12/01/24 09:19:43.40 0
(>>1のつづき)
つまり、私は精神科医として〈橋下的なもの〉の象徴としての橋下さんや彼を熱狂的に
支持する人たちを分析し、その発言や行動に社会病理性を感じ、歴史との比較なども
行いながら、警鐘を発したいと考えているのです。
橋下さんに関する私の発言を指して、橋下さんは「会ったこともない人を精神病呼ばわり
している」と批判されています。
ネット上でも同じような批判が書き込まれていますが、これだけははっきりと申し上げておきます。
私は、橋下さん個人が病気だとは言っていません。
確かに、大阪市長選挙の際は反対陣営の平松さんを応援する中で、これまでマスコミで
報じられている橋下さんの特徴を分析し、そこに見られる心理的傾向を類推する発言はしました。
それでも、橋下さんご自身を病気だと“診断”したわけではありません。
私は橋下さんにお会いしたことはありません。橋下さんがおっしゃる通り、お会いしたことも、
というより治療関係にもない人に確定診断を下すことはできません。いえ、もし万が一、お会いした
人に「この人、病気なのでは」と思ったとしたら、もっと言えるはずはないじゃないですか。実際に
これまで対談などを通して社会的地位のある人に、病的傾向を感じたことは何度もありますが、
逆にそういう話はいっさい公にはしていません。
私は、社会的な発言をするときのルールを自分に科しています。
まったくメディアに出ていない一般の人については批判しません。メディアに日常的に露出している
公人、あるいは犯罪にかかわった人物などに限定しています。
そのうえで、例えば公人を批判する場合は、見ている人にはわかりにくいかもしれませんが、
マスコミで公開されている発言や行動に限って分析対象として、これまで経験してきた中での
似たパターンを提示することにとどめています。
「この方がこういうことをおっしゃるということは、こういうことが起きている可能性があります。
だとすれば危険な兆候ですね」という具合です。
つまり、そういう人が登場してきた背景に存在する社会現象を通じて社会を読んだり、時代精神を
読んだりしているのです。(>>3-10につづく)