12/07/08 09:49:44.35 duY3TvvC0
なんで、よりによって、小和田雅子なんておかしな一族の娘を皇室に入れちゃったんだろうな。
1986年 東宮御所で行われたスペイン王女歓迎の茶会に、当時外務省の局長であった小和田恆の長女であって
外交官試験に合格した直後の小和田雅子が父親とともに招かれて、この場で皇太子と初対面となる。
単に外務省の局長の娘に過ぎないのにこのような公式の席に招かれるということ自体、おそらく政治家か官僚の思惑が
あってのこととしか考えられない。
皇太子は好感をもったらしいが、母方の祖父がチッソの社長、会長などを歴任していたこともあって皇太子妃と
しては相応しくないとして多くの方面から反対があった。
特に当時官房長官であった後藤田正晴は「こんな結婚をしたら皇居にムシロ旗が立つ」と言って反対し、宮内庁長官も
反対したので候補から外れた。
ところが、その数年後に昭和天皇が崩御されると何故かまた妃の候補になってしまう。
ここらへんの経緯を見ているとどうも左翼の政治家や官僚が裏で蠢いていたとしか思えない。
特に昭和天皇崩御のときの総理大臣はあの竹下登であって、あの男ならやりかねない。
昭和天皇崩御の数年間にわたって政治は国民の知らないところで、在日の永住資格を日本に密航してきた本人だけでなく
その子孫にまで認めるというような、とんでもない法律が次々と制定されたのがこのころです。
何かおかしなことが裏であったことは間違いないでしょうなwwwwww