会とキリスト教関係者らが喜ぶようなネタにされてしまったのです。すべてが根も葉もない
デタラメです(本物のマハトマ・レターズは大英博物館が所蔵)。
神智学徒というのは、世間からの弾圧と誹謗中傷に対しては沈黙の姿勢を採って、ただひたすら耐え忍ぶ傾向が強い。どこか
『○○の科学』といった団体のように、すぐ名誉棄損だのと訴訟を起こして騒いだり、ビラまきデモ行進などはしない。
以下の、私がまとめたこのページをしっかりと読むことです。
参考:
『1986年になって、SPR(ロンドンの心霊研究協会)は、HPBの欺瞞性を暴露したといわれた「ホジソン報告」(1884年)につ
いて亡き夫人に謝罪し、百年来の論争に終止符を打った』
URLリンク(houjugusya.web.fc2.com)
620:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/25 21:49:15.59 tysxdseZ
>>611
>キミは宗教研究で給料をもらっている人じゃないよね。
>もしかして、そうなろうとしている人?
いえいえ、私だって疲れ切ってますよ(笑)
以前、数年前にもそういうことをいう人がいましたが・・・。
けれど私は、ただの企業戦士と落ちた普通の一般労働者ですよ。通勤を含めた13時間以上の拘束があり、年齢的にも体力的
な限界がきています。日々、数種の飲み薬やら湿布剤にとり憑かれてますから(薬剤店からも「異常ですよ」との指摘ありw)。
若い頃は平気だったのですが、今はとにかく夜勤がキツイ年齢となりましたね。そして、その他に勤行したり、瞑想したり、書
物を開いたりです。また、こうして2chしたりですよ。書物は近眼の上に今では老眼も進行してきて、もうジックリとは読めな
くなった(頭痛で具合が悪くなってきますから)。なので今は、確認と調べもの程度にパラパラと開く程度です。
>働いていたらそんなヒマは絶対にないはずw
何故なら、プライベートでの余暇の可能な限りのすべてを霊性修行と学習とに充てていますから。
真面目な神智学徒ならば、全員が自主的にそれをごく当たり前にしています。
基本、僧侶だって本当はそうでしょ??
621:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/25 21:50:37.40 tysxdseZ
>>613
まだ自己確認できない事柄も信じて語っているのは仏教徒とて同じことでしょう、
という意味ですよ。まっ、閻魔のような人ならば、珍しくそうではないらしいようですが・・・。
エーテル体無しでは人は生存できないし、
あなたの情緒活動そのものがアストラル体のエネルギーの所産ですよ(笑)
ところで、あなたは閻魔ではなかったの?
これまで同一者かと思っていたのですが・・・。
622:神も仏も名無しさん
14/01/25 21:52:44.91 Fb5XQpb3
現在、歴史認識の議論が姦しいが、歴史、特に戦争や紛争の歴史は、宗教思想
からアプローチしない限り、理解は絶対に不可能。歴史学者は、宗教について
無知すぎる。
宗教板こそ、宗教思想から見た歴史認識を議論したらどうか。大昔のカビだらけ
の文献をいくら議論しても、現代人としてはクソのの役にも立たない。
歴史とは、あくまで、「現代人の視点からの、過去の事実の解釈」である。
西尾幹二は、先の戦争の原因は「キリスト教の裁きの思想」と喝破している。
さすがである。仏教は、歴史において如何なる関与をなしたか。
私は、仏教でもキリスト教でもない、人間のナマの生を只管生き、世界史上
無比ともいえる徳川260年以上の平和と文化を樹立した日本の江戸時代が、
今後の世界のモデルと成りうると思う。
「逝きし世の面影」(渡辺京三著、平凡社)や「江戸は世界最高の知的社会」
(徳川宗英著、講談社+α新書)などを参照されたし。
623:神も仏も名無しさん
14/01/25 22:53:00.40 0INHTzWo
宝珠さんw
仏陀の推奨は「雑務少なく~」です。
雑務にまみれていては、非効率的ですよ。
理想は雑務ゼロでしょうが、それこそ出家と言う事になります。
624:神も仏も名無しさん
14/01/25 23:03:18.81 78plSd2c
そう。
だから、その意味でブッダの教えがそのまま100点かというとそうではないのだよねw
(一代は顔しかめるだろうがw)
彼は、(柔軟で、周囲を見渡し、空気が読める人物ではあったとしても)厳格(な昔気質の親方的w)で、
自身が実践し、推奨・教導するメソッドは、
ギリギリまで禁欲的で世俗的要素の排除の上に構築されているものと推察されるし。
現代日本で実践し難いのも已む無しかな、と・・。
625:神も仏も名無しさん
14/01/25 23:11:28.43 0INHTzWo
世俗的要素は構わないでしょうw
世俗的要素排除したら2ちゃんねるに書き込めませんw
禁欲?肉を食わずセックスせず酒飲まず~ですか?
まあ、仏教徒ならば当然ですが非仏教徒ならば関係ない事ですね。
むしろ、仏教徒面して酒、肉、女に溺れているようでは地獄行き間違いなしですww
626:神も仏も名無しさん
14/01/25 23:16:38.00 78plSd2c
ああ、紐君か。
舎利弗や阿難は2ch利用したかもね。
けど、ゴータマ自身は使わなかったと思うよ。(プロファイリング的考察としてねw
627:ポータ
14/01/25 23:18:21.01 dCL1YL2n
>>523
ルルの歌唱力、フラッシュダンス躍動感があってとてもよろしいですね。
ありがとう。
>>615
健康で何不自由していなければ、死について考えないとは、
よく「苦労していなければ、楽や幸が分らない」とへたをすると苦労バンザーイみたいな事を仰る方がいますが
それと似ている話でしょうか。
楽や幸であれば、苦は分らないので、釈迦はまれであると。
そうでしょうか。
社会構造でもたらされた底辺に押し込まれた差別などの所謂人災は、その時、苦だとだけ感じていても、構造理解により
邪であると見抜ければ、それまでは自分の苦に埋没していたとしても、
客観性の幅広い識の中で昇華し別の視力を獲得し、個人の問題ではなかったことが分りますね。
何を苦労と感じるかが、差異があるのではと言われますのも、
客観性の欠けからくる苦に全霊が乗っ取られているから苦であるのでしょう。
釈迦が楽に、あったとすれば、乗っ取られない客観力かもしれません。
苦を上回っているからであり、苦がないと楽がわからないという世俗の
噂話におられなかったと考えます。
客観力とは感性のクオリティ度と関係しているように思います。
(王族のほうが、生まれた時から細かく大変かもしれませんし、そういった
苦労比べは、あまり意味がないと思いますが、
たまたま、偶然のなにか必然で個に優れた遺伝が現れたであろうとは思います)
闇は光を理解しなかった。
光>闇
楽>苦
釈迦は、楽。
628:神も仏も名無しさん
14/01/25 23:23:58.46 0INHTzWo
>>626
そうかなw
私は使ったと思う。
アナタの推薦の奈良さんの本を読みましたよ。
アマゾンで10円で売ってましたから買いました。
で、仏陀は門を開放してあらゆる人間に対して説こうとしたのは事実でしょうが、
実際は身分の低い人間は非常に少ない割合でしか入門していない。
また、仏陀が国王とか商豪のパトロンを取り入れたのに力を注いだであろうことも事実でしょう。
全て奈良さんの本にありましたが、その通りだと思います。
629:神も仏も名無しさん
14/01/25 23:25:10.60 CfsetsVg
>>627
それは生活水準が下がるだけで辛さがわかるので
630:神も仏も名無しさん
14/01/25 23:34:14.24 0INHTzWo
>>627
私はアナタの仏陀観には全く賛成できません。
「客観力」とは、物事を第三者の立場で見る力です。
「無私」と「「客観」は異なります。
仏陀は無私の立ち居地であったろうと思います。
客観から慈悲は生まれず、無私からこそ慈悲が生まれるものだから。
では、客観と無私とどう異なるのか?と聞かれても私には説明が出来ません。
が、違うのは分かります。
631:神も仏も名無しさん
14/01/25 23:42:41.91 KFDY2TLC
後世に教義が散逸したり、かなり多くの仏教徒がイスラムになっていることからもわかるように
仏教が隆盛した理由って教義的な問題よりも
道徳的に成立可能な反バラモン思想ってことが大きかっただろうな
632:神も仏も名無しさん
14/01/25 23:49:48.11 78plSd2c
奈良さんは、自分の専攻を「インド仏教文化史」と自称するくらいだからねw
>>628
だから、実は仏教って敷居が高いもんだった、と。
(特に実践面で。だから、随犯随制で「煩瑣な」律・学処の制定が要請された、と。)
その敷居を下げよう運動が(特に中後期)大乗運動、と。
この大雑把な構図は外れてないと思うんだよね・・。
633:神も仏も名無しさん
14/01/26 00:00:49.40 tBdjcOC7
>>632
戒律という時、戒は自発的戒めで律は他律的戒めという説明もありました。
最初は戒だけであったが、人員が増えて律が出来たと。
そのような背景を考えれば当初は敷居は高くなかったでしょう。
なんせ、全ての人間に対して解放しているのだから。
また、後に敷居が高くなっても寝る床と食うものに困らないという理由で入る人間も多かっただろうと思います。
確かに、仏陀の行った行と、弟子達が行った行は後代になるに従って甘くなるのは仕方のない事かもしれません。
本を読んで印象的だったのは、墓場で仏陀が横になっていると子供達が小便をかけて、散々けなしていった~
しかし仏陀は意にもかけなかった~というくだり。当時のインドの墓場とは死体置き場ですからねえ。
そこで横たわっているのを想像して、現代人には出来ないことと思いました。
634:ポータ
14/01/26 00:10:23.67 aJ5szTw1
>>630
苦に乗っ取られるというのは、客観性が損なわれていて、ある種ヒステリー状態ですね。
客観性というのは、言葉の表現としては結果であるので、その内実は
苦を上回る感性のクオリティと述べました。
無私というのは、まあ良い言葉とは思うのですが、やはり下手をすると
世俗では勘違いされて、例えば偽善だろ、そうでないだろ、とかがやがや致します。
ですから、内実が豊か(クオリティ)であることが透徹に常に至るだろうという
意味での客観力を純粋理性的に述べた方が、現在の我々の混乱からから
少しでも言葉の間(ま)に邪を引き込みにくく澄んでいると
直感したのですが、どうでしょう。
635:神も仏も名無しさん
14/01/26 00:17:39.87 tBdjcOC7
>>634
内実が豊かであるか否かというのは本人にしか感じ得ないものです。
それならそれで構いませんが、本人にしか感じ得ないものをいかに他人と共有するのか?
