坐禅と見性第86章有始有終無始無終at PSY
坐禅と見性第86章有始有終無始無終 - 暇つぶし2ch2:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/04 16:44:21.89 KkC7bQr1
一期一会
一期とは、宇宙の始まり以来、
一会とは、こんにちは、さようなら

3:野孤禅スレです
12/06/04 16:50:35.70 v1djYfra
ここはタイトルとは真逆の擬似似非の野狐禅を展開している糞スレである。

ポッタン(別名あは)と称する者が師家気取りを演じている。(本人曰、糞スレだから銀蝿が湧いてしょうがないと)
自己愛性人格障害のこの者は坐禅修行もろくにせず、名誉欲や偽善心、虚栄心など我執煩悩が旺盛である。
三昧と執着の違いも分らず、三昧であれば何でも禅と言い放って、もっぱら日々、競馬三昧、2ch三昧にのめり込んでいる。競馬や低俗なコピペを方々に貼付けては顰蹙を買うほどの俗物である。

本人は無師独悟とか称して、隻手の音を聞いた、その後次々と公案を透ったと大見栄を切っている。
しかし所詮、自分免許の浅はかさ。書込みからは証悟の片鱗すら伺い知ることはできない。
一例が「私は払子を立てた。これが私の禅です」と坊主の真似事が禅だと、恥とも知らず失笑を買っている。

そんな者がどこからか禅語をコピーしては、矛盾に満ちた皮相的で幼稚な取るに足らない曲解を書き込んでいる。
突っ込まれて答えられない質問には、恥隠しのはぐらかしや長文コピペで誤魔化すこと枚挙に暇がない。

またときに、尊大な我執による妄想妄念から、あられもない説法をしでかす。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」と幼児童話レベルの妄想が禅の悟りであると吹聴している。
しかも30年近くもこの有様というから愚かの極みで、恐らくボタンを掛け間違ったまま生涯を終るものと想像できる。
野狐禅に陥ったら、五百生間狐となって迷妄の深淵から抜け出せないというよい例である。

この様に我執に塗れた者が無我を語り、見性せぬ者が空を語るなど、入門者でも胡散臭さを感じて俄に信じる者はいないとは思う。
しかし中には、類は類を呼ぶ、同病相哀れむという諺通り、ポッタンを師とする者が現れた。
素人Aというポッタン酷似の者で、なにやら激しい妄想妄念を、誤字誤変換だらけで書き込んでいる。
最近は師への切替えが混乱し、妄想妄念も激しくなって分裂症も進んでいる様子である。

祖師禅とかけ離れたこの野狐禅スレに、間違って来られる入門者があるやもしれない。
しかし、よもやこの師弟に惑わされることはないと思われる。
万が一のため、ポッタンのように野狐禅に陥って人生を無駄にせぬよう警告の意味で記しておく。

4:野孤禅スレです
12/06/04 16:51:20.15 v1djYfra
ぽったんの見性渇望物語である。
まだ、ぽったんが”あは”と名乗っていた時代のことである。
酒場に働く女から金色の炎が立ち上がってるのを見て、見性したというのがことの始まりであった。
勿論、見性とはまったく無縁のことは云うまでもなく、当然のことながら呆れた幼稚さに批判非難紛々であった。
それでもぽったんはそれが見性だという持論で仕切りに反駁したが、誰一人、頷くものがなく、渋々引っ込めざるを得なかった。
暫らくこの自説を封印して大人しくしていたのだが、持って生まれた猛烈な虚栄心はそれで収まる訳はなかった。
次には新たに、「お花さんが微笑んで、おはようとご挨拶」と童話風物語を語り始め、これが見性ですと新説を打立てた。
それが素性の知れぬマンゴー先生とかいう者に見性してると”認定”され、今日までそれがぽったんの唯一の拠り所になってるのは衆知のことである。
しかしそれだけではまだ虚栄心を満足させることができなかった。
その後、「隻手の音声」という公案について、頭の中で組上げた理屈でもって、音を聞いたと吹聴し始めた。
だが、そうはいったものの、ある人物から「本当は聞こえない」と指摘されたことから、組立てた理論が敢なく崩れ落ちてしまった。
すっかり自信を失なってしまったぽったんは、ここでも見性の自説を下さざるを得なかったのである。
その後は、音が聞こえるのは色即是空までで、その体験後は音は聞こえずそれが空即是色であると実に珍妙な見解に変えている。
その度に、都合良く解釈を変えるもので虚言癖もなかなかのものである。
またつい最近では、方々のスレで「無とは何か」などと、公案がパズルであるかの如く回答を募って師匠然を気取っていた。
しかしこれもまた、ある人物からトラック一杯の答えを集めても正解などはないと指摘され、あえなく撤退してしまう嵌めになった。
このようにどれもこれも、もともと見性などしておらず、ただ嘘でもいいから異常体験をしたとの虚栄心と師匠を気取っていたいがためであるのは明らかである。
真に見性してものであれは実体験からくる確固たるものを掴んでいるので、誰が何を言おうと一切右往左往することはないものであるが、この体たらくである。
次は何を言い出すのか実に見ものであるが、このようにポッタンの見性への思いは渇望というより飢餓に近いと言える。

5:野孤禅スレです
12/06/04 16:51:49.02 v1djYfra
以前にポッタンの隻手の音声のいい加減さを指摘したが、その後のポッタンの隻手の音声である。
最近では「片手の音は、聞こえないよ、キッパリ!!」に変更したようである。
かって「聞いた」から「聞こえるのは色即是空までで、その体験後は音は聞こえない」に変更したが、驚くなかれ再び三度の変更である。
今度は何に影響されたかは定かでないが、この様に他人の言にいとも簡単に左右されるのは、禅体験からくる確たる根拠がない為である。
そもそも隻手音声の公案とは、「片手で打つ音を”聞いて来い”」という問いである。
その答えが「聞こえません。キッパリ!!」では全く笑い話にもならない。
ポッタンはそんなことすら分からない全くの野孤である。それは禅を頭で理解するものと勘違いしているからこういうことになる。
(禅語の字面をなぞっただけの表面だけを追いかけて知識で理解しようとしているのが、コピー文の随所にみられる)
隻手音声は生易しいものではなく、ある面、無字の公案よりも難しい。
ポッタン如きの野孤がチョコット知識を並べた程度で透過することなど全くのナンセンスである。
「聞いてこい」という師家の問いに対して、「聞こえません。キッパリ」などと公案から逃げずに、日夜真剣に取り組まなくては、到底聞くことが出来ないのは言うまでもない。
さらに聞いたと言うのならば、師家にも聞かせてやらねば証明したことにはならない。
それが真面目な顔して、俗世間人が言うのと変わらぬ「聞こえません。キッパリ」では、師家もこの幼稚さには、ただただ苦笑するしかないだろう。
野孤禅の野孤たる例として、最たるものといってよい。
さらに滑稽なのは「片手の音は、聞こえないよ、キッパリ!!」と答えておきながら、方々のスレで「片手の音を聞いて来い」と師匠面して問うていることである。
この自家撞着にさえ気がつかぬ愚か者に、付ける薬はない。
主体性だとか主人公だなどと、普段偉そうなことを言っているが、この様に借り物の知識ばかりで主体性が全く身についていない口先だけの禅であることがよく分かる。
三十年近くも禅を学んでいるというのに、未だに禅の周りをウロウロして入口にも近寄れず、ちっとも埒のあかない野孤禅ポッタン師匠。
禅の資質、素養が無いに等しいポッタン”師匠”の口から、この次にはどんな言葉が飛び出てくるのか・・・・・、野孤禅は永遠に続く。


6:野孤禅スレです
12/06/04 16:57:37.05 v1djYfra
ポッタン野孤禅では、禅語や公案を字面を追って理屈的解釈するものと勘違いをしていると、以前指摘したことがある。
ここでは、最近よく出してくる「眼横鼻直」を例に、その行き着く果てが自家撞着という矛盾であることを説明しよう。

直近によると「主人公、主体性、自由、鼻は直に涅槃」とポッタン流に珍釈している。(これはこれで全く酷いものだが・・)
その言下に「公案は、常識や知識で、これとそれを分けている妄想を、これとそれを分けない、これとそれは 一の如し」などといっている。
しかし何より、己自身が分別心によって、しっかりと区別している矛盾に全く気がついていないのであろうか。
他にも「自己はありません」と言ったかと思うと「自己を語ろうよ」と、「悟りは語れません」と言ったかと思うと「悟りを語ろう」と呼びかけたり、また「リアル(な世界)には・・・・云々」と言って、現実と観念上の世界が夫々別に存在するかのようにハッキリ区別したりする。
これらの例に限らず、悟りや仏の解釈に酷い矛盾があることや、隻手音声を透過したと言っている自身の言動に、甚だしい不一致や我執紛々として悟証の欠片も見出せない支離滅裂なことは、過去スレをちょっと覗いても数多見出される。
禅を、言葉の字面を追って理詰めで解釈するものと勘違いしている者は、必ずこのような矛盾にぶち当たる。
更に悪いことに、指摘された矛盾を取り繕ろうとしたり、相手に打ち勝とうとして、さらに分別心を掻きたてていることである。
矛盾を、さらに矛盾で覆い隠すため、理論武装の屋上屋を重ねていることである。
その様な、禅そっち除けの自我妄執愛に陥って悪循環に嵌ってしまっては、もう手の施しようもない。
その先には精々、禅に手が届かぬ絶望感と人格破綻であろうか。
そして、字面を追いかけた先に禅や悟りがあると思っているようで、空がどうの悟りがどうのと、いくら難解な仏教語を駆使して、己の禅を誇示しようと、素人、入門者の域を出ることはない。

最近では、質問には以前にも増して的確な回答が出せず、拾ってきた仏教語を自己流で解釈して誤魔化すようである。
畢竟、言うなれば十牛図の尋牛にも届かぬ、禅の周りをうろついているだけの単なる野孤なのである。
このように迷妄の底無し淵に落ち込み、禅の入口さえも見出せないで、もがいているのがポッタン野孤禅師匠である。


7:野孤禅スレです
12/06/04 16:58:49.94 v1djYfra
今回は、その後の隻手音声の続きであり、以下は最近のそのままの引用である。

「ある禅僧が、隻手の音声を聞いた!お師家様にも喜んでいただこうと足音を踏み鳴らして師家の部屋に飛び込んだとき、お師家様は静かに言われたそうです。片手の音は、聞こえない。
そこが、空即是色です。1秒もかからず、リアルに舞い戻していただいたそうです。 お師家さまの指導下で修行する事のすばらしさは、こういうことにあるのでしょうね」
とある。 しかし、この話は禅を心得た者から見れば、全くバカバカしい限りの虚言、虚構創作であることが明々白々にして容易に分かろう。
まず、隻手の音声を出した師匠が、未だ法身も会得していない者に、積み上げつつある修行を元の木阿弥に戻す様なことは絶対、口にしないからである。
いわんや「片手の音は聞こえない」などと、音がどうの、聞える、聞えないだのと分別差別の相対概念を、ここで持ち出すなど、まったくのナンセンスである。
かつ、俗世的相対固定観念に捉われたまま、未だ始末できない生煮えな禅匠がいる筈もないからである。

そして「そこが、空即是色です。1秒もかからずリアルに舞い戻していただいたそうです。」と続く。
法身が何たるかも分からないものが、1秒にしてリアルに舞い戻るも何もないものである。
よしんば、万が一そうであるにしても、まずは、無にしろ空にしろ、徹底させて、法身を会得させた後の、まだず~と先々のことである。
証明する事にさえ苦心してるのに「片手の音は聞こえない」などと、足を引っ張るような愚劣な指導がある筈もないのは参禅したものなら承知のことであろう。

なぜポッタンがろくでもない嘘に満ちた拙話をでっち上げるのか。
それは、ポッタンの脳内で作り上げた「音が聞こえるのは色即是空まで、その後は音は聞こえずそれが空即是色である」という珍妙な屁理屈の辻褄を合わせようとの魂胆があるからに他ならない。これを嘘言の屋上屋を重ねるというのである。
ちょっと禅を齧った者にも、容易にわかる幼稚な作り話を、平然と書き込みする愚かさを繰り返すのが、ポッタン野孤禅の本領であろうか。

この様に、このスレにはポッタンの虚飾、虚言、嘘妄の作話で満ちているが、初心者は、野孤禅サンプルとしての反面教師としてならともかく、決して野孤禅に惑わされないよう、大いに気をつけて欲しいと思うのである。

8:野孤禅スレです
12/06/04 17:00:14.69 v1djYfra
ポッタン禅が、いかに野孤禅なのかを指摘してきたが、最近も野孤禅のよい(?)サンプルを提供してくれている。
その中で、しばしば、不二一如の説法を垂れているので、それを紹介しよう。

最近の曰く、「二は二では無い、一の如し、バカの一つ覚えで、一如と言ってきてるよ。」 
そして「視点を弱いものと同じ目線で見ることです。」 「相手とわたしがいて、相手は相手、わたしはわたしが、世間ですが、それでは、いけません。痛みを分かち合う事です。」

