12/05/06 20:04:01.48 W+VZcXQ/
仏教に関するよろず質問スレッドです。
知識を有する有志によって仏教に関する疑問・質問に答えます。
主に参学の途にある方々の知識によって対応しますので、明確な答えは出ないかもしれません。
皆で協力しあって何かの参考になるスレッドを作っていきましょう。
初心者にはやさしく接してあげてください。
良ければ出典などを示してください。質問する人がどんな本を読めばいいかの目安になります。
明確な出展なく自説を述べる場合は、その旨はっきりさせると無用な議論の紛糾の防止になるでしょう。
無駄な荒廃や議論の紛糾防止のため、皆様のご協力をお願いいたします。
*「議論の白熱化、専門化」「話題の拡散、変異」「売り言葉に買い言葉のような応酬」
等の事態が生じましたら、関係各位は“自発的に”速やかに
他スレ・該当スレへ移るか、ふさわしい新スレを建てるかなどして、
『質問し易い雰囲気』作りに御協力ください。
【前スレ】
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート30
スレリンク(psy板)
【過去ログ・関連スレは>>2-5辺り】
※みみずん変換は、URLの 「 /psy/0000000000 」を残し、
それより前を「 URLリンク(mimizun.com) 」へ。
2:神も仏も名無しさん
12/05/06 20:18:52.32 Y2/67sYN
【過去ログ】
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート29
スレリンク(psy板)
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート28
スレリンク(psy板)
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート27
スレリンク(psy板)
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート26
スレリンク(psy板)
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート25
スレリンク(psy板)
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート24
スレリンク(psy板)
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート23
スレリンク(psy板)
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート22
スレリンク(psy板)
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート21
スレリンク(psy板)
☆ 卍 仏教 @ 質問箱 卍 ☆ パート20
スレリンク(psy板)
3:神も仏も名無しさん
12/05/06 20:26:10.11 Y2/67sYN
パート19以前は、以下のサイトで。
URLリンク(www.geocities.jp)
リンク外(パート8と9の間)
卍卍 新・仏教質問箱@参学用 卍卍パート2
スレリンク(psy板)
卍卍 新・仏教質問箱@参学用 卍卍パート1
スレリンク(psy板)
リンク外(初スレ)
☆ 神道・仏教 @ 質問箱 ☆
URLリンク(life.2ch.net)
【他質問スレ】
イスラム教@質問箱2
スレリンク(psy板)
聖書@質問箱
スレリンク(psy板)
☆ ★ 宗教なんでも@質問箱 13 ★ ☆
スレリンク(psy板)
【勧請・開眼】仏事の疑問あれこれ③【勤行・参詣】
スレリンク(kyoto板)
☆ ○ 神道 @ 質問箱3 ○ ☆
スレリンク(psy板) (DAT落、次スレ未建)
【仕切り直し】神職・巫女さんに質問【巻之弐】
スレリンク(kyoto板)
神職・巫女さんに質問【巻之参】
スレリンク(kyoto板)
もの凄い勢いで誰かが質問に答えるスレ21822
スレリンク(kyoto板)
☆ ★ 宗教なんでも@相談箱 ★ ☆
スレリンク(psy板)
4:神も仏も名無しさん
12/05/07 00:20:59.74 uwK7TbeK
唐揚
5: 忍法帖【Lv=40,xxxPT】
12/05/07 02:04:59.38 //2QmM1K
仏説阿弥陀経の解説本(真宗大谷派監修)を読んだらアホらしくなった。
6:神も仏も名無しさん
12/05/07 12:18:38.73 FKdUtw/3
>>5 阿弥陀経の内容自体にアホらしくなったの?
7:神も仏も名無しさん
12/05/07 17:26:21.79 nfY5wvaM
大衆に、極楽浄土に行きたいと思わせる必要があったんだよ
TVのディズニーランドの宣伝番組と一緒でね
その上、今なら浄土行きのチケット(念仏)は無料ですぜ、旦那
8:神も仏も名無しさん
12/05/07 19:36:49.91 dXohzhwC
で死んだら
君らは天国か浄土に行きたいのかね
無になりたいの
私は阿弥陀仏のもとへ帰るわ
南無阿弥陀仏
9:神も仏も名無しさん
12/05/07 20:39:02.67 N8RH1Iw0
浄土は仏教を学ぶのに何の障害もない場所だけど、仏教を学びたいと思わなくなる(くらい快適だ)から、閻浮提のほうがいいんじゃないかな?
10:神も仏も名無しさん
12/05/07 21:12:39.97 w/u3qxZl
人間いつ死ぬかわからん
夜行バスで逝くか
いつ車にひき殺されるかわからん
いつも死を意識し生を考えるないと
南無阿弥陀仏
11:神も仏も名無しさん
12/05/08 01:42:07.94 xKhoRgSV
>>9 極楽浄土の場合は、極楽に生まれた時点で不退転の悟りに達しているので、
もはや堕落することはなく向上するのみになります。
おそらく、仏道以外に興味なくなってしまうのでは。
12:神も仏も名無しさん
12/05/08 02:58:55.32 SHKpE5+G
岩波書店の「ブッダ 悪魔との対話」を読んでいるんだけど
第二章第九節の「耕作者」
このサイトに載ってるもの→URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
「牡牛は見ましたか?」
「悪しき者よ。 どうしてお前は牡牛に用があるのか?」
と、その後の悪魔の、すべての感覚は自分のものであるという主張が
いまいち繋がっていない気がする
これはどう考えればいいの?
13:神も仏も名無しさん
12/05/09 16:02:25.17 3cHOGmPG
まず、釈尊が無我の教えを説いていて、それを悪魔が恐れた。
それを悪魔が恐れて、我はあると説いて解脱の道を阻もうと思う。
そこで、農夫に化けて牡牛を探していることにこと寄せて、釈尊とその弟子たちに近づく。
そこで、きっかけがその応答。
その後、本題に入る。悪魔は見えるもの感じるものは私のものであると説いて、
弟子たちを惑わそうとする、ところが釈尊に論破されてしまうということだと思うけど。
現代人なら、本題に入る前に「悪魔は五感の対象は私のものに他ならないと説いて惑わそうと」
などと註釈を挿入するでしょうが、恐らく分かり切ったことだから入れなかったと思われ。
14:神も仏も名無しさん
12/05/09 17:27:34.28 UEr6509V
なるほど
牛の話は悪魔が釈迦に近づくための方便だからあまり意味はないってことかな
牛はどこいったんだ?と思ったから
15:神も仏も名無しさん
12/05/09 18:23:05.93 Rlvq/SKe
インドに於いて、牛はもっとも馴染み深い動物だから、
譬え話や何かのメタファーとして頻繁に用いられる。仏教に於いては、
「調御が必要であるという面」で、或いは「悠然と、動ぜず佇むという面」で「自我」に、
「貴重な生活の糧、助けという面」で「財産」に、
或いは「荷物や耕し等、力強く引っ張る、導く(一匹)」として、「指導者、勝者」というものもあったかもしれない。
他、探せば色々出てくるんじゃないかな。
勿論、牡牛と牝牛で譬えの中の利用のされ方は違うけれども、
いずれにしろ、長所短所両面で人気のあるモチーフ。
16:神も仏も名無しさん
12/05/09 20:33:16.52 AJGUA6oI
インドに行くとほんと牛が生活に密着してるんだよね~
そこらじゅうに歩ってるし、牛乳、ヨーグルト、バター、チーズは欠かせない。
そして牛糞は、燃料や建材にされるから
17:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/05/10 07:15:38.34 rIpmIRkL
>>12
ちなみに、
仏典でいう「悪魔」とは五蘊と五蘊の性質に対する比喩的象徴(決まり文句)です。
本当に恐ろしい悪魔が眼前に出現してるというわけではありません。
18:神も仏も名無しさん
12/05/10 08:26:33.68 CDhTd+5z
>>17
この人の解釈は仏教ではなく、神智学なんで
19:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/05/10 09:20:46.39 rIpmIRkL
追記:
はい、
これがゴータマ自身によって明らかにされた“悪魔”の正体です。
ゴータマは五蘊と五蘊の作用こそが、
自身を真実でないものへと縛り付ける苦悩の根源と見なし、
これを悪魔と呼称しました。
まず、仏典であればこれについて例外はない筈ですので、
このように読んでいけば、経文にある象徴の背後にある真義に迫れるものと思います。
『「大徳よ、悪魔、悪魔と仰せられますが、大徳よ、いったい、なにを悪魔と仰せられるのでございますか」
「ラーダよ、色(肉体)は悪魔である。受(感覚)は悪魔である。想(表象)は悪魔である。行(意志)は悪魔
である。識(意識)は悪魔である。
ラーダよ、そのように観じて、わたしの教えを聞いた聖なる弟子たちは、色を厭い離れ、受を厭い離れ、
想を厭い離れ、行を厭い離れ、識を厭い離れる。厭い離れることによって、貪を離れることができる。貧を
離れることによって、解脱する。」』(相応部経典23-11/羅陀相応魔)
*仏教界には伝統に縛られている原理主義者もいます。
伝統なり、定説なり、多数派なりが必ずしも真実とは限らないことは
皆さんもお分かりのことと察します。
各自、自分自身が納得のゆく回答をゆっくりと見つけていきましょう!
>この人の解釈は仏教ではなく、神智学なんで >>18
また、相手や物事の真実性はレッテルではなく、
その中身の正しさと整合性で判断したいものです。
20:パーピマン
12/05/10 10:44:53.64 HuAMpHYF
呼んだ?wwwwwww
21:神も仏も名無しさん
12/05/12 06:27:45.81 EtnvX3S2
ここに書き込んでいいのかな。
坊さんが結婚して子作りして寺を継がせるのってなんでオッケーなの?
なにかで明治の廃仏毀釈の時に仏教を骨抜きにするために政府に妻帯させられたって聞いたことあるけど、浄土真宗以外の昔は妻帯禁止だった仏教でそんな理由で妻帯してるなら、平成に未だにそれを続ける理由が知りたい。
22:神も仏も名無しさん
12/05/12 11:46:45.30 N4fvydN1
明治以来そうしてきているという、ただの習慣です。
仏教的な根拠はありません。
僧侶も、そろそろ世襲制葬式仏教は終わろうとしているので、対応を迫られると思う。
個人的には、もう世襲制はやめにして、伝統的な形に戻したらいいと思う。
それも一斉にそうするのではなく、跡継ぎのいない寺は、前の家族に出てってもらって、
寺は、誰のものでもなく師弟が合議制で運営する本来の形にちょっとずつしていけばいいと思う。
世襲制で続けたい人は、続ければいいし。
急に否定し、強制的に禁止するのは仏教的ではないと思う。
23:神も仏も名無しさん
12/05/12 13:18:23.83 C3A7r6df
>>22
>それも一斉にそうするのではなく、跡継ぎのいない寺は、前の家族に出てってもらって、
>寺は、誰のものでもなく師弟が合議制で運営する本来の形にちょっとずつしていけばいいと思う。
何を言ってるんだ?
現状でも、跡継ぎが居なければ、その家族は即座に寺から放り出されるぞw
下手したら住職でも、年取って法務が出来なくなった時に跡継ぎが居ないなら、追い出されかねないw
なお、跡継ぎが居ない場合は、法縁(お寺の師匠・弟子関係のあつまり)での会議で決められる。
そして、そういう寺はえてして貧乏なんで、だれも住職になりたがらなくて、法縁長が代務することに……
世襲でもなければ、跡継ぎが居ない寺が多いのが現状だよ
妻帯して跡継ぎを作らなければ、安定した寺院経営が出来ないからこそ、僧侶も妻帯するし、檀家サイドもそれを求めるんだよ。
理想を追い求めたい気持ちは良くわかるが・・・・・・
そういや、子供が居ない住職が、跡継ぎを一般人から公募して、弟子候補を育ててたけど、結局逃げられたって話をこのあいだ聞いたなw
都会の金持ち寺院お場合? 知らんがなw
24:神も仏も名無しさん
12/05/12 13:35:16.77 N4fvydN1
>>23
習慣でそうなってるのは分かる。
だけど、それでは先がないという話。
私のは提案ですよ。
墓守という意味で住職とされるのも江戸あたりからの習慣でしょう。
習慣は、急には直せないが、ゆっくり直すべきという話ね。
25:神も仏も名無しさん
12/05/12 19:00:20.66 M09kWlOQ
養子を貰うてよくあるよ
何世代も続いたお寺では
檀家さんもお寺を維持してほしいと
26:21
12/05/13 20:44:23.28 FYl9vqyf
それは結局僧の総数が足りてないってこと?基本世襲にして半端なく閉鎖的なイメージしかないから当然の帰結な気はするけど。
逃げられるって貧乏な寺ならどれくらいひもじい暮らしになるのかな。
僧の妻帯も子作りも世襲も明治からの慣習で仏教的などうこうではないということだけど、仏教的には本来アウトなのになんで放置なの?ウソでも言い訳とかないの?
