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★箱根駅伝に思う日本の競争のあり方 「低下」招いた日教組ら、米教授が指摘
正月は箱根駅伝のテレビ中継にかじりついた人も多いだろう。駅伝は他のスポーツに
比べてルールが単純で誰にでもわかりやすい。また区間ごとに各チーム1人の選手が
競うために各人の責任が明確で、それだけにヒューマンなドラマが数多く誕生する。
寒空の下の選手たちのひたむきな姿勢と闘争心には感銘を受けた。
昨年19位ながら総合優勝を果たした日体大は、先頭でたすきを渡す選手の顔が皆
笑顔であったのが印象に残った。彼らはプレッシャーに押されるのではなく精神的な
高揚を良い成績に結びつけたのだろう。一方、2位でたすきを渡す東洋大の選手の顔
からは、追いつかなければならないプレッシャーからか笑顔が消えていた。2位では
不満な大学もあるのだ。
18世紀のスイスの数学者、ベルヌーイはこれを効用(満足度)という概念で説明し
た。各駅伝参加校はそれぞれが自己の戦力を分析し、各自の満足できる目標に向けてで
きる限りの激しい練習をしてくる。優勝のための練習とシード権確保のための練習の
厳しさが同じだとは言わないが、その大変さに違いはない。公平な競争は多様な参加者
を産み出す。誰もが優勝を目指しているわけではないのだ。
ハーバード大学の歴史学教授、アンドルー・ゴードンの書いた近現代史「日本の
200年」にはこういう記述がある。日本人があまり指摘しないポイントだ。
(続く)
(フジサンケイビジネスアイ)
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