12/03/10 18:54:57.31 fu3+EPp70
>>45
施設科でもないと、本来の正面業務ではありませんので、
そう見えても仕方がない部分はあったかもです。
ですが効率良くパッパできない現場の事情もありまして。
どこでご遺体が出てくるか分からず、
ましてや瓦礫は遺品や家族の思い出の品ばかり。
色んな配慮がありましたので。
甘えてはいけませんが、体力的にも追い込まれていましたし。
あの時期の天幕で寝る寒さは半端無くてですね。
ダルマストーブの灯油などは多くの部隊は避難所にあげていました。
冷たい行動食かきこんで、寝袋へ。
疲れているのに、底冷えの天幕では凍えてろくに眠れず。
当然風呂もナシ。下着や作業服濡れても、替えはわずか。
朝までに乾かずそのまま着て作業。みんな結構ギリギリでして。
そのあたりもどうかご理解下さい。
と、派遣された多くの仲間の代弁をさせて頂きます。