27:神も仏も名無しさん
12/05/13 23:09:00.59 CKMU48Xp
>>26
>それは結局僧の総数が足りてないってこと?
どっちかっつうと、需要に対して寺の数が多すぎて、経済的に採算の取れない寺が多いって事だと思うね
寺って、コンビニより多いらしいw
もっと言えば、過疎が進む田舎の方が、寺院が多いんじゃないかな
(都会の寺院が裕福なのは、人口に対する比率の影響が大きいと思う)
だから近い将来、今の寺院数の半分以上が自然消滅すると思う
これは、妻帯を禁止しようが、どんだけ布教しようが、変わらん確定的未来だろうね
28:神も仏も名無しさん
12/05/14 06:22:02.74 mpH/0ynm
天魔が住む他化自在天の方が
六欲天の他の天より上位にあるのは何故ですか?
魔物が住む=低い領域、になるのではと思うのですが。
あとこういった天界の構造について詳しく書いている経典は何ですか?
29:神も仏も名無しさん
12/05/14 12:52:59.13 xmEmWGtx
>>28 天魔という名前は仏教からみた認識をあらわしている。
生きることを素晴らしいと執着するのも煩悩で、煩悩を「魔」と称するとしたら、
天魔は「最後の砦」なのでは。
「いのちは大切」という執着さえも魔なので、
いのちを守る神様がいるとしたらそれも仏教的には魔。
30:神も仏も名無しさん
12/05/15 02:04:53.10 sSkpk4E7
こんなお守りを服の下に首からかけてらっしゃる方がいるのですが、何という宗教なのかご存知ないですか?
多分仏教系でらっしゃると思うのですが
URLリンク(beebee2see.appspot.com)
31:神も仏も名無しさん
12/05/15 03:21:51.07 WjRRVLec
質問なんですが、仏教徒になるにはどうすればいいんでしょうか。
32:神も仏も名無しさん
12/05/15 07:41:42.27 +0WLLX1V
>>31 仏・法(仏の教え)・僧(仏の弟子達や仏教教団)を信じ敬う気持ちがあるなら、
自分で仏教徒を名乗ればよい。
また、お寺で戒を授かって戒名をもらうと、正式に仏弟子(在家信者)となる。
「授戒会:じゅかいえ」をやってる大きな寺などがあるし、
仏教系の大学などの学生だと、夏休みに授戒会に参加して戒名をもらってる子もいる。
33:神も仏も名無しさん
12/05/15 11:12:43.46 uBh6iSeI
>>32
31です。ありがとうございます。もう少し勉強して、授戒会に参加しようと思います。
34:神も仏も名無しさん
12/05/15 11:29:59.45 ALciz2nx
定例で(定期的に)授戒会してる所ってあるのかな?
大概、大きなイベント事の合併行事だけど・・。
親しいお寺さんがあれば住職に頼み込んでw、
(上座部みたいに何人居なきゃ駄目とかはないけど、住職1人じゃできないから、法縁のお寺さんを加役で頼んだりして)、
1人で受戒も可能ではあるが・・・。
35:31
12/05/15 14:51:26.92 uBh6iSeI
勉強になります。ありがとうございます。実家の菩提寺とは親しくさせて頂いておりますが遠方で、婚家の宗派と違います。婚家の菩提寺も遠く法事にもお寺さんは呼びません。宗派についてはどう考えればよいのか悩みます。
36:神も仏も名無しさん
12/05/15 18:30:41.27 ALciz2nx
>>35
女性ですか・・。
当然、お付き合いは「婚家の菩提寺と」ということになるので、
婚家の宗派でするのが妥当と思います。「戒脈」の筋を同じくすべきでしょうから。
(またおそらく、“貴方自身の御葬儀”も、婚家の菩提寺でということになるでしょうから。)
ちなみに、
なぜ、大きな行事の時かというと、おそらくどの戒脈でも、
その戒脈の末端は、「その宗派の現在の最高位」の方であるからです。
その法系図と共に、名前を頂くからです。管主とか貫主とか管長とか色々名称はあるけれど。
いずれにしろ、その宗派の末端の在家信徒として、(その管長に続く系譜として)名を頂き仏弟子となりました、
ということだから、やっぱり、宗派は将来的なことを考えて揃えた方がいい。
勿論、結婚する前に貰っているケースもありえるから、
そういう時は、葬儀の際に名前はそのまま用いて、当該宗派の末席に加わることになりますが。
和尚によっては、名前を付け直す方もいらっしゃるかもしれません。
で、そういう正式なものでなく、「住職との約束」みたいな形で名前を貰っておくことも可能で、
正規な大きな行事をしたかしないか、「本山発行の」戒脈の札を持ってるかどうかという形の問題でしかない。
一般葬儀の戒名ってこの形のことだし、実質、名前考えてつけるのは、各菩提寺和尚だし。
だから、大きい授戒会のときは、参加するための仮の名前を貰っておいて、
葬儀の際に改めて付けてもらうって形もあり。
37:神も仏も名無しさん
12/05/15 20:29:25.33 dH0NN6yb
>>36
まてw
宗派によって状況は結構変わるぞ。
まずは>>35の宗派を聞くべきだろ
あとは、居住地が都会か田舎か、旦那さんが長男か否かでも結構違う。
婚家の姿勢もあまり熱心でないように見えるしな。
38:神も仏も名無しさん
12/05/15 21:16:48.83 ALciz2nx
>>37
そうか?
36の中にも書いてあるように、ポイントは
「婚家の、菩提寺との距離(法要の“頻度”ではなく、“行ない方”として)」
・・・葬儀の際の戒名の問題、及び墓に入る爲の条件とされるか否か。
「菩提寺和尚の寛容さ」
・・・他宗派の戒名でも、よほどの相違違和感ない限り援用する度量があるか否か。
「婚家・実家菩提寺両和尚のフットワーク及び応用力」
・・・授戒会に準じたイベントを企画したり、本山に働きかけたり、
或いは、授戒の儀式を自ら行なうか、サラサラと記して、死ぬまで持たせておくとか
ってとこでしょ。ま、一個目は婚家の姿勢ってことでもあるけど。
(確かに、“偏狭”なのもあるからw、その意味では宗派も重要だが・・・。
場合によっては方法が決まってきたり、一択しかなくなってしまうかも?w)
39:31
12/05/15 22:37:05.94 uBh6iSeI
31と35です。皆様色々アドバイスをありがとうございます。婚家は曹洞宗で夫は長男です。将来的なことも考えて婚家の宗派について先ずは色々勉強してみてから、お寺で開催されるイベントなどに行ってみるのもいいかなと思っております。
40:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/05/15 23:31:48.47 S3nhPe6S
少し口を挟むようですが・・・
家系の宗派(通常は菩提寺)と個人の信仰とは全く別ということも有得ます。
信じてなくても、先祖代々が何々宗派だから止む無く形だけ従ってるのであり、
自分が信じる宗派はそれとも別であったり、ということ。
宗教というのは自分が信奉するものでなければ、本来的には無意味でしょうね。
41:31
12/05/16 17:52:17.87 Mb31QZ85
>>40
ありがとうございます。家の宗派と違う宗派の信徒になることも可能なんですね。正直なところ実家の宗派のほうに親しみを感じております。
42:神も仏も名無しさん
12/05/16 22:18:22.32 o5KHN+AI
>>41
現在の寺と檀家の付き合いは「家」単位になっているため、嫁いだら、嫁ぎ先の宗派になるのが基本ですね。
何しろ、墓が家族単位ですし、先祖の供養なども同じ宗派で行う事になるからです。
ですから、家の宗派と違う宗派の信徒になることも「可能」ですが、その場合、婚家の家族の方々も改宗するのでないと、色々面倒が起きるかと思います。
例えば、婚家のお墓がお寺の管理する墓地にあった場合、そこに貴方が入れなくなる可能性が高いです。
なぜなら、寺院が管理する墓地では、その寺院の宗派以外の人の埋葬を拒否する権利が認められています。
(寛容なお寺なら許されるかもしれませんが、少数派でしょう)
さらに、だんなさんが長男と言う事は、先祖の供養の責任もかかってくるわけです。
先祖の墓の管理をどうするかなども問題も出てきます。
また、両家の親族との兼ね合いもあるでしょう。
普段の信仰は実家のお寺で、葬式だけ婚家の菩提寺という手もありますが……
あるいは、墓地はどこかの宗派問わずの霊園で、葬式や法事も派遣の坊さんで済ませてしまうつもりなら、普段の信仰はどうであろうと関係ないでしょうけどね。
ちなみに、>>40の人は、神智学と言う新興宗教を信仰してますが、父親の葬儀は仏式で行ったそうです。
世間体と本音のように、状況に応じて使い分けるのも一つの道かもしれませんね。
43:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/05/17 00:35:52.98 mB5CZ3fy
>>41
>>42さんの解説通りです。
ということで、改宗や個人の別宗派信仰というのは、
その後、様々に生じるかもしれない幾つかの面倒や不都合を承知の上で、
ある程度の妥協の中で納得して自分の信仰をしていくか、
または、断固として自分の信じる信仰の宗教を奉じていくという強い覚悟のいずれかが必要です。
ちなみに私の場合は、
日本の伝統仏教諸派の中で自分が最も高く評価するのは「真言宗」(だけ)です。
実家が仏壇を購入して数十年来、事情あって母方の宗派(真言宗ではない)で御祀りしていましたが、
私個人はヤル気がでないので、ただ普通に手を合わせるだけで、寺への行事にも全くの無参加でした。
現在は真言宗へと全面的に改宗しましたので、
これならヤル気もあるので自分でも積極的に在家修行、及び寺の行事にも楽しく参加しております。
尚、神智学との併用は特に何も問題は生じることがありません。
それと神智学というものはある意味で学問に近いものであり(これをどう生かすか!というと)、
専門職が法要なりの供養をしてくれるようなものは皆無であり、
菩提寺的にお墓(お遺骨)をあずけるといったこともまったくありません。
こちらは家系の御祀りとは異なり、まったくただの個人の学習の領域なのです。
以上、ご参考まで・・。
とにかくご自身で一番、
納得のいく方向へと選択されるのが良いと思います。
ここは詳しい方は常駐してますから、またいつでも質問するといいと思います。
44:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/05/17 00:49:18.48 mB5CZ3fy
補足:
>実家が仏壇を購入して数十年来、事情あって母方の宗派(真言宗ではない)で御祀りしていましたが、
>私個人はヤル気がでないので、ただ普通に手を合わせるだけで、寺への行事にも全くの無参加でした。>>43
これは母も同様にヤル気はあまりなし。
当時、母方の宗派に合わせていた理由というのは、
母方家系の近縁先祖に気になる亡くなり方が数人いたのでその供養を希望したものであり、
これはよく世間一般でいうところの“先祖自身が信仰していた宗教がその先祖の供養には適する”
といわれているセオリーに従ったものでした。
結果的には、別に我々にとっては特に満足感というのはなくて、
もうここらで自分達が心の拠り所となる宗派にしようという方向性で家族が纏まったからでした。
母も家族も私の影響あってか真言宗ということで落ち着きました。
45:神も仏も名無しさん
12/05/17 20:45:01.23 vNYjKEYf
ま身内の死 奥さんとか旦那が死んだら真剣に考えるだろな
46:31
12/05/17 20:59:46.84 q5R1Y1DH
>>42
>>43
ありがとうございます。大変勉強になります。
夫にも話をしてみたところ、自分の選んだ宗派を信奉するのがいいのではとのことでした。
義両親はおそらく今住んでいるところの近くで、宗派関係なしの霊園に墓を買うだろうと言っております。婚家の墓は新幹線で何時間もかかるところにあり、親戚ももう誰もその地には住んでおらず、義両親がこの先そちらで生活する予定もありません。
47:31
12/05/17 21:01:50.65 q5R1Y1DH
続きです。途切れ途切れになってすみません。
義両親は宗教全般に関心がなく、寺との付き合いもありません。義父の母が存命ですが、キリスト教に改宗したそうです。
ここまで寺との付き合いがない家を知りませんでしたので正直なところ戸惑いもあり、義両親に葬儀や墓などどうするつもりなのか聞いてみたいのですが、嫁という立場上ちょっと難しいです。
思い切って義両親に「私は○○宗の信徒になりたいのですがどう思われますか?」とはっきり聞いたほうがよいのかもしれません…。
夫婦で宗派が違うのは避けたいと思っております。夫は私に合わせるつもりのようです。
48:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/05/17 22:36:00.67 mB5CZ3fy
>>46-47
最終的には、
自分達が納得のいく結果を出されるといいと思いますよ。
ご夫婦揃って、納得できる宗派にされるのが一番ではないかと私は思います。
ご理解のあるご主人で大変、結構なことではないでしょうか?
(夫婦は一心同体であるという理解はとても大切です)
絶対、宗派変えは良くないといった頑なな態度の方こそ疑問符が付くものと私は思います。
先祖を遙かに遡れば、必ずや何度も宗教は変更しているというのが普通ではないでしょうかね。
ここには各宗派の伝統に詳しい方が沢山いますから、
また、お気軽に質問されると良いと思います。
どうか良い方向性に向かうよう願ってやみません。
それでは^^
49:神も仏も名無しさん
12/05/20 17:34:49.72 PBfvZ5xx
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【投稿】ガンガン系・Gファンタジー志望【スクエニ】6
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架神恭介「戦闘破壊学園ダンゲロス」
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【横田卓馬】戦闘破壊学園ダンゲロス【架神恭介】
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50:゚ 。(*′∇`)。 ゚ 希美ちゃん ◆1XjRibJyX.
12/05/22 16:42:12.16 RrogaAqK
質問です。
仏教で「宇宙」と言った場合の意味を教えてほしいです。
仏教に対して無学なので、わかりやすい回答をいただけるとうれしいです。
よろしくお願いします。
51:神も仏も名無しさん
12/05/22 17:06:12.08 GaPd4oLx
世界ですかね。地獄から天国まで、あらゆる生存形態が収まる記号です。
ただし、この世界は諸縁と因によって縁起しているもので、
実体のない幻のような空なるものですよ。
52:神も仏も名無しさん
12/05/22 18:02:17.05 YnA95mGT
質問お願いします。
「空海は高野山の「奥の院」で現在も生き続けているとされている」と
何かで聞いたけど確認された方おられますか?
それとも噂の域でしょうか?
53:神も仏も名無しさん
12/05/22 18:08:28.16 Jr0Q4Yuf
私がはっきりと確認しました
54:神も仏も名無しさん
12/05/22 21:27:13.96 etWLvQeI
とても信じられませんがね
いつ頃、誰と・・・どんな状態の空海だったのでしょうか?
生きていると確信した理由・根拠は?
55:神も仏も名無しさん
12/05/22 22:14:45.82 PgI7Gr9W
あなた高野山に行ったこと無いでしょう
先ず行け
56:゚ 。(*′∇`)。 ゚ 希美ちゃん ◆1XjRibJyX.
12/05/22 23:30:27.42 RrogaAqK
>>51
回答ありがとうございます。
つまり仏教でいう宇宙とは、あの世の世界すべてということでしょうか?
57:神も仏も名無しさん
12/05/22 23:59:34.91 uEpIZZc+
>>56
「あの世」も「この世」も「かの世」も「知世」も関係なく、「世(よ)」(世界)ということです。
全部ひっくるめてということです。
勿論、『所謂「宇宙」』に対応するインド語はありません。
強いて言えば「虚空(アーカーシャ)」でしょうが、
我々が持つニュアンス(或いはspace)とは若干以上異なるでしょう。
そもそものインドが、そういう世界観ではないからです。
所謂宇宙(space)は、キリスト教的世界観及び唯物的世界観がベースになってるんじゃないでしょうか?
やはり「loka(ローカ)」(世界、世)が対応する語だと思います。
58:゚ 。(*′∇`)。 ゚ 希美ちゃん ◆1XjRibJyX.
12/05/23 00:05:39.78 XarxS7cd
>>57
わたしたち人間の思考、魂、霊なども宇宙と言えるのですか?
よく覚えてないのですけど、確か仏教関係の本で、人間の身体も宇宙?小宇宙だったかな?そのようなことを読んだ覚えがあるのですけど。
59:神も仏も名無しさん
12/05/23 01:36:18.88 LctSMD2f
>>58
最も身近な「人間の身体」が、大宇宙に優るとも劣らない複雑さ、神秘と驚異に
満ちた小宇宙であることは、医療関係者である君が、一番よく知っているはず。
60:神も仏も名無しさん
12/05/23 04:54:22.37 0ZqxpLew
>>58
それは恐らく真言宗の一部の近代的言い方で誤解です。
要するに真言宗の教義を梵我一如と解して、
梵を大宇宙・マクロコスモス、我を小宇宙・ミクロコスモスと呼ぶものでしょう。
これは近代学者が捻り出した妄想で、仏教ではそれは実在論、我見、有身見と呼ぶ、誤った見解に他ならなりません。
61:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
12/05/23 05:17:47.64 GciVg+4e
>60
真言?華厳の間違いじゃね?
つーか実在論じゃなくて単なる喩だし。(笑)
62:神も仏も名無しさん
12/05/23 06:23:18.18 0ZqxpLew
>>61
君は何も知らないんだから、知ったように書くなよ
大日如来は宇宙とか、コスモスという真言学者はたくさんいるだろ。
63:神も仏も名無しさん
12/05/23 06:26:49.81 EDPGwqX/
>>55
高野山に行けば誰でも解るものですか?
行かない人には不明なのですか?
それでは宗教本をまづ一冊読めという布教と同じでしょう
64:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
12/05/23 06:50:07.91 GciVg+4e
>63
まぁまぁ、宗教なんてもんには理不尽な迷信を有り難がる連中がつきもんなんだから目くじら立てなさんな。
(^。^)あそこは空海信仰してる人も居るってだけの話さ。
65:神も仏も名無しさん
12/05/23 19:08:27.49 5GDs2Tso
信仰てそんなもんよ
イエスが復活したと本気で信じる十字架さんもいるし
66:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/05/24 00:00:25.16 LPT0Q0iP
>>52
真言宗では“即身成仏”といって、
今生現世において生きた生身の肉体のまま完成された仏の境地へと到達することを理想としておりますが、
開祖であられる弘法大師/空海は最後の入定で自己の死を超越し、
永劫恒常の意識で以って現在も生き、かつ我々を導き、或いは守護されて下さっているという信仰です。
ハッキリというと、空海が瞑想状態のままで生存し続けている(仏の境地とは“不死”でもある)
という見方をするものであり、今日でも食事と着替えなどが運ばれます。
これをどう見なすかは人それぞれで、そこにこそ意義があります。
私の個人的理解では、
肉体は朽ちても空海ほどの精神レベルであれば、当時すでに死後も高次の境地にあったでしょうから、
現在、覚者(ホトケ)となられて久しいでしょう。
67:神も仏も名無しさん
12/05/24 05:04:21.58 AXES0Deo
フルカネリだの錬金術師だの・・検索すると
いろいろ出てくるわい
↓
■『空海のミステリー』―真言密教のヴェールを剥ぐ
URLリンク(www.shuppansinsha.com)
68:神も仏も名無しさん
12/06/03 08:10:05.79 w6vZQDjJ
質問です
ゴータマが悟りを開いた時、『金星が輝くのを見て悟りを開いた』云々と最近耳にしました
そこでこの記述の原典をあたっているのですが、どうやら涅槃経らしいというところまでは判ったのですが、
アゴン部なのか大乗涅槃部なのか判然としません
大正も検索かけているのですが・・・
ご存知の方いらっしゃいましたらご教授お願いします
69:神も仏も名無しさん
12/06/03 09:07:50.50 Fa7hlcNH
>>68
そこに拘ってもあまり意味がないと思います。
渡辺照宏『新釈尊伝』大法輪閣 版 197 に結構書いてます。
あるいはセナールあたりは面白い解釈してるかもしれません。
70:神も仏も名無しさん
12/06/03 10:12:55.86 GkNfuUrh
>>68
URLリンク(21dzk.l.u-tokyo.ac.jp)
Search word : "明星" : Including related character :
397 hits : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ..14 --- [ keyword count ] : 525
佛本行集經 (No. 0190) 0796c05 - 0796c11: 爾時如來於彼後夜明星出時得成阿耨多羅三藐三菩 [show] (1 hit)
修行本起經 (No. 0184) 0471c27 - 0472b08: 5;所作已成智慧已了明星出時廓然大悟得無上正眞道爲最正覺得佛十 [show] (1 hit)
法顕訳(No.0007)が阿含部に入ってて、曇無讖訳(No.0374)が涅槃部に入ってるんでしょ。
ちなみに、
Search word : "大般涅槃経 明星" : Including related character : 大般涅槃經 明星 0 hit : --- [ keyword count ] : 0
URLリンク(21dzk.l.u-tokyo.ac.jp)
Search word : "涅槃経 明星" : Including related character : 涅槃經 明星 15 hits : 1 --- [ keyword count ] : 53
URLリンク(21dzk.l.u-tokyo.ac.jp)
Search word : "明星" : Including related character : 1 hit : 1 --- [ keyword count ] : 1---【 in 根本説一切有部毘奈耶藥事 】
根本説一切有部毘奈耶藥事 (No. 1448) 0081c10 - 0082a12:
加被我精進不放逸後夜明星出漏盡得清涼我於耆宿前名稱説本業安坐蓮花内無熱大池中 [show] (1 hit)
おそらく、上記のような仏伝系が初出でしょ。
71:神も仏も名無しさん
12/06/03 19:58:36.91 w6vZQDjJ
>>69-70
ありがとうございました
72:神も仏も名無しさん
12/06/17 09:59:53.29 DiDMTHmG
仏教は凄まじい男尊女卑思想だと聞きました。
大乗仏教ですら、女性は男性に生まれ変わらないと成仏できないと。
本当ですか?
73:神も仏も名無しさん
12/06/17 11:14:38.84 3Sf7b9qr
>>72 成仏と覚りは違います。
女性でも仏並みに悟ること(心の平安)はできる。
仏は、覚っただけではなく、その世界・時代のリーダー的な存在として他人を導く存在です。
いわば、仏教のない世界・時代に初めて仏教をもたらす存在。
また、女性の定義も微妙で、
出産担当の生物を女性と定義する場合は、
男女の別がない生物ならすべて女性、単細胞生物もすべて女性ですし、
人間の女性でも、子育てを終えて出家した場合には女性ではないといえるかも。
74:神も仏も名無しさん
12/06/17 12:56:56.84 A3DkZYez
【宗教】世界仏教大会(韓国開催)、チベット独立分子招待で中国代表退場、韓国曹渓宗が中国側を批判し謝罪要求[06/16]
スレリンク(news4plus板)
75:神も仏も名無しさん
12/06/17 18:40:58.86 DiDMTHmG
>>73
ありがとうございます。
やはり男尊女卑思想が激しいみたいですね。
鎌倉時代以降の日本仏教も同じように女性は成仏できないという考えなのでしょうか。
76:神も仏も名無しさん
12/06/17 18:50:29.42 +u/R/QxA
法然さんは遊女ですら区別差別なく
救われると説いてます
77:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
12/06/17 19:43:20.16 xBzmswaN
>72
大乗仏教の経典の一つに維摩経というお経がありまして、その中で、舎利弗という有名なオッサンが維摩に同様の事を言いますが、論破されてフルボッコにされるという下りがあります。
従って、建て前としては男女平等だと言えるかと思います。
78:神も仏も名無しさん
12/06/17 19:52:10.96 ZfZhZEXj
>>73
肝心なトコに答えてないね・・・。
79:神も仏も名無しさん
12/06/18 07:53:21.93 8Hfxb54n
>>72
宗教者は言いたい放題・言ったもの勝ち
80:神も仏も名無しさん
12/06/18 12:57:32.42 DoKbzJa9
子育て中の女性は現実問題として、今すぐ成仏は無理でしょう。
子育てしながらお釈迦様みたいな活動もできないでしょう。
来世では成仏可能。
浄土教では、極楽には誰でもいける。極楽にいけば成仏確定。
81:神も仏も名無しさん
12/06/18 14:07:56.37 VhaQcLbS
>>80
男性は、子育てしないから成仏が可能なの? (´・ω・`)
82:神も仏も名無しさん
12/06/18 16:11:47.55 KEQNHE8l
>>81
釈迦を産んだのも女性でしょ(笑
83:神も仏も名無しさん
12/06/18 16:43:25.84 VhaQcLbS
>>82
意味がわかりません。
>>81と>>82は、どんな脈絡で繋がってるんですか?
