13/03/23 23:02:55.14 HkEMDYu20
>>696
ふざけるなよ
俺が受けたのは社会不適合者の代表が集団から受けるようなものじゃない
忘れもしない、小学一年三学期に転校してきたあいつ
何故か俺は人の目を盗んではそいつに殴られ、親の小遣いを数年に渡り奪われ、時間を奪われたのだ
不登校になる以前までは心の支えはあった。その一つが小学一年から三年まで通ってた学童だ
授業が終わった後、午後六時までその学童で友人と過ごすのだ
学童は好きだった、遊びは楽しいし、何よりあいつに会わないで済む
それでも土日は必ず会わなければならなかった。名目はなんだろう?あいつ曰く「友達との遊び」らしい。本当にふざけるなよ
学童に通ってる頃はどんなことをされても耐えられた。頻度が少ないから
でも俺が小四に上がると、そこは地獄だった
学童がある月~金曜日、すなわちあいつと会わなくていい日がなくなったのだ
思えば小四の頃の俺はおかしかった。木曜日の六時間授業を心から楽しんでいて、水曜日の四時間授業が死ぬ程いやだったのだ
小四の夏休み、あれやこれやと理由をつけて必死にあいつから逃げた
それで、一旦自由の身になると人生は楽しいこと以外何もない、心からそう思う事ができた
思えば小1からの三年間俺が自由を楽しめたことは一度もなかった。あいつに怯えないで過ごす日なんてなかったからだ
小四の夏休みが終わった
確か暴力がエスカレートしてたんだったか、俺はもう耐えられなかった
結果、俺は不登校を選んだ、最初は保健室登校を強制されたがどう足掻いても無理だ。すぐに止めた。ちなみに俺はそのころ保健室登校という言葉も不登校という言葉も知らなかった
その後俺は半年間、午前中家で血液型占いやこたえてちょ~だいを見ていた
もう何も怖くはなかった。あいつは家に来ない。来ても母上に居ないと言ってもらうしね