12/09/06 15:28:15.62 N1qHb1TA
≫この特別視は、無意識が生のあらゆる領域においてほのかに不可能を望むことをさす。
起りえぬこと、知りえぬこと、為しえぬことを望む。
そういう意味で私は信じられないほどの馬鹿な思考に取り付かれています。
日常的なものであり、ここで話したことも無ければ当然近い指摘もされたことがありません。
信じられないほどばかな思考、というのが実にありふれた無意識の思考。
過去を変えることを望み、現在不可能なことを望み、知りえぬことを知ろうとする、未来を知ろうとする
「いわゆる思考」のことです。
宗教というのはそのいわゆる思考で苦しみが故の薬でしかなく、本質的なものではありません。
平凡な人としての心、衆上に目覚めればそれが悟りと聞きます。
平凡な心が平凡な心そのものを自覚する際の道具として宗教があるのであり、宗教そのものに実体があるわけではないと思います。