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元日から「世迷言」でもあるめぇと叱られそうなので、それは小欄のタイトルだけのことにして、まずは
明けましておめでとうございます。と言うのはまだ憚られるが、しかし心機一転の気構えだけは持ちたい
▼旧年と新年との間には目に見える仕切りがあるわけではないが、新しい年を迎えるということは、その前にすべてが
リセットされたと考えるべきだろう。生活の質が向上し年がら年中正月みたいになった現代だが、それでも
正月には格別の重みがある。説明しようのない重みが
▼「年の始めの例とて/終わりなき世のめでたさを/松竹たてて門ごとに/祝う今日こそ楽しけれ」─これは
明治以降何世代にもわたって愛唱され続けて来た唱歌「一月一日」の歌詞だが、これだけでなにかほのぼのとした気分が
込み上げて来る。年頭にあたってまさに終わりなき世を寿ぐことの喜びが
▼しかし、その「終わりなき世」を永遠とするためには、日本人としての自覚を改めて問い直してみる必要があるだろう。
口で平和を唱えれば黙っていても平和が守られるような錯覚が戦後日本を支配してきたが、何のアクションも起こさずに
それがかなうなどまったくの幻想だということがはっきりしたからである
▼中韓両国との間に存在しなかったはずの領土問題が噴出し、日本外交のあいまいさが浮き彫りにされる一方で、
北朝鮮の核開発が予想以上に早く進むなど日本を取り巻く周辺環境の変化に今後どう対応していくべきか、
年頭に当たって覚悟を新たにすべきだろう。
ソース:URLリンク(www.tohkaishimpo.com)