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>>466
☆★☆★2011年09月04日付
「なんで東海なんですか?」という質問を何度も浴びせられた。東海地方からボランティアに訪れた人々からである。
東海とはまさに東海地方のことであるという認識だと、本紙の題号がなぜ「東海新報」なのか、怪訝に思う方が当たり
前だろう▼当然、これは石川啄木のあまりに有名な「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」から
取ったものと本県人ならすぐ了解する。歌集「一握の砂」に収められたこの歌は岩手県民歌みたいなもので、若い人は
ともかく、われわれ中高年は諳んじさせられている▼東海とは文字通り東の海で、本州の最東端であるとどケ崎(宮古市)
から望む太平洋は絶対に「東海」であらねばならない。なにせ快晴の日にはここから水平線の彼方にサンフランシスコが
かすかに望めるほどだ。あちらは西海岸、こちらは東海岸。だから東海と呼ぶのはなんら詐称にはあたらない▼最東端
ではないが、当地も東端に位置しているからむろんサンフランシスコを望めなくもないが、多分それは蜃気楼だったのだ
ろう。これが冗談とは思えず「えっ本当ですか?」という驚きの声を発せられたことも度々だが、なにか夢があっていいで
はないか。で、本紙の創業者は題号にこう命名した。釜石市には先に「岩手東海新聞」があったにもかかわらずだ
▼しかし今は啄木の存在すら知らない世代もある。「東海」が東海地方と同義と思われてもしかたがないし、本家争いを
すべきでもないが、韓国が日本海を東海と呼ぶことだけには異議がある。