自分が他人を見て羨ましいと思っても、当人は地獄の生活なのかもしれません。
自分が他人を蔑んでも、当人は幸せ一杯の生き方をしているのかもしれません。
何をもって豊かとか貧相とか言うのか?
無私=偽善というのは、そう受け止める人間に説得する価値は無いですね。
死ぬまで分からない、死ぬ瞬間に分かるかもという感じです。
636:ポータ
14/01/26 00:27:24.51 aJ5szTw1
>>635
はい、この話は、苦を知らない釈迦が出家したのは、まれ人だという話しからでしたね。
そのお話に添いながら話しているつもりです。
私は、楽は、苦を上回ると主張致しました。
釈尊は、苦の人ではなく楽な人であった。
苦行、修業もそもそも楽な人でなければ凌駕し上回れないと思いませんか。
その楽の人の内実というのは、もともと豊かであるからではありませんか。
本人とかという意味ではなく、上回る実態としての豊かさでありそのクオリティです。
637:神も仏も名無しさん
14/01/26 00:36:04.62 tBdjcOC7
釈尊は環境は楽であったのは事実でしょう。
しかし、老病死に惑う人々を見て人間の生き方、自らの生き方に疑問を持った。
疑問を持つか否か?に環境素質は無関係でしょう。
むしろ、楽な環境にあって、それを捨てても疑問を解決しよう~とする姿勢を稀と言ったのです。
誰でも楽な環境ならば浸って居たいでしょうからねえ。
結論としては環境の楽・苦と無関係に疑問を持てるが、楽で出家して疑問解決を目指すのは稀でしょう。
638:神も仏も名無しさん
14/01/26 00:37:18.15 v6QyoEMv
>>542
「一切」の文字が出たから、例の“一切とは?”の件についてです。
質問箱に投稿されてるこれが正解でしょう。
>諸行が無常なのであって、諸法は無常だと説かれていません。
>諸行とは、有為法のことです。因縁和合によって生じ、滅する現象世界のことですから
>有為法では、無常です。ただし、涅槃の境地は常です。涅槃は無為法だからです。
スレリンク(psy板:359番)
あなたは自分の都合が悪くなるから勝手に嫌いますが、この経にもみられる通り、仏教では「形成されたもの」すなわち、
現象界のすべてのことを「有為」といっており、仏教というのは、この有為についての性質の認知とその有為における正し
い生存の在り方によって、有為ではない無為の境地、すなわち「涅槃」に至ることを教えるものです。それを有為法といっ
ているのです。この有為法が仏教の説く「一切法」だということになります。つまり、仏教がいうところの「一切」とは
「無為」のことです。
639:神も仏も名無しさん
14/01/26 00:41:33.78 v6QyoEMv
そして、この有為ではないものが「無為」であり、「涅槃」なのです。涅槃についての解説は無為法と呼ばれる。ただし、
基本的には涅槃は指し示すことのできない表現を超えた領域のものですから、無為法についてはあまり説かれることがない。
『比丘たちよ、「生じたもの」でなく「成ったもの」でなく「作り為されたもの」でなく「形成されたもの(有為)」でな
いもの(涅槃)は存在する。』(ウダーナ8:3)
涅槃(有為)ではないもののすべてが一切であるので、当然、神通力や物資科学を超えた事柄も一切の範疇に含まれます。
だから当たり前のように、仏弟子は修行の過程において段階的に神通力も身についていくものと説かれるのです。あなたの
ように「物資科学で説く事柄が仏教の一切なので、それ以外は認めない」などとする解釈は、仏教のものではありません。
この前、「超音波は一切かどうか・・」みたいな話題がありましたが、要するに、人間の持つ五蘊活動、六根六境六処とい
うものは凡夫のレベルから聖者のレベルをも含むものです。つまり、凡夫には聞けず見ることのできない領域すらも高い境
地にある聖者は容易に知覚します。ですから、未熟な自分や凡夫基準なんかで仏教を語るなということ。
640:ポータ
14/01/26 00:46:55.62 aJ5szTw1
>>637
>むしろ、楽な環境にあって、それを捨てても疑問を解決しよう~とする姿勢を稀と言ったのです。
>疑問を持つか否か?に環境素質は無関係でしょう。
↓ ↑
>誰でも楽な環境ならば浸って居たいでしょうからねえ。
>結論としては環境の楽・苦と無関係に疑問を持てるが、楽で出家して疑問解決を目指すのは稀でしょう。
えっ!環境素質が無関係であるのなら、どのような環境においてもまれと言わないのでは
ありませんか。
641:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 00:48:44.03 v6QyoEMv
確かに、この「有為」だの「無為」だのというのは、後代の弟子たちが勝手に教義分類上として制定されたものでしょう。
つまり、あなたの嫌がる部派の時代、『阿毘達磨』による論書からだと思う。けれど、これはただの呼称でしかなく、その使
い方の意味付けとしては特にゴータマに反したものはないと思います。
残念ながら、その辺については一代がいうように、スッタ・スートラ/経だけでは説かれている内容にはどうしても限界性
がある。その不足部分を補うものとしての解説にこういった論書が制作されていった。であるから、原始仏教に遡ろうとす
る上ではその限界性を承知の上で、こういった『阿毘達磨』の教義も参照せざる得ないのが現実なのでは・・・。まっ、あと
は文字になってない部分については、「口伝」なんだ、ということになるのでしょう。
原始仏教そのものに遡ることが不可能な現実、及び原始仏教を正しく継承しているところなどは皆無だろうと見なしたこ
とも、この私が仏教一本で歩むことを止めた理由でもある。
642:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 00:50:35.10 v6QyoEMv
>>641は>>542宛です。
643:神も仏も名無しさん
14/01/26 00:50:45.78 tBdjcOC7
>>639
超音波は人間が直接聴けなくとも機材で確認できる。
紫外線や赤外線、放射線も同じ、直接認識できずとも機材で認識できる。
これらは、現代では一切内。仏陀の頃は一切外であったでしょう。
一切内外を分けるのは人間が認識できるか否か?ですよw
時代と共に変わって当たり前。
相変わらず、機材不可の人体オンリーの認識をもって一切内外と言うのは的外れ。
肉体的に優れていて視力5・0の人が居ても、耳が良くて3万ヘルツの音が聞けても
一切内。そもそも、そんなのは機械でも測定可能ですしねw そんなのは超常現象とは言わない。
死後の世界を語ったり、前世を語ったり、宇宙の果てを語ったりというのは、即オカルト世界突入です。
いかなる観測機材でも測定不可能ですからねえ。
644:神も仏も名無しさん
14/01/26 00:58:32.11 tBdjcOC7
>>640
>えっ!環境素質が無関係であるのなら、どのような環境においてもまれと言わないのでは
ありませんか。
環境素質が無関係:人生上の疑問を持つのに環境は関係ないでしょう。
どのような環境においてもまれ:どのような環境においても稀ではなく、恵まれた環境を捨ててまで疑問の解決を図ろうと
するのが稀と言っています。わたしは「どのような環境においてもまれ」とは言っていませんが?
645:神も仏も名無しさん
14/01/26 00:59:44.87 Q24Df3Y8
「釈迦」「釈迦」と有名人故に釈迦に執着する釈迦教徒は、典型的なカルト。
真光や神智学などの超カルトが、専ら釈迦に群がっているのが、その如実な
証拠。
釈迦は「眼横鼻直」さえ悟れなかったw。
「苦」「苦」「苦」と鳩のように鳴き続ける釈迦は、単なる鬱病患者。健常者
(生活者)とは無関係。関わってはならない人物。
646:ポータ
14/01/26 01:00:57.67 aJ5szTw1
>>637
すみません、言葉尻をとっているのではありませんのでよろしく。
大事な点だと思って述べております。
>結論としては環境の楽・苦と無関係に疑問を持てるが、楽で出家して疑問解決を目指すのは稀でしょう。
ここですが、君が王族で自出だとしても、無関係だと思いませんか。
君のセンスだよ、それは。その方の内面の要請であり、楽であるのにではないのですよ。
楽というのを、君は生活の事を言っているのだが、生活全般で考えた場合、それもどうだかわからないと思うのですよ。
そのような事を比較するのは、紛らわしい噂話だと私は考えます。
そうではなく、釈迦は質において、そもそも楽な人であったから苦を上回ったのだと。
647:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:03:21.00 tBdjcOC7
>>645
しかし、人間仏陀を想像する事は有意義であると思います。
宗教としての仏教ではなく、どのような人間であったのか想像を膨らますのは面白いです。
彼の慈悲とはどのように育まれたのか?とか。
無慈悲に無関係の一言で済ます方が無慈悲だろうと思いますよ。
648:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:10:10.00 GHphj6LN
>>647
楽とは一体何なのか?
