12/04/29 13:50:19.65 ixkFIH5H0
山手線に乗り、つり革をつかむと目の前に座っている男が「席、どうぞ」と声をかけてきた。
40手前くらいのサラリーマンだ。俺は今年大学を出たばかりの22歳。席を譲られるほどの歳ではない。
スーツの襟にさっと目をやると、どうやらグループ子会社のものらしい社章を付けている。恐らくこの中年男も、俺の社章を見たのだろう。財閥グループ中核会社を示すこの社章を。
「すぐ降りますので」と男は席を立った。
「そうか、悪いね」と席に座ってやった。俺も次の東京駅で降りるのだが、せっかくの申し出だ。親会社の人間としては忠誠心を受け入れてやらねばなるまい。
座席が生温いのが不快だが、まあ、俺のために温めていたと思えば悪い気もしない。
「あの、私こういうものです」と男がおずおずと名刺を差し出してきた。やはり子会社の人間らしい。
電車が東京駅に着き、俺が降りようとすると、男は最敬礼で見送った。いい心がけだ。社会には秩序とルールが必要だ。
プラットフォームを改札に向かう途中、左手に持った名刺をゴミ箱に捨てた。俺から連絡することはないだろうな……。
何歩か歩いたあと、「あ、しまった」と気づき、急いでゴミ箱に戻った。
燃えないゴミで捨ててしまったのだ。俺はゴミ箱に手を突っ込み、名刺を拾い出した。クシャっと握りつぶし、今度は燃えるゴミ用の箱に捨てた。社会には秩序とルールが必要だ。
改札を抜け、東京駅の駅舎から出る。世界の中心、東京だ。今日も俺のための太陽がまぶしい。