12/02/04 21:02:56.25 5DX4WNNn0
内田遺跡:縄文時代後期の土坑2基を確認--豊中 /大阪
豊中市教委が、同市桜の町3の内田遺跡で進めていた発掘調査で、縄文時代後期(今から4000年ほど前)の土坑2基が見つかった。
縄文時代後期にすでに集落があったことを示す資料といえ、同市地域教育振興室は「千里川周辺に散在する他の縄文期の小規模遺跡と合わせ、縄文人が短期間で集落を移転させていた生活実態が浮かび上がる」としている。
内田遺跡は古墳時代後期(600年ごろ)に千里川の河岸段丘上を中心に形成された集落で、東西400メートル、南北350メートル。遺構の発見により、同じ場所に縄文期にも集落があった可能性が高まった。
発見された土坑は、大きさや、中から出土した土器が破片だらけであることなどから、ごみを廃棄するために掘られたものとみられる。このため、一定期間縄文人が生活したと推定され、集落跡であったと考えられるいう。