12/02/05 13:33:09.74 Ttf27gqf0
>>929
関東の場合は白村江のあと入植してきた百済人が多くいる。
彼らがいわゆる弥生人と誤解されているのだと思う。
弥生時代末期に入ってきたのが秦氏とか東漢氏でいわゆる渡来系。
彼らは弥生時代を形成したと言うより古墳時代をつくった。
おそらく、大規模な土木技術はかれらが持ち込んだのだろう。
問題は彼らの系統がどの系統になるのかということ。
秦氏の顔は非常に彫りが深く鼻が高かったという話や(鬼の面のモチーフ)
東漢氏である坂上田村麻呂は非常に大男で青い目だったともいわれている。
D系統の伝播ルートの一つにチベットから分岐して西安あたりを経由して
日本海経由で渡ってきたのがあるが、秦氏の渡来ルートはこれに酷似している。
そして秦氏は秦の始皇帝の末裔を自称しているので、もともとはそこらあたりから渡ってきたのだろう。
また兵馬俑の発掘では欧州系のDNAも発見されたと言う。
D系統は沖縄にも多いことから、D系統の伝播ルートが南方からもあったと考えるのが妥当だと思う。
チベットで分岐し、南のアンダマン諸島にもD系統がいる。海に沈んだスンダランドから、マンモス
ハンターにならずにそのまま海伝いに日本列島まで北上したグループが存在するのではないかと。
そしてこのグループと同じ経路で江南系のO2b1もやってきていたと。縄文と弥生の区別は現在非常に
付けづらくなっていていて、系統的な変化はなかったという説が強くなってきている。