と、他人も私もなく一如なのだと、今度は聖人にでも変身したかのような、一見、大変結構なことを語っている。
しかし、これが口先だけのとんだ戯言なのである。
仏教に接しているものならば、五戒は知っているであろう。
その中に不妄語戒と言って、嘘言するなかれ、という人であれば当たり前な戒がある。
ポッタンは、今まで数々の嘘言や作り話で人を騙しているが、嘘言を吐くことは人の尊厳を蔑ろにするから出来ることであり、更に人を騙すのは詐欺にも等しい罪業である。
己が可愛いと思うなら、同様に他人も大切にすると思うのが、自他一如でもあろう。
また公案にしても、正師の元で、印可はおろか透過すらしていない。にも係わらず、師匠面して公案に答えよ、と人を愚弄にした書き込みを続けたりしている。
これらの例に限らず、他にも数々の愚かな行為を繰り返してきているが、これらの所業が他人にはどう写っていると思うのであろうか。
自他一如が分かっているならば、この様な行為はとても出来ることではあるまい。
更に、己が他人を慮る気持ちがないのを棚に上げ、他人には「視点を他人と同じ目線で見ること」と注文をつけている。もう滅茶苦茶である。
ポッタンの自他一如は、いかに自分に都合のよい自己中心的で、それを言うには到底、程遠い行為であるかが分かるであろう。

そもそも、己の所業による不徳を羞じる良識があれば、自他一如の説法する資格などないと思う筈である。
ところが、それを口にするのだから、すでに人を欺いていることだと分かっていないらしい。自他一如などとは、ポッタンの己自身を省みれば、安易に説法できるものではない筈である。

以前、ポッタンの言行不一致を指摘した。
この例も、いかに身につかない単なる口先だけの野孤禅ということを証明してくれている例である。

9:野孤禅スレです
12/06/04 17:33:41.96 v1djYfra
野孤禅は野孤の数だけ種類があるが、ポッタン野孤禅は差し詰め、口先禅とでも言ったところだろう。
最近、それに加えて猿真似禅(しかも幼稚的)というのを追加してくれている。

「宇宙未始前の一句をもつて来い。
宇宙が未(いま)だ始まる以前の一句を言いなさい。 だろうか。
わたしは、すっと立ち、両手を後ろにやって、羽をばたつかせながら、口では、チュンチュンと鳴く。」

と、これが「宇宙未始前の一句」の、ポッタンの「どうじゃ」と胸を張った自信満々の回答である。
どこぞの公案回答集から拾ってきた真似かは知らぬが、禅家はそんな猿真似が透る程甘くはない。
精々、化けの皮が剥れるのが関の山である。
無字も、隻手音声の公案も透過していない程度の未熟さは隠し様もなく、隙だらけの回答ですぐに正体を露呈する。

禅の本源が分からぬものが、勘違いをすると、このような、道化師のようなことをしでかすのである。
あらかじめ頭に描いたシナリオを、時と場所と状況も見極めずに、ただ演技するだけである。
如何にうまく演技しようと、所詮、猿真似は猿真似である。
猿は何でも真似をするから猿真似だが、さらに猿真似の芝居をする、これを猿芝居という。

それにつけても、この猿芝居、幼稚さはなんとかならないものか。
毎度の、お遊戯は幼稚園児並ではないか。
「すずめさんがチュンチュンとこんにちは、タンポポさんがニコッとこんにちは」が悟りだと言い、「私は払子を立てた。これが私の禅です」と語った類と同レベルのものである。
これを師家の面前でやれば 「何の演技じゃ、そんな猿芝居は幼稚園でやれ」 と一笑に付されるのが落ちであろう。
「倶胝竪指」では物真似小僧が指をチョン切られただけで済んだが、これが関羽将軍の面前であったなら、ポッタン猿真似禅師匠は首が胴体から離れているかもしれない。実に剣呑である。

ところでポッタンは人を笑わせる才能があるようだ。
三十年近くもやっている禅が、ちっともものにならず、しかも今後も見込みがないならば、さっさとイッパツ芸人に転向することを勧めるとしよう。
それとも、これからもポッタン野孤禅師匠の言動で、大いに野孤禅のサンプルを提供してくれるというのだろうか。



10:野孤禅スレです
12/06/04 17:34:25.24 v1djYfra
これまで、ポッタン野孤禅の幾つかの実例を挙げて、野孤禅とはどんなものかを見てきた。
それから分かると思うが、ポッタン野孤禅は異常にまで文字語句に執着していることである。

万巻の書を読めば悟りが得られと思い込み、肥しにもならない屁糞知識を頭一杯に詰め込んでいる。
しかも悪い事に、強い自己顕示欲と虚栄心から、他人の悟りを己の悟りと偽るのである。
たとい好意的にとったにしても、頭に詰め込んだ他人の知識で悟った、と錯覚しているのが今のポッタンである。
しかし悟りの理論を組立てる必死の努力も報われず、すぐにボロが出てしまうのは哀れと言うしかない。

また、言葉に執着しているのは、2chでのレスの往来でも往々にして見られる。
ポッタンに好意的なレスには、“φ( ̄ ̄*) メモメモ、と熱心にメモをとるが、拙文(野孤禅スレです)レスのような気に入らないレスには、「内容がない」と言って批判、不満を垂れる。
どうやらポッタンは、よちよち歩きの幼児のように、アンヨがお上手と手を引いて貰いたいらしい。
小児幼稚性向はこれに限らないが、老齢による退行症状のなのであろうか、一層進んでいるようである。
そもそも、禅の本質が文字語句にある筈もないのは言うまでもない。
これが分からない様ならば、達磨が中国に渡った意も分からない。
「内容がない」と文句を垂れる前に、ポッタン己自身に禅の素質の無さを嘆いたほうがよい。

しかも先頃、ポッタンは次の様に語っている。
「法華経と言う経典を主人としてこれにひれ伏せば、こちらは奴隷である。こちらが主人公となって、法華経をこき使えば、こちらは主人公である。汝こそ汝の主人公、他の誰が汝の主人公でありえようか。」

己を知っていれば、書ける筈も無い文章ゆえ、どこからかのコピー文だろう。しかも本当に分かって書いてはいまい。
”法華経”を”文字語句”に置き換えれば、今のポッタンに、そっくり当て嵌まるではないか。
文字語句を追いかけ、振り回され、ひれ伏して文字語句の奴隷となっているのは、ポッタンそのものである。
いみじくも、ポッタン自身のことを指摘しているが如くの文章ではある。

三十年近くも文字語句に溺れている、これはもう性癖と言うべきで、自ら手に負えないようだ。
容易なことでは真ともになりそうもない。実に恐るべしである。

11:野孤禅スレです
12/06/04 17:35:19.18 v1djYfra
ポッタンと川上雪担老師との過去の会話の件で、最近、ポッタンが何やら呟いている。
雪担師もすでに遷化されているので替わりに一言、解説しておこう。

ポッタン曰く「彼との会話の争点は、色即是空、空即是色だ。彼には色即是空はあって空即是色が皆無だった。そこを、悟り半分と云ってたのだが、右の耳から左の耳へとスルー。聞く耳を持たない」
まるで雪担師がポッタン野孤禅師以下の語り方である。これ程、身の程知らずの軽口を叩く、厚顔無恥の輩を知らない。

雪担師は、大事を了畢した修行底の禅師であり、仮初めにも一寺の住職で禅を布教している専門の禅家であった。
ろくに修行もせず、屁糞知識を詰込んだだけのポッタン野孤禅師匠、あなたとは全く違うんです。
当時、雪担師はポッタンが禅を知らぬ者と早くから見抜き、無師独覚とか言って、無知も幼稚すぎる色即是空、空即是色の珍釈に呆れ果てていた。
そして、(隻手の音が聞こえるまでが色即是空だとか、その後の聞こえないのが空即是色だなどと言った)愚かな観念をスパッと放り捨て、空のどん底を見て来いと、雪担師独特の語り口で説法していたのである。
その握って離さない固執した自説と、その元の我執から離れることを、色即是空で丁寧に説明していた。
我執に塗れ、空も観てないものが、やれ色即是空だ、空即是色だなどと言ったところで、所詮、青臭い屁理屈でしかない。
まずは、我執を捨て、空の空の空の空、色即是空のみ、空のどん底を観て来いと、空を徹底的に説いたのであった。
然るに、ポッタンは、その意を汲み取れず 「(雪担師は)空即是色が皆無だった」と、いかにも愚鈍なポッタンならではの戯言を言ってる。
青臭い屁理屈などいらぬ、空のどん底をぶち抜けば、全てがガラーッと一転、空即是色が観て取れるのだと言う、雪担師の親切すぎる説法もポッタンの耳には届かなかった。
それどころか「(雪担師は) 自己が立ってる地点から、一歩も踏み出そうとしなかったしできなかった。そこで分かれた。なにか彼の胸の奥にくさびを打ち込めたのか、打ち込めなかったのか」
などと、思わず失笑してしまう程、どこまでも愚か者の視点で嘯いている始末である。

野孤が禅師と同レベルにあると思っているこの野孤感覚。
普通の感覚の持ち主ならば、狂気の振舞いという他ないが、やはり、虚栄心と自己顕示欲の塊の性格異常者である。

12:野孤禅スレです
12/06/04 17:39:10.20 v1djYfra
以前、ポッタン野孤禅の行き着く先が、禅に届かぬ絶望感と人格破綻であろうと指摘したことがある。
その兆候が、すでに”雪担氏との会話”の中にあり、ポッタンの性格が異常なものであることを紹介した。
その人格破綻の進み様が、最近の書込みに見れ取れる。

まずは、ポッタンによる無門関「久響竜潭」の書込みの中に、その徴があるので、それを見てみよう。
ポッタン曰 「まっ暗闇は、昼間の明るさの中で、色は、ひとつずつが他と区別して独立している。真っ暗闇に差し出された紙燭の灯りに浮き上がってきた世界はまさにリアル、色の世界である。
ふっと吹き消された世界は、何も差別できない無分別の世界、空である。空であるから、金剛経の注釈書を積みあげ、一句を唱えて引導を渡し松明で火をつけた。」 とある。
竜潭和尚の慧敏な禅のはたらきには気づかず、読み取ることができないポッタンの非力さである。
以前の眼横鼻直での 「眼は水平に自由を、鼻は縦に主体性を表す」と同レベルの、相変わらず皮相的で字面を追い掛けた解釈と幼稚さで、コメントに値するものは何もない。
そして 「だが、(途中略)この人は、空だけを見ただけである。隻手の音声で言うところの、片手の他人がたたく拍手の音を聞いただけである。ここから空即是色へと立ち戻らなければならない」 と続く。
吹滅の因縁を、見解とはいえない屁理屈でしか捉えられないのは、ポッタンの貧粗な力量なら仕方が無い。これでは、香厳撃竹の因縁も分かる筈もない。今は一応、失笑しつつも目を瞑っておくとしよう。

ところが、「師家である竜潭和尚の力不足である。 こうして徳山は竜潭和尚の法を嗣ぐことになった、と言うことであるが、空即是色が未だ透らずである。」
と徳山、竜潭和尚の力量を、ポッタン野孤禅師匠の比ではない、と大言壮語しているのである。

野孤禅を次々暴かれ、後が無いポッタンにとっては、徳山、竜潭の両和尚をコケにし、貶すことによって、ポッタン野孤禅師匠は偉大なり、と虚勢を張りたい気持ちの裏返しである。
ポッタンは、(愚かで悪いのは、ポッタン野孤禅を理解しない世間であり、我こそが大覚者なのだ)、とカルト教祖の論理を主張したいのである。
その伝でいくと、仕舞に全ての祖師方々否定してしまうのは間違いなさそうで、自我肥大のパラノイア(誇大妄想狂)は、深く々々、人格の破綻が進行しているようだ。

13:野孤禅スレです
12/06/04 17:41:06.37 v1djYfra
前回は、ポッタンの貧粗な力量を省みずに、雪担老師、更には古仏の徳三、竜譚和尚までも貶し、悟りが不十分と豪語したポッタン、その自我肥大異常性格を暴いた。今や、その自我肥大は止まる事を知らず、人格破綻へと、まっしぐらである。
最近、頻繁に使っているのが、無師独悟(独覚)とかいうポッタン用語である。
無師なのは、本人によると、人嫌いによると言っているので、普段の幼児並性向から、異論を挟む余地は全く無い。
しかし、独悟や独覚となると、悟ったものでも憚り多くて、なかなか口にできる言葉ではない。それを機会ある度に、常套句のように喧伝しているのは、自我の肥大化がどこまで進んで行くのか、の感がある。
本人は 「決して自慢、ひけらかしていってるものでは、ありません」と言い訳しているが、額面どおり受け取るのは安直である。
その言下に「お釈迦様も、沙羅樹の下で瞑想され、暁の空に輝く明けの明星を見られて悟られたのだよ、と言っています。と言うことで、私の無師独悟は、お釈迦様と同じ無師独悟の仲間です。」 と舌の根が乾かぬうちに、本心が別にあると言っているのである。
上から目線はポッタンの常であるが、ポッタンの無師独悟は、釈迦と同様に崇高なものだと、本音が透けて見える。
形は似ているが、内容は月とスッポン、魚目燕石である。
ここまで自我肥大が進行すると、悟りなど無論、望むべくも無い。 自我清算のない悟りがあろう筈もないからである。
しかも、過去スレでは時折、坐禅などいらぬ、と本音を吐露していた坐禅修行が嫌いなポッタンである。
歩み始めた第一歩から、自我清算の方向ではなく、自我増大に走ってしまったのがそもそもの間違いで、しかも正す者のない無師が致命的であった。
三十余年間、肥しにもならない糞知識を頭に詰込むだけで、坐禅修行を怠ってきた代償は余りにも大きく、そのつけが今になって回ってきたのである。
その期間を、自己に謙虚になって、まともに修行していたならば、ここまで自我肥大化していなかったであろうし、少しは悟りに近づいていたとは思うのである。
失った時間が取り戻せる筈も無いが、自我が強大になってしまった上、高齢の今になって、自我の清算など到底適わぬ事であろう。墓場まで野孤禅を連れて行くのは仕方ない。
賢明な諸氏には、決してポッタンの様な轍を踏まず、坐禅修行に力をいれて貰いたいと思うのである。

14:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/04 17:41:53.11 KkC7bQr1
オイヌサマノ (/_-)/ (U・x・U) \(-_\) オナ~リ~

さっそく ここぞとばかりに 門前の痩せ狗が咆えた。。oU`X´Uノ"彡☆ ガルルルゥー!!

