12/01/17 20:37:51.75 0
・報道ステーション・サンデーで、橋下市長と、『橋下主義(ハシズム)を許すな!』を共著した
山口二郎教授と直接対決させていました。
皮肉なことに、対決どころか、橋下市長の全国の視聴者にむけた格好のプレゼンテーションの
場になっていたように感じます。しかしなぜ反橋下キャンペーンを行った人たちは共感をえる
こともできず、また非力なのかに関心を持ってしまいました。
大きくまとめると、橋下市長のキャラクターや振る舞いへの感情的反発、教育を聖域とし
政治が介入してくることへの警戒感、とくに教育に競争を持ち込むことへの反発、組合への
シンパシー、体制や仕組みの構造的な変革に対する不安、またそれによって既得権益を失う
リスクへの恐れが柱になっているのだと思います。
山口教授たちが決定的に間違ったのは、橋下市長批判をすることはいいとしても、政治に
強く関与してしまい、本来の時代を客観的に見ようとするポジションをあっさり放棄して
しまったことでした。選挙のさなかに「ファシズム」を連想させる「ハシズム」を使った
キャンペーンに加担してしまったのです。その批判と現実のギャップを多くの人が感じたの
だと思います。ナチズムが広がった原動力としては、ナチス親衛隊の威圧、反対者を
圧殺する装置の存在が欠かせません。そのような抑圧は現実には存在しません。
しかも、結果として、既成政党や職員組合、日教組、さらに既得権益を守ろうとした人たちから
政治利用された、あるいはすすんで協力してしまったのです。多くの人たちが矛盾を感じて
ノーをつきつけた古い殻、その矛盾を温存しようとする古い体制側にまわってしまったのです。
共感を呼ぶわけがありません。
行政に限らず、企業でも変わっていこうとすると、組織の慣性と闘い、変革していくリーダーが
必要になってきます。強いリーダーが存在することがファシズムだと感じるかそれぐらい
エネルギッシュになってくれないと変らないと感じるかで違いがでたのでしょう。
(>>2-10につづく)
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