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『比丘たちよ、しかしながら、まさに、「生ぜられたもの」でなく「有らせられたもの」でなく「作り為
されたもの」でなく「形成されたもの(有為)」でないもの(涅槃の境地)が存在するがゆえに、それ
ゆえに、「生ぜられたもの」「有らせられたもの」「作り為されたもの」「形成されたもの(有為)」から
の出離が、覚知されるのである。』(『ウダーナ』8:3)
URLリンク(www.j-theravada.net)
仏教でいう一切とは何か?それは現象界のことであり、「有為」と同義です。一切法とはその
性質についての仏教的理解のこと。ウダーナに示した涅槃とは、有為ではないもの。つまり、
一切外にあるのが涅槃。涅槃は一切内には在らず。従って、これは縁起しない。
だから、「縁起しないのが涅槃である」と、ウダーナ8:1を示したばかりでしょう!
それでもまだ分らなかったら、まず自分自身で水野『要語』を買って(持ってます?)、直接自分
の手でページ捲って読みなさいな。更に、モニターの壁紙にして貼りつけるとか、プリンター印刷
してこの部分を毎日、読誦しなさい。もう、後は知らない・・・。
まっ、大王と話してもしょうがない・・・。