12/12/04 01:11:31.65 xhgTl84g
>>733
>で、実在ではなく、存在が虚妄でしばしのものであることをよく観察すれば、
>因縁によって生じたり滅したりするのが観察できる。これが縁起。
観察できれば、それは「虚妄」とは言えない。矛盾。
中論は、そんなことを言っているのではない。「因・果」「生・滅」の概念を
否定したのが、中論の「相互依存性・関係性」という「抽象性」。
2諦論は、仏教哲学において世俗諦一本に止揚されるべき今後の問題。中論がそ
の方向示しているし、ジュニヤーナガルバの努力も、それを示唆している。