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1、1785年日本の学者、林子平は『三国通覧図説』付図「琉球三省并三十六島之図」で尖閣を中国大陸と同じ色で表記している。
2、最初に発見したのは1534年に『使琉球録』を著した中国の冊封使・陳侃。
3、明の浙江提督である胡宗憲が1562年に編さんした書物『籌海図編』の「沿海山沙図」には、
福建省の羅源県、寧徳県沿海の島々に「釣魚嶼」、「黄尾山」、「赤嶼」などの島が描かれている。
4、1562年の冊封使・郭儒霖の『重編使琉球録』に「赤嶼は琉球との境にあたる山である。
さらに一日進めば、姑米山(久米島)が見えてくる」とある。
5、1683年の冊封使・汪楫の『使琉球雑録』第5巻に、釣魚島、赤尾嶼を通り過ぎ、海難を防ぐための祭祀を行ったとき
船上の人が、「舟が通り過ぎた海溝が中国と外国との境界」であると伝えた。とある。
6、1719年の冊封使・徐葆光の『中山傳信録』には、姑米山(久米島)は「琉球西南方界上山」、
つまり琉球の西南境界にある鎮守の山であるという注がついている。
7、琉球国の宰相・向象賢(羽地朝秀)が1650年に著した琉球の歴史書『琉球国中山世鑑』には
久米島は琉球の領土であるが、赤嶼およびこれ以西は琉球の領土ではないと記されている。
8、琉球国の名宰相・蔡温が1726年に著した『改定中山世譜』などの歴史書でも、琉球に釣魚島は含まれないと書かれている。
琉球国が同年康熙帝に献上した『中山世譜』にも釣魚島などの島はない。
琉球三省并三十六島之図
URLリンク(www.mahoroba.ne.jp)
以上のことから、尖閣諸島は中国固有の領土である。