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「十年一昔」とはよく言われることだが、地下鉄サリン事件からすでに17年が経つ。
教祖だった麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(57=以下、麻原)のまわりには、複数の女性信者がいた。
色白に長い黒髪―メディアに登場したオウムの女性信者の外見には共通点があった。
何とも分かりやすい話だが、これが麻原の好みだったという。
麻原には、教団幹部を務めた妻との間に後継者と目された三女アーチャリーなど2男4女がいる一方、多くの愛人もいたとされる。
麻原の四女は、自著『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』(徳間書店)でこう記している。
〈父の子供は15人いると聞きました〉〈父は4人の女性に自分の子どもを産ませたそうです〉
愛人の筆頭格は、教団ナンバー2のマハー・ケイマ(ホーリーネーム、以下同)。
「大蔵大臣」を務め、「女帝」とも呼ばれていた。麻原との間に3人の子どもをもうけ、麻原が地方へ行くときなど、
妻に代わって同行していたという。
私は徳川家光の生まれ変わり―そう吹聴していた麻原は、家光同様に「大奥」制度を敷いたという。
四女によると、〈延べ100人の愛人がいたと思われます〉
これまで報じられただけでも、上祐史浩・ひかりの輪代表(49)の元恋人とされるウッパラヴァンナーや、
教団から一時"脱走"してAVに出演したバドラーなど枚挙にいとまがない。
そのほかにも「ダーキニー」と呼ばれる愛人部隊がいた。信者の中から、幹部らが麻原好みの女性を探し出し、面接していたという。
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