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しかも、会社から退職金が支給されることもなければ、再就職に向けての支援もない。
伊藤さんは、この顔ぶれを知って思い当たることがあった。
「おとなしい性格の人とか、私のように負い目を持って生きている人が多いように思えた」。
会社が辞めさせる社員を選ぶ際に、抵抗することなく、すんなりと辞表を出すタイプがリストに挙がることはよくあることだ。
特に正社員の場合は、退職強要や解雇を不服として争うと、会社のほうが不利になる可能性がある。
穏便に済ますために辞表を出すように仕向ける。
会社は創業40年を超え、社員は正社員が90人ほど。リーマン・ショックの影響により、
業績は急速に悪化。経費削減はもちろん、役員報酬や管理職らの賃金カットを行った。
だが、回復のきざしは見えない。いつか人員削減があるだろうと噂はされていた。
20人ほどのうち半数近くの社員が辞表を書くことをしなかった。「期限」である5月末になると、
社長は伊藤さんらを「整理解雇」とした。解雇の理由は、通知書に書かれていなかった。
解雇には、懲戒・整理・普通と3種類あり、いずれも証拠や根拠が必要となる。
特に整理解雇は、いくつもの要件を満たすことが求められる。
伊藤さんは、このときに会社に異議申し立てをする覚悟ができた。解雇になった同僚らと労働組合のユニオンに相談に出向き、
会社と団体交渉を行った。ところが、社長はその場に現れない。「会社代表」として出てきた総務課長は、
「自分は、(解雇の理由などは)わからない」とかわす。その態度にしびれを切らし、裁判に訴えた。
数カ月の後、和解となる。会社が一定の和解金を支払うことになった。その額は、給与の数カ月分ほど。
社長は法廷に現れたが、謝罪はしなかった。伊藤さんは言う。「お金のために争ったわけではない。納得のいく理由を説明してもらいたかった」。
解雇になった後の数カ月間は収入がなかったが、知人の紹介で新たな会社で働くことができるようになった。
パート社員(非正社員)として給与は月に10万円ほど。年収は150万円に達しない。子どものこともあり、短い時間しか働くことができない。