14/01/21 19:48:06.90 yDFIcBAr0
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20 大韓帝国の台所事情
投資と言えば、併合時前後の李氏朝鮮・大韓帝国の財政事情についても、触れておかなければいけません。
末期の李氏朝鮮・大韓帝国は、王室の家計と、国家の財政の区分がなされていませんでした。
ですから、閔妃は、虚弱児の息子のための祈祷に、国庫から無際限の支出をして国家を傾けたのです。
そのため、李氏朝鮮、さらには大韓帝国は、近代的な国家予算を組むことが出来ませんでした。
日本が保護国化して、初めて王室の家計と国家財政が分離され、朝鮮の近代的な予算が組まれることになります。
当時の朝鮮の国家予算に必要な額を、中川八洋先生に倣って、まあざっぱに計算して3000万円としましょう。当時の1円が、これもやはり中川八洋先生に倣って、今(2011年)の3万円の貨幣価値があったとして計算します。
朝鮮の国家予算は、現在なら、約9000億円ということになります。
大正元年(1912年)の日本の国家予算が、約6億円だそうです。今の貨幣価値に直すと、18兆円でしょうか。
国家としての規模、経済の発展段階などを勘案すると、まあ妥当な線だと思います。
この3000万円の国家予算を組む能力が、李氏朝鮮・大韓帝国にはありませんでした。
何しろ、保護国化された1905年時点における大韓帝国で、最初に近代的な国家予算を組んでみたとき、大韓帝国の歳入は748万円しかありませんでした。
たった748万円ですよ!
必要な金額、〝3000万円〟にはとてもとても足りません。
では、どうやって財政を運営したのでしょう。
簡単です。
日本政府からの、直接の支出による補填です。
つまり、内地の日本国民から徴収した税金を、何の見返りもないままに、朝鮮に出資したのです。