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韓民族が戦争中に見せた、日本と一体となって戦い抜く姿勢である。
その筆頭は日本の陸軍士官学校を出て、めざましい働きをした軍人たちである。
まず陸軍中将まで栄進した洪思翊。日本人部隊を率いて抜群の勲功を立て、
軍人として最高の名誉の金鵄勲章を授与された金錫源・陸軍大佐。戦後、大統領
となった朴正熙は、陸軍士官学校を出て、終戦時は満州国軍中尉だった。
こうした人々の活躍に刺激されて、昭和18年には6千3百人の志願兵募集に対して、
実に30万人以上の青年が応募し、倍率は48倍にも達した。
血書による嘆願も数百人にのぼり、希望が入れられずに自殺までした青年も現れて、
総督府を困惑させた。