読まず、透明あぼーん、した・・・~(=^‥^A アセアセ・・・

15:野孤禅スレです
12/06/04 17:43:02.97 v1djYfra
無字は、初めて参禅するものに与えられる公案である。これがまた曲者で、中々透して貰えず、艱難辛苦、大変な苦労を強いられる。
それもその筈である。この世に生を受けて以来、永年染み付いた黒白つけたがる分別相対観念を根こそぎ絶つことを試されているのである。チットやソットのことで透過できる訳が無い。
昔、菴原の平四郎というものが、大憤志を発し勇猛の一機で妄想魔境に打ち勝ち、僅か三日で見性したらしい。これなどは稀で、我々凡夫は、昨日より今日、今日より明日、薄皮を一枚々々剥ぐように、自我を清算していくしかない。
そんな凡夫でも、日々努力を続ければ、因縁が熟した時、何かの契機に見性は訪れる。それは一瞬の出来事かも知れない、暫しの事かもしれない。
見性の深さも人による。大疑念のものは牛の大半を見るかも知れない。そうでないものは尻尾だけかも知れない。
臨済にしろ白隠にしろ再参して大悟したくらいだから、鈍根な我々凡夫は、一度の見性で一見便見の様には行かない。
見性体験は、将に身を削る、自我清算の修行があってのことである。修行も無く知識を詰め込んだだけの見性などありえなく、逆に我見を益々強めて遠ざかることにもなる。
ましてや、2chに入り浸り、互いに貶し罵りあい、自我を研いている様では、到底、叶わぬ事である。

また、一たび、我見我慢我欲を清算した後、見性して初関が透れば、無や空がガラーッと分かるものである。
世間には、無や空は観念、概念だから書物で学べば分かるものだ、と甚だしい勘違いをしているものがいる。
書物で無や空が分かり、こと足れりと済むなら、達磨が中国へ渡ることも無かったし、禅はとうの昔に滅んでいただろう。
書物に書いてある空や無の解説は、いわば薬の能書きみたいなもので、読んだから病気が治るわけではないのと同じである。

ポッタンは、「飲み屋の女から金色の炎が立ち上がるのを見た」とか「父親に、最近、世界が違って見える、と話した」などと、見性したかのような思わせ振りを語っている。
しかし上述から分かると思うが、強烈な自我が、一度も整理、清算出来ていない俗物に、見性などありえない。これは毎度お馴染みの、彼の虚栄心や自己顕示欲から来る作り話であろう。
仮に事実としても、何か脳の悪い病気に冒されているか、89をやった副作用か、あるいは何かの幻覚ではないのかと疑われるのである。

16:野孤禅スレです
12/06/04 17:43:47.42 v1djYfra
以前、何処かのスレで、禅入門者が2chで真に悟りを得ている者か否かの見分け方を知りたい、という質問があった。
悟りを得ている者を見極めるのは、入門者には難しい。何をもって悟りを得ているかということからして難題である。
しかも、悟りの境地、境涯というものは、同じく悟ったものにしか窺い知れぬものである。
その上、ある者を悟ってると思っても、それは同じ境地にあるだけで、より悟ったものから見れば、未熟ということがよくあることだ。悟りに終着はなく、生涯の課題なのである。
また仏教知識を理路整然と捲くし立てるものが悟っている訳ではない。それは全くの別物である。
有余る知識を持つ理論家が悟っているのであれば、仏教学者は皆悟っていることになる。しかし現実はそうではない。
むしろ、自らの知識の呪縛にあって悟りを得られない方が多いかもしれない。
以前にも言ったことだが、知識は薬の能書きみたいなもので、能書きをいくら集めても、薬効が得られないのと同じである。悟りに知識は無用なのである。
一方、偽の悟りを見分けることは、入門者にも難しいことではない。
まず、偽者は悟りの心境にないので言葉も行為も軽く浮ついていることである。一端の理屈を語っても、こと行動や態度となると、如何に繕っても隠すことはできず、言葉について行けない。所詮、借り物の言葉でしかない。
ポッタンの例を見てみよう。彼は「区別しない」、「分別しない」と頻繁に口にする。(もっとも逃げ口上に使われることが多い)
しかし、本人はこの言葉の意味をよく承知してはいない。彼ほど区別しているものは珍しい位であるからだ。
彼はしばしば「マンゴー先生、素人Aという仏様に出会った」と語る。本人に好意的なものには、やたら諂い卑下するが、本拙稿のようなレスには、狗呼ばわりし異常なほど敵意をむき出し区別する。
また以前、何某から「悟っている」と煽てられては舞上がり、「あなたは仏様です」と手放しで喜んだ。かと思うと「勘違いでした。ポッタンは悟ってはいません」と取り消されると「あなたは悪魔のようです」と、手を還すようにコロッと態度を変えたこともある。
彼が他人の言葉に振り回され、私感情に振り回されるのは日常茶飯事であり、主人公々々々と説法するほど口程にもない。
この様に底が浅いので、言行不一致に注意を払えば、偽の悟りを見分ける簡単な方法の一つにはなるだろう。

17:野孤禅スレです
12/06/04 17:44:22.72 v1djYfra
言葉が軽いのは、偽悟り野孤禅の特徴でもある。最近、ポッタンは常套句のように眼横鼻直を説法しているので再掲してみよう。
彼の曰く、「眼は水平に自由と平等を、鼻は縦に主体性を表す」などと語っている。
しかし、この説明そのものが、眼横鼻直とは全く懸離れた迷妄の視点にあり、眼横鼻直になっていないことに気付いていない。
眼横鼻直は、彼の云う、眼が水平にどうの、鼻は縦にこうのとか、そんな分別観念を捨て、「すずめさんがチュンチュンとお早う、タンポポさんがニコッとこんにちは」などの彼我の妄想も捨て、
全ての妄念妄想を放捨して、真実在を真っ正面から受け止めれば、縦もなく横もなく、「すずめさんがお早う」とか、「タンポポさんがこんにちわ」とか、そんなものもない。
しかし乍ら、あるべきものはあるべき様に、ちゃんと納まっている。仏の世界は何も特別の世界ではなく、この真実在の世界が、即、仏の世界だという端的を、道元さんは眼横鼻直と云っているのである。
この、眼横鼻直の一句は、僅か四文字と雖も、色即是空、空即是色の一切を含み、俗世的な説明では、容易に解説し尽くせぬ手強く、侮れない一句であると云える。
ごく簡単に能書きを垂れはしたが、これを知ったところで、知的な理解に留まっているうちは、真に眼横鼻直は分からない。眼横鼻直に直参直入してこそ、分かるというものである。
然るに、ポッタンの説明は、水平だの縦だのと、悪癖悪習の二元対立、相対観念に捉われた見地で、全く仏法になっておらず、自らの偽悟りを証明している。
この観念に捉われた見方は、この例に限らず、彼の他の全ての説明について云える。
つまり、見性体験がなく無我を知らない。故に俗世的観念に捕縛されたまま、そこから脱却できない。その為に知的な理解に留まり、浅薄で皮相的な説明しかできない、と云うことだろう。
畢竟、見性体験のないことが元凶と云える。
そして、このポッタンの事例は、禅入門者へ幾つかの大切なことを示唆している。
30有余年の禅経験があると云っても、年数で悟りは開けないということ。誤った方向に進めば、後の修正は難しく、一生を台無しにすることもあると云うこと。
また、知識を詰め込んだだけでは悟りは開けず、見性の無い禅は無意味ということ、などである。
今後も、ポッタン野孤禅大師匠の偽悟り語録が続くであろうが、多いに注意して貰いたいものである。

18:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/04 17:44:24.51 KkC7bQr1
こんな風である。

2 自分:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb. [] 投稿日:2012/06/04(月) 16:44:21.89 ID:KkC7bQr1 [2/3]
一期一会
一期とは、宇宙の始まり以来、
一会とは、こんにちは、さようなら

14 自分:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb. [] 投稿日:2012/06/04(月) 17:41:53.11 ID:KkC7bQr1 [3/3]
オイヌサマノ (/_-)/ (U・x・U) \(-_\) オナ~リ~

さっそく ここぞとばかりに 門前の痩せ狗が咆えた。。oU`X´Uノ"彡☆ ガルルルゥー!!

読まず、透明あぼーん、した・・・~(=^‥^A アセアセ・・・

19:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/04 17:48:30.06 KkC7bQr1
3レスずつか、(笑)

2 自分:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb. [] 投稿日:2012/06/04(月) 16:44:21.89 ID:KkC7bQr1 [2/3]
一期一会
一期とは、宇宙の始まり以来、
一会とは、こんにちは、さようなら

14 自分:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb. [] 投稿日:2012/06/04(月) 17:41:53.11 ID:KkC7bQr1 [3/3]
オイヌサマノ (/_-)/ (U・x・U) \(-_\) オナ~リ~

さっそく ここぞとばかりに 門前の痩せ狗が咆えた。。oU`X´Uノ"彡☆ ガルルルゥー!!

読まず、透明あぼーん、した・・・~(=^‥^A アセアセ・・・

20:素人A
12/06/04 18:08:33.39 tutRyCv3
スレたてありがとう。最近頭の上がチクチクとむず痒いけど角が生えて来たら
鬼和尚喜び.ぽつ師匠には怒られる。そう言えば昔ラジオで孝子師匠アルバム
作る時期になると頭の上が禿げで河童か?いや盛り上がって来るとか言っていた
つけ。まあそんなこんなで今ここも盛り上がっているが。まあ盛り下がってい
るときもコツコツと骨折らず書き込めたら良いね。

21:野孤禅スレです
12/06/04 18:08:51.68 v1djYfra
言葉の軽いポッタン語録の中から、もう少し拾ってみよう。
ポッタン曰く「ほとけとは、さとりである。さとりとは平等である。平等とは無我である。無我とは一如である。一如とは如来である。
如来とは如である。見性とは、悟りと涅槃、現代語では平等と自由。また、無差別と主体性と言えます。禅のさとりは、一の如しですが、無分別とも言います。」
こんな能書きの類を言ってるうちは、全くの落第である。
これが30有余年間の集大成の言葉と言うのだから、実に進展の無い禅生活を送ってきたもので気の毒で哀れとしか言いようが無い。
どの師家に持って行っても、その初心者レベルの未熟さを瞬時にして見破られ、棒喝にも値しないと、追い返されるのが関の山である。
しかも、30有余年禅経験の結論です、などと言おうものなら、それだけで参禅入室を許されないのは勿論、読本は一切禁止、その上、只管の坐禅修行を命じられることだろう。
先に、ポッタンは眼横鼻直が分かっていないと指摘したが、そもそも、ポッタンは、自由、平等だとか涅槃などの仏教語を全く分かっていない。
お馬さんのケツを追い回し、取った取られただのと我欲に振り回され、我執に縛られたまま真の主人公にも会えず、二元相対の既成観念に囚われているものに、自由もなにも分かる筈が無い。
真に自由が分かっているならば、固定した観念に囚われた言葉などを繰り返し使う筈が無いからである。
また、人一倍、悪知悪覚の有無得失是非善悪などで区別する分別心旺盛で、しかも見性もない故、平等性智が発現しておらず真の平等など分かるはずが無い。
ましてや、自己顕示欲、虚栄欲、我欲など、煩悩の嵐が吹き荒れ、一瞬たりとも心休まることが無いものに、涅槃の境地などチラッとでも味わったことは無い。
そんな、言葉と心境が全く懸離れて見性も知らぬものが、「悟りとは・・・・うんたら、見性とは・・・・かんたら」と素人衆を相手に偽の説法である。
ポッタン野孤禅の正体を知った賢明な諸氏には、そんな薄っぺらい説法を真に受けることはないと思うが、
傲慢、増上慢この上なく素人衆を誑かすこの所業は、仏法を汚し冒涜する重罪であり、昔の修行僧なら、山から追放され、二度と山門を潜ることは許されまい。それどころか、簀にぐるぐる巻きにされ川に放り込まれても仕方あるまい。
いずれ地獄に落入って贖罪しなければならない罪業ではある。

22:野孤禅スレです
12/06/04 18:10:07.67 v1djYfra
言葉の軽さ薄っぺらさを指摘するのは、これまでの説明でも十分であるが、ポッタンの言説に戻って、肝心な点を指摘しておこう。
長年、肥溜め桶に漬け込んだ能書きの中から、拾い集めたのであろう。
悟り、見性を平等だ自由だなどと、頑愚なまで固定した観念に固執し、もっぱら、使い回しの草臥れた文字言句で説明しているが、そんな底が浅いものではない。
文字言句の字面を追いかけた結果、悟り、見性を、わずか数語の死んだ文字言句で定義するなど、これを死句を並べるといい、そこには禅のはたらきなど一片の欠片も無い。つまり、法が全く現われていないのである。
師家が一瞬にして、未熟を見抜くのはそこにある。
30有余年間の禅経験があると言いながら、仏法というものを未だ掴めず、法を見て取れる目も、表す力も全く付いていない。
無師独覚と放言しているポッタン野孤禅大師匠の越えられない限界である。野孤禅、まさに恐るべしである。