84:神も仏も名無しさん
12/06/18 18:46:44.63 DoKbzJa9
>>81 子育てしながら仏としての活動は無理では。
出家しないと。
ああ、逆の言い方をしましょう。
仏教のない世界に仏教をもたらすスーパー教祖(仏)となるべく生まれるような徳をもってる方なら、
子育てにわずらわされるような環境には生まれないのではないでしょうか。
要は、お釈迦様の人生が仏のモデルケースであり、それは極めて稀有な環境。
もしもお釈迦様が、シッダールタ王子ではなくヤショーダラー妃として生まれていたら、
幼い子供を置いて出家する選択はしなかったでしょう。
でも、ヤショーダラー姫もお釈迦様に弟子入りして悟った。
85:神も仏も名無しさん
12/06/18 18:56:40.00 DoKbzJa9
お釈迦様が発見した教えを受けて、女性でも子供でも悟ることはできた。
しかし、初めて教えを発見し、しかもそれを多くの人々に広めた
お釈迦様のような人生を歩むためには、
20代の若さで出家する必要があったのかも。
仏教のある世界でなら若い女性でも出家する発想がありますが、
仏教のない世界では、そもそも若い女性が出家しようという発想さえ浮かばないのでは。
子育て終えてから修行開始では年取りすぎて他人を導く時間が少ないし。
子育て中に子供を置いて出ていくのは、肉体的に子供とつながりが深い女性には難しいかも。
86:神も仏も名無しさん
12/06/18 20:57:54.21 dEbXo9Lr
仏教はやはりキリスト教には勝てないのでしょうか…
87:神も仏も名無しさん
12/06/18 21:59:10.16 DoKbzJa9
>>81 すでに仏教がある環境で師匠の教えを聞いて悟る人のことは、
仏ではなく声聞と呼びます。
また、誰にも教わらずに独りで悟って、
誰にも教えないで独りで消えてゆく人のことは、独覚と呼びます。
仏は、誰にも教わらずに覚って、しかも他人を教え導く存在です。
正直、みんながみんな「仏に成る」ことをめざす必要があるのかも疑問です。
日本で一般的に「じょーぶつ」と言ってるのは、厳密には成仏のことではなく、
声聞を含む覚り(ゆるぎない平安)全般のことだと思います。
その意味の「じょーぶつ」なら、男女どちらでも可能です。
88:神も仏も名無しさん
12/06/18 22:30:09.95 DoKbzJa9
>>86 あなたが気にしている勝ち負けの基準は何?
信者数とか?
89:神も仏も名無しさん
12/06/18 23:39:30.77 dEbXo9Lr
>>88
教えの内容です。
仏教は完敗と言わざるをえません。
キリスト教の圧勝だったのです。
90:神も仏も名無しさん
12/06/19 02:25:02.87 07RNxFCi
>>83
繋がっているのは母親から釈迦が産まれたという万人が理解可能なこと
極楽・成仏は人間の願望であって、それが本当に人間と死後に繋がって
いるかは今まで長い期間誰も証明不可能なことで根拠の無い妄想の類
黄泉の国から還って話した人は皆無だ
91:神も仏も名無しさん
12/06/19 02:27:11.07 M4C5eu2u
>>90
はあ?
お釈迦さんが女性から生まれたから、
男性は子育てしなくてもいいんですか?
92:神も仏も名無しさん
12/06/19 05:01:28.04 Ho4zupPM
*
93:神も仏も名無しさん
12/06/19 05:07:46.47 Ho4zupPM
>>89
なんで?
94:神も仏も名無しさん
12/06/19 10:09:44.93 PylrpT5b
>>90
全く説明になってないな。
何もわかってないんだろ。
95:神も仏も名無しさん
12/06/19 11:08:54.60 pswqBYX/
高橋克己のような質問してもね・・
確証も無い宗教に依存するなんて・・論外だ
96:神も仏も名無しさん
12/06/19 14:49:57.51 PylrpT5b
わかる限りの全ての経律論の現代日本語訳はありますか?
97:神も仏も名無しさん
12/06/19 17:01:14.82 Ho4zupPM
>>96
>わかる限りの全て
という意味が、現存、発見されている限りの全てという意味なら、
ありません。それ以前に、現代語訳はごく一部しかなされていません。
98:神も仏も名無しさん
12/06/19 21:50:39.03 PylrpT5b
>>97
なぜ現代語訳を出さないのでしょうか。
99:神も仏も名無しさん
12/06/19 22:37:06.14 Ho4zupPM
>>98
それは分かりません。
けれども、妄想すらく以下が主な理由でしょう。
売れない。
研究者がやりたがらない。なぜなら、和訳は労多く、評価が低いから。
なぜか、国訳の方が優れていると思っている。あるいは、漢訳に忠実だからかも。
100:神も仏も名無しさん
12/06/23 16:11:31.09 XVoPu8V6
諸法無我についてお尋ねします。
主体となる我というものは存在せず
変化するそのままの状態を指して関係そのものが自己なのだというのは、
通常の概念でも自己同一性などと変転を予定して使用されている事と何ら変わらず、
無我は特別意味の無い概念に思われます。
煩悩もその関係の中に生じているのであり無我概念はそこに変化を与えない。
人とは常なる物でないという意味で諸行無常に吸収されていいようなものではないでしょうか。
101:神も仏も名無しさん
12/06/23 16:28:22.89 6kH0zbgW
>>100
>通常の概念でも自己同一性などと変転を予定して使用されている事と何ら変わらず、
この文が何を言っているのか分かりません。
>煩悩もその関係の中に生じているのであり無我概念はそこに変化を与えない。
「その」と「そこ」は上の文を指していると思いますが、その文が分からないので、意味がとれません。
少し説明するか、言い換えるかしてください。
102:神も仏も名無しさん
12/06/23 16:48:08.73 XVoPu8V6
>>101
> >通常の概念でも自己同一性などと変転を予定して使用されている事と何ら変わらず、
>
> この文が何を言っているのか分かりません。
自己同一性というのは変化する個の流れの中での一定の傾向として捉えられる概念で
諸法無我に独特な領域は無いのでは。
アイデンティティの訳語として作られた語なのでそちらが影響を受けているとも言えますが。
> >煩悩もその関係の中に生じているのであり無我概念はそこに変化を与えない。
>
> 「その」と「そこ」は上の文を指していると思いますが、その文が分からないので、意味がとれません。
諸法無我言う所の現象としての変転する関係を捉えての自己の上に表れるのが煩悩であるから、
無我にそもそも煩悩は内包されており概念導入によっては何ら変化が無いのでは。
という事です。質問内容伝わりますでしょうか。
103:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
12/06/23 16:59:51.54 sncTBiW+
>100
現代の論理学的視点から見ればそう思われるかも知れませんが、当時の時代背景、すなわち梵我思想などの迷信なども併せて考えてみては?
104:神も仏も名無しさん
12/06/23 17:04:25.21 6kH0zbgW
>>102
分かりました。その場合、同一性の基体となるなんらかの本質、アルケー、実体をも認めないのが諸法無我です。以下のようにです。
URLリンク(www28.atwiki.jp)
例えばベルクソンのデュレが近い考え方に思えますが、確か明確に違ったと思います。
詳細は忘れてしまいましたけど。
105:神も仏も名無しさん
12/06/23 17:57:00.77 XVoPu8V6
>>103
無我が煩悩を内包しているのだとすると
正見により煩悩から解脱し涅槃寂静に至るという文脈に対して
諸法無我が機能を持たない事になります。
>>104
そのように一切自己は存在しないと言ってしまうなら
煩悩もまた存在しえず上記文脈に沿います。
がしかし、縁起ある者の関係全体を指す無我を超え、
一切自己が存在しないという事は作為的過ぎないでしょうか。
真理として承認するには不足であると考えられます。
106:神も仏も名無しさん
12/06/23 18:18:26.75 U5Vfu2jY
>>105
無我を思惟している主体は「我」だから、「無我」は論理的にも、実際的にも
成立し得ない。
煩悩は「我」から発し、それを滅しようとするのも「我」である。
煩悩は、「生きている」、即ち「我(生命)がある」ことの証。我の維持に
不可欠な心的作用。死と共に消滅する。
107:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
12/06/23 18:19:48.61 sncTBiW+
>105
貴方は世界の構造を構築する某という規範が存在するとか考えてますか?
その仮定に対して仏教のロジックが沿わないと考えてません?
(^。^)その仮説が間違いってのが「諸法無我」かも。
108:神も仏も名無しさん
12/06/23 18:24:17.07 XVoPu8V6
>>106
反仏教の立場ですか。
>>107
そのような話はしてないかと。
あくまで仏教の教義内での質問です。
109:神も仏も名無しさん
12/06/23 18:34:07.23 U5Vfu2jY
>>108
仏教であっても、論理性、合理性、現実性は必要です。それが無ければ、単なる
妄想・狂気に過ぎなくなってしまいます。
110:神も仏も名無しさん
12/06/23 18:43:09.92 XVoPu8V6
>>109
世俗的価値体系に拘泥し過ぎる事による誤りの可能性にも考慮の余地があっていいがその通りです。
四法印の一つを全否定しているので反仏教とお見受けしたのですが。
111:神も仏も名無しさん
12/06/23 18:47:40.92 U5Vfu2jY
>>110
四法印のいずれについても、同様に、「論理性・合理性・現実性」は必要です。
112:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
12/06/23 18:48:34.78 sncTBiW+
>108
仏教の教義でなら、諸法無我も諸行無常もそのままの意味であり、
煩悩に関する問題に限定して自己同一性など持ち出す必要は無いかと思いますがね?
(^。^)君自身の判断基準にそぐわないなら仏教を学ぶ必要は無い。
113:神も仏も名無しさん
12/06/23 18:50:03.47 XVoPu8V6
キリスト教徒です。宗教は総じて嫌いですが哲学的思索の一助として見ている者です。
等の返答を期待してるのですが。
114:神も仏も名無しさん
12/06/23 18:52:55.14 XVoPu8V6
>>112
そう発狂なさらず。
理解を努めている初学者の助力をなさってください。
115:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
12/06/23 18:56:54.33 sncTBiW+
>114
(^。^;)お前は何を言っているんだ?
つーか、議論したいなら議論スレ行きなさい。
116:神も仏も名無しさん
12/06/23 19:09:40.27 XVoPu8V6
単なる初学者の質問なんですが、
そこはこう考えられてるのですとすぐには答えの出ない議論の範疇でしたか?
117:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
12/06/23 19:14:37.46 sncTBiW+
>116
つ112
118:神も仏も名無しさん
12/06/23 19:18:30.53 XVoPu8V6
>>117
あなた八正道に反してますよ。
後人の指導に当たる者は仏教徒らしく振舞いなさい。
119:神も仏も名無しさん
12/06/23 20:55:43.55 6kH0zbgW
>>105
ああ、なるほど発想が西洋論理なんじゃないでしょうか?
とりあえず、それを捨てないと理解できないと思います。
これ以上やりたければ議論スレに移行してください。
120:神も仏も名無しさん
12/06/24 01:32:47.31 BKVR1vQa
>>109 仏教とは、悩み苦しみの原因を消したり制御したりして、
悩み苦しみを消したり制御する教えです。
あくまで日常生活に即した実践的な教えです。
怒ってる人が、無常や無我を思って怒りがスーッと冷めるとか、
あれこれ悩んでるときに「これは私の煩悩が原因だな」と冷静になって心が晴れるとか。
無我がわかってる人は、例えば、昨日ケンカした相手に今日あったときに、
まるで初対面の人とあったかのように敵意も失礼もなく、くったくなく話ができる、みたいな。
昨日の自分と今日の自分の感情に同一性をもたせる必要はないんだから。
121:神も仏も名無しさん
12/06/24 01:40:24.59 BKVR1vQa
無我が本当にわかってる人は、たぶん家族を殺した犯人とでも心から和やかに談笑できる。
まぁ、そんな人がいたら、世俗的な価値観から「人でなし」だろうけど。
よく事件の被害者家族の恨みとかも「それは煩悩ですよ。すんだことは忘れましょう。」となるし。
122:神も仏も名無しさん
12/06/24 05:34:50.95 KUCsgatG
「煩悩を滅する」という不自然な欲望こそ、最大の煩悩。
123:神も仏も名無しさん
12/06/24 05:36:19.24 ErEG/R0b
>>122
これは生命教というアラシです。
124:神も仏も名無しさん
12/06/24 05:58:35.02 KUCsgatG
>>119
本当に「真理」であれば、西洋・東洋を問わず、「すべての人間」に理解し得る
はず。
多くの西洋人が、仏教を信じ、また研究している。「キリスト教の究極の目的は、
仏教の空である」という神学者もいる。
中論は、西洋人にも感銘を与えている。
125:神も仏も名無しさん
12/06/24 20:04:22.62 BKVR1vQa
>>122 煩悩を動機にして修行をはじめ、やがて煩悩を滅するというのも「アリ」では。
126:神も仏も名無しさん
12/06/24 23:20:29.68 jPnI5mIO
>>125
「煩悩を滅する」という目的のために修行するのでは、その煩悩は修行中
続く。修行を一切止めるよりほかには、方法はない。修行を止めて煩悩を
受け入れれば、煩悩は去る。
127:神も仏も名無しさん
12/06/25 17:02:09.53 LVZ2WKqq
高空に浮かぶ天上巨大構造物、多宝如来の多宝塔。
地割れと共に地面から無数の金色に輝く菩薩の出現まで
様々な奇跡が予言されている。
そして、それらは今年中に起こる。
全ては法華経に予言されている。
128:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
12/06/25 18:25:09.43 T/k2AWmt
>127
ここは質問スレだよ。
129:神も仏も名無しさん
12/06/29 15:12:07.90 D1qlsY/B
昔のお坊さんは法事などでお経をあげるときに、
説法もしてたと思うのですが、
最近のお坊さんは説法する人が少ないように思います。
お坊さんは説法をするべきだと思いませんか?
