12/01/29 03:34:15.07 EV5Lx2Sj0
>>343
サイエンスライター以前の問題だと俺は思う。
問題は、地震学者の用語の概念の内包外延の設定方法にある。
宮城県沖地震理論の、現実が恥ずかしいほどに全部ひっくり返してしまったこの顛末は、
地震学者に、概念設定方法の本質的な欠陥があることを示している。
78年から311までの間に、あのアスペリティ周辺ではいくつも類似の地震が起きているんだが、
類似の地震が起きるたびに、「これは違う」「それも違う」と言い続けてきた。
最初の内はそれはそれで妥当な話ではあった。
学者達は、「宮城県沖地震の定義をどんどん精密化して、地震学理論を発展させているつもり」だったんだが、
これがとんだ罠だったんだよ。
これは、「同じ地震とは何か」という定義が、厳密な追試不能の地震学の場合、他の自然科学のように自明で無いことにある。
このおかげで、気づかないうちに、彼らは罠に嵌まってしまった。
地震学の場合、概念を精密化すればするほど、同じものは二度と起きなくなってしまう。
同じものは二度と起きないレベルに概念操作して、それで「予知と予測の理論」を標榜する。
もはや、「違います」ということが自己目的化していると揶揄されても仕方ない。
決定的なターニングポイントは、ずばりその例06年8月の地震だった。