真に見覚めたものは、言葉で表現するにしても、直截で端的である。
一例を挙げよう。
無門関の「庭前柏樹」をご存知であろう。
ある僧が趙州和尚に「如何是祖師西來意」。達磨が中国に来た意図は何か、つまり悟りとは何かと訊ねた。
それに対し趙州は「庭前柏樹子」。ただ一言、庭先の柏の樹、と応えたのである。
これは何も、柏の樹に仏性があると言っているのでも、悟りの意味があると言っているのでもない。
柏の樹に用はないのである。
趙州の、法のギリギリのところ、悟りの端的を直截な言葉によって表現しているのである。
その言葉には、趙州の禅機に溢れた仏法が、実に活き活きと輝いている。これを活句という。
死句を並べただけの「悟りとは・・・・うんたら、見性とは・・・・かんたら」とは天と地ほど、雲泥の違いである。
また、無門はその頌の中で、「言無展事、語不投機。承言者喪、滯句者迷。」
と、「言葉で説明は出来ぬ、語れば本質の機微に触れることが出来ない、言葉を聞けば本来の意味を失い、句について滞れば道に迷う」と、言葉に執着する危うさを忠告している。
禅を志す諸氏には、書物から知識を得るにしても、文字言句の字面を追いかけて、死句を並べるのではなく、このような活句に参じるようになって欲しいと思う。
そのためにも坐禅修行に励んで、法を見て取れる目と力を、是非、養って頂きたいと思うのである。

23:野孤禅スレです
12/06/04 18:10:39.31 v1djYfra
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
||【このスレに来られた方へ】                                     ||
||★ここは野孤禅の本格スレです。まずそのことを充分、認識してください。          ||
||★野孤禅とはどういうものか、まともでない見本が満載です。                 ||
||★ポッタン、素人Aと称するものの発言内容は、まさに野孤禅の見本といえます。     ||
||★素人Aとかいうものはポッタンの携帯黒子ですので、ご注意。                ||
||★この者達の自作自演が多々有ります。相手にならぬようご注意。             ||
||★同様に、かまって貰いたいが為のツリが多々見られます。相手にせぬようご注意。   ||
||★まじめな質問は別スレにてお願いします。                           ||
||★誤って、禅の質問をしても、その回答はいい加減と思ってください。            ||
||★本スレの使用目的は、禅に関すること以外、ストレス解消、AAの練習等々、自由です。||
||★書き込む内容は、品格など一切問いません。                         ||
||★あらしも排斥しません。                                       ||
||                                  。  ∧_∧              ||
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||___∧ ∧___∧ ∧___ ∧ ∧__ ∧ ∧___| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|_______||
      (  ∧ ∧__ (  ∧ ∧__(    ∧ ∧__(   ∧ ∧   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ~(_( ∧ ∧(  (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は~い。
     ~(_(   ,,)~(_(   ,,)~(_(   ,,)~(_(   ,,)
       ~(___ノ  ~(___ノ   ~(___ノ   ~(___ノ

24:素人A
12/06/04 18:16:10.36 tutRyCv3
何だ良く見てみたら大王さんが一人でがんばっていたのか。大応援有難う。

25:神も仏も名無しさん
12/06/04 18:38:46.35 FnpH/Hwm
大王さんが盛り上げてくれるから、安泰ですね。
スレたておめでとうございます。

26:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/05 01:09:20.72 LDY9GOBL
>>20 A ちゃん

>最近頭の上がチクチクとむず痒いけど

( 」゚Д゚)」コソッ・・・シャワーでシャンプーつけて よく洗いなさいよ・・・

27:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/05 01:12:01.29 LDY9GOBL
>>24 A ちゃん

>大王さんが 大応援・・・

キャハ━━(#゚ロ゚#)━━ッ!!キマッタ!!

28:素人A
12/06/05 06:47:49.72 xf+T57nI
昨日たけしさんのテレビ番組で宇宙人が地球を圧倒的な武力で地球を侵略してくる、まともでは敵わない
ので最後はゲリラ戦いで人間風船爆弾で宇宙戦に勝利するとかやつていた。こんな下らないの放送すると
宇宙で宇宙人がテレビみていたら、地球は野蛮で戦闘的な人たちだから下らないと見下されて相手にもさ
れない。他の星に未開でも心の平和な惑星があつたらそこへ訪れようとするだろう。
素晴らしい映画のETは紹介されずなぜどぎつい野蛮な宇宙人は喜ばれるのだろうか?自分達が
下らない人間ですよと宣伝しているようなもので。結局宇宙には相手にされない人間社会じゃ不味いだろ
う我。何でレベルの低いのだけテレビでは喜ばれるのだろうか?見ている私も下らない。宇宙に失礼して
失礼される。



29:素人A
12/06/05 08:59:21.38 xf+T57nI
冷静に分析すると。宇宙人=神(上) 人間(下)と例えている本能が人々は神に対して不満が
ある、上から目線も腹も立つ、社会で頑張っても苦しい目ばかり会うなんで同じ芝居でもも
っといい役の不満が出るし、貧しいヒーローがのし上がり権力を懲らしめれば不満解消を夢
見るし、上は上で楽な立場に安住するし、冷静に見たら楽しめないことばかりつまらん
正解は無いになる、よくわからんけどまあ色々な立場であーなつてこうなつてまあよいかに
私は面倒で逃げる人間世界で正解か。大いなる生命活動の中の生きた人間社会◎。よくわからん
何でこの頃私はめずらしく真面目が続くのか、不味い早く煩悩に帰ろう時間の損だ。

30:ニューナルコ太呂
12/06/05 10:30:16.15 rs7O3vWw
前スレでチンカスファイター病故に、
自分が書き込んだ内容すらニューナルコ(記憶を消すようだなw)する。
ほんと、チンカスと命名してやっただけあるわw
臨済宗に関心が無いと書き込んだり、
臨済宗は自分の方が詳しいなど、
矛盾だらけ、ぼったんと同じだわなw

31:ニューナルコ太呂
12/06/05 10:38:26.31 rs7O3vWw
自己反省能力ゼロのニューナルコ(自分の書き込み行為の記憶消す)常習の
太呂の空虚なチンカスファイト演説もすごいなw
病んだ精神が他人を批判攻撃正論を語っているつもりなんだからなw
ひでえwぼったんと同じレベルだわなw

32:ニューナルコ太呂
12/06/05 10:42:57.93 rs7O3vWw
慈悲深いワイは進歩しないカスの太呂、ぼったんへの
無駄と見える教育は楽しいなあw
奴等の病的本性を爆発してもらい、これを標本として、禅を学ぶスレにする楽しみぐらいだなw

33:ノー臨済で修証義で
12/06/05 10:48:40.97 rs7O3vWw
ああぼったんは、野狐氏をワイと思って意図的に遊んでいるつもりらしいなw
太呂の狂態をそのままに臨済宗的におちょくるのも面白いが、
太呂の無限の狂態エネルギーにも飽きてきたきたから、
ろんどん氏、太呂の自覚できない「理に合う」、
初関見性無縁のぼったんの思考の基本に近い線の修証義で遊んでみるか。

34:ノー臨済で修証義で
12/06/05 10:53:07.44 rs7O3vWw
ぼったん、ろんどん、太呂はおのおの、文字好きだから、
お上品に、「チンカス、しこしこ」を使用せず臨済宗忘れてやってみよう、
道元直系は判り易いが現在曹洞宗修証義路線は坐禅禅定も難しいなあ。
修証義は懺悔、受戒、発願、利生ということらしい

35:ノー臨済で修証義で
12/06/05 10:58:26.31 rs7O3vWw
懺悔、自己反省の無い、ぼったん、太呂に要求されるものだな。
受戒とは、ぼったんは臨済宗的でない「ほとけ」の説明好きであるが、
曹洞宗的に「ほとけ」と言う限り、ほとけは競馬をするのか?エロAA200回連投するのか?
と参究すべきだな。これも懺悔の内でもある。
発願、ほとけの心を起こす、まあ競馬の貼り付けなんかは止めることだな、ほとけを説明して悟ったというならば
利生、他を救う、自己陶酔に走るぼったん、反省必要だな。

36:ノー臨済で修証義で
12/06/05 11:00:22.94 rs7O3vWw
どれ太呂の狂態と遊ぶよりも、こっちの方がろんどんも好きらしいからな。
曹洞宗を修行していると、単直の優秀さが理解できるな。

37:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/05 22:32:15.75 dgZ/ElcD
>>28 A ちゃん

テレビが言わない事、

電力不足は家庭のテレビの電源を切れば、難なく節電達成できること・・・きわめて意図的。
テレビは放送事故の恐れもあり、リハーサルは何回でもする。
だから面白くもないのだが、出演者と言う太鼓持ちは、驚いてみせる。

38:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/05 22:39:22.25 dgZ/ElcD
禅.mkv 角川映画  2:08:27
URLリンク(www.youtube.com)

39:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/05 22:42:00.93 dgZ/ElcD
ゴスペル風「般若心経」つのだ☆ひろ 5:38
URLリンク(www.youtube.com)

40:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/05 22:45:39.16 dgZ/ElcD
仏教の本質 哲学者「中村元」.flv 8:48
URLリンク(www.youtube.com)

41:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/05 23:17:36.55 dgZ/ElcD
碧巌録 第七十四則 金牛和尚呵呵笑う

垂示に云く、横に按えて、鋒前もて葛藤を翦斷る。
明鏡高く懸けて、句中に毘盧印を引き出す。
田地隱密の處、著衣喫す。
通遊戲の處、如何が湊泊せん。
還た委悉すや。
下文を看取よ。

擧す。
金牛和尚、齋時に至る毎に、自ら桶を將て堂の前に舞を作し、呵呵大笑して云く、菩薩子、を喫し來たれと。雪竇云く、此の如くなりと雖然も、金牛は是れ好心ならず。
長慶に問う、古人道く、菩薩子、を喫し來たれとは、意旨如何。
慶云く、齋に因って慶讚するに大いに似たり。

白雲影裏笑呵呵、
兩手持來付與他。
若是金毛獅子子、
三千里外見訛。

白雲の影裏に笑うこと呵呵、兩手に持ち來たりて他に付與す。
若是金毛の獅子子ならば、三千里外に訛を見ん。

42:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/05 23:35:38.05 dgZ/ElcD
>>41
第七十四則 【金牛飯桶】 きんぎゅうはんとう

垂示にいわく、莫邪の宝剣を水平に横たえ、槍の穂先を突き出して鳥の巣のようにからみあった葛や藤のつるを切り分けます。
明鏡は台にのせず空中にかかげ、言葉の中にほとけの光明を表現します。
田んぼの泥のなかにひそかに隠されている場所というものは、衣を着て飯を食べます。
神の力が遊びまわる場所には、どうやって留まることができるのでしょうか? 。
よくよく考えて検討し、まずは下の文を見てください。

金牛和尚は食事のときにはかならず、自分で飯桶を抱えて堂の前に立ち踊り、かっかっと大笑いして言います、「菩薩(bodhi sattva の漢音訳のこと、英訳 buddha being (ほとけを体現するもの) )さんたちはご飯を食べに来なさい」

雪竇は言います 「こんなようすだけれど、金牛はただの人の好いおじさんというわけではないのですよ」

ある僧が長慶和尚に質問します 「むかしの人が言う、菩薩さんはご飯を食べに来なさい、というのはどんな意味なのでしょうか? 」
長慶は言います 「ふるまいご飯に呼ばれたときに、ほとけの功徳をホメたたえるようなものですよ」。

白雲影裏笑呵呵、兩手持來付與他。
若是金毛獅子子、三千里外見訛。

白い雲の影を見てかっかっと笑い、両手で持ってきたものをみなに与えます。
もしこれが金色に輝くライオンならば、はるか三千里のかなたにそのボンヤリとしたものを見ることでしょう。 』

☆彡 メシはみんなでたのしく食ってこそ、うまいんだよなぁ~♪

43:素人A
12/06/06 07:00:45.82 YBALaCjR
・・ヒンドウのタントラには、神ならず者は神を尊崇すべきではない、という言葉があります。人がどんな神
を崇拝するかは、その人の精神状態によつて定まるわけです。しかし同時に文化の所産であって、カトリックの
尼僧は仏陀の幻視をもたないし、仏教の尼僧がキリストの幻視を見ることもありません。どうしたって人間が見
る神のイメージはーそれを見るとされる場所が天国であろうが、第六のチャクラであろうがー歴史的に条件づけ
られた地域的・民族的観念なのです。それは一つの隠喩であり、だからこそそれを透かして超越が認められなけ
ればならないのです。したがつてその名前と形式に執着し続けることは、その精神が歴史に縛られ、外見に囚わ
れたままでいることに他なりません。ヨーガの語彙では第六チャクラと第七チャクラにおける神の様式はそれぞ
れ有の属性絶対者及び無の属性絶対者とよばれておりそれに対応する瞑想の水準はそれぞれ有分別の三昧および
無分別の三昧となずけられます。その後者について議論しつつ、ラーマクリシュナはこう言いました。「しかし、
これは極度に困難な道である。それに従うものは世界の中の神のはたらきさえ夢のごときものと化し、非現実と
見るようになり、そして彼の私も同時に消滅する。この道をゆくものは神の化身さえも受け入れない。これはほ
んとうに困難な道だ。神を愛する人々はこのような推論にあまり耳を傾けないほうが身のだめである。」・・

44:神も仏も名無しさん
12/06/06 08:27:29.95 5vbSvpr/
人は自分の好む夢を見続ける権利があるのかもしれません。
夢に飽きた時、その夢に鍵をかける勇気が出るのかもしれません。
そして再び夢が見たくなったとき、いつでもまた鍵を開くことが出来るのかもしれませんね…。

45:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/06 15:02:51.69 QdOfD+YK
>>44 名無し さん

かも知れないと言う、ことなので、レスをつけようがありませんが、

夢は、脳のデフラグ とも言われるし、
夢の中の登場人物は誰であっても、自己、自己の投影と言われる。
なので
嫁は
無我を言う禅とは対極にあるものではないだろうか。
忘我、とも言うしね。

46:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/06 15:04:35.79 QdOfD+YK
>>45

ミ(ノ_ _)ノ=3 ドテッ!!