130:神も仏も名無しさん
12/06/29 21:44:53.00 GcGBVsmB
宗教をどう捉えるかによって人それぞれ違う
131:神も仏も名無しさん
12/06/29 22:21:37.06 v0u6Bf/F
>>129
うちの近所(首都圏ギリギリのベッドタウン在住)で親戚とかの法事に行った範囲では、どの坊さんも説教してたけど?
どの辺のお寺(都会、田舎etc)に、何度ぐらい行って、説法が無かったのは何人ぐらいだったの?
132:brown
12/06/30 01:40:35.06 HdgSIfOo
>>106
正しくは↓ですね。
無我を思惟している主体は「無我」だから、「無我」は論理的にも、
実際的にも成立している。
煩悩は「無我」から発し、それを滅しようとするのも「無我」である。
煩悩は、「生きている」、即ち「我(生命)が無い」ことの証。
煩悩は,我の維持とは無関係な心作用。死と共に消滅することもあり得ない。
133:brown
12/06/30 02:09:37.74 HdgSIfOo
>>100
ご推察の通り,無我と無常は同じ意味です。自己同一性の欠如も。
ところで,疑問は,無我なる私に煩悩が生じてくるのだから,「無我」は煩悩の
退治にならないのではないか? ということでしょう。
煩悩は無我なる私に生じてくるのですが,煩悩が指向する対象は,単に無我
の現象ではなく,無我の現象の上に,我を増益したところなんですね。
だから,増益された我を「無我」として滅することで,煩悩を滅することが
できるというわけです。
本来は無我なのに,それを我と見たところに煩悩は生じる。そこで,
その誤った見解を正すと,誤って我ありと見ていた心がなくなるので,
煩悩はその取り付く島を失い,消えてしまうというわけです。
134:神も仏も名無しさん
12/06/30 09:34:07.14 RW1HdiJq
>>133
> ところで,疑問は,無我なる私に煩悩が生じてくるのだから,「無我」は煩悩の
> 退治にならないのではないか? ということでしょう。
お察しの通りです。
> 煩悩は無我なる私に生じてくるのですが,煩悩が指向する対象は,単に無我
> の現象ではなく,無我の現象の上に,我を増益したところなんですね。
上で書いた論旨で増益されたと指摘されている煩悩を無我が内包する事は可能かと。
135:神も仏も名無しさん
12/06/30 09:37:14.23 RW1HdiJq
可能に留まらず、やはり無我概念によって煩悩は変化はしないとまで言って差し支えないのではないでしょうか。
136:神も仏も名無しさん
12/06/30 10:09:30.72 3NbBti7c
>>132
>正しくは↓ですね。
論理的に滅茶苦茶。誰にも理解できんよw。
137:brown
12/06/30 13:09:05.21 HdgSIfOo
>>135, 136
なるほど。そのとおりですよ。
もちろん増益された我を対象とした煩悩も,無我が内包しています。
元々無我なのだから,煩悩も無我です。
だから,無我によって煩悩は変化しません。真実には。
ところが,人の認識は真実とはずれていて,無我を我と認識しているので,
それを「無我」と正しい認識に改めることによって,煩悩は消えます。
人の認識の中で。
真実に無我だというのと,現実の認識として無我だというのとは違う
ということですね。真実には変化はないんですね。その辺を注意して,
諸「法」無我と諸「行」無常と,無我と無常ではちょっと範囲が違っています。
138:神も仏も名無しさん
12/06/30 13:11:11.15 4wNEMAjb
質問させてください!
無分別智ってソシュール的な言語による分別から解放されることですか?
たとえば、(健常者/障害者)の分別をやめると(人間)
(人間/非人間)の分別をやめると…このように、延々と分別をやめていって、
この世を一つの宇宙として見るような感覚なのでしょうか?
また、これは竜樹の指し示す空や縁起と関係ありますか?
139:神も仏も名無しさん
12/06/30 13:20:16.65 U0H27XZx
>>137
>人の認識は真実とはずれていて,無我を我と認識しているので
その「真実」とやらを、誰がどうやって認識したのかね?w
「無我」を思考・認識する主体は何?「我」に決まっているだろw。
いずれにせよ、釈迦の「無我」は、「己の我を以って我を否定した」という点で、
完全に論理矛盾で誤り。
140:brown
12/06/30 13:36:42.05 HdgSIfOo
>>139
「我」という漢字が誤解を生みやすいという問題もあるのですが,
「無我」といっても主体がないということではありません。
主体や存在を直接・全面否定すると,「完全に論理矛盾で誤り」です。
道徳も破壊されますね。結構そういう論調も見受けられるのも事実です。
「主体が無い」ということではなくて,無我といっているのは,
主体が無常だとか,主体の我がないとか,時間を貫いて不変の自己同一性は
ないという意味です。
だから,真実をその主体は認識するし,無我をその主体が思考します。
ただし,その主体は,無常であり,時間を貫いて不変の自己同一性はない
というだけです。
141:神も仏も名無しさん
12/06/30 13:47:44.69 U0H27XZx
>>140
ちゃんと「主体」があるのなら、「『無』我」というのはおかしいね。
「無我」という言葉自体が、既に「有我」を前提としている。「無」は「有」を
前提とする。「無常」も「常」の状態があることを前提とする。
いずれにせよ、「無我」という言葉は誤り。
142:神も仏も名無しさん
12/06/30 14:02:48.84 4wNEMAjb
138ですが、横槍、失礼しますします
>「無我」を思考・認識する主体は何?「我」に決まっているだろ
「我が思考する・認識する・見る・聞く・味わう」と聞くと、
「思考・認識しない・見ない・聞かない・味わわない我」というものが存在することになります。
しかし、人間からあらゆる五感を取り除いたら、そもそも我を含めて何も残らないと思いませんか?
逆に言えば、そのように五感による認識があり、その後から「我」が追認されたのであり、
先に我があったわけじゃないと思うんですよ。
釈尊が五蘊仮和合を説明して、五蘊がどれもアートマンではないと言ったこと、
そして「誰々が食べる」ではなく「食べるという"作用がある"」というまどろっこしい言い方をした背景には
こういうことがあったのではないでしょうか?
143:神も仏も名無しさん
12/06/30 14:26:57.87 U0H27XZx
>>142
生命がなければ、五感も一切生じない。五感の前に生命がある。死者には、
知覚も煩悩もない。
食べるという生活作用も、我(生命)から生じる。
釈迦も「無我」はさすがに言いすぎだと思ったのではないかね。「非我」など
とも言っているが、これではモロに「我」を前提としている。
144:神も仏も名無しさん
12/06/30 14:40:18.72 4wNEMAjb
>>143
我(=生命)とする部分がちょっとよく分かりません・・・
たとえば、腕には生きた細胞(生命)がうごめいていますが、腕も細胞も我ならざるものです。
もちろん、「我」のような根源的な"何か"が無いと認識作用自体が生まれないんじゃないのか?
というお気持ちは分かりますが、少なくともその"何か"はどこにも見つかりません。
「少なくとも、その細胞は我ならざるものである」といって、我が見つからないことを1つ1つ挙げるしかできないという…
「非我」は「それ(五蘊)は我ならざるものである」という意味で使っていたと思います
「我は無い」とは一言も言っていなかったような…
もちろん、「すべての諸法は我ならざるものである」という命題から論理的に
「我は無い」を導くこともできますが、それは現代的な論理的な考えであり、
釈尊の言うところではない気もします。
「我はある/我はない」という命題は、「私が説いた法ならざるものである」と彼なら言う気がします。
145:神も仏も名無しさん
12/06/30 15:14:18.89 MJSIuYab
>>144
U0H27XZx は生命教という独自の説を唱える変わった方ですよ。
146:神も仏も名無しさん
12/06/30 15:22:55.44 RW1HdiJq
>>137
やはり無理があるでしょう。
真実として存在するものを
実我から仮我に視点を移したところで事実としても認識としても何ら変わらない。
また別の疑問に踏み込むなら
諸行無常でありながら真実というものを想定している事に矛盾がある。
すべてのものが生滅流転して永久不変なものは無いと述べながら
私のいう事は永久不変な真理であると言ってしまえば利己的に破綻している。
147:神も仏も名無しさん
12/06/30 15:46:19.41 RW1HdiJq
>>141
永久不変な我は無いという解釈での語法なら可能だね。
そこで使われている語は専門語としての我で
常一主宰である実我をさしており、無実我を無我と呼んでいる。
148:神も仏も名無しさん
12/06/30 15:51:23.54 oMTnIBR/
>>144
>我(=生命)とする部分がちょっとよく分かりません。
要するに、生命現象を現す肉体(生命)と死体との区別ですよw。この区別が
出来なければ、死者の火葬も埋葬も出来ません。「殺人罪」になりますから。
死ねば、腕も細胞も脳もその他身体のすべての器官は壊死し、分解し、機能を
失います。来世の認識もできませんから、来世は無いのと同じです。
生命現象を現す原動力(生命そのもの)は何かは、己の生命を以っては把握で
きません。何故なら、把握主体と把握客体が同一ですから、把握は不可能でナ
ンセンスだからです。
生命そのものは、人間が対象化不可能な唯一の存在です。
生命現象を現す肉体(生命)は、宗教を含む人間のすべての営みの根源であり、
それらに先立つ最上位概念です。
釈迦もイエスもその他如何なる人間も生物も、生命から見れば、生まれながらに
その奴隷に過ぎません。生命そのものは、また、生存本能と言い換えることが
できます。「生きようとする欲求」が、すべての生物に共通な「唯一の普遍の
事実」だからです。
149:神も仏も名無しさん
12/06/30 16:39:38.46 4wNEMAjb
>>148
なるほど、大体は理解できたと思います。
釈迦もイエスも根源的な生命そのものがあったからこそ生まれた、
そしてその根源は把握できない、ということですよね
しかし、それが「我がある」、「認識の主体がある」という見解にどのように結びつくのでしょうか。
もう1つ、「来世の認識もできませんから、来世は無いのと同じ」を応用すると、
「生命現象を現す原動力(生命そのもの)は把握できないから、無いのと同じ」とは言えないのでしょうか。
150:神も仏も名無しさん
12/06/30 17:25:46.51 vKLE+TKZ
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」by親鸞
浄土真宗西本願寺派なんだけど、これ以上の名言って他の宗派であるのかな?
あったら教えてください。
151:神も仏も名無しさん
12/06/30 18:03:05.88 zLLWFZM/
>>149
認識・思考にはその主体が必要です。死者には不可能です。
釈迦が「無我」を思考したのは、釈迦の我、即ち生命です。
生命そのものは対象化できないが、「生命現象を現す肉体」は万人が
対象化(知覚)できます。生命現象は、肉体の隅々にまで現れています。
従って「生命=生命現象を現す肉体」としても、何ら問題はないと思います。
152:神も仏も名無しさん
12/06/30 18:44:18.04 4wNEMAjb
>>151
>認識・思考にはその主体が必要です
>>142は読んでくれましたか?「認識する主体」があるなら「認識しない主体」もあるはずですが、
五感などを用いた認識・思考をそぎ落としていくと、
そこには主体と呼ばれるような「我」は残らないとは思いませんか?
