マハシゴエンカパオ☆ヴィパッサナー瞑想法Part.10at PSYマハシゴエンカパオ☆ヴィパッサナー瞑想法Part.10 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト550:brown 13/02/10 17:43:15.07 QmPx1b4f >>548 それで,第四の滋養,栄養とはなんだったのでしょう? 気になるところですね。 この文脈でいくと,あるがままの完全性のことをいってるのでしょうね。 修行の成果としての瞑想ではなく,原初の方より完全な形で,全ての事象に あまねく浸透しており,いかなるものにも妨げられることがなく, 途絶えることのない無量の,大楽の境地のことをいうのでしょう。 我々はそれを発見でき,発見すれば,それがそうだと知るようになります。 そして,そうと知ってみれば,実はそれは遠くにあって手の届かない 滋養,栄養なのではなく,実のところ,そうと知らないうちから, 常に,いかなる人にも備わっており,与えられており,享受しており, (無自覚かもしれないが)感受しており,生かされているものなのです。 551:brown 13/02/10 17:53:44.66 QmPx1b4f どのような人にも,どの瞬間にも,その大楽の境地は訪れていますが, しかし,思考や感情,欲望,いらつき,心の動揺,習慣的な反応,枠組み, 思い込み,カルマの力,心の汚れ,・・・といったものが, これまた全ての瞬間ごとに,毎回毎回視野を色付けし続けるために, 結果的に人々にはそれがそうだと認識できないようになっている訳です。 ですから,瞑想とは,そうしたものを取り除いて,素直に見ればそこにある ものが自然に知られるようにする作業なんですね。 そうして知ってみれば,もはや,そうした障害物を取り除く必要すらない ということにも気づくようになっていきます。 というのは,そうした障害物も完全性の一部だからです。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch