12/02/16 23:21:57.08 0
>>1の続き
同展は当時、日本医学会会長らが監修委員長を務め、高久史麿・東大名誉教授や
養老孟司・東大名誉教授らも監修委員として名を連ねるなど、事実上医学界が後押しする形になっていた。
ただ同展への批判が高まった19年以降、医学団体は後援から外れている。
東大広報課は「個々の件について、公表事項以外に答えることはできないが、関係規則に基づき
適正に受け入れ、執行した」と説明。主催団体側にも文書で取材を申し入れたが、回答はなかった。
同展をめぐる問題に詳しい福島県立医大の末永恵子講師は「医学界の協力については、
市民から疑問の声が上がっていたが、その声は無視されてきた。今回、医学界がなぜ同展に協力を
続けたのか、理由の一端が見えてきた。寄付を受けた研究者にも、倫理的責任が問われる」と話している。
■「頼まれたから引き受けた」養老孟司・東大名誉教授
「日本とは倫理観がまったく異なる中国から標本を借りてくると聞き、自分は反対した」。
監修委員を務めた養老氏は、主催者側への憤りをあらわにした。
養老氏は平成7年に初めて日本で開催した同展の中心メンバー。
このときは同氏が自費でドイツから標本を輸入したが、このころから、親族の知人で
日本アナトミー研究所(当時)のスタッフだった男性が間に入るようになったという。
同氏によれば、男性とドイツ人研究者との間で契約トラブルが起こり、同展はいったん
中止に追い込まれたが、男性はその後中国から標本を輸入、14年以降は同社主催の形で再開した。
URLリンク(sankei.jp.msn.com)
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