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言葉のプロムナード ラ抜き言葉
武士の言葉というと「左様然らば拙者が御供仕る」式の言葉と思いがちだが、それは、表向きの言わば公用
語で、親しい同僚や家庭などでの日常談話語では「それならおれがお供いたしましょう」ふうのくだけた言い方
をしていた。地方の、例えば仙台藩の儒臣でも内々の講義には、「粉ハ糸ノモジャクレタ事」〈もつれる〉、「テッ
ペンカラアクトマデ」〈踵〉などと俚言を用い、「苔ガ生イ」「徳ヲツミタクワイル」「ソレヲ説エテ」(『近思録聞書』)
のようにエをイ・イをエとしたり、また「ヤワラガニフックリトシテ」「遠ギモノ高ギモノ」「動カスドハハダラカス事」
(『小学本注国字講義』)のように語中・語尾のカ・タ行の有声化という地方訛りの表記が認められる。これらは、
越後新発田藩の儒者にも見られるものであるが、そこではこの地方特有の推量ロウや使役のラセルの使用も
認められる。
文字ノ力ヲ付ケロウト思ウナラ、
聖人ニ蔵奉行ヲ勤メラセル(『井東先生学談』)
そしてここには「ラ抜き言葉」も否定形だけでなく使われている。
アゝ云アンバイデハ始終ツカマイレナイト云ヘリ(井東信斎・『訓門人雑記』)
気ニカゝル事カアルト書モミレナイ(『井東先生学談』)
松五郎様ハ先輩ノ筆記ヲミラレヌ。ヲカシナモノダ。自分テミレルホトノ力ガアルカラミラレヌテモアロウガ(『子
斎先生学話』)
最後の例のようにラレ敬語のミラレルと使い分けていることが興味を引く。「あなたが何か仕事を見つけられ
るといいんですがね」のようにラレルは、尊敬か、可能か、また受身か紛らわしいことが少なくないからである。
このミレルは、方言形の使役のミラセル、推量のミロウ、命令のミレや、尊敬のミラレルなどが、多用される
五段活用動詞、例えば、「切る」の切ラレル・切ラセル・切ロウ・切レ、に類推して五段活用化していたため、「切
る」の可能動詞形「切れる」に同じく、「見る」の可能動詞として「見れる」を生んだものと思われる。
「ラ抜き言葉」を積極的に認知するのが『大辞泉』を始め最近の辞書の傾向だ。これまで小説等書き言葉では
大正末期頃からの使用とされてきたが、その用例は近世の末期、嘉永~元治の頃にまで遡れることを示して
いる。
(国学院大学教授/金田 弘)