認識がまず先に起こるから、
その次に「我ってあるよね!君もそう思うでしょ?」
と間主観的に「我」なるものを追認・仮構することができる、という順番です。
我を欲望と言い換えても同じ結果になると思います。
認識作用が無いならば、食べ物も目の前に現れない、現れていないものに対する欲望はありません。
悟ることが諸々の認識作用を滅却することだとすれば、悟ることは生きることを辞めること、
原始仏教は極端に言えば、それほど厭世観に満ちたものだったいう印象です。
(あなたがいうところの「死者」になる、という意味では当然ありません。)
>「生命=生命現象を現す肉体」としても、何ら問題はない
左辺は対象化できないもの、右辺は対象化できるもの、とのことですか、
「対象化できないもの=対象化できるもの」とすると、矛盾命題にしか見えないのですが。
153:神も仏も名無しさん
12/06/30 19:27:43.11 zLLWFZM/
>>152
人間を含むすべての動物は、出生と同時に知覚・思考が生じる。それが無ければ、
外界での生存が不可能だからだ。いや、胎児のうちにも生じている。胎児は複雑な
産道を巧みに通過して出生する。宗教者の場合は、認識・思考をすべてそぎ落としても、
悟り、解脱、釈迦などという宗教観念は残るw。欲望も、欲望主体がまず存在しなければ、
生じようがない。
対象化できないものを対象化する方法として「象徴」がある。例えば、「天皇は
日本国民の統合の象徴」、「赤は、情熱の象徴」、等等。生命の場合は、生命現象
は肉体の隅々まで現れているから、肉体は象徴以上のものであり、「肉体=生命」
としても何ら問題はない。
154:神も仏も名無しさん
12/06/30 19:38:37.97 zLLWFZM/
>>152
>「認識する主体」があるなら「認識しない主体」もあるはずですが
宗教者が、開祖・教義をすべてそぎ落とせてから、それを言ってくれw。
155:神も仏も名無しさん
12/06/30 20:17:07.18 4wNEMAjb
>>153
>出生と同時に知覚・思考が生じる
すみません、仮にそうだとして、この件からどんな結論を導けるのでしょうか。
>欲望主体がまず存在しなければ、生じようがない
厳密には認識作用が存在しなければ欲望は生じない、ですね。
「欲望がある」ための必要条件は「欲望の対象がある」ことです。
「欲望の対象がある」ための必要条件は「認識作用がある」ことです。
従って、「欲望があるならば、認識作用がある」、その対偶「認識作用が無いならば、欲望はない」が導かれます。
>宗教者の場合は、認識・思考をすべてそぎ落としても、悟り、解脱、釈迦などという宗教観念は残る
これは(悟りをまだ開いていない)宗教者というより、ブッダの場合のことですよね。
これは自分も気になるところではあります。認識作用を寂滅して無分別智を体得した後、
改めて世界を分別、再構成した上で、それらの諸概念を用いて説法した、と自分は解釈していますが…。
前に友達に「悟ったのに何で食べるの?生きたいという欲望がなければ食べないでいいじゃん」と言われて困りましたw
これについては、誰か詳しい方、教えていただけませんか。
あと、>>138の質問についてもお願いします…
156:神も仏も名無しさん
12/06/30 20:37:22.81 pvQfepc3
>>131
田舎のお坊さん4名と都会のお坊さん2名に会ったことがありますが、
説法した人は田舎のお坊さん2名です。
157:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/06/30 22:13:38.78 ZQ9px0dm
>>462>>463
肉体が存続している状態という意味での最低限の業でしょう。
(悪というような意味合いではない)。
もしも望むならば、
完成者というのは不食で死なないでいることも可能です。
食を得ないでも肉体を維持存続するエネルギーの摂取法がありますからね。
よって態々、不食の状態へと切り替えるのか?
そうではなく、普通にこれまで同様の食事を継続するだけか?ということ。
これも本人が選択することです。
また、肉体の放棄も当然、いつでもできますから。
完成者はすべてを自分で決めているのです。
割り込み失礼。
158:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/06/30 22:14:44.51 ZQ9px0dm
>>157
誤爆です。失礼
159:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/06/30 23:45:44.53 ZQ9px0dm
>>155
>前に友達に「悟ったのに何で食べるの?
>生きたいという欲望がなければ食べないでいいじゃん」と言われて困りましたw
>これについては、誰か詳しい方、教えていただけませんか。
スレリンク(psy板:467-494番)
160:神も仏も名無しさん
12/07/01 12:26:21.05 tk/iznsb
托鉢ってどうなんだろう?
世間と縁を切っておいて食事だけ貰うって都合いいよね
自給自足の生活じゃだめなのか?
161:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/07/01 13:25:47.91 SsnGJH/B
>>160
托鉢の目的は自分の食を得るということだけではなくて、
施しを行うことによる功徳が得られるようとの衆生済度が目的です(真意)。
修行者への施しの功徳は非常に大きいものと謂われています。
従って、多くの施しが期待される金持ちの部落よりも、
現在、貧困に喘いでいる貧民部落へと赴いて、
そこからホンの僅かな施しをさせることがより重要です。
この貧困地獄から救い出すためです。
至福を肥やすことを考えている僧侶など論外です。
多額の布施金で豪遊するなど持っての外。
162:神も仏も名無しさん
12/07/01 13:58:02.54 tk/iznsb
>>161
なるほど 与える方にもメリットがあると
都合いいですね
最低限生きられるように自力で食料を確保し、
あとはひたすら修行に励むような僧侶が素晴らしいと個人的に思います
163:神も仏も名無しさん
12/07/01 14:16:31.12 D5UB7FeI
>>162
じゃあ自分はそうすれば?
と、大抵の宗派で言われて終わっちゃうが。
164:神も仏も名無しさん
12/07/01 15:06:44.04 tk/iznsb
自分は仏教徒でも何でもないです
仏教の考えは素晴らしいのに残念に思うとこがいくつかあったので
聞いてみただけです
165:神も仏も名無しさん
12/07/01 15:54:09.89 dKXvUWpP
>>164
仏教の基本ラインである「欲(欲望)の滅」からすれば、
「托鉢で食を乞う」というのが、許容されるギリギリのところなわけです。
*(また、インドに於いては修行者の身体維持の手段としては、定番のものでもあります。
仏教だから、ではなく、道を求めて修行する者は誰でも、托鉢によるというのがデフォルトなのです。)
なぜならば、
「生産活動をし、収穫・収益を望む」ということは、そのまま、
「(本来滅すべき)欲(欲望)の肯定」に他ならないからです。
だから、実務上の利便性や、時代・関係性の環境・しがらみ等による状況上の要請があるからとは言いながらも、
世襲が批判対象であり続けるのは、ここに由来します。
166:神も仏も名無しさん
12/07/01 16:31:05.83 tk/iznsb
なるほど。
ではもっと馬鹿な質問をしますが、
もし托鉢ができない環境であれば仕方がなく生産活動をするのでしょうか?
167:神も仏も名無しさん
12/07/01 16:52:23.26 dKXvUWpP
>>166
まさにその経緯を辿ったのが(中国)禅宗です。
168:神も仏も名無しさん
12/07/01 19:50:36.27 JLbfH21s
>>166
ちょっと答えにならないかもしれないけど、
インドでシャモン達が托鉢とか思索に耽ったりできるようになった背景に、
商業・農業の発達によって修行者以外の人が生産活動に従事できるようになったということがあるみたい。
逆に言えば、商業・農業があまりに未熟だと、托鉢など修行するには不便な環境だったということ。
修行者たちも生産活動に従事することを余儀なくされたかもしれない。
169:神も仏も名無しさん
12/07/02 08:12:08.84 dDsp6ZbL
>>164 冷蔵庫のない時代に食べ残しをおいといても腐らすだけだし、
スプーン一杯分ずつを分けあたえる信者が50人くらいいれば充分1食分をまかなえるし、
信者にとっては思ってるほど負担は重くないのでは。
それに、信者は修行僧から専門的な知識を得られるのであり、
修行僧としては、在家にはできないような修行と学問にあけくれることこそが義務なんじゃないかな。
役割分担。
170:神も仏も名無しさん
12/07/02 10:41:22.41 4EaU1urU
>>167
>>168
>>169
回答ありがとうございました。
勉強になりました。
托鉢に対する偏見が幾分か和らいだ気がします。
171:神も仏も名無しさん
12/07/02 12:57:46.91 dDsp6ZbL
>>170 日本のような世襲寺院は特殊で、基本は一般信者の家庭から出家するわけで、
托鉢僧に布施するのは、間接的な「仕送り」や応援でもあるでしょう。
親戚が出家してお世話になってる教団や寺院に差し入れする感じ。
172:神も仏も名無しさん
12/07/03 15:13:30.05 zRVcnYQi
華厳とか無上正等正覚のような境涯と呼ばれるランク付けのようなものがあるみたいなのですが、何種類位あるのでしょう?
173:神も仏も名無しさん
12/07/03 21:26:01.40 RuUqLuff
御詠歌の練習したいのですが、CDなんて売っていますか?
本山では販売してませんでした。因みに真言宗。
174:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/07/04 08:39:49.07 2qDY8F86
>>173
「御詠歌 CD」で普通に“ショッピング検索”でググレば幾つでもでてきます。
175:神も仏も名無しさん
12/07/04 10:02:05.16 n9lmaHz3
御詠歌 ミク
176:神も仏も名無しさん
12/07/04 22:56:42.00 OJgAB2bX
有難う御座いました。
検索します。
177:記憶喪失した男
12/07/05 13:56:47.12 ZyopomTf BE:1231838036-2BP(3)
質問です。
あるがままにあれ、というのは仏教の教えですか?
どこに書いてありますか?
178:神も仏も名無しさん
12/07/05 14:44:24.93 p2LBODOy
こんにちは
最近うちが浄土宗って知ったんだけどどんな宗派ですか?
西山派って言われた。
ばあちゃんちが農家だったのと関係ありますか?
浄土宗ってマイナー?
179:神も仏も名無しさん
12/07/05 16:36:35.50 rXGJFwKE
具体例の形でお伺いします。
末期癌で日々身体の強い痛みを耐えて苦しむ人がいるとします。
仏教で彼が涅槃寂静に至るにはどのような考え方で対処すればいいですか。
180:神も仏も名無しさん
12/07/05 17:06:41.90 9C47IkAe
>>179
自分がいかに輪廻という恐ろしい不自由な場所に暮らしているか、そういう風に危機感を最初植え付けます。
そして危機感だけで終わってはまずいので、次第次第に慣れていきます。
慣れていって、輪廻から解放される、つまり解脱することですが、解脱への希望というものを持つということ、
こういう仕方で考えると非常に良いんじゃないかと思われます。
181:神も仏も名無しさん
12/07/05 17:23:05.37 HOfqQm0o
>>180
馬鹿だろ?w
一代も同意見か?wwwww
182:神も仏も名無しさん
12/07/05 18:21:49.47 o7om05F2
末期ならそのまま何もせんでもじきに涅槃寂静やろ。ほっとけば?
183:神も仏も名無しさん
12/07/05 18:39:12.19 qD6gwDkP
>>179
残念ながら手遅れ
184:神も仏も名無しさん
12/07/05 19:33:38.60 9C47IkAe
>>179
いま苦しみを感じているのは自分だけではないと思い(震災の被災者やチベット、シリアとか)
その苦しみを自分が引き受けている、と考えてみてはどうですか
>>180
なにが馬鹿かよくわからんが文句があるなら代案だせよ
185:神も仏も名無しさん
12/07/05 19:45:01.58 HOfqQm0o
>>184
つキリスト教に改宗
(末期癌ではないが)実例を一件知ってる。
186:神も仏も名無しさん
12/07/05 20:28:02.22 9C47IkAe
などと意味不明な供述をしており、
>>184 は近く韓国へ強制送還を執行
187:神も仏も名無しさん
12/07/05 20:32:35.65 srrckUjz
暖衣飽食の中ですら涅槃に辿り着けないヒヨッコ共に
病苦の渦中でどう涅槃入りするかと聞かれても困るすな
>>186
そう、さようなら。お達者で。
188:神も仏も名無しさん
12/07/05 20:45:14.93 HOfqQm0o
>>186
冗談だと思ってんの?
病名は失念したが、意識は明晰だけど体が動かせず、ほぼ寝たきり状態になった人がいて、
病室で色々な本を読んだり話を聞くうちに、実妹がカソリックの修道女で、
聖書の読み聞かせ等もしていたんだろうと思う。
で、病室で洗礼を受けて、洗礼名貰って、そして、キリスト教式で葬儀だった。
ただ、家族(遺族)は菩提寺があるし、自分達はそこへ入っていくのだからということで、
和尚に仏式の戒名をつけて貰って、納骨は先祖代々の墓地へ入れたとのこと。
病室で身体も動かせず、天井しか見えないほどの状況に於いて、
神の(聖書の)言葉が、彼の胸に響いたのだろうと思う。
このことを誰が批難できるだろう。
189:神も仏も名無しさん
12/07/05 20:46:58.00 HOfqQm0o
>>188は、≪『安心』(あんじん)とは何か?≫という究極の問いだと思うよ。
190:神も仏も名無しさん
12/07/06 00:43:10.89 8HlqnYBJ
意外に良い回答が出て来ないね。
真っ先に登場する生老病死という苦諦の基本要素だというのに。
妄想三昧のキリスト教のほうがまだ救いを与える力があるのだとすると
これは情けない事だ。
191:神も仏も名無しさん
12/07/06 03:55:01.24 0qhy6E44
>>188
具体的に、聖書のどのような文句が感動した?
いうてみい 言うてみい
192:神も仏も名無しさん
12/07/06 04:36:04.12 OO+jHsjn
>>178 浄土宗を開いたのは法然さんで、現在「浄土宗」という宗派名で呼ばれてるのは法然の弟子聖光さんの系列。
西山派は、同じく法然の弟子の証空さんの系列。
教義は、基本的にはたいして変わらない。
私達の世界で悟りを開いたのはお釈迦様(2500年前の仏教開祖)。
一方、西方極楽浄土という別の世界(宇宙)には、阿弥陀仏という仏がいて、
「南無阿弥陀仏」とその仏の名前をとなえる者がいたら
必ず死後に極楽浄土に往生させてくれる。
お釈迦様が亡くなって長年たち、難しい修行や善い行いができない堕落した仏教徒でも、
地獄におちたりせずに、称名念仏(仏の名前をとなえる)するだけで
極楽浄土という最高の環境にいけて、
そこで阿弥陀仏の指導をうけて悟りをひらくことができる。
193:神も仏も名無しさん
12/07/06 04:48:47.02 OO+jHsjn
>>178 法然の弟子には親鸞さんという人もいて、この系列が「浄土真宗」。
浄土真宗が檀信徒数では最大宗派だと思います。
「南無阿弥陀仏」(なむあみだぶつ)という念仏は有名なので、
マイナー宗派というわけではないと思います。
浄土宗が登場したときは、天皇家から武士や農民まで、幅広く人気がでたそうです。
身分や老若男女にかかわらず、また、善人でも悪人でも、
ただ念仏をとなえるだけで、阿弥陀仏が必ず極楽浄土に往生させてくれ、
極楽にいけばみんな平等の光輝く菩薩(仏の見習い)になれて、
いずれ仏(最強の聖者)に成る(成仏)が確定するという、
シンプルな教えで人気がでた。
194:神も仏も名無しさん
12/07/06 04:56:53.28 OO+jHsjn
>>177 あるがままの人間は煩悩だらけで、煩悩が悩み苦しみの原因なので、
あるがままでは悩み苦しみだらけのままだよというのが仏教。
だから、あるがままではだめだよ、改善しなきゃというのが仏教。
ただし、あるがままの人間を慈しむ(憎まない)のもまた仏教。
たとえば浄土宗では、善人は善人のまま、悪人は悪人のままで、
生まれつきのままの姿で念仏すれば極楽に往生できる、と説かれます。
195:神も仏も名無しさん
12/07/06 07:59:00.06 OO+jHsjn
>>177 仏教では、あるがままを観察するのは最も大切なことです。
私達は、概念・観念のフィルターごしに物事を認識してしまうので、
なかなか「あるがまま」に見ることができません。
「あるがまま」に見て受け入れることができれば、悩み苦しみはなくなる。
仏教の修行は、物事をあるがままに見られるようになるための訓練、とも言えます。
196:神も仏も名無しさん
12/07/06 08:10:36.29 OO+jHsjn
>>179 涅槃とは煩悩が完全になくなること(仏様と同レベル)なので、
現実的には、今生でそこまで修行を完成させるのはかなり難しいので、
来世に望みをかけるしかありませんよね。
仏教徒全般にいえることは、仏・法・僧を信じて悟りを求める気持ちがあるなら、
来世はまぁまぁ悪くないだろうということ。
来世の心配がなくなったら、あとはこの世でどう安楽に過ごすか。
それは、過去や未来を妄想せずに、今・ここに集中すること。
今の1秒を生きられるなら、次の1秒もまた耐えられるでしょう。
1秒1秒に人生を区切って生きる場合は、まぁなんとか1秒くらいならガマンできる。
なのに、過去や未来とつなげてしまうと悩みは増大する。
197:承狂 ◆TptLNQXPVWuJ
12/07/06 11:05:03.30 s32k3Zs8
死に臨んで人が何を求めるかなど千差万別であり、甲という状況下では必ず乙となるなんて事は無い訳だが、
その有り得ない事を断定してしまうのがヤソであり、ヤソ病罹患者である。
ヤソになれば救われるとヤソは言うが、これが救いなどでは無く現実逃避して妄想に浸っただけである事はご存知の通りだ。
また、>179の様な設問をするメンタリティについては、なかなか興味深い点だが、スレチなのでここまでとする。
198:神も仏も名無しさん
12/07/06 11:08:47.12 8HlqnYBJ
>>197
完全に負けて中傷かよ。
仏教大したことないな。
199:神も仏も名無しさん
12/07/06 11:16:43.99 w6IowHtJ
>>198
もう一つのポイントは、
改宗の彼が、もし“神智学”や“ニューエイジ”の教えに触れていたら、
それぞれの信徒になっていたかどうか、だろうなw
「神智学やニューエイジ思想は、彼に“安心(あんじん)”を与え得たか?」
これも興味深い問いだと思うよ。 が、これもスレチだなw
200:神も仏も名無しさん
12/07/06 11:17:16.62 8HlqnYBJ
あなたは他の誰かの苦しみを救うために替わって受けている神に選ばれた人なのです
という受難の思想を語り、
キリストの挿話を話し、あの世での希望を語る。
救いの無い病者にはなるほど仏教より力がありそうじゃないか。
対抗しなよ。負けてるよ。
現実世界の苦痛からの救済を志向しているとしながら
明らかな妄想に勝てないのか。
201:神も仏も名無しさん
12/07/06 11:45:30.39 Lat+EyPm
>>198
彼は真っ当な仏教徒じゃなくて、単に縁あって仏教をちょろっと知った人だから
彼を仏教の代表にしてほしくないっす
>>199
スレチで引っ張ってすまんが、なんでもよかったと思うよ。
自分の縁を正当化してるだけにしか見えないんで、しかも極めて浅薄、無自覚、無責任。
202:神も仏も名無しさん
12/07/06 11:49:03.80 8HlqnYBJ
>>201
仏教的救済の在り方をどうぞ。
その投稿では君も中傷してるだけの愚者だ。
203:神も仏も名無しさん
12/07/06 12:24:04.33 OO+jHsjn
>>202 余計な妄想雑念があるから悩みが増えるわけで、
妄想をしなくてすむ状況にするのが「救い」と言える。
死語の心配(妄想)が原因で悩んでる場合、死語の心配をしなくていい状況になれば「救い」。
方法はたとえば以下の3つ。
(1)煩悩がなくなり雑念もなくなり、死への恐怖もこの世への未練もなくする。
(2)何か、思考を集中できる対象をつくり、それに没頭してる間は雑念がなくなるので、
没頭できる時間を長くすれば悩む時間は短くなる。集中対象は冥想でも念仏でも何でも可。
(3)死後・来世の幸せ(浄土や天国)を信じることで、答えが決まってしまうので、
決まったことをそれ以上考える必要がないことから結果的に死後を妄想しなくなる。
204:神も仏も名無しさん
12/07/06 12:25:37.07 w6IowHtJ
>>201
それは、改宗した彼への中傷じゃないのか?(怒
205:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/07/06 12:31:33.63 vAmnqRiD
>>179
もちろん、病気の治療に最善を尽くすことは当然ながらも、
場合により、病気の進行状態と当人のカルマ的限界性からは“適切なアキラメ”は必要です。
過度で無理な延命処置を強いる医療は本人にとっても、そして周囲の家族にとっても良いものとは言い難い。
寿命の尽きた肉体は諦めて放棄し、次の新しい人生に目を向けた方が前向きです。
治療はもっぱら、無理な延命よりは苦痛の軽減へ向けられるべきで、
モルヒネ等々の薬物の利用はこれも一つの助けでしょう。
私個人の趣味としては、
トラコテウォーター(奇蹟の泉)の治癒力や不動尊護摩の祈祷札でも頂けば、
不可思議な加持力が適切に作用してくれるものと確信します。
あとは、当人が心の支えとなるような信仰対象に祈ることです。
何でもいいです。宗教の違いも関係なし。
ご家族も患者の苦痛軽減と安楽な死を祈るだけです。
それしかできません。
「涅槃寂静」というのは、仏教の説く修行の果てに到達できる究極の境地のことですから、
この場合には適切な祈りとはいえません。
シンプルに死後、“善処に生ずること”ができるよう祈るだけです。
それを極楽と呼ぼうが、浄土と呼ぼうが、または天国や霊界と言うがどれでも構いません。
206:神も仏も名無しさん
12/07/06 12:42:50.72 8HlqnYBJ
キリスト教に勝てそうもないな。
あの妄想だらけなのは現実を離れた心地良い妄想に浸る事でしか救えない苦しむ者を前提に
ピエロになりきっている高邁な姿とも見えてくる。
仏教のほうが実は何も分かってないのじゃないか。
207:神も仏も名無しさん
12/07/06 12:43:41.12 OO+jHsjn
本来なら、入院中の病院に僧侶が出向いて話し相手になるべきなんだろうが、
坊主が病院に来ると「縁起が悪い」と周りの患者から嫌われるという話もある。
制服ぬいでいけばいいだけの話かもしれないが。
208:神も仏も名無しさん
12/07/06 12:48:45.59 OO+jHsjn
>>206 昔は臨終行儀って言って、坊主が患者の寝床の横で説法や念仏をする作法もあったそうですが、
今は、亡くなってからしか坊主を呼ばないし、
はなからそういう宗教者としての役割を坊主に期待してない人が多い。
仏教の師であることは忘れられ、ただの拝み屋と思われている。
209:神も仏も名無しさん
12/07/06 12:50:13.13 8HlqnYBJ
この程度の内容しか与えられないのではお呼びでないよね。
葬式でたかって不当に高額な金を巻き上げるだけの存在だ。
210:神も仏も名無しさん
12/07/06 12:58:59.28 Lat+EyPm
>>202
何が聞きたいのか分からないが、
もし、聞きたければ、簡潔に質問内容を議論スレに挙げてくれ。
ここは単純な質問スレなんで。
211:宝珠@神智学徒 ◆9XuF3XEACk
12/07/06 13:00:22.36 vAmnqRiD
>>199
>これも興味深い問いだと思うよ。 が、これもスレチだなw
信仰というのはキッカケがすべてだと思います。
(これもご縁としかいいようがない・・・)
幾つもの宗教につい知り、
或いは自らの遍歴によって自己にとっての最善の宗教を選択した、などという人はたぶん稀の方でしょう。
殆どの宗教信仰というのは出逢いのキッカケがすべてであって、
その時、たまたま出遭ったのがキリスト教だった、創価学会だった・・・というだけでしかない。
その中にきっと当人の心を捉えた感動の言葉なりがあったのでしょうね。
それがまた別の宗教だったら、たぶんそこの信仰に打ち込んでいたのかもしれませんね。
そんなモンです。
ただ言えることは、
どの宗教でもそこの信仰者の想い(信仰心)は殆ど等しいということ。
これは尊重してあげるようにしたい(と思う)。
それは神智学だからとも限らず・・・、
この場合はその人の心を捉えないかもしれないし、或いは心を開くものになるかもしれない。
神智学系でもクレーム派で活動に参加しているような人の大半というのも、
実際、その他の諸宗教には全然無知で、
たまたまそこの言葉に惹かれただけに過ぎないという人が多いです。
212:神も仏も名無しさん
12/07/06 13:19:03.09 8HlqnYBJ
>>210
>>179からの流れです。今のところ仏教の完敗。
213:神も仏も名無しさん
12/07/06 13:37:51.35 Lat+EyPm
>>179
いろいろ方法はあるけど。その人次第でしょ。
その人にその気があれば、浄土へ祈願するなり、高僧から教えを聞くなり、
いろいろ道はあるけど、その気がなければ、最後に高僧に引導してもらうか、
死後に浄土往生などの供養をしてもらうぐらいしかないと思います。
214:神も仏も名無しさん
12/07/06 13:59:25.41 8HlqnYBJ
キリスト教について特別知識の無い我々でも
一定程度効果のありそうな回答が用意できているのに、
仏教では高僧ならきっと何か持ってるはずという淡い期待しか提示できないのですか。
215:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:02:24.46 sXsAytUh
>>209
>この程度の内容しか与えられないのではお呼びでないよね。
そらあんたw
例えば医者に、重病であと十秒で死ぬ患者を連れてきて「さあ直せ!」と言ってもしょうがないでしょ?w
涅槃寂静とは、健全な身体と精神を持った人が懸命に修行して、ようやくたどり着けるかどうかという境地だ。
そんなもんを、病気に侵されて衰弱して混乱しきった人が出来ると思うか?
