12/12/23 23:26:12.42 sj3CdLMC
>>198
釈迦仏教を釈迦仏教のまま受容している宗派は日本仏教にはありません(あえて挙げるならば上座のみ)。
釈迦仏教を様々な宗義というフィルターを通して解釈理解しています。
例えば、「お墓を拝む」とありますが、お墓を拝むというのは二種類の意味があります。
第一にお墓を拝む事。これは亡き人のためにお墓をきれいにするなどの行為であり、民族的な行為です。
第二に法要を執り行う事。僧侶や施主自身が功徳をつみ、またはそれを先祖に対して回向(まわしむける)することです。これは仏教的な行為です。
この第二の行為は釈迦仏教を忠実に受容しているわけではありませんが、大乗仏教としては重要視される行為です。
中国の影響として儒教から、日本の影響として祖先信仰があるとして、それらを省いたとしても、
解脱したいと思ったり、経典を読誦したり、念仏をしたり、護摩を焚いたり、座禅をしたり、経典の名前を唱えたり、
礼拝をしたり、布施をしたり、戒律を守ったり、瞑想をしたり、人を助けようとしたり、
すべてを余すこと無く行うものはいませんが一部づつでも大乗的な行為が行われています。
たしかに現在の日本仏教を見て、釈迦仏教を学べば矛盾のように感じることもあるかもしれません、
けれども大乗仏教を見て、日本仏教を見ればあまり矛盾を感じることはないようにも思えます。
また、説明は簡略に徹した為にわかりにくい点があるかもしれませんが、追って質問していただければ次いで回答させて頂きます。