訂正
嫁は

夢は

47:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/06 20:44:15.48 14VPPS+E
碧巌録 第七十五則 烏臼、法道を問う

垂示に云く、靈鋒の寶劍、常に現前に露る。
亦た能く人を殺し、亦た能く人を活す。
彼に在り此に在り、同に得同に失う。
若し提持せんと要せば、一に提持するに任す。
若し平展せんと要せば、一に平展するに任す。
且道、賓主に落ちず、囘互に拘らざる時は如何。
試みに擧し看ん。

擧す。
定州和尚の會裏より來りて烏臼に到る。
烏臼問う、定州の法道、這裏と何似。
云く、別ならず。
臼云く、若し別ならずんば、更に彼中に轉じ去れ。
便ち打つ。
云く、棒頭に眼有り、草草に人を打つこと不得れ。
臼云く、今日、一箇を打著せり。又た打つこと三下す。便ち出で去る。
臼云く、屈棒を元來人の喫すること有る在。
身を轉じて云く、爭奈せん杓柄は和尚の手の裏に在り。
臼云く、汝若し要せば、山汝に囘與さん。
近前って臼の手中の棒を奪い、臼を打つこと三下す。
臼云く、屈棒、屈棒。
云く、人の喫すること有る在。
臼云く、草草に箇の漢を打著す。
便ち禮拜す。
臼云く、却って恁麼にし去れり。
大笑して出づ。
臼云く、恁麼を消得す、恁麼を消得す。

48:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/06 20:45:13.82 14VPPS+E
>>47
呼易、遣難。
互換機鋒子細看。
劫石固來猶可壞。
滄溟深處立須乾。
烏臼老、烏臼老、幾何般。
與他杓柄太無端。

呼ぶはち易く、遣るはち難し。
互換の機鋒子細に看よ。
劫石は固くし來たるも猶お壞すべし。
滄溟深き處も立ちどころに須らく乾くべし。
烏臼老、烏臼老、幾何般ぞ。
他に杓柄を與うること太だ端なり。

49:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/06 21:07:38.57 14VPPS+E
第七十五則 【烏臼屈棒】 うきゅうくつぼう

ある僧が、定州和尚の説法を聴いてから烏臼和尚のもとにやって来ます。
烏臼は質問します 「定州が説法で言うことは、ここと似ていますか? 。
僧 「同じです 」
烏臼「もし違わないのならば、これ以上は向こうに帰り去れば良いでしょう 」 そう言うとすぐに僧を打ちます。

僧 「棒の先にほとけの眼があり、たくさんの師匠のなかでこんな風に打つ人ははじめてです 」
烏臼 「今日はなかなかしっかりした者を打つことができたな 」 そう言ってさらに三回打ちます 。

僧はすぐに出ていきますが、烏臼は言います 「むかしから棒がしなるほどに打つというのは、それを受けているダレかがいるからなのですよ 」

僧は振り返って言います 「そうはおっしゃっても棒の握りは和尚の手もとにありますが 」
鳥臼 「あなたがもし必要ならば、わたしがこの握りをあなたに回して渡しましょうか? 」
僧は烏臼の前まで近寄って鳥臼の手中の棒を奪い、鳥臼和尚を三回打ちます。

鳥臼 「なかなか棒がしなるな」
僧 「その棒を受けているダレかがいるのですね 」
鳥臼 「多くの人たちがこのダレかを打っているのです 」
僧はすぐに礼拝します。

鳥臼 「和尚という存在はこのようにして去っていくのです」
僧が大笑いして出ていきます。
鳥臼 「消え去ることとはこのようにして得るものです」 』


呼べばそれはカンタンにやってくるけど(棒で打つことで連れてくるのはなかなか難しいことです。
たがいに呼び合うこころの働きを槍先に見立て、仔細に観察してください。
何万年も硬いままだった石でも、なお壊すことはできるし、よどんだ深い場所にその乾いたものがあるように見えます。
烏臼老人や、また別の烏臼老人、いったい何人いるのでしょう。
他のものに棒の握りを与えることは、ただ端っこという境目がなくなることなのです。 』

50:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/06 21:11:42.51 14VPPS+E
>>47-49

山川草木国土 悉有仏性
さんせんそうもくこくど しつうぶっしょう

門前の痩せ狗にも仏性がございますか?
有。

51:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/06 21:16:09.38 14VPPS+E
二酸化炭素濃度上昇がもたらす海洋酸性化による海洋の生物に迫る危険
URLリンク(www.jamstec.go.jp)
URLリンク(www.jamstec.go.jp)

52:太呂【‐】
12/06/06 22:59:05.98 6vKcBNiN
>>30-36
会社からパソで定刻キャラかねw?、随分とネラーらしい所業だなbrown troutクン
目を眩ましても実体は一つ。チャチイ工作は止めるコトだなw

呵々

53:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 01:34:35.25 v5LNfxxE
□「Glary Utilities」v2.46.0.1518(12/06/04)
- 複数のパフォーマンス改善ツールをまとめた統合PCメンテナンスソフト
URLリンク(www.forest.impress.co.jp)

54:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 02:45:57.88 v5LNfxxE
Egberto Gismonti-Maracatu 16件の動画
URLリンク(www.youtube.com)

55:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 03:23:29.15 v5LNfxxE
Anoushka Shankar plays 'Pancham Se Gara' 11:28
URLリンク(www.youtube.com)
Anoushka Shankar - Your Eyes (Sitar Solo) 8:32
URLリンク(www.youtube.com)
ANOUSHKA SHANKAR Bredeathing under water 9:40
URLリンク(www.youtube.com)
Amazing Sitar Orchestra 16:23
URLリンク(www.youtube.com)
Sitar Concert May 09- Ustad Ghulam Farid Nizami w/ Shiv Naimpally 46:58
URLリンク(www.youtube.com)
GREAT SITAR MAESTROS-Ustad Rais Khan-raag nand kalyan 1:00:06
URLリンク(www.youtube.com)
Sitar and Tabla 1-1 Raga:SUHA-KANARA 59:43
URLリンク(www.youtube.com)
Pandit Ravi Shankar- Raga Asa Bhairav (??? ???? ???) 30:20
URLリンク(www.youtube.com)
RAVI SHANKAR & GEORGE HARRISON. PRABHUJEE 8:06
URLリンク(www.youtube.com)
Chants of India 10:00
URLリンク(www.youtube.com)
Mahanyasam 1:31:52
URLリンク(www.youtube.com)
Rudram Chamakam 57:19
URLリンク(www.youtube.com)
George Harrison / Ravi Shankar "Prabhujee" 8:06
URLリンク(www.youtube.com)
The Best Solo Guitar Of "George Harrison Solo Career" Part 1 7:12
URLリンク(www.youtube.com)
THE BEATLES Studio Outtakes Jam Live 35:25
URLリンク(www.youtube.com)
RAVI SHANKAR & PHILIP GLASS Ragas in Minor Scale (HQ) 60件の動画
URLリンク(www.youtube.com)

56:素人A
12/06/07 06:56:22.75 y/Dxvq1z
まあ止まりもなくばらばらに師匠は師匠で、私は私で、名無しさんは名無しさんで、仏は仏で、色々な
夢の仕事だから纏まらんで自由に言う。昔人々が神のようになろうとして纏まってバビルの塔を建てよ
うとして神に怒られて塔はとうとう完成されず、ついでに言葉も色々になつたとか、宗教も色々人も色々
社会も色々世界も色々、修行も色々段々書き込みも適当にだらだら、なに書き込みたいのか良くわからん。
夢も色々化。阿弥陀がくじ引いてどの穴で遊ぼう化。世界が御釈迦さんばかりでは神世界の妄想すると
御釈迦さんに妄想するなと怒られるから色々な考えの人がいるほうが神も自由で楽かも

57:神も仏も名無しさん
12/06/07 08:12:44.89 bfKHFOxk
夢を見るのは自由ですが、果たして誰が見ている夢なのか。
私たちはあまりにもその夢の中身に夢中で夢の主を忘れてしまっているのです…。

58:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 15:47:36.73 zQaPhBDb
>>56 A ちゃん

一組の夫婦が。800万人の子を産んだとして、一人として同じ遺伝子の組み合わせを持つ子は生まれない。
48対?がったかの染色体の重なり具合の差が出て、それぞれに個性的な子になる。
だから、存在は、いろいろ、と色事か・・・

59:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 15:49:25.86 zQaPhBDb
>>57 夢中無主 さん

> 夢を見るのは自由ですが、果たして誰が見ている夢なのか。 私たちはあまりにもその夢の中身に夢中で夢の主を忘れてしまっているのです…。

主体性ですが・・・

60:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 15:51:12.48 zQaPhBDb
Calling You - Simone With Romantic Jazz Trio 5:28
URLリンク(www.youtube.com)

61:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 15:55:21.32 zQaPhBDb
>>59
訂正
夢中無主 さん
   ↓
夢中夢主 さん

62:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 17:58:38.28 zQaPhBDb
碧巌録 第七十六則 丹霞、甚麼よりか來たると問う

垂示に云く、細かきことは米末の如く、冷たきことは氷霜に似たり。
乾坤に逼塞して、明を離れ暗を絶す。
低低の處も之を觀れば餘りあり、高高の處も之を平ぐれば足らず。
把住と放行と、總て這の裏許に在り。
還た出身の處有り也無。
試みに擧し看ん。

擧す。
丹霞、に問う、甚處よりか來たる。
云く、山の下より來たる。
霞云く、粥を喫し了る也未。
云く、粥を喫し了れり。
霞云く、粥を將ち來たりて汝に喫せしめし底の人、還た眼を具せしや。
語無し。
長慶、保に問う、粥を人に喫せしむるは、恩を報ゆるに分有り。爲什麼にか眼を具せざる。
云く、施す者と受く者と、二り倶に瞎漢なり。
長慶云く、其の機を盡し來たるに、還た瞎と成る否。
云く、我は瞎す、と道いて得しきや。

盡機不成瞎、按牛頭喫草。
四七二三師、寶器持來成過咎。
過咎深、無處尋。
天上人間同陸沈。

機を盡さば瞎と成らずと、牛の頭を按えて草を喫せしむ。
四七二三の師、寶器を持ち來たりて過咎を成す。
過咎深く、尋ぬるに處無し。
天上人間同じく陸沈す。

63:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 18:10:08.73 zQaPhBDb
>>62 第七十六則 【丹霞喫飯】 たんかきつはん

垂示にいわく、細かいことはくだけた米のかけらのようであり、冷たいことは氷や霜にも似ています。
迫り来る天地に閉じ込められようとするとき、明るいものを離れ暗いものを断絶します。
いちばん低い場所でもこれをよく観察すればまだ使える高さの余裕があり、いちばん高い場所であってもそこが平らであればまだ高さが不足していると感じます。
規律に従った生活と自由気ままなやりかた、すべてはもとからこの場所に有ったものであり、どこからかやって来たものではありません。
こんな話をみてください。

丹霞和尚が僧に質問します、「どこから来ましたか?」。
僧 「山の下(ふもと)から上がって来ました」
丹霞 「おかゆは食べ終わりましたか?」
僧 「おかゆは食べ終わりました」
丹霞 「あなたにおかゆを持って来て食べさせたその本質である人を連れて来たとして、あらためてその人はほとけの眼を備えているでしょうか?」
僧 「・・・ (無語)」

長慶が保福に聞きます、「おかゆを人に食べさせる者であれば、どちらかといえば恩を感じるべきだけど、ほとけの眼が備わっていないというのはどうしたことだろう? 」
保福 「食べさせる者とそれを受け取る者、二人供がめくらだろ」
長慶 「ことごとくがそのはたらきだから、めくらってことはないだろうに・・
保福 「めくらって言っとけば、ほとけが手に入るのかな」


すべてそのはたらきならばめくらとは成らず、牛の頭にまたがって草を食べます。
お釈迦さまから相承される多くの師匠たちがいて、宝物を大切にすれば大きな過ちとなり。
その過ちは罪深いもので、ほとけを探しても見つかることはないでしょう。
天上の人々も一般の庶民も、陸が沈んで見えなくなったように感じます。 』

64:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 18:11:25.25 zQaPhBDb
☆彡
仏性を問い、
仏性を答える。

65:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 18:21:39.20 zQaPhBDb
研究課題名 地球表層システムにおける海洋酸性化と生物大量絶滅
URLリンク(www.jsps.go.jp)

66:太呂【‐】
12/06/07 19:51:59.47 3vYo1SO8
>>58-65
brownはいつからそんなに禅に関心が出たんだよw、よっぽどこのスレの住職の坐が欲しいんだね。

だけど、住職になるには住職にナルだけの理解力ないとね。

呵々

67:太呂【‐】
12/06/07 20:34:09.12 3vYo1SO8
>ブラウントラウト
登山で山頂に登った後、『いい山だな』と同意を求められたら
「ああ、いい沼だ」と答える人間だろ?オタクは。

精神世界と物理世界を並行させるならまだしも、精神を物理に還元して無魂性を主張し
共通主観を真理以上に客観とか述べるコトがヴィパッサナーしている人間のすることかね?
百歩譲って5:5だろ。五蘊に実を持たせてんじゃないよ。

精神的な問題をことごとくバイオフィードバックで片付け、
物質を残す
観察者ってどういう神経なの?


68:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 21:37:30.69 Wmo0QaDq
>>66 なんたろ さん

> >>58-65
> brownはいつからそんなに禅に関心が出たんだよw、よっぽどこのスレの住職の坐が欲しいんだね。 だけど、住職になるには住職にナルだけの理解力ないとね。 呵々

ミ(ノ_ _)ノ=3 ドテッ!!

気が付いてるかなー
ぜーんぶ あなたが言ってることだよー

つまり、あなたのあたまのなか、暴露 だよね・・・

障子 |_・) チラリ!

69:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/07 22:34:21.96 Wmo0QaDq
Steve Schick plays 'Zyklus' 8:46
URLリンク(www.youtube.com)
Holly Hofmann & Mike Wofford play 'Speedball' 7:23
URLリンク(www.youtube.com)
Pandit Shiv Kumar Sharma 1:09:50
URLリンク(www.youtube.com)
Shivkumar Sharma and Hariprasad Chaurasia - The Valley Recalls 1:31:11
URLリンク(www.youtube.com)
Diamond Jubilee Celebration - Pt. Shivkumar Sharma and Pt. Anindo Chatterjee, 1:34:27
URLリンク(www.youtube.com)

70:太呂【‐】
12/06/07 23:40:12.91 3vYo1SO8
禅(ぜん)は大乗仏教の一派[1]
であり、南インド出身の達磨が中国に入り教えを伝えて成立したとされている。
中国禅は唐から宋にかけて発展したが、明の時代に入ると衰退していった。
日本に純粋な禅宗が伝えられたのは鎌倉時代であり、室町時代に幕府の庇護の下で発展した。
明治維新以降は、日本の禅が世界に伝えられた。

71:太呂【‐】
12/06/07 23:44:21.13 3vYo1SO8
シネマ[禅・ZEN]
曹洞宗を開き、禅の教えを説いた鎌倉時代の僧、道元禅師の生涯を描く歴史ロマン。
『丘を越えて』の実力派監督、高橋伴明が、透明感あふれる映像美で、崇高な精神世界を描ききっている。
歌舞伎界のスター中村勘太郎が、凛としたたたずまいで孤高の僧侶、道元を好演。ヒロインのおりんに内田有紀、
北条時頼に藤原竜也が扮するほか、演技派陣が集結。

ストーリー
乱世の戦国時代。既成仏教に疑問を抱き、大宗国にわたって修行を積んだ道元禅師。
日本に帰ってきた道元は、貧しい人も、権力者も、全ての人と喜びや悲しみを分かち合い、
魂を支え、禅の教えを広めていく。


72:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/08 03:24:13.93 KfASBGL4
いま、ここ、と言う 定点など、無い。
変化していく、と言う事、 それ!!

73:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/08 03:39:21.21 KfASBGL4
> いま、ここ、が動いてゆくのですね。 分かります。 では、いま、ここ、とはなんぞや?

空だよ。

74:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/08 04:14:49.35 KfASBGL4
空とは、あれとか、それがないところ、それ!!

75:素人A
12/06/08 06:57:18.82 QYCndQjl
今今死生此処空人間られない。空多は沢山の穴多があるのに今の私から逃げられない。
何でかさつぱり輪借らない借りられれば人に獲り付けられるのかそれは人の良い人では
無理、でも好きな女性をストーカーで付けねらう人もいるし、そんな人は精神統一力は
凄く見るという行為は見たものは自分だと思うのか、普通は色々気が散るけど
集中するから良ばかりでは無いのか?ビル遮那仏は全世界が身体として宇宙脳もある
のか?私たちはびる者なの生命体の中の生きた人間だからま少しはビル遮那の為に成る
と思う。もう適当な書き込みだけど見るという行為は何か自分の身体が観る範囲に
広がるのか?では宇宙全体がまるみえの時はビル遮那の眼に会っているのか、ビル遮那
も我々よりは凄く寿命は長いけど生きている限り静止はあるような。じゃビル遮那の上に
まだ大きな身体我ありその上に限りなく、そんなの私の脳力を超えている。皆生命という天
では同じか総ての者は生きているのか。じゃロボットもそのうちに怖い。

76:神も仏も名無しさん
12/06/08 07:37:53.68 HsZtkn1Z
日々日々また日々
閒(すずろ)に児童に伴って此身を送る。
袖裏の毬子 両三箇
無能に飽酔す 太平春

良寛大愚

77:神も仏も名無しさん
12/06/08 08:01:37.83 RO6IpLiS
素朴に感じることは、私たちは眠っていても死ぬことはない…。
坐って自分が消えても死に至ることはない…。
そこにいるのは誰なのか…。

78:神も仏も名無しさん
12/06/08 08:07:18.86 RO6IpLiS
体は消耗すれば、或いは事故病気により消滅するにしても…。

79:神も仏も名無しさん
12/06/08 08:54:12.35 RO6IpLiS
生命…、素晴らしい言葉ですね。
肉体も微生物により分解されても消滅するわけではない。
隕石だろう、道端の花だろうと素粒子の組合せの違いだけで
全てが生命で満ちている、誰も切り離せやしないんですね…。

80:神も仏も名無しさん
12/06/08 09:08:58.02 RO6IpLiS

全一性の意味が、やっと分かったような?気がします…。

81:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/08 22:26:47.02 qqoNwulG
>>75 A ちゃん

大日如来さんが、大地震の後、指を差して言う、あのビルななめやな。ビル斜(しゃ)な・・(;^_^A アセアセ・・・

82:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/08 22:35:52.00 qqoNwulG
 碧巌録 第七十七則 雲門、餬餠と答う

垂示に云く、向上に轉じ去かば、以て天下の人の鼻孔を穿つべし。
鶻の鳩を捉うるが似し。
向下に轉じ去かば、自己の鼻孔は別人の手の裏に在り。
龜の殻に藏るるが如し。
箇中に忽し箇の出で來たりて、本來向上も向下も無し、轉ずるを用て什麼か作んと道うもの有らば、只だ伊に道わん、我も也た知る、が鬼窟裏に活計を作せるをと。
且道、作麼生か箇の緇素を辨ぜん。
良久して云く、條有れば條に攀り、條無ければ例に攀る。
試みに擧し看ん。

擧す。
雲門に問う、如何なるか是れ超佛越の談。
門云く、餬餠。


超談禪客問偏多、縫罅披離見也麼。
餬餠來猶不住、至今天下有訛。

超談の禪客問うこと偏に多し、縫罅披離たるを見るや。
餬餠來みて猶お住めず、今に至るも天下に訛有り。

83:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/08 22:55:28.40 qqoNwulG
第七十七則 【雲門餬餠】 うんもんこびょう  「越の説法を聞きたがる禅僧に、のり餅、と答える」

垂示にいわく、もっと上のレベルに行き着くことができれば (向上轉去)、それを使い天下の人々に鼻の穴を開けることができ (可以穿天下人鼻孔)。
それははやぶさがハトを捕まえるようにあざやかです (似鶻捉鳩)。
または下のレベルに落ちて行けば (向下轉去)、自分の鼻の穴はだれかほかの人の手の中に移ってしまい (自己鼻孔在別人手裏)。
亀が自分の甲羅に隠れているように不自由なもの (如龜藏殼)。
自分の中に自分がなくなり道というものがあらわれ出て来れば (箇中忽有箇出來道)。
もともと上にも下にも向かう必要は無く (本來無向上向下)。
これをうまく転がしてなにをするのでしょうか (用轉作什麼)。
ただこの道なるものに向かえば (只向伊道)。
わたしはあなたが鬼の住む洞穴に向かって無駄な努力をしていることを知ります (我也知爾向鬼窟裏作活計)。
そこでさらに言ってください (且道作麼生)。
白か黒かについて議論し (辨箇緇素)。
良い感じのフンイキを出しながら言います (良久云)。
はっきりと刻まれた溝があればそこにしがみついて登り、なにもなければ似たものを利用します (有條攀條無條攀例)。
たとえばこんな話があります。

僧が雲門和尚に質問します、「お釈迦さまや、だるま大師さえも超えた説法というのはどんなものでしょうか? (如何是超佛越祖之談)」
雲門 「べたべた餅だよ (餬餠)」


超越の説法を聞きたがる禅僧はわりと多く、せっかく縫い上げたものにひび割れが入り開いて離れてしまうのを見るようです。
のり餅と言われてもなおその意味がわからず、今の時代になってもまだこの世界にはその濁ったようなものがあるのです。

☆彡
この田舎の町の中を縦横に走る小路(こみち)も、遠く 都(みやこ) 長安(ちょうあん)に通ず。なり。

84:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/08 22:57:46.03 qqoNwulG
>>65

大気中の二酸化炭素と海洋酸性化-現代と過去の比較より- | 東京大学 ...
URLリンク(www.oa.u-tokyo.ac.jp)

85:素人A
12/06/09 06:57:34.96 NKpXzw0W
私は何か気ままにひとり言ばかりのようでも、私はスレのタイトルに気を使うぽつ師匠や鬼和尚何時もすいません。
今日はま友だぞ、公案だし禅禅樹を使っている。 
あるときじょう兆州和尚に一人の僧がたずねた。「達磨が中国来た目的は」 じょう州和尚「庭先の柏の樹」
僧が言った「和尚よそんな目の前の適当な者に例えて答えてはなりません」
和尚が言った「私は適当に答えているのでは無い」 僧「では達磨が中国に北目的は」
和尚「庭先の柏の樹」・・・ 私は樹にしている。そういえばこんな公案もある。
ちょう州和尚にひとりの僧が尋ねた「柏の樹にはまた仏性がありましょうか、ないでしょうか」
和尚「有り」 僧が言った「では柏の樹はいっ成仏するのでしょうか」
和尚「虚空が地に落ちるまでまて」 僧が言った「虚空は何時地に落ちるのでしょうか」
和尚「柏の樹が成仏するまで待て」・・・ 虚空は下りーに?クンダリーニ下らないうちは
クダラナイ。くだらない駄洒落さあとりあえずはくだらない。今日は禅と悟りたあ?
昔禅禅関系無い私がこの宗教版に来た目的は?たまたまの偶然の気まぐれで何か怪しい所へ
来たけど落とし穴にはまつたのかも良くわからんけどまあよいか。

86:素人A
12/06/09 07:14:12.69 NKpXzw0W
そういえばこの公案も 下りーにだし?  三八   牛が窓を通る
五祖さまがいう、「たとえば大牛が窓ゴオシを通り、ツノも四足もみな通って、どうして尾っぽが通れないのか?」
無門がいう---------もしこの点にどうにか見通しがつけられ、言い切りができれば、社会の恩にむくい、人のため
にもなる。もしそこまで行かねば、もっと尾っぽをながめねばならない。
歌に---------  通れば穴に落ち、もどればブチこわし。尾っぽの一本が、なんともさて怪し。
註〕この五祖も法演禅師のこと。---------- 解説 ----------
 大きな牛が、狭い木の窓格子をとおりぬけたのだが、最後に尾っぽだけが残って通れないのは何故だろうか?という公案です。
 牛が格子を通りぬけたというのは、難関を通りぬけて悟ったことだと思われますが、ところが身体全体が通ったのに、体のほんの一部が通り抜けられない理由を述べよというわけです。
 この公案を筆者が聞いたのが、大学での秋月龍眠師の講義中でした。[難透]といわれる通過困難な公案ということでした。それから四十年間考え続けたのですから、四十年の長考ということになります。
 まず一つの結論は、いかに悟ったとしても迷いというものから完全には抜けきれないということをこの公案は表しているのではないかというものです。

何か是もクンだリーに関係か良くわからんけどクンだリーにも生命エネルギー何かなあ。
私は解らんことばかりで、今朝の一仕事終わりました。次々と次は樹が思い仕事だあ
貧乏暇ありで、暇すぎて書き込みするかも


87:神も仏も名無しさん
12/06/09 08:50:48.30 jwxXiQwm
クンダリーニエネルギーで直接身体を覚醒させるよりも、お釈迦様による心の観察から始めるほうが
より確実で安全と思っていますが…。

88:神も仏も名無しさん
12/06/09 08:55:12.70 jwxXiQwm
>>87そののちに色々試してみるのも、一つの方法かと…。

89:神も仏も名無しさん
12/06/09 08:58:06.00 jwxXiQwm
まずは心を整えること。

90:神も仏も名無しさん
12/06/09 09:14:21.20 j1mji9YQ
確実で安全を持ち続けるなら、一生わからないかもしれない。
それは、観察も同じ事。
確実で安全を自我が想像してるんだから…

91:神も仏も名無しさん
12/06/09 09:17:20.32 j1mji9YQ
クンダリーニは、確実に自我をぶち破る。
問題は、その後だよ。

92:神も仏も名無しさん
12/06/09 09:23:53.42 jwxXiQwm
ある程度のウオーミングアップから入るほうが、いきなりよりもいいのでは?という意味です。
いきなり覚醒して何のことだか?と病院に駆け込むケースがありますから。

93:神も仏も名無しさん
12/06/09 09:37:50.62 j1mji9YQ
>>92
あなたは、上がっていますか?

