12/03/08 00:50:06.62 oaUQd/km0
>>636
行政の連中も、「医療教育優先、高台移転後回し」に賛成した筈が、町長ひとりのせいにしている。
592 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2012/03/08(木) 00:08:33.75 ID:r/kWAD020 [2/3]
町全体が波に呑まれた南三陸町。
防災対策庁舎のアンテナにつかまり助かった佐藤仁町長の奇跡の生還は新聞やテレビで頻繁に紹介され、
また、最後まで無線で避難を呼びかけ続けた女性職員の勇気は、野田首相の所信表明演説でも触れられた。
今はただ一刻も早い行政機能の回復が急がれる。
が、4年にわたり南三陸町で取材をしてきた玉谷誠一記者によると「町長と議員が背中合わせになり、
議会で何も決まらない状態が続いている」という。
一体、何が起きているのか。
南三陸町は2005年に、隣接する志津川町と歌津町が合併してできた新しい町だ。
実はこのとき、合併後に、町役場と防災対策庁舎を高台に移転する旨の申し合わせが交わされていた。
しかし、合併後、初の町長となった佐藤町長は移転予算を別に使う方針を打ち出したのだ。
「当時町長は、役場の移転より遅れている医療や教育問題などを優先したいと考えたのです」
ところが今回の津波で、庁舎にいた職員20人以上が犠牲になったことから、その問題が再び浮上。
責任を追及する声が上がったのだ。
「議員のなかには親戚をあの庁舎で亡くした人もいて、しこりが残ってしまった。
さらに災害時に職員を庁舎に集合させた防災マニュアルの不備も指摘され、対策を先送りにしてきた町長へと怒りの矛先が向いたわけです」
それから今日まで、議会側は町長の提示する施策に対して反発を繰り返すばかりだという。