考えた事無いでしょ、君
>>645
>釈迦は「眼横鼻直」さえ悟れなかったw。
釈尊は無明を解明してますよ
つまり、眼横鼻直の当たり前に気付けない事が無明なんです
君がどう思おうが、少なくとも釈尊は君より遥かに聡明な方だったと思いますよ
649:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:10:20.52 tBdjcOC7
>>646
>噂話
噂話ではなく事実でしょうねえ。
王族の長男で宮廷住まいで何人もの女中に世話されて~
釈尊が楽観的な性格か神経症的な性格かは分かりませんが、苦行を実践し
苦行中のあらゆる誘惑を絶つくらいですから楽観的とは言えないような気もしますが?
これは確かめようがなく分かりません。分かる人はいないでしょう。
650:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:20:19.93 GHphj6LN
>>649
>王族の長男で宮廷住まいで何人もの女中に世話されて~
それは単なる君の置かれた境遇から来る羨望に過ぎないでしょ
それが幸せとか楽とか感じなかったのが釈尊な訳で
君のような考えじゃ一切皆苦は理解出来ないでしょうね
ここで言う苦とは苦しみの苦だけを言って無いんですよ
651:ポータ
14/01/26 01:23:21.19 aJ5szTw1
>>649
>王族の長男で宮廷住まいで何人もの女中に世話されて~
それは安物記事としては事実だとしても、噂話ほどしかないという意味が分らないのでしょうか。
我が国の天皇家では現在どうでしょう。
>釈尊が楽観的な性格か神経症的な性格かは分かりませんが、苦行を実践し
>苦行中のあらゆる誘惑を絶つくらいですから楽観的とは言えないような気もしますが?
>これは確かめようがなく分かりません。分かる人はいないでしょう。
そうです、そのようなどうでもよいような噂話を離れないものは分りません。
しかし、解る事があります。
苦に埋没しなかった、その性質があった、そのクオリティがあった。
そして、その事が、2千年経過しても朽ちない質なのです。
楽>苦
652:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:26:10.58 tBdjcOC7
>>650
幸せとは言っていませんが、事実上生活が楽であっただろう事は事実でしょう。
そこで、仏陀が思いを膨らませていったというのと関係有りません。
私は楽な生活を捨てて出家するのが稀であると言ったのです。
出家するのは大抵が苦しい現実を捨ててやるものであろうからです。
まあ、どのように想像するかも人それぞれだから構いませんが、
悟りとかを目指しているのなら明確に誤とだけは言えますw
653:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 01:28:16.76 gjunKwSV
>>623-624
正直いって、自分の好きな事柄に専念できるという意味では、どれだけ仏教僧侶のほうが羨ましいと思ったこともあります。
当時、まだ若い頃の私だったならば、とても普通の社会生活と活動には興味が湧かなかったので、出家について思いを巡らし
たりもしましたから、確かにもし、あのままであれば近くそうなっていただろうことは時間の問題でした(ただし、普通の大
乗僧侶の道は選択しなかったかもしれない)。けれど、その私を変えたのが神智学との出会いだった。
神智学の歩みには、基本的に出家(出家と在家という概念がない)の推奨がない。この前も、仏教の歩みは非生産的で非社
会的なもの。すべての人々が仏教を本格的に歩めば人類は滅亡してしまうだろう、というような意味合いの意見があったもの
と思う。やはり、仏教は出家中心の出家主義であることは間違いがない。
であるから、一代のいうように政治には関わることをせず、また興味もなくなる。つまり、必然的に社会的な事柄のすべて
からの関心がなくなっていく・・・。
けれど、神智学は全く異なる。神智学は人間とは何か?その生存と人生の意味を教えるもの。つまり、神智学の教えをこの
社会生活の普通の中で如何に実践して、それを社会の中に反映していくかということになる。
この社会を唯物主義から霊的な真理に沿ったものへと変えていく必要があり、ロゴスの御意志と御計画に沿ったものへと変
革すべく、戦争の放棄、国家と人種民族間の紛争の終焉と平和、飢餓貧困を根絶した分かち合いの世界を創造すべく、その中
へと、自分が如何に参加参与していくかが課題となります。要するに、自己の霊的向上と社会変革(人類の進化への貢献)を
同時にリンクした生活が求められます。私などは全然ですけれど・・・。
まっ、この辺りについてはある意味では、大乗の社会救済的な菩薩道の教えや在家生活での教えは重なるところがあります。
654:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:29:06.48 GHphj6LN
>>652
>出家するのは大抵が苦しい現実を捨ててやるものであろうからです
釈尊にとっては宮廷の暮らしが苦だったのでしょう、想像に難しくありませんよ
宮廷暮らしが楽だと思うのは貧乏根性のなせる業だと思いますね
ぬるま湯を想像してるなら尚更です
655:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 01:29:25.20 gjunKwSV
>>544
その洗脳マイコンの説明は理解しますけれど、
普段からこのスレでは「オカルト」と「カルト」を混同して同義に扱う人がいるのでご注意願います。
宗教とは元々、物質科学では認められていない領域について説き、それを信じるものをいいます。
更に、「オカルト」という場合には、一般には殆ど知られていないもの、
或いは、意図的に隠されてきた神秘についていいます。
ただし、それだけならば社会的には、これらを信奉する自由が保障されています。
問題となるのは「カルト」の方なのですが、
明確にこれは、あくまでも社会に対して“法的な危害を与えるもの”に限定されます。
カルトバスターを自認するのであれば、その辺について誤解されるような使い方はされないよう、
また、間違っている人には正しく説明するように宜しくお願いします。
もう一ついうと、
現代社会の構造は物質科学を前提に構築されていますから、
超自然を説くものである宗教存在そのものが、元々からして反社会性のものであるということは知っておく必要があります。
参考:
URLリンク(houjugusya.web.fc2.com)
656:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:31:44.53 tBdjcOC7
>>651
噂話等ではなく殆ど確定している事だと思いますが?
王家の子と貧民の子と比べて生活上どちらが楽かと言えば王家でしょう。
わが国の天皇の子と貧民の子と比べても天皇の方が楽ですね。
貧民はその日の暮らしにもあくせくしています。王や天皇がその日の暮らしにあくせくしますか?
想像する事です。
657:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:32:19.34 GHphj6LN
>>653
>戦争の放棄
全くの戯論ですね
北朝鮮やシオニストやイスラム原理主義の人達を説得できたら少しは信用して上げますよ
出来ない以上は神智学などオカルトです
658:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:34:48.53 GHphj6LN
>>656
貴方のようなメンヘラは必ず王家やら天皇家やらを引き合いに羨望と嫉妬の言葉を並べる
今の境遇に納得してないんでね
659:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
14/01/26 01:35:59.19 V1slSoT6
>宗教が反社会~
(`д´#)あ゛ぁ?何だとテメェ?ケンカ売ってんのかコラ。
660:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:36:10.40 tBdjcOC7
>>654
>釈尊にとっては宮廷の暮らしが苦だったのでしょう、想像に難しくありませんよ
そのとおり、私もそのように思います。
生活苦ではなく精神苦、心理苦とでも言うべきものでしょうが。
一般人は生活苦に喘いでいる。そこが違うと思います。
無論、一般人も生活苦はともかく事実上、精神苦、心理苦でうつ病などになるのでしょうが。
661:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:38:33.99 GHphj6LN
>>660
苦の原因が何だか考えた事ありますか?
これが解らないからあなたの様に頓珍漢を言う人が多いんですが
662:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:39:10.84 tBdjcOC7
>>658
>>651の>我が国の天皇家では現在どうでしょう。
を振り返ってみては?w
私はあなたが聞いたからそれに答えただけ。
663:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:41:35.39 GHphj6LN
>>662
では質問を変えましょうか
楽を生む原理を考えた事ありますか?
これが普通は解らないから皆疲弊するわけですが
664:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:44:22.23 GHphj6LN
ほら、答えられないでしょう
それらを解明したのが釈尊の教え、つまり仏教なんですよ
665:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:47:29.97 tBdjcOC7
>>663
残念ながら、私は楽を生む原理とか苦を生む原理とか考えた事はありません。
楽な時は楽と思いますし、苦しい時は苦しいと思います。
肉体的な苦楽もあれば精神的な苦楽もあります。
そのようなものは、あって当たり前なので一々原因など気にしないものです。
では、仏陀が疑問としたのは何か?というと老病死に対する惑いです。
これを仏典で苦と言っているだけで、我々の実際の苦とは別物であり、また同じものでもある。
まあ、「死」についてじっくり考える事です。答えは出ませんが、気持ちは変わるでしょう。
私も以前は自分が死ぬのが恐ろしかったが、今ではそんなに恐ろしくはありません。
666:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:50:58.58 GHphj6LN
>>665
釈尊が定義した苦の概要はこうです
生苦・老苦・病苦・死苦・愛別離苦・求不得苦・怨憎会苦・五陰盛苦
前半四つを四苦、全部合わせて八苦
つまり四苦八苦が釈尊の定義した苦の概要です
人間が生きる上でこれらの苦を免れる人は一人も居ないのですよ
667:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:52:35.16 tBdjcOC7
そのような教科書的な書き込みには興味がありません。
668:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:53:15.16 tBdjcOC7
アナタの生身の声ならば聴きましょう。
669:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:53:36.45 GHphj6LN
>>667
それはあなたが身勝手だからでしょう
670:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:57:59.06 tBdjcOC7
分かりきった四苦八苦の話の何が面白いのでしょうかねえw
あなた自身の四苦八苦を語らなければ意味が無いでしょう。
671:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:58:11.98 GHphj6LN
>>668
愛別離苦:愛しいもの、気に入っているもの、それらとはいつかは別れなければならない苦
求不得苦:どんなに求めても得られない苦
怨憎会苦:嫌な事や嫌いな人やそう言う場所などに必ず縁してしまう苦
五陰盛苦:お腹が空いたの便意だのデブだの禿げだの足が痛いの頭がどうのケツが痛いの等の身から出る苦
672:神も仏も名無しさん
14/01/26 01:59:54.69 tBdjcOC7
まあ、大した四苦八苦でもなさそうでなによりですw
673:神も仏も名無しさん
14/01/26 02:01:59.36 GHphj6LN
>>672
ね、あなたの態度が変わったでしょう?