94:神も仏も名無しさん
12/06/09 10:21:16.26 jwxXiQwm
上がってはいません。
しかし、私は重度の神経症でしたので、観察から入ったのは正解でしたね。
苦しみの原因を知ってから、そのような修行が何故必要なのか、それが何を意味するのか
おぼろげながらも理解しましたから。
しかし、自分で体感しなければ分かりはしませんよね。

95:神も仏も名無しさん
12/06/09 10:42:34.68 j1mji9YQ
>>94
その通りです。
体感していないことをあれこれ判断することは、自我による妄想です。
不安の多くは、同じ様な働きで生じます。
お金が無くなったらどうしよう、病気になったらどうしよう。
しかし、実際そうなったら、なんとでもなるものです。
要するに、その様な妄想に浪費しているということです。

確かに、神経症の人が、覚醒すると、問題があるかもしれませんが、おそらく、それが逆にストッパーになって、ほとんどの人は上がらないと思います。
人体は、人が考えるよりも上手くできています。
上がる人は、それなりの縁があると思います。

96:神も仏も名無しさん
12/06/09 10:50:13.25 jwxXiQwm
そうであるのかもしれませんね。
私はまず毒矢を抜きたかった。
そして、苦しみの正体は実体のない心から生み出される妄想に振り回されて起こると分かった。
まだまだ、スタートしたばかりですね。
しかし、認識はできませんがもう出会っていると確信しています…。

97:素人A
12/06/09 11:26:00.17 NKpXzw0W
松原泰道禅師の禅語百選の写しですが、無門関十二即 ・・師彦は時々大声で独り言のように
主人公と 呼び、かつ自分で返事をするのです。さらに目覚めなさい はい 将来ともに騙さ
れるなよ はいはい と一連の自問自答を繰り返したのです。この話題について無門和尚は、
高次の禅の心境で、冷やかすような言葉で、実は感服して言います。
「端厳爺自分で売買をしておるなあ。主人公と呼ぶ一人、それに答える一人。目覚めよと呼ぶ一人、
騙されないと答える一人」 人間は誰でもA・Bの二人の上に乗っかかつているのです。
Aは常識的にいう説明を要すしないこの自分で、これを常識的自我といいます。
BはAに呼びかける自分で、これを「本質(来)の自己」といいます。Aは外的存在ですぐわかりますが、
Bは内的存在で、Aの底に埋もれているので外からはわかりません。
人間は要するにAとBの『同行二人』で歩みを続けている旅人です。この二人の話し合いが多いほど、
その人柄は豊かになります。すくないほど貧しくなります。しかもAとBはときには並び、ときには前後
して歩くことが考えられます。さらにAとBが重なり合つて、あたかも同一の人のようになるのが望まし
いのです。「主人公」と呼ぶAと「はい」と答えるBが一つに溶け合うと「主人公」がそのまま「はい」
と答えに生まれます。さらにいっもAから呼ばれているBが、感情にはしろうとしているAを自分の名の
「主人公」と呼ぶことによつて自分のところに引き戻すのです。つまり一如になつて初めて主人公が主人公
たりえるのです。このように「主人公」自分の中のもう一人の自分を呼び、あこがれる尊い呼び名なのです。
(写し終わり)疲れた如何のこうの説きは師匠の出番です。孝子さあん「はあい」で長い時間(たび)ついでに
まだ待ちきれず午後ではないけど夏の日の午後。
URLリンク(www.youtube.com)
URLリンク(www.youtube.com)


98:神も仏も名無しさん
12/06/09 11:35:19.55 jwxXiQwm
いつもありがとうございます。
私たちは一人芝居を繰り返しながら生きているのでしょう。
問う自分も問われる自分も同時に認識することはできない仕組み。
さて、どちらがAでどちらがBで…。

99:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/09 13:17:27.14 4S8Irfln
>>97 A ちゃん

クンダリニーニ って解らないので、スルーして。この主人公に飛びつこう!。(;^ω^)アセアセ

小6の胸に立像の黄金佛を観て、当時、毎夜布団をかぶって死の恐怖に震えていた事から、解放された。
ほとけさまと言うのは、胸の中にいるんだ、と安心した。

100:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/09 13:24:20.05 4S8Irfln
>>99
主人公は主体性、自由、と言うこと。
道元は、中国から、一巻の経典も持ち帰らず無手で帰国。
ただ、眼横鼻直(がんのうびちょく)
眼は横に、鼻は直(たて)に、である。

101:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/09 13:55:51.19 4S8Irfln
海洋酸性化の影響 - ココが知りたい温暖化|地球環境研究センター
URLリンク(www.cger.nies.go.jp)

102:神も仏も名無しさん
12/06/09 14:12:15.44 IjN5SVOK
>>97
   前住妙心大愚老衲
大愚宗築 だいぐ そうちく(1584~1669)福井県大安寺開山。岐阜出身。
雲居禅師とは道友で、雲水時代には雲居禅師等とともに仙台覚範寺虎哉禅師のもとに参じている。
豪放な境涯で、武家や公家といった権力者に媚を売らぬ禅僧であった。雲居禅師より年少であるが、
時に雲居禅師に対し歯に衣を着せぬ言葉で奮起を促している。諸相非相禅師と勅諡される。

「学道の人、真を識らざるは只従来、識神を認(と)むるが為なり。無始劫来、生死の本、痴人は喚んで、本来の人と作す。」
は無門関十二則巌喚主人の頌。
元来は五灯会元等に紹介される長沙景岑禅師の偈頌からの引用であるが、
大愚禅師は無門関から引いたのではないかと思われる。
法語の内容は生死流転の本である識を仏性だと誤って認識することを戒める偈を踏まえ、
文字を以て禅を理解することを否定し、日々の生活の中に道を見出すことを提言している。

URLリンク(www.toenji.com)

103:太呂【‐】
12/06/09 17:08:38.10 l98W6dj1
>>99
> >>97 A ちゃん
>
> クンダリニーニ って解らないので、スルーして。この主人公に飛びつこう!。(;^ω^)アセアセ
>
> 小6の胸に立像の黄金佛を観て、当時、毎夜布団をかぶって死の恐怖に震えていた事から、解放された。
> ほとけさまと言うのは、胸の中にいるんだ、と安心した。

大衆の慰めじゃないんだからw

クンダリライン無視して胸の仏も何もないでしょう

釈迦が晩年に述べた「人生は善きものだ」も拡大解釈ならぬ、

縮小解釈して慰め合う様な在家仏教徒のレベルだよそれは。

人を思いやる心だとかHR菩薩は止めてくれよw

菩薩とは人の醜悪さから目を反らさない心だからな。

菩薩は光の攻撃性であって、大衆を許す柔和さではないからね

ハイ、カンチガイ

104:太呂【‐】
12/06/09 17:21:31.54 l98W6dj1
なるほど、大愚禅師は

豪放な境涯で、武家や公家といった権力者に媚を売らぬ禅僧であった。雲居禅師より年少であるが、
時に雲居禅師に対し歯に衣を着せぬ言葉で奮起を促している。諸相非相禅師と勅諡される。
法語の内容は生死流転の本である識を仏性だと誤って認識することを戒める偈を踏まえ、
文字を以て禅を理解することを否定し、日々の生活の中に道を見出すことを提言している

禅者なのか、成る程。

105:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/09 18:00:12.06 u15iC96e
>>103 たろ かんちがい さん

まちがいですよ。

106:太呂【‐】
12/06/09 18:34:41.93 l98W6dj1
>>105
> >>103 たろ かんちがい さん
>
> まちがいですよ。

>ポッタン,間違いさん

カンチガイですよ。

107:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/09 19:30:47.37 5Z+9sQ72
>>106 たろ まちがい さん

どこが?

108:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/09 19:35:26.92 l98W6dj1
>>105
> >>103 たろ かんちがい さん
>
> まちがいですよ。

どこが?

109:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/09 19:41:57.69 l98W6dj1
何が?

110:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/09 20:01:23.78 5Z+9sQ72
>>109 たろ (。´・д・)エッ さん

松本?

111:神も仏も名無しさん
12/06/09 20:50:03.69 EtAJj4M1
>>105-110

両者ともアホ、ばか、マヌケなところがですよ! wwwwww


112:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/09 21:33:25.46 5Z+9sQ72
>>111 名無し おばかまる出し さん

モナ━━━( ´∀`)━━━!!

113:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/09 22:07:53.06 l98W6dj1
>>110
> >>109 たろ (。´・д・)エッ さん
>
> 松本?

は?
意味がわかりませんが。

114:神も仏も名無しさん
12/06/09 22:23:38.50 t5lshh0S
使い分けられてないよ

115:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/09 22:31:55.52 l98W6dj1
>>114
ひらりマントね。
鏡じゃないんだからw

真似っこしてるんじゃないんだよ。

116:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/09 22:36:09.04 5Z+9sQ72
>>113  たろ 真理教 さん

聞いてるのに、また聞き返す、オウムかと・・・オウムの・・・松本地図雄?

117:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/09 22:40:52.88 l98W6dj1
>>108
> >>105
> > >>103 たろ かんちがい さん
> >
> > まちがいですよ。
>
> どこが?

↑↑↑↑↑
で、答えられないかい?

ギブって言えば止めてあげるよw

118:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/09 22:51:41.29 l98W6dj1
>>116
> >>113  たろ 真理教 さん
>
> 聞いてるのに、また聞き返す、オウムかと・・・オウムの・・・松本地図雄?

ポッタン,どんな説明にも鳥あえず一言で返しとけ真理教,さん

アンタ訊かれて答えたコトあったっけ?

119:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/09 22:54:18.74 5Z+9sQ72
>>117-118  たろ 公務員 さん

内容が、無いよう。

120:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/09 23:28:38.79 l98W6dj1
>>119
> >>117-118  たろ 公務員 さん
>
> 内容が、無いよう。

>>コタツでミカンさん

オモシロク内容
笑わせてくれよう。

121:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/09 23:32:41.14 l98W6dj1
ポッタンさんエライ
ポッタンさんエライ

ほら内容が生まれた


122:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/09 23:55:32.00 5Z+9sQ72
>>120-121 たろ かまって さん

(ノ_・。)ノ□ヾ(・ω・ ) ヨシヨシナミダヲフキナッテ...........

123:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/10 00:49:27.68 U3fqM7uk
>>122
> >>120-121 たろ かまって さん
>
> (ノ_・。)ノ□ヾ(・ω・ ) ヨシヨシナミダヲフキナッテ...........

アナタは笑顔で相手を貶めるのを嗜んでるんだね。

アナタこそが構って欲しいから、ココでどうでもいいレスしてるのと違うの?



124:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/10 00:51:03.10 FwC6WrQs
>>101
海洋酸性化 2009年9月号|環境レポート|NPO法人ネットワーク『地球村』
URLリンク(www.chikyumura.org)

125:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/10 00:54:08.17 U3fqM7uk
坐禅を基本的な修行形態とするが、
坐禅そのものは古くから仏教の基本的実践の重要な徳目であり、
坐禅を中心に行う仏教集団が「禅宗」と呼称され始めたのは中国の唐代末期からである。
後に、「禅宗」の発祥に伴ってその起源を求める声が高まり、さかのぼって初祖とされたのが
達磨であり、それ故、歴史上の達磨による直接的な著作は存在が認められていない。
伝承上の達磨のもたらしたとする禅は部派仏教における禅とは異なり、了義[8]大乗の禅である。

126:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/10 00:54:45.46 FwC6WrQs
>>123  たろ それ、わたるの? さん

信号のある横断歩道上で、井戸端会議は、その辺でいいんじゃないの?
車が渡るの、待ってるよ。

127:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/10 00:59:03.78 FwC6WrQs
>>125  たろ 不勉強 さん

自分が書いたものに、一度、「それがどうした!?」と声をかけてあげるといいよ。
それで、残ったものを、出す、とかね、

128:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/10 01:26:42.41 U3fqM7uk
>>126
> >>123  たろ それ、わたるの? さん
>
> 信号のある横断歩道上で、井戸端会議は、その辺でいいんじゃないの?
> 車が渡るの、待ってるよ。

自分の機嫌一つで井戸端会議を止めさせるダケの道理をよこさないと。
ただ笑顔で横暴をしているダケだよ?

それに井戸端会議を止めさせるには、
まともな会話で井戸端会議に参加出来るようになってからでいいんじゃない?


129:太呂【タロえもん/ひらりマント】
12/06/10 01:29:53.77 U3fqM7uk
> 坐禅を基本的な修行形態とするが、
> 坐禅そのものは古くから仏教の基本的実践の重要な徳目であり、
> 坐禅を中心に行う仏教集団が「禅宗」と呼称され始めたのは中国の唐代末期からである。
> 後に、「禅宗」の発祥に伴ってその起源を求める声が高まり、さかのぼって初祖とされたのが
> 達磨であり、それ故、歴史上の達磨による直接的な著作は存在が認められていない。
> 伝承上の達磨のもたらしたとする禅は部派仏教における禅とは異なり、了義[8]大乗の禅である。

それがどうした、そんなコト50年論じても1分の座禅に及ばないじゃないか。
50年競馬して座功禅徳を論じて1分の功徳もない者もいるじゃないか。
それがどうした
それがどうした

禅の系譜がどうとか発祥がどう達磨がどうとか言わない
ただ座るのである。無心である。
ちなみに問答形式で禅を表したのは達磨が初めという訳ではない。

ただ座れ、それが達磨である。無心である、、、とかアホか。

>>127
> >>125  たろ 不勉強 さん
>
> 自分が書いたものに、一度、「それがどうした!?」と声をかけてあげるといいよ。
> それで、残ったものを、出す、とかね、

ポッタン勉強成果なしさん

これでいいかね?

130:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/10 03:15:48.16 FwC6WrQs
>128-129 たろ 耳なし呆市 さん

画集、どうにかなんないの?

