12/07/09 17:28:34.76 gnl/WSsd
>>580
平凡な精神は世の中の、自分の内の少しの事しか認知しないから、
内部葛藤も世間との葛藤も少ない。
あるがままに幸せに暮らせる。
が、その精神のパターンに目覚める事は難しい。
苦しみが無いとそれから目覚める動機がないから。
良くも悪くもない。悟りへの道のりはここでよく止まる。
その幸せなあるがままの生に飽きるまで。
非凡な精神は、非常に広範に複雑に自己や外界を捉えるから、
内部葛藤も外部との葛藤もある。
あるがままがものすごい苦しみなのだ。
こういった精神は精神を超えるのか精神が死ぬのかしないかぎり苦しむ。
発狂か悟りかのどちらかしかないとOSHOはいう。
各々の道のりがある。
目的地は同じでも、スピードが違うし、コースも違う。
そして後者の人は前者を知ってるが、前者の人はそういった風に自分以外の人間に興味を持たないのでわからない。