あなたは例を示され悔しいから私を見下す態度を取る訳です
感嘆すれば負けた気がするからです
それも怨憎会苦ですよ
674:神も仏も名無しさん
14/01/26 02:07:12.86 GHphj6LN
さて、改めて苦の原因とは何でしょう?
675:神も仏も名無しさん
14/01/26 02:08:15.09 tBdjcOC7
見下ろすとかいうより、私の>>665を無視して何を言っても私も何も聞けないという事です。
「死」について何も考えない人間に宗教は不要。
676:神も仏も名無しさん
14/01/26 02:12:05.27 GHphj6LN
>>675
仏教は死について考える教えではありません
苦の処遇を適宜処理する教えです
死について何も考えないのが美徳と思ってるなら大間違いですし
そんなもんはうつ病の人すらたどり着く病気に過ぎません
677:神も仏も名無しさん
14/01/26 02:13:15.46 tBdjcOC7
諸々の苦の最終のものは死に対するもの。
これを無視して仏教もなにもない。
678:神も仏も名無しさん
14/01/26 02:15:17.43 2pugxWDv
>>622
御隠居の話はいいね。いつも啓発される。
マッカーサーは「捕虜は取らず」と言って、戦闘能力を失った日本兵を
全員殺したらしい。これに対して帝国陸海軍は、数々の戦争美談を残している。
原爆を落としたアメリカは事後法で帝国陸海軍を裁いている。
人道に対する罪で裁かれるべきなのはアメリカなのに。
戦後70年が経つのに、白人の傲慢さは変わっていないように思える
これに対し、日本人はどんな思い・宗教心で戦ったのだろうか。
今の日本人はそれを学ぶべきだろうと思う。
679:神も仏も名無しさん
14/01/26 02:15:26.52 GHphj6LN
>>677
やっぱり死に畏怖の念が有るんじゃないですかw
単なる強がりは得になりませんよ
680:山菜定食/京わらし亭
14/01/26 02:42:25.76 P3qiCU73
>>649
> >噂話
> 噂話ではなく事実でしょうねえ。
> 王族の長男で宮廷住まいで何人もの女中に世話されて~
> 釈尊が楽観的な性格か神経症的な性格かは分かりませんが、苦行を実践し
> 苦行中のあらゆる誘惑を絶つくらいですから楽観的とは言えないような気もしますが?
> これは確かめようがなく分かりません。分かる人はいないでしょう。
>しかし、人間仏陀を想像する事は有意義であると思います。
>宗教としての仏教ではなく、どのような人間であったのか想像を膨らますのは面白いです。
>彼の慈悲とはどのように育まれたのか?とか。
。
人間仏陀を想像してごらんと自分で言ってるじゃないか。
楽な環境で生活苦がないものが出家するのは稀?どう稀なの?無意味すぎる意見だね。
その先に思考を進めてみよう。楽な環境なのに出家。なぜか??
偶発的でないなら原因があるはずだ。偶然(まぐれ)という訳でないなら個人の内面だろう。
内面の質から考える。(C.はまずない)
A.疑問が楽な環境を捨ててまで出家をさせるほどに苦となったから。(楽を捨ててない)
B.釈迦自身がバイタリティー溢れる人間で(楽)、それゆえ個の問題を飛び出し、人間全体に視点が向かった
(生老病死苦)
C.単に生活に飽きた(倦怠苦を捨てた)
681:神も仏も名無しさん
14/01/26 02:51:04.94 PYe1upsh
>>677
自分に起こる様々な苦を克服する術を身に着けてからじゃなければ
死を選んでも引きずりますよ、仏教で輪廻が説かれる理由もそう言う事です
どうせ人間は誰でもいつか必ず死ぬんです
だったら生きてるうちに少しでも良いから誰かに
「君が居てくれて本当に良かった、居なくなるとか悲しい事を言わないでくれ」
って言わせてから死にましょうよ
そして、まだ死にたくないと思わせる事をやってから死にましょうよ
承認願望があるなら、それ満たして感謝されてから死にましょうよ
って言うか、苦しいから死を選ぶとかアホだと思いますねw
そこらの一般の人でさえ「みんなそれぞれ苦しい、あんたばっかじゃない」って悟ってる
これすら悟れない人は身勝手なバカ以外居ないと思いますよ
身勝手でバカでクソな事しか考えない半端モノだから死にたいとかほざくんです
そんな人が死んだところで悲しむのは精々親位で、行えたのも親不孝の実践だけでしょう
カジュアルな死を選ぶのは自分勝手なバカの証拠で、確かに生きてる価値なんて無さそうですね
何の努力も出来ずに、誰の為にもならない自分だけの死
苦しみから逃げる為に負け犬として死を選ぶ
死ねばもう誰も手を出せないし何も聞こえない、そこへ逃げ込む究極の引きこもり
幼稚でアホな選択だし下らないと思いますよw
682:神も仏も名無しさん
14/01/26 02:51:44.76 Q24Df3Y8
>>648
>釈尊は無明を解明してますよ
無明には、釈迦自身も含まれるのか。ならば釈迦仏教は「無明の教え」。
釈迦が、「自分だけは無明ではない」と思い上がっていたのなら、それこそ
本物の無明である。
そもそも、人間(生命)を無明視することこそ、最大の無明ではないのか。
683:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 03:00:48.94 lRQ28Qlf
>>657
確かに、もちろん時間がかかる・・・。
けれど諦めることになく、忍耐強い根気が必要です。
非暴力の実践とその達成に向けて。
そしてまた、自己の宗教的真理のためならば殺人も了承されるといった、
目的のためならば手段さえ選ばない極悪非道を許してはならないと思う。
神智学(神智学運動)は人類の普遍的な権利と意識のあるところでの
“自由・平等・博愛”のために戦っているすべての人々を支援することを信条とします。
歴史的には、
・スリランカ仏教の復興運動や近代日本仏教協会からの支援依頼においても来日(オルコット大佐)。
・ヒットラーへ警告を発し、彼の危険性を早くから世界に指摘した(R・シュタイナー)
・知られざる歴史のエピソードとして、マハトマ・ガンジーの心の支えとなり(ブラヴァツキー)、
東インドにはインド国の独立運動に続けて貢献した第二会長ベサントの名にちなんだ区域
「Besant Nagar」が今も残っている(アニー・ベサント)
・戦争中に交戦国が互いの文化財を保護することを取り決めたレーリッヒ条約(国際法/1935年)を立案(ニコライ・レーリッヒ)
『平和のあるところには、文化がある。文化があるところには、平和がある。』
URLリンク(www.lawoftime.org) 等々.
参考:
URLリンク(mimizun.com)
684:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:01:41.74 Q24Df3Y8
>>649
>釈尊が楽観的な性格か神経症的な性格かは分かりませんが、苦行を実践し
>苦行中のあらゆる誘惑を絶つくらいですから楽観的とは言えないような気も
>しますが?
釈迦は苦行に耐えかねて、スジャータの乳粥一杯の誘惑に負けて苦行をやめ、
周囲から嘲笑された。
要するに、金持ちのボンボンの「趣味」「道楽」としての修行。「生存努力」
という選択不能な大修行ではない。だから釈迦は「眼横鼻直」など到底悟れな
かったのである。
685:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:05:55.24 PYe1upsh
>>682
あなたはこの世界が本当は暗闇である事を理解出来てない
そう言う無知蒙昧が無明の正体なんですよ
686:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
14/01/26 03:08:58.37 V1slSoT6
ガンジー・ジーの交友は広く、当時の日本の高名な右翼の頭山氏とも手紙を交わしている。
もちろん、シンチガクなんぞより良識的な玄洋社は、
「心の支えになった」
なんて厚顔無恥な事は言いませんでしたがね。(笑)
(^。^)腐れカルトの詐欺師共とは違うからね。(笑)
687:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:14:36.74 BRNyC7iQ
>>684
>釈迦は苦行に耐えかねて、スジャータの乳粥一杯の誘惑に負けて苦行をやめ
アホですか?その時の釈尊の行法は「麻一粒と米一粒が一日の食事」と言う断食だそうですよ
栄養が足りなくなればいくら頭脳明晰な釈尊でも頭が回らなくなってくるので、そこで「これは流石に違うだろ」
と気付いたんでしょう
誘惑に負けるも何もそもそも外道の師の教えに従った結果の結論ですから間違った選択ではなかった<乳粥
釈尊を蔑んでみてもあなたの境遇は良くなりませんよw
メンヘラさんww
688:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:20:17.37 Q24Df3Y8
>>687
栄養を考えながらやる断食なんてw。それは「苦行」ではなく、単なる「お遊び」w。
689:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:29:56.27 BRNyC7iQ
>>688
遊びだったとしてもその遊びから無益な死を選択するのは愚の骨頂と気付いたんです
あなたより遥かに聡明だと思いますよ
そして、そんな行法を薦めた外道の師を無下に否定せずちゃんと確かめてみた勇気も
あなたには無いでしょう、私も脱帽ですしね
愚かなもとははやりもしないで批判だけに終始する者の事も言うんです
あなたは愚かな人です
690:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:35:31.42 Q24Df3Y8
>>689
聡明な人は、初めから、断食や瞑想などという愚かなことはやらないよw。
自己満足のためのオナニーに過ぎない。
691:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:41:57.47 BRNyC7iQ
>>690
あなたは
聡明の意味は誰から教わりましたか?
