12/03/06 21:11:07.37 Q/yuPe0b0
>>776の続き
> これが防災対策庁舎。鉄塔の一番上が私で次が職員、階段の踊り場に町長がいます。
> 防災対策庁舎の奥、公立志津川病院には約250名。その向かい側の高野会館には約400名。さらに奥に
> あります町営住宅の方に40数名の方々が避難しておりました。防災対策庁舎の上をはるかに越えてくると
> いうような状況の中、屋上にいた職員も、自分の頭の上を水が越えた後、ようやく呼吸できたというような
> 状況です。
> これが大きな波、第2波が、引いた後の状況です。その時にはまた鉄塔の上によじ登って水をやり過ごしました。
> 若干前後しますが、当日は第1波目からですね、第4波ぐらいまで、何度も津波がやってきました。その度に、
> 鉄塔の上に全員で登ったり降りたり、また登ったり、4回ぐらい繰り返しました。当時私たちの状況の中では、
> どれが第1波か分かりませんでした。あの一波が第1波ではなかったんじゃないかな、2波目のもっと大きい
> 波が来るんじゃないかと考えて、何度もこの鉄塔に全員で上がりました。
これを読んでも、後のほうで町長がアンテナに上がっていた瞬間があったのは事実だと思うけど、
多くの人がさらわれた最大波で一番上にいたのは佐藤智さんで、佐藤仁町長は外階段の手すりで耐えていたことは間違いない。
後のほうでは他の職員が町長を手すりの一番上に登らせたという証言もあったから、その話と合わさって誤解が広まったんだろう。