単純に苦痛を緩和するだけなら、いくらでも「あの世の話」でもして誤魔化せばいいだろうがな。
その程度でいいなら、キリスト教も得意だろうが、浄土系仏教だって得意だぜw
しかし、「涅槃寂静」と限定した時点で、質問が間違ってるとしか言いようがないな。
216:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:02:26.11 Lat+EyPm
>>214
いや、そうではないよ。どんな場合でも同じ。
仏教は道なんで、基本本人次第。
高僧の場合は、特別な能力があるので可能性があるという話。
キリスト教の場合、効果ありそうな回答というのは何?
217:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:09:18.96 8HlqnYBJ
>>215
浄土系でもいいじゃない。精神的平安をもたらすならそれが求められてる回答だよ。
ブラフであるぞあるぞともったいぶらず提示なさいな。
>>216
>200等のキリストの受難と絡めた精神的平安を与える回答さ。
218:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:15:51.74 Lat+EyPm
>>217
あ~、そういうことなら、別に仏教とかキリスト教とか関係ないんじゃない。
適当に慰められる話があればいいだけでしょう。
そりゃ、なんというかマニュアルが整備されてるかどうかなんじゃないかな。
本質とは関係ない。
私はそういうことには興味ありません。
219:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:17:31.84 8HlqnYBJ
何という事だね。苦諦の最も基本的要素である病者を癒す術に関心が無い。
地獄生きだぞその暴言は。
220:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:19:02.05 sXsAytUh
>>217
>浄土系でもいいじゃない。精神的平安をもたらすならそれが求められてる回答だよ。
>ブラフであるぞあるぞともったいぶらず提示なさいな。
だから、質問が間違ってるんだよw
「精神的平安」程度でいいなら、いくらでもできるだろうよw
涅槃寂静なんて言い出すから、話がややこしくなってるんだよ。
そして、「精神的平安」なら、専門外だがググれば出てくる程度の回答でよければいくらでもするぞw
例えば、浄土宗なら、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、死後に阿弥陀仏の世界に生まれる事が出来て、
安穏な生活が保障されてるだけでなく、阿弥陀如来の直接指導で成仏間違いなし!
浄土真宗ならさらに凄くて、念仏を唱えなくても阿弥陀如来の大慈悲で既に救われているらしいぞ!
おまけに、どんな極悪人だって必ず救われる。
今は末期癌で苦しかろうとも、来世は極楽浄土で間違いなしだ。
221:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:23:31.19 8HlqnYBJ
>>220
> 例えば、浄土宗なら、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、死後に阿弥陀仏の世界に生まれる事が出来て、
> 安穏な生活が保障されてるだけでなく、阿弥陀如来の直接指導で成仏間違いなし!
> 浄土真宗ならさらに凄くて、念仏を唱えなくても阿弥陀如来の大慈悲で既に救われているらしいぞ!
> おまけに、どんな極悪人だって必ず救われる。
> 今は末期癌で苦しかろうとも、来世は極楽浄土で間違いなしだ。
まったく訴えるものが無い。
そんなてきとうにこしらえたようだと
看護人に張り倒されて追い出されるんじゃないか。
病室にお呼びでないよ。
222:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:23:52.90 sXsAytUh
>>219
「他人を癒す」って発想自体が仏教的じゃないと思うが。
仏教は基本的に「自業自得」だからな。
もちろん、病苦から逃げる手段については幾らでも教えるが、それをやるかどうかは本人次第、
病苦から逃れたければ、自分で努力しろってのが仏教のスタンスだろ。
223:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:25:17.74 8HlqnYBJ
>>222
中核的概念に慈悲がある。
ここを外しては何も残らない。
君も地獄で反省しないといけないな。
224:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:25:31.44 Lat+EyPm
>>219
いや、上に書いたように方法はある。
ただ、本人次第なんだよ。
そこで、慰めみたいな話も本人が求めるならする。
しかし、慰めみたいな話は、本質的じゃないから、興味が無い。
恐らく根本的にキリスト教とは向き合う態度が違う。
仏教では求められないければ、基本的に動かない。無理強いしない。
あくまで本人の動機が重要なんで。
まあ、理解できないじゃないかな。
225:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:25:36.33 sXsAytUh
>>221
ほー、キリスト教の「お話」は素直に受け止めるのに、仏教はダメなのかww
キリスト教と、どこが違うのか是非聞いてみたいな。
226:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:28:02.97 Lat+EyPm
>>223
慈悲はあるよ。
だけど、アナタは恐らく仏教の言葉をキリスト教で解釈してでしょ。
その地獄行きってのも、そういう匂いがする。
オイラはもういいが、これ以上話したいなら、議論スレとかでしてね。
227:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:28:51.26 sXsAytUh
>>223
個人的意見だが、慈悲は仏教の中核概念じゃないと思うがね。
梵天勧請に示されるように、悟った釈尊は、他者を救おうともせず、自分だけが涅槃の境地を味わったまま死のうとしている。
梵天に懇願され、そこで初めて、他者を救おうという慈悲の心を起こしている訳だ。
もちろん、修行法の一つとして、「慈悲」は存在するが、中核概念とまでは言えないだろうよ。
228:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:30:25.30 8HlqnYBJ
>>225
美しく飾ってあるだろ。
自らを高貴な存在と同化して受け入れ感動し帰依する事で救いが得られるだけの腐心がしてある。
ただ救われますとだけ言っても効果は無い。
仏教は一見内容がありそうに装ってはいるがやはり駄目だな。
何だ君らの態度といい。
はっきりと負けを露見されて我慢がならないか。
229:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:35:05.61 sXsAytUh
>>228
>美しく飾ってあるだろ。
>自らを高貴な存在と同化して受け入れ感動し帰依する事で救いが得られるだけの腐心がしてある。
>ただ救われますとだけ言っても効果は無い。
そりゃあんたww
俺の説明が簡潔に書いてあるだけだろw
「自らを高貴な存在と同化して受け入れ感動し帰依する事で救いが得られるだけの腐心」なんて、いくらでもあるぜw
例えば、十円玉の絵で有名な平等院鳳凰堂なんて、極楽浄土の可視化だぞ。
>仏教は一見内容がありそうに装ってはいるがやはり駄目だな。
>何だ君らの態度といい。
>はっきりと負けを露見されて我慢がならないか。
ああ、結局、キリスト教の自慢をしたかっただけかw
結論が決まってるんだから、そりゃ何を言っても無駄なわけだw
ここは質問スレだから、自慢がしたいだけなら余所でやってくれ。
230:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:35:15.30 8HlqnYBJ
>>227
俺も勉強して行く中での個人的意見だが、
仏教で言う慈悲はキリスト教で言う愛とほぼ同じ内容であり、
それは教義としてまさしく中核となる概念だと感じたよ。
231:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:36:54.35 8HlqnYBJ
>>229
キリスト教贔屓で妄想だと決めつけないだろ。あっちについてはごくさっと見た程度だ。
落ち着けよ。煩悩の塊だ。
232:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:49:55.01 sXsAytUh
>>230
根拠のない「個人的感想」だなw
せめて、なんでそういう結論に至ったかの概略でも書けよw
>>231
仏教も「さっと見て」こいよw
ろくに調べもせずに「負けだ」とか決めつけてりゃ、キリスト教贔屓(あるいは単に仏教を批判したいだけ)言われても仕方がないだろう?w
そして、議論がしたいなら議論スレに移動しな
仏教 議論スレッド 42
スレリンク(psy板)
233:神も仏も名無しさん
12/07/06 14:55:22.20 8HlqnYBJ
ここ読んでれば病者に対する在り方でどう見ても負けてるよ。
有効そうな回答がほとんど一つとして出ていない。
234:神も仏も名無しさん
12/07/06 15:43:26.82 w6IowHtJ
>>233
個別のケースで、180度言葉が変わる可能性があるのに何言ってんだw
そういう個別性を除いた答えなら、貴方の嫌う、型通りの、教科書的回答しか仏教にはないよ。
それ以上は、リアルな官営の上での(一対一の)対話の中から紡がれる言葉によるしかないし、
それこそが、因により縁により生じてくる言葉であり、
当事者に直接関わり響くものとなるんだよ。
モニターばかり見てても答えは無いぞ。
235:神も仏も名無しさん
12/07/06 15:44:24.53 w6IowHtJ
>それ以上は、リアルな官営の
リアルな関係 なw
236:神も仏も名無しさん
12/07/07 06:57:17.46 iDMSKUld
>>221 仏教には、今・ここに集中するための行があります。
念仏をとなえるとかでもいいんです。
冥想でもいいし。
実際にやってみればわかると思います。
雑念を制御する具体的な方法があるのです。
237:神も仏も名無しさん
12/07/07 07:05:02.52 iDMSKUld
>>221 思考が堂々巡りになるようなら、それはもう雑念・妄想です。
いくら考えても新しいアイデアがでない、ただ気分が滅入るだけの妄想なら、
そんなことは考えても苦しみが増大するだけなので、考えないようにすべし。
「末期ガンだ、どうしよう、怖いよ、」とかを何万回自分の頭の中でくりかえしても、
新たなアイデアはでてこなくて、ただ気分が滅入っていくだけ。
だったら、ガンのガの字も考えずに、
新にガンのことがよぎるたびに「これは雑念だ」と気づいて、
冥想や念仏に思考をもどすようにする。
念仏の場合だと、念仏が心という家の主人のようにする。
雑念はお客さん。お客さんはいずれ過ぎ去る。
迷惑なお客さんにはさっさと出ていってもらい、思考をすみやかに念仏に戻すようにする。
238:神も仏も名無しさん
12/07/07 11:00:32.41 7mCbaNuo
すみません
>>172
を御存じの方、ご回答をお願いします。
239:神も仏も名無しさん
12/07/07 11:08:53.92 cv1xHSmN
>>238
菩薩の十地かな?
URLリンク(ja.wikipedia.org)
URLリンク(ja.wikipedia.org)
URLリンク(homepage3.nifty.com)
菩薩、十地、位 でぐぐって出てきた上から三つ↑
240:神も仏も名無しさん
12/07/07 12:30:54.50 7mCbaNuo
>>239
ありがとうございます
でも、違うように思えます。
241:神も仏も名無しさん
12/07/07 13:08:30.76 cv1xHSmN
>>240
なら、
仏[仏] > 菩薩[52位]] > 声聞・縁覚(独覚)[四向四果]
無上等正覚
妙覚 等覚 阿羅漢果
で、3種~60種じゃね?
242:神も仏も名無しさん
12/07/07 20:31:16.89 BhjjYZ7a
八正道の正語では、明らかに悪である物への評価はどのように行えばいいですか。
243:神も仏も名無しさん
12/07/07 21:41:01.73 iDMSKUld
>>242 仏教でいう悪とは煩悩(悩み苦しみの原因)を増大させる方向のことでしょう。
つまり、自分と他人の悩み苦しみの原因を増やすのが悪。
悪は悪だとはっきり言う。
少なくともお釈迦様だったらはっきり言ったと思います。
それでも不思議なことに、お釈迦様はさまざまな人々から応援され、
当時としてはかなりの長寿であった80歳まで、円満な人生を全うされた。
あれだけはっきりものを言っていたのに、
誰かに張り付けにされて処刑されるほどの恨みは買わなかった。
244:神も仏も名無しさん
12/07/08 00:51:08.18 XBSPKzBh
>>243
回答ありがとうございます。
私の言ったのは窃盗・殺人や愚劣な作品など世間的な悪のほうでした。
こちらについてもやはり明示すべきでしょうね。
言葉には気を付けつつはっきりと指摘するほうが正しい真実な態度と言えましょう。
だがその場合波風は立ちやすく和を保つ事に腐心が求められ
煩悩を絶って寂静へとは少し逆行するようでもある事に疑問が残ります。
245:神も仏も名無しさん
12/07/08 01:04:38.04 XBSPKzBh
あるいはまた単純悪よりもひとにより見方の別れる事物への価値判断などについての話題となると
正語の正しい在り方というのはさらに難しいものと感じられる。
いかがお考えでしょう。
246:神も仏も名無しさん
12/07/08 10:31:16.45 cI6IVynP
>>244 教団内では、他人の罪を言いふらしてはいけないという戒めもあります。
一般論として「盗みは悪です」などとははっきり言うべきです。
しかし、「さんが盗みをはたらいた」とかいう噂話は大々的にやるべきではない。
その罪人本人に「盗みは悪ですよ」と教えてあげればいいのです。
また、仏教は普段から戒も説いており、悪とは何かを指摘しつづけています。
247:神も仏も名無しさん
12/07/08 10:37:15.75 cI6IVynP
>>244 在家信者でも五戒(殺し・盗み・嘘・飲酒売酒・不倫はダメ)
がありますので、やってはいけないことはかなり具体的です。
また、固定観念・欲・怒り・怠け・プライドなどが悩み苦しみの原因であることを理解しておけば、
それらを助長するような言動は慎むべきだという方向性も見えてくるでしょう。