初めからと言う概念は誰から教わりましたか?
断食や瞑想の内容を誰から教わりましたか?
愚かの意味は誰から教わりましたか?
自己満足と言う言葉はどこで覚えましたか?
オナニーと言う言葉もどこで覚えましたか?
過ぎない、と言う概念は誰に教わりましたか?
何一つとしてあなた個人の生み出したモノは無いんですよ
そこに自分が疑問を持てば確かめてみるしか無いでしょう?
それが仏教の根本姿勢ですよ
692:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:47:49.69 Q24Df3Y8
カルト被害が大きな社会的問題になっているが、その「元凶」は釈迦とイエス。
この二人を潰さなければ、カルトの発生は止むことはない。
「開祖の盲信」という点で、伝統宗教もカルトも、原理的には全く同じ。
世界中で殺しあっているイスラム教も、キリスト教の影響を大きく受けた、
いわばその焼き直し。中年過ぎて発病したムハンマドは、長い山篭りを
したが、その際受けた「啓示(性性意識)」を妻の親類のクリスチャンに示し。
、その承認を受けている。
693:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:52:24.22 Q24Df3Y8
>>691
>何一つとしてあなた個人の生み出したモノは無いんですよ
それなら釈迦も同じ。中村元博士は、「釈迦には独創性は皆無だった」と
言っている。
唯一の「独創性」といえる「一切皆苦」は、釈迦の鬱病の症状に過ぎない。
また「無我」は、「己の我を以って説いた」点で、小学生にでも笑われる
滑稽な初歩的論理矛盾。
694:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:53:02.31 BRNyC7iQ
>>692
君のその考えこそが無慈悲で無理解で身勝手な盲信そのものだよ
695:神も仏も名無しさん
14/01/26 03:55:59.24 BRNyC7iQ
>>693
小学生に笑われてるのは君だろ?
いい大人が苦の原因も言えずに釈迦批判してんだもんw
696:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 04:18:30.98 NAYjcEe5
>>684
これが「道楽」でできることですか?
あなたは自分がいってることがわかります?
自分でもやってから言ってくたさい。
URLリンク(blog-imgs-43-origin.fc2.com)
697:神も仏も名無しさん
14/01/26 04:18:34.73 Bp98nUBb
>>693
無我の状態で語ってないならいいんじゃないだろうか?
698:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 04:19:50.66 NAYjcEe5
>>638
訂正:
×つまり、仏教がいうところの「一切」とは「無為」のことです。
○つまり、仏教がいうところの「一切」とは「有為」のことです。
>>686
ガンジー自らがブラヴァツキーに謁見を求め、
そして、直に会って彼女からの励ましと教えを受けていたのです。
----はい、本日はここまで----
699:神も仏も名無しさん
14/01/26 04:27:20.78 fe9gSG7l
断食の効果は、能のブドウ糖を低下させ、抗ストレスで麻薬用物質を放出させ、
おかしなものを見たり聞いたりさせて、妄想欺瞞の宗教に引き込み易くする
ことです。
700:神も仏も名無しさん
14/01/26 04:32:59.79 Q24Df3Y8
>>695
>いい大人が苦の原因も言えずに釈迦批判してんだもんw
「苦あれば楽あり、楽あれば苦あり」。この真理で、釈迦の「一切皆苦」は
一発で吹っ飛ぶ。頭の9良い小学生でも出来ること。
>>696
>自分でもやってから言ってくたさい。
賢い人間は、釈迦のような愚かなことは初めからやらないし、言わない。
世の中にはクソの役にも立たない、自己満足・自己陶酔のオナニーではないか。
701:神も仏も名無しさん
14/01/26 04:35:52.23 Bp98nUBb
>>699
どういう状態がいいんだろう?健康の定義
702:神も仏も名無しさん
14/01/26 04:41:56.87 BRNyC7iQ
>>700
苦の原因も楽の原因もそれじゃ説明出来てませんよ?
根本が解ってない癖に釈迦批判とかキチガイにも程があるでしょうw
703:神も仏も名無しさん
14/01/26 04:43:42.48 Bp98nUBb
>>700
賢い人間はノーベル賞も金メダルも目指さないで公務員を目指す。
704:神も仏も名無しさん
14/01/26 04:46:42.10 Bp98nUBb
役所の中で仕事してるフリのオナニーワーク、国家公務員になってあわよくばバレないように天下り。
こういうのが賢者の発想ですよね?苦行?
705:神も仏も名無しさん
14/01/26 04:57:56.24 Q24Df3Y8
量子力学を復讐しているが。人間を含む万物は、ごく微細な素粒子が関係的に
集合した、「中身はスカスカ」の状態。それが人間の生命によって観察すると、
厳然たる実体。また、言語とは、それ自体には意味も価値も無い単なる記号
(ソシュール)。そして、対象は、人間(生命)による観測によって変化する。
まさに中論の空の思想。釈迦には到底思い至れなかったこと。竜樹と釈迦とは。
頭の出来が違っている。これは、釈迦の精神病の症状として知能低下による。
小乗(釈迦仏教)と中論を開祖とする大乗仏教とは、原理的に異なる宗教であることは、
仏教学の定説。
706:神も仏も名無しさん
14/01/26 04:59:52.98 BRNyC7iQ
>>700
鏡は悟りの具に非ず、惑いの具也
己の顔が醜悪だと鏡に文句を言うも栓無し
鏡とは仏法也、仏法も悟りの具に非ず、惑う己を観せる具也
愚人は惑いを観ずに悟りを探し、智者は惑いを知って悟り得る
707:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 05:01:06.51 lRQ28Qlf
>>700
>賢い人間は、釈迦のような愚かなことは初めからやらないし、言わない。
>世の中にはクソの役にも立たない、自己満足・自己陶酔のオナニーではないか。
はい、そのセリフ。
あなたの死後、閻魔さまに問い質されたときにも発言してね。
ゴリッパ!!パチパチ
708:神も仏も名無しさん
14/01/26 05:06:23.30 BRNyC7iQ
>>705
>小乗(釈迦仏教)と中論を開祖とする大乗仏教とは、原理的に異なる宗教であることは、
仏教学の定説。
創価は良くそう言うね
釈尊の教えの焼き直しが中論なのに、釈尊否定したら本末転倒でしょうよw
709:神も仏も名無しさん
14/01/26 05:14:03.01 Q24Df3Y8
>>701
>どういう状態がいいんだろう?健康の定義
健康とは「あるがままの状態を受け入れ、それに価値と平安を見出すこと」。
あるがままの状態のみが、唯一の実相。それ以外の世界では、そもそも人間は生存
できない。生存できなければ、すべては無となる。人間の観念を持ち込んだら、
それは人間の妄想に過ぎず、あるがままの世界(諸法実相)ではない。
釈迦は、そのことにも思い至らなかった。つまり、妄想と迷妄に陥ったのである。
覚りの対極にあるもの。「眼横鼻築」が悟れなかったのも、あまりにも当然である。
710:神も仏も名無しさん
14/01/26 05:19:23.92 BRNyC7iQ
>>709←この書き込みそのものが苦の原因だと気付けない事が無明なんだよ
711:神も仏も名無しさん
14/01/26 05:54:59.10 KiYGQHys
えんまの餌やり、教祖様、在家、宝珠、ポーター、709隠居が燃えるw
ほんと、まっち・ぽんぷだなw
えんまは案外w新興宗教信者か教祖かもなw
結構、教祖様グループにとってえあんまは重要な役割をこなしているw
712:神も仏も名無しさん
14/01/26 06:03:07.09 KiYGQHys
>(ソシュール)。そして、対象は、人間(生命)による観測によって変化する。
生命が観測するという点が隠居のカルト教祖が現れている、
普通、人間の脳、精神の恣意性である。ソシュールを使うならw
713:神も仏も名無しさん
14/01/26 06:03:15.52 +ocCUAyO
>>709
そもそも君は>>693の
>「無我」は、「己の我を以って説いた」点で
と言う見解からも判るが無我が理解出来ない
それは君がメンヘラだからだろうな
メンヘラの多くは我を考察することが出来ない
理由は我執を捨てられないからだ
我が有ると思い込んでしまっている
無明とはそういう事
714:神も仏も名無しさん
14/01/26 06:28:59.66 BG0ZtI9q
>>713
ブーメランすぎるw
715:神も仏も名無しさん
14/01/26 06:31:19.78 Bp98nUBb
>>709
量子論ていう人間の観念を持ち込んだらあるがままの世界じゃない?
