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菅直人に接戦で勝利した土屋正忠はめちゃくちゃ武蔵野市に貢献してる武蔵野市のスーパースター
吉祥寺駅前に銅像が建ってもいいくらい貢献してる
土屋正忠 - Wikipedia URLリンク(ja.wikipedia.org)
武蔵野市長 [編集]
市長就任後、土屋がまず取り組んだのは革新市政の名残である職員の高額な退職金の是正だった。
財政再建のために退職金の切り下げを決定したため、全国の自治労から2000人の組合員が集結し
盛んにデモが行われ、土屋市長を警視庁のSPが護衛する事態にまで発展したが、土屋はあきらめず行革を断行し、
就任後1か月足らずで退職金の切り下げを成し遂げた。交渉相手の労組にはかつての同僚や先輩もおり、
土屋は「身を切るような思いだった」と述懐している。この行政改革は「武蔵野ショック」と呼ばれ新聞等の
メディアでも報道され、土屋は「ファイティング・メイヤー(戦う市長)」の異名を取った。その後も給与の適正化、
在職者調整「わたり」運用制度の廃止、職員定数の抑制、退職者不補充、業務の民間委託など、
職員の士気高揚策も考慮されながら継続的な合理化が進められ、市長就任時の昭和58年には29.1%だった人件費率は
毎年20~25%で推移しながらも国会議員転出前年の平成16年度には19.1%まで切り下がるに至った。
市役所内の行革に並行し、就任後は吉祥寺駅周辺の都市計画事業に取り組んだ。
全国初のコミュニティバス「ムーバス」を導入した。 駅周辺をまわる小さいバスのプロトタイプを作って全国に広がった。
子供の教育が大事だと唱え、50億円をかけて土日祝日も夜中の22時まで開館している武蔵野プレイス巨大図書館を、プロ市民の猛反対を押し切って作った。
駅周辺の違法駐輪ランキングナンバー1の汚名を返上した。
公務員の人件費と退職金を命がけで下げた。全国の自治労から命を狙われてたが警視庁のSPをつけて武蔵野市民のために戦った。
JR中央線三鷹・立川間の連続立体交差化事業をやった。
吉祥寺北口の再開発は一時は成田空港のように、土地を収用される側の猛反対も予想されたが、大逆転で土地収用法を適用
現在の吉祥寺、三鷹、武蔵境が住みやすい町として人気が高いのは土屋正忠が武蔵野市長を22年間と四半世紀やってきたから。