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母親の生活保護受給問題で集中砲火を浴びた、人気お笑いコンビ「次長課長」河本準一(37)の極貧時代の写真が存在した。
母親の受給が始まったころに河本の生活が困窮していたことを裏付ける〝証拠〟で、河本が大阪時代に住んでいたボロアパートの内部写真だ。
河本は18歳だった1993年、芸人になりたくて地元・岡山から大阪へ。「次長課長」としての活動開始は95年で、
母親の生活保護受給が始まった時期(本人いわく97~98年ごろ)は、大阪のボロアパートで芸人仲間と共同生活していた。
その部屋の写真が6ページにわたり掲載されているのが、「賃貸宇宙」(筑摩書房)という分厚い写真集。
93~2001年までの間、写真家・都築響一氏が出会い、撮影した、300人近い〝大したことない人たちの大したライフスタイル〟をまとめたものだ。
同書では河本の名前は出てこず、「吉本の若手芸人ふたりが住んでいる」とだけ書かれている。
「関西の放送作家が最近、この本をツイッターで紹介し『次長課長・河本の独身時代の部屋も掲載されている』と明言してます」(某お笑いタレント)
この部屋は、大阪市天王寺区上本町の文化住宅(木造長屋)で、間取りは2部屋と台所の2K。
家賃は本来6万円のところ、「芸人割引」で4万5000円にしてもらっていた。河本と同居していたのは、
この4月末で解散したお笑いコンビ「ストリーク」の吉本峰之(35)で、同書の1カットには若かりし吉本の姿が写っている。
雑貨や洗濯物、ゴミなどが散乱し、障子はビリビリ…。その部屋のすさまじさといったらない。
前出の放送作家は「どう見ても貧民窟。しかもシェアハウス。自分ひとり生きていくことすら困難で必死だったことがわかる部屋。
この時期に母親の生活保護の受給が始まったとして、なんの問題もない」と、河本を擁護するツイートをしている。
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