716:神も仏も名無しさん
14/01/26 06:52:52.85 +ocCUAyO
>>714
君みたいに該当しちゃった人はみんな君のように反応するよねw
717:神も仏も名無しさん
14/01/26 06:56:50.49 +ocCUAyO
メンヘラと言われそれに反応する奴は眼横鼻直が理解出来てない
故に無我も理解出来ない
718:○○○
14/01/26 07:13:01.75 cnJYVyI1
>>693
>また「無我」は、「己の我を以って説いた」点で、小学生にでも笑われる滑稽な初歩的論理矛盾。
ですから「非我」は「己の我を以って説いた」点で無矛盾でしょう。
もし釈尊が一切智者ならば無矛盾でしょうから、中国のお坊さんの誤訳という説がロジカルですね。
実際は釈尊が一切智者であっても説法間では矛盾が生じ得ます。
対告衆Aと対告衆Bとでは対処治療(処方箋)が異なるからです。
このことを龍樹は仏説を読む際の注意書き「四悉壇」として大智度論の冒頭に詳説されてます。
この注意書きを読まなかったことが縁で、如是A聞と如是B聞との対立が21世紀でも起こっております。
事例:如是A聞「輪廻は無記」VS如是B聞「宿住通で輪廻は分かる」
719:神も仏も名無しさん
14/01/26 07:41:08.94 Bp98nUBb
ガウン着てシャンパン片手に猫を撫でながら金塊を目の前にして
「食うや食わずのときは欲よりも実を取れ、俺はそうして這い上がった」
と言ったら説得力ありますね。逆から説いてもいいってことですね。
720:神も仏も名無しさん
14/01/26 07:48:30.03 KiYGQHys
人格障害教祖在家の朝の説法かw
えんまが、さらに餌やり、ほんと教祖のオナニー鑑賞スレだなwすっかりw
721:神も仏も名無しさん
14/01/26 07:59:35.24 La2ze1pA
勇気とは恐れや気の早りの惑わされずに信念の下に行動することじゃないかな
恐れや気の早りがなぜ起こるかと言えば、未来に対する不安からくる。
死んだら痛いだろうなとか、どこに行くだろうという不安も単純な理由だが
論争での気の早りは、負けてしまうのではないだろうかという不安もそうだろう。
また、そのような行動を起こしたばっかりにかえって周りに迷惑をかけ
家族が路頭に迷うようなことになってしまったのであれば、むしろ蛮勇であり
勇気とは言えない。つまり、勇気は恐怖を克服することであり、
恐怖は未来に対する無知から来ると言って良い。よって真なる勇気とは未来に対する智慧に
存在すると言えよう。ところで人間には限界があるため、無知は避けられないのであり
己が無知であることを認め、そこから当然の理屈として起こってくる恐怖をあきらめの心で
迎えてやることが勇気のあり方となってくるのであり、無知の知ということなのだろうが
ではブッダにとっての勇気とはなんなのだろうか?
我々はブッダと同じ立ち位置にいるべきなのか、それともはるか遠くのいただきに見つめるべきなのか
722:山菜定食/京わらし亭
14/01/26 08:40:58.66 P3qiCU73
>>720
> 人格障害教祖在家の朝の説法かw
> えんまが、さらに餌やり、ほんと教祖のオナニー鑑賞スレだなwすっかりw
>オナニー鑑賞スレ
>オナニー鑑賞
↓↓↓
>オナニー鑑賞
↑↑↑
723:セラピスト
14/01/26 09:51:45.89 6YAc/CWl
>>655宝珠氏
>宗教とは元々、物質科学では認められていない領域について説き、それを信じるものをいいます。
人間が「信じる」というまでに至るには、先ず理性で判断しますが、この理性についてもいい加減なものです。
しかしこれでしか人間は判断できない。
そしてこの理性は常に合理性を追求していくのですが、
この合理性はまた理性の判断の過ちを修正していく役割をもつ。
これがつまり弁証法というやつですね。
人間の思考は、この機能があってこそ正常でいられる。
(つづく)
724:セラピスト
14/01/26 09:52:25.90 6YAc/CWl
(つづき)
しかしカルトの場合は、いったん歯車が狂ってしまうと合理性を捻じ曲げて判断しようとする習性をもつようになる。
何故かというと、そうしないと自己否定してしまって、自分自身を保てなくなるのです。
つまり自己防衛機能が発動するのですね。
>>619の書き込みが、まさにそういうことを示唆してます。
何らかの判断材料があったとしても、その材料自体を全面否定することにおいて自己を保つ。
この繰り返しを生涯に渡ってしなければならない。
もう疲れたから、このへんで人生を振り返ってみよう。などと考える自体、
それは非常に危険です。自己崩壊に繋がるから。
カルトは、洗脳されたら、もう後戻りは出来ないのです。
だけど、どうしても後戻りしたいようでしたら、私もその道には詳しいので、
それなりのレスポンスはするつもりです。
725:神も仏も名無しさん
14/01/26 10:03:18.30 KiYGQHys
せらぴすと、えんまのハッタリコンビは
教祖様の餌やりでステイタスを得ている気分なんだろうなあw
726:神も仏も名無しさん
14/01/26 10:36:25.87 HEfh99fh
死後俺はいないので閻魔様でも鬼灯さんでも怖くないで~すw
727:セラピスト
14/01/26 10:38:45.06 6YAc/CWl
>>617
>前世でよほどもてたのでしょう。
対人恐怖症というのは、人間が怖いわけですから対話しようとしても緊張して声さえ出せないのです。
恐怖症は、赤面とか吃音(どもり)とか併発することがあるので、
こういう多岐な症状がある場合は、もう悲惨です。
私は軽い対人恐怖でしたので、対話が失敗したとしても相手に無視されるくらいですから、
そんなに心が沈む訳ではないです。
無視は普通でしたね。つうか、女も怖い訳です。男から声掛けられればね。
しかし少し慣れてきますと、相手とコミュが取れるようになってきます。
これだけでも対人恐怖症の場合は嬉しいのですよ。
つまりですね、自分の殻を破って一歩前に進む。これだけでも感激しちゃうものなのです。
人生は、こういう感動を積み重ねることが大事なのかと思います。
こうした一歩一歩が自分の自信に繋がりますから。
(つづく)
728:セラピスト
14/01/26 10:39:40.25 6YAc/CWl
(つづき)
女はそれぞれに生き方、考え方、趣味が違いますので、コミュだけでも世界はグッと広がりますね。
例えば、感動した著書の話になると、相手が読んだ著書を読んだりね。
私は、ひとり行動が好きでしたね。
煩わしくない、自由、こういうのが好きで、それがステータスにもなってました。
「便所飯」とかで悩んでいる方は、どうぞ相談してください。
私は便所で飯を食ったことはないですけど、ローンウルフは私の美学でした。
堂々と、ひとりテーブルで飯を食ってください。
そしてそれを誇りにしてください。
729:神も仏も名無しさん
14/01/26 10:43:48.75 4MuO1Qll
11 :オレオレ!オレだよ、名無しだよ!!:2014/01/26(日) 10:30:12.24 009年ロシアで、池田大作がロシア芸術アカデミー賞を金で買収した事が
判明して、ロシアの新聞やTVが連日トップニュースで報道されて
大スキャンダルとして大問題に発展しました。
時のプーチン首相は、激怒してロシアアカデミーを解散廃止しました。
この問題は詳細に取り上げられて、池田大作は日本人ではなく朝鮮人であり
池田大作の数々の勲章は全部金で買収されたものである
と報道されました。
これほどロシアを揺るがした問題も、何故か日本の新聞やマスコミでは
報道されません
730:セラピスト
14/01/26 10:57:19.74 6YAc/CWl
>>729
>これほどロシアを揺るがした問題も、何故か日本の新聞やマスコミでは
>報道されません
池田氏の、ΟΟ大学名誉教授とかの称号は、全部買収だというのを
学会員でも非学会員でも知っているから、今更ニュースにもならないんだろう?
つうか、昔から菊(天皇)と鶴(学会)はタブー扱いだった。
731:一切煩悩経
14/01/26 11:38:32.06 8OdO2eSQ
>>638(オカルト宝珠)
>仏教がいうところの「一切」とは「無為」のことです。
>涅槃(有為)ではないもののすべてが一切であるので
?? 支離滅裂。
趣旨に対しては既に全面論破済み。
・そーゆー戯論でないのが<一切煩悩経(中部2)⇒如理作意>(>>542)←熟読&如理作意で一切外のガラクタを放逐しませう。
縁起の知覚間接現実=時空事実(因果)関係の撥無は、仏法にあらず。
・『以上のように、生と住と滅とが成立しないがゆえに有為は成立しない。
また有為が成立しないがゆえに、どうして無為が成立するだろうか(成立しない)』(龍樹・中論7-33)
★『およそ戯論(形而上的議論)を超越していて不壊なるブッダ(如来)を、いろいろと戯論する人々は、
すべてその戯論に害されて、如来(そのもの)を見ることがない。』(同上22-15)
・あくまで悟り→涅槃とやらは、世俗において本懐(実存苦の根本的超克)から逆算推測するしかない。
<こころ(無我)とこころの作用(涅槃:慶安:達磨安心)>(相応部35-23)だ。 (>>511)
悟りそのものはありえない。悟りも「想い」(Sn.1072)に他ならないからだ。
⇒非煩悩非菩提の如く(勝義)、即煩悩即菩提(還滅)
これが二相の相即的実践(閻魔)=修証一等(道元)の趣旨。
お経も単なる筏でしかないんだから、如理作意のうえ、使えるもんは使い倒してなんぼのもんですよw
当然、一切外ガラクタは、途中【一切門】で即捨てる。
732:一切煩悩経
14/01/26 11:45:43.45 8OdO2eSQ
ウダーナ8-3の趣旨は 、
『世俗の【生じたものでないもの】(分別)という分別戯論の寂滅(戯論からの『出離』)によって、 *中論18-6・8 ⇒ 22-12、25-16
<生じたものでないもの>(無分別“示唆”←これも戯論)⇒縁起の直接現実の無分別智による直覚=悟り=大覚成就がある』と言っているのです。
*上記のように、悟りそのものはありえません。非有非無の如し。
ウダーナ8-3は浅学者や宝珠などの外道には誤解されやすいところですが、
(直接)縁起撥無は仏法ではありません。 神とかアートマンなんて、まったく関係ないのや。
前述のように、涅槃はあくまで「想い」からの離脱(Sn.1072)によってもたらせる慶安の<境地=心の作用>です。
ウダーナ8-1、がそれです。なんらの神秘もありません。
典型的な間接否定形式による縁起の直接現実の示唆表現です。
733:一切煩悩経
14/01/26 11:49:56.47 8OdO2eSQ
639(オカルト宝珠)
>凡夫には聞けず見ることのできない領域すらも高い境地にある聖者は容易に知覚します。
確認検証したのか?そうでなければ勝手な妄想のバラマキでしかない。⇒相応部35-23・70(一切現生法)
『「われは知る。われは見る。これはそのとうりである」という見解によって清浄になることができる、と或る人々は理解している。
たといかれが見たとしても、それがそなたにとって、何の用があるだろう。
かれらは、正しい道を踏みはずして、他人によって清浄となると説く。』(Sn.908,相応部6)
734:神も仏も名無しさん
14/01/26 11:50:35.66 dQ4zmPCi
>>718
>ですから「非我」は「己の我を以って説いた」点で無矛盾でしょう。
>もし釈尊が一切智者ならば無矛盾でしょうから、中国のお坊さんの誤訳と
>いう説がロジカルですね。
「非我(我に非ず)」とは、明らかに「我」を前提としているではないか。
「我」が無ければ、「我に非ず」などとはいえない。
小学生を集めて、「この私は有りません」「この私は私ではありません」など
と言ったら、満場大爆笑だぞw。
「一切知者」とは誰の言葉?釈迦の「自画自賛」かw。「知らざるを知らざる
という。これ知るなり」。
メンヘラの元祖が釈迦とイエスであることは、もはや確定。
735:眼直鼻横
14/01/26 11:59:18.73 8OdO2eSQ
>>645(隠居)
>釈迦は「眼横鼻直」さえ悟れなかったw。
おやおや・「眼直鼻横」(道元まがい)・「風降れば降れ、雨吹けば吹け」(一休まがい)さえ、お解かりにならないようでw
ましてや「ブスはブスにあらず、アホはアホにあらず」(閻魔)なんかとてもとてもw
既成観念にやられて、隠居は頭が硬い。
硬いのはオチンチンだけでOK.