我執

131:チゥ(* ^)(◎o◎)ポッたん ◆PottancCb.
12/06/10 03:17:00.24 FwC6WrQs
Fireplace with natural sound (HD 720 Widescreen 16:9) 198本の動画
URLリンク(www.youtube.com)

132:素人A
12/06/10 08:28:27.31 mn4AAydq
今の社会何が不満という個人主義で民主主義で全体に縛られる事もないで放置国家まあニーチェは
神は死んだというし、死も今の世界では無視というか見ては暮れないそんなんでは宗教は生きては
生きられないし皆の中心は何かも探す人も居ない。宗教は死んでいるのか今朝は何か虚無な心境に
なつてシマツタ。あーあ個人主義では個人個人が自由に生きるのでは無かったのか、
ほつとけ?仏一人一人の中に生きているようだが、個人主義で゛は皆別々に損な者探す人は稀難だか
良くわからんけど。まあコツコツ適当でも歩くしか内。今の世の中頼っても頼り無いし。
見かけはいい世の中なんだけど中身がちょつと、なんかたそがれででも有苦か何か浸って?
そういえば 孝子師匠 永遠は換わっていく者の中に永遠はあると言っていた。
夢の中でもそこでは考えられるしそこから行動出来る。あー大変だけど適当に骨骨有る苦空。
青い日々 URLリンク(www.youtube.com) 
何か完全に浸ってるけど実効力は?まあよいか

133:神も仏も名無しさん
12/06/10 08:32:48.63 s99gTaG5
ブラッドベリ死んだんだな、91才だって。
二十世紀を代表する怪奇・幻想文学の大御所。
アメリカの透明な空気感が伝わってくるような、
独特の文体が好きだったんですけどね。
んで、うろ覚えだけど、死神の話・・

古いトラックに乗った親子三人が中西部からカリフォルニアを
目指して走っていますが、とうとう最後のガソリンも尽きてしまい、
トラックは止まってしまいます。

ふと見ると、行き止まりの道の先に一軒の農場があったので、
「なにか食べ物を分けてもらえないか、聞いてみるよ 」
と男は言い、その家に向かって歩いて行き、家のドアを叩きます。

中から返事はなく、ドアに鍵もかかっていないので、中に入って
大声で聞いてみますが、それでも返事はありません。そこで、
家の中を探してみるとまずまずの生活のようで、食料もあり、
人はいないので、あちこち見て回ると、寝室があり、
そこをあけると家の主人らしき男の人がベッドに寝ています。

声をかけても返事はないので、ベッドに近ずいてみると、
老人で、もうすでに死んでいるようです。枕もとの壁には
巨大な大鎌がかけてあって、ベッドのそばには日記があり、
男はそれを手に取って読み始めますが、最後の日の
記述と思われるところにはこう書いてあって・・

この日記を読んだものに、大鎌とこの農場のすべてのものを譲る。

そしてこの男と妻と子供の三人は、この農場に住んで生活を始め、
男はこの気にかかる大鎌を手に持って、家の裏に広がる青々とした麦畑に
向かいます・・

134:神も仏も名無しさん
12/06/10 08:47:10.73 s99gTaG5
野田総理の金曜夜の会見見てカチンときたわー。

大飯原発をなにがなんでも見切り発車で、強引に動かしたいのは
わかったけど、国民の生命と安心な生活を守るために、
原発が必要だってのは、まるでリクツになっとらんよね。

夏場のクーラー節電で人命がアブないとか脅迫してるけど、
福島の事故の強制避難のときにいったい年寄り病人は
何人の命が失われたと思ってんだろうね。

火力発電だと燃料コストがかかって、電気代が値上げされて、
皆様にご迷惑がかかるとか嘘ついてるけど、じっさいは世界的に
天然ガスだぶついてて、電力九社はわざと市場取引価格の3-4倍の値段で
購入して、それを平然と料金に上乗せしてんだろ? アメリカの
電気料金は日本の半額だってよ、天然ガスのほうが、ぜったい安上がりだって、
ほんとうそつきブタ総理だよなー。

それでさ、日本の子供の未来とか、ブタのおまえに言われたくないっつーの。
福島の子供たちの年間許容量を20ミリシーベルトとか、まだらめ委員長の
ただの思いつきを実行してんだから、子供の健康とかまるっきり
興味ない人たちでしょーに、子供とX線技師が同じ基準かよ? と憤りますなー。

安全管理は万全とか言ってるけど、じっさいは福島4号機の中にある
三階建てプールにはいまだ1600本の使用済み燃料棒が保管されてて、
あの骨組みだけの廃墟みたいな見栄えからして、地震が来てくずれ落ちて
メルトし始めたら、また福島周辺の人たちは避難しなきゃいけなくなるのに、
あやしげな工事用足場で補強したから大丈夫って言い張ってて、でも
三階建ての高さに水の入った巨大プールがやぐらで建ってるだけですからね。

あと京都と滋賀の知事さんが言ってたように、もし放射能が漏れたら、
関西共通の広域水源である琵琶湖は当然汚染されるわけで、そのとき
水の確保とかどうするつもりなのだろうか? とか文句たれつつ、もう行数が・・

135:神も仏も名無しさん
12/06/10 09:01:06.37 s99gTaG5
>>1 また拍手ですか~。

それでさ、ネット見てもほとんどがパチパチと音が鳴る派で、
これはかなり多くのプロの坊さんがそんなこと言ってると
いうことが想像できるわけですよ。

先週まで時代劇チャンネルでやってたNHK大河の「伊達政宗」には
幼少時代の正宗の教育係として、虎哉 (こさい) 禅師という人が登場する。
この人は白隠以前の臨済宗で、「火もまた涼し 」で有名な
甲府恵林寺は快川和尚の弟子という話。

ドラマの中では大滝秀治のじっちゃんが演じてて、
両手をパンと打ち鳴らして「さあ、どっちの手が鳴った? 」
って聞くわけだけど、これはNHKのプロデューサーと脚本家が
名のある禅師さまのところに取材に言ってるはずだから、
まあ、そんなことを言ってる人がいるらしいということ。

そしてせったんのお師匠さん? である井上なんとかさんだけど、
某サイトで実際にお会いしたことある、って人の話があって、
井上さんは両手をパチんと打ち鳴らして 「私はこれだけです 」
って言ったそうです。

この二つの話やネットのあれこれ見てると、隻手の声と、
両手をパチンと打ち合う話は、まったく別の二系統の話があって、
それがたまたま手のひらの話題ということで、
ごっちゃになってんじゃないかなー? という気がするな。

隻手の声の原型は、へきがんろくにもある、獨掌浪不鳴、で
金魚のしっぽみたいに片手をひらひらさせても音はしない話。

そして両手パチンは、臨済一掌や、香厳撃竹みたいな系統の
一瞬の空白みたいな誘導とは思うけど、元ネタいまだ見つからんね・・

136:神も仏も名無しさん
12/06/10 09:11:46.57 s99gTaG5
(りんざい録より)
今且辭去。首座云、汝若去時、須辭和尚去。師禮拜退。
首座先到和尚處云、問話底後生、甚是如法。若來辭時、方便接他。

さて、臨済さんに寺を去ることを告げられた首座の睦州ですが、
寺を去る前に黄檗和尚にあいさつをして行きなさい、と言い残し、
自分は黄檗和尚のもとに先回りして、その若い僧との事情を説明し、
和尚に今後のことについてお願いをします。

首座「この若者には甚だしく仏のはたらきが感じられます、
もし別れのあいさつにやってきたら、よいやり方で、
他の方向へ向けてやっていただきたいのですが・・」

※甚是如法は、仏をあらわす素養のようなもの。
臨済さんにはもうすでに、半分ほとけが顔を出しているらしいです。



     /\___/ヽ 
   /        :::\ 
  . | (○),  、(○)、 .:| 
  |     |_,     .:::|  ←臨済和尚に引っぱたかれた
.   |    r―-、   .:::::::|   定上座さん
   \  `ニニ´  .:::::/ 
   /`ー‐--‐‐―´\ 


137:神も仏も名無しさん
12/06/10 09:14:23.35 s99gTaG5

       ほー、デッカード・ケインは死ぬのか。
       なんだか名残り惜しいわ~
       (ひきつづき女魔術士で対戦中)       

           _∧_∧
       ___( (´・ω・)___     
      / \    ̄ ̄ ̄__\   
     .<\※ \____|\____ヽ   <ウギャ~、
        ヽ\ ※ ※ ※| |====B=|    シュボボッ。
        \`ー─-.|\|___l__◎..|ヽ  
          ̄ ̄ ̄ ̄| .| ̄ ̄ ̄ ̄|
               \|        |~

Alison Krauss The Boxer
URLリンク(www.youtube.com)

138:神も仏も名無しさん
12/06/10 09:17:29.02 TKRPBNaA
うちの宗派、曹洞宗だと思ってたら、臨済宗だった。
がちょーん。

139:神も仏も名無しさん
12/06/10 09:45:26.27 nTbOciwx
片手の人のたたく拍手の音を聞いて来い。
確か膝をパンと叩いて、これがそうだ!とか…。

あらためて、片手の人がたたく無音の音を聞いて来い、これをどう聞くのか、と…。

140:神も仏も名無しさん
12/06/10 09:58:27.03 nTbOciwx
私はまだ聞くことは叶わないけど、はじめから片手しかなけりゃ
片手も両手もありゃしない、ただそのまんまじゃあないのかい、と開き直って…。

141:素人A
12/06/10 10:14:21.72 mn4AAydq
片手の公案ぽつ師匠スレ主だから胸に仏が現われて死ぬ怖さがなくなつた。正解パチパチと胡麻貸す是で
何が可笑しいのかお菓子食わ内い。ヨーカ゛では下から①番目が肛門と生殖器にあるムーラダチャクラ
(根・基盤・根底)素朴な原始的な乳幼児が幼児期場始めにかけての生命の執着を表す。この段階における
中心的な衝動は栄養摂取と同化の衝動です。すべての動物においてこの衝動は生きるための前提条件です。
動物は他の生命を食らい尽くすことによってのみ生存しうるのですから、②番目の中枢地はスヴァーディシ
ュターナ(エネルギーの「それ自身あるいは際立った存在点」ですがこれは性中枢であって、思春期の間に
目覚めさせられます。)第③のチャクラはマニプーラ(〔光と輝く宝石の都市〕と呼ばれ、臍の高さにあつて、
権力と支配への意志を司る中枢です。健康で肯定的な様相にあれば、この意志は力の獲得および責任にとも
なう誇りの感情を表しますが、病的かつ否定的な形を取ると、征服し略奪させ、手に届く一切のものを我が
物とし、あるいは思い通りしようとする。飽くことのない意志となって表れます。)(続く)
不通クンダリーニは3回り半に眠っていると言われているから此処まで片手落ちで拍手も出来ず?

142:神も仏も名無しさん
12/06/10 11:13:58.30 0qjSorRl
>>133
えー。ブラッドベリ生きてたんだ。
新藤兼人もそう思ったけど。

>>134
あのボツボツのウエシマモドキは、てめーの政治生命が何より大切
と公言しているわけなので、他のことに対する判断はその範囲内で行われます。

143:太呂【タロえもん/どら焼はイチゴ餡で】
12/06/10 11:20:31.95 U3fqM7uk
まったくアンタらは他人の発狂妄想見ても何ら自ら顧みるコトないおバカたちなんだな

他人の狂気を見れば狂気が直り正気が芽生えるって言うだろ

もっと色々気づいてくれよ、うどんおかわり油揚げケ━━━━ン!

だが気づかないんだな。何━━んにも。

どうしょうもないのび太くん達のタメに22世紀からに来たよww

ぼくタロえもんです。のび太くん達また、禅の答案0点なのか?

野比のび太ならもっと伸び伸びしてくれよ、窮屈さん達。

144:神も仏も名無しさん
12/06/10 11:29:24.20 FF0jj2sg
_,.!イ_  _,.ヘーァ'二ハ二ヽ、へ,_7
::::::rー''7コ-‐'"´    ;  ', `ヽ/`7
r-'ァ'"´/  /! ハ  ハ  !  iヾ_ノ
!イ´ ,' | /__,.!/ V 、!__ハ  ,' ,ゝ
`!  !/レi' (ヒ_]     ヒ_ン レ'i ノ
,'  ノ   !'"    ,___,  "' i .レ'
 (  ,ハ    ヽ _ン   人!       本当に坐禅したい気持ちで…
,.ヘ,)、  )>,、 _____, ,.イ  ハ         胸がいっぱいなら…!
    /l ̄  '-~三~-'  ̄h
.   / |   レ兮y′/ l         どこであれ坐禅できる…!
  〈  く   ∨ l/ ,イ |
   \_,.>、    /,L..]]_           たとえそれが…
. 0ニニニ)而}ニニニニニ),リリニニ)
.   L| |_____|____| |          肉焦がし… 骨焼く…
    l | |._______| |  ,:
 ,  l \ヽ l  |   , '/  ;'            鉄板の上でもっ………!
 :, ____l_|_|_;_|_|___|_|__   ;
  |\゙;三三゙';三三三,;゙三三\ ;'
  |\\三三゙三ジジ三三,''三;'\,;'  ;'
  |、 \\三゙;三三ジジ・'三三三;\ ;
  0ト、\\\;'三三;'三三三;''三三,;'\
    \\\| 炎炎炎炎炎炎炎炎炎 |
      \\| 二I二二I二二I二二I二 |
       \LI二二I二二I二二I二二]]
        0]]            0]]


145:神も仏も名無しさん
12/06/10 17:36:29.52 0qjSorRl
そだ。
昨日?テレビで井上陽水みたんだというかきいたんだというか…
すごいな。


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