736:神も仏も名無しさん
14/01/26 12:04:59.77 dQ4zmPCi
釈迦・イエス個人崇拝も、麻原・池田個人崇拝と、原理的には全く同じである
ことを、いい加減で自覚せよ。
創価の人に「池田さんは神様ですか」と聞いたら、笑って否定してたよ。
ただ、「悪い人ではありません」とは言っていたがw。「釈迦は期限切れ」とは、
はっきり言ってた。
737:眼直鼻横
14/01/26 12:10:04.58 8OdO2eSQ
>>734(隠居)
>「非我(我に非ず)」とは、明らかに「我」を前提としているではないか。
既成観念にやられて、隠居は頭が硬い。
非我≒非無我を踏まえて、
<非無我非有我の如し>(勝義:不實而生(滅)←第一義空経)
<即無我即有我> (還滅:生已盡滅←第一義空経)
もう隠居には「無理」
738:神も仏も名無しさん
14/01/26 12:20:36.87 dQ4zmPCi
>>737
><非無我非有我の如し>(勝義:不實而生(滅)←第一義空経)
<即無我即有我> (還滅:生已盡滅←第一義空経)
そう「考え」、そう「言っている」のは、釈迦の「我」。いくら経典を引用
しても、ドツボに嵌るだけ。
「世俗的なことによらなければ、第一義は説示できない」(中論)。「世俗的
なこと」で語ってねw。
739:眼直鼻横
14/01/26 12:25:00.06 8OdO2eSQ
念のため、
我とは「超越我」(真我、アートマン、プルシャなど)のこと
縁起の知覚間接現実においては、
一切内 <一切法無我(有⇔無の無)> 個別検証によって見出せず
一切外 <無記> 個別検証不能
740:神も仏も名無しさん
14/01/26 12:38:51.18 dQ4zmPCi
>>739
>我とは「超越我」(真我、アートマン、プルシャなど)のこと
釈迦は、そんなことは、どこでも言ってないだろ。余計な注釈を加えるなw。
釈迦の「無記」とはいささか無責任だね。何故「完全否定」が出来なかったのか。
釈迦には分らなかっただけ。衆生(生活者)には自明のこと。「一切智者」の名が
笑うよw。
741:神も仏も名無しさん
14/01/26 12:42:54.55 KiYGQHys
所詮ハッタリえんまの役目は仏教の正確な知識よりも隠居、宝珠等教祖様の養殖業務だからなあw
ほぼ教祖様パーティーwはったりえんまの願望ドウリにw
742:眼直鼻横
14/01/26 12:47:16.68 8OdO2eSQ
>>738(ハエ頭隠居)
>そう「考え」、そう「言っている」のは、釈迦の「我」。
そう、言語仮設&仮説のみ。
<我は我に非ず。これを我と名づける>(金剛般若経)
頭が硬いハエ隠居には無理。
Was ist dein Ziel in der Philosophie?
―Der Fliege den Ausweg aus dem Fliegen-glas zeigen.
# お前の哲学の目的は何か?
# それは、ハエにガラスのハエとり壷から脱出する出口を示してやることだ。
(ウィトゲンシュタイン 哲学探究より)
>「世俗的なことによらなければ、第一義は説示できない」(中論)。「世俗的なこと」で語ってねw。
世俗的なこと(言語習慣=ハエとり壷)によったら、第一義は説示できない(閻魔)。
言語習慣にできることは、比喩によって示唆することが限界。
対象化不能だからだ。
遂にハエ隠居は、ブッダも龍樹もウィトゲンシュタイン見出せない。
743:○○○
14/01/26 12:50:14.97 cnJYVyI1
>>734 多分、他称「ご隠居」氏
>小学生を集めて、「この私は有りません」「この私は私ではありません」など
>と言ったら、満場大爆笑だぞw。
補足しますと「非我」は「現象界で確認されるいかなるものも本当の私ではありません」という意味のアナッタンの訳です。
でも、小学生には「おっちゃん、見えてるで。」と大爆笑かも知れませんね。
それとも「おっちゃんは偽者か?」。。やはり大爆笑ですね。
「我執を離れなさい」を言い換えて「なんでも一番にこだわらなくていいよ」と言えば分かる易いかも。
現代でも小学生には子供用の処方箋が必要だということでしょう。
744:眼直鼻横
14/01/26 12:56:12.36 8OdO2eSQ
>>740
>釈迦は、そんなことは、どこでも言ってないだろ。余計な注釈を加えるなw。
『弟子たちよ、『我(アートマン)』や『我がもの』などは、真実として捉えられるものではないのであるから、*菩提心凡夫の六処による経験的検証不能ゆえ真実として捉えられない。
このようなものに立脚した教え、つまり、『我と世界は一つである』とか、『我は、死後、永遠不変に存続して生き続けるであろう』というような教えは、
まったく愚かな教えであると言えないだろうか。」 *一切外はナンセンス(仏道センスがない)と言っている。
「まったくその通りです、師よ。まったく愚かな教えであると言わねばなりませぬ。』
(中部22)
ブッダは、明確に<アン・アートマン>(いわゆる無我)を説いている。
745:神も仏も名無しさん
14/01/26 13:01:42.83 dQ4zmPCi
>>743
大人の集会なら、釈迦に対する爆笑と批判と野次はもっと凄いぞw。
子供は幼稚だから、釈迦の言ってることを「素直に」信じる者もいるかも
知れんが、大人には、はるかに批判力(知性)がある。
いずれにせよ、釈迦信者は、小学生以下の知能。
746:神も仏も名無しさん
14/01/26 13:08:27.66 dQ4zmPCi
>>744
>ブッダは、明確に<アン・アートマン>(いわゆる無我)を説いている。
それがまさに釈迦の小学生にも嘲笑される初歩的論理矛盾、勘違い、うっかり
ミス。
これ以上、釈迦の恥を曝し続けるのはやめるべき。それは、釈迦に対する
名誉毀損だろ。
師の誤りを正すことこそ、弟子達の第一の義務。
優れた教師にとっては、弟子が教師を超えてくれることが、最大の喜び。
釈迦は、優れた教師ではなかったのか。
747:セラピスト
14/01/26 13:15:42.18 6YAc/CWl
>>630
>では、客観と無私とどう異なるのか?と聞かれても私には説明が出来ません。
>が、違うのは分かります。
客観と無私の決定的違いというのは、西洋哲学と東洋哲学の決定的違いによる。
まあ、このお題を書いただけでも、私は素晴らしいことかと思います。
実はこれは肝心要なことでありますね。
客観とは、善行とか悪行とかの概念を有しますが、
これは主客相対における視座であります。
ところが無私というのは、この視座そのものの無。
うつ病のボランティアが、奉仕することにおいて自分の病気も快復に向かう。
というのは、これは無私ですね。
この無私というのは、仏教をある程度教学した人じゃないと解釈は難儀かと思う。
748:眼直鼻横
14/01/26 13:16:30.34 8OdO2eSQ
>>743(アホ在家)
>補足しますと「非我」は「現象界で確認されるいかなるものも本当の私ではありません」
『自分がない、自分を見ないから遍く自分ではないんです、禅ではそういうことになってます 』(>>572)
殺祖殺仏殺私(臨済) わからんやろなあw
本当の私など相対分別観念による妄想でしかない。
>小学生には「おっちゃん、見えてるで。」と大爆笑かも知れませんね
日常自我、菩提心凡夫が見える(=分別視)のは当然。
おまえのアホぶりも、「おっちゃんのアホ、見えてるで。」と大爆笑
749:神も仏も名無しさん
14/01/26 13:25:28.93 KiYGQHys
インチキ教祖様議論サミットかww
えんまが企画したんだwきっとww
750:眼直鼻横
14/01/26 13:31:18.77 8OdO2eSQ
>>746
我には①日常我②菩提心自己③超越我がある。
①②は相対知覚できる。
相対知覚は実在証明にはならない。
ハエ隠居の③を経験的に証明せよ。
ヒント
『諸々のブッダは、
(1)我(アートマン)が有ると仮説し、
(2)無我(アナートマン)である(我が無い)とも説き、
(3)また、「我なるものは無く、無我なるものも無い」とも説いた。』(中論18-6)
対機説法だ。
繰り返しだし、議論のレベルを上げてくれ。
751:○○○
14/01/26 13:42:15.31 cnJYVyI1
>>750
>対機説法だ。
結局、四悉壇ということですか。
無我も説法の1/3ということならば、議論する必要もないでしょう。
752:神も仏も名無しさん
14/01/26 13:49:06.45 KiYGQHys
>殺祖殺仏殺私(臨済) わからんやろなあw
けけけwハッタリえんま、ハッタリの、へそで茶を沸かして、教祖様のオナニー強要かw
全く、臭いなあ、えんまはwああ、くせえwくせえw
くせえw餌に食いつく教祖様軍団w
教祖様議論バーニング!!!中ww
753:神も仏も名無しさん
14/01/26 14:22:38.93 4Mvc3OFJ
いま起きました。
もう毎日こんな状態です・・・
最愛の母が癌で亡くなり一周忌も過ぎました。
時間の経過とともに母が居なくなったという実感が増すと同時に、
母が亡くなった時より、自責の念、自己憐憫が更に増大しています。
現在、完全に廃人と化し日々、寝たきり状態です。
いまは吊る力もまだありませんが、力が出てきたら吊る予定です。
母の死は、母の生前中に考えていた以上に、途轍もなく過酷で壮絶でした。
進学、就職、結婚、孫などなど何か親孝行が出来てて苦悩の落し所がある人は少しは救われるのかもしれません。
しかし、ただただ親不孝だった場合、選択肢は一つのみです。
どうせ普通に死んでも地獄に落ちるだけ、母には逢えないでしょう。
ならこんな生き地獄で生き続けるより本当の地獄で早く苦しみたい。
それが残された親不孝しか出来なかった私の罪と罰だと思っています。
すべては自業自得です。
なのに身勝手にも、下衆人間の甘えた愚痴をアップして皆様の目を汚してしまいました。
母の父親が仏教に関する仕事をしていたこともあり、
唐突ですが、ここにアップさせてもらいました。
大変、申し訳ありませんでした。
754:神も仏も名無しさん
14/01/26 14:24:06.07 KiYGQHys
>殺祖殺仏殺私(臨済)
のカードを切るのは理解できる可能性を相手選んで提示、基本、一歩間違えば俗語「禅問答」丸出しにw
また、このカードを切る場合理屈の議論は完全放棄する。
まクサイ・ハッタリ・えんまならではのハッタリ禅ゴッコであるなw
クサイハッタリ禅えんまと愉快な教祖様仲間達スレだなw
755:神も仏も名無しさん
14/01/26 14:30:42.05 tBdjcOC7
>>753
仏陀は無我とか因縁(縁起)とか色々教えてくれていますが、
死ぬまで生きると言う事こそ重要ですよ。
この世が嫌だから死にたい~、
死ぬ時期なのに死にとうない~、これら両者ともにアウトです。
無選択に只生きる事こそが人の生きる道。
自殺の選択は人の道から外れた行為。
たとえドブにハマって死のうとも自殺よりはマシ。
756:神も仏も名無しさん
14/01/26 15:05:23.82 KiYGQHys
大変、申し訳ありませんでした。
753さんへ
母上の供養、親孝行の為に西国三十三ヵ所まいりか、四国八十八か所まいりかバスツアーでもしてから、
考えたらどうでしょうか?
757:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 15:15:14.30 ysK9iIDk
>>724
そのおっしゃる意味は私にも分かりますけれど、
しかし、ホジソン報告というものは、
ブラヴァツキーを恨むようになったエマ夫人が彼女の留守の間を狙って
手品のインチキ仕掛けを仕組んで嘘の証言を告げたものです。
何故なら、ブラヴァツキーをよく知る人物ならば、彼女の嘘偽りが大嫌いな真っ直ぐな性格と、
そして、彼女がどこでも不可思議な神秘力を存分に発揮していたことをよく知っているので、
そんなデタラメ記事などには騙されることはないからです。
758:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 15:15:45.23 ysK9iIDk
>>731-732
いやいや、そんなことウダーナの何処に書かれてるの?
いい加減に、勝手な自己願望投影は辞められたらどうです??
>>733
>確認検証したのか?そうでなければ勝手な妄想のバラマキでしかない。
ですから、私は自らの超常現象の体験、
霊的な自己経験をいくつもしていてると何度もいってるでしょ。
であるから、物質科学の説く領域を超えた事柄が在ることを私は身を以て知ってるんです。
それに対しあなたは単に、
己の未熟で浅はかな経験値の物差しで断定的にすべてを計ろうとしているだけなのですから。
知っている者からは笑われているのです。
759:宝珠@神智学徒/規制代行
14/01/26 15:17:59.89 ysK9iIDk
>>753
自殺なんて・・・。
そんなことをしたら母が悲しむだけだよ。
そして、
残された家族や知人たちも凄く嫌な想いをしますからね。
大変な迷惑を掛けることになる。
だから、絶対に辞めるべきです。
それだけです。
760:神も仏も名無しさん
14/01/26 15:20:41.46 tBdjcOC7
>>758
超常現象として虫の知らせとか予知夢とかあろうと思いますよw
しかし、人が空を飛んだり、無呼吸で海中生活できたり、無飲食で何年も生きれたり、
何年もどころか何万年も死なずに生きれたり~等はキチガイのハッタリにしか思えず、
コレを大真面目に信じている人間はやはり頭がイカレているという事でしょう。
761:神も仏も名無しさん
14/01/26 15:20:58.99 KiYGQHys
おらおらwセラピスト、えんまの餌に食いつき教祖様オナニータイム再開w
762:ウダーナ8-3
14/01/26 15:30:35.50 8OdO2eSQ
>>758(オカルト宝珠)
>そんなことウダーナの何処に書かれてるの?
ウダーナ8-3に明確に書かれている。
オカルト外道のは、分別・無分別と言語表記の問題を正確に掴んでいない縁起撥無の誤謬見解だ。
仏法の基盤はあくまで『縁起の直接現実(あるがまま)』であり、これの直覚を「縁起の現観」(悟り)と名づける。
(1)世俗に於ける勝義示唆⇒(空・中道)は無分別(無矛盾)だから、言語表記(分別)できない。
世俗(分別)で表すなら不<(非)〇 不(非)△>と言う両極否定間接形式(四句第4)が限度である(中論18-6・8・11)。
それが上記ウダーナ8-3の<生じたのではないもの><(滅したものでないもの)>=不生不滅←中道だ。
(2)一方、世俗の一切内では二項相対分別で、【生じたもの⇔生じたものでないもの】【滅するもの⇔滅したものでないもの】と分別表現できる。
★勝義示唆の<生じたものでないもの>(無分別示唆)と、世俗の【生じたものでないもの】(分別)は相が異なる。★
この如理作意のゆえに、>>732の趣旨となる。
ハエ頭隠居と同様、オカルト宝珠にも「無理」だw
763:セラピスト
14/01/26 15:30:53.79 6YAc/CWl
>>753
私はターミナルケア(いわゆる末期患者)がいる某病院で約3か月程過ごしまして、
その間に患者といろいろコミュを取っておりました。
人間というのは、先ず死というのを拒否しますが、やがてそれを受容するようになる。
そして受容するようになると、心は穏やかになりまして、仏教でいう悟りに近い境涯になるようです。
つまり生死そのものを超克してくるようになるのです。
私の感想は、人間の生死ってのは紙一重かと思います。
実際、実に儚いものです。
私は、こういう経緯を通して、そして仏教に関心を向けはじめたのであります。
ワードは禅における「生死一如」ですね。
私が求めていたのとピッタシでした。
(つづく)
764:セラピスト
14/01/26 15:33:51.64 6YAc/CWl
(つづき)
生死を超越してきますと、あら不思議、全く世界観が変化します。
人間というのは、死期が迫ってくると、ある程度は悟るのかと思います。
>それが残された親不孝しか出来なかった私の罪と罰だと思っています。
人間というのは、あまり寝すぎると余計に疲労感が溜まります。
脳は睡眠している時に活発に活動するからです。
ですから、寝すぎること自体冷静な判断も出来なくなる可能性はある。
看護師は、あまり寝すぎる患者は無理に起こすのが通例です。
老人であれば、寝すぎるとボケに成り易いからです。
脳に刺激がいかないと、脳は衰退していく。だからホッペを軽く叩くくらいの刺激は良い。
なるべくだったら、起きていた方が精神には宜しいです。
765:一切に関する現生的なる法
14/01/26 15:47:22.45 8OdO2eSQ
>>758
>己の未熟で浅はかな経験値の物差しで
仏法は一切(相応部35-23)に関する現生的なる法(相応部35-70)として、
その教典・論説などは下記基準を満たしていなければならない。
なぜなら、「それは、ありもしないもの(妄想・物語)を語っているからである(相応部 35-23 一切』
1.現に証せられるもの(現実に今ここで実証できるもの)、
2.時を隔てずして果報あるもの(時間をかけることなく瞬時に効果の現れるもの)、
3.来り見よというべきもの(ここに来て実際に見なさいと言えるもの)、
4.よく涅槃に導くもの(苦の寂滅・心の平安に導いてくれるもの)、
5.知者がそれぞれに自ら知るべきもの(勝れた知者が、自分で知ることのできるもの)。
<相応部 35-70『ウパヴァーナ(優波婆那)』>
この基準で菩提心凡夫の六処による経験的検証不能なオカルト論説は、
『真実として捉えられるものではないのであるから、 このようなものに立脚した教え・・は、まったく愚かな教えであると言えないだろうか。』(中部22)
『自らの超常現象の体験、 霊的な自己経験』とやらを経験的に実